女性の健康

月経前症候群(PMS)の完全ガイド:知っておくべき5つのサインと日本における最新の体調管理法

月経前の期間に多くの女性が経験する心身の変化は、非常に広範なスペクトラム上に存在します。それは、ほとんどの女性が経験する軽微な不快感から、日常生活に深刻な支障をきたす医学的な状態まで多岐にわたります。このセクションでは、これらの変化を正確に理解し、自身の状態を客観的に把握するための基礎知識を、科学的根拠に基づいて解説します。

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

    • 日本の主要ガイドライン: 公益社団法人 日本産科婦人科学会による診断・治療指針は、国内の臨床現場における標準的なアプローチの基盤となっています。211
  • 国際的なエビデンス: PMS/PMDDに対するSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の有効性に関するコクランレビューは、質の高い複数の研究を統合した信頼性の高い情報源です。20

要点まとめ

  • 月経前の不調は「正常な症状」「PMS(月経前症候群)」「PMDD(月経前不快気分障害)」に分類され、PMDDは治療を要する精神疾患です。3
  • 診断の鍵は、最低2周期にわたる「症状日誌」です。これにより症状の周期性を客観的に証明し、的確な治療へと繋がります。1011
  • 食事(複合炭水化物、カルシウム、マグネシウム)や運動(有酸素運動)といったセルフケアは、症状管理の土台となります。1315
  • 日本では「月経困難症」の診断があれば低用量ピル(LEP)治療が保険適用となり、「PMDD」の診断ではSSRIが保険適用となります。これは治療選択における極めて重要な情報です。2122

第1章 はじめに – 月経前の変化を解読する:正常な変化から臨床的な状態まで

月経前の心身の変化が、ただの不調なのか、それとも病気なのか分からず不安に感じる——。その気持ち、とてもよく分かります。多くの女性が同じように感じており、その変化はごく軽いものから生活に支障をきたす深刻なものまで様々です。科学的には、その背景にホルモンのダイナミックな変動があります。この変動は、まるで天気予報が難しい日の気圧の変化のように、私たちの心と体に影響を与えるのです。だからこそ、まずは「正常な症状」「PMS」「PMDD」という3つの状態の違いを正確に知り、ご自身の状態を客観的に把握することが、穏やかな毎日を取り戻すための第一歩となります。

月経がある女性の90%以上が、月経前に何らかの症状(腹部の張り、頭痛、気分の変動など)を経験すると報告されていますが、日常生活に大きな影響を与えない場合、それは病的な状態ではなく、正常な生理的変化と見なされます1。一方で、日本産科婦人科学会(JSOG)2は、PMSを「月経前3~10日の間続く精神的あるいは身体的症状で、月経発来とともに減弱あるいは消失するもの」と定義しており、この周期性が診断の鍵となります1。さらに重症型であるPMDDは、特に精神症状が顕著で、米国精神医学会の診断基準『DSM-5』では「抑うつ障害群」に分類される正式な精神疾患として認められています3。日本においてPMDDと診断されることは、SSRIのような専門的な治療への保険適用や、職場での配慮、社会的支援制度の利用に繋がる可能性があるため、極めて重要です45

では、なぜこれらの症状が起こるのでしょうか。現在の科学では、排卵後に起こる女性ホルモン、特にエストロゲンとプロゲステロンの急激な変動が主な引き金と考えられています16。さらに、このホルモンの変動が、気分を安定させる脳内の神経伝達物質「セロトニン」の機能を低下させることも、もう一つの重要な要因です。セロトニンの不足は、抑うつ、いらだち、不安感、過食、睡眠障害と密接に関連しており、これがPMDD治療においてSSRIが第一選択薬とされる科学的根拠となっています26

このセクションの要点

  • 月経前の不調は「正常範囲」「PMS」「PMDD」の3段階に分けられ、PMDDはDSM-5に記載された正式な精神疾患です。
  • 主な原因は、排卵後の女性ホルモンの急激な変動と、それに伴う脳内神経伝達物質セロトニンの機能低下と考えられています。

第2章 月経前変化の5つのコアサイン:詳細な症状分析

「症状が多すぎて、自分の不調が本当にPMSなのかどうか判断できない」。200種類以上あると言われる症状を前に、そう感じるのは当然のことです。しかし、その複雑に見える症状群も、実は大きく5つのグループに分類できます。科学的には、これらの症状はそれぞれ独立しているのではなく、セロトニン不足という共通の根っこから生じる、相互に関連したサインと解釈できます。例えば、炭水化物が無性に食べたくなるのは、意志が弱いからではなく、脳がセロトニンを補おうとする自己治療的な反応なのです69。だからこそ、まずは「感情」「痛み」「全身の変化」「認知・睡眠」「行動・食欲」の5つのサインに分けて、ご自身の症状を客観的に整理してみましょう。

サイン1:感情と心理の乱気流(精神的症状)は、突然悲しくなる、いらだたしさ、不安感、抑うつ気分などを含みます。PMDDの診断では、これらの症状のうち少なくとも1つが「著しい」レベルであることが必須です23サイン2:身体的な不快感と痛みには、乳房の圧痛や張り、頭痛、関節・筋肉痛、腰痛などが含まれます7サイン3:全身に及ぶ身体的変化として、腹部膨満感、むくみ、体重増加、強い倦怠感、にきびの悪化などが挙げられます1678サイン4:認知機能と睡眠の乱れには、集中困難(ブレインフォグ)や物忘れ、不眠または過眠が含まれます23。最後に、サイン5:行動と食欲の変化として、特定の食物への渇望や社会的引きこもり、趣味への興味減退などがみられます26

受診の目安と注意すべきサイン

  • 著しい抑うつ気分、絶望感、または「自分をコントロールできない」という感覚が強い場合(PMDDの可能性があります)。
  • 症状によって仕事、学業、または大切な人間関係に深刻な支障が出ている場合。
  • これらの症状が月経開始後も完全に消失せず、軽くなるだけで続いている場合(他の疾患の可能性も考えられます)。

第3章 明確化への道:日本における診断と自己評価

「病院に行くべきか迷っている。行っても、この複雑な症状をうまく説明できる自信がない」。毎月繰り返す辛い症状を、口頭だけで正確に伝えるのは難しいものです。そこで、あなたと医師をつなぐ最も強力なツールとなるのが「症状日誌」です。科学的には、記憶に頼った申告は「想起バイアス」によって不正確になりがちですが、日々の記録は客観的なデータとなります。そのため、日本産科婦人科学会211も、PMS/PMDDの診断において症状日誌を不可欠なツールとしており、特にPMDDの診断では最低2周期にわたる記録が必須要件とされています310。だからこそ、まずは最低2ヶ月間、症状日誌をつけてみましょう。それが、的確な診断への最短ルートになります。

医療機関では、その日誌を基に詳細な問診が行われ、うつ病や甲状腺機能異常といった、似た症状を持つ他の疾患を除外(鑑別診断)していきます710。特に重要なのが、「月経前増悪(PME)」との区別です。これは、元々あるうつ病や不安障害が月経前に悪化する状態で、月経後も症状が完全には消失しない点でPMS/PMDDとは異なります111。症状日誌は、症状が完全に消える期間があるかを確認し、両者を正確に見分ける上で極めて有効です。

このセクションの要点

  • PMS/PMDDの診断で最も信頼性が高く、不可欠なツールは、最低2周期にわたる「症状日誌」です。
  • 医療機関では、症状日誌を基に、他の類似疾患(特に月経前増悪: PME)との鑑別診断が慎重に行われます。

第4章 健康の土台を築く:科学的根拠に基づくセルフケアと生活習慣戦略

「薬に頼る前に、まず自分でできることがあるなら試してみたい」。そのように考える方は少なくありません。日々の小さな習慣が、ホルモンの波に揺らぐ心身を安定させるための大切な土台になります。科学的には、食事や運動は、血糖値や神経伝達物質といった体内の主要なシステムを安定化させる、理にかなったアプローチです。例えば、精製された砂糖を摂ると血糖値が乱高下し、気分も不安定になりがちですが、玄米のような複合炭水化物は血糖値を穏やかに保ちます9。そのため、まずは食事、運動、ストレス管理といった生活習慣を見直してみましょう。無理のない範囲で、一つでも取り入れることが大きな一歩です。

栄養学的アプローチとして、玄米や全粒粉パンなどの複合炭水化物の摂取が推奨されます2。また、カルシウム、マグネシウム、ビタミンB6はPMS症状の緩和に有効性が示唆されている重要な栄養素です11314。一方で、菓子類などの精製された糖質塩分の過剰摂取、そして不安感を増強させる可能性のあるカフェインアルコールは控えることが望ましいです1212。身体活動としては、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動を週3回以上、1回45~60分程度行うことが、気分を高めるエンドルフィンの分泌を促し、症状緩和に強く推奨されています1115。加えて、ヨガや瞑想などのリラクゼーションや、毎晩約8時間の質の良い睡眠を確保することも、ストレスを管理し、精神的な安定を保つ上で非常に重要です11617

今日から始められること

  • 今週の食事で、白米を玄米に、甘いお菓子をナッツやバナナに置き換えてみる。
  • 通勤時に一駅手前で降りて歩く、または昼休みに10分間の散歩をするなど、生活の中に運動を取り入れる。
  • 寝る前の15分間はスマートフォンを機内モードにし、穏やかな音楽を聴いたり深呼吸をしたりする時間を作る。

第5章 日本における医療的治療のナビゲーション:実践的ガイド

セルフケアだけでは限界を感じる時、「どの病院へ行けばいいのか、費用はどれくらいかかるのか」といった不安から、次の一歩が踏み出せないこともあるでしょう。日本の医療制度は少し複雑に見えるかもしれませんが、ご自身の症状と目的を整理し、制度を正しく理解すれば、安心して適切な治療を受けることができます。大切なのは、あなたの症状に最も合った専門家を選び、利用できる制度を最大限に活用することです。症状に合わせて婦人科か心療内科を選び、保険適用の条件を理解した上で、医師と治療の選択肢について相談しましょう。

一般的に、身体症状が強い場合はまず婦人科へ相談するのが標準的です4。一方で、抑うつや不安といった精神症状が非常に強く、PMDDが疑われる場合は心療内科や精神科の受診が推奨されます11。治療の選択肢には主に3つの柱があります。低用量ピル(LEP)は排卵を抑制してホルモン変動をなくし、特に身体症状に効果的です271819SSRIは脳内のセロトニン濃度を高め、PMDDの精神症状に対する第一選択薬とされています1120。そして、個々の体質に合わせて処方される漢方薬(加味逍遙散など)も選択肢の一つです2。費用面で極めて重要なのは、日本ではPMSのみでは保険適用外ですが、「月経困難症」という診断がつけばLEP治療は保険適用となり、PMDDの診断ではSSRIが保険適用となる点です2122

自分に合った選択をするために

低用量ピル(LEP)が適している可能性が高い方: 腹痛、むくみ、乳房の張りといった身体的な症状が特に辛く、月経困難症(生理痛)も併発している場合。

SSRIが適している可能性が高い方: 抑うつ、不安、いらだちといった精神的な症状が生活に深刻な影響を及ぼしており、PMDDの基準に当てはまる場合。

漢方薬を検討したい方: 冷えや疲労感など、複数の症状が絡み合っており、体質からの改善を目指したい場合。

よくある質問

PMSの症状は「気の持ちよう」なのでしょうか?

いいえ、決して「気の持ちよう」ではありません。PMSおよびPMDDは、女性ホルモンの急激な変動と、それに伴う脳内の神経伝達物質の変化によって引き起こされる、明確な医学的背景を持つ状態です。特にPMDDは、DSM-5において正式な精神疾患として分類されています。あなたの苦痛は正当なものであり、適切なケアを受ける権利があります。36

治療を始めるなら、薬をずっと飲み続けないといけないのでしょうか?

必ずしもそうではありません。治療の目標は、症状をコントロールし、生活の質を改善することです。低用量ピル(LEP)やSSRIは、症状が辛い時期に生活を安定させるための強力なサポートとなります。症状が安定した後、医師と相談の上で、薬の量を減らしたり、生活習慣の改善を軸とした管理に移行したりすることも可能です。治療方針は、あなたの状況に合わせて柔軟に調整されます。20

日本での治療費は、月々どのくらいかかりますか?

保険適用(3割負担)の場合、薬剤費の目安は月々1,000円~3,000円程度です。例えば、「月経困難症」の診断で処方されるジェネリックの低用量ピル(ドロエチ等)は約800円~1,000円、PMDDで処方されるSSRI(エスシタロプラム等)は約1,560円程度です(別途診察料がかかります)。重要なのは、保険適用となるための正確な診断を受けることです。21

結論

月経前症候群(PMS)および月経前不快気分障害(PMDD)は、多くの女性が経験する複雑な状態ですが、決してなすすべなく耐え忍ぶべきものではありません。ご自身の症状を症状日誌で客観的に把握し、食事や運動といったセルフケアを試みること、そして必要であればためらわずに専門家の助けを求めることが重要です。特に日本では、「月経困難症」や「PMDD」という診断が、保険診療下での適切な治療への扉を開く鍵となります。このガイドが、あなたが自身の月経周期とより良く付き合い、穏やかな日々を取り戻すための一助となることを心から願っています。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

参考文献

  1. Office on Women’s Health. Premenstrual syndrome (PMS). [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  2. 公益社団法人 日本産科婦人科学会. 月経前症候群(premenstrual syndrome : PMS). [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  3. あしたのクリニック. PMDD(月経前不快気分障害)とは?症状や治療法、PMSとの違いも解説. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  4. Life Research Press. PMSとPMDDは何が違う?症状や原因、治療法を知って対策しよう. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  5. ファストドクター. PMDD(月経前不快気分障害)とは?症状と治療法を解説. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  6. Mayo Clinic. Premenstrual syndrome (PMS) – Symptoms & causes. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  7. 今日の臨床サポート. 月経前症候群 | 症状、診断・治療方針まで. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  8. NHS. PMS (premenstrual syndrome). [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  9. メノコト. PMS特集② PMS(月経前症候群)の原因とは。治療法と受診のポイント。黄体ホルモンとの関係. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  10. Cleveland Clinic. Premenstrual Syndrome (PMS): Symptoms & Treatment. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  11. 公益社団法人 日本産科婦人科学会. 月経前症候群・月経前不快気分障害 に対する診断・治療指針. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  12. NCBI Bookshelf. Premenstrual Syndrome – StatPearls. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  13. 株式会社KINS. PMSをサプリメントで緩和する!有効成分やおすすめの選び方. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
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  17. IMSグループ. PMDD | 代表的な疾患 | スマイルクリニック イムス東京. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  18. 中外医学社. 月経前症候群の診断と治療は?. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  19. Cochrane Database of Systematic Reviews. Oral contraceptives containing drospirenone for premenstrual syndrome. 2023. リンク
  20. PubMed. Selective serotonin reuptake inhibitors for premenstrual syndrome … 2024. PMID: 39140320. リンク
  21. イースト駅前クリニック. PMSは薬で治療できる?効果的な薬や漢方について徹底解説. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク
  22. ミライメディカルクリニック. PMSはピルで改善できる?保険適用の有無やおすすめの低用量ピル3選も紹介. [インターネット]. 引用日: 2025年9月17日. リンク

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