本記事の医学的レビューについて:
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本記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている、最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性を示したリストです。
- 厚生労働省および日本結核・非結核性抗酸菌症学会: 日本における結核の最新の疫学的状況(罹患率、年齢構成、外国出生者の割合など)に関する記述は、これらの機関が公表する2023年の年次報告に基づいています234。
- 国際的な研究論文およびレビュー (PubMed Central, Thoraxなど): 結核性胸膜炎の病態生理、診断(胸水ADAの有用性など)、標準的な化学療法(6ヶ月レジメン)、および補助療法(ステロイド使用に関する見解など)に関する記述は、国際的に認知された複数の系統的レビューや臨床研究の結果を引用しています567。
- 日本結核・非結核性抗酸菌症学会 結核診療ガイドライン: 高齢者における薬剤使用の注意点など、日本独自の臨床状況に合わせた治療方針に関する具体的な推奨事項は、同学会の最新ガイドラインを参照しています89。
- 英国胸部疾患学会 (British Thoracic Society): 胸腔鏡下生検の重要性や胸水ドレナージの適応に関する指針は、同会が発行する最新の胸膜疾患ガイドラインに基づいています10。
要点まとめ
- 結核性胸膜炎は、結核菌そのものではなく、菌に対する体の免疫反応によって引き起こされる滲出性胸膜炎です5。
- 日本は結核の「低まん延国」ですが、患者の多くは再燃による高齢者であり、一方で若年の外国出生者の割合が急増しています23。
- 胸痛、乾いた咳、発熱が主な症状ですが、他の多くの疾患と似ているため診断が難しい場合があります11。
- 診断の鍵は胸水検査におけるアデノシンデアミナーゼ(ADA)の高値であり、確定診断には喀痰や胸膜組織からの菌の証明が必要です67。
- 治療は肺結核と同様、4種類の抗菌薬を2ヶ月、その後2種類の薬を4ヶ月続ける6ヶ月間の化学療法が標準です12。
- 副腎皮質ステロイドの併用は、合併症予防効果が証明されておらず、原則として推奨されません13。
第1章:結核性胸膜炎とは何か? – 病態生理と発症機序
結核性胸膜炎の臨床的特徴を正しく理解するためには、その本質が単なる細菌感染ではなく、私たちの体自身の免疫反応が主役となる現象であることを把握することが不可欠です。
免疫反応としての本態
結核性胸膜炎の病態の核心は、胸腔内(肺を覆う膜の空間)に侵入したごく少数の結核菌、あるいはその菌体成分(抗原)に対して引き起こされる「遅延型過敏反応」と呼ばれるアレルギー反応の一種です5。この免疫反応は、通常、結核菌に初めて感染してから6~12週間後、あるいは体内で眠っていた結核菌(潜伏感染)が再活性化する際に発生します14。具体的には、肺の表面近くにできた微小な結核病巣が破れ、結核菌の抗原が胸膜腔へと漏れ出すことが引き金になると考えられています14。
胸水貯留のメカニズム
抗原の放出を合図に、免疫細胞による一連の反応が連鎖的に開始されます。まず、好中球という白血球の一種が一時的に集まり、続いて主役であるTリンパ球が持続的に胸膜腔へと大量に動員されます14。このTリンパ球が中心となった激しい炎症反応が、胸膜にある毛細血管の壁を緩ませ(透過性の亢進)、同時にリンパ管による胸水の吸収を妨げます。その結果、タンパク質とリンパ球を豊富に含んだ特徴的な「滲出性胸水」が胸腔内に溜まってしまうのです15。
この免疫が介在する病態は、結核性胸膜炎の診断を考える上で極めて重要な意味を持ちます。それは、胸水中の結核菌の数が非常に少ない「paucibacillary(菌少量性)」と呼ばれる状態にあるという点です。これが、胸水を顕微鏡で調べたり(塗抹検査)、培養したりしても菌がなかなか見つからない(陽性率が低い)根本的な理由です15。一方で、炎症の主役であるTリンパ球は豊富に存在するため、これらの細胞が放出する酵素(アデノシンデアミナーゼなど)を測定するといった間接的な指標が、診断において中心的な役割を担うことになります。
初感染と再活性化
結核性胸膜炎の発症経路は、主に二つに分けられます。結核のまん延度が高い国々では、若者が結核に初感染した直後の一つの病態として発症することが一般的です12。対照的に、現在の日本のような低まん延国では、かつて結核が流行していた時代に感染し、体内に潜伏していた菌が、加齢などに伴う免疫力の低下をきっかけに再び活動を始める「再活性化」によって発症する事例が大多数を占めています16。この違いは、日本の疫学的な特徴を理解する上で非常に重要です。
臨床的には、発熱や胸痛が急に現れる急性の経過をたどる場合と、不適切な治療などにより胸膜が厚くなったり石灰化したりして、ゆっくりと進行する慢性の経過をたどる場合があります17。
第2章:日本の結核・結核性胸膜炎の疫学
日本の結核対策は世界的に見ても大きな成功を収めてきましたが、その一方で新たな課題も浮き彫りになっています。最新の公的な統計データは、結核性胸膜炎の診療にあたる上で必須の背景知識を提供してくれます。
国全体の概況
厚生労働省および日本結核・非結核性抗酸菌症学会の最新報告によると、2023年に日本で新たに結核と診断された患者数は10,096人、人口10万人あたりの罹患率は8.1でした2。これにより、日本は2021年から3年連続で、国際的な基準である「低まん延国」(罹患率10.0以下)のレベルを維持しています18。しかし、注目すべきは患者数の減少ペースの鈍化です。2022年には前年比で11.1%も減少したのに対し、2023年はわずか1.4%の減少にとどまりました2。この停滞は、日本の結核が新たな局面に入ったことを示唆しています。
二極化する人口動態:「高齢者の再燃」と「若年外国出生者の増加」
現在の日本の結核患者層は、明確に二つのグループに分かれています。これが結核性胸膜炎の臨床像を複雑にする最大の要因です。
- 高齢者の結核:2023年の新規患者のうち、実に66.8%が65歳以上、さらに80歳以上に至っては42.9%を占めます4。これは、かつて結核がまん延していた時代に感染した人々が、高齢化に伴う免疫力の低下によって発症する「遺産」としての結核であり、結核性胸膜炎の主要な発生母地となっています19。
- 外国出生者の結核:もう一方の極として、外国で生まれ育った若年層の患者が急増しています。2023年の外国出生の新規患者数は1,619人で、前年の1,214人から33.4%もの大幅な増加となり、全新規患者の16.0%を占めるに至りました2。特に20歳代の新規患者においては、その84.8%が外国出生者でした2。主な出身国はフィリピン、ベトナム、インドネシアなどが挙げられています4。
この二つの異なる人口集団の動態が、前述した罹患率減少の鈍化を説明します。すなわち、国内の高齢者における結核発生は緩やかに減り続けているものの、若年の外国出生者における結核発生が急増したことで、その減少分がほぼ相殺されたのです20。これは、日本の結核対策が、従来の高齢者中心の枠組みに加え、国際化に対応した新たな視点を必要としていることを強く示唆しています。
地域差と危険因子
結核罹患率には著しい地域差が存在し、大阪府のような大都市圏では、岩手県のような地方に比べて数倍高い罹患率が報告されています2。また、糖尿病は結核発症の重要な危険因子であり、新規結核患者の16.8%が合併していたとのデータがあります2。
薬剤耐性
薬剤耐性結核は、治療を著しく困難にする重大な問題です。2023年の日本の統計では、初回治療患者における多剤耐性結核(MDR-TB)の割合は0.8%でしたが、再治療患者では4.5%に上昇します4。多剤耐性結核患者の多くが外国出生者であることも報告されており2、診断時に適切な薬剤感受性試験を実施することが極めて重要となります。
表1:日本における結核の主要統計(2023年)
指標 | 2023年データ | 前年比 |
---|---|---|
新規登録患者数 | 10,096人 | -1.4% |
罹患率(人口10万対) | 8.1 | -1.2% |
65歳以上の割合 | 66.8% | – |
外国出生者の割合 | 16.0% | +33.4% (実数) |
多剤耐性結核(MDR-TB)の割合* | 0.8% | +9人 (実数) |
出典: 厚生労働省 2023年 結核登録者情報調査年報集計結果2。*薬剤感受性検査判明者のうち。
第3章:臨床症状と患者の経験
結核性胸膜炎の診断は、その特異性のない症状から始まります。臨床データが示す客観的な症状と、患者様が体験する主観的な経験との間には、しばしば大きな隔たりが存在します。
臨床症状
最も典型的な症状は、息を吸う時に悪化する鋭い胸の痛み(胸膜性胸痛、約70-75%)、痰を伴わない乾いた咳(乾性咳嗽、約70%)、そして発熱(約85%)です11。胸水が大量に溜まると、体を動かした時の息切れ(労作時呼吸困難)も現れます。これらに加え、寝汗、倦怠感、体重減少といった全身性の消耗症状を伴うこともあります11。症状の出現は、数日以内に発症する急性の場合もあれば、数週間にわたってゆっくりと進行する亜急性の場合もあります13。
診断上のジレンマ
これらの症状は結核性胸膜炎に特有のものではなく、胸膜性胸痛をきたす疾患は、肺血栓塞栓症、肺炎、心膜炎といった命に関わる緊急疾患から、ウイルス性の胸膜炎まで多岐にわたります21。したがって、臨床医は常に幅広い病気の可能性を念頭に置き、体系的な評価を進める必要があります。
患者の体験談
医学の教科書が「亜急性の発症」と記述する一方で、患者様にとって、この病気はしばしば突然の生活の破綻として訪れます。患者様のブログなどからは、発熱や咳といったありふれた症状で医療機関を受診したところ、予期せず「即入院」を告げられ、「隔離病棟」に収容されるという衝撃的な体験がうかがえます22。結核という診断が確定するまでの不安、社会的な偏見への恐れ、そして隔離という物理的・心理的なストレスは、疾患そのものの苦痛に加えて患者様に重くのしかかります。この医学的な記述と患者様の生々しい体験との間の溝を理解することは、単に病気を治療するだけでなく、患者様の心理社会的な側面にも配慮した全人的な医療を提供する上で不可欠です。
第4章:診断へのアプローチ:証拠を積み上げる
結核性胸膜炎の診断は、単一の決定的な検査によってではなく、複数の証拠を論理的に積み上げていく「診断的連鎖(カスケード)」によって達成されます。この過程は、体への負担(侵襲性)、費用、そして診断の確実性のバランスを取りながら進められます。
4.1. 初期評価
診断の第一歩は、丁寧な問診と身体診察です。症状の詳しい内容に加え、結核患者様との接触歴や、糖尿病などの危険因子の有無を確認します17。身体診察では、患側の呼吸音が弱く聞こえたり、胸を叩いた時に鈍い音がしたり(打診での濁音)といった所見が重要となります17。画像診断としては、まず胸部X線撮影が行われ、胸水の存在を確認します23。ただし、胸部X線で肺の中の結核病巣が同時に確認できるのは20-50%程度に過ぎないと報告されています15。
4.2. 胸水分析:推定診断の核
原因不明の胸水が確認された場合、次に行うべき最も重要な段階は胸腔穿刺(胸に針を刺して胸水を採取すること)であり、得られた胸水の分析です24。結核性胸膜炎の胸水は、Lightの基準を満たす「滲出性」であり、見た目は淡い黄色で透明、細胞の種類を調べるとリンパ球が優位であるという典型的な特徴を示します14。
この胸水分析において、現在最も有用性が高いとされているのがアデノシンデアミナーゼ(ADA)の測定です。ADAは活性化したリンパ球から放出される酵素であり11、その測定は結核性胸膜炎を迅速かつ低コストで推定するための鍵となります25。国際的に広く受け入れられている判断基準(カットオフ値)は約40 U/Lであり、この値を用いることで感度約92%、特異度約90%という高い診断精度が得られます12。近年、日本の多施設共同研究によって、このADA値を含む診断手順が低まん延国である日本においても有効であることが検証され、その臨床的価値が再確認されました26。
その他の指標として、インターフェロンγ(IFN-γ)はADAを上回る診断精度を持つとされますが、検査費用が高いため実用性は限定的です27。
4.3. 微生物学的証拠:確定診断の黄金律
診断の「黄金律(ゴールドスタンダード)」は、結核菌そのものを微生物学的あるいは病理組織学的に証明することです12。しかし前述の通り、胸水そのものから菌を見つけるのは難しく、抗酸菌塗抹検査の陽性率は10%未満、培養検査の陽性率も30%前後と低いのが現実です15。
ここで臨床的に極めて重要なのが、喀痰の培養検査です。胸部X線で明らかな肺病変を認めない患者様であっても、咳を誘発して痰を採取し培養することで、50%以上の症例で結核菌が陽性になると報告されています14。これは、見逃されがちですが診断率を飛躍的に向上させる重要な手技です。
4.4. 高度な画像診断と胸膜生検:最終的な確定診断
胸部CT検査は、胸部X線では描き出せない微細な肺病変や、胸の中心部にあるリンパ節の腫れなどを検出する感度が高く、約86%の患者で何らかの異常所見を認め、診断の確度を高めます15。
診断が困難な症例における最終的な確定診断法は、胸腔鏡(外科的胸腔鏡、VATS)です1。胸腔鏡を用いることで、胸膜を直接カメラで観察し、粟粒大の白色結節といった特徴的な所見を確認した上で、病変部から確実に組織を採取(生検)できます1。この胸膜生検組織の病理検査(乾酪性肉芽腫という特徴的な組織像の証明)と培養検査を組み合わせることで、診断率はほぼ100%に達します1428。もはや、胸膜を直接見ずに行うブラインド生検は推奨されません10。
表2:結核性胸膜炎の診断法の比較
診断法 | 感度 (概算) | 特異度 (概算) | 侵襲性 | 臨床的役割 |
---|---|---|---|---|
胸水ADA | ~92% | ~90% | 低 | 迅速な推定診断の鍵 |
胸水抗酸菌培養 | ~30% | ~100% | 低 | 確定診断(陽性率低い) |
喀痰抗酸菌培養 | >50% | ~100% | 低 | 診断率向上のための必須検査 |
胸腔鏡下生検 | >95% | ~100% | 高 | 難治例における最終確定診断 |
出典: The tuberculous pleural effusion – PMC14, Tuberculous Pleurisy: An Update – PMC15
第5章:治療戦略:国際標準と日本の指針
結核性胸膜炎の治療は、確立された標準化学療法を基本とし、個々の患者様の状態に応じて補助的な治療を検討します。
5.1. 標準化学療法:治療の根幹
薬剤に感受性のある(効く)結核性胸膜炎に対する治療は、肺結核の治療と全く同一であり、6ヶ月間の多剤併用化学療法が国際的な標準です12。具体的には、最初の2ヶ月間をイソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ピラジナミド(PZA)、エタンブトール(EB)の4剤で治療する「初期強化療法期」、その後の4ヶ月間をINHとRFPの2剤で治療する「継続療法期」で構成されます。これは一般的に「2HRZE/4HRレジメン」と略されます11。
5.2. 日本の診療ガイドラインからの考察
日本結核・非結核性抗酸菌症学会が発行する診療ガイドラインは、日本の臨床現場に即した具体的な指針を提供しています8。特筆すべき点として、ガイドラインでは臨床上の重要な疑問(Clinical Question, CQ)に対する推奨が明記されています。例えば、肝障害の危険性が高い80歳以上の高齢者に対するピラジナミド(PZA)の慎重な使用(CQ 6)や、免疫不全の患者様における治療期間の延長の是非(CQ 7)など、日本の患者層に特有の問題に対する専門家の見解が示されています9。
5.3. 補助療法:議論の多い領域
- 胸水ドレナージ:胸腔穿刺やチューブ(ドレーン)による胸水の排液は、呼吸困難を伴うような大量の胸水に対して、症状を和らげる目的にのみ推奨されます25。長期的な合併症である胸膜肥厚を予防する目的で日常的に排液を行うことについては、その有効性を示す質の高い根拠に乏しいのが現状です12。
- 副腎皮質ステロイド:ステロイドの併用は、臨床現場でしばしば議論となりますが、複数の質の高いレビューやガイドラインは、その日常的な使用を支持する十分な根拠はないと結論付けています13。ステロイドは発熱期間の短縮や胸水の吸収を早める可能性はありますが、最も重要な長期的合併症である胸膜肥厚の残存を減少させる効果は証明されていません7。ごく稀に、重篤な全身症状が持続する場合に限定的に考慮されることがありますが、原則として使用は避けるべきです25。
- 線維素溶解療法と外科的治療:胸水が線維素(血液が固まる成分)によって多くの小部屋に分かれてしまった(多房化)場合、ウロキナーゼなどの線維素溶解薬を胸腔内に注入し、線維素を溶かす治療が選択肢となり得ます29。外科的治療である胸膜剝皮術は、治癒後に高度の胸膜肥厚(線維胸)が残り、肺の広がりが妨げられて呼吸機能障害をきたした場合にのみ、その適応が検討されます1。
表3:結核性胸膜炎の標準治療レジメン(2HRZE/4HR)
薬剤 | 標準的な成人一日量 (mg/kg) | 主な副作用 | 治療期間 |
---|---|---|---|
イソニアジド (INH) | 5 | 末梢神経障害、肝障害 | 初期・継続 (6ヶ月) |
リファンピシン (RFP) | 10 | 肝障害、インフルエンザ様症状 | 初期・継続 (6ヶ月) |
ピラジナミド (PZA) | 25 | 肝障害、高尿酸血症 | 初期のみ (2ヶ月) |
エタンブトール (EB) | 15-25 | 視神経障害 | 初期のみ (2ヶ月) |
出典: Tuberculous pleural effusion – PMC12, Tuberculosis – Wikipedia30
第6章:特別な状況における管理
結核性胸膜炎の治療は、すべての患者様に画一的に適用できるわけではなく、特定の背景を持つ集団に対しては特別な配慮が必要となります。
6.1. 高齢者
日本の結核患者の大多数を占める高齢者では、治療管理がより複雑になります。加齢に伴う肝臓や腎臓の機能低下により、薬剤による副作用(特にPZAによる肝障害)の危険性が増加します9。また、多くの持病(併存疾患)やそれに対する多数の併用薬(ポリファーマシー)との相互作用にも注意が必要です。これらの要因が、高齢者における死亡率の上昇に寄与していると指摘されています2。
6.2. 小児
日本における小児の結核性胸膜炎は稀ですが、BCG接種歴や明らかな結核患者との接触歴の有無にかかわらず発症し得ます31。小児では痰の採取が困難な上、菌の証明が成人以上に難しく、他の胸膜炎を除外した上で、臨床経過や胸水所見(リンパ球優位、高ADA)から試験的に治療を開始せざるを得ない場合も少なくありません31。
6.3. 薬剤耐性結核
薬剤に耐性を持つ結核菌による胸膜炎の治療は、専門施設での管理が必須です。肺結核と同様、感受性のある複数の第二選択薬を、18~24ヶ月といった長期間にわたり投与する必要があります7。第二選択薬は、標準薬に比べて効果が劣り、毒性が強いものが多いため、治療は困難を極めます。このことからも、診断時に可能な限り菌を分離し、薬剤感受性試験を実施することの重要性が強調されます4。
第7章:予後、合併症、および再発
予後
適切な抗結核化学療法を6ヶ月間完全にやり遂げた場合、結核菌を根絶するという観点での予後は極めて良好です17。治療の主目的は、将来的に活動性の結核へ進展することを予防することにあります。
未治療の場合の危険性
結核性胸膜炎の胸水は、時に自然に吸収されることがありますが、これを放置することは極めて危険です。無治療の場合、たとえ症状が軽快しても、最大で半数の患者様が5年以内に活動性の肺結核や他の肺外結核を発症するとされています12。これが、本疾患の治療が必須である根拠です。
合併症
最も一般的な長期合併症は、残存胸膜肥厚(Residual Pleural Thickening, RPT)です17。これは治癒の過程で胸膜に残る線維性の傷跡であり、多くの場合は無症状ですが、一部の患者様では肺の広がりを妨げ、拘束性換気障害(息を吸いきれないタイプの呼吸機能障害)や慢性的な胸痛の原因となることがあります。
再発
適切な治療が行われた場合の再発率は5~10%程度と報告されていますが、治療が不完全であった場合や、慢性の結核性胸膜炎の症例では再発の危険性が高まります17。
よくある質問
結核性胸膜炎は、他人にうつりますか?
結核性胸膜炎そのものが直接他人に感染することはありません。感染性を持つのは、主に肺結核の患者様が咳をした際に排出される結核菌を吸い込んだ場合です。しかし、結核性胸膜炎の患者様の中には、自覚症状がなくても肺に活動性の結核病巣を合併している場合があります。実際に、胸部X線で肺に異常がなくても、喀痰を培養すると50%以上で菌が陽性になると報告されています14。そのため、診断が確定し、喀痰中の菌が陰性化するまでは、感染対策(入院隔離など)が必要となるのが一般的です。
治療には必ず入院が必要ですか?
多くの場合、入院での治療開始が推奨されます。その理由は、①診断を確定するための各種検査(胸腔穿刺、胸腔鏡など)を入院環境で安全に行うため、②治療初期の副作用を注意深く観察するため、そして③前述の通り、喀痰から菌が排出されている可能性があり、周囲への感染を防ぐため、です。治療が安定し、感染の危険性がないと判断されれば、外来での治療継続に移行します。
ステロイド治療はなぜ一般的に推奨されないのですか?
治療後、胸膜の肥厚(胸膜が厚くなること)は残りますか?
結論
結核性胸膜炎は、適切な診断と治療により治癒が期待できる疾患ですが、その成功は、非特異的な症状から本疾患を疑う高い臨床的警戒心と、体系的な診断アプローチにかかっています。本稿で明らかにしたように、現代日本の結核性胸膜炎は、国内の高齢者における再燃と、若年外国出生者における新規発症という「二重の負荷」によって特徴づけられます。この変化し続ける疫学的状況は、臨床現場および公衆衛生上の対応に、継続的な適応を求めています。
診断においては、胸水ADA測定を核とした迅速な推定診断から、喀痰培養、そして最終的な胸腔鏡下生検へと至る段階的な連鎖が最も合理的です。治療の根幹は、国際的に標準化された6ヶ月間の化学療法であり、補助的なステロイドの日常的な使用には根拠が伴わないことを認識する必要があります。結核が「低まん延」となった時代だからこそ、この「古くて新しい病」が決して新たな足場を築くことのないよう、我々は臨床的・公衆衛生的な警戒を怠ってはなりません。
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