中心静脈カテーテル(CVC)挿入は、現代医療に不可欠な手技ですが、同時にリスクも伴います。本記事は、日本麻酔科学会(JSA)や日本IVR学会(JSIR)といった国内の主要なガイドライン、米国疾病予防管理センター(CDC)などの国際的な指針、そしてCochraneレビューのような質の高い科学的エビデンスに基づき、安全なCVC挿入と管理に関する包括的な情報を提供します。利根保健生活協同組合 利根中央病院のマニュアルでも示されているように、手技の各段階でエビデンスに基づいた最善の策を講じることが、患者さんの安全を守る上で極めて重要です3。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
適応と術前評価
「なぜ、自分にこのカテーテルが必要なのだろうか」「どんな検査をするのか、はっきり分からず不安だ」——これから体に医療器具を入れるにあたり、そうした疑問やご不安を抱くのは当然のことです。そのお気持ち、とてもよく分かります。科学的には、中心静脈カテーテル(CVC)は、体の中心近くの太い静脈までカテーテルを留置する医療手技です。これは、体の状態を正確に把握したり、刺激の強い薬を安全に投与したり、栄養を補給したりするために行われます。この手技は、専門的な道具が必要な難しい作業に似ています。より簡単な道具(末梢点滴など)では目的を達成できない場合にのみ選択される、高度な選択肢なのです。そのため、日本IVR学会の指針でも強調されているように4、本当にCVCが必要か、より体の負担が少ない他の方法(PICCなど)はないかを常に検討することが、安全への第一歩となります123。
手技を安全に行うため、事前に呼吸音の確認、常用薬の確認、胸部X線写真、そして血液検査(血算、凝固能)が必須とされています314。特に、肥満や栄養状態の悪い方、首が短い方、以前の手術で瘢痕がある方、そして血液をサラサラにする薬(抗血小板薬や抗凝固薬)を飲んでいる方は、合併症のリスクを慎重に評価する必要があります。一方で、インフォームド・コンセント(説明と同意)は、単に署名をする手続きではありません。これは、医師と患者さんが情報を共有し、治療という旅の目的地と道のりを一緒に確認する対話のプロセスです。手技の目的、具体的な流れ、そして起こりうる合併症(出血、気胸、感染など)について十分に理解し、納得した上で治療に臨むことが、患者さん自身の権利を守り、最善の結果につながります356。…合併症のリスクについて、より詳しい情報もご覧いただけます。
このセクションの要点
- CVCの必要性は常に再評価されるべきであり、PICCなど低侵襲な代替案の検討が重要です。
- 安全な手技のためには、血液検査や画像検査を含む術前評価と、十分な情報に基づくインフォームド・コンセントが不可欠です。
穿刺部位の選択:リスク・ベネフィット分析
「首、胸、足の付け根と聞いたけれど、一体どこからカテーテルを入れるのが一番安全なのだろうか」と、多くの方が心配されます。場所によって長所と短所があるため、迷われるお気持ちはよく分かります。科学的には、この選択は単一の正解がない「トレードオフ」の関係にあります。これは、目的地までのルート選択に似ています。交通渋滞(気胸などの機械的合併症)のリスクは高いけれど最短距離で行けるルート(鎖骨下静脈)と、距離は少し長くなるけれど渋滞のリスクが低いルート(内頸静脈や大腿静脈)のどちらを選ぶか、といった状況判断です。そのため、どのリスクを最も避けたいかによって、最適な選択肢が変わってきます。2022年の包括的なネットワークメタアナリシスでは、鎖骨下静脈(SCV)は感染と血栓のリスクが最も低い一方で、気胸のリスクが最も高いことが示されています7。
このエビデンスに基づき、国際的な指針、特に米国疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインでは、感染予防を最優先し、成人では大腿静脈(FV)を避け、鎖骨下静脈(SCV)を選択することを強く推奨しています8。しかし、日本のガイドラインでは、SCVの低い感染リスクを認めつつも、気胸などの機械的合併症のリスクも同等に重視し、両者を総合的に勘案して部位を選択するよう推奨しています9。これは、どちらが正しいというわけではなく、どのリスクをより重く見るかという力点の違いを反映しています。だからこそ、最終的な決定は、患者さん一人ひとりの解剖学的な特徴、出血や感染のリスク、そして手技を行う医師の経験などを総合的に考慮して、個別に行われるべきなのです。…より侵襲の少ないPICC(末梢挿入型中心静脈カテーテル)という選択肢もあります。
自分に合った選択をするために
内頸静脈(首)または鎖骨下静脈(胸): 感染や血栓のリスクを最小限に抑えたい場合に適していますが、気胸などのリスクを伴う可能性があります。
大腿静脈(足の付け根): 気胸のリスクがなく緊急時に選択されやすいですが、感染や血栓のリスクが他の部位より高くなります。
安全な穿刺手技とベストプラクティス
「目に見えない血管に針を刺すなんて、間違って動脈を傷つけたりしないだろうか」——手技中の安全性について、そのように恐怖を感じるのは自然な反応です。その不安を解消するために、現代の医療では強力な味方がいます。科学的には、リアルタイム超音波ガイド下での穿刺が、現在の世界標準です。これは、医師がまるで「透視メガネ」を使っているかのように、皮膚の下にある血管の位置、深さ、太さをリアルタイムの映像で確認しながら針を進める技術です。この技術の導入により、手技の安全性は飛躍的に向上しました。質の高い研究を統合したCochraneレビューによれば、超音波ガイドを用いることで、内頸静脈穿刺における合併症全体を71%、動脈穿刺を72%も減少させ、初回成功率を57%増加させることが示されています11。日本IVR学会や日本麻酔科学会などの国内の主要なガイドラインでも、この手技は強く推奨されています14。
さらに、カテーテル関連血流感染症(CLABSI)を防ぐため、「マキシマル・バリアプリコーション」という厳格な無菌操作が標準となっています168。これは、術者が帽子、マスク、滅菌ガウン、滅菌手袋を装着し、患者さんの全身を大きな滅菌ドレープで覆うことで、細菌が侵入する経路を徹底的に遮断するものです。皮膚の消毒には、国際的には0.5%を超える濃度のクロルヘキシジンアルコール製剤が最も効果的とされていますが817、日本ではポビドンヨードも広く使われており、その場合は効果を発揮するために十分な乾燥時間(2分以上)を確保することが重要です39。
今日から始められること
- 手技を担当する医師に、超音波ガイドを使用するかどうかを質問してみましょう。
- もしクロルヘキシジンやヨードにアレルギーがある場合は、必ず事前に医療スタッフに伝えてください。
合併症の発生率と予防策
「一番怖いのは、カテーテルからばい菌が入って、全身の感染症を起こすことだ」というご懸念は、もっともなことです。カテーテル関連血流感染症(CLABSI)は、私たちが最も警戒している合併症の一つであり、その予防は最優先課題です。科学的には、CLABSIの発生率はカテーテル1000日あたり4.8件と報告されています13。これはゼロではありませんが、一つの対策だけで防げるものではなく、複数のエビデンスに基づいた予防策を一つのパッケージとして実行する「バンドル」アプローチによって、リスクを大幅に低減できます。これは、多くの安全装置が連携して機能する航空機のシステムに似ています。一つの部品が故障しても、他のシステムが補うことで安全を確保するのです。CDCが推奨するこのバンドルには、①適切な手指衛生、②感染リスクの低い穿刺部位の選択、③クロルヘキシジンによる皮膚消毒、④マキシマル・バリアプリコーション、そして⑤カテーテルの必要性を毎日見直し、不要になったら直ちに抜去すること、が含まれます13188。
その他の合併症として、機械的合併症(動脈穿刺、気胸など)と血栓性合併症(深部静脈血栓症、DVT)があります。2024年の大規模メタアナリシスによると、動脈穿刺はカテーテル1000本あたり16.2件、気胸は4.4件の頻度で起こりえます13。これらの予防には、前述のリアルタイム超音波ガイドの利用が最も効果的です3。また、DVTの発生率はカテーテル1000日あたり2.7件で、このリスクは穿刺部位と強く関連しており、大腿静脈で最も高く、鎖骨下静脈で最も低いことが知られています1378。
受診の目安と注意すべきサイン
- カテーテル挿入部が赤く腫れる、痛む、熱を持つ、膿が出るなどの兆候。
- 原因不明の高熱や悪寒、震えが続く場合。
- カテーテルを挿入した側の腕や首、顔が腫れぼったくなる。
- 急な息切れや胸の痛みを感じた場合。
挿入後の管理と抜去
「カテーテルを入れた後、普段の生活で何に気を付ければいいのだろうか」「抜く時も痛いのかな」といった、留置中の管理や抜去時のことまでご心配になりますよね。カテーテルとの生活を安全で快適なものにするために、適切な管理は不可欠です。科学的には、カテーテル留置後、まず胸部X線写真でカテーテルの先端が心臓に近い適切な位置(上大静脈下部)にあるかを確認することが必須です5。これは、安全な航海のために船が正しい港に停泊しているかを確認するようなものです。不適切な位置は、血管を傷つけたり、不整脈を引き起こしたりするリスクがあるためです。
刺入部の管理も極めて重要です。部位は滅菌された透明なドレッシング材で覆い、内部が汚れたり剥がれたりした場合は直ちに交換します。定期的な交換は、通常7日ごとが推奨されています198。医療スタッフは毎日、刺入部に発赤、痛み、腫れ、膿などの感染の兆候がないか観察します。そして、CVC抜去の最も重要な基準は、シンプルに「臨床的にその必要がなくなった時」です8。感染予防のためだけに定期的に入れ替えることは推奨されていません。抜去の際は、空気塞栓症という重篤な合併症を防ぐため、患者さんに仰向けになってもらい、息を吐ききったタイミングで慎重に操作を行います89。
今日から始められること
- ドレッシング材が剥がれたり、濡れたり、汚れたりした場合は、すぐに看護師に知らせましょう。
- カテーテル挿入部に痛みやかゆみ、違和感を感じた場合は、我慢せずに医療スタッフに伝えてください。
- なぜカテーテルがまだ必要なのか、定期的に担当医に質問し、抜去のタイミングについて一緒に考えましょう。
日本における規制および経済的側面
「この手技には、どれくらいの費用がかかるのだろうか」という疑問は、治療を受ける上で切実な問題です。日本の医療制度では、CVC挿入に関連する手技や物品は公的医療保険の適用対象です。科学的には、これらの価格は国が定める診療報酬点数表に基づいており、定期的に見直されています。例えば、2024年度の診療報酬では、「中心静脈注射用カテーテル挿入(G005-2)」の手技料は1400点(1点10円換算で14,000円)と定められています。これには、手技そのものだけでなく、使用するカテーテルキットや消毒薬、超音波装置の使用料なども含まれています。
また、使用される医療機器は、医薬品医療機器等法(薬機法)に基づき、そのリスクに応じて厳格に管理されています。CVCキットは、不具合が生じた場合のリスクが最も高い「高度管理医療機器(クラスIV)」に分類され、製造から販売、市販後の安全性情報まで、医薬品医療機器総合機構(PMDA)によって一元的に監視されています。これにより、万が一製品に不具合が発見された場合には、速やかに回収や注意喚起が行われる体制が整っています。
このセクションの要点
- CVC挿入に関連する手技や物品は、診療報酬制度に基づき公的医療保険が適用されます。
- 使用されるCVCキットは、薬機法上の「高度管理医療機器」として厳格な安全管理下にあります。
よくある質問
中心静脈カテーテル(CVC)挿入は痛いですか?合併症が心配です。
手技は局所麻酔を十分に行うため、穿刺時の痛みは最小限に抑えられます。ただし、麻酔の注射時にチクッとした痛みを感じることがあります。合併症には、出血、気胸、動脈穿刺、感染、血栓症などがありますが、超音波ガイドの使用や厳格な無菌操作など、様々な予防策を講じることでリスクを大幅に低減できます13。
どの穿刺部位が一番安全ですか?
単一の「最も安全な」部位は存在しません。鎖骨下(胸)は感染リスクが低いですが気胸のリスクがあり、内頸(首)や大腿(足の付け根)は気胸のリスクがない代わりに感染リスクがやや高まります。患者さんの状態やリスクを総合的に評価し、担当医が最も適切と判断した部位を選択します7。
感染症を防ぐために、具体的にどのような対策をしますか?
カテーテルを入れた後の生活で気をつけることは何ですか?
結論
中心静脈カテーテル(CVC)の挿入は、多くの患者さんにとって不可欠な治療の一部ですが、その安全性は、エビデンスに基づいたベストプラクティスの遵守にかかっています。リアルタイム超音波ガイドの活用、患者さん個々のリスクに応じた穿刺部位の慎重な選択、そして感染予防のための「バンドル」アプローチの徹底は、合併症リスクを最小限に抑えるための三本の柱です。本記事で提供した情報が、患者さんと医療者がCVCについて対話し、十分な情報に基づいて共に意思決定を行うための一助となれば幸いです。最も重要なことは、手技の必要性を常に問い続け、安全な手順を一つ一つ確実に実行することです。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
参考文献
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