消化器疾患

ヒルシュスプルング病(先天性巨大結腸症):病因、診断、および先進的治療戦略に関する包括的分析

ヒルシュスプルング病(Hirschsprung’s disease: HD)は、腸管の機能的閉塞を引き起こす先天性の消化管神経系の疾患です1。本疾患の根源は、腸壁内に存在するべき重要な神経細胞(神経節細胞)が先天的に欠如していることにあります2。この神経節細胞の欠如により、正常な腸の蠕動運動、すなわち便を肛門に向かって押し出す波のような動きが妨げられます。結果として、罹患した腸管は弛緩することができず、常に収縮した状態となり、その上流(口側)の腸管に便やガスが溜まり、機能的な腸閉塞状態を引き起こします。これにより、新生児期からの腹部膨満、嘔吐、便秘といった深刻な症状が現れます34

この記事の科学的根拠

本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。

  • 日本の指定難病情報: 難病情報センターによる公式な定義、症状、治療法、および公的支援制度に関する情報源です3
  • 国際的な医学レビュー: 米国国立生物工学情報センター(NCBI)に収載された、疾患の包括的な病態生理、診断、管理に関する専門家向けレビューです1

要点まとめ

  • ヒルシュスプルング病の本質は、腸が「巨大」になることではなく、腸の一部が神経の欠如により「弛緩できない」ことにあり、これが機能的な閉塞を引き起こします5
  • 日本では、無神経節腸管の長さによる重症度分類が、治療方針だけでなく、「指定難病」としての公的医療費助成を受けられるかどうかを決定する重要な境界線となります9
  • 根治手術後も長期的な排便管理が大きな課題です。近年の臨床研究では、正常な排便機能を完全に達成できた小児は4分の1(25%)に過ぎず、多くが便失禁や慢性便秘に直面することが示唆されています16
  • 術後の最も重篤な合併症はヒルシュスプルング病関連腸炎(HAEC)であり、発熱や悪臭の強い下痢などが見られた場合は、直ちに医療機関を受診する必要があります11

第I章 ヒルシュスプルング病の定義:基礎的概観

生まれたばかりの赤ちゃんのお腹が張って便通が悪く、何が原因なのか分からず不安に思う——そのお気持ち、とてもよく分かります。ご家族にとって、お子様の不調はなによりも心配なことでしょう。科学的には、この状態の背景には腸の「交通整理」を行う神経システムの生まれつきの不在があります。これは信号機が赤のまま動かなくなった交差点のようなもので、便という車が先に進めず渋滞を起こしているのです。だからこそ、まずはこの病気の仕組みを正しく理解することが、治療への大切な第一歩となります。

ヒルシュスプルング病は、腸管の壁に存在する神経節細胞という、いわば「腸の脳」の一部が先天的に欠如している状態です。StatPearls Publishingが2024年に発表したレビューによると、これらの神経細胞がないと、腸は「リラックスせよ」という命令を受け取ることができず、常に収縮したままになります1。その結果、便やガスがその手前で滞留し、腹部膨満や嘔吐といった症状を引き起こすのです。「先天性巨大結腸症」という別名がありますが、問題の本質は結腸が巨大化することではなく、むしろ一部が弛緩できずに狭くなっている点にあります5。この正確な理解が、なぜ治療としてその部分を切除する必要があるのかという疑問への答えとなります。

このセクションの要点

  • ヒルシュスプルング病の根本原因は、腸の蠕動運動を制御する神経節細胞の先天的な欠如です。
  • 病態の本質は、腸管の「拡張(巨大化)」ではなく、神経がない部分の「弛緩不全(収縮したままの状態)」にあります。

第II章 疾患の発生学的・遺伝学的起源

「この病気は遺伝するのだろうか」「次の子にも影響はあるのか」——遺伝に関する不安は、ご家族にとって非常にデリケートで重要な問題です。その背景には、生命の設計図である遺伝子の複雑な働きが関わっています。科学的には、この病気は複数の遺伝子が関与する多因子疾患と考えられていますが、その中でも特に中心的な役割を果たすのがRET(レット)遺伝子です。この遺伝子の働きは、いわば神経細胞の「ナビゲーションシステム」のようなもの。胎児が成長する過程で、神経堤細胞という特別な細胞が腸の隅々まで移動するのを案内します。このシステムに異常が生じると、細胞は目的地にたどり着けず、その結果、腸の一部に神経がない状態が生まれるのです。そのため、まずは遺伝的要因がどのように関与するのかを知ることが、病気への理解を深める鍵となります。

ヒルシュスプルング病の発生学的な原因は、胎生初期における神経堤細胞の遊走、つまり移動が途中で止まってしまうことにあります。神経節細胞がない範囲は必ず肛門から始まり、口側に向かって連続的に広がっています2。複数の遺伝子が関与しますが、中でもRETプロトオンコジーンは最も主要な原因遺伝子とされ、StatPearls Publishingの報告では家族性症例の最大50%、散発性症例の15-20%でその変異が見つかっています16。さらに、RET遺伝子の変異は、より重症型である長域型や全結腸型と強い関連があることが、2016年のメタ解析(p=0.0002)によっても示唆されています8。一方で、男女比は約4:1で男児に多く、遺伝子変異を持っていても必ずしも発症しない「不完全浸透」といった複雑な特徴も示すため、遺伝カウンセリングなどを通じて専門家と相談することが重要です。

このセクションの要点

  • 原因は、胎児期に腸の神経系を作る「神経堤細胞」の移動が途中で止まってしまうことです。
  • 複数の遺伝子が関与し、特に「RET遺伝子」の変異が主要な要因とされ、重症度とも関連があります。

第III章 臨床症状と診断プロセス

赤ちゃんの症状が教科書で見たヒルシュスプルング病の兆候に当てはまるようで、どんな検査が行われるのか、痛みを伴うのではないかと心配になる——診断が確定するまでの時間は、精神的に大きな負担となります。お子様への負担を心配されるお気持ちは当然のことです。科学的には、診断はパズルのピースを一つひとつ集めるように、複数の検査を組み合わせて慎重に進められます。これは、外から見えない腸の状態を正確に把握するための、いわば「内部偵察」です。最初に全体の地図(形)を把握し、次に機能(動き)をチェックし、最後に組織(細胞)を直接確認するという段階的なアプローチが取られます。だからこそ、各検査がどのような目的で行われるのかを事前に理解しておくことが、過度な不安を和らげる助けになります。

最も典型的な症状は新生児期に現れます。難病情報センターによると、生後24〜48時間以内の胎便排泄の遅れや欠如、緑色の胆汁性嘔吐、そして著しいお腹の張りが主要なサインです3。診断プロセスは通常、まず注腸造影検査から始まります。この検査では、造影剤を肛門から注入し、神経のない細い腸管と、その手前で拡張した正常な腸管との境界である「移行帯」を描出します1。次に、直腸肛門内圧測定で、正常なら見られるはずの反射(直腸肛門反射)が欠如していることを確認します。そして最終的な確定診断は、直腸の壁からごく少量の組織を採取する直腸生検によって下されます。この組織を顕微鏡で観察し、神経節細胞が存在しないことを直接証明することで、診断が確定します。特に新生児では細胞が未熟な場合があるため、経験豊富な病理医による診断が極めて重要です1

受診の目安と注意すべきサイン

  • 生後48時間経っても最初の便(胎便)が出ない。
  • お腹がパンパンに張っており、緑色の液体を嘔吐する。
  • 慢性的なひどい便秘があり、体重がなかなか増えない。

第IV章 ヒルシュスプルング病の分類と多様性

「病気の重さはどのくらいなのか」「それによって治療や将来はどう変わるのか」——病気の重症度(分類)が、治療方針や公的支援に直結するため、正確な情報を知りたいと願うのは当然です。この病気は、神経のない腸管、つまり「機能していない道路」の長さによって分類されます。これは単なる医学的なラベル付けではありません。特に日本では、この「長さ」が、高額な医療費の助成を受けられるかどうかの決定的な境界線になるのです。科学的には、この長さが長いほど、より複雑な外科手術と長期的な栄養管理が必要になることを意味します。そのため、この分類を確定することは、治療のロードマップを描き、ご家族が経済的・精神的な準備をする上での最初の重要なマイルストーンとなります。

ヒルシュスプルング病は、無神経節腸管が肛門からどれくらいの長さまで及んでいるかによって分類されます。最も一般的なのは、全症例の約80%を占める「短域型」で、病変が直腸からS状結腸に限局します。J Pediatr Gastroenterol Nutr誌の報告によると、これに対し、病変がそれより口側に及ぶ「長域型」、大腸全体に及ぶ「全結腸型」(約3-10%)、そして小腸にまで達する最も重篤な「全腸管型」が存在します10。この長さは予後に直接影響します。日本の厚生労働科学研究班による全国調査では、全結腸型の死亡率が4.2%、最重症の小腸型では25%から36.4%に達すると報告されています9。そして、この分類は日本の医療制度において極めて重要です。難病情報センターが示す通り、厚生労働省が定める「指定難病」および「小児慢性特定疾病」として医療費助成の対象となるのは、重症型である「全結腸型または小腸型」に限られるためです3

このセクションの要点

  • 無神経節腸管の長さによって、短域型(最多)、長域型、全結腸型、全腸管型に分類されます。
  • この分類は、症状の重さや予後だけでなく、日本の公的医療費助成制度の対象となるかどうかを決定する重要な因子です。

第V章 治療の中核:外科的根治術(Pull-through手術)

お子様が手術を受けると聞き、「本当に成功するのか」「どんな方法があるのか」と心配になるのは、ご家族にとって最大の不安でしょう。そのお気持ち、痛いほどよく分かります。この病気の治療は、いわば「故障した道路区間を、正常な新しい道路に付け替える工事」に例えられます。薬で神経を再生させることはできないため、神経のない腸管を外科的に切除し、神経のある正常な腸管を肛門まで引き下ろしてつなぎ合わせる(Pull-through手術)のが唯一の根治的な治療法です。近年では、この「工事」の方法も進化しており、体に大きな傷を残さない低侵襲なアプローチが主流となっています。だからこそ、どのような選択肢があり、それぞれにどんな特徴があるのかを主治医とよく相談し、納得して治療に臨むことが大切です。

ヒルシュスプルング病に対する唯一の根治治療は外科手術です。日本小児外科学会によると、その基本原則は、神経節細胞のない腸管をすべて切除し、正常な腸管を肛門まで引き下ろして吻合することです15。従来は、まず一時的な人工肛門を造設し、後に根治手術を行う二段階のアプローチが一般的でした。しかし近年、患者さんへの負担が少ない低侵襲手術が主流となりつつあります。中でも、お腹を切開せず肛門からすべての操作を行う経肛門的内視鏡下手術(TEPT)は、日本の全国調査によると全手術の48.7%を占めるまでに増加しています12。また、お腹に数カ所の小さな穴を開けて行う腹腔鏡補助下手術も広く採用されています。これらの術式は、傷が小さく、術後の回復が早いという大きな利点があります。

今日から始められること

  • 主治医に、提案されている手術方法(開腹、腹腔鏡、経肛門など)の具体的な利点とリスクについて質問する。
  • 一期的に行うか、人工肛門を造設する分割手術になるのか、その理由について説明を求める。
  • セカンドオピニオンを検討することも、納得のいく意思決定のために重要です。

第VI章 術後の生活:合併症と課題への対応

大きな手術が無事に終わり、ほっとしたのも束の間、「腸炎や便失禁などの後遺症が残るかもしれない」と聞き、将来への不安が募る——手術がゴールではないという現実は、ご家族に長期的な覚悟を求めるものであり、その負担は計り知れません。特に排便のコントロールは、お子様の学校生活や心の成長にも直結する深刻な問題です。科学的には、手術で腸の「構造」は再建されますが、「機能」が完全に正常化するまでには時間と多大な努力を要します。これは、新しい道路が開通しても、交通量が多かったり、信号のタイミングが合わなかったりして、すぐにはスムーズに流れないのと同じです。だからこそ、術後に起こりうる問題を正しく理解し、専門家チームと共に粘り強く管理していくことが、お子様の生活の質(QOL)を守る上で最も重要になります。

術後、最も警戒すべき合併症が、生命を脅かす可能性のあるヒルシュスプルング病関連腸炎(HAEC)です。これは腸内の細菌バランスの異常などによって起こる激しい腸炎で、突然の発熱、爆発的で悪臭の強い下痢、お腹の張りが特徴です。国際的な報告では患者の20-60%が経験するとされ、日本の調査でも術後約15%に発生が見られます1114。また、長期的な排便機能も大きな課題です。日本小児外科学会などは「約90%は正常に近い機能が期待できる」15という見解を示す一方で、2025年にBMC Surgeryで発表予定の横断研究では、正常な排便習慣と完全な失禁のない状態を達成できた小児はわずか25%に過ぎず、56.9%に便失禁、44.8%に慢性便秘が報告されたという厳しい現実も示されています16。これらの排便障害に対しては、緩下剤や食事療法に加え、肛門からカテーテルで微温湯を注入し腸内を洗浄する「経肛門的洗腸療法」が中心的な管理法となります。日本大腸肛門病学会がその詳細な指針を公開しています18

受診の目安と注意すべきサイン

  • (腸炎の兆候)突然の高熱、悪臭の強い爆発的な下痢、ぐったりしている。
  • (閉塞の兆候)お腹が異常に張り、嘔吐を繰り返し、便やガスが全く出ない。
  • これらの症状が見られた場合は、時間外であっても直ちに手術を受けた病院に連絡・受診してください。

第VII章 長期的な予後と生活の質(QOL)

「この病気と、これからどう付き合っていけばいいのか」「子どもは他の子と同じように普通の生活を送れるのだろうか」——慢性的な症状と向き合いながら、お子様の成長や社会生活を支えていくことに、大きな不安を感じていらっしゃると思います。その気持ち、とてもよく分かります。科学的に見ると、この病気の長期的な道のりは、いわば「特別な仕様の車を乗りこなす」ようなものです。基本的な性能(生命予後)は、特に一般的な短域型であれば非常に良好ですが、運転(排便管理)には特有のコツと日々のメンテナンスが不可欠です。このメンテナンスを怠ると、車の調子が悪くなる(合併症)ように、QOLが大きく左右されます。だからこそ、多職種からなる「整備チーム」による継続的なサポートを受けながら、お子様自身が自分の体の「運転方法」を学んでいくことが、健やかな人生を送るための鍵となります。

最も一般的な短域型の症例では、生命予後は非常に良好です。しかし、予後は無神経節腸管の長さに大きく依存します。日本の全国調査データでは、全結腸型(死亡率4.2%)や小腸型(死亡率25-36.4%)では、依然として厳しい予後が示されています9。患者の生活の質(QOL)は、長期的な排便機能と密接に関連しています。慢性的な便秘や便失禁の管理、そして腸炎再発のリスクは、就学、友人関係、社会生活に影響を与える可能性があります。経肛門的洗腸療法のような日々のケアは、効果的である一方で、家族にとって大きな時間的・精神的負担となり得ます。そのため、小児外科医、小児科医、看護師、栄養士などからなる多職種チームによる、長期にわたる継続的なフォローアップと包括的なサポートが不可欠です15

このセクションの要点

  • 最も一般的な短域型では生命予後は良好ですが、全結腸型や小腸型などの重症型では依然として厳しい予後が報告されています。
  • 長期的な生活の質(QOL)は、術後の排便機能の管理に大きく左右されるため、多職種チームによる継続的なサポートが不可欠です。

第VIII章 日本におけるヒルシュスプルング病の医療環境

「どこで専門的な治療を受けられるのか」「高額な医療費を払い続けられるだろうか」——専門医探しや経済的な負担は、治療を進める上での現実的な大きな壁です。そのお気持ち、痛いほどよく分かります。幸い、日本にはこうした課題に対応するための「セーフティーネット」が整備されています。これは、大海原を航海する船にとっての灯台や海図のようなものです。どこに進むべきか(専門医療機関)、そして航海の費用をどう賄うか(公的助成制度)を示してくれます。このシステムをうまく活用することが、ご家族が安心して治療に専念するための重要な鍵となります。

日本では、希少難治性疾患を持つ患者と家族を支援する公的制度があります。ヒルシュスプルング病では、重症型である全結腸型または小腸型が「指定難病291」として認定されており、医療費の自己負担が軽減されます3。18歳未満の場合は、同様の基準で「小児慢性特定疾病医療費助成制度」の対象となります。治療は高度な専門性を要するため、小児外科専門医のいる施設で行われるべきです。一般社団法人日本小児外科学会(JSPS)は、公式サイト上で全国の専門医在籍病院のリストを公開しており、患者家族が専門施設を探すための重要な情報源となります19。また、順天堂大学の小児排便研究会のように、排便管理に関する情報提供や家族支援を行う専門家ネットワークも存在し、日々のケアにおける課題を乗り越える上で大きな助けとなります20

今日から始められること

  • 一般社団法人日本小児外科学会のウェブサイトで、お住まいの地域の専門医在籍施設を確認する。
  • お子様が全結腸型または小腸型と診断された場合、お住まいの自治体の保健所や担当窓口で医療費助成制度の申請について相談する。
  • 患者・家族支援団体のウェブサイトを訪れ、情報収集や相談を検討する。

第IX章 将来の展望と進行中の研究

「もっと良い治療法は開発されないのか」——現在の治療の限界を知るからこそ、より根本的な治療法を待ち望むお気持ちは切実なものです。その希望に応えるように、科学の世界では、この病気との闘いが新たなステージへと進んでいます。これは、従来の「故障箇所を修理する」アプローチから、「故障を未然に予測し、修理の精度を極限まで高め、将来的には失われた機能そのものを再生する」という個別化医療の時代への移行です。例えば、個人の遺伝子情報から術後の合併症リスクを予測したり、手術中に神経の有無をリアルタイムで可視化したりする技術が研究されています。これらの研究は、今なお多くの患者さんを悩ませる長期的な機能障害を克服し、QOLを劇的に改善する可能性を秘めた、希望に満ちた展望です。

ヒルシュスプルング病の研究は、個々の患者に最適化された医療の実現を目指しています。大規模な国際遺伝子研究(NCT00478712)などでは、患者個々の遺伝子情報を用いて術後合併症のリスクなどを予測する「ゲノム・表現型相関」の解明が進められています21。また、日本の医療研究開発機構(AMED)の支援を受けた研究では、手術中に特殊な顕微鏡を用いて腸管神経叢をリアルタイムで可視化する新しい診断技術の開発が進行中です。AMEDが報告するように、これにより無神経節腸管の切除範囲をより正確に決定し、術後合併症を減らすことが期待されています22。さらに基礎研究の段階では、腸管神経幹細胞を移植して機能的な神経叢を再生させるという、再生医療への挑戦も始まっています。

このセクションの要点

  • 現在の研究は、遺伝子情報に基づく合併症リスクの個別予測を目指しています。
  • 手術中に神経の有無をリアルタイムで可視化する新技術が日本で開発されており、手術精度の向上が期待されます。
  • 将来的には、失われた神経機能を再生させる「再生医療」の実現も期待されています。

よくある質問

手術をすれば、完全に治り、普通の生活に戻れるのでしょうか?

外科手術によって腸の解剖学的な構造は再建され、便の通り道は確保されます。しかし、多くの患者さんにとって、手術は治療の終わりではなく、長期的な排便管理の始まりとなります。近年の信頼性の高い研究によると、完全に正常な排便機能(便失禁なく、自力で排便できる状態)を獲得できるのは全体の約4分の1と報告されており、多くの方が術後も慢性的な便秘や便漏れといった課題と向き合っています16。経肛門的洗腸療法などの日々のケアを通じて、QOLを維持・向上させていくことが重要になります。

術後に最も注意すべき合併症は何ですか?

最も重篤で、生命を脅かす可能性のある合併症は「ヒルシュスプルング病関連腸炎(HAEC)」です。これは、腸内の細菌バランスの異常などが原因で起こる激しい腸炎です。突然の高熱、爆発的で悪臭の強い下痢、お腹の急激な張り、嘔吐、ぐったりして元気がない、といった症状がサインです。これらの症状が見られた場合は、様子を見ずに、昼夜を問わず直ちに手術を受けた医療機関に連絡し、受診してください11

日本ではどのような公的支援が受けられますか?

日本では、ヒルシュスプルング病の中でも重症型である「全結腸型」または「小腸型」と診断された場合に、公的な医療費助成制度の対象となります。具体的には、年齢に応じて「指定難病医療費助成制度」または「小児慢性特定疾病医療費助成制度」が適用され、医療費の自己負担額が軽減されます9。最も一般的な「短域型」の患者さんは、現時点ではこれらの制度の対象外となります。申請手続きについては、お住まいの自治体の保健所や担当窓口にご相談ください。

結論

ヒルシュスプルング病は、外科手術によって根治が目指せる先天性疾患ですが、その本質的な挑戦は術後の長期的な生活の中にあります。特に、多くの患者さんとご家族が直面する排便機能の管理は、生活の質を大きく左右する重要な課題です。幸い、日本には専門的な医療チーム、先進的な研究、そして患者を支える公的な支援制度が存在します。病気を正しく理解し、これらのリソースを最大限に活用しながら、専門家と二人三脚で粘り強くケアを続けることが、お子様の健やかな未来を切り拓く鍵となるでしょう。

免責事項

本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。

参考文献

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