妊娠中のサーモン摂取は、調理法が安全性確保の鍵となります。加熱したサーモンは、胎児の脳発達に不可欠なオメガ3脂肪酸が豊富で水銀含有量が低いため12、安全かつ有益です。しかし、生食(寿司・刺身)はアニサキス6、冷製スモークサーモンはリステリア菌のリスクがあり4、妊娠中は避けるべきです。本稿では、厚生労働省や海外の公的機関の指針に基づき、安全な食べ方と注意点を科学的根拠と共に解説します。
この記事の科学的根拠
本記事は、日本の公的機関・学会ガイドラインおよび査読済み論文を含む高品質の情報源に基づき、出典は本文のクリック可能な上付き番号で示しています。
要点まとめ
- 加熱したサーモンは安全: 十分に加熱したサーモンは、水銀リスクが低く、胎児の脳発達を助けるDHAなどのオメガ3脂肪酸が豊富なため、妊娠中に推奨される食材です。12
- 生食は避ける: 寿司や刺身などの生のサーモンは、激しい腹痛を引き起こす寄生虫「アニサキス」のリスクがあるため、妊娠中は絶対に避けるべきです。6
- スモークサーモンも要注意: 特に加熱せずに作られる「冷燻」のスモークサーモンは、低温でも増殖する「リステリア菌」汚染のリスクがあり、流産や死産の原因となり得るため、非加熱での摂取は非常に危険です。4
- 調理法が全て: サーモンの安全性は、水銀の量よりも「どのように調理するか」に大きく左右されます。妊娠中は「必ず中心部までしっかり加熱する」ことを徹底してください。
総論:加熱したサーモンは安全かつ推奨される
「妊娠中に魚を食べたいけれど、水銀が心配…」多くの方がそう感じています。お腹の赤ちゃんへの影響を考えると、食べ物一つひとつに気を遣いますよね。特に魚の水銀問題はよく耳にするので、不安になるお気持ちは当然です。しかし、ご安心ください。科学的には、サーモンは妊娠中の食事において非常に価値のある選択肢です。
その背景には、まず水銀の「生物濃縮」という仕組みがあります。これは、食物連鎖を通じて有害物質が上位の捕食者に蓄積していく現象で、まるで伝言ゲームのように、小さな魚が持つ水銀が大きな魚へと受け渡され、濃度が高まっていきます。厚生労働省が注意を促しているのは、この連鎖の頂点にいるマグロなどの大型魚であり、サーモンはリストに含まれていません。つまり、サーモンは水銀リスクが非常に低い安全な魚なのです1。さらに重要なのは、サーモンが持つ豊富な栄養素、特にDHA(ドコサヘキサエン酸)です。これは赤ちゃんの脳や神経が作られる上で不可欠な「建材」のようなもの。米国食品医薬品局(FDA)は、この貴重な栄養を赤ちゃんに届けるため、週に2〜3食分(約224〜336g)のサーモン摂取を推奨しています23。だからこそ、適切な調理法を守れば、サーモンは心配するどころか、むしろ積極的に食卓に取り入れたい食材なのです。
このセクションの要点
調理法に関連する重大なリスク
「お祝いの席で出されたスモークサーモン、少しだけ食べてしまった…」妊娠中は食事の制約も多く、後から不安になってしまうお気持ち、お察しします。加熱したサーモンが安全である一方、特定の調理法には妊娠中に避けるべき重大なリスクが潜んでいます。その違いを正しく理解することが、母子の健康を守る上で何よりも大切です。
最大のリスクの一つが、冷製スモークサーモンに潜むリステリア菌です。この菌の厄介な点は、まるで冬でも活動できる特殊な雑草のように、冷蔵庫のような低温環境でも増殖できることです。多くの細菌が活動を停止する中で、リステリア菌は静かに増え続けます。そのため、加熱殺菌されずに作られるスモークサーモンやナチュラルチーズは、感染源となり得ます。妊娠中は免疫力が変化するため、通常時よりリステリア菌に感染しやすく、万が一感染すると胎児に重篤な影響を及ぼす可能性があると、厚生労働省や英国国民保健サービス(NHS)も警告しています45。もう一つのリスクは、生の魚、特に天然の「鮭(さけ)」に見られる寄生虫アニサキスです。これを摂取すると、激しい腹痛を引き起こすことがあります。厚生労働省は、アニサキスを死滅させるには中心部まで60℃で1分以上の加熱、またはマイナス20℃で24時間以上の冷凍が必要だと明確に示しています6。日本の市場では、寿司や刺身に使われるのは主にアニサキスのリスクが低いとされる養殖の「サーモン」ですが78、他の食中毒菌のリスクがゼロではないため、妊娠中は生食を避けるのが原則です。
受診の目安と注意すべきサイン
- 避けるべき食品: 生のサーモン(寿司、刺身)、加熱していないスモークサーモン、マリネ。
- 受診を検討すべき症状: これらの食品を食べた後、数時間から数日以内に激しい腹痛、吐き気、発熱、またはインフルエンザのような症状が出た場合は、食中毒の可能性があるため、すぐにかかりつけの産婦人科医に相談してください。
国内外の規制とガイドライン
「なぜ国によって言うことが違うの?」サーモンの推奨摂取量を調べると、日本、アメリカ、イギリスで少しずつ内容が異なり、混乱してしまうかもしれません。それは自然な反応です。実は、この違いは各国の専門家が「何のリスクをより重視し、何の利益をより優先するか」という評価のバランスが異なるために生じています。
この状況は、旅行の計画を立てる際に、異なるタイプの旅行アドバイザーから助言をもらうのに似ています。米国食品医薬品局(FDA)は、目的地で得られる素晴らしい体験(オメガ3脂肪酸の恩恵)を最大限に享受することを勧めるアドバイザーです。彼らは、サーモンのような安全な魚を「最良の選択(Best Choices)」とし、「週に2〜3食分」という具体的な量を設定して、胎児の神経発達への利益を最大化するよう促します2。一方で、英国国民保健サービス(NHS)は、より慎重なアドバイザーです。彼らは、旅行先でのスリや軽犯罪(ダイオキシンなど脂肪に蓄積する可能性のある汚染物質)を警戒し、「脂の多い魚は週2食分まで」と上限を設けて、長期的なリスクを最小限に抑えようとします5。そして、日本の厚生労働省は、最も危険な地域(水銀濃度の高い大型魚)への立ち入りを厳しく制限しつつも、サーモンのような安全な場所については特に厳しい制限を設けていません1。このように、どの指針もそれぞれの国の状況や評価軸に基づいた妥当なものですが、日本では水銀リスクが低いサーモンに摂取上限は設けられていないため、FDAの推奨量を参考にしつつ、バランスの取れた食事を心がけるのが現実的なアプローチと言えるでしょう。
自分に合った選択をするために
米国(FDA)モデル: 胎児の脳発達への利益を最大化したい場合、加熱したサーモンを週に2〜3食分(約224〜336g)を目安に摂取するのが良いでしょう。2
英国(NHS)モデル: わずかな汚染物質のリスクも最小限にしたいと考える場合、加熱したサーモンの摂取を週2食分までに留めるのがより慎重な選択です。5
日本での推奨: 厚生労働省はサーモンに上限を設けていないため、加熱調理を徹底した上で、FDAの推奨量を参考に体調に合わせて取り入れるのが合理的です。
安全な摂取のための実践的推奨事項
スーパーの鮮魚コーナーに並ぶ色とりどりのサーモンを前に、「どれを選べば安全なの?」と迷ってしまうかもしれません。パッケージの表示は様々で、赤ちゃんのために最も安全な選択をしたいと思うのは当然です。ここでの結論は非常にシンプルです。それは「必ず加熱調理する」という前提で商品を選ぶことです。
食中毒菌や寄生虫に対する最も確実な防御策は、家のドアに鍵をかけるのと同じように、「加熱」という最終的な安全措置を施すことです。刺身用と書かれていても、それはあくまで健康な成人向けの基準です。妊娠中は、安全のため必ず火を通してください。以下の表は、調理法ごとの安全性をまとめたものです。日々の食事の準備にお役立てください。
調理法 | 推奨度 | 主なリスク | 安全な食べ方 |
---|---|---|---|
焼き鮭、蒸し料理 | ◎ 安全・推奨 | なし | 中心部まで完全に火を通す。 |
スモークサーモン(冷燻) | × 非推奨 | リステリア菌4 | パスタやキッシュの具として再加熱する場合のみ可。 |
寿司、刺身(生食) | × 非推奨 | アニサキス、食中毒菌6 | 妊娠中は完全に避ける。 |
いくら(醤油漬け) | △ 要注意 | リステリア菌、塩分 | 加熱殺菌済みの製品を選び、少量にとどめる。 |
今日から始められること
- スーパーでは、寿司や刺身のパックではなく、加熱調理用の切り身を選びましょう。
- 調理の際は、中心部の色が完全に変わり、身が簡単にほぐれる状態になるまで(中心温度60℃で1分以上6)しっかりと加熱しましょう。
- 外食でサーモンを食べる際は、グリルやソテーなど、完全に火が通ったメニューを選びましょう。
よくある質問
妊娠中にサーモンのお寿司を一貫だけ食べてしまいました。大丈夫でしょうか?
一貫食べたからといって、必ずしも問題が起こるわけではありません。過度に心配せず、まずはご自身の体調に変化がないか(腹痛、吐き気、発熱など)を注意深く観察してください。もし不安な症状があれば、すぐにかかりつけの産婦人科医にご相談ください。今後は、安全のため生魚の摂取を控えるようにしましょう。
日本のスーパーで「刺身用サーモン」と書かれているものは安全ですか?
「刺身用」と表示されているものは、一般的に新鮮で衛生管理がされていますが、これは健康な成人を対象とした基準です。妊娠中は免疫力が低下しており、通常なら問題にならないわずかな細菌でも影響を受ける可能性があります。アニサキスのリスクは低い養殖サーモンであっても、その他の食中毒菌のリスクはゼロではありません。したがって、妊娠中は「刺身用」であっても必ず加熱してお召し上がりください。
結論
妊娠中のサーモン摂取において、最も重要なメッセージは「調理法が安全性を決める」ということです。十分に加熱したサーモンは、水銀リスクが低く、胎児の脳の発育に不可欠なオメガ3脂肪酸を豊富に含む、非常に有益な食品です。一方で、寿司や刺身などの生食はアニサキス、加熱されていないスモークサーモンはリステリア菌という、妊娠中に避けるべき明確なリスクを伴います。正しい知識を持ち、調理法を徹底することで、サーモンの持つ素晴らしい栄養を、安心して赤ちゃんと分かち合うことができます。
本コンテンツは一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や治療に関する意思決定の前に、必ず医療専門職にご相談ください。
参考文献
- 厚生労働省. これからママになるあなたへ お魚について知っておいてほしいこと. 2010. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク
- U.S. Food and Drug Administration / U.S. Environmental Protection Agency. Advice about Eating Fish. 2022. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク
- Golding J, Steer C, Hibbeln JR, Taylor CM. Fish, mercury, and neurodevelopment: The need for new advice. Can Fam Physician. 2017;63(7):e335-e343. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク
- 厚生労働省. 妊娠中に特に注意してほしい食中毒. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク
- National Health Service. Foods to avoid in pregnancy. 2023. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク
- 厚生労働省. アニサキスによる食中毒を予防しましょう. 2025. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク
- mi-journey.jp. 日本で流通している、おもな生鮭の種類と特徴. 2021. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク
- Oken E, Wright RO, Kleinman KP, et al. Maternal Fish Intake During Pregnancy, Blood Mercury Levels, and Child Cognition. Am J Epidemiol. 2008;167(10):1171-1181. PMID: 18056991. [インターネット] [引用日: 2025-09-13] リンク