心血管疾患

頸動脈狭窄症の全貌:脳梗塞を防ぐための原因、症状、最新治療法の徹底ガイド

頸動脈狭窄症は、脳梗塞の主要な原因の一つでありながら、初期段階では自覚症状がほとんどないため「静かなる脅威」とも呼ばれます。この疾患のメカニズムと原因を正しく理解することは、予防と早期発見の第一歩です。

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の主要ガイドライン: 日本脳神経血管内治療学会などの指針は、国内の医療現場における診断と治療の基準を定めています2
  • 国際的なエビデンス: コクラン・レビューや欧州血管外科学会(ESVS)のガイドラインは、世界中の大規模な臨床研究を分析し、治療法の有効性と安全性に関する最高レベルの科学的根拠を提供しています3031

要点まとめ

  • 頸動脈狭窄症の根本原因は動脈硬化であり、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙が主な危険因子です4
  • 多くは無症状ですが、片側の麻痺やしびれ、ろれつが回らないといった一過性の症状は、脳梗塞の重要な警告サインです7
  • 治療の基本は、薬物療法と生活習慣の改善からなる「至適内科療法(BMT)」であり、すべての患者に必須です19
  • 症状や狭窄の程度に応じて、外科手術(CEA)やカテーテル治療(CAS)といった血行再建術が検討されます2326

第1章:頸動脈狭窄症を理解する:脳への「静かなる」脅威

自分では気づかないうちに、脳への重要な「生命線」が静かに狭まっていくかもしれない―そのような不安は、特に健康診断で動脈硬化を指摘された方にとって、他人事ではないかもしれません。その気持ち、とてもよく分かります。科学的には、この「静かなる脅威」の背景には、頸動脈と呼ばれる血管で起こる動脈硬化という現象があります。これは水道管が錆びて内側が狭くなり、水の流れが悪くなるのに似ています。血管の内側にコレステロールなどが溜まって「プラーク」というコブができ、血流を妨げるのです2。だからこそ、まずはこのメカニズムを正しく理解し、過度に恐れるのではなく、冷静に対処するための知識を身につけませんか?

1.1 頸動脈:脳を支える重要な生命線

脳は、私たちの体の中で最もエネルギーを消費する臓器の一つです。体重の約2%ほどの大きさでありながら、体全体の酸素とエネルギーの約20%を常に必要としています。この膨大な需要に応えるため、脳には4本の主要な動脈から血液が絶えず送り込まれています。中でも、思考や運動、感覚といった高度な機能を司る大脳へ血流の大部分を供給しているのが、首の両側を走る左右一対の「内頸動脈」です。関東労災病院の解説によると、この血管はまさに脳の活動を支える生命線と言えます1。頸動脈狭窄症が最も発生しやすいのは、この頸動脈が脳へ向かう血管と顔へ向かう血管に分かれる分岐部で、血流が複雑にぶつかり合うため、動脈硬化が進展しやすい場所として知られています。

1.2 狭窄と脳梗塞のメカニズム

頸動脈狭窄症とは、動脈硬化によって血管の壁に脂質やコレステロールが沈着してできた「プラーク」により、血管の内部が狭くなる状態を指します。この狭窄が脳梗塞を引き起こす仕組みは、主に二つあります。一つは「塞栓性機序」です。これは、プラークが何らかの拍子に破れると、その傷を治そうと血小板が集まって血栓(血の塊)ができます。この血栓やプラークの一部が剥がれて血流に乗り、脳の先の細い血管まで飛んでいって詰まってしまう現象です。仙台医療センターの総説によれば、これが最も一般的な原因です3。もう一つは「血行力学性機序」で、狭窄が極度に進行し、脳へ送られる血液の量そのものが絶対的に足りなくなることで脳梗塞が起こるものです2

1.3 根本原因と主要な危険因子

頸動脈狭窄症の根本的な原因は、全身の血管で起こりうる「動脈硬化」です。かつては欧米人に多い病気とされていましたが、食生活の欧米化やライフスタイルの変化に伴い、日本でも増加傾向にあると、日本脳神経血管内治療学会の指針は指摘しています2。これは、この病気が私たちの生活習慣と密接に関連していることを示唆しています。動脈硬化を促進し、病気のリスクを高める主な因子は、高血圧、糖尿病、脂質異常症(特に悪玉コレステロール高値)、そして喫煙です。2023年のコクラン・レビューでも、これらの因子の管理が予防の鍵であることが強調されています4。また、加齢も重要な因子であり、特に70歳以上の男性で発症が多いと報告されています。

このセクションの要点

  • 頸動脈は脳へ血液を送る主要な血管であり、その分岐部は動脈硬化による狭窄が最も起きやすい場所です。
  • 狭窄によってできたプラークの破片や血栓が脳の血管を詰まらせる「塞栓」が、脳梗塞の主な原因です。
  • 根本原因は動脈硬化であり、高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙といった生活習慣病が主要な危険因子となります。

第2章:症状と診断:危険を早期に察知する

ある日突然、体の片側が動きにくくなったり、言葉がうまく出てこなくなったりする―しかし数分後には元に戻る。このような経験を「年のせいかな」と見過ごしてしまうことに、大きな不安を感じる方もいるでしょう。それは当然の反応です。科学的には、このような一時的な症状は「一過性脳虚血発作(TIA)」と呼ばれ、本格的な脳梗塞が起こる前の最も重要な“警告サイン”である可能性があります。これは、狭窄した血管から小さな血栓が一時的に脳に詰まり、すぐにまた流れた状態を指します。BMJ Best Practiceの解説では、このTIAを経験した場合、将来の脳梗塞リスクが著しく高まることが示されています7。だからこそ、これらのサインを見逃さず、早期に専門医に相談することが、将来の健康を守るための決定的な一歩となるのです。

2.1 決定的な違い:症候性 vs. 無症候性

頸動脈狭窄症は、治療方針を決定する上で最も重要な分類として、症状の有無によって「症候性」と「無症候性」の二つに分けられます。症候性狭窄症とは、狭窄が原因で最近(通常は6ヶ月以内)に一過性脳虚血発作(TIA)や軽度の脳梗告を発症した状態です6。これは、その狭窄部位が将来、より重篤な脳梗塞を引き起こす危険性が非常に高いことを示す「燃えている火種」のような状態と言えます。一方で、無症候性狭窄症は、脳ドックなどの検診で偶然発見されるなど、関連する神経症状を一度も経験していない状態を指します1。こちらは「静かなくすぶり」に例えられ、将来のリスクと治療の緊急性が症候性とは全く異なるため、治療法を判断する上で最も基本的な分類となります。

2.2 認識すべき警告サイン(症状)

多くの患者様は症状がないまま経過するため、この病気の発見が遅れがちになります1。しかし、以下のような一過性脳虚血発作(TIA)の症状が現れた場合は、たとえ短時間で回復したとしても、直ちに医療機関を受診する必要があります。これらは本格的な脳梗塞の前触れである可能性が極めて高いからです。

  • 突然、片側の顔、腕、足に力が入らなくなる、またはしびれる(片麻痺)
  • 突然、ろれつが回らない、言葉が思うように出ない、他人の言うことが理解できない(失語症)
  • 突然、片方の目の視界がカーテンが下りるように一時的に真っ暗になる(一過性黒内障)
  • 突然、めまいがする、ふらついて立てない、バランスが取れない

2.3 日本における診断の流れ

診断は通常、体に負担の少ない検査から始まり、必要に応じて治療計画を立てるためにより詳細な検査へと進みます。最初に行われる最も基本的な検査が「頸動脈エコー(超音波)検査」です。これは放射線被ばくがなく安全で、血管の狭窄度や血流の速さをリアルタイムで評価できます15。次に、磁気を利用して血管の形を詳しく見る「MRA(磁気共鳴血管撮影)」や、X線と造影剤を使って高精細な3次元画像を得る「CTA(CT血管撮影)」が行われます16。かつて標準とされた「カテーテル血管造影(DSA)」は、カテーテルを血管内に挿入する侵襲的な検査であるため、現在では他の検査で診断が確定しない場合などに限定して行われます17

受診の目安と注意すべきサイン

  • 突然の片麻痺、しびれ、言語障害、視覚異常などの症状が短時間でも現れた場合は、すぐに救急車を呼ぶか、脳神経外科・神経内科を受診してください。
  • 高血圧や糖尿病などの危険因子があり、検診などで首の血管の雑音を指摘された場合は、一度専門医に相談することをお勧めします。

第3章:治療戦略の全体像

「治療」と聞くと、すぐに手術を思い浮かべて不安になるかもしれません。そのお気持ちは、ごく自然なことです。しかし、頸動脈狭窄症の治療は、いきなり体にメスを入れることだけではありません。科学的には、すべての治療の揺るぎない土台となるのが「至適内科療法(BMT)」と呼ばれる、薬物療法と生活習慣の改善を組み合わせた強力な“内側からの”治療です。これは、家を修理する前に、まず土台をしっかりと固める作業に似ています。このBMTだけで脳梗塞のリスクが大幅に下がることが、多くの研究で示されています22。その上で、必要と判断された場合にのみ、プラークを直接取り除く外科手術(CEA)や、カテーテルで血管を広げる血管内治療(CAS)といった、より積極的な選択肢が検討されるのです。だからこそ、まずは治療の全体像を理解し、ご自身の状況に合った最適なステップを医師と一緒に見つけていきましょう。

3.1 すべての治療の基礎:至適内科療法(BMT)

至適内科療法(Best Medical Therapy: BMT)は、外科的治療や血管内治療を受けるかどうかにかかわらず、すべての頸動脈狭窄症患者にとって必須の治療基盤です7。その内容は、単に薬を飲むだけでなく、脳梗塞を積極的に予防するための多角的な介入です。具体的には、血栓ができるのを防ぐ「抗血小板療法」(アスピリンなど)、コレステロールを厳格に管理しプラークを安定させる「脂質低下療法」(スタチンなど、目標LDL-C 70mg/dL未満)、血圧を管理する「降圧療法」(目標130/80mmHg未満)、そして禁煙を含む「生活習慣の改善」が含まれます。近年のBMTの進歩は目覚ましく、現代の強力な管理下では、無症候性患者の年間脳梗塞発症率は1%未満にまで低下したとの報告もあります22

3.2 外科的治療:頸動脈内膜剥離術(CEA)

頸動脈内膜剥離術(Carotid Endarterectomy: CEA)は、脳梗塞予防効果に関する最も豊富な科学的根拠を持つ、伝統的な「ゴールドスタンダード」とされる外科手術です23。全身麻酔下で首の皮膚を切開し、頸動脈を直接露出させて、狭窄の原因となっているプラークを物理的に摘出します。特に症候性の患者様において、その高い有効性が歴史的な大規模臨床試験で確立されています21。一方で、手術であるため、手術中または直後に脳梗塞が起こるリスク(周術期合併症)や、声のかすれといった神経障害のリスクも伴います24

3.3 血管内治療:頸動脈ステント留置術(CAS)

頸動脈ステント留置術(Carotid Artery Stenting: CAS)は、CEAに代わる低侵襲(体への負担が少ない)な治療法として開発されました25。局所麻酔下で足の付け根などからカテーテルという細い管を血管内に挿入し、X線で見ながら狭窄部位まで誘導します。そこで「ステント」という金属製のメッシュ状の筒を広げ、内側から血管を拡張させます。この際、剥がれたプラークの破片が脳へ流れるのを防ぐ「遠位塞栓保護デバイス(EPD)」というフィルターを用いることで、安全性が大きく向上しています28。首に傷が残らず入院期間も短い利点がありますが、カテーテル操作に伴う脳梗塞のリスクや、長期的な再狭窄の可能性も考慮されます29

今日から始められること

  • 現在処方されている血圧やコレステロール、血糖の薬を自己判断で中断せず、必ず指示通りに服用を続ける。
  • 禁煙を始める。一人で難しい場合は、禁煙外来など専門家の助けを借りることを検討する。
  • 食事の塩分を減らし、野菜や魚を中心としたバランスの良い食事を心がける。

第4章:最適な治療法の選択:日本における意思決定プロセス

「手術が必要かもしれない」と告げられたとき、どの治療法が自分にとって最善なのか、多くの選択肢を前に戸惑うのは当然です。その不安な気持ち、よく分かります。科学的には、治療法の選択は、パズルのピースを一つひとつ丁寧にはめていく作業に似ています。まず最も重要なピースは「症状の有無」です。TIAなどの症状がある場合は、パズルを完成させる緊急性が高まります。次に「狭窄の度合い」というピースをはめます。日本の診療ガイドラインでは、この二つのピースを基に、CEAやCASといった治療を検討する基準が示されています632。しかし、最終的な絵を完成させるには、血管の形や全身の状態といった、あなただけのピースも必要です。だからこそ、医師からの説明をよく聞き、ご自身の希望も伝えながら、一緒に最適な治療法という一枚の絵を完成させていきましょう。

4.1 科学的根拠に基づく治療基準

治療方針は、症候性か無症候性かで大きく異なります。TIAなどの症状がある症候性患者では、介入治療が強く推奨されます。日本のガイドラインでは、狭窄率が50%以上の場合にCEAが検討され、特に70%以上の高度狭窄ではその推奨度が高まります619。一方、症状のない無症候性患者の治療方針はより慎重に判断されます。狭窄率が60%以上で介入が検討されますが、近年では単一の狭窄率だけでなく、プラークが不安定で脳梗塞を起こしやすい性質を持っているか(不安定プラーク)などを画像診断で評価し、個々のリスクを総合的に判断する傾向が強まっています33。これは、現代の強力なBMTによって脳梗塞のリスク自体が低下しているため、手術のリスクが利益を上回る可能性を慎重に見極める必要があるからです。

4.2 CEA vs. CAS:直接比較

介入治療が適応と判断された場合、次にCEAとCASのどちらを選択するかが課題となります。日本では当初、CASはCEAの手術リスクが高い患者様への選択肢と位置づけられていました13。しかし、その後のACT Iなどの大規模臨床試験により、手術リスクが標準的な患者様においても、CASの治療成績はCEAと比べて遜色ない(非劣性である)ことが示されました28。全体的な成績は同等ですが、合併症の種類には違いがあり、一部の研究ではCASは周術期の軽微な脳梗塞が、CEAは心筋梗塞や首の神経障害のリスクがわずかに高い傾向があるとされています24。最終的な治療法の選択は、血管の形状や患者様の併存疾患、そして何よりも各施設の治療経験や成績を総合的に考慮して、医師と患者が十分に話し合って決定することが極めて重要です。

自分に合った選択をするために

頸動脈内膜剥離術(CEA): 脳梗塞予防効果に関する長年の実績があり、標準的な治療法とされています。全身状態が良好で、血管の形状が手術に適している場合に特に推奨されます。

頸動脈ステント留置術(CAS): 体への負担が少ない低侵襲治療です。心臓や肺に重い病気がある、首に放射線治療歴があるなど、全身麻酔や首の切開が難しい場合に特に良い選択肢となります。

第5章:日本における患者の道のり:費用、保険制度、専門医療へのアクセス

「治療費は一体いくらかかるのだろう」「どの病院を選べば安心なのだろう」といった具体的な悩みは、病気そのものへの不安と同じくらい大きなものです。お金や手続きの心配があると、治療に集中できませんよね。ご安心ください。日本の医療制度には、そうした負担を軽減するための仕組みが整っています。これは、長距離走を走るランナーのために、コースの途中に給水所が設けられているようなものです。公的医療保険や高額療養費制度が経済的な負担を支え、専門学会の認定施設リストが道に迷わないための道しるべとなります。これらの仕組みを上手に利用することで、安心して治療というゴールを目指すことができます。

5.1 保険適用と費用

頸動脈狭窄症に対するCEAおよびCASは、いずれも日本の公的医療保険の適用対象です。2024年度の診療報酬点数に基づくと、治療自体の基本費用はCEAが約44万円、CASが約35万円と定められています3839。患者様が実際に窓口で支払う自己負担額は、この基本費用に検査料や入院料などを加えた総医療費の1割から3割(年齢や所得による)となります。

5.2 負担を軽減する:高額療養費制度

手術や入院で医療費が高額になった場合でも、患者様の経済的負担を大きく軽減するための「高額療養費制度」が利用できます。これは、1ヶ月の医療費の自己負担額が、所得に応じて定められた上限額を超えた場合に、その超過分が後から払い戻される仕組みです。事前に入院が分かっている場合は、「限度額適用認定証」を申請・取得し病院の窓口に提示することで、支払いを自己負担限度額までにとどめることも可能です42。これにより、一時的な高額な支払いを避けることができます。

5.3 専門医と認定施設の見つけ方

頸動脈狭窄症の治療成績は、執刀医や施設の経験数に大きく左右されることが知られています19。そのため、十分な経験と実績を持つ専門施設で治療を受けることが非常に重要です。日本国内で治療施設を探す際には、関連する専門学会が認定する施設を参考にすることが推奨されます。具体的には、日本脳卒中学会、日本脳神経血管内治療学会45、日本血管外科学会46などのウェブサイトで、専門医や認定施設のリストを検索することができます。

このセクションの要点

  • CEAとCASは共に公的医療保険が適用される治療法です。
  • 高額療養費制度を利用することで、月々の医療費の自己負担額に上限が設けられ、経済的負担を軽減できます。
  • 治療成績は施設の経験に左右されるため、日本脳卒中学会などの専門学会が認定する施設を参考に選ぶことが重要です。

第6章:積極的な予防と今後の展望

治療が無事に終わると、大きな山を乗り越えた安心感でいっぱいになることでしょう。しかし、治療は終わりではなく、健康な未来への新たな始まりです。なぜなら、狭窄を引き起こした根本原因である「動脈硬化」という体質そのものが改善されたわけではないからです。これは、家の水漏れを修理しても、水道管全体の老朽化が進んでいれば、また別の場所から水が漏れる可能性があるのと同じです。科学的にも、治療後もBMTを継続することが、再発予防に不可欠であると示されています20。だからこそ、日々の生活習慣を見直し、動脈硬化の進行を抑えることが、これから長く続く安心のための最も確実な投資となるのです。

6.1 生活習慣という名の医療:動脈硬化の長期的管理

手術やステント治療後も、至適内科療法(BMT)の継続は脳梗塞の再発予防に不可欠です。特に、生活習慣の改善は患者様ご自身が主体的に取り組める最も重要な「お薬」と言えます。食事療法では、日本動脈硬化学会の指針などを参考に、塩分や動物性脂肪を控え、魚や野菜、大豆製品を中心としたバランスの良い食事が推奨されます48。運動療法では、1回30分以上のウォーキングなど、無理のない範囲の有酸素運動を週3回以上行うことが効果的です。そして、喫煙は動脈硬化の非常に強力な危険因子であるため、禁煙は必須です20

6.2 進化する治療:進行中の研究と将来の方向性

頸動脈狭窄症の治療は、現在も進化を続けています。特に、症状のない患者様に対する最適な治療法を見極めるため、米国で進行中のCREST-2試験のような大規模な臨床研究の結果が待たれています21。この試験は、現代の強力なBMT単独の治療と、BMTに加えて血行再建術を行う治療とを直接比較するもので、将来の診療ガイドラインを大きく変える可能性があります。今後の治療は、単に血管の「狭さ」だけでなく、プラークの「質」を見極め、本当に介入が必要な患者様だけを選択的に治療する、より個別化された方向へ進むと期待されています33

今日から始められること

  • 治療後も処方された薬は必ず継続し、自己判断で中断しない。
  • 1日30分程度のウォーキングを目標に、まずは週1回からでも運動を習慣化する。
  • かかりつけ医と相談し、定期的に頸動脈エコー検査などで経過を観察する計画を立てる。

よくある質問

Q1: 症状がないのに、なぜ治療が必要なのですか?

無症候性であっても、高度な狭窄や不安定なプラークが存在する場合、将来的に脳梗塞を引き起こすリスクが高いと判断されることがあります。ただし、治療の利益(脳梗塞予防)がリスク(手術の合併症など)を上回るかどうかを慎重に評価する必要があり、必ずしもすべての無症候性狭窄に介入治療が必要なわけではありません。治療方針は、至適内科療法を基本として、個々のリスクを総合的に評価して決定されます33

Q2: CEAとCAS、どちらが優れていますか?

大規模な臨床研究の結果、全体的な脳梗塞予防効果において、CEAとCASの間に優劣はない(同等である)とされています28。ただし、それぞれ得意な点と注意すべき点が異なります。CEAは周術期の心筋梗塞、CASは軽微な脳梗塞のリスクがわずかに高い傾向があります。患者様の年齢、全身状態、血管の形状、そして施設の治療経験などを総合的に考慮して、より安全で確実な方法が選択されます。

Q3: 治療後の生活で気をつけることは何ですか?

治療後も、病気の根本原因である動脈硬化の管理は生涯続きます。処方された薬(抗血小板薬、スタチンなど)をきちんと飲み続けることが最も重要です。それに加えて、禁煙、塩分や脂肪を控えた食事、適度な運動といった生活習慣の改善が、再発予防のために不可欠です47

Q4: 治療にかかる費用はどのくらいですか?

CEAとCASはどちらも公的医療保険が適用されます。自己負担額は年齢や所得に応じて1割から3割ですが、「高額療養費制度」を利用することで、1ヶ月の支払額には上限が設けられています。事前に「限度額適用認定証」を申請しておけば、窓口での支払いを抑えることができるため、経済的な負担を大幅に軽減できます42

結論

頸動脈狭窄症は、自覚症状がないまま進行し、脳梗塞という深刻な事態を引き起こしかねない「静かなる脅威」です。しかし、その根本原因である動脈硬化は、高血圧や脂質異常症の管理、そして禁煙といった日々の生活習慣の見直しによって、その進行をコントロールすることが可能です。すべての治療の基礎となる至適内科療法を徹底することが、何よりも重要です。その上で、症状やリスクに応じて外科手術(CEA)や血管内治療(CAS)といった選択肢を専門医と慎重に検討することで、脳梗塞の危険から未来を守ることができます。この記事が、病気を正しく理解し、前向きに治療に取り組むための一助となれば幸いです。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

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