【科学的根拠に基づく】閉経後泌尿生殖器症候群(GSM)の包括的マネジメント:健康と快適性を維持するためのエビデンスに基づくアプローチのすべて
女性の健康

【科学的根拠に基づく】閉経後泌尿生殖器症候群(GSM)の包括的マネジメント:健康と快適性を維持するためのエビデンスに基づくアプローチのすべて

閉経後泌尿生殖器症候群(Genitourinary Syndrome of Menopause: GSM)は、閉経後の女性の半数以上が経験するにもかかわらず、しばしば語られることのない「沈黙の病態」です。多くの女性が不快な症状を「年齢のせい」と諦めがちですが、GSMは治療可能な医学的状態であり、その症状を理解し、適切な対策を講じることで、生活の質(QOL)を大幅に改善することが可能です。本稿では、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、最新の科学的知見と日本の診療ガイドラインに基づき、GSMの根本原因から具体的な治療法、そして日常生活での注意点までを包括的に、そして深く掘り下げて解説します。この記事を通じて、ご自身の体と向き合い、より快適な毎日を取り戻すための一助となれば幸いです。


この記事の科学的根拠

本稿で提供される情報は、すべて入力研究報告書で明示的に引用された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、参照された実際の情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示します。

  • 北米閉経学会(NAMS)および国際閉経学会(IMS): 本稿における「閉経後泌尿生殖器症候群(GSM)」の定義と、それが外陰腟萎縮(VVA)よりも広範な概念であるとの指摘は、これらの学会が2014年に発表した提唱に基づいています1
  • 厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査」(2022年): 日本におけるGSMのケア・ギャップ、特に症状を自覚しながらも大多数の女性が医療機関を受診していないという現状に関する記述は、この全国調査の結果に基づいています1213
  • Annals of Internal Medicine誌の系統的レビュー(2024年): 局所ホルモン療法、腟保湿剤、経口オスペミフェンなどの有効性に関するエビデンスの確実性(Certainty of Evidence)についての評価は、この最新の包括的なレビュー論文の知見に基づいています5
  • 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会「産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023」: 鑑別診断の重要性や、日本国内で推奨される具体的な治療法(エストリオール腟錠、潤滑ゼリーなど)に関する記述は、日本の臨床現場における標準的な指針である本ガイドラインに準拠しています2537
  • 米国食品医薬品局(FDA): エネルギーデバイス治療(レーザー等)に関する長期的な安全性への懸念と、標準治療として推奨するには証拠が不十分であるとの指摘は、2018年にFDAが発出した警告に基づいています25

要点まとめ

  • 閉経後泌尿生殖器症候群(GSM)は、閉経後の女性の半数以上に影響を及ぼす一般的な病態ですが、日本では症状があっても約8割の女性が医療機関を受診していません12
  • 原因は閉経に伴うエストロゲン欠乏で、腟や外陰部、泌尿器系に乾燥、痛み、頻尿などの多様な症状を引き起こします1。これは加齢による避けられない変化ではなく、治療可能な医学的状態です。
  • 治療は段階的に行われ、第一選択はすべての女性に推奨される「腟保湿剤」と「潤滑剤」です。これだけで症状が改善する軽症例も多くあります1
  • 中等症から重症の場合は、根本原因に働きかける「局所エストロゲン療法」(腟錠など)が最も効果的な治療法(ゴールドスタンダード)とされています118
  • 乳がんサバイバーのような特別な配慮が必要な場合や、レーザー治療などの新しい選択肢もありますが、その有効性と安全性については専門家と十分に相談することが不可欠です225

序論:閉経後女性のQOLを脅かす「沈黙の病態」

病態の定義:外陰腟萎縮からGSMへ

閉経後の女性の健康を語る上で、近年その重要性が認識されつつあるのが「閉経後泌尿生殖器症候群(Genitourinary Syndrome of Menopause: GSM)」です。この用語は、2014年に北米閉経学会(NAMS)と国際閉経学会(IMS)によって提唱されたもので、従来用いられてきた「外陰腟萎縮(vulvovaginal atrophy: VVA)」や「萎縮性腟炎(atrophic vaginitis)」といった用語に取って代わる、より包括的な概念です1。VVAという用語は、主に外陰部と腟の解剖学的変化に焦点を当てていましたが、GSMは閉経に伴うエストロゲンおよびアンドロゲン濃度の低下に起因する、より広範な徴候と症状群を包含します3。具体的には、外陰腟症状(乾燥、灼熱感、刺激感)、性機能症状(潤滑不全、性交時疼痛)、そして泌尿器症状(尿意切迫、排尿時痛、再発性尿路感染症)の三つの領域にまたがる症状を一つの症候群として捉える点に、その革新性があります1。この概念の転換は、患者が経験する多様な苦痛を正確に反映し、泌尿器科と婦人科の垣根を越えた統合的なアプローチを促進する上で極めて重要です。

問題の規模:世界的および日本における蔓延

GSMは、一部の女性が経験する稀な状態ではありません。その有病率は、調査対象集団や評価方法によって異なるものの、閉経後女性の13%から87%にものぼると推定されており、極めてありふれた病態です5。多くの研究では、40%から60%の女性が何らかのGSM関連症状を報告しています6。さらに深刻なのは、ほてりや発汗といった血管運動神経症状が時間とともに軽快する傾向があるのとは対照的に、GSMは治療されない限り慢性的に持続し、加齢とともに悪化する進行性の病態であるという点です1。この進行性の性質は、女性の人生の後半数十年にわたってQOLを著しく損ない続けることを意味します。

日本の状況:顕著なケア・ギャップ

世界的に見てもGSMは過小診断・過小治療の状態にありますが、日本における状況は特に深刻であり、症状の蔓延と医療アクセスの間に巨大な溝、すなわち「ケア・ギャップ」が存在します。厚生労働省が2022年に発表した「更年期症状・障害に関する意識調査」は、この問題を浮き彫りにする衝撃的なデータを提供しています12。この調査によると、更年期症状を自覚している女性の中で、医療機関を「受診していない」と回答した割合は、40代で81.7%、50代で78.9%に達しました12。さらに、更年期障害の可能性があると考えている女性は多数存在する一方で、実際に医療機関で「更年期障害と診断された」経験を持つ女性は、40代でわずか3.6%、50代でも9.1%にとどまっています13
これらの数字の背後には、単なる情報不足や医療へのアクセスの問題だけでは説明できない、より根深い社会的・文化的要因が存在する可能性が示唆されます。多くの女性が「この年齢になれば仕方ない」12と感じ、不快な症状を「我慢」することが半ば常態化している状況がうかがえます。これは、親密な健康問題について語ることをためらう文化的背景や、GSMが老化に伴う避けられない変化であり、治療可能な医療状態であるという認識が社会全体で欠如していることの現れかもしれません6。この「沈黙の苦しみ」という社会現象は、結果として膨大な数の女性が、本来であれば改善可能なQOLの低下に甘んじているという現実を生み出しています。この放置されたGSMの負担は、個人の幸福を損なうだけでなく、労働生産性の低下(プレゼンティーズム、アブセンティーズム)や、最悪の場合には離職にもつながり、高齢化する女性労働力に依存する日本経済にとって、無視できない潜在的な社会経済的コストとなっています14。したがって、GSMを個人の問題から公衆衛生上の重要課題へと位置づけ、管理可能な医療状態として広く啓発することは、喫緊の課題です。

生活の質(QOL)への影響

GSMが女性のQOLに与える影響は、多岐にわたり、かつ深刻です。

  • 性の健康: 性交時疼痛(Dyspareunia)は最も一般的な訴えの一つであり、潤滑不全や腟の脆弱性に起因します1。これにより、女性は性的な親密さを避けるようになり、パートナーとの関係に亀裂が生じることがあります。ある調査では、閉経後女性の58%が性的な親密さを避け、64%がリビドーの低下を報告しています7
  • 心理的ウェルビーイング: 絶え間ない不快感、痛み、そして性生活への影響は、女性の自尊心を著しく傷つけます7。症状は心理的苦痛を引き起こし、抑うつや不安感を増大させ、社会的な活動からの引きこもりにつながることもあります6
  • 日常生活機能: 泌尿器症状、特に尿意切迫感や頻尿、夜間頻尿は、睡眠を妨げ、日中の活動を制限し、外出への不安を引き起こします1。再発性尿路感染症は、身体的な苦痛に加え、医療機関への頻繁な受診や抗菌薬の使用を余儀なくさせます。
  • 経済的影響: 更年期症状全体が仕事に及ぼす影響は甚大であり、ある調査では、更年期症状を自覚する有職女性の39%が「仕事に影響があった」と回答しています16。集中力や記憶力、仕事への意欲の低下が報告されており、19.6%の女性が離職または離職を検討したとのデータもあります14。GSMによる不快感や睡眠不足が、これらの労働生産性の低下に寄与していることは想像に難くありません。

本稿の目的は、この広範囲にわたる「沈黙の病態」であるGSMについて、最新のエビデンスに基づいた包括的な理解を提供し、臨床医が日常診療で直面する課題に対する明確な指針を示すことにあります。

病態生理:エストロゲン欠乏が泌尿生殖器系に及ぼす多面的影響

GSMの根底にあるのは、閉経に伴う卵巣からのエストロゲン産生の劇的な減少です。エストロゲンは、女性の泌尿生殖器系の構造と機能を維持するために不可欠な役割を担っており、その欠乏は組織レベルで連鎖的な変化を引き起こします。

エストロゲンの中心的な役割

エストロゲン受容体(ERαおよびERβ)は、腟、外陰部、尿道、膀胱三角部、骨盤底筋群、そして骨盤内筋膜といった泌尿生殖器系の組織に豊富に存在しています1。これらの組織は、生涯を通じてエストロゲンの作用に依存しており、閉経後のエストロゲン欠乏状態(hypoestrogenism)は、これらの組織の健康を直接的に損ないます。アンドロゲンもまた腟の健康に関与していますが、GSMの病態生理における中心的な要因はエストロゲンの欠乏です。

組織学的・解剖学的変化

エストロゲンレベルの低下は、泌尿生殖器組織に以下のような特徴的な組織学的・解剖学的変化をもたらします1

  • 腟上皮の菲薄化: エストロゲンは腟上皮細胞の増殖と成熟を促進します。エストロゲンが欠乏すると、上皮層が薄くなり、細胞のグリコーゲン含有量が減少します。
  • 結合組織の変化: コラーゲンやエラスチンの産生が減少し、水分含有量も低下します。これにより、腟壁は弾力性を失い(loss of elasticity)、硬くなり、腟のひだ(rugae)が消失します1
  • 血流の減少: 腟への血流が減少し、組織は蒼白に見えるようになります。これにより、腟からの潤滑液の分泌能力が低下します。
  • 脆弱性の増大: 上皮が薄く、血流が乏しくなることで、組織は非常にもろく(friable)、わずかな摩擦や診察時の擦過でも容易に出血(点状出血や接触出血)するようになります1
  • 解剖学的変化: 長期的な萎縮により、腟口の狭窄(introital stenosis)、小陰唇の癒合、陰核包皮の癒合、陰毛の減少といった外観上の変化が生じることがあります1。腟自体も短縮し、狭くなることがあります。

マイクロバイオームとpHの変化

健康な閉経前女性の腟内は、デーデルライン桿菌(Lactobacillus species)が優勢なマイクロバイオームによって特徴づけられます。エストロゲンは、腟上皮細胞のグリコーゲン産生を促します。このグリコーゲンを乳酸桿菌が代謝し、乳酸を産生することで、腟内はpH 3.5~4.5の酸性環境に保たれます17。この酸性環境は、病原性細菌の増殖を抑制する強力な防御機構であり、「腟の自浄作用(self-purification)」として知られています11
閉経後のエストロゲン欠乏は、この繊細な生態系を根底から覆します。

  • 上皮細胞のグリコーゲンが枯渇する。
  • 乳酸桿菌の栄養源がなくなり、その数が激減する。
  • 乳酸産生が低下し、腟のpHが上昇して5.0以上の中性側に傾く1

このpHの変化により、大腸菌群などの病原菌が繁殖しやすくなり、結果として萎縮性腟炎や再発性尿路感染症の危険性が著しく増大します1

自然閉経以外の原因

GSMは自然閉経の女性に特有のものではありません。エストロゲンレベルが低下するいかなる状況でも発症しうるのです。

  • 医原性の閉経: 両側卵巣摘出術(surgical menopause)は、急激なエストロゲン欠乏を引き起こし、しばしば重篤なGSM症状を早期にもたらします4
  • がん治療: 乳がんや婦人科がんの治療は、GSMの重要な原因となります。化学療法は卵巣機能を抑制し、骨盤領域への放射線治療は局所組織に直接的なダメージを与えます4。特に、乳がん治療で用いられる内分泌療法、中でもアロマターゼ阻害薬(AI)は、体内のエストロゲン産生を強力にブロックするため、重度のGSMを高頻度に引き起こします2。タモキシフェンのような選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)も、腟に対しては抗エストロゲン的に作用することがあります。
  • 産後・授乳期: 出産後および授乳中は、プロラクチンが高値となり、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の分泌が抑制されることで、一時的な低エストロゲン状態となります。これにより、多くの女性が腟の乾燥などのGSM様症状を経験します11
  • その他の原因: GnRHアゴニストによる治療、視床下部性無月経、長期の低用量経口避妊薬服用なども、相対的な低エストロゲン状態を引き起こし、GSMの原因となりえます4

これらの多様な原因を理解することは、閉経年齢に達していない若年女性においてもGSMを疑い、適切な診断とケアを提供する上で不可欠です。

臨床症状と診断アプローチ

GSMの診断は、主に詳細な病歴聴取と身体診察に基づいて行われる臨床診断です2。検査所見は診断を補助しますが、必須ではありません。重要なのは、患者の自覚症状に耳を傾け、他の病態を鑑別することです。

包括的な症状

GSMの症状は、前述の通り、泌尿生殖器系の複数の領域にわたります。臨床医は、これらの症状が相互に関連している可能性を念頭に置き、体系的に問診を行う必要があります。

  • 外陰・腟症状(Genital Symptoms):
    • 乾燥感(Dryness):最も一般的な訴えの一つ1
    • 灼熱感(Burning)、刺激感(Irritation):持続的な不快感の原因となる1
    • 掻痒感(Itching):特に外陰部に生じることが多い7
    • 異常な帯下:腟の自浄作用の低下により、水様性や膿性の帯下、または悪臭を伴うことがある1
  • 性機能症状(Sexual Symptoms):
    • 性交時疼痛(Dyspareunia):潤滑不全と腟壁の脆弱性・弾性低下による痛み1。挿入時痛が主である。
    • 潤滑不全(Lack of lubrication):性的興奮があっても潤いが不足する1
    • 性交後出血(Postcoital bleeding):脆弱な腟粘膜がわずかな摩擦で損傷し、出血する1
  • 泌尿器症状(Urinary Symptoms):
    • 尿意切迫感(Urgency):急に強い尿意を感じ、我慢が難しい1
    • 頻尿(Increased urinary frequency):日中の排尿回数が増加する1
    • 夜間頻尿(Nocturia):夜間に排尿のために何度も起きる1
    • 排尿時痛(Dysuria):特に排尿の終わりに痛みを感じることがある1
    • 再発性尿路感染症(Recurrent UTIs):腟内の常在菌叢の変化が、尿路への細菌侵入を容易にすることが一因と考えられる1

診断プロセス

診断は、以下のステップで進められます。

  1. 病歴聴取: 診断の根幹をなします。閉経期または低エストロゲン状態にある女性が、上記の典型的な症状を一つ以上訴えた場合にGSMを疑います。多くの女性はこれらの症状を自ら話すことをためらうため、臨床医からの積極的な問いかけ(「腟の乾燥や性交時の痛みなどでお困りではありませんか?」など)が極めて重要です7
  2. 身体診察(内診): 視診と触診により、GSMに特徴的な客観的所見を確認します。これらの所見は診断を裏付けます(詳細は表1参照)。
  3. 鑑別診断: GSMと同様の症状を呈する他の疾患を除外することが不可欠です。日本の産婦人科診療ガイドラインでも、この点が強く推奨されています2437
    • 感染症: カンジダ腟炎、細菌性腟症、トリコモナス腟炎など。帯下の性状や鏡検、培養で鑑別します。
    • 皮膚疾患: 硬化性苔癬、扁平苔癬、接触皮膚炎など。特徴的な皮膚病変の有無を確認します。疑わしい場合は皮膚科への相談が必要となる場合があります24
    • 腫瘍性病変: 外陰がん、腟がん、子宮頸がん・体がんなど。不正出血や腫瘤、潰瘍などを認める場合は、細胞診や組織診による精密検査が必須です24
    • 骨盤臓器脱(POP): 骨盤臓器脱が圧迫感や排尿障害の原因となることがあります24
    • 泌尿器科的疾患: 間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(IC/BPS)や過活動膀胱(OAB)は、GSMの泌尿器症状と類似の症状を呈するため、鑑別が必要です1

客観的評価

臨床診断が基本ですが、研究や客観的評価のために以下の指標が用いられることがあります。

  • 腟pHの測定: 閉経後女性ではpHが5.0以上に上昇していることが多く、GSMの客観的な指標となります1
  • 腟成熟指数(Vaginal Maturation Index: VMI): 腟スメア中の傍基底細胞、中間層細胞、表層細胞の比率を評価します。エストロゲンが欠乏すると、表層細胞が減少し、傍基底細胞の割合が増加します(左方移動)。
  • 腟健康指数(Vaginal Health Index: VHI): 腟の弾力性、分泌液、pH、上皮粘膜、水分量の5項目をスコア化して評価します6

ただし、これらの客観的指標と患者の自覚症状の重症度は必ずしも相関しないことが知られており、臨床現場での診断に必須ではありません3。あくまで診断の補助と治療効果の判定に用いられます。

表1:閉経後泌尿生殖器症候群(GSM)の症状と客観的所見
カテゴリー 自覚症状 (Symptoms) 客観的所見 (Objective Signs on Physical Examination)
外陰・腟 腟乾燥感、灼熱感、刺激感、掻痒感、圧迫感・不快感、異常帯下(水様性、膿性、悪臭)、性交後出血 陰毛の減少、小陰唇の萎縮・癒合、陰核包皮の癒合、腟口の狭窄、腟壁の蒼白化・菲薄化、腟のひだ(rugae)の消失、腟の弾性低下・短縮・狭窄、点状出血・脆弱性(診察時の接触出血)、子宮頸部の短縮・頸管口の視認困難、帯下の異常(水様性または膿性)、不規則な紅斑
性機能 性交時疼痛(Dyspareunia)、潤滑不全、リビドー低下、性的親密さの回避 (直接的な所見は少ないが、上記の萎縮性変化が原因となる)
泌尿器 尿意切迫感、頻尿、夜間頻尿、排尿時痛、再発性尿路感染症(UTI) 尿道口の突出(urethral prominence)、尿道カルンクル、尿道脱
客観的指標 (なし) 腟内pHの上昇(≥5.0)
出典: NAMS (2022) 1 に基づき作成。

治療戦略:エビデンスに基づく段階的アプローチ

GSMの治療は、症状の重症度、患者の希望、併存疾患、そして治療の有効性と安全性を考慮した、個別化された段階的アプローチが基本となります。治療の目標は、不快な症状を緩和し、泌尿生殖器の健康を回復・維持することで、QOLを向上させることです。

第1選択:非ホルモン療法と生活指導

非ホルモン療法は、GSM治療の基盤であり、すべての症状のある女性に対する第一歩です。特に症状が軽度の場合や、ホルモン療法に禁忌がある、あるいはホルモン療法を希望しない女性(例:乳がんサバイバー)にとっては、中心的な治療法となります1

腟保湿剤(Vaginal Moisturizers)

  • 作用機序: ポリカルボフィルやヒアルロン酸などの生体接着性ポリマーを含み、腟壁に付着して水分を組織に供給し、数日間にわたって潤いを保ちます1。性交時だけでなく、週に2~3回定期的に使用することで、腟組織の水分バランスを改善し、乾燥や不快感を日常的に緩和します。
  • エビデンス: ヒアルロン酸製剤は、局所エストロゲン療法と同等の有効性と忍容性を示すという報告があります7。2024年の系統的レビューでは、腟保湿剤は腟の乾燥を改善する可能性があると結論づけられていますが、エビデンスの確実性(Certainty of Evidence: COE)は「低い」と評価されました5。日本の患者向け情報サイトでも、その使用が強く推奨されています11

潤滑剤(Lubricants)

  • 作用機序: 性交時の摩擦を軽減し、挿入を容易にすることで性交時疼痛を緩和します。効果は一時的であり、根本的な萎縮性変化を改善するものではありません1
  • 種類と注意点: 水性、シリコンベース、オイルベースのものがあります。シリコンベースのものは水性よりも効果が持続する可能性があります2。重要なのは浸透圧であり、高浸透圧(hyperosmolar)の製品は腟上皮にダメージを与え、刺激の原因となることがあるため、腟の自然な分泌液に近い等浸透圧(iso-osmotic)の製品が望ましいとされています1。日本の診療ガイドラインでは、具体的な製品名として「リューブゼリー®」などが挙げられています24

生活指導とセルフケア

  • デリケートゾーンの洗浄: 刺激の強い石鹸やボディソープ、ビデによる腟内の過剰な洗浄は、腟の自然な防御機能を損なうため避けるべきです。pHバランスの取れたデリケートゾーン専用の洗浄剤を使用するか、ぬるま湯で優しく洗い流すだけで十分です11
  • 衣類: 締め付けの強い下着を避け、通気性の良い綿素材の下着を着用することで、蒸れや摩擦による刺激を軽減できます11
  • 性生活: 痛みを伴わない範囲での定期的な性交渉(パートナーの有無にかかわらず、自己刺激も含む)は、腟への血流を維持し、組織の弾力性を保つのに役立ちます。
  • 局所リドカイン: 処方薬である4%水性リドカインなどを性交の5~10分前に外陰部や腟口に塗布することで、挿入時の痛みを効果的に軽減できる場合があります2

第2選択:局所ホルモン療法(ゴールドスタンダード)

第一選択の非ホルモン療法で症状が十分に改善しない中等症から重症のGSMに対しては、局所ホルモン療法が最も効果的な治療法、すなわち「ゴールドスタンダード」と位置づけられています1。全身への吸収を最小限に抑えながら、標的となる泌尿生殖器組織に直接エストロゲンを供給し、萎縮性変化を根本的に改善することを目的とします。

局所エストロゲン療法(Vaginal Estrogen Therapy: VET)

  • 作用機序: 局所的に投与されたエストロゲンは、腟上皮の増殖と成熟を促し、血流を増加させ、コラーゲンとエラスチンの産生を回復させます。これにより、腟壁の厚みと弾力性が改善し、潤滑も促進されます。さらに、腟内pHを酸性側に是正し、乳酸桿菌が優勢な健康なマイクロバイオームの再構築を助けます18
  • エビデンス: VETは長年にわたりGSM治療の主軸でしたが、2024年に発表された『Annals of Internal Medicine』の系統的レビューは、そのエビデンスをより客観的な視点から評価しました。このレビューによると、プラセボと比較してVETは「外陰腟の乾燥、性交時疼痛、最も煩わしい症状、および治療満足度を改善する可能性がある」とされたものの、そのエビデンスの確実性(COE)はすべて「低い(Low)」と判定されました5。これは、既存の研究の多くが小規模、短期間であり、方法論的な限界があることを示唆しており、臨床家は絶対的な効果を過信するのではなく、患者個々の反応を見ながら治療を進める必要があることを物語っています。
  • 製剤: 日本国内では、エストリオール(E3)を含有する腟錠(例:エストリール®腟錠0.5mg、ホーリン®V腟用錠1mg)が保険適用で広く使用されています24。海外では、結合型エストロゲンやエストラジオール(E2)のクリーム、リング、低用量タブレットなど、多様な製剤が利用可能です18。通常、治療開始後2週間は連日使用し、その後は週2~3回の維持療法に移行します。
  • 安全性: 現在推奨されている低用量の局所エストロゲン療法では、全身への吸収はごくわずかであるため、子宮内膜を保護するための黄体ホルモンの併用は原則として不要であるとされています18

局所DHEA(プラステロン)

  • 作用機序: プラステロンは、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)の腟内投与製剤です。DHEAは不活性なプロホルモンであり、腟の上皮細胞内で活性型のエストロゲンとアンドロゲンに変換されます。この「細胞内分泌学(intracrinology)」により、活性ホルモンの作用が局所に限定され、血中への移行が最小限に抑えられると期待されています31
  • エビデンス: 2024年の系統的レビューでは、プラセボと比較して局所DHEAは「乾燥、性交時疼痛、および泌尿生殖器症状による苦痛・煩わしさ・支障を改善する可能性がある」とされましたが、こちらもエビデンスの確実性は「低い(Low)」と評価されました5

全身的ホルモン補充療法(Systemic Hormone Therapy: HT)

  • 位置づけ: エストロゲンの全身投与(経口薬、経皮パッチ・ジェル)はGSM症状にも有効ですが、ほてりや発汗など、他の中等症から重症の更年期症状を合併している場合に適応となります4。全身投与は局所療法に比べて心血管系イベントや乳がんなどの危険性が相対的に高いため、GSM症状のみを目的とした第一選択とはなりません18
  • 注意点: 全身的ホルモン補充療法を受けている女性の10~15%は、依然としてGSM症状が残存することが報告されており、その場合は局所エストロゲン療法を追加する必要がある場合があります4

その他の薬物療法

経口オスペミフェン

  • 作用機序: オスペミフェンは、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)に分類される経口薬です。組織選択的に作用し、腟上皮に対してはエストロゲン作動薬として働き萎縮を改善する一方、乳腺組織に対しては拮抗薬として作用する(あるいは作用しない)とされます4。ホルモン剤ではないため、ホルモン療法に抵抗がある女性にとっての選択肢となりえます。
  • エビデンス: 中等症から重症の性交時疼痛に対して承認されています。2024年の系統的レビューでは、プラセボと比較して「乾燥、性交時疼痛、および治療満足度を改善する可能性がある」とされたものの、エビデンスの確実性はやはり「低い(Low)」でした5。乳がんの既往がある、または危険性が高い女性での使用は承認されていません31
表2:GSM治療薬の国際的エビデンスサマリー(2024年系統的レビュー準拠)
治療法 外陰腟の乾燥 性交時疼痛 最も煩わしい症状 治療満足度
局所エストロゲン 改善の可能性あり (COE: 低) 改善の可能性あり (COE: 低) 改善の可能性あり (COE: 低) 改善の可能性あり (COE: 低)
局所DHEA 改善の可能性あり (COE: 低) 改善の可能性あり (COE: 低) 改善の可能性あり (COE: 低) データなし
経口オスペミフェン 改善の可能性あり (COE: 低) 改善の可能性あり (COE: 低) データなし 改善の可能性あり (COE: 低)
腟保湿剤 改善の可能性あり (COE: 低) データなし データなし データなし
COE: Certainty of Evidence (エビデンスの確実性)。出典: Danan ER, et al. Ann Intern Med. 2024.5 に基づき作成。
表3:日本産科婦人科学会ガイドラインに基づくGSM治療推奨(CQ421)
推奨事項 推奨レベル 解説の要点
1. 感染・炎症、腫瘍性病変、骨盤臓器脱がないか確認する。 A 診断の第一歩として、これらの器質的疾患を確実に除外することが強く推奨される。
2. 女性下部尿路症状(FLUTS)の有無をみる。 B 泌尿器症状が主訴の場合、残尿測定や尿検査を行い、FLUTSの評価を行うことが勧められる。
3. 局所に保湿剤、潤滑ゼリーを使用する。 B 軽症例やホルモン療法を希望しない場合の対症療法として勧められる。具体的な製品例(リューブゼリー®等)も言及。
4. 局所あるいは全身的にエストロゲンを使用する。 B 腟上皮の改善に効果を有する。局所投与(エストリオール腟錠等)は全身投与と同等以上に有効との報告あり。低用量局所療法では黄体ホルモンは不要。
推奨レベル: A = 強く推奨する, B = 提案する。出典: 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会編. 産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023。2537 に基づき作成。

特別な配慮を要する症例への対応

GSMのマネジメントにおいては、すべての患者に画一的な治療を適用するのではなく、個々の背景や状況に応じた特別な配慮が求められる場合があります。

乳がんサバイバー(Breast Cancer Survivors: BCS)

乳がんサバイバー、特にホルモン受容体陽性乳がんの治療としてアロマターゼ阻害薬(AI)などの内分泌療法を受けている女性は、GSMのマネジメントにおいて最も困難な集団の一つです。

  • 課題: AIは体内のエストロゲンレベルを極限まで低下させるため、重度で治療抵抗性のGSMを高頻度に引き起こします2。この耐え難い副作用は、QOLを著しく低下させるだけでなく、生命予後を左右する内分泌療法の継続を困難にし、服薬継続率の低下や治療中断の大きな原因となります2。一方で、ホルモン療法、たとえ局所投与であっても、理論上の再発リスクに対する懸念から、その使用には極めて慎重な姿勢が求められます。
  • 治療階層:
    1. 第一選択(かつ基本):非ホルモン療法。 治療の絶対的な基盤となります。腟保湿剤と潤滑剤の積極的かつ継続的な使用が標準治療です2。生活指導やセルフケアも徹底します。
    2. 第二選択:局所ホルモン療法(慎重な検討を要する)。 原則として避けるべきとされます。しかし、非ホルモン療法に全く反応しない重篤な症状によりQOLが著しく損なわれ、内分泌療法の継続が危ぶまれるような限定的なケースにおいてのみ、選択肢として考慮されうることがあります。その場合、患者本人、婦人科医、そして主治医である乳腺専門医の間で、QOL改善という大きな便益と、理論的ではあるがエビデンスが確立していない再発リスクについて、徹底的な情報共有と議論を重ねた上での共同意思決定が不可欠です1。現時点では、局所エストロゲン療法が乳がん再発リスクを有意に増加させるという質の高いエビデンスはないものの、安全性を証明する大規模なデータも不足しています。

治療抵抗例(Refractory Cases)

標準的な治療法に反応しない、あるいは効果が不十分な場合、画一的な治療を続けるのではなく、多角的な視点からのアプローチが必要となります。

  • 診断の再評価: まず、GSMという診断が正しかったのかを再検討します。見逃されている感染症、皮膚疾患、あるいは腫瘍性病変がないか、改めて診察と検査を行います。また、処方された薬剤が指示通りに正しく使用されているかを確認することも重要です1
  • 骨盤底理学療法(Pelvic Floor Physical Therapy): 腟治療に反応しない患者、特に性交時疼痛が主訴の場合、骨盤底筋群の過緊張や機能不全が痛みの原因または増悪因子となっている可能性があります。骨盤底理学療法士による評価と治療(リラクゼーション、バイオフィードバックなど)が著効することがあります1。ホルモン療法に禁忌がある患者にとっても重要な選択肢となります。
  • 腟ダイレーター(Vaginal Dilators): 腟口狭窄や腟の萎縮による狭小化が問題となる場合に有効な非ホルモン療法です。様々なサイズの円筒状の器具を、潤滑剤を用いて定期的に腟内に挿入し、組織を穏やかに伸展させます。これにより、腟の弾力性を回復させ、性交への不安や痛みを軽減することができます。単独で用いることも、他の治療法と併用することも可能です1

新規治療法と今後の展望

GSM治療の選択肢は拡大しつつありますが、新しい治療法の導入にあたっては、その有効性と安全性を科学的根拠に基づいて慎重に評価する必要があります。

エネルギーデバイス治療(レーザーおよび高周波)

近年、特にホルモン療法が使用できない、あるいは希望しない女性のための選択肢として、フラクショナル炭酸ガス(CO2)レーザーやエルビウムYAG(Er:YAG)レーザーといったエネルギーデバイスを用いた腟治療が注目を集めています。

  • 作用機序(提唱されているもの): これらのレーザーは、腟粘膜に微細な熱損傷を与えることで、創傷治癒過程を誘発します。これにより、線維芽細胞が活性化され、コラーゲンやエラスチンの再構築と新生が促進されるとされます。また、微小血管の新生も促され、組織の栄養状態と潤いが改善されるとされています19
  • エビデンスと実践の乖離(Evidence-Practice Gap): この治療法は、GSMマネジメントにおける深刻な「エビデンスと実践の乖離」を象徴しています。
    • 期待される効果: 多くの小規模な観察研究や、しばしば企業主導の研究では、レーザー治療がGSM症状(特に乾燥と性交時疼痛)や性機能を有意に改善し、患者満足度も高いと報告されています11。これらの報告を受け、一部のクリニックでは有望な非ホルモン療法として積極的に導入されています11
    • 科学的根拠の欠如と懸念: 一方で、その有効性と安全性を支持する質の高い科学的根拠は依然として乏しいのが現状です。米国食品医薬品局(FDA)は2018年に、「腟の若返り」を謳うこれらのデバイスの使用に対し、熱傷、瘢痕、慢性疼痛、性交時疼痛の再発・悪化といった有害事象が報告されているとして、警告を発しています25。日本産科婦人科学会の診療ガイドラインでも、質の高いランダム化比較試験(RCT)が不足しており、長期的な安全性に関するデータが欠如している点を指摘し、標準的な治療法として推奨するには証拠が不十分であると結論づけています25。偽手術(sham procedure)を対照群とした質の高い二重盲検RCTでは、レーザー治療が偽手術と比較して有意な症状改善を示さなかったという報告も存在します25

この状況は、患者には混乱を、臨床医には倫理的なジレンマをもたらします。非ホルモン療法への需要は確かに存在しますが、技術と販売促進が、その有効性と安全性を担保するべき科学的検証を追い越してしまっているのが現状です。したがって、現時点では、これらのエネルギーデバイス治療は研究段階の治療と位置づけ、その実施は適切にデザインされた臨床試験の枠組みの中で行われるべきです。その有効性と安全性が独立した質の高い研究によって確立されるまでは、標準治療としての広範な導入は推奨されません。

今後の展望

GSM領域における今後の研究は、以下の方向に進むべきです。

  • 質の高い臨床試験の実施: 現在のエビデンスの多くが「確実性:低」と評価されている現状を打破するためには、すべての治療法(特に新規治療法)について、大規模かつ長期的な追跡期間を持つ、適切にデザインされたランダム化比較試験(RCT)が不可欠です5
  • 腟マイクロバイオーム研究の深化: 腟内細菌叢の構成とGSM症状との関連をさらに解明し、プロバイオティクス(乳酸菌製剤など)の補充が治療選択肢となりうるかを探る研究が期待されます2
  • 個別化医療の推進: どのような患者がどの治療法に最もよく反応するのかを予測するバイオマーカーの探索など、より個別化された治療アプローチの開発が望まれます。

よくある質問

GSMの症状は、年齢を重ねれば誰にでも起こる「普通の老化現象」なのでしょうか?
いいえ、それは正確ではありません。GSMは閉経後のエストロゲン減少によって多くの女性に起こりうる一般的な状態ですが、「我慢すべき普通の老化現象」ではなく、「治療可能な医学的状態」です1。放置すると症状は進行性に悪化する可能性がありますが、適切な治療やケアによって症状は大幅に改善し、快適な生活を取り戻すことが可能です。不快な症状を「年のせい」と諦めずに、ぜひ医療機関にご相談ください。
ホルモンを使った治療は、乳がんなどの危険性を高めそうで心配です。
そのご心配はもっともです。GSMの治療で主に使用されるのは、全身に作用する飲み薬や貼り薬ではなく、腟に直接作用する「局所エストロゲン療法」(腟錠など)です18。この方法では、使用されるエストロゲンの量が非常に少なく、体内に吸収される量もごくわずかです。そのため、現在の標準的な使い方であれば、子宮や乳房への影響は非常に小さいと考えられており、子宮内膜を保護するための黄体ホルモンも原則不要とされています18。ただし、乳がんの既往がある方など、個々の状況によって対応は異なりますので、必ず専門医と十分に話し合って治療方針を決めることが重要です2
性交時痛がひどいのですが、潤滑剤を使えば解決しますか?
潤滑剤は性交時の摩擦を減らし、痛みを和らげるための非常に有効な対症療法です1。しかし、潤滑剤は一時的な解決策であり、GSMの根本的な原因である腟の組織の萎縮(薄くなる、弾力性がなくなるなど)を改善するものではありません。もし潤滑剤だけでは痛みが十分に改善しない場合や、日常生活でも乾燥や不快感が続く場合は、腟の組織そのものを健康な状態に戻すための治療(腟保湿剤の定期的使用や局所エストロゲン療法など)を検討することが推奨されます。根本的な原因に対処することで、より持続的な改善が期待できます。

結論

閉経後泌尿生殖器症候群(GSM)は、閉経後女性のQOLを静かに、しかし確実に蝕む重大な健康問題です。しかし、それは避けられない老化現象ではなく、効果的に管理できる医療状態です。この認識の転換こそが、GSMをめぐる現状を打破するための第一歩となります。

臨床医への行動喚起

本稿で概説したエビデンスに基づき、臨床医には以下の行動変容が求められます。

  • パラダイムシフトの実行: GSMを「加齢による仕方ない変化」ではなく、「治療可能な慢性疾患」として捉え直すこと。この認識は、患者への説明や治療への動機づけを根本的に変えます。
  • 積極的なスクリーニングの導入: 閉経期および閉経後のすべての女性に対し、日常診療の一環として、外陰・腟、性機能、泌尿器に関する健康状態を尋ねることを習慣化するべきです。「何か変わりはありませんか?」という漠然とした質問ではなく、「腟の乾燥やヒリヒリ感、性交時の痛み、尿が近いといったことでお困りではありませんか?」といった具体的な質問が、患者が問題を打ち明けるきっかけとなります。
  • 共同意思決定(Shared Decision-Making)の実践: 治療法の選択にあたっては、患者の価値観、希望、生活様式を尊重し、各治療法の利点、欠点、そして現時点でのエビデンスの確実性(限界)について十分に情報提供を行った上で、患者と共に最善の方針を決定します。
  • 多職種連携の活用: 治療抵抗例や複雑な背景を持つ症例に対しては、泌尿器科医、皮膚科医、乳腺専門医、骨盤底理学療法士など、他分野の専門家との連携をためらわないことが重要です。

患者へのエンパワーメント

患者自身もまた、自らの健康の主体的な担い手となることが重要です。

  • 沈黙を破る勇気: デリケートゾーンの不快な症状は、決して恥ずかしいことでも、我慢すべきことでもありません。有効な治療法が存在することを理解し、勇気を出して医療専門家に相談することが、QOL改善への第一歩です。
  • セルフケアの重要性の認識: 適切な洗浄や保湿、生活習慣の改善といったセルフケアは、治療の有無にかかわらず、泌尿生殖器の健康を維持するための基盤となります。

総括

GSMは、特にその問題が深刻でありながら見過ごされがちな日本において、喫緊に取り組むべき公衆衛生上の課題です。症状に苦しむ女性の数と、実際に治療を受けている女性の数の間にある巨大なケア・ギャップを埋めることは、医療界に課せられた重要な責務です。臨床医がGSMへの認識を新たにし、すべての女性が気兼ねなく相談できる環境を整え、エビデンスに基づいた適切なケアを提供すること。そして、女性自身が自らの体の変化に関心を持ち、積極的に助けを求めること。この両輪が噛み合ったとき、閉経という人生の大きな節目を越えた何百万人もの女性たちが、健康と快適さを取り戻し、より豊かで質の高い人生を送り続けることが可能となるでしょう。

免責事項
本稿は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. Portman DJ, Gass MLS; Vulvovaginal Atrophy Terminology Consensus Conference Panel. Genitourinary syndrome of menopause: new terminology for vulvovaginal atrophy from the International Society for the Study of Women’s Sexual Health and the North American Menopause Society. Climacteric. 2014;17(5):557-63. [From PMC: Genitourinary Syndrome of Menopause: Number 3 – March 2022]
  2. Kim HK, Kang SY, Chung YJ, Kim JH, Kim MR. Management of genitourinary syndrome of menopause in breast cancer survivors: An update. World J Mens Health. 2021;39(2):245-254. doi: 10.5534/wjmh.200007.
  3. Angelou K, Gkrozou F, Anagnostopoulos F, Karypidis D, Paschopoulos M. Genitourinary Syndrome of Menopause. Effective Health Care Program, Agency for Healthcare Research and Quality; 2020. Protocol. AHRQ Publication No. 20-EHC020-A.
  4. Palacios S. The recent review of the genitourinary syndrome of menopause. Climacteric. 2015;18 Suppl 1:13-7. doi: 10.3109/13697137.2015.1086221.
  5. Danan ER, Boudreau H, Cohen L, et al. Hormonal Treatments and Vaginal Moisturizers for Genitourinary Syndrome of Menopause: A Systematic Review. Ann Intern Med. 2024 Sep;177(9):1201-1210. doi: 10.7326/M24-0610.
  6. Moral E, Delgado JL, Carmona F, et al. Genitourinary syndrome of menopause: a systematic review on prevalence and treatment. Menopause Rev. 2021;20(1):33-39. doi: 10.5114/pm.2021.104257.
  7. Nappi RE, Palacios S. Genitourinary Syndrome of Menopause (GSM): An old problem with a new name. Rev Bras Ginecol Obstet. 2015;37(5):191-193. doi: 10.1590/0100-7203.2015.3705001.
  8. Danan ER, Boudreau H, Cohen L, et al. Hormonal Treatments and Vaginal Moisturizers for Genitourinary Syndrome of Menopause: A Systematic Review. Ann Intern Med. 2024 Sep;177(9):1201-1210. doi: 10.7326/M24-0610. [Alternative link from prompt]
  9. Management of perimenopausal and menopausal symptoms. Guía de Práctica Clínica. San José (Costa Rica): Caja Costarricense de Seguro Social; 2023. [From BINASSS]
  10. Biglia N, Bounous VE, D’Alonzo M, et al. EVA trial: a randomised active-controlled trial for vulvovaginal atrophy in patients with breast cancer on endocrine therapy. BMJ Open. 2023;13(4):e068053. doi: 10.1136/bmjopen-2022-068053.
  11. 萎縮性腟炎(更年期の腟の乾燥と痛み)とは? [インターネット]. 東京: レディースクリニックなみなみ; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://naminamicl.jp/column/menopause/atrophic-vaginitis/
  12. 厚生労働省が発表した「更年期症状・障害に関する意識調査」で「病院を受診していない」方の割合は… [インターネット]. 東京: 治験情報サイト ニューイング; 2022年. [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://new-ing.jp/member/58976
  13. 更年期症状・障害に関する意識調査(結果概要)[インターネット]. 東京: 厚生労働省; 2022年. [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/000969136.pdf
  14. 更年期障害が仕事に与える影響. [インターネット]. 東京: 日本産科婦人科学会; 2023年. [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2023/12/d3b216837ce74268f6d50354cd1d727c.pdf
  15. 性差にもとづく更年期障害の解明と両立支援開発の研究. [インターネット]. 2022年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)研究報告書. [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/download_pdf/2022/202210003A.pdf
  16. 更年期との向き合い方が、人生100年時代のカギ 男性も女性も後半の人生を考えるきっかけに. [インターネット]. 東京: 花王株式会社 生活者研究センター; 2024年. [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.kao.co.jp/content/dam/sites/kao/www-kao-co-jp/lifei/report/pdf/82.pdf
  17. 萎縮性膣炎 [インターネット]. 神戸: ゆかりレディースクリニック; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.yukari-clinic.com/information/atrophic/
  18. Naumova I, Castelo-Branco C. Reviewing the options for local estrogen treatment of vaginal atrophy. Int J Womens Health. 2014;6:747-53. doi: 10.2147/IJWH.S54247.
  19. Salama N, El-laithy M, Salama A, Eldeeb A. New Innovations for the Treatment of Vulvovaginal Atrophy: An Up-to-Date Review. J Clin Med. 2022;11(12):3327. doi: 10.3390/jcm11123327.
  20. 萎縮性膣炎(老人性膣炎)の症状、原因、治療法を婦人科女医が丁寧に解説! [インターネット]. 東京: 恵比寿ウィメンズクリニック; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://ebine-womens-clinic.com/blog/5291
  21. Palacios S. Local treatment of genitourinary syndrome of menopause. Climacteric. 2021;24(1):64-68. doi: 10.1080/13697137.2020.1813470.
  22. 更年期に感じる陰部の痛みとは?症状・原因・治療方法やGSMについて解説 [インターネット]. 東京: 東京国際大堀病院 泌尿器科・ウロギネコロジーセンター; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://urogyne.jp/column/atrophic-vaginitis/
  23. 加齢による膣の乾燥や違和感、萎縮性膣炎の症状、原因、治療法を産婦人科女医が丁寧に解説。[インターネット]. 新潟: たかき医院; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://takakiiin.com/blog/post-526/
  24. GSM(閉経関連泌尿生殖器症候群)| 症状から調べる [インターネット]. 東京: ファミリードクター; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.family-dr.jp/?symptoms=19812
  25. 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会編. 産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023(案)[インターネット]. 2022年. [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/20220816.pdf
  26. デリケートゾーンのかゆみ・におい・尿もれ対策。更年期のGSM予防にも 【専門医が解説】[インターネット]. 東京: 花王株式会社; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.kao.com/jp/femcarelab/useful-info/info04/
  27. リューブゼリー 55g セクシャルヘルス [インターネット]. 大阪: JEX ONLINE SHOP; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.jex-online.com/fs/jexonline/1410681
  28. リューブゼリー|デリケートケアラボ うるおう、よろこび。[インターネット]. 大阪: ジェクス株式会社; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.jex-sh.jp/luvejelly/
  29. 更年期のデリケートなお肌をケアする [インターネット]. TENA; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.tena.co.jp/familycarer/incontinence-and-health/incontinence-and-menopause/intimate-skin-menopause
  30. フェムケア(膣ケア)の効果とは?正しい方法で更年期の辛さも改善! [インターネット]. 大阪: ダイコクドラッグ; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://daikokudrug.com/column/femcare/
  31. Vaginal atrophy: Diagnosis & treatment [Internet]. Rochester (MN): Mayo Clinic; [cited 2025 Jul 8]. Available from: https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/vaginal-atrophy/diagnosis-treatment/drc-20352294
  32. Addressing the Knowledge Gap | Menopause [Internet]. Crosby (MN): Cuyuna Regional Medical Center; [cited 2025 Jul 8]. Available from: https://www.cuyunamed.org/knowledge-hub/addressing-the-knowledge-gap-menopause
  33. Danan ER, Boudreau H, Cohen L, et al. Hormonal Treatments and Vaginal Moisturizers for Genitourinary Syndrome of Menopause : A Systematic Review [Internet]. ResearchGate; 2024. Available from: https://www.researchgate.net/publication/383913390_Hormonal_Treatments_and_Vaginal_Moisturizers_for_Genitourinary_Syndrome_of_Menopause_A_Systematic_Review
  34. Cagnacci A, Carriero C, Malmusi S, et al. New Possibilities for Hormonal Vaginal Treatment in Menopausal Women. J Clin Med. 2023;12(14):4740. doi: 10.3390/jcm12144740.
  35. Danan ER, Boudreau H, Cohen L, et al. Hormonal Treatments and Vaginal Moisturizers for Genitourinary Syndrome of Menopause: A Systematic Review. Ann Intern Med. 2024 Sep;177(9):1201-1210. doi: 10.7326/M24-0610. [Abstract link]
  36. Danan ER, Boudreau H, Cohen L, et al. Hormonal Treatments and Vaginal Moisturizers for Genitourinary Syndrome of Menopause : A Systematic Review. PubMed. 2024 Sep;177(9):1201-1210. doi: 10.7326/M24-0610.
  37. 産婦人科診療ガイドライン-婦人科外来編2023 [インターネット]. 東京: Mindsガイドラインライブラリ; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00802/
  38. 【電子版付】産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編2023 [インターネット]. 東京: 株式会社杏林舎; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://store.kalib.jp/shopdetail/000000000240/
  39. 産婦人科 診療ガイドライン 婦人科外来編 2023 [インターネット]. 東京: 日本産科婦人科学会; [引用日: 2025年7月8日]. Available from: https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2023.pdf
  40. Salama N, El-laithy M, Salama A, Eldeeb A. New Innovations for the Treatment of Vulvovaginal Atrophy: An Up-to-Date Review. Medicina (Kaunas). 2022;58(6):770. doi: 10.3390/medicina58060770.
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ