【2023年最新ガイドライン準拠】便秘の全知識:原因から専門治療薬、漢方まで医師が徹底解説
消化器疾患

【2023年最新ガイドライン準拠】便秘の全知識:原因から専門治療薬、漢方まで医師が徹底解説

便秘は、単に「排便回数が少ない」状態だけを指すわけではありません。お腹の張りや痛み、残便感、ガスが溜まる不快感など、日常生活や仕事のパフォーマンス、睡眠の質にまで影響する、身近でありながら深刻な症状です。人によっては、「トイレのことで頭がいっぱいになってしまう」「旅行や外出を心から楽しめない」といった心理的な負担も抱えています。こうした生活の質(QOL)の低下は、長く続くほど心身の健康に影響しやすくなります。この記事は、日本消化管学会が発表した最新の「便通異常症診療ガイドライン2023」12を基盤とし、国際的な診断基準であるローマIV基準の考え方も踏まえながら、便秘の定義から原因、ご自身でできる対策、そして医療機関で行われる専門的な治療法までを、科学的根拠に基づいてわかりやすく整理します。長年の便秘に悩む方、「どの治療法が自分に合っているのか知りたい」という方、家族の便秘が心配な方にとって、「何から始め、どこで医師に相談すべきか」が具体的にイメージできることを目指しています。

便秘は、「たかが便秘」と我慢すべき問題ではありません。適切なセルフケアと、必要なときには医療機関での評価・治療を組み合わせることで、多くの方が症状の改善とQOLの向上を期待できます。一方で、自己判断での薬の乱用や、危険なサインを見逃したまま放置することは、思わぬリスクにつながることもあります。本記事では、そうした「やってはいけない対処法」についても丁寧に触れながら、安全で現実的な選択肢を中心に解説していきます。

この記事の科学的根拠と編集体制

本記事は、厚生労働省や日本の専門学会、国立がん研究センター(NCC)などの公的機関、国際的なガイドラインや査読付き論文にもとづき、Japanese Health(JHO)編集部が作成しました。内容の整理にはAIツールも補助的に活用していますが、最終的な構成・表現・事実確認はすべてJHO(JapaneseHealth.org)編集委員会が責任を持って行っています。

以下に示すリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 日本消化管学会:本記事における慢性便秘症の定義、分類、診断基準、および最新の治療アルゴリズム(浸透圧性下剤、新規治療薬、刺激性下剤の位置づけなど)に関する指針は、同学会が発行した「便通異常症診療ガイドライン2023」に基づいています12
  • 厚生労働省:日本国内における便秘の有病率(性別・年齢別データ)に関する記述は、厚生労働省の「令和元年国民生活基礎調査」の公式データに基づいています3
  • 国内外の主要な医学論文および専門機関:American College of Gastroenterology (ACG)やMayo Clinicなどの国際的な医療機関からの患者向け情報45、そしてThe New England Journal of Medicine (NEJM)などの権威ある医学雑誌に掲載された総説論文6を参考に、普遍的な医学的知識を補強しています。
  • 日本の専門医の見解:横浜市立大学の中島淳教授7や鳥居内科クリニックの鳥居明医師8など、ガイドライン作成に関わった専門医の解説を引用し、臨床現場での実践的な視点を加えています。

要点まとめ

  • 医学的な「慢性便秘症」は、単に排便回数が少ないだけでなく、「強くいきむ」「便が硬い」「残便感」など6つの基準のうち2つ以上を満たす状態と定義されます1
  • 日本の最新ガイドライン(2023年版)では、治療法が大きく進化しました。浸透圧性下剤(酸化マグネシウムやポリエチレングリコール製剤など)が第一選択となり、効果が不十分な場合に新しい作用機序の専門薬が推奨されます17
  • 便秘薬は自己判断で乱用せず、機能性便秘のタイプ(弛緩性、けいれん性、直腸性)に合わせたセルフケア(食事、運動、排便習慣の工夫)が重要です5
  • 原因不明の体重減少、発熱、血便などの「危険なサイン(レッドフラッグ)」がある場合は、重大な病気が隠れている可能性があるため、直ちに医療機関を受診する必要があります1
  • 女性ホルモンの影響や加齢による身体機能の低下は、便秘の科学的な原因とされています。特に高齢者や妊婦は、安全な治療法の選択が不可欠です1
  • 子供の便秘や妊娠中・高齢者の便秘では、使える薬の種類や用量が異なります。一般的な大人向けの市販薬を「少量なら大丈夫」と自己判断で流用せず、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
  • 便秘は生活習慣だけでなく、持病や内服中の薬が関わっていることも少なくありません。内科や消化器内科で全身状態も含めた評価を受けることで、根本的な原因に近づける場合があります。

便秘とは?あなたの症状は医学的に「慢性便秘症」?

多くの方が「便秘」という言葉を日常的に使いますが、医学の世界では明確な定義が存在します。国際的な基準である「ローマIV基準」および日本の「便通異常症診療ガイドライン2023」12によると、「慢性便秘症」は以下の6項目のうち、2つ以上が過去3ヶ月間にわたって存在する場合に診断されます(症状の始まりは少なくとも6ヶ月以上前とされています)。

  • 排便の4回に1回以上、強くいきむ必要がある
  • 排便の4回に1回以上、兎糞状便または硬便である
  • 排便の4回に1回以上、残便感がある
  • 排便の4回に1回以上、肛門の閉塞感がある
  • 排便の4回に1回以上、用手的な排便介助が必要である(指で掻き出すなど)
  • 自発的な排便回数が週に3回未満である

この定義からわかるように、便秘は単なる回数の問題ではなく、排便に伴う苦痛や不快な症状を含む包括的な状態です。「毎日出ないから必ず異常」というわけではなく、「排便時のつらさ」や「残った感じ」がどの程度あるかが重要なポイントになります。

厚生労働省が実施した令和元年の「国民生活基礎調査」によると、日本における便秘の有訴者率(人口千人当たり)は男性で25.4人、女性で43.7人と報告されており、特に女性に多いことが示されています3。このデータは、便秘が多くの国民にとって身近な健康問題であることを裏付けています。「自分だけが特別に体が弱い」というよりも、「多くの人が抱える悩みのひとつ」と捉え、適切な情報にもとづいて対策していくことが大切です。


なぜ便秘になるのか?年齢・性別・生活習慣に潜む原因

便秘の原因を理解することは、適切な対策への第一歩です。便秘は大きく「器質性便秘」と「機能性便秘」の2つに大別されます。

器質性便秘と機能性便秘

器質性便秘は、大腸がんや炎症性腸疾患など、腸そのものに物理的な病気があり、それによって便の通過が妨げられる状態です。この場合は、原因となっている病気の治療が最優先されます。Mayo Clinicの専門家も、急な便秘や血便、腹痛を伴う場合は、器質的な原因を鑑別するために医師の診察を受けることが重要だと指摘しています5

一方、検査をしても腸に特定の病気が見つからない場合、機能性便秘と診断されます。ほとんどの慢性的な便秘はこのタイプに該当し、生活習慣やストレス、加齢などによって腸の働き(機能)が低下することが原因です。

生活習慣・ストレス・薬の影響

機能性便秘の背景には、年齢や性別以外にも、日々の生活習慣やストレス、内服中の薬など多くの要素が重なり合っています。

  • 食物繊維や水分の不足:主食が白米やパン中心で、野菜や豆類、海藻類が少ない食生活は、便の量を減らし、硬くなりやすくします。
  • 不規則な生活・トイレを我慢する習慣:朝食を抜きがち、朝は忙しくてゆっくりトイレに行けない、仕事中に便意を我慢する――こうした習慣が続くと、自然な排便反射が弱くなっていきます。
  • 運動不足:デスクワーク中心で、1日の歩数が少ない生活は、腸の動き(蠕動運動)を低下させます。
  • ストレス・睡眠不足:自律神経のバランスが崩れ、腸の動きが乱れることで、けいれん性便秘や便秘と下痢を繰り返すタイプにつながることがあります。
  • 薬の影響:一部の痛み止め(オピオイド系)、抗うつ薬、抗不安薬、カルシウム拮抗薬、鉄剤などは、便秘を招きやすい薬として知られています。自己中断は危険ですが、「薬を飲み始めてから便秘がひどくなった」と感じる場合は、必ず処方医に相談しましょう。

また、糖尿病や甲状腺機能低下症、パーキンソン病など、全身性の病気が便秘の背景に隠れていることもあります。ガイドラインでも、「年齢・症状・基礎疾患・内服薬」をセットで評価する重要性が繰り返し強調されています16

【原因別】機能性便秘の3つのサブタイプ

機能性便秘は、その原因によってさらに3つのタイプに分けられます。ご自身の症状がどれに近いかを知ることで、より効果的なセルフケアが可能になります。

  1. 弛緩性(しかんせい)便秘
    大腸の蠕動(ぜんどう)運動(便を押し出す動き)が弱まることで起こります。便が腸内に長時間留まるため、水分が過剰に吸収されて硬くなります。お腹が張る感じはあっても、強い便意を感じにくいのが特徴です。運動不足や食物繊維の摂取不足、加齢による筋力低下などが主な原因で、高齢者によく見られます9
  2. けいれん性便秘
    ストレスなどにより自律神経が乱れ、大腸が過度に緊張してけいれんすることで起こります。便の通り道が狭くなり、ウサギの糞のようなコロコロとした硬い便が出るのが特徴です。腹痛を伴うことが多く、便秘と下痢を繰り返すこともあります。過敏性腸症候群(IBS)の便秘型もこの一種です。
  3. 直腸性便秘
    便が直腸(肛門のすぐ手前)まで到達しているにもかかわらず、便意がうまく伝わらなかったり、排便反射が弱まったりして排出できない状態です。便意を我慢する習慣がある人や、高齢で排便に必要な筋力が低下した人に見られます。残便感が強いのが特徴です。

女性と高齢者に便秘が多い科学的理由

統計が示す通り、便秘は特に女性と高齢者に多い悩みです。これには科学的な理由があります。

女性の場合:女性ホルモンの一つである黄体ホルモン(プロゲステロン)は、妊娠を維持するために子宮の収縮を抑える働きがありますが、同時に大腸の蠕動運動も抑制してしまいます。このため、黄体ホルモンの分泌が増える月経前や妊娠中には、便秘になりやすくなります5。また、男性に比べて腹筋が弱く、便を押し出す力が弱いことも一因とされています。

高齢者の場合:加齢に伴い、食事量の減少、身体活動量の低下、腹筋や腸の筋肉の衰え、そして腸の知覚低下などが複合的に起こります。これらすべてが腸の動きを鈍らせ、弛緩性便秘や直腸性便秘を引き起こす原因となります9。さらに、多剤併用(ポリファーマシー)や脱水、歯の問題による咀嚼力の低下も便秘を悪化させる要因です。


【完全ガイド】明日からできる便秘解消の実践的アプローチ

機能性便秘の多くは、生活習慣の見直しによって改善が期待できます。ここでは、科学的根拠に基づいた実践的な方法をご紹介します。「全部いきなり完璧に」ではなく、「今日からできることを一つずつ増やしていく」イメージで取り組んでみましょう。

食事療法:何を、どう食べるべきか?

便秘解消の食事療法で最も重要なのは、食物繊維水分を十分に摂取することです。American College of Gastroenterology (ACG)も、慢性便秘の管理において食物繊維の摂取を推奨しています4。食物繊維には「不溶性」と「水溶性」の2種類があり、両方をバランス良く摂ることが理想的です。

食物繊維の種類と多く含む食品の例1011
食物繊維の種類 特徴 多く含まれる食品
不溶性食物繊維 水に溶けにくく、便のカサを増やして腸を刺激する。 穀類(玄米、全粒粉パン)、豆類(大豆、小豆)、きのこ類、根菜類(ごぼう、にんじん)、野菜(キャベツ、レタス)
水溶性食物繊維 水に溶けてゲル状になり、便を柔らかくして滑りを良くする。善玉菌のエサにもなる。 果物(りんご、バナナ)、海藻類(わかめ、昆布)、こんにゃく、大麦、納豆、オクラ

けいれん性便秘の場合は、不溶性食物繊維を摂りすぎるとかえってお腹が張ることがあるため、水溶性食物繊維を中心にするのが良いでしょう。また、日本の伝統的な発酵食品である納豆や味噌、ヨーグルトなどに含まれる善玉菌は、腸内環境を整える助けとなります12

水分は1日に1.5〜2リットルを目安に、こまめに摂取することが大切です。冷たい飲み物を一気に飲むよりも、常温の水やお茶を少しずつ摂る方が体への負担が少なく、トイレが近くなりすぎることも防げます。持病や心不全・腎臓病などで水分制限がある方は、主治医の指示に従ってください。

食事を変えるときは、「昨日までの2倍の量の食物繊維をいきなり摂る」といった急激な変化は避け、1〜2週間かけて徐々に増やすのがポイントです。急に増やすとガスやお腹の張りが強く出て、続けられなくなってしまうことがあります。

排便習慣とトイレ環境を整える

腸の動きは、自律神経と生活リズムの影響を強く受けます。食事だけでなく、「いつ・どのタイミングでトイレに行くか」という習慣づくりも、便秘対策の重要な柱です。

  • 朝食後30分以内にトイレに座る時間を作る(胃結腸反射を利用する)。
  • スマートフォンを長時間いじりながらではなく、「排便に集中できる環境」を整える。
  • 足台などを使って、軽くしゃがむような姿勢(前かがみで股関節を曲げる)を取ると、排便しやすくなる人もいます。
  • 便意を感じたら、できるだけ我慢しない。「あとで」「帰ってから」を繰り返すと、脳と腸が「今出さなくていい」と学習してしまいます。

職場や学校などでトイレに行きづらい環境にいる方は、「朝だけでも家でゆっくりトイレに入る」「昼休みに一度トイレに行く」といった、自分なりのルールを決めておくと続けやすくなります。

運動とマッサージ:腸を外から動かす

適度な運動は、全身の血行を促進し、腸の蠕動運動を活発にします。ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動が効果的です。激しい運動である必要はなく、「息が弾むくらいの速さで15〜30分歩く」ことを週に数回から始めてみるとよいでしょう。

また、腹部のマッサージも直接的な刺激となり得ます。順天堂大学の小林弘幸教授が提唱する方法として有名なのが、おへそを中心に「の」の字を描くように、時計回りに優しくマッサージする方法です1314。これは大腸の走行に沿った動きであり、便の移動を助けると考えられています。力を入れすぎず、「心地よい」と感じる強さで、入浴後や寝る前などリラックスした時間に行うと続けやすくなります。

市販薬(OTC医薬品)の賢い選び方と注意点

セルフケアで改善しない場合、市販薬の利用も選択肢の一つです。しかし、市販薬には様々な種類があり、選び方と使い方には注意が必要です。

  • 浸透圧性下剤(酸化マグネシウムなど)
    腸内の水分を集めて便を柔らかくし、排出しやすくします。効果は穏やかで、習慣性が少ないため、慢性便秘の第一選択薬として推奨されています15。ただし、腎機能が低下している方や高齢者は、高マグネシウム血症のリスクがあるため、使用前に医師や薬剤師に相談が必要です。
  • 刺激性下剤(ビサコジル、センノシドなど)
    大腸の粘膜を直接刺激して、強制的に蠕動運動を引き起こします。効果は強力で即効性がありますが、長期連用すると腸が刺激に慣れてしまい、効果が弱まったり(耐性)、薬なしでは排便できなくなったりする危険性があります8。頓服(とんぷく)、つまり一時的な使用に留めるのが賢明です。

その他、便のカサを増やすタイプの薬や、乳酸菌・ビフィズス菌を含む製品もありますが、ガイドラインではエビデンスの強さに差があることが指摘されています112。ラベルに書かれた表現だけで判断せず、「自分の便秘のタイプ」と「持病・内服薬」との相性を、薬剤師や医師に一度相談してから選ぶと安心です。

日本の伝統医療:便秘に用いられる漢方薬

漢方薬は、個人の体質(「証」)に合わせて処方され、便秘治療にも広く用いられています。ツムラなどのメーカーから多くの製品が販売されており、医師の処方または薬局で購入できます16。代表的なものには以下があります。

  • 大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう):比較的体力がある方向けの、代表的な便秘治療薬です。即効性がありますが、体質によっては腹痛や下痢が出やすいため、自己判断での長期使用は避けましょう。
  • 麻子仁丸(ましにんがん):高齢者や体力が低下した方で、便が硬くコロコロしている場合に用いられます17
  • 潤腸湯(じゅんちょうとう):皮膚が乾燥しがちで、便が硬い場合に適しています。

漢方薬は「天然だから安全」というわけではなく、他の薬との飲み合わせや肝機能への影響など、注意すべき点もあります。自己判断で複数の漢方薬を重ねて飲むのではなく、漢方に詳しい医師や薬剤師に相談しながら使うことが大切です。


【専門医の視点】最新の処方薬による治療(2023年ガイドライン解説)

セルフケアや市販薬で十分な効果が得られない場合、医療機関での専門的な治療が必要となります。「便通異常症診療ガイドライン2023」12では、これまでの治療戦略が大きく見直され、新しい作用機序を持つ薬が重要な役割を担うようになりました。ガイドライン作成にも関わった横浜市立大学の中島淳教授は、これらの新薬の登場により、患者個々の病態に合わせた治療選択肢が広がったと述べています7

最新の治療アルゴリズムは以下のようになっています。

  1. Step 1: 生活習慣の改善と浸透圧性下剤
    まず、食事や運動などの生活習慣指導と並行して、第一選択薬として酸化マグネシウムやポリエチレングリコール(PEG)製剤などの浸透圧性下剤が使用されます。
  2. Step 2: 新規作用機序薬の追加
    浸透圧性下剤で効果が不十分な場合、次に上皮機能変容薬(ルビプロストン、リナクロチド、エロビキシバットなど)のいずれかを追加することが推奨されます。
  3. Step 3: 刺激性下剤の頓用
    それでも効果が不十分な場合に、刺激性下剤を一時的に使用することが検討されます。長期連用は避けるべきとされています8

重要なのは、「効きが弱いからすぐに刺激性下剤を足す」のではなく、まずは生活習慣と浸透圧性下剤を十分に活用し、そのうえで専門薬を段階的に追加していくという流れです。自己判断で複数の薬を重ねていくと、副作用のリスクが高まり、どの薬が効いているのかも分かりづらくなってしまいます。

注目の新規治療薬(上皮機能変容薬)

ガイドラインで中心的な役割を担うようになった3つの新しい薬について、その特徴を比較します。これらの薬は、医師の処方が必要です。

主な新規便秘治療薬の比較
一般名(製品名) 作用機序 主な特徴と注意点 出典
リナクロチド(リンゼス®) グアニル酸シクラーゼC(GC-C)受容体作動薬。小腸からの水分分泌を促進する。 便を柔らかくする効果に加え、腹痛を改善する効果も認められている。過敏性腸症候群(IBS-C)にも適応がある。主な副作用は下痢。 18
ルビプロストン(アミティーザ®) クロライドチャネルアクチベーター。小腸の細胞に作用し、腸管内への水分分泌を促す。 女性に効果が高い傾向がある。副作用として悪心が報告されている。添付文書で妊婦への投与は禁忌とされているため、妊娠の可能性のある女性には慎重な判断が必要。 19
エロビキシバット(グーフィス®) 胆汁酸トランスポーター(IBAT)阻害薬。胆汁酸の再吸収を阻害し、大腸への流入を増やすことで水分分泌と蠕動運動を促進。 食前に服用する必要がある。主な副作用は腹痛や下痢。 20

いずれの薬も、「どの薬が一番強いか」ではなく、「患者さん一人ひとりの症状・基礎疾患・他の薬との飲み合わせ」を踏まえて選択することが大切です。例えば、腹痛を強く伴う便秘ではリナクロチドが選ばれることが多く、胆汁酸の関与が疑われるタイプではエロビキシバットが検討されます7


特別な場合の便秘:子供、妊婦、高齢者、そして危険なサイン

子供の便秘

子供の便秘は、痛い排便を経験したことから排便を我慢してしまう、という心理的な要因がきっかけになることが少なくありません。硬い便が肛門を傷つけて出血し、「また痛い思いをしたくない」と感じることで、さらに便を我慢し、悪循環に陥ります。

治療には薬物療法と同時に、排便を我慢させない、叱らないといった、根気強い生活指導が重要です。

  • トイレを怖い場所にしない(怒らない、急かさない)。
  • 出たときには「よく頑張ったね」と肯定的な声かけをする。
  • 身長に合った足台を用意し、安定した姿勢で座れるようにする。
  • 排便日記をつけて、子供自身にも変化を見える化する。

小児では使える薬が大人と異なる場合があり、用量も体重によって細かく調整する必要があります。市販薬を自己判断で飲ませるのではなく、小児科や小児も診ている消化器内科で相談することをおすすめします。

妊娠中の便秘

前述の通り、妊娠中はホルモンの影響で便秘になりやすい時期です。しかし、薬の選択には細心の注意が必要です。特にルビプロストン(アミティーザ®)は妊婦への投与が禁忌とされています19。自己判断で市販薬を使わず、必ず産婦人科医やかかりつけ医に相談してください。

まずは、妊娠中でも無理なく続けられる範囲で、以下のような工夫から始めます。

  • 少量ずつこまめに水分を摂る(心不全や腎臓病がある場合は主治医の指示に従う)。
  • つわりが落ち着いていれば、可能な範囲で野菜・果物・海藻・豆類を取り入れる。
  • 医師に許可を得たうえで、散歩やマタニティヨガなど軽い運動を行う。

妊娠中に「出ないから」といって強い刺激性下剤を自己判断で使うと、腹痛や下痢によって体力を消耗してしまうことがあります。妊娠・出産を安全に乗り切るためにも、便秘の相談は遠慮なく主治医に伝えましょう。

高齢者の便秘

高齢者では、筋力の低下や食事量の減少、持病や多剤併用などが重なり、便秘が慢性化しやすくなります。トイレまでの移動が大変な方や、認知症を合併している方では、「便意をうまく伝えられない」ことも便秘の原因になります。

  • 水分と食物繊維を「その人に合った範囲」で増やす(嚥下障害や誤嚥リスクにも注意)。
  • 寝たきりの方でも、ベッド上でできる軽い体操や腹部のやさしいマッサージを取り入れる。
  • トイレやポータブルトイレが使いやすい位置にあるか、環境を整える。
  • 下剤は「効きすぎによる下痢・脱水・転倒リスク」に注意しながら、医師と相談して少量から調整する。

高齢者では、便秘の背後に大腸がんや甲状腺機能低下症などの病気が隠れていることもあるため、「昔からの便秘だから」と決めつけず、一度は消化器内科で評価を受けることが勧められます。

医師に相談すべき危険なサイン(レッドフラッグ)

便秘の背景に、大腸がんなどの重大な病気が隠れている可能性もゼロではありません。以下の症状が一つでも見られる場合は、「危険なサイン(レッドフラッグ)」として、速やかに医療機関を受診してください。これは「便通異常症診療ガイドライン2023」でも強調されています1

  • 原因不明の体重減少
  • 50歳以上で初めて発症した便秘
  • 血便または黒色便
  • 持続する強い腹痛
  • 発熱
  • 貧血
  • 家族に大腸がんや炎症性腸疾患の既往歴がある

これらに当てはまる場合、「様子を見る」のではなく、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。受診する診療科としては、まずは内科や消化器内科が一般的です。必要に応じて大腸カメラ検査などが検討されますが、「検査は怖い」と感じる方でも、事前に医師に不安を伝えることで、鎮静剤の使用や説明の工夫など、負担を減らす手立てを一緒に考えることができます。


よくある質問

便秘薬を毎日飲んでも大丈夫ですか?

薬の種類によります。酸化マグネシウムなどの浸透圧性下剤や、新しい作用機序を持つ上皮機能変容薬(リンゼス、アミティーザ、グーフィス)は、医師の指導のもとであれば長期的な使用が可能です1。一方で、ビサコジルやセンノシドなどの刺激性下剤は、連用により耐性が生じるリスクがあるため、毎日常用することは推奨されません。あくまで一時的な使用(頓用)に留めるべきです8

「市販薬でとりあえず出しておけばいい」と考えていると、根本原因の病気(大腸がんや甲状腺機能低下症など)が見逃されることもあります。1〜2週間以上、便秘薬がないと排便できない状態が続く場合は、薬を続けながらでも構わないので、一度医療機関で原因をチェックしてもらいましょう。

「腸活」に良いとされるヨーグルトは、本当に便秘に効きますか?

ヨーグルトに含まれるビフィズス菌や乳酸菌などのプロバイオティクスは、腸内環境を整え、便通を改善する効果が期待できます12。しかし、効果には個人差が大きく、菌の種類と人との相性もあります。一つの種類のヨーグルトを2週間程度試しても効果が見られない場合は、別の菌株を含む製品に変えてみるのも良いでしょう。

大切なのは、ヨーグルトだけに頼るのではなく、食物繊維や水分摂取、運動など、総合的な対策の一部として取り入れることです。「ヨーグルトを食べているのに効かない」と感じる場合は、他の生活習慣やストレス、薬の影響など、別の要因が関わっていないかも振り返ってみましょう。

特定保健用食品(トクホ)は便秘に効果がありますか?

「おなかの調子を整える」といった表示が許可された特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品は、科学的根拠に基づいてその機能性が評価されています21。これらに含まれる難消化性デキストリンなどの水溶性食物繊維やオリゴ糖は、便通改善に役立つ可能性があります。

ただし、これらはあくまで食品であり、医薬品ではありません。効果を保証するものではなく、補助的な役割として利用するのが適切です。持病や内服中の薬によっては注意が必要な成分もあり得るため、心配な場合は医師や薬剤師に相談してから取り入れると安心です。

便秘で病院に行くべきタイミングはいつですか?

レッドフラッグ(危険なサイン)が一つでも当てはまる場合は、できるだけ早く受診が必要です。また、以下のような場合も、一度医療機関で相談することをおすすめします。

  • 生活習慣を見直しても3ヶ月以上改善がみられない。
  • 便秘薬を飲まないとほとんど排便できない状態が続いている。
  • 便秘と下痢を繰り返し、腹痛も強い。
  • 体重減少や貧血、倦怠感など、他の症状も気になる。

受診先としては、まずは内科や消化器内科が一般的です。どの診療科に行けばよいか迷う場合は、かかりつけ医に相談し、必要に応じて専門医を紹介してもらうとよいでしょう。

大腸カメラ検査は必ず受けなければなりませんか?

すべての便秘の方に大腸カメラ(大腸内視鏡検査)が必要というわけではありません。年齢が若く、レッドフラッグサインがなく、生活習慣や薬の影響が明らかな場合などは、まずは問診・血液検査・便潜血検査などから始めることもあります。

一方で、50歳以上で新たに便秘が出てきた場合や、血便・体重減少・貧血がある場合、家族に大腸がんの人がいる場合などは、大腸カメラ検査が強く勧められます。検査が不安な場合は、「どのような準備が必要か」「鎮静剤は使えるか」「当日の流れはどうか」など、具体的な疑問を事前に医師に質問しておくと、心の負担が軽くなることが多いです。

結論

便秘は、多くの人が経験するありふれた症状ですが、その背後には様々な原因があり、生活の質を大きく左右する深刻な問題です。幸いなことに、「便通異常症診療ガイドライン2023」12が示すように、近年の便秘治療は飛躍的に進歩しました。もはや、効果の薄い対策を我慢して続けたり、刺激性下剤の乱用に頼ったりする必要はありません。

重要なのは、ご自身の便秘のタイプを正しく理解し、食事や運動といった基本的な生活習慣を見直すことです。それでも改善しない場合や、レッドフラッグサインがある場合には、躊躇せずに医療機関を受診してください。浸透圧性下剤から新しい作用機序を持つ専門薬まで、今のあなたに最適な治療法がきっと見つかるはずです。

本記事が、皆様の便秘に関する悩みを科学的根拠に基づいて整理し、「一人で抱え込まず、安心して相談できる」きっかけになることを願っています。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  13. 小林 弘幸. 「便秘の解消」専門医が導き出した”30年間の結論”. 東洋経済オンライン. [インターネット]. [2025年8月1日 引用]. 入手可能: https://toyokeizai.net/articles/-/773914
  14. メットライフ生命. 便秘外来の名医が考案! たった7つの「小林式腸活」で今度こそ便秘と決別する. MetLife Club BeGin. [インターネット]. [2025年8月1日 引用]. 入手可能: https://www.club-off.com/contents/files/bra/common/topics/metlife/begin/column/karada/index.html
  15. 第一三共ヘルスケア株式会社. 便秘の対策. くすりと健康の情報局. [インターネット]. [2025年8月1日 引用]. 入手可能: https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/health/symptom/14_benpi/index2.html
  16. 株式会社ツムラ. 便秘・肥満に伴う便秘. ツムラのヘルスケア製品情報サイト. [インターネット]. [2025年8月1日 引用]. 入手可能: https://www.tsumura.co.jp/brand/products/kampo/symptoms/list.html?filterkey=%E4%BE%BF%E7%A7%98%E3%83%BB%E8%82%A5%E6%BA%80%E3%81%AB%E4%BC%B4%E3%81%86%E4%BE%BF%E7%A7%98
  17. 株式会社ツムラ. ツムラ漢方麻子仁丸料エキス顆粒. ツムラのヘルスケア製品情報サイト. [インターネット]. [2025年8月1日 引用]. 入手可能: https://www.tsumura.co.jp/brand/products/kampo/126.html
  18. アステラス製薬株式会社. リンゼス錠0.25mg 添付文書. [インターネット]. [2020年改訂; 2025年8月1日 引用]. QLifePro経由で入手可能: https://meds.qlifepro.com/detail/2399017F1020/
  19. ヴィアトリス製薬株式会社. アミティーザカプセル24μg 添付文書. [インターネット]. [2024年改訂; 2025年8月1日 引用]. QLifePro経由で入手可能: https://meds.qlifepro.com/detail/2359006M1025/
  20. EAファーマ株式会社. グーフィス錠5mg 添付文書. [インターネット]. [2022年改訂; 2025年8月1日 引用]. QLifePro経由で入手可能: https://meds.qlifepro.com/detail/2359008F1025/
  21. 小林製薬株式会社. イージーファイバー【特定保健用食品】. [インターネット]. [2025年8月1日 引用]. 入手可能: https://www.kobayashi.co.jp/brand/easyfiber/about/
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