この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
妊娠中の腹痛対応
お腹が急に痛くなったり、場所や痛み方がいつもと違うと「赤ちゃんに何かあったのでは」と不安になりますよね。妊娠中は子宮の拡大や臓器の位置変化で生理的な痛みも起こる一方で、HELLP症候群や胎盤のトラブルのように早めの受診が母児を守る決定打になるケースもあります。この見極めが難しいからこそ、「今の痛みはどのタイプか」を整理しておくことが大切です。
このガイドでは、あなたが感じている腹痛を「すぐ受診すべきもの」と「経過観察でよいもの」に分ける考え方を、日本の制度・ガイドラインの流れに沿って補足します。全体像をまず押さえたいときは、産科・婦人科の受診のポイントをまとめた産婦人科の総合ガイドもあわせて確認しておくと、どの窓口に相談すべきかがぐっと分かりやすくなります。
とくに妊娠後期の持続する上腹部痛・右季肋部痛は、妊娠高血圧症候群の重症型やHELLP症候群のサインとして現れることがあり、頭痛・むくみ・視覚異常を伴えば緊急度が上がります。こうした「血圧・肝機能・血小板」にかかわる痛みの背景は、妊娠高血圧症候群の予防ガイドで解説されている流れと同じで、放置すると胎盤早期剥離など母児リスクに直結します。痛みの場所・強さ・一緒に出ている症状をセットでメモし、医師にそのまま伝えると診断が早くなります。
一方で、腹痛に少量でも出血が重なったり、「いつもよりお腹が張りやすい」「安静で和らがない」と感じるときは、胎盤まわりの血のたまりや一時的な出血源を慎重にみる必要があります。こうした妊娠継続中の出血パターンや経過の見方は、絨毛膜下血腫の解説が参考になります。出血の量が少なくても、張りや痛みが強いときは自費になりうる再検査ルールを気にする前に、母児の安全を優先して受診を選んでください。
さらに、腹痛が「きゅるきゅるする感じ」や下痢・吐き気を伴っている場合は、子宮そのものよりも腸や消化管の一過性トラブルが原因のこともあります。脱水や発熱を伴わない軽症のときでも、妊婦は急に状態が変わるため、どの原因が多いのか・どこまで自宅で様子を見てよいのかは妊娠中の腹痛と下痢の原因ガイドのような整理されたリストと照らし合わせると安心です。繰り返す下痢・血便・発熱があれば早めの相談を。
また、鉄剤や一部の内服を始めてから「今までと違うお腹の張り・痛み・便が出ない」を感じることもあります。薬剤が消化管に負担をかける仕組みや、飲み方を調整して負担を減らす方法は鉄剤の消化器系副作用ガイドに詳しくあるので、薬と痛みのタイミングが重なる場合はいったんここをチェックし、受診時にはお薬手帳を持参しましょう。
腹痛そのものはよくある訴えですが、妊娠中は「いつもと違う・長引く・他の症状を伴う」だけで意味合いが変わります。ここで挙げたポイントを手がかりに、迷うときは「受診を先延ばしにしない」方向で動けば、あなたと赤ちゃんの安全域は大きく広がります。今の痛みを一人で抱え込まず、文章にして医療者に渡せるよう整理しておきましょう。
妊娠中の腹痛の評価と分類
妊娠中に腹痛を感じると、多くの妊婦さんが「これは赤ちゃんからのサインだろうか」と不安に思うことでしょう。その気持ちは、とても自然な反応です。科学的には、その痛みを正しく理解することが、安心と安全への第一歩となります。妊娠中の体は、いわば赤ちゃんの成長に合わせて日々「交通整理」を行っているようなものです。子宮が大きくなるにつれて他の臓器が少しずつ場所を譲り、ホルモンが体のシステムを調整します。この大きな変化の中で、腹痛はさまざまな理由で起こり得るのです。
そのため、腹痛を評価する際には、痛みの場所(下腹部、上腹部、片側など)、性質(チクチク、ズキズキ、差し込むような、持続的など)、そして随伴症状(出血、発熱、吐き気、血圧上昇など)を総合的に判断することが極めて重要です。国際的な医学研究誌ケンブリッジ大学出版局の2021年の報告によると、これらの特徴は、生理的な変化と危険な病状を鑑別するための重要な手がかりとなります2。Cochrane Libraryが2014年に発表した系統的レビューでも、これらの詳細な情報が正確な診断に不可欠であると結論付けられています1。
このセクションの要点
- 妊娠中の腹痛を評価するには、「場所」「性質」「随伴症状」の3つの要素を観察し、医師に伝えることが重要です。
- これらの情報は、安全な生理的変化と、緊急の対応が必要な病状とを見分けるための鍵となります。
よくある生理的・良性の原因
妊娠初期、「下腹部がチクチク痛むけれど、これは大丈夫?」という心配は、多くの妊婦さんが経験します。特に初めての妊娠では、体のささいな変化にも敏感になるのは当然のことです。その背景には、多くの場合、赤ちゃんの成長に伴う自然な体の変化があります。科学的には、妊娠初期から中期にかけての下腹部や足の付け根に生じる鋭い痛みは、多くが「円靭帯痛」です。これは、子宮を支える靭帯が、大きくなる子宮に引っ張られて伸びるために起こる生理的な現象です。これは例えるなら、新しい家具を入れるために部屋の模様替えをするとき、一時的に通路が狭くなるようなもの。体が一大事に適応している証拠なのです。米国のクリーブランド・クリニックも、この痛みが妊娠における正常な一部であることを解説しています4。だからこそ、まずは慌てずに、体を休ませてあげることが大切です。急な動きを避け、リラックスすることで痛みは和らぐことが多いです3。
今日から始められること
- 痛みを感じたら、無理をせず座ったり横になったりして休みましょう。
- 立ち上がったり、寝返りをうったりするときは、ゆっくりとした動作を心がけましょう。
- 水分を十分に摂り、食物繊維の多い食事を心がけて便秘を予防することも、腹部の不快感を和らげるのに役立ちます。
高度な警戒を要する産科救急疾患
「もうすぐ臨月なのに、みぞおちがずっと痛くて吐き気もする。ただの胃もたれでしょうか?」妊娠後期の上腹部の痛みは、判断が難しいですよね。胃の不快感と感じてしまうのも無理はありません。しかし、その症状の裏には、全く異なるメカニズムが隠れている可能性があります。科学的には、持続的な上腹部痛や右上腹部痛は、重症妊娠高血圧腎症の合併症である「HELLP症候群」の警告サインである可能性があります。HELLP症候群は、体の血液システムに異常が発生し、赤血球が壊れ(溶血)、肝臓がダメージを受け(肝酵素上昇)、血液を固める血小板が急激に減少する状態です7。これは、精密機械である工場の生産ラインで、重要な部品が次々に不足し、システム全体が停止しかけるような緊急事態です。だからこそ、このサインを見逃さず、直ちに医療機関で評価を受けることが母子ともに命を守るために不可欠なのです。2020年の米国産婦人科学会(ACOG)の実践速報でも、この症状が緊急評価を要することが強調されています6。
受診の目安と注意すべきサイン
- 持続的な激しい腹痛、特に上腹部や右の肋骨の下の痛み
- 性器からの出血(少量でも)
- 規則的なお腹の張りや痛み(1時間に5回以上など)
- 胎動が急に感じられなくなった、または著しく減少した
- 激しい頭痛、目のチカチカ、急激なむくみを伴う場合
日本の医療制度:保険、公費、アクセス
「腹痛が続くのでまた病院に行きたいけれど、先週も超音波検査をしたから、また自費になるかと思うと行きづらいです。」費用の心配で受診をためらってしまうお気持ち、よく分かります。日本の保険制度は複雑で分かりにくい点がありますよね。この問題の背景には、医療の質を保ちつつ、保険財政の健全性を維持するためのルールがあります。日本の医療保険制度では、腹痛などの症状に対する超音波検査は基本的に保険適用となります。しかし、厚生労働省の指針に基づき、同一の症状に対して保険適用の超音波検査を7日以内に再度実施した場合、2回目の検査は原則として保険適用外(自費診療)となる「7日ルール」が存在します8。これは、いわば「同じ内容の定期点検は、短期間に何度も公費では行えない」という考え方に基づいています。そのため、このルールを知らないと、再診時に予期せぬ費用が発生する可能性があります。横浜市などの自治体の助成制度も、この国の基本ルールに準じています9。
自分に合った選択をするために
痛みが続く、または悪化する場合: 費用を心配する前に、まずはお母さんと赤ちゃんの安全が最優先です。ためらわずに、かかりつけの医療機関に電話で相談してください。医師が医学的に必要と判断すれば、保険の適用について考慮される場合もあります。
症状が軽い、または改善傾向にある場合: 次回の妊婦健診を待って相談することも選択肢の一つです。ただし、自己判断に迷う場合は、必ず電話で医療機関の指示を仰ぎましょう。
日本の規制当局(PMDA)からの医薬品安全性情報
妊娠中の腹痛は、妊娠そのものとは無関係な原因で起こることもあります。その一つが見過ごされがちですが、服用中の「医薬品」が原因となるケースです。科学的には、体に取り入れられた薬は、目的の効果を発揮する一方で、予期せぬ副作用を引き起こすことがあります。日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、国民の安全を守るため、医薬品のリスクを常に監視し、警告を発する「安全保障の司令塔」のような役割を担っています。PMDAの警告によると、一部の医薬品、例えば特定の糖尿病治療薬や便秘治療薬について、まれではありますが重篤な消化器系の副作用(腸閉塞、腸管穿孔、急性膵炎など)のリスクが報告されています1011。そのため、妊娠中に原因不明の激しい腹痛が生じた場合、服用中の医薬品が関与している可能性も、医師が鑑別診断を行う上での重要な考慮事項となります。
受診の目安と注意すべきサイン
- 新しい薬を飲み始めてから、あるいは薬の量を変えてから腹痛が始まった場合。
- 腹痛とともに、便やおならが全く出ない、吐き気が続くなどの症状がある場合。
- お薬手帳を必ず持参し、医師や薬剤師に現在服用中のすべての薬(サプリメントを含む)を伝えてください。
安全なセルフケアと痛みの緩和戦略
妊娠中の不快な腹痛、できれば自分で安全に対処したい、そう考えるのは自然なことです。多くの良性の腹痛は、生活の中の小さな工夫で和らげることができます。その基本原理は、体を「リラックス」させ、子宮への「負担を減らす」ことです。例えば、円靭帯痛は、急な動きで靭帯が強く引っ張られることで悪化します。これは、急に引っ張ると切れてしまうゴム紐のようなものです。ゆっくり動くことで、靭帯は伸びる時間を得て、痛みが起こりにくくなります34。また、便秘による腹痛は、腸内の圧力が原因です。十分な水分と食物繊維は、便を柔らかくし、この圧力を自然に下げてくれます。これらのセルフケアは、薬に頼らずに体の内側から調和を取り戻すための、賢明な第一歩と言えるでしょう。
今日から始められること
- 痛むときは無理せず、横になって休む時間をとりましょう。特に、痛む側を上にして横になると楽になることがあります。
- 体を温めることも有効です。ぬるめのお風呂にゆっくり浸かったり、温かいタオルを腹部に当てたりしてみてください。
- 骨盤ベルトを使用すると、大きくなったお腹を支え、靭帯への負担を軽減できる場合があります。
よくある質問
妊娠初期のチクチクした下腹部痛は、流産の兆候ですか?
妊娠初期にみられる「チクチク」とした痛みは、多くの場合、子宮が大きくなる過程で靭帯が引っ張られることによる生理的な「円靭帯痛」です。出血を伴わず、痛みが一時的であれば心配ないことがほとんどです。ただし、痛みが強くなる、持続する、出血があるといった場合は、切迫流産や異所性妊娠の可能性も否定できないため、速やかにかかりつけの産婦人科にご相談ください。3
お腹が頻繁に張るのですが、仕事は休んだほうがいいですか?
お腹の張りが不規則で、休んだり姿勢を変えたりすると治まる場合は、「ブラクストン・ヒックス収縮(前駆陣痛)」と呼ばれる生理的な収縮のことが多いです。しかし、張りが規則的になる(例:1時間に5回以上)、痛みを伴う、出血がある場合は切迫早産の兆候かもしれません。そのような場合は、すぐに仕事を休み、医療機関に連絡してください。5
先週、腹痛で超音波検査を受けました。今週もまだ痛いのですが、もう一度受診したら保険は使えますか?
日本の健康保険制度では、同じ症状(この場合は腹痛)に対して、保険適用の超音波検査を行った日から7日以内に再度超音波検査を行うと、2回目の検査は保険適用外(自費)となることがあります。ただし、医師が医学的に必要と判断し、異なる診断目的で行う場合など、状況によって適用されることもあります。まずは医療機関に電話で相談し、症状と前回の検査日を伝えて指示を仰ぐのがよいでしょう。8
結論
妊娠中の腹痛は、多くの妊婦さんが経験する一般的な症状ですが、その背景には生理的な変化から母子の生命に関わる緊急事態まで、さまざまな原因が隠されています。この記事では、科学的根拠に基づき、安全な痛みと危険な痛みのサインを見分けるための知識を提供しました。特に、妊娠後期の持続的な上腹部痛がHELLP症候群の警告サインである可能性や、日本の保険制度における「7日ルール」といった実用的な情報は、皆さんの安全と安心につながる重要なポイントです。ご自身の体の変化に注意を払い、不安な症状があればためらわずに医療専門家に相談することが、何よりも大切な次の一歩です。
免責事項
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
参考文献
- Farquhar C, Bhattacharya S, Vail A, et al. Managing acute lower abdominal pain in women of childbearing age. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2014;(4):CD007683. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- Abdominal Pain in Pregnancy. Cambridge University Press. 2021. [インターネット] リンク [有料] 引用日: 2025-09-11.
- 東京ベイ・浦安市川医療センター. 妊娠初期の腹痛、お腹の張りについて. 2022. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- Cleveland Clinic. Round Ligament Pain: Causes, Treatment & Prevention. 2023. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- 日本産科婦人科学会 (JSOG). 産婦人科診療ガイドライン―産科編2023. 2023. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG). ACOG Practice Bulletin No. 222: Gestational Hypertension and Preeclampsia. 2020. PMID: 32160211. [有料]
- Sibai B, Dekker G, Kupferminc M. The HELLP syndrome: Clinical issues and management. Acta Obstetricia et Gynecologica Scandinavica. 2009. PMCID: PMC2654858. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- 厚生労働省 (MHLW). 妊婦健康診査の公費負担のあり方について. 2013. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- 横浜市. 妊婦健康診査費用の助成について. 2024. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- 医薬品医療機器総合機構 (PMDA). 医薬品リスク管理計画書 (モビプレップ配合内用剤). 2022. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.
- 医薬品医療機器総合機構 (PMDA). 使用上の注意の改訂について. 2014. [インターネット] リンク 引用日: 2025-09-11.

