この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、提示される医学的指導の直接的な関連性と共に、参照された実際の情報源のみをリストアップします。
- 国際婦人科産科連合 (FIGO): 本記事における異常子宮出血(AUB)の定義および原因分類「PALM-COEIN」に関する指導は、FIGOが発表した国際的な分類システムに基づいています2。これは、世界中の婦人科医が共通の理解を持つための世界標準の考え方です。
- 日本産科婦人科学会 (JSOG): 日本国内の標準的な診断・治療アプローチに関する記述は、JSOGが発行する『産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023』に準拠しています3。これにより、提示される情報が日本の臨床現場に即したものであることを保証します。
- MSDマニュアル プロフェッショナル版: 疾患の定義、診断基準、治療選択肢に関する詳細な記述は、世界中の医療専門家が利用する信頼性の高い医学情報源であるMSDマニュアルを参照しています4。
要点まとめ
- かつての「機能性子宮出血」という診断名は、現在では「異常子宮出血(AUB)」という、より包括的で正確な概念に置き換えられています。
- AUBの原因は、国際基準である「PALM-COEIN分類」によって9つの具体的なカテゴリーに分けられ、診断と治療の精度が向上しています。
- PALMはポリープや筋腫などの「構造的」な原因、COEINは排卵障害や凝固異常などの「非構造的」な原因を指します。
- 自己判断は禁物です。月経の頻度、規則性、期間、量に異常を感じたら、必ず婦人科を受診し、専門家による正確な診断を受けることが極めて重要です。
- 治療法は原因、年齢、妊娠希望の有無によって個別化されます。ホルモン療法から手術まで多様な選択肢があり、医師との相談のもとで最適な方法が選択されます。
第1章:あなたの月経は正常?異常?— 国際基準によるセルフチェック
「不正出血」や「月経異常」を理解する第一歩は、「正常な月経」がどのようなものかを客観的な基準で知ることから始まります。多くの女性が自身の症状を他者と比較する機会がなく、異常を正常の範囲内と思い込んでしまうことは少なくありません5。国際婦人科産科連合(FIGO)は、この曖昧さをなくすため、正常な月経周期に関する具体的な数値を定義しています4。ご自身の状態を客観的に評価するために、以下の表とチェックリストをご活用ください。
正常な月経の国際基準(FIGO System 1)4
評価項目 | 正常範囲の定義 |
---|---|
頻度(周期) | 24日以上 〜 38日以下 |
規則性(周期の変動) | 年間の最も短い周期と最も長い周期の差が7〜9日以内 |
持続期間(出血日数) | 8日以下 |
量(経血量) | 80mL未満(主観的評価が中心) |
このような症状は婦人科受診のサインです
以下のいずれかに当てはまる場合、それは「異常子宮出血(AUB)」の可能性があります。放置せずに婦人科医に相談しましょう。
- 1時間ごとにナプキンやタンポンを交換する必要があるほど出血が多い。
- 夜間に経血が漏れるのが心配で、交換のために起きなければならない。
- 直径2.5cm以上(レバー状)の血の塊が頻繁に出る4。
- 月経が23日以下の周期で来る(頻発月経)。
- 月経が39日以上来ないことがある(希発月経)。
- 月経期間が9日以上だらだらと続く(過長月経)。
- 月経と月経の間に予期せぬ出血がある(月経間期出血)。
AUBは、その緊急性に応じて「急性AUB」(即時の介入が必要な大出血)と「慢性AUB」(過去6ヶ月間の大部分で異常が見られる出血)に分類されます6。
第2章:なぜ出血が?9つの原因分類「PALM-COEIN」を徹底解説
AUBと診断された場合、次に行うべきは原因の特定です。かつての「機能性子宮出血」という診断は、原因が曖昧なままでした1。この課題を克服するため、FIGOは原因分類システム「PALM-COEIN」を開発しました。このシステムは日本産科婦人科学会の診療ガイドラインでも採用されており3、日本の臨床現場における標準的な考え方となっています。
PALM-COEINは、原因を「構造的(目に見える病変)」なものと「非構造的(機能的な要因)」なものに大別する点が最大の特徴です6。
PALM — 構造的な原因(画像診断などで特定可能)
- P – Polyp(ポリープ): 子宮内膜や子宮頸管にできる良性の腫瘍。不正出血や過多月経の原因となります7。
- A – Adenomyosis(子宮腺筋症): 子宮内膜様の組織が子宮の筋層内で増殖する疾患。強い月経痛や過多月経を引き起こします7。
- L – Leiomyoma(子宮筋腫): 子宮にできる良性の腫瘍で非常に一般的です。特に子宮内腔に突出する粘膜下筋腫は、出血の直接的な原因となりやすいです7。
- M – Malignancy & Hyperplasia(悪性腫瘍・異型増殖症): 子宮体がんやその前がん病変。特に45歳以上の方や、肥満、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)などの危険因子を持つ方の不正出血では、常に鑑別が必要です4。
COEIN — 非構造的な原因(画像診断では特定困難)
- C – Coagulopathy(凝固障害): フォン・ヴィレブランド病など、血液が固まりにくい全身性の疾患。過多月経の重要な原因の一つで、ある報告では過多月経の13%を占めるとされています7。
- O – Ovulatory dysfunction(排卵障害): AUBの最も一般的な原因であり、かつて「機能性子宮出血」と呼ばれた状態の核心部分です7。排卵が正常に起こらないことでホルモンバランスが乱れ、子宮内膜が不安定になり、予測不能で持続的な出血を引き起こします8。PCOS、甲状腺機能異常、思春期や閉経移行期などが主な原因です6。
- E – Endometrial(子宮内膜の異常): 排卵や構造に異常がないにもかかわらず、子宮内膜局所での止血メカニズムの不調により過多月経が起こる状態です3。
- I – Iatrogenic(医原性): ホルモン剤、子宮内避妊具(IUD)、抗凝固薬など、医療行為に起因する出血です3。
- N – Not yet classified(その他・未分類): 動静脈奇形など、まれな原因や未解明の原因が含まれます3。
このPALM-COEIN分類は、医師が診断を下す思考プロセスを体系化し、「原因不明」から「体系的な調査に基づく原因特定」へと、医療の質を大きく向上させるものです。
第3章:婦人科ではどんな検査をするの?診断までの流れ
「病院で何だか怖いことをされるのでは」という不安から、受診をためらう方もいらっしゃるかもしれません。しかし、AUBの診断は体系的かつ論理的に進められ、各検査には明確な目的があります。一般的な診断の流れを理解し、安心して受診に臨みましょう。
- 問診 (Medical History): 診断の最も重要な第一歩です。月経の周期、期間、量、出血パターン、関連症状、妊娠の可能性、既往歴、服薬歴などを詳細にお伺いします4。基礎体温の記録は、排卵の有無を推定する上で非常に有用な情報となります9。
- 初期検査 (Initial Tests): まず妊娠反応検査で妊娠関連の出血を除外し、血液検査で貧血の有無を確認します。慢性的な出血がある場合は、隠れ貧血(鉄欠乏)を評価するために血清フェリチン値も測定します4。
- 身体診察 (Physical Exam): 内診と視診により、出血が子宮由来であることを確認し、腟や子宮頸部の病変を除外します10。
- 画像診断 (Imaging): 経腟超音波検査が第一選択です。これにより、子宮筋腫(L)、子宮腺筋症(A)、子宮内膜ポリープ(P)といった構造的な異常(PALM)の多くを、体に負担なく評価できます11。
- 追加検査 (Further Investigation): 必要に応じて、ホルモン検査(排卵障害の評価)、凝固機能検査、そして最も重要な子宮内膜組織検査(悪性疾患の除外)などが行われます。特に45歳以上の女性や特定のリスクがある場合、子宮体がんを否定するための組織検査は極めて重要です4。
第4章:治療法のすべて:薬から手術まで原因に応じた選択肢
AUBの治療法は、PALM-COEIN分類で特定された原因、年齢、症状の重さ、そして将来の妊娠希望の有無によって、きめ細かく選択されます。画一的な治療ではなく、一人ひとりの状況に合わせた「個別化医療」が基本です。
AUBの原因別・主な治療戦略
AUBの原因 (PALM-COEIN) | 主な治療戦略(妊娠希望の有無を考慮) |
---|---|
AUB-P (ポリープ) | 子宮鏡下ポリープ切除術6。 |
AUB-A (腺筋症) | 薬物療法(ホルモン療法、LNG-IUS等)、外科的治療(子宮全摘術)。 |
AUB-L (筋腫) | 薬物療法、外科的治療(筋腫核出術、子宮動脈塞栓術、子宮全摘術)4。 |
AUB-M (悪性腫瘍) | 原因疾患(子宮体がん等)に対する標準治療。 |
AUB-C (凝固障害) | 原疾患の治療(血液内科と連携)、止血薬(トラネキサム酸)、ホルモン療法。 |
AUB-O (排卵障害) | 妊娠希望なし:ホルモン療法(LEP、周期的黄体ホルモン療法)、LNG-IUS。 妊娠希望あり:排卵誘発9。 |
AUB-E (子宮内膜異常) | 第一選択:トラネキサム酸、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、LNG-IUS、LEP4。 |
AUB-I (医原性) | 原因薬剤の中止、変更、または調整。 |
この体系的なアプローチにより、AUBの治療は単に出血を止めるといった対症療法から、根本原因に対処する、より精度の高い医療へと進化しています。
よくある質問
このくらいの出血で病院に行ってもいいのでしょうか?
排卵障害(AUB-O)と診断されました。将来、妊娠できますか?
治療には必ず手術が必要ですか?
結論
不正出血や過多月経は、単なる「体質のせい」や「我慢すべきこと」ではありません。それは、あなたの体からの重要なサインであり、最新の医学では「異常子宮出血(AUB)」という明確な診断概念のもと、その原因を「PALM-COEIN」分類によって体系的に解明し、一人ひとりに合った最適な治療法を選択することが可能になっています。この記事を通じて、ご自身の症状を客観的に見つめ直し、正しい知識を得ていただけたなら幸いです。最も大切なことは、一人で悩まず、信頼できる婦人科医に相談することです。あなたの健康と、より快適な毎日のために、ぜひ勇気を出して第一歩を踏み出してください。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
- 臨床婦人科産科編集委員会. 機能性子宮出血. 臨床婦人科産科. 2006;60(4):469-473. https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1409100086
- Munro MG, Critchley HOD, Broder MS, Fraser IS, for the FIGO Working Group on Menstrual Disorders. FIGO classification system (PALM-COEIN) for causes of abnormal uterine bleeding in nongravid women of reproductive age. Int J Gynaecol Obstet. 2011;113(1):3-13. doi:10.1016/j.ijgo.2010.11.011. PMID: 21345435.
- 日本産科婦人科学会, 日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023. [インターネット]. 2023. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2023.pdf
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