この記事の科学的根拠
この記事は、引用元として明記された最高品質の医学的証拠にのみ基づいて作成されています。以下は、本記事で提示されている医学的指導に直接関連する情報源のリストです。
- 日本産科婦人科学会(JSOG): 本記事における月経前症候群(PMS)および月経前不快気分障害(PMDD)の定義、症状、診断基準、そして治療選択肢(漢方薬、低用量ピル等)に関する指針は、同学会の公式な診療ガイドラインに基づいています12。
- 複数の科学的研究論文: 体重増加の各メカニズム(水分貯留、食欲亢進、代謝変化、便秘)に関する詳細な生理学的説明は、医学文献データベース(PubMed等)で公開されている査読済み学術論文に基づいています。特に、プロゲステロンとアルドステロンの複雑な関係3、セロトニンと食欲の関連4、BMIとPMSリスクの関連5など、多数の研究成果を統合しています。
- 日本の公的調査・報告書: 日本国内におけるPMSの有病率や、月経随伴症状が女性の労働生産性およびキャリア形成に与える影響に関する記述は、厚生労働省や日本医療政策機構などが発表した公的な調査報告書に基づいています6。
要点まとめ
- 生理前の体重増加の主な原因は、体脂肪の恒久的な増加ではなく、ホルモン変動によって引き起こされる一時的な水分の貯留(むくみ)です。通常、月経が始まると自然に元に戻ります。
- 体重増加を引き起こす主な生理学的メカニズムは、①水分貯留、②食欲亢進、③代謝・活動量の変化、④便秘の4つが複雑に絡み合って生じます。
- 食欲の異常な高まりは「意志の弱さ」ではなく、脳内の神経伝達物質セロトニンの低下などが引き起こす、生化学的な欲求です。
- 肥満(高いBMI)はPMSのリスクを高め、一方でPMS症状が過食や運動不足を引き起こし、さらなる体重増加につながるという悪循環が存在します。
- 症状日記をつけて自身のパターンを把握し、塩分を控える、カリウムや食物繊維を摂る、有酸素運動を行うなどのセルフケアが有効です。
- セルフケアで改善しない場合や、症状が日常生活に支障をきたす場合は、漢方薬、低用量ピル、SSRIなど有効な治療法があるため、我慢せずに産婦人科医に相談することが重要です。
第1部 周期的な体重増加と月経前症候群(PMS)の概要
月経前の体重増加を理解するためには、まずその背景にある医学的状態、月経前症候群(PMS)とその重症型である月経前不快気分障害(PMDD)について正しく知る必要があります。
1.1. 日本の基準に基づくPMS/PMDDの定義と中核症状
日本産科婦人科学会(JSOG)は、PMSを「月経前3~10日の黄体期のあいだ続く精神的あるいは身体的症状で、月経発来とともに減退ないし消退するもの」と明確に定義しています1。この定義の鍵は、症状が月経周期の特定の期間(黄体期)に現れ、月経が始まると自然に軽快するという周期性にあります。
一方で、PMDDはPMSの重症型と位置づけられ、特に気分の落ち込み、不安、怒りといった精神症状が顕著で、仕事や人間関係など日常生活に深刻な支障をきたす状態を指します17。重要なのは、「体重増加」や「むくみ」が、これらの症候群の正式な身体症状として明確に認識されている点です。JSOGの診療ガイドラインでも、PMSの身体症状として「体重増加」や「四肢の腫脹、浮腫」が明記されています8。この症状は、日本でPMSの診断に用いられる「月経前症状質問票(PSQ)」や、国際的な診断ツール「日々の問題重症度記録表(DRSP)」の評価項目にも含まれており910、医学的に重要な症状であることがわかります。
以下の表は、PMSおよびPMDDでみられる主な症状をまとめたものです。
カテゴリー | 症状 |
---|---|
精神症状 | 抑うつ、絶望感、自己卑下2 |
不安、緊張2 | |
情緒不安定(突然悲しくなる、涙もろくなる)7 | |
イライラ、怒りっぽくなる、対人関係の摩擦1 | |
興味の減退(仕事、学校、趣味など)7 | |
集中力の低下7 | |
睡眠障害(不眠または過眠)7 | |
身体症状 | 体重増加7 |
むくみ(浮腫)、腹部膨満感、お腹や乳房の張り1 | |
疲労感、倦怠感、気力の減退1 | |
痛み(頭痛、腹痛、腰痛、関節痛、筋肉痛)1 | |
食欲の変化(過食、特定の食物への渇望)4 | |
便秘11 |
この表が示すように、月経前の不調は単なる「気分の問題」ではなく、多様な身体的・精神的症状を伴う医学的な症候群なのです。
1.2. 日本における実態と影響:見過ごされた「静かなる負担」
PMSおよびそれに伴う体重増加は、個人の不快な体験にとどまらず、日本の社会経済全体に影響を及ぼす、見過ごされがちな公衆衛生上の課題です。
その有病率は驚くほど高く、日本人女性の70~80%が月経前に何らかの不調を自覚しており、そのうち約5%は日常生活に困難を感じるほどの重い症状に悩まされていると報告されています11。治療対象となりうる中等症以上のPMSおよびPMDD患者は、日本国内で182万人に達すると推計されていますが、その多くは適切な治療を受けていないのが現状です12。
この「治療ギャップ」の背景には、「月経は我慢するもの」という根強い文化的認識が存在します。日本医療政策機構の調査によると、月経随伴症状を持つ女性のうち、定期的に婦人科を受診しているのはわずか5.3%に過ぎません6。この文化的規範は、治療可能な医学的問題を個人の「我慢」の問題へとすり替え、女性が一人で抱え込む「静かなる負担」を生み出しています。
その影響は個人の生活の質(QOL)の低下だけではありません。就労女性の約80%が月経随伴症状による仕事の生産性低下を感じており6、これは日本全体で年間数千億円規模の経済的損失につながると試算されています。さらに、近畿大学病院の報告によると、PMSが原因で昇進を辞退した、あるいは辞退を考えたという女性も少なくなく、女性のキャリア形成における重大な障壁となっている実態も明らかになっています13。PMSは個人の健康問題であると同時に、労働生産性や機会均等にも関わる社会的な課題なのです。
1.3. 体重増加は「脂肪」か「水分」か?期待値の再設定
月経前に体重計の数字が増えるのを見て、「太ってしまった」と不安になる女性は多いですが、この時期の体重増加の本質を理解することは、不必要な不安を和らげる上で極めて重要です。
結論から言えば、月経前の周期的な体重増加の大部分は、体脂肪の恒久的な増加ではなく、一時的な水分の貯留(むくみ)によるものです14。多くの日本の医療情報サイトや専門家は、この時期の体重増加の主因が「むくみ」であることを強調しています1516。ある調査では、月経前と通常時で体組成を比較したところ、筋肉量や脂肪量に変化はなく、体水分量のみが増加していたことが示されています16。この水分貯留による体重増加は一般的に1kgから3kg程度であり17、月経が開始または終了すると、溜め込まれた水分が排出されるのに伴い、自然に元の体重に戻ることがほとんどです。
ただし、ここで重要な注意点があります。後述するように、この時期にはホルモン変動に起因する強い食欲亢進が起こりやすく、この食欲に任せて過剰なカロリー摂取が続けば、それは水分だけでなく、実際に体脂肪として蓄積される可能性があります4。したがって、月経前の体重管理における正しい期待値は、「体重計の数字の一時的な増加は主に水分によるものであり、過度に心配する必要はない。しかし、食欲亢進による過食が習慣化すると、長期的な体脂肪増加につながるため、その行動には注意を払う必要がある」と設定することが賢明です。
第2部 なぜ体重が増えるのか?科学的根拠に基づく4つのメカニズム
月経前の体重増加は、単一の原因ではなく、複数の生理学的メカニズムが複雑に絡み合って生じます。ここでは、科学的根拠に基づき、その主要な4つのメカニズムを詳細に分析します。
メカニズム | 主な要因 | 体感症状 | 本質 |
---|---|---|---|
1. 水分貯留(むくみ) | アルドステロン(ホルモン)の二次的な増加 | 顔や手足のむくみ、体の重だるさ | 一時的な水分の増加 |
2. 食欲亢進と過食 | セロトニン(神経伝達物質)の低下 | 甘いもの、炭水化物への強い渇望 | 生化学的な欲求 |
3. 代謝と活動量の変化 | 身体活動量の低下 | 疲労感、倦怠感、運動意欲の低下 | エネルギー収支の不均衡 |
4. 便秘と腹部膨満 | プロゲステロンによる腸の蠕動運動の低下 | お腹の張り、便通の悪化 | 一時的な消化管内容物の停滞 |
2.1. メカニズム1:水分貯留(むくみ)の複雑な真実
月経前の「むくみ」の原因として、一般的に「黄体ホルモン(プロゲステロン)のせい」と説明されがちですが15、科学的な真実はより複雑です。最新の生理学的知見によれば、プロゲステロンは直接的に水分を体に溜め込む作用を持つわけではありません。むしろ、プロゲステロンは体内の塩分(ナトリウム)と水分のバランスを調節するホルモン「アルドステロン」の働きを阻害するため、結果としてナトリウムの尿中への排泄を促進する(利尿作用)方向に働きます18。
では、なぜむくみが生じるのでしょうか。その鍵は、体の巧妙な代償メカニズムにあります。プロゲステロンの作用によって体からナトリウムが失われ始めると、体はそれを「危機」と捉え、恒常性を維持しようと反応します。この反応として、体内の水分・塩分調節システムであるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)が活性化され、副腎からナトリウムを体に再吸収させるホルモン、すなわちアルドステロンの分泌が増加します19。したがって、月経前の水分貯留の真の「実行犯」はプロゲステロンそのものではなく、プロゲステロンの利尿作用に拮抗するために二次的に増加したアルドステロンなのです19。この増加したアルドステロンが腎臓に働きかけ、ナトリウムと水分の再吸収を強力に促す結果、体内に水分が貯留し、むくみや一時的な体重増加として現れます。
一部の研究では、血中のホルモン濃度とむくみの重症度に直接的な相関が見られないことが報告されていますが20、これは症状の現れ方が、個人の体の感受性や食事からのナトリウム摂取量など、多くの要因に影響されるためです。この複雑さこそが、月経前の水分貯留が精巧な体内調節システムの動的な結果であることを物語っています。
2.2. メカニズム2:食欲亢進と過食 – 脳が求める生化学的衝動
月経前に無性に甘いものや炭水化物が食べたくなる現象は、単なる「意志の弱さ」ではなく、脳内で起こる生化学的な変化に根差した、強力な生理的衝動です。このメカニズムの中心には、神経伝達物質であるセロトニンの変動があると考えられています。排卵後に分泌がピークに達するプロゲステロンは、脳内のセロトニンレベルを低下させる可能性があります1。セロトニンは「幸福ホルモン」とも呼ばれ、気分を安定させる役割を担っています。このセロトニンが低下すると、脳はセロトニンレベルを一時的に高める効果のある炭水化物を強く欲するようになります4。これは、不快な精神症状を和らげようとする一種の自己治療行為と解釈できます21。
さらに、PMDDの女性を対象とした研究では、黄体期において高糖質・高脂肪食に対してより強い渇望と高い報酬感受性を示すことが報告されており22、脳の報酬系も関与していることが示唆されています。つまり、月経前の食欲亢進は、セロトニンの低下という生化学的な「必要性」が衝動を生み出し、報酬系の変化という心理的な「魅力」がそれを増幅させる、多因子が絡み合った複雑な現象なのです。
2.3. メカニズム3:代謝と活動量の変化 – 微妙なエネルギー不均衡
体脂肪の増加に直接つながる可能性のあるエネルギーバランスの変化も重要な要素です。まず、安静時に消費するエネルギー量(安静時代謝量)は、黄体期にわずかに増加するという報告もありますが23、その影響は限定的です。より重要な要因は、身体活動量の低下です。PMSの典型的な症状である疲労感、倦怠感、痛み、気分の落ち込みなどは、日常的な活動意欲を著しく削ぎます1。その結果、計画的な運動を休んだり、日常動作が減ったりして、「消費カロリー」は減少します15。
一方で、前述の通り食欲亢進によって「摂取カロリー」は増加傾向にあります。この「入るカロリーは増え、出るカロリーは減る」という不均衡が、エネルギーの余剰を生み出し、体脂肪の蓄積、すなわち真の体重増加につながるのです。これは、月経周期における体脂肪の増加が、代謝変化そのものよりも、PMS症状によって引き起こされる行動の変化に起因する可能性が高いことを示唆しています。
2.4. メカニズム4:便秘と腹部膨満 – 隠れた体重増加要因
体重計の数字を押し上げる、見過ごされがちだが重要な要因が、便秘です。この主役もまた、黄体ホルモンであるプロゲステロンです。プロゲステロンには、全身の平滑筋を弛緩させる作用があり、消化管の壁も平滑筋でできているため、黄体期には腸の蠕動(ぜんどう)運動が抑制される傾向にあります16。
蠕動運動が鈍くなると、便が腸内を通過する時間が長くなり、便から水分が過剰に吸収されて硬くなります24。また、単純に排泄されるべき便が体内に留まることで、その分の重量が体重に加算されます。結果として、便秘、ガスの発生、そして不快な腹部膨満感が生じ、これらが複合的に「お腹が張って重い」「体重が増えた」という感覚につながるのです25。
第3部 リスク要因と個人差の科学
月経前の症状の現れ方には大きな個人差があります。その背景には、体格や生活習慣といった複数のリスク要因が関与しています。
3.1. ボディマス指数(BMI)と肥満:自己強化的な悪循環
PMS症状の重症度と強く関連する要因の一つが、ボディマス指数(BMI)、特に肥満です。複数の大規模な研究が、高いBMIとPMS発症リスクの間に強い正の相関があることを一貫して示しています5。具体的には、BMIが27.5以上の女性は20.0未満の女性に比べてPMSリスクが高く26、肥満(BMI ≥ 30)の女性はPMSに罹患する可能性が約3倍高いというデータもあります26。
この関係は、単なる一方向ではなく、自己強化的な悪循環が存在する可能性を示唆しています。
- 肥満からPMSへ: 脂肪組織はホルモン環境や炎症レベルを変化させ、PMS症状を悪化させる土壌となりえます5。
- PMSから肥満へ: PMS症状自体が、高カロリー食への渇望による過食22や身体活動量の低下15といった、長期的な体重増加を促進する行動を引き起こします。
この「BMIが高い→PMS症状が悪化→PMSが原因でさらに体重が増える行動をとる→さらにBMIが上昇」という負のループの存在は、月経前の体重管理が、長期的な健康維持と肥満予防の観点からも重要であることを示しています。
3.2. 食事パターンと食行動:月経前は特に、食べたものでできている
「何を食べるか」だけでなく、「どのように食べるか」という食行動も、PMS症状の重症度に大きく影響します。ファストフードや加糖飲料などが多い「欧米型」の食事はPMSのリスクを増加させ、野菜や果物が豊富な健康的な食事はリスクを低下させることが示されています27。
さらに、日本で行われた研究では、BMIにかかわらず、摂食障害傾向を持つ女性はPMSで悩む割合が有意に高い(100% vs 59.8%)ことが明らかになりました28。これは、体重や体型への過度なこだわりといった不安定な食行動が、PMS症状を悪化させる独立したリスク要因となりうることを示唆しています。また、高用量のカルシウムとビタミンDの摂取はPMSリスクを低下させる可能性がある一方で2、アルコールの摂取はリスクを増加させることが報告されています。
第4部 [行動計画] 科学的根拠に基づく月経前体重増加の管理法
月経前の体重増加は、科学的根拠に基づいた段階的なアプローチによって管理することが可能です。自己認識からセルフケア、そして医療機関への相談まで、具体的な行動計画を提示します。
4.1. ステップ1:自己認識と記録 – データの力で自分を理解する
あらゆる管理の第一歩は、現状を正確に把握することです。日本産科婦人科学会(JSOG)も、PMS/PMDDの正確な診断と管理のために、症状日記の記録を強く推奨しています1。最低でも2周期にわたり、日々の心身の症状(体重、むくみ、気分、食欲など)を記録することで、客観的なパターンの把握、他の疾患との鑑別、そして予測に基づいた能動的な対処が可能になります211。この自己認識こそが、効果的なセルフケアの土台となるのです。
4.2. ステップ2:科学的根拠に基づくセルフケア戦略
自身のパターンを把握したら、次は具体的なセルフケアを実践します。以下の戦略は、科学的根拠によってその有効性が支持されています。
栄養療法
- むくみ対策: 加工食品や外食に多い塩分(ナトリウム)を控え、体内の過剰なナトリウム排出を助けるカリウム(バナナ、ほうれん草、海藻類など)を積極的に摂取しましょう16。
- 食欲・血糖値コントロール: 血糖値の上昇が緩やかな複合炭水化物(玄米、全粒粉パンなど)を選び11、食事回数を増やす分割食も有効です2。
- 微量栄養素の補給: PMS症状の緩和に関連するカルシウム、マグネシウム、ビタミンB6を、乳製品、緑黄色野菜、ナッツなどから十分に摂取することが推奨されます2。
- 摂取を控えるべきもの: 気分変動やむくみを悪化させる可能性があるアルコール、カフェイン、精製糖は、黄体期には控えめにしましょう11。
運動療法
ウォーキング、ヨガ、水泳などの有酸素運動を週3回程度行うことは、PMSの身体的・精神的症状の両方を改善することが示されています1。運動は血行を促進してむくみを軽減し、気分を高揚させるエンドルフィンなどの分泌を促します7。
ライフスタイルの改善
- 十分な睡眠: 質の良い睡眠を7~8時間確保することは、食欲をコントロールし、基礎代謝を維持する上で重要です15。
- ストレス管理: 瞑想、深呼吸、入浴など、自分に合ったリラクゼーション法を見つけ、日常生活に組み込むことが推奨されます1。
時期 | 主な目標 | 食事戦略 | 運動戦略 |
---|---|---|---|
黄体期(排卵後~月経前) | むくみ・便秘の軽減 食欲・気分の安定 |
・塩分を控える ・カリウム豊富な食品を増やす ・食物繊維を十分に摂る ・カルシウム、マグネシウム等を意識 |
リラックス効果のある運動(ヨガ、ストレッチ、ウォーキング)を無理のない範囲で継続する |
卵胞期(月経後~排卵前) | 代謝の促進 心身のリフレッシュ |
・バランスの取れた食事を継続 ・鉄分や良質なたんぱく質を補給 |
「痩せやすい時期」を活かし、やや強度の高い運動(ジョギング、筋トレ)にも挑戦する |
4.3. ステップ3:医療的選択肢 – 我慢せずに助けを求める
セルフケアを試みても症状が改善しない場合や、症状が日常生活に深刻な支障をきたしている場合は、我慢せずに産婦人科医に相談することが重要です。「症状が辛い」と感じる主観的な感覚が、受診の十分な理由となります1。日本においては、以下のような科学的根拠のある医療的選択肢が存在します。
- 漢方薬: 日本の診療ガイドラインでも推奨されており、当帰芍薬散、加味逍遙散などが体質や症状に合わせて処方されます2。
- 低用量経口避妊薬(OC/LEP): 排卵を抑制しホルモン変動を平坦化させます。特に、抗ミネラルコルチコイド作用を持つドロスピレノンを含む製剤は、むくみや体重増加に対し高い改善効果が示され、第一選択薬の一つとされています2。
- 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI): PMDDのような重い精神症状に非常に効果的です。脳内のセロトニン濃度を高めることで症状を緩和します2。
- 利尿薬: むくみが特にひどい場合に処方されることがあります。抗ミネラルコルチコイド作用を持つスピロノラクトンなどが用いられます2。
よくある質問
Q1. 生理前の体重増加は、毎回必ず起こるものですか?
Q2. 体重増加はいつから始まり、いつ元に戻りますか?
Q3. 食欲が抑えられません。これは意志が弱いからでしょうか?
Q4. どのような症状があれば、病院に行くべきですか?
結論
月経周期に伴う体重増加は、ホルモン、神経伝達物質、そして身体の代償メカニズムが織りなす、複雑かつ正常な生理学的プロセスです。その変化の多く、特に体重計の数字に影響を与える水分貯留や便秘は一時的なものです。これは個人の努力不足や意志の弱さの表れではなく、排卵を伴う月経周期を持つ女性の体内で起こりうる、理解可能な生物学的反応です。
しかし、この現象が「正常」であるからといって、「我慢」すべきではありません。日本においては、多くの女性が治療可能な医学的問題として認識せず、一人で耐え忍んでいる現状があります12。本記事で示したように、症状の背景にあるメカニズムを理解し、科学的根拠に基づいたセルフケアを実践することで症状は大幅に緩和できます。さらに、それでも困難な場合には、漢方薬、低用量ピル、SSRIといった有効な医療的選択肢が存在します2。
自身の体の声に耳を傾け、自己を理解し、必要であれば専門家の助けを求めること。それが、月経周期に振り回されるのではなく、ご自身の生活の質(QOL)を主体的に管理するための鍵となります。月経前の体重増加に関する正しい知識は、あなたを不必要な自己嫌悪から解放し、自身の体と建設的に向き合う力を与えてくれるはずです。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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