心血管疾患

心臓の壁に開いた穴:心室中隔欠損症(VSD) あなたの心臓に潜むリスクを知る

心室中隔欠損症(VSD)の病態を理解するためには、まず正常な心臓の構造と機能を知ることが不可欠です。心臓は、全身に血液を送り出すポンプの役割を担う、4つの部屋から構成される筋肉の臓器です。上の2つの部屋は「心房」(右心房・左心房)、下の2つの部屋は「心室」(右心室・左心室)と呼ばれます。全身を巡って酸素を消費した血液(静脈血)は右心房に戻り、右心室を経て肺動脈から肺へと送られます。肺で酸素を受け取った血液(動脈血)は左心房に戻り、左心室から大動脈を通じて再び全身へと送り出されます。この循環において、酸素の少ない静脈血(右心系)と酸素の豊富な動脈血(左心系)が混ざり合わないように、心臓の左右を隔てる壁が存在します。特に、下の部屋である左右の心室を隔てる筋肉の壁が「心室中隔」です。国立循環器病研究センターによると、この壁が、心臓というエンジンが効率的に機能するための重要な仕切りとなっています1

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の主要な指針:日本小児循環器学会による診療情報と、国の難病情報センターが提供するデータを基に、日本国内の実情に即した解説を行っています410
  • 国際的なエビデンス:米国心臓協会(AHA)のガイドラインや、査読付き医学雑誌に掲載されたメタ解析などの質の高い研究成果を参考に、世界的な標準治療との比較も行っています58

要点まとめ

  • 心室中隔欠損症(VSD)は、生まれつき心臓の左右の心室を隔てる壁に穴が開いている、最も頻度の高い先天性心疾患です3
  • 穴の大きさと場所が重要で、小さな穴は自然に閉じることも多いですが、大きな穴は心不全や肺高血圧を引き起こす可能性があります4
  • 赤ちゃんの呼吸が速い、ミルクの飲みが悪い、体重が増えないなどの症状は注意すべきサインです。診断は主に心エコー検査で行われます6
  • 治療の基本は外科手術ですが、生涯にわたる定期検診と、特に虫歯予防などの口腔ケアが感染性心内膜炎の予防に不可欠です14

第1章 心室中隔欠損症(VSD)を理解する:心臓の構造と穴がもたらす影響

「生まれつき心臓に穴が…」と告げられた時のご両親の衝撃は計り知れません。その不安な気持ち、とてもよく分かります。しかし、VSDは先天性心疾患の中で最も一般的であり、多くの知見が蓄積されています。科学的には、この「穴」が心臓全体の働きにどう影響するかを理解することが、不安を解消し、次の一歩を踏み出すための羅針盤となります。心臓内の圧力差によって、酸素を多く含んだ血液が左心室から右心室へ漏れ出してしまう「左→右シャント」が問題の核心です。この現象は、圧力の高い水道管から低い管へ水が漏れ出し、意図しない場所に水たまり(この場合は肺のうっ血)を作ってしまうようなもの、と考えるとイメージしやすいかもしれません。だからこそ、まずはこの仕組みを知り、なぜ治療が必要になる場合があるのかを冷静に把握することが大切なのです。

VSDは、MSDマニュアル プロフェッショナル版によると、他の心奇形を伴わない単独の疾患としては先天性心疾患の約20%を占めます3。日本小児循環器学会の情報では、原因の多くは特定のひとつではなく、複数の要因が絡み合う多因子遺伝と考えられています10。しかし、ダウン症候群などの遺伝的要因や、妊娠中の特定の感染症、コントロール不良の糖尿病などがリスクを高める可能性も指摘されています11。この知識は、誰かの責任を問うものではなく、むしろ、これが誰にでも起こりうる自然な現象の一部であることを理解するために役立ちます。

このセクションの要点

  • VSDは心臓の左右の心室を隔てる壁に穴が開いている状態で、先天性心疾患の中で最も頻度が高いものです。
  • 問題の本質は、左心室と右心室の圧力差により、酸素を含んだ血液が肺へ余分に流れ込む「左→右シャント」にあります。

第2章 VSDの分類:穴の場所と大きさが重要な理由

VSDと診断されても、「すべての穴が同じではない」という事実は、希望の光となり得ます。その子のVSDがどのタイプで、どのくらいの大きさなのかを知ることは、単なる分類作業ではありません。それは、その子の未来の健康への「個別化された地図」を手に入れるようなものです。科学的には、VSDは穴の開いている場所によって、主に4つのタイプに分類されます。例えば、壁の筋肉の部分にできる「筋性部欠損」は、成長と共に自然に閉じる可能性が最も高いタイプです。これは、筋肉が成長して壁の隙間を自ら埋めていくイメージです。一方で、心臓の弁の近くにできるタイプは、弁の機能に影響を及ぼす可能性があるため、より注意深い観察が必要になります。だからこそ、専門医が心エコーで穴の場所を特定することは、治療方針を決定する上で極めて重要なのです。

臨床的重要性は、穴の場所と大きさの両方から評価されます。アジア人に比較的多いとされるI型(漏斗部欠損)は、大動脈弁のすぐ下に位置するため、弁が変形して逆流を起こす「大動脈弁閉鎖不全症」という合併症のリスクがあります1。最も一般的なII型(膜様部周囲欠損)は、心臓の電気信号を伝える重要な通り道(刺激伝導系)に近いため、治療の際に注意が必要です8。また、穴の大きさによって症状は大きく異なり、小さな穴(制限型)では多くは無症状ですが、大きな穴(非制限型)では左右の心室の圧力がほぼ同じになり、重い心不全を引き起こします3。このように、VSDの診断とは、単に穴の有無を確認するだけでなく、その子の持つ特有のリスクマップを詳細に読み解く作業なのです。

このセクションの要点

  • VSDは穴の位置によって主に4つのタイプに分類され、タイプごとに自然閉鎖の可能性や合併症のリスクが異なります。
  • 穴の大きさは症状の重さと直結しており、「小・中・大」の分類は治療方針を決定する上で重要な指標となります。

第3章 診断:心雑音から確定診断まで

生まれたばかりの頃は元気に見えたのに、数週間経ってから急に呼吸が速くなったり、ミルクを飲むのが辛そうになったりすると、ご両親は「何か大変なことが起きているのでは」と強い不安を感じることでしょう。そのお気持ちは、痛いほどよく分かります。しかし、これはVSDの典型的な経過の一部であり、赤ちゃんの体の自然な変化の現れなのです。科学的には、生まれた直後の赤ちゃんは肺の血管の抵抗が高いため、VSDの穴を通る血液の漏れ(シャント)は少量です。それが生後数週間で肺の血管が成熟して広がると、抵抗が下がり、左心室から右心室へのシャント量が急増します。これは、今まで細かったバイパス道路が急に広い高速道路になったようなもので、大量の血液が肺に流れ込むようになり、心不全の症状が「顕在化」するのです6。だからこそ、このタイミングで現れる症状は、病気が悪化したサインではなく、むしろ適切な治療を開始すべきだという体からの重要なメッセージなのです。

診断への道筋は、多くの場合、乳幼児健診で聴診器を通して聞こえる「心雑音」から始まります4。VSDが疑われると、胸部X線検査や心電図などの検査が行われますが、診断のゴールドスタンダードは、体に負担のかからない心エコー(心臓超音波)検査です。小児慢性特定疾病情報センターが示すように、この検査で穴の正確な位置、大きさ、数、シャントの量、心臓への負担の程度、そして肺高血圧の有無などを詳細に評価することができます9。ほとんどの場合、この心エコー検査だけで、その子にとって最適な治療方針を決定するための十分な情報が得られます。

受診の目安と注意すべきサイン

  • 呼吸が速い、息づかいが荒い、呼吸時に肋骨の下がへこむ(陥没呼吸)7
  • 哺乳中に息が苦しくなってすぐに疲れてしまい、飲む量が少ない、または汗をたくさんかく
  • 月齢に比べて体重がなかなか増えない(体重増加不良)7
  • 気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症を繰り返しやすくなる3

第4章 治療の選択肢:経過観察から外科手術まで

「穴を塞ぐ」と聞くと、多くの人はすぐに手術を思い浮かべるかもしれませんが、VSDの治療にはいくつかの選択肢があり、必ずしもすぐにメスを入れるわけではありません。特に、穴が小さい場合、「待つ」という選択もまた、積極的で重要な治療戦略の一つです。科学的には、VSD、特に筋肉の部分にできた小さな穴の多くは、赤ちゃんの成長と共に自然に閉鎖することが期待されています。StatPearlsに掲載された情報によると、生後1年以内に50-60%が自然に閉じるとの報告もあります11。これは、心臓という筋肉の臓器が成長し、組織が厚くなることで、小さな隙間が自然に埋まっていくようなものです。だからこそ、症状のない小さなVSDに対しては、定期的に心エコーで注意深く状態を確認しながら「経過観察」を行うのです。一方で、外科手術と、体に負担の少ないカテーテル治療という選択肢もありますが、どちらを選ぶかは、安全性と確実性を天秤にかけた、慎重な判断が求められます。

心不全症状がある場合は、まず利尿薬などで症状を和らげる内科的治療を行い、体重が増えて手術に適した状態になるまで待ちます9。そして、コントロールが難しい心不全や、進行する肺高血圧がある場合には、外科手術が標準治療となります。これは人工心肺装置を使い、心臓を止めている間に、パッチと呼ばれる人工の布で穴を確実に塞ぐ方法です10。一方、足の付け根からカテーテルを入れて穴を塞ぐ低侵襲治療は、心房中隔欠損症(ASD)では広く行われていますが、VSD、特に最も多い膜様部周囲欠損に対しては、日本ではまだ標準治療として確立されていません。海外のメタ解析では、手技の高い成功率が示されている一方で、約1.1%という低いながらも、ペースメーカーが永久に必要になる完全房室ブロックという重篤な合併症のリスクが報告されているためです11。日本の医療が外科手術を標準とするのは、この低確率でも見過ごせないリスクを避け、最も安全で確立された方法を選択するという、患者第一の慎重な姿勢の表れなのです。

自分に合った選択をするために

外科的閉鎖術(日本の標準治療): 開胸手術で身体的負担は大きいですが、確立された技術で確実性が高く、重篤な合併症のリスクが極めて低いのが特徴です。心不全や肺高血圧が進行する場合の第一選択です。

カテーテル治療(日本では限定的): 体への負担は少ないですが、日本ではまだ標準治療ではなく、適応も限られます。特に膜様部周囲欠損では、刺激伝導系を傷つけるリスクがゼロではないため、その利点とリスクを専門医と十分に相談する必要があります。

第5章 VSD治療後の生活:予後と生涯にわたるフォローアップ

大きな手術を乗り越え、わが子が元気に退院する姿を見るのは、ご家族にとって何よりの喜びでしょう。しかし同時に、「本当に普通の生活に戻れるのだろうか」「将来、何か問題は起きないか」という不安がよぎるのも、ごく自然なことです。そのお気持ち、よく分かります。「修復された心臓」は「元々健康な心臓」と全く同じではない、という事実を理解することが、長期的な健康管理の第一歩です。科学的には、適切な時期に手術を受けたほとんどの患者さんの長期予後は非常に良好で、運動制限もなく、健常者と変わらない生活を送ることができます4。しかし、StatPearlsが指摘するように、一般の人に比べて、将来的に不整脈や弁の問題などを起こすリスクがわずかに残ります13。これは、家をリフォームしても、元々の柱や基礎の部分は変わらないのと似ています。だからこそ、問題がないように見えても、定期的に専門医のチェックを受け続けることが、生涯にわたる安心につながるのです。

特に生涯を通じて注意が必要なのが、「感染性心内膜炎」という予防可能なリスクです。これは、血液中に入った細菌が心臓の内部、特に手術で当てたパッチの周辺に付着して増殖する、重い感染症です。そして、その細菌の最も一般的な侵入経路が、実は「口の中」、つまり虫歯や歯周病なのです4。したがって、VSDの治療を受けた方にとって、最も重要で、かつ自分で実行できる長期的な健康管理は、毎日の丁寧な歯磨きと定期的な歯科受診に他なりません。歯科治療の際には、必ず心臓病の既往を伝え、必要に応じて抗生物質の予防内服について相談することが、自分の心臓を守る上で不可欠です。

今日から始められること

  • 小児期から成人期へスムーズに移行できるよう、成人先天性心疾患(ACHD)を専門とする医療機関について、現在の主治医に相談してみましょう。
  • 「ロスト・トゥ・フォローアップ(診療中断)」を防ぐため、次の検診の予約を必ず確認し、カレンダーに記録しましょう。
  • 毎日の丁寧な歯磨きを習慣にし、かかりつけの歯科医を決めて、定期的なクリーニングと検診を受けましょう。

第6章 重篤な合併症:肺高血圧症とアイゼンメンジャー症候群

もし大きなVSDが未治療のまま放置されると、心臓の中の血流の問題だけでは済まなくなります。それはまるで、小さな火種が、気づかぬうちに森全体を焼き尽くす大火事へと燃え広がっていくようなものです。この進行性の変化を理解することは、なぜ早期発見と早期介入がこれほどまでに重要なのかを知る上で欠かせません。科学的には、大量の血液が常に高い圧力で肺に流れ込み続けると、肺の細い血管は慢性的なストレスに耐えようとして、壁が厚く硬くなる「血管リモデリング」という変化を起こします11。初めは防御反応だったこの変化が、やがて元に戻らない「固定的」なものとなり、肺全体の血圧が異常に高まる「肺高血圧症(PAH)」という状態に陥ります。こうなると、もはや心臓の穴を塞ぐだけでは解決できない、肺血管そのものの病気へと移行してしまうのです。

そして、この肺高血圧症が最終段階まで進行し、右心室の圧力が左心室の圧力を上回ると、「アイゼンメンジャー症候群」と呼ばれる状態になります15。この段階では、血液の流れが逆転し、酸素の少ない血液が穴を通って全身に送られるため、唇などが紫色になるチアノーゼが現れます。重要なのは、アイゼンメンジャー症候群が成立すると、VSDの穴を塞ぐ手術は「禁忌」、つまり絶対に行ってはならない治療になるという点です。なぜなら、この状態では穴が高圧になった右心室の「逃げ道(ポップオフバルブ)」として機能しており、これを塞ぐと急性右心不全を引き起こし、命に関わるからです16。乳幼児健診での心雑音の発見は、この後戻りできない段階に至る前に介入するための、極めて重要な警告サインなのです。

受診の目安と注意すべきサイン

  • 安静にしていても唇や爪が青紫色に見える(チアノーゼ)
  • 少し動いただけでも息切れがする、または運動能力が明らかに低下した
  • 胸の痛みや失神発作がある
  • 手足の指先が太鼓のばちのように丸くなる「ばち指」が見られる

第7章 VSDと共にある日本の日常生活

心臓病と聞くと、運動や学校生活、将来の妊娠・出産など、様々な場面で厳しい制限があるのではないかと心配になるかもしれません。それはごく自然な感情です。しかし、適切な管理のもとでは、多くの患者さんが充実した日常生活を送ることが可能です。その鍵となるのが、日本の医療と社会が連携して作り上げた、きめ細やかなサポート体制を理解し、活用することです。科学的には、小さなVSDで無症状の場合や、手術が成功して心機能が良好な子どものほとんどは、運動制限は必要ないとされています5。しかし、個々の状態に合わせて安全を確保するために、日本では「学校生活管理指導表」という非常に優れた仕組みがあります。これは、主治医が子どもの運動能力を医学的に評価し、学校での活動の許容範囲を具体的に指示する統一書式です。これを学校に提出することで、教員のような医療専門家でない人でも、その子に合った適切な配慮ができるようになります17。だからこそ、この制度を正しく利用することが、安全で楽しい学校生活を送るためのパスポートになるのです。

女性患者さんにとって、妊娠・出産は心臓に大きな負担がかかるため、特別な配慮が必要なライフイベントです。しかし、「VSDだから妊娠できない」と一概に決まるわけではありません。修復後で心機能が良好な場合は、一般的にリスクは低いとされています。ただし、肺高血圧がある場合や、アイゼンメンジャー症候群の場合は、母体へのリスクが非常に高いため妊娠は禁忌となります。重要なのは、妊娠を計画する前に、必ず成人先天性心疾患(ACHD)の専門医と産科医による「妊娠前カウンセリング」を受け、ご自身の心臓の状態が妊娠に耐えられるかを正確に評価してもらうことです18

今日から始められること

  • 学校や園に入るときは、必ず主治医に「学校生活管理指導表」の作成を依頼し、それを学校側に提出して情報を共有しましょう。
  • 女性で将来妊娠を希望する場合は、思春期の頃から主治医と妊娠に関するリスクについて話し合い、計画的な管理の重要性を理解しておきましょう。
  • ご自身の心機能の状態について、労働にどの程度の制限が必要か、あるいは必要ないかを主治医に確認し、職業選択の参考にしましょう。

第8章 日本における経済的・社会的支援制度

先天性心疾患の治療には、高度な医療技術が必要となり、それに伴う経済的な負担は決して小さくありません。「治療費は一体いくらかかるのだろう」という不安は、病気そのものへの不安と同じくらい、ご家族の心に重くのしかかります。そのお気持ち、お察しいたします。しかし、日本には、こうしたご家庭を支えるための、多層的な公的支援制度が整備されています。重要なのは、これらの制度は自動的に適用されるわけではなく、ご家族が情報を知り、自ら申請手続きを行う必要があるという点です。科学的な治療の進歩と同じくらい、これらの社会制度の知識は、家族が安心して治療に専念するための「処方箋」となり得ます。例えば、VSDの根治手術には「自立支援医療(育成医療)」が、その後の継続的な通院治療には「小児慢性特定疾病医療費助成制度」が適用される可能性があります1019。だからこそ、診断を受けたら、まず病院の相談窓口(ソーシャルワーカー)に声をかけ、利用できる制度について尋ねることが、経済的な不安を軽減するための具体的な第一歩となるのです。

申請手続きは、少し複雑に感じられるかもしれません。一般的には、都道府県が指定した「指定医」のいる医療機関で意見書をもらい、お住まいの市区町村の窓口に必要書類と共に提出するという流れになります。原則として治療開始前の申請が必要な制度もあるため、診断がついたらできるだけ速やかに手続きを開始することが推奨されます。また、同じ病気を持つ仲間との繋がりも、大きな支えとなります。「全国心臓病の子どもを守る会」のような患者会は、情報交換の場であるだけでなく、同じ経験をしたからこそ分かり合える、かけがえのない精神的なサポートを提供してくれます20

今日から始められること

  • 診断を受けたら、または手術が決まったら、すぐに病院の医療相談室やソーシャルワーカーに連絡し、利用可能な公的助成制度について相談しましょう。
  • お住まいの市区町村のウェブサイトや窓口で、「自立支援医療(育成医療)」や「小児慢性特定疾病医療費助成制度」の申請に必要な書類を確認し、準備を始めましょう。
  • 「全国心臓病の子どもを守る会」などの患者会のウェブサイトを訪れ、情報収集や相談を検討してみましょう。

第9章 VSD研究と治療の未来

今日、私たちが受けているVSDの標準治療も、かつては未来の研究テーマでした。そして今この瞬間も、世界中の研究者や医師たちが、より安全で、より体に負担の少ない治療法を目指して、研究を続けています。その最前線で何が起きているかを知ることは、未来への希望につながります。科学的には、再生医療分野の研究が大きな期待を集めています。例えば、患者さん自身の細胞から作った、成長する能力を持つ生体組織パッチで穴を修復する技術などが研究されています。これは、成長に合わせてパッチを交換する再手術が不要になる可能性を秘めています。また、日本の医療制度が新しい治療法をどのように評価し、取り入れていくのかを理解することも重要です。新しい治療法が海外で有望な結果を示しても、それがすぐに日本で受けられるわけではありません。厚生労働省の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)が、その有効性、安全性、そして費用対効果を厳格に審査し、承認して初めて、公的医療保険の対象となるのです21。この慎重なプロセスこそが、日本の医療の質の高さと公平性を支えている基盤なのです。だからこそ、未来の治療法に期待を寄せつつも、今ある最も安全で確立された治療を信頼して受けることが大切なのです。

このセクションの要点

  • カテーテル治療用の新しいデバイスや、肺高血圧症に対する新薬の開発など、VSD治療は現在も世界中で進歩し続けています。
  • 日本では、新しい治療法が公的保険で利用可能になるには、中医協による安全性と有効性の厳格な評価が必要であり、このプロセスが医療の質を担保しています。
  • 将来的には、自己成長能を持つ生体パッチなど、再生医療技術がVSD治療を大きく変える可能性があります。

よくある質問

心室中隔欠損症は必ず手術が必要ですか?

いいえ、必ずしも手術が必要なわけではありません。穴が小さく、心臓や肺に負担がかかっていない場合は、自然に閉鎖することも多いため、手術をせずに定期的な検査で経過を観察します11。手術が必要になるのは、穴が大きく心不全の症状がある場合、肺の血圧が高くなっている場合、または特定のタイプの欠損で将来的に合併症のリスクが高いと判断された場合です10

治療後、子どもは運動やスポーツができますか?

はい、ほとんどの場合できます。小さな穴で症状がない場合や、手術が成功して心臓の機能が良好に保たれている場合は、運動制限は必要なく、他のお子さんと同様に体育の授業やスポーツに参加できます5。ただし、個々の状態によって異なるため、主治医が作成する「学校生活管理指導表」の指示に従うことが重要です。

手術後の長期的なリスクはありますか?

適切な治療を受ければ長期的な予後は非常に良好ですが、ゼロリスクではありません。「修復された心臓」は「正常な心臓」と全く同じではないため、一般の人よりは不整脈や弁膜症などを起こす可能性がわずかに残ります13。そのため、症状がなくても生涯にわたる定期的な検診が推奨されます。

VSDの治療で最も気をつけるべき合併症は何ですか?

生涯を通じて最も注意すべき合併症の一つが「感染性心内膜炎」です。これは、口の中の細菌などが血流に入り、心臓内部に感染巣を作る病気です。予防のために最も重要なことは、毎日の丁寧な歯磨きと、定期的な歯科検診です。歯科治療の際には、必ず心臓病があることを歯科医に伝えてください14

結論

心室中隔欠損症(VSD)は、先天性心疾患の中で最も頻度が高く、多くのご家族が直面する可能性のある疾患です。しかし、本記事で見てきたように、その病態から診断、治療、そして治療後の生活に至るまで、多くの知見が蓄積されており、確立された管理方法が存在します。特に重要なのは、赤ちゃんの小さなサインを見逃さず早期に専門医の診断を受けること、そして治療が成功した後も、感染性心内膜炎の予防を念頭に置いた口腔ケアと、生涯にわたる定期検診を続けることです。日本の充実した公的支援制度や患者会コミュニティも、ご家族を力強く支えてくれます。正しい知識を持つことが、不安を希望に変え、お子さんの健やかな未来を守るための最も確かな一歩となるでしょう。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

参考文献

  1. 国立循環器病研究センター. 心室中隔欠損(VSD)|小児心臓外科|小児循環器・産婦人科部門…. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  2. 榊原記念病院. www.hp.heart.or.jp. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  3. MSDマニュアル プロフェッショナル版. 心室中隔欠損症(VSD) – 19. 小児科. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  4. 日本小児循環器学会. 心室中隔欠損症 | 日本小児循環器学会【一般の方へ】. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  5. American Heart Association. Ventricular Septal Defect (VSD). [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  6. 榊原記念病院. 2-2 心室中隔欠損症(VSD). [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  7. 小児慢性特定疾病情報センター. 心室中隔欠損症 診断の手引き. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  8. PubMed Central. Comparison of transcatheter versus surgical closure of perimembranous ventricular septal defect in pediatric patients: A systematic review and meta-analysis. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  9. 株式会社 増富. 心室中隔欠損症について. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  10. 小児慢性特定疾病情報センター. 心室中隔欠損症 概要. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  11. NCBI Bookshelf. Ventricular Septal Defect – StatPearls. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  12. 静岡県立こども病院. 心室中隔欠損症 | 手術方法. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  13. 東京大学医学部附属病院. 心室中隔欠損症. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  14. 日本医事新報社. 心室中隔欠損症[私の治療]. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク [有料]
  15. 大垣中央病院. アイゼンメンジャー症候群(Eisenmenger Syndrome). [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  16. 今日の臨床サポート. 心室中隔欠損症・心房中隔欠損症(小児科) | 症状. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク [有料]
  17. gakkohoken.jp. 心疾患児 新・学校生活管理指導のしおり. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  18. 日本医事新報社. 先天性心疾患と妊娠・出産【心機能,遺残病変,続発病変からのリスク評価が重要】. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク [有料]
  19. 日本心臓財団. 心臓病に対する治療や手術の費用について. 2015. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  20. 全国心臓病の子どもを守る会. 医療・福祉制度. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク
  21. Wikipedia. 中央社会保険医療協議会. [インターネット]. 引用日: 2025-09-11. リンク

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