胸膜腔に出血が生じる「血胸」は、生命を脅かす可能性のある深刻な病態です。この状態を正確に理解することは、適切な治療を受け、回復への道を歩むための第一歩となります。この記事では、血胸の医学的定義から、なぜ胸腔という特定の場所での出血が危険なのか、そしてどのような症状に注意すべきかについて、日本の最新の医療情報と国際的なエビデンスに基づき、基礎から徹底的に解説します。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
第1章 血胸の基礎知識:病態の理解
突然の激しい胸の痛みや、今まで経験したことのない息苦しさに襲われる——何が起きているのか分からず、強い不安を感じるのは当然のことです。その背景には、胸膜腔という肺を包む空間での出血、すなわち「血胸」という深刻な事態が隠れているかもしれません。科学的には、この状態は肺を覆う胸膜と胸壁を裏打ちする胸膜の間に血液が溜まることと定義されています1。この現象は、ただ袋に水が溜まるのとはわけが違います。胸腔は密閉された空間であり、そこに出血が起こることは、風船(肺)が入っている箱の中にどんどん水が注がれるようなものです。結果として風船は圧迫されてしぼんでしまい、正常に機能できなくなります。だからこそ、まずは血胸がどのような状態で、なぜ危険なのかを正確に理解することが、回復への第一歩となるのです。
1.1 病態の定義:胸膜腔内の血液貯留
血胸は、肺を覆う胸膜と胸壁を裏打ちする胸膜との間の潜在的な空間である「胸膜腔」に血液が貯留した状態と、日本救急医学会は定義しています1。単に胸水に血が混じっている「血性胸水」とは明確に区別され、その鑑別は治療方針を決定する上で極めて重要です。
確定診断のための国際的な基準は、胸腔穿刺によって得られた胸水のヘマトクリット値(血液中に占める赤血球の容積の割合)が、患者自身の末梢血のヘマトクリット値の50%以上であることです。亀田総合病院の呼吸器内科によると、この「50%ルール」は、胸膜腔内で活動性の出血が起きていることを示す強力な証拠となります2。この数値基準は臨床現場で緊急介入が必要な真の出血と、がんによる滲出液など他の病態を区別する決定的な指標として機能します。例えば、がん性胸膜炎などでは血性胸水が見られますが、ヘマトクリTット値が50%を超えることは稀です3。ただし、長期間経過した血胸では、胸水による希釈でヘマトクリット値が低下することもあるため、Journal of Thoracic Disease誌が指摘するように、25~50%でも血胸が疑われる場合があります5。
さらに、血胸はその貯留量によって重症度が分類され、治療戦略に直結します。2021年の医学文献レビューによれば、一般的に貯留量が400 mL未満の場合は「少量」、400 mLから1,000 mLの場合は「中等量」、そして1,000 mLから1,500 mLを超える場合は「大量」血胸と分類されます6。特に大量血胸は、迅速な外科的介入を必要とする緊急事態と認識されています。
1.2 胸腔の解剖学:なぜこの部位が危険なのか
血胸の危険性を理解するためには、胸腔の解剖学的な構造を知ることが不可欠です。胸腔は密閉された空間であり、正常な状態では、肺がスムーズに動くための少量の潤滑液しか存在しません。この空間に出血が起こると、2つの生命を脅かす事態が同時に進行します。第一に、出血そのものによる血液の喪失です。体外への出血と異なり、胸腔内への出血は外からは見えませんが、体内では大量の血液が失われ、出血性ショックに至ることがあります。第二に、貯留した血液による肺の圧迫です。血液が溜まるほど肺が押しつぶされ、正常に膨らめなくなり(虚脱)、ガス交換が低下し呼吸不全に陥るのです9。このように、血胸は「出血による循環の破綻」と「肺の圧迫による呼吸の破綻」という2つの危機を同時に引き起こすため、極めて危険な病態なのです。
1.3 警告サインの認識:主要な症状と緊急受診のタイミング
血胸の症状は、出血の量と速度に大きく依存します9。主な自覚症状としては、胸痛(突然発症する鋭い痛み)、呼吸困難、頻脈と低血圧、皮膚の変化(顔面蒼白、冷や汗)、不安感などが挙げられます2。これらの警告サインを早期に認識し、迅速に医療機関を受診することが、予後を大きく左右します。日本の厚生労働省も、国民に対して「突然の激痛」「急な息切れ、呼吸困難」「顔色が明らかに悪い」といった症状が見られた場合には、ためらわずに救急車を要請するなど、緊急の対応を取るよう呼びかけています11。医師による身体診察では、聴診で患側の呼吸音が減弱または消失し、打診で濁音が確認され、これらの所見は速やかな画像検査へと繋がります2。
このセクションの要点
- 血胸は、肺と胸壁の間にある「胸膜腔」に血液が溜まる状態です。
- 診断の決め手は、胸水のヘマトクリット値が血液の50%以上であるという「50%ルール」です。
受診の目安と注意すべきサイン
- 突然の鋭い胸の痛みや、急な息切れ・呼吸困難。
- 顔色が悪く、冷や汗をかいている場合。これらの症状があれば、直ちに119番通報を検討してください。
第2章 血胸の起源:詳細な原因論的レビュー
「なぜ自分にこんなことが起きたのか」——突然の診断を受け、その原因が分からないことは、今後の見通しを立てる上で大きな不安となります。その気持ちは、とても自然な反応です。科学的には、血胸の原因は大きく「外傷性」と「非外傷性」に分けられます1。この区別は、単なる分類以上の意味を持ちます。それは、怪我が原因で起こる、いわば「外部からのアクシデント」なのか、それとも体内で静かに進行していた病気が原因の「内部からのサイン」なのかを見極めるプロセスだからです。原因を特定することは、治療方針を決定し、未来を予測するための羅針盤を得ることに他なりません。だからこそ、まず血胸がどのような原因で発生するのかを体系的に学び、ご自身の状況を理解する手がかりを見つけましょう。
2.1 外傷性血胸:最も主要な原因
血胸の大部分は、胸部への外傷によって引き起こされます。米国立生物工学情報センター(NCBI)のデータベースStatPearlsによれば、多発外傷患者の約60%に胸部外傷が合併し、全外傷死の20~25%は胸部外傷が直接的な原因とされています10。2024年に発表された研究では、鈍的胸部外傷を負った患者の21.8%から31.8%に血胸が認められたと報告されており16、その頻度の高さがうかがえます。
鈍的外傷は交通事故、高所からの転落などが原因で、血胸の最も一般的な原因です。強い衝撃で肋骨が骨折し、骨折端が肺や肋間動脈を損傷して出血します。一方で穿通性外傷は刃物による刺創や銃創などがあり、胸腔内臓器を直接損傷し、しばしば大量出血を引き起こします2。
2.2 医原性血胸と非外傷性血胸
医原性血胸は医療行為の合併症として発生します。主な原因は中心静脈カテーテル挿入、胸腔穿刺・ドレナージ、経皮的肺生検などです5。あるICUでの研究では、ICU滞在中に発生した血胸の75.5%が医原性であったと報告されています13。
外傷の既往なく発症する非外傷性血胸は、頻度は低いものの、その背景には多様な基礎疾患が隠れている可能性があります7。悪性腫瘍(肺がん、悪性胸膜中皮腫など)が胸膜に転移し血管が破綻する場合4や、大動脈解離・大動脈瘤破裂1、抗凝固薬の投与5、血友病7なども原因となります。
2.3 原因鑑別の重要性:予後との関連
外傷性と非外傷性の鑑別は、予後を予測する上で最も重要です。外傷性血胸は多くの場合予後良好ですが、非外傷性血胸、特に悪性腫瘍や大動脈破裂に関連するものは、基礎疾患の末期的な兆候であることが少なくありません。例えば、外傷性血胸の死亡率は約9.4%ですが10、European Respiratory Societyの報告によれば、悪性胸水の生存期間中央値は3~12ヶ月と著しく不良です14。このように、原因を特定する行為は、単に「何が起きたか」を解明するだけでなく、「これから何が起こりうるか」を予測する予後評価のプロセスそのものであると言えます。
このセクションの要点
- 血胸の最も一般的な原因は交通事故などの「外傷」です。
- 外傷以外にも、悪性腫瘍や血管の病気、医療行為の合併症など、多様な原因が存在します。
- 原因によって予後が大きく異なり、外傷性は回復が見込める一方、悪性腫瘍が関連する場合は厳しい見通しとなることがあります。
第3章 診断への道筋:初期の疑いから確定診断まで
病院に到着し、様々な検査が次々と行われる中で、「一体何のためにこんなに検査をするのだろう」と戸惑いを感じるかもしれません。その気持ち、よく分かります。しかし、これは医師が闇雲に検査をしているわけではありません。血胸の診断は時間との戦いであり、臨床的な疑いから始まり、画像診断を経て、最終的な確定診断に至るまで、迅速かつ体系的なアプローチが求められます。これは、パズルのピースを一つずつ集めて全体像を明らかにしていく作業に似ています。医師がどのようにして血胸を疑い、画像検査や穿刺によって診断を確定していくのか、その論理的なプロセスを理解することで、ご自身の置かれている状況がより明確になるはずです。
3.1 臨床評価から画像診断へ
診断の第一歩は、患者の訴えと病歴(最近の胸部外傷の有無など)から血胸を疑うことです2。続いて行われる身体診察では、聴診器で呼吸音の減弱を確認したり、胸を叩いて鈍い音(濁音)がするかを確かめます。これらの所見が揃えば、次のステップである画像診断へと進みます。
画像診断には、状況に応じて複数のモダリティが使い分けられます。
- 胸部X線(レントゲン)写真 (CXR): 最も迅速かつ簡便に行える初期評価のツールです2。しかし、特に仰臥位(仰向け)での撮影では、1,000 mLもの大量の出血を見逃す可能性があり、その信頼性は低いことが知られています。
- コンピュータ断層撮影 (CT): 血胸診断における画像上のゴールドスタンダードです15。X線では困難な少量の血液も確実に検出でき、出血源の特定や合併損傷の評価にも極めて有用です2。
- 超音波(エコー)検査 (POCUS): 近年、救急外来での初期評価に広く用いられています。ベッドサイドで迅速に実施でき、仰臥位のX線写真よりも感度が高いとされています10。
3.2 胸腔穿刺:確定診断の最終手段
画像診断で胸腔内の液体貯留が確認された後、その液体が血液であることを証明し、確定診断を下すための最終的な手段が胸腔穿刺です2。局所麻酔下に胸壁から針を刺し、胸水を採取します。採取された液体のヘマトクリット値を測定し、前述の通り末梢血ヘマトクリット値の50%以上であれば、血胸の確定診断となります2。このように、血胸の診断は、臨床的な疑いから始まり、画像診断による存在証明、そして胸腔穿刺による質的証明という、段階的かつ論理的なプロセスを経て確立されるのです。
このセクションの要点
- 診断は、問診と身体診察から始まり、X線、CT、超音波などの画像検査で胸腔内の液体を確認します。
- CTスキャンは、少量の出血や合併損傷も評価できる最も精密な画像検査です。
- 最終的な確定診断は、胸腔穿刺で採取した液体のヘマトクリット値が血液の50%以上であることを確認して行われます。
第4章 現代的アプローチによる治療:経過観察から外科介入まで
医師から「手術の可能性があります」と告げられたとき、大きな不安が心をよぎることでしょう。しかし、「手術」という言葉が必ずしも緊急事態を意味するわけではありません。血胸の治療は、出血量や患者さんの状態に応じて、注意深く経過を見ることから、合併症を未然に防ぐための計画的な低侵襲手術まで、様々な選択肢があります。科学的には、治療の目的は出血を止め、溜まった血液を排出し、肺の機能を回復させることです。これは、水浸しになった部屋の水をポンプで排出し、水漏れ箇所を修理し、部屋を乾燥させて再び使えるようにする作業と似ています。どのポンプを使い、いつ修理に着手するのが最適かを見極めるのが、現代の治療戦略です。だからこそ、どのような治療法がどのような状況で選択されるのかを学び、ご自身の治療への理解を深めていきましょう。
4.1 保存的治療と胸腔ドレナージ
CTでのみ確認されるような少量(300 mL未満)の血胸で、かつ患者の状態が安定している場合には、「注意深い経過観察」という保存的治療が選択されることがあります6。
しかし、臨床的に意味のある量の血胸に対しては、胸腔ドレナージが標準的な初期治療となります2。この手技では、胸腔内にドレーンと呼ばれるチューブを留置し、血液を排出して肺の再膨張を促します。また、ドレーンからの排液量を監視することで、出血が続いているかを評価し、外科手術の必要性を判断する重要な情報となります。ドレーン留置に伴う感染症のリスクを低減するため、Vanderbilt University Medical Centerのガイドラインでは、セファゾリンなどの抗菌薬を予防的に投与することが推奨されており16、日本外科感染症学会のガイドラインもこれに準じた抗菌薬の使用を定めています17。
4.2 外科的治療:VATSと緊急開胸術
胸部外傷患者のうち、約10~15%が外科手術を必要とします。手術には大きく分けて二つの目的があります。
胸腔鏡下手術 (VATS): 胸壁に数カ所の小さな切開を設け、カメラと手術器具を挿入して行う低侵襲手術です。主な目的は、ドレナージ後も残ってしまった凝血塊(残存血胸)を除去することです。残存血胸は膿胸や線維性胸郭といった重篤な合併症の温床となるため、受傷後3~7日以内という「早期」にVATSを行うことが、近年の治療のパラダイムシフトとして重要視されています。これは合併症を予防するための「先回り」の戦略です16。
緊急開胸止血術: コントロール不能な大量出血に対して行われる、救命のための開胸手術です。ドレーン留置直後の排液量が1,000~1,500 mLを超える場合や、持続的な出血で血圧が安定しない場合に適応となります215。一刻も早く出血点を物理的に止血する必要があります。
今日から始められること
- 医師から説明された治療方針について、分からない点があれば遠慮なく質問しましょう。
- ドレーンが留置されている間は、痛みを我慢せず、看護師に伝えて鎮痛薬の調整を相談してください。
- 手術が予定されている場合は、術前から呼吸リハビリテーションの指導を受け、正しく実践することが回復を早めます。
第5章 予後、合併症、および治療後の生活
命の危機を乗り越えた後、「本当に元の生活に戻れるのだろうか」「この痛みはいつまで続くのか」といった将来への不安が頭をよぎるのは、ごく自然なことです。治療後の道のりは、原因によって大きく異なりますが、いずれの場合も焦らず一歩ずつ進むことが大切です。科学的には、治療後の合併症の多くは、胸腔内に残った血液(残存血胸)から連鎖的に発生することが分かっています16。この連鎖反応は、最初のドミノを倒さない限り止まりません。現代医療の役割は、最初のドミノである「残存血胸」を早期に取り除くことで、それに続くより深刻な事態を防ぐことにあります。だからこそ、回復の見通し、注意すべき合併症の予防策、そして痛みの管理やリハビリについて正しく理解し、前向きに回復への道筋を描いていきましょう。
5.1 回復と生存率
血胸の長期的な予後は、その根本原因に強く依存します。外傷が原因である場合、予後は一般的に良好で、適切に治療されれば多くの患者は後遺症なく社会復帰が可能です6。対照的に、悪性腫瘍が原因の場合、予後は極めて厳しいものとなります。悪性胸水(血胸を含む)を伴うがん患者の生存期間中央値は、3~12ヶ月と報告されています14。2022年の大規模なメタアナリシスでも、胸水の存在はがん患者における独立した予後不良因子であり、死亡リスクを約1.58倍に高めることが示されています18。
5.2 合併症の予防と管理
治療後の合併症は、「残存血胸 → 膿胸 → 線維性胸郭」という一連の病態カスケードを形成します。これを防ぐための最も効果的な戦略が、早期のVATSによる凝血塊除去です15。
- 残存血胸: ドレナージ後に5~30%の患者で発生すると報告されており16、これが全ての合併症の始まりとなります。
- 膿胸: 残存した血液に細菌が感染し、胸腔内に膿が溜まる状態で、強力な抗菌薬治療や手術が必要になります。
- 線維性胸郭: 慢性的な炎症により胸膜が硬くなり肺の膨張を妨げる状態で、治療には大手術が必要になることがあります。
治療戦略の核心は、最初のドミノである「残存血胸」をいかに効率的に、かつ早期に解決するかにかかっています。
5.3 術後リハビリテーションと疼痛管理
回復期には、失われた身体機能を取り戻すための呼吸リハビリテーションと、多くの患者が経験する痛みへの対処が中心となります。痛みは数ヶ月続くこともありますが、鎮痛薬や工夫で管理できます。呼吸リハビリテーションは、理学療法士の指導のもと、術前から正しい呼吸法を学び、術後は早期離床や有酸素運動を通じて、肺機能と全身の持久力を向上させることを目指します。
今日から始められること
- 退院後の生活について、不安な点は医師や看護師、理学療法士に相談し、具体的なアドバイスをもらいましょう。
- 処方された鎮痛薬は指示通りに服用し、痛みを我慢しないことが、リハビリを効果的に進める上で重要です。
- 呼吸リハビリのメニューを毎日続け、焦らず少しずつ体力を回復させていきましょう。
第6章 日本の医療制度下での血胸治療
突然の病気や怪我に見舞われたとき、医学的な問題だけでなく、「治療費はいくらかかるのだろう」「どこに相談すればいいのか」といった実用的な悩みが生じるのは当然のことです。特に日本の医療制度は複雑に感じられるかもしれません。しかし、日本の医療システムは、専門的な診療科、透明性の高い費用制度、そして患者を支える支援ネットワークが連携し、非常に統合されたケアを提供するように設計されています。それは、目的地まで安全に案内してくれるカーナビのようなものです。どこを走り、どのくらいの費用がかかり、どこで休憩できるかがあらかじめ分かることで、安心して運転に集中できます。このシステム全体の構造と流れを理解することは、自らが置かれた状況を把握し、治療への主体性を取り戻すための強力な助けとなるでしょう。
6.1 専門的治療へのアクセスと費用
血胸の治療は、初期対応は救急科(ER)、入院後の専門治療は主に呼吸器外科または胸部外科が担当します。非外傷性の場合は、呼吸器内科が原因精査の中心となることもあります。
日本の入院医療費は、多くの場合「DPC(診断群分類別包括評価)制度」に基づいて計算されます。これは、病名や手術に応じて1日あたりの入院費が定額で決められている制度ですが、手術料や麻酔料などは別途「出来高払い」で算定されます。公的医療保険の加入者は自己負担割合(通常1~3割)を支払い、さらに高額療養費制度を利用することで、1ヶ月の自己負担額に上限が設けられています。
6.2 患者の声と支援ネットワーク
多くの患者が、胸腔ドレーン留置中の痛みを最も辛い経験として挙げています。動くたびに痛みを感じ、「チューブが抜けるのではないか」という恐怖を感じることがあります。看護師は痛みの管理や不安の軽減に努めます。また、外傷後の心理的影響(PTSDなど)に対する長期的なケアが必要となる場合もあります。
日本には患者や家族を支えるための様々なリソースが存在します。原因疾患によっては、例えば「一般社団法人ヘモフィリア友の会全国ネットワーク」のような専門の患者会があります。また、多くの病院にはがん相談支援センターや医療福祉相談室が設置されており、医療ソーシャルワーカーが治療費や社会復帰に関する相談に応じてくれます。
今日から始められること
- 医療費について不明な点があれば、病院の医療福祉相談室や会計窓口で相談し、高額療養費制度の利用について確認しましょう。
- 心理的なつらさを感じたら、一人で抱え込まず、主治医や看護師、または臨床心理士に相談することを検討してください。
- 同じ病気や経験を持つ人々と繋がれる患者会を探してみることも、大きな支えとなる場合があります。
よくある質問
血胸と診断されましたが、必ず手術が必要ですか?
必ずしもそうではありません。出血量が少なく、状態が安定している場合は、手術を行わずに注意深く経過を観察することもあります6。治療方針は、出血の量や速度、原因、そして患者さんご自身の全体的な健康状態を総合的に判断して決定されます。
胸に入っているチューブ(ドレーン)はいつ抜けますか?
胸腔ドレーンは、排液の色が薄くなり量が減少し、レントゲン写真で肺が十分に膨らんでいることが確認されたら抜去が検討されます。期間は患者さんの状態によって異なりますが、医師や看護師が定期的に状態を確認し、抜去のタイミングを判断します。
退院後の生活で気をつけることはありますか?
退院直後は、激しい運動や胸部に負担がかかる動作は避ける必要があります。医師の指示に従い、処方された薬をきちんと服用し、呼吸リハビリテーションを継続することが重要です。痛みや息切れなどの症状が改善しない、あるいは悪化する場合は、早めに受診してください。
治療費が高額にならないか心配です。
日本の公的医療保険には「高額療養費制度」があります。これは、1ヶ月の医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合に、その超えた分が払い戻される制度です。事前に「限度額適用認定証」を申請しておくと、窓口での支払いが自己負担限度額までとなります。詳しくは、ご加入の健康保険組合や、病院の医療福祉相談室にご相談ください。
結論
血胸は、胸膜腔内に血液が貯留する重篤な病態であり、その原因は外傷から悪性腫瘍まで多岐にわたります。その管理は、原因の正確な特定、迅速な診断、そして患者の状態に応じた段階的な治療戦略の適用に集約されます。治療の根幹は胸腔ドレナージですが、近年の最も重要な進歩は、合併症を未然に防ぐための「早期胸腔鏡下手術(VATS)」の確立です。これは、予防的かつ積極的な介入へのパラダイムシフトを意味します。予後は原因によって大きく左右されますが、いずれの場合も、治療後の生活の質を最大化するためには、疼痛管理と体系的な呼吸リハビリテーションが不可欠です。日本の統合された医療システムと支援ネットワークを理解し活用することが、患者と家族が不安を軽減し、主体的に治療に参加し、回復への道を確信を持って歩むための力となるでしょう。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
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