腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の徹底解説:日本の現状と効果的な予防戦略
消化器疾患

腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の徹底解説:日本の現状と効果的な予防戦略

腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic E. coli – EHEC)、別名ベロ毒素産生性大腸菌(Verotoxin-producing E. coli)または志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin-producing E. coli – STEC)は、日本において依然として深刻かつ持続的な公衆衛生上の課題です。国内の年間報告患者数が3,000人から4,000人の間で推移している現状を踏まえ、この病原体に関する深い理解は不可欠です1。本稿では、世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)、そして日本の厚生労働省(MHLW)や国立感染症研究所(NIID)といった国内外の保健機関から得られた広範な知見を統合し、日本の疫学的データ、臨床現場での実践、そして特有の予防戦略と結びつけて多角的に分析します。これにより、公衆衛生の専門家、食品安全管理者、そして政策立案者が効果的な介入戦略を策定するための一助となることを目指します。


この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている、最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下の一覧には、実際に参照された情報源と、提示された医学的指針への直接的な関連性のみが含まれています。

  • 世界保健機関(WHO)、米国疾病予防管理センター(CDC)、日本の厚生労働省(MHLW)、国立感染症研究所(NIID):この記事におけるEHEC感染症の病態、疫学、治療、および予防に関する指針は、これらの国際的・国内的権威機関が発表した最新の報告書、ファクトシート、および臨床ガイドラインに基づいています。

要点まとめ

  • 腸管出血性大腸菌(EHEC)は、ベロ毒素(志賀毒素)を産生し、激しい腹痛、水様性下痢、血便を引き起こす病原体です。すべてのE. coliが有害なわけではありません。
  • 主な感染源は、加熱不十分な牛肉やその加工品ですが、生野菜や水、動物との接触、人から人への二次感染も重要な経路です。
  • 最も重篤な合併症は溶血性尿毒症症候群(HUS)で、特に幼児や高齢者で発症危険性が高く、急性腎不全などを引き起こします。
  • 治療の基本は脱水を防ぐための水分補給(支持療法)であり、自己判断での抗生物質や下痢止め薬の使用は、HUSの発症危険性を高める可能性があるため厳禁です。
  • 予防の三原則「つけない(洗浄・消毒)」「増やさない(低温保存)」「やっつける(十分な加熱)」の徹底が最も重要です。

第1部:腸管出血性大腸菌の生物学的特徴

本章では、この病原体の基本的な生物学的および微生物学的特性を明らかにし、その臨床的および公衆衛生上の影響を理解するための基盤を築きます。

1.1. 大腸菌の分類とEHECの定義

大腸菌(Escherichia coli)は、人間や温血動物の腸内に常在する細菌です2。ほとんどの株は無害であり、健康な腸内細菌叢の一部として食物の消化を助け、ビタミンの産生や有害な微生物からの防御に貢献しています3。しかし、一部の株は病原性を持ち、その中でも特に注意が必要なのが腸管出血性大腸菌(EHEC)、すなわち志賀毒素産生性大腸菌(STEC)です。

このグループの最大の特徴は、「ベロ毒素(Verotoxin)」または「志賀毒素(Shiga toxin)」と呼ばれる極めて強力な毒素を産生する能力にあります1。「ベロ毒素」という名称は、1962年に日本の研究者である安村博士がウイルス研究のために樹立した「ベロ細胞(Vero cell)」という培養細胞株に対して毒性を示すことに由来しており、日本と歴史的な接点があります4。この毒素の存在こそが、EHEC感染症の重篤な症状と危険な合併症を引き起こす主要因です。無害な常在性大腸菌と病原性を持つEHEC/STECを明確に区別することは、すべての大腸菌が危険であるという一般的な誤解を避け、公衆衛生上の介入目標を正確に定めるための第一歩となります。

1.2. 主要な血清型

EHECは、表面にある抗原(O抗原:菌体、H抗原:べん毛)に基づいて分類されます5。世界的に、そして日本国内で最も有名かつ危険な血清型は「O157:H7」です2。しかし、近年ではO157以外の血清型(非O157)も、散発例や集団発生の重要な原因として認識されるようになり、O26、O103、O111、O121、O145などが含まれます6

日本の監視データもこの傾向を裏付けています。具体的には、2022年には分離株の57.6%、2023年には65.6%をO157が占める一方で、O26、O111、O103といった非O157血清型も常に相当な割合を占めています7。世界的には、129以上の血清群が志賀毒素を産生する能力を持つと特定されています8

O157以外の病原性血清型の多様化は、公衆衛生の監視体制および臨床診断に大きな課題を提起します。検査室では伝統的に、O157がソルビトールを分解しない性質を利用した「ソルビトール・マッコンキー寒天培地」など、O157の検出に最適化された手法が用いられてきました2。しかし、これらの旧来の手法にのみ依存すると、非O157によるEHEC感染症の多くが見逃され、他の原因と誤診されたり、集団発生の発見が遅れたりする危険性があります。したがって、志賀毒素そのものを検出する検査や、PCR法(遺伝子増幅法)のようなより広範なスクリーニング手法を導入することが、日本の臨床検査室に急務として求められています。これは、血清型に関わらず全てのSTEC感染を確実に検出するという国際的な保健機関の推奨とも一致しています9

1.3. 病原性の中核:志賀毒素(ベロ毒素)の作用機序

EHECの主要な病原性因子は、志賀毒素(Stx)またはベロ毒素(VT)を産生する能力です1。「志賀毒素」という名称は、赤痢菌(Shigella dysenteriae)が産生する毒素との類似性に由来します2。毒素には主にStx1(VT1)とStx2(VT2)の2種類があり、特にStx2は溶血性尿毒症症候群(HUS)のような重篤な合併症とより強く関連しています5

この毒素の作用機序は、宿主の細胞内でのタンパク質合成を阻害し、細胞死を引き起こすことです。最も影響を受けやすいのは、腸管、腎臓、脳などの微小血管の内皮細胞です。この血管障害が、出血性大腸炎(血便)や、HUS、脳症といった全身性の重篤な合併症の直接的な原因となります1。毒素の作用機序を理解することは、症状の重篤性を説明するだけでなく、特定の治療法が禁忌とされる科学的根拠を提供します。例えば、一部の抗生物質が菌からの毒素産生や放出を促進する可能性があるという知見は、EHEC感染症の治療において抗生物質の使用を避けるべき強力な科学的理由となっています10


第2部:臨床的特徴と疫学

本章では、感染経路から重篤な合併症に至るまで、EHEC感染が人体に及ぼす影響を詳述し、特に日本国内の疫学状況に焦点を当てます。

2.1. 感染経路と感染源

EHECの感染は、主に糞口感染によって起こり、その経路は多岐にわたります。

  • 食品:主な保菌動物はウシであり、そのため、牛ひき肉、レアステーキ、焼肉など、生または加熱不十分な牛肉製品が最も一般的な感染媒体です2。日本においても、牛肉、牛レバー刺し(現在は禁止)、レアステーキなどが原因となった集団発生が報告されています11
  • 野菜・水:動物の糞便に汚染された野菜(レタス、もやし、ほうれん草など)や水(井戸水、プール、河川水など)も、ますます重要な感染経路として認識されています2。日本の集団発生では、サンチュ12や、日本の食文化に特有の危険因子である「浅漬け」11が感染源として記録されています。
  • 動物からの直接感染(人獣共通感染症):農場の動物(ウシ、ヒツジ、ヤギ)やその飼育環境(ふれあい動物園など)との直接的な接触も危険因子です2
  • ヒトからヒトへの感染:EHECの感染に必要な菌量は非常に少なく、わずか100個程度の菌でも発症する可能性があります。このため、家庭内、保育施設、介護施設などでの二次感染が非常に起こりやすいとされています13

これらの感染経路、特に浅漬けのように日本の食文化に関連するものを詳細に分析することは、的を絞った効果的な予防メッセージを構築する上で極めて重要です。

2.2. 臨床経過の時系列

EHEC感染症の経過は、通常、特徴的な順序で進行します。

  1. 潜伏期間:通常3〜8日、平均して3〜4日続きます2
  2. 初期症状:激しい腹部の痙攣痛と水様性下痢で発症します6。発熱は軽度か、見られないことも多いです6
  3. 出血期:1〜4日以内に、下痢は肉眼的な血便(出血性大腸炎)に移行することが多く、「便というより血液そのもの」と表現されることもあります6
  4. 回復期または合併症期:ほとんどの患者は10日以内に自然回復します2。しかし、一部の患者は重篤な合併症へと進行します。
  5. 無症状病原体保有者:感染しても症状を全く示さない人がかなりの割合で存在しますが、これらの人々も糞便中に菌を排出し、他者に感染させる能力があります。これは、特に保育園のような集団施設での集団発生を制御する上で大きな課題となります5

明確な時間経過を示すことで、臨床医や患者は病気の進行を認識し、合併症の兆候を早期に発見することができます。

2.3. 重篤な合併症:溶血性尿毒症症候群(HUS)と脳症

これらはEHEC感染症の最も危険な側面です。

  • 溶血性尿毒症症候群(HUS):この合併症は、STEC感染患者の約6〜10%で発生し、通常は下痢の発症から5〜13日後に出現します2。HUSは医学的な緊急事態であり、微小血管障害性溶血性貧血(赤血球の破壊)、血小板減少、急性腎不全という古典的な三主徴によって特徴づけられます1
    • 高危険群:HUSの発症危険性は、幼児(5歳未満)と高齢者で最も高くなります2。日本のデータもこれを裏付けており、0〜4歳および5〜9歳の年齢層で最も高いHUS発症率が記録されています7
    • 警告サイン:HUSの発生を示唆する主な兆候には、尿量の減少、顔面蒼白、倦怠感、原因不明のあざの出現、意識状態の変化(不機嫌、傾眠)などがあります6
    • 予後:HUSの致死率は約3〜5%です2。生存した場合でも、慢性腎臓病や神経障害などの長期的な後遺症に直面する可能性があります2
  • 脳症:痙攣、脳卒中、昏睡などの神経学的合併症は、HUS患者の25%で発生する可能性があり、主要な死亡原因の一つです2

危険因子、警告サイン、そしてHUSの重篤性について明確に伝えることは、早期の医療介入を促し、患者の治療成績を改善するために極めて重要です。

2.4. 日本における疫学動向

日本では毎年、3,000人から4,000人のEHEC感染症患者が継続的に報告されています1。2023年には3,822人の患者が報告され、2022年の3,383人から増加しました7。発生は夏季(6月〜9月)に明らかなピークを示します1。日本で報告された主な症状は、下痢(82.8%)、腹痛(80.3%)、血便(56.9%)です14。最も一般的な血清型はO157で、次いでO26、O111、O103となっています14

食品安全システムにおける潜在的な欠陥を示す典型的な事例として、2012年に札幌市で発生した浅漬けに関連する集団発生が挙げられます15。この事例は単なる原材料の汚染に留まらず、製造工程におけるシステム的な不備を露呈しました。調査の結果、製造施設において、清潔区域と汚染区域が明確に分離されていない、従業員の手洗い手順の不遵守、異なる工程での器具の共用、そして最も重大な点として、消毒用の水槽における塩素濃度の管理が全く行われていなかったことが判明しました15。塩素濃度は有効レベルを下回っており、最も重要な「殺菌」工程が無意味化し、製品ロット全体への交差汚染を広げた可能性がありました。その結果、8名の高齢者が死亡し、このような工程管理の不備がいかに壊滅的な結果を招きうるかを示しました16。この事例は、予防策が単に「肉をよく焼く」ことだけに焦点を当てるのではなく、冷蔵流通チェーンや加熱処理を伴わない即席食品全体にも対処しなければならないという強力な警告です。全ての食品製造業者、特に脆弱な人々へ食品を供給する業者に対し、検証可能な厳格な工程管理(消毒剤濃度の定期的なチェックなど)が絶対的に必要であることを強調しています。

表1:日本におけるEHEC感染症の年間報告患者数と主要血清型の分布(2022-2023年)

総報告数 有症状者数 無症状病原体保有者数 O157 O26 O111 O103
2022 3,383 2,265 1,118 912 (57.6%) 241 (15.2%) データなし 86 (5.4%)
2023 3,822 2,546 1,276 1,223 (65.6%) 147 (7.9%) 86 (4.6%) データなし

注:血清型の割合は、地方衛生研究所によって検出・報告された菌株総数に対するものであり、総報告患者数に対するものではありません。
出典:7

表2:日本のEHEC患者における年齢群別のHUS発症率(2022-2023年)

総HUS患者数 全体HUS発症率(有症状者に対する%) 0-4歳群におけるHUS発症率 5-9歳群におけるHUS発症率
2022 58 2.6% 5.0% 5.2%
2023 68 2.7% 6.9% 7.8%

出典:7

これらの具体的なデータを提示することは、本報告書の信頼性を確立するだけでなく、後に続くすべての推奨事項に対して確固たる定量的基盤を提供するものです。


第3部:診断と治療の原則

本章では、EHEC感染が疑われる患者を管理するための現在の最善の実践を概説し、特に治療における特有の禁忌事項を強調します。

3.1. 診断方法

EHEC感染症の確定診断は、検査室での糞便検体の検査によって行われます17。推奨される方法には、E. coli O157を検出するための培養と同時に、非O157 STEC株を特定するために志賀毒素(または毒素をコードする遺伝子)を直接検出する検査を実施することが含まれます9。日本では、本疾患は届け出が必要な三類感染症に分類されており、医師は診断後直ちに最寄りの保健所に届け出る義務があります1。迅速かつ正確な診断は、患者の効果的な管理だけでなく、二次感染を防ぐための公衆衛生調査を開始するためにも極めて重要です9

3.2. 治療戦略:支持療法の中心的な役割

現在、EHEC感染症に対する特異的な治療法は存在しません。治療の基本は支持療法です18。これは主に、脱水を防ぐための積極的な水分および電解質の管理からなります6。特に小児において、早期の静脈内輸液が重篤な腎不全(HUS)への進展リスクを低減させる可能性があるという証拠があります9。「支持療法」とは受動的な待機ではなく、患者の治療成績を左右しうる積極的かつ重要な介入であることを強調する必要があります。

3.3. 抗生物質および下痢止め薬の使用に関する議論

これは、EHEC感染症の臨床管理において最も複雑かつ重要な側面の一つです。

  • 抗生物質:WHOやCDCといった主要な保健機関および複数のメタ解析からの圧倒的なコンセンサスは、抗生物質の使用を避けるべきであるというものです。抗生物質は明確な利益を示さず、むしろ菌体を破壊して大量の志賀毒素を放出させることにより、HUSの発症危険性を高める可能性があります2
    • 日本における見解の相違:この一般原則にもかかわらず、日本国内の一部のガイドラインや研究は、より複雑な状況を示唆しています。旧版のガイドラインでは、ホスホマイシンやニューキノロン系薬剤が選択肢として言及されていました19。一部の研究では、ホスホマイシンが他の抗生物質よりも安全である可能性が示唆されており10、日本のある集団発生に関する事例研究では、多数の個人に抗生物質が使用されたことが報告されています20。これは、日本国内の臨床現場で完全なコンセンサスが得られていないことを示唆しています18
  • 下痢止め薬:ロペラミドなどの腸管運動抑制薬は、強く禁忌とされています。これらの薬剤は腸からの毒素の排出を遅らせ、毒素の吸収を増加させ、結果としてHUSや中毒性巨大結腸症などの全身性合併症の危険性を高める可能性があります5

抗生物質の使用に関する議論は、単なる臨床的な問題ではなく、医師にとってのリスク管理のジレンマでもあります。重症患者を前にした医師は「何かをしなければ」というプレッシャーを感じ、抗生物質の処方は一般的な行動となりがちです。抗生物質の使用に反対する証拠は強力ですが、それは主として観察研究や試験管内研究に基づくものであり、ランダム化比較試験の実施は倫理的に困難です21。この状況が、臨床的な判断と議論の余地を生んでいます18。したがって、本稿ではこの問題を単純な禁止命令としてではなく、「現存する証拠のバランスに基づき、使用に強く反対する推奨」として提示すべきです。重要かつ効果が証明されている主要な介入策は水分補給であることを強調し、議論のある治療法(抗生物質)から効果的な治療法(輸液)へと焦点を移すことが重要です。これは臨床医に対して、より建設的で支援的なメッセージを提供するものとなります。


第4部:効果的な予防戦略

最後の本章では、これまでの分析を、日本のさまざまな関係者向けに調整された、包括的で実践的な予防ガイダンスに転換します。

4.1. 食中毒予防の三原則と日本の家庭における実践

食品安全の基本は、「つけない」「増やさない」「やっつける」という三つの核となる原則に基づいています11

  • つけない(汚染させない):石鹸と水による徹底的な手洗いが最も重要な対策です5。これには、食品を取り扱う前後、トイレの後、動物と接触した後の手洗いが含まれます。また、生の肉と野菜に別々のまな板や器具を使用し、調理器具を消毒することで交差汚染を防ぐこともこの原則に含まれます5
  • 増やさない(増殖させない):腐敗しやすい食品は、速やかに10℃以下で冷蔵保存します22。食品を室温で解凍してはいけません5
  • やっつける(殺菌する):食肉は中心部が75℃で1分間以上になるまで十分に加熱します2。これが最も効果的な殺菌手段です。焼肉の際には、生肉用と焼き上がった肉用に箸を使い分けるといった具体的な助言も重要です13

表3:主要な予防ガイドラインの比較分析(厚生労働省、CDC、WHO)

主要分野 MHLW(日本)の指針 CDC(米国)の指針 WHO(世界)の指針
手指衛生 石鹸と流水で十分に洗う。生肉を扱った後、トイレの後、おむつ交換後に洗う5 頻繁に手洗い、特に調理前後とトイレの後3 良好な個人衛生を実践し、特に食前とトイレの後に頻繁に手洗いする2
調理温度 十分に加熱し、中心温度75℃で1分間。温かい料理は65℃以上に保つ23 ひき肉は160°F(71℃)まで加熱。食品用温度計を使用する17 食品を十分に加熱し、中心温度が少なくとも70℃に達することを確認する2
交差汚染 肉、魚、野菜でまな板や包丁を分ける。使用後は熱湯で洗浄・殺菌する5 生の肉を調理済み食品から離す。手、まな板、器具を熱い石鹸水で洗う17 生の食品と調理済み食品を分ける。生の食品には専用の器具とまな板を使用する2
野菜・果物の洗浄 野菜は十分に洗う。カット野菜も同様。ブロッコリーなど複雑な形状のものは茹でこぼしが推奨される。可能なら皮をむく5 果物や野菜は食べる前に流水で十分に洗う。皮をむくものも同様17 果物や野菜、特に生で食べる場合は十分に洗う。可能なら皮をむく2
二次感染予防 患者と介護者は手洗いを徹底する。汚れた衣類は別に洗濯し、トイレを消毒する。入浴は最後にするかシャワーのみ5 患者は他者のために食事を準備すべきではない。トイレの後に徹底的に手洗いする17 ヒトからヒトへの感染を防ぐため、頻繁な手洗いが強く推奨される2

このような比較表を提示することは、国内外の専門家のコンセンサスに基づいた、家庭で実践可能な応用性の高いチェックリストを提供するものです。

4.2. 食品事業者および飲食店における衛生管理

ここでは家庭での助言から、専門的な基準へと焦点を移します。HACCP(ハサップ:危害要因分析・重要管理点)に基づくシステムの重要性が強調されます。札幌市の浅漬け集団発生15を詳細な事例研究として用い、原材料の調達、検証された殺菌工程(例:消毒剤濃度の監視)、加工後の汚染防止、従業員の衛生管理といった重要管理点を具体的に示します。焼肉チェーン店での集団発生に関する厚生労働省の報告書も参照されます11

警鐘を鳴らすべき点として、2024年の報告によれば、HACCPが制度化されたにもかかわらず、日本の食中毒発生件数が新型コロナウイルス感染症のパンデミック後、再び増加に転じていることが示されています24。これは、政策と実践の間に乖離があることを示唆しています。問題は「HACCP疲れ」、小規模事業者が適切に実施するための資源不足、あるいは監査と執行の失敗にあるのかもしれません。札幌の事例は、この問題を完璧に縮図化したものです。企業は書類上の計画を持っていても、現場の実践は危険なほど不十分でした。したがって、本報告書の推奨事項は、単に「HACCPを遵守する」という言葉を超えなければなりません。この実行上の乖離に対処するための戦略、例えば小規模事業者向けの簡素化されたガイドライン、より実践的で強化された研修プログラム、そして監査の焦点を書類から工場で観察可能な実践へと転換することなどを提案する必要があります。

4.3. 二次感染防止策

家庭や施設内で患者が確認された場合、感染拡大を防ぐための具体的な対策が必要です。これには、患者と介護者による念入りな手洗い、汚れた衣類や寝具の分別洗濯(漂白剤や熱湯の使用)、トイレや頻繁に触れる表面の消毒、そして共同入浴の回避が含まれます5。無症状病原体保有者を含む感染者は、糞便培養で陰性が確認されるまで、食品取り扱いの業務から除外され、保育施設などへの通園も控えるべきです18。これらは、感染が発生した後にその拡大を食い止めるための、明確かつ不可欠な公衆衛生上の指針です。

4.4. 消費者への危険性に関する情報伝達

一般市民への教育は、明確で一貫性のあるものでなければなりません。主要なメッセージには、生または加熱不十分な肉を摂取する危険性(特に脆弱な人々にとって)、十分な加熱調理の重要性、適切な手指衛生、そして血便が出た際には速やかに医療機関を受診することなどが含まれます5。また、EHECが空気感染や通常の接触では感染しないことを明確にし、誤った情報や偏見に対抗することも重要です5。効果的な公衆衛生は、十分な情報を得た市民に依存しており、この節では成功する情報伝達キャンペーンに必要な主要メッセージを概説します。


よくある質問

腸管出血性大腸菌(EHEC)と普通の大腸菌は何が違うのですか?

普通の大腸菌のほとんどは無害で、私たちの腸内に存在し健康に役立っています。しかし、EHECは「ベロ毒素(志賀毒素)」という強力な毒素を産生する能力を持つ特殊な株で、重い食中毒症状や合併症を引き起こす点が根本的に異なります12

なぜ抗生物質や下痢止め薬を使ってはいけないのですか?

抗生物質を使用すると、破壊された菌から毒素が大量に放出され、最も危険な合併症である溶血性尿毒症症候群(HUS)の発症危険性を高める可能性があるため、使用は推奨されていません221。また、下痢止め薬は腸の動きを止め、毒素の体外への排出を妨げるため、同様に危険性を高める可能性があります5

焼肉を食べる時に特に気をつけることは何ですか?

最も重要なのは、肉を中心部まで十分に加熱することです(中心温度75℃で1分以上が目安)11。また、生肉をつかむための箸(トング)と、焼き上がった肉を食べるための箸を必ず使い分けることが、交差汚染を防ぐ上で非常に重要です13

子供がHUSになる危険性はどのくらいありますか?

STECに感染した患者全体のうち、約6~10%がHUSを発症します2。特に5歳未満の幼児と高齢者は高危険群です。日本のデータでは、2023年にEHEC感染症と診断された5歳未満の小児の約6.9%がHUSを発症しており、非常に注意が必要です7

浅漬けのような野菜でも感染するのはなぜですか?

野菜が栽培中や流通過程で、動物の糞便などで汚染された水や堆肥に接触することが原因です。浅漬けは加熱工程がないため、もし原材料が汚染されていた場合、菌が生き残り、食中毒の原因となります。2012年の札幌市の事例では、工場の衛生管理不備により、殺菌工程が機能せず大規模な集団発生につながりました1516

結論

本報告書は、EHECを日本における複雑かつ絶えず変化する公衆衛生上の脅威として分析しました。その主な特徴には、血清型の多様性、食品に関連した特有の感染経路、そして脆弱な人々におけるHUSという重篤な合併症の危険性が含まれます。予防は最も重要であり、農場から食卓までの多層的なアプローチが求められます。HACCPのような規制が導入されている状況下でさえ、食品安全手順の実行における不備は、監視と実践的な研修の強化が必要であることを示しています。

具体的な推奨事項

以上の分析に基づき、主要な関係者に対して以下の行動を推奨します。

  • 公衆衛生機関(厚生労働省、保健所)へ:
    • 標準的なスクリーニング法として志賀毒素検出検査の利用を促進し、非O157 EHEC株の監視を強化する。
    • 「HACCP実行の乖離」を調査し、食中毒発生件数が期待通りに減少しない原因を特定し、的を絞った介入策を開発する。
    • 浅漬けや焼肉といった日本文化に特有の危険性に焦点を当てた情報伝達キャンペーンを強化する。
  • 医療専門家へ:
    • 支持療法、特に早期かつ積極的な水分補給に関するガイドラインを厳格に遵守する。
    • 現時点での証拠のバランスに基づき、STEC感染が疑われる患者への抗生物質および下痢止め薬の使用を避ける。
    • 危険性の高い患者におけるHUSへの高い警戒を維持し、症例の迅速な報告を徹底する。
  • 食品産業へ:
    • HACCPの書類上の遵守から、真の食品安全文化の構築へと転換する。
    • 単なる記録ではなく、実際の測定を通じて重要管理点(例:消毒剤濃度、調理温度)の検証と確認に重点を置く。
    • 不遵守がもたらす結果を強調した、実践的で効果的な従業員研修プログラムに投資する。
  • 一般市民へ:
    • 家庭での食品安全「三原則」の実践を徹底する。
    • 加熱不十分な牛肉や無殺菌乳製品など、危険性の高い食品には特に注意する。
    • 血便などの重篤な症状がある場合は、直ちに医療機関を受診する。
免責事項

この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、または健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  22. O157等の腸管出血性大腸菌の特徴と予防方法について徹底解説. MHCL WORKS LABO; 2024年4月11日 [引用日: 2025年8月2日]. Available from: https://www.mhcl.jp/workslabo/hatena/ehec01
  23. 家庭で出来る食中毒(O157)対策. 富山県; 2023年4月1日 [引用日: 2025年8月2日]. Available from: https://www.pref.toyama.jp/branches/1279/kansen/O157/o157kateide.htm
  24. 厚生労働省が2024年の食中毒統計を公表しました~事件数・患者数ともコロナ前の水準に~(2025年3月). FOODSBOOK; 2025年3月 [引用日: 2025年8月2日]. Available from: https://www.foodsbook.jp/newses/2024年食中毒統計が公表されました(厚生労働省)/
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