【科学的根拠に基づく】慢性骨髄性白血病(CML)完全ガイド:診断、最新治療から「治療中止」を目指す新時代、そして日本の医療制度活用法まで
がん・腫瘍疾患

【科学的根拠に基づく】慢性骨髄性白血病(CML)完全ガイド:診断、最新治療から「治療中止」を目指す新時代、そして日本の医療制度活用法まで

かつて、慢性骨髄性白血病(CML)は、診断から数年で死に至る可能性が高い、極めて予後の悪い病気でした1。しかし、21世紀の幕開けとともに、その歴史は劇的に変わります。2001年に登場した「分子標的薬」は、CML治療に革命をもたらしました。この薬の登場により、CMLは「死に至る病」から、多くの場合、通院治療を続けながら通常の社会生活を送り、一般の人と変わらない寿命が期待できる「管理可能な慢性疾患」へと変貌を遂げたのです1。そして今、CML治療は新たな地平を切り拓こうとしています。単に病気をコントロールし、生存期間を延ばすだけでなく、厳しい条件を満たした患者さんにおいては、薬の服用を安全に中止し、寛解状態を維持し続ける「治療中止寛解(Treatment-Free Remission: TFR)」が、現実的な治療目標として掲げられるようになりました2。この進歩は、CMLと共に生きる患者さんとご家族にとって、計り知れない希望の光となっています。
このレポートは、医療情報サイトJAPANESEHEALTH.ORGが、日本のCML患者さんとそのご家族のために作成した、包括的かつ絶対的に信頼できる医学情報ガイドです。CMLという病気の根本的なメカニズムから、最新の治療戦略、そして治療のゴールであるTFRに至るまで、科学的根拠に基づいた正確な知識を提供します。しかし、本レポートの目的は、単なる医学情報の解説に留まりません。診断という厳しい現実を前にした時の心の準備、複雑な日本の医療制度(特に高額な治療費を支える公的支援)の具体的な活用法、そして専門的な医療機関へのアクセス方法まで、患者さんが直面するであろう様々な課題に対する具体的な「アクションプラン」を提示します。このレポートが、CMLという長い道のりを歩む皆さまにとって、確かな知識と希望を与え、ご自身の治療に主体的に関わるための信頼できる道標となることを心から願っています。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 国立がん研究センター東病院: この記事におけるCMLの概要に関する指導は、情報源資料で引用されている同病院が公開した解説に基づいています。
  • 欧州白血病ネット(European LeukemiaNet): 治療推奨、予後予測、および治療効果の評価基準に関する指導は、この組織が発表した複数のガイドライン(2013年版、2020年版)に基づいています。
  • 米国国立がん研究所(NCI)およびNCCN: 治療選択肢と患者向け情報に関する内容は、これらの組織が発行するPDQ®要約およびガイドラインに基づいています。
  • 日本血液学会: 日本国内における標準治療に関する記述は、同学会が発行する「造血器腫瘍診療ガイドライン」に基づいています。
  • 厚生労働省および全国健康保険協会: 高額療養費制度に関する解説は、これらの公的機関が提供する公式資料に基づいています。

要点まとめ

  • 慢性骨髄性白血病(CML)は、分子標的薬の登場により、致死的な病気から、薬でコントロールしながら長期間生存できる「管理可能な慢性疾患」へと変わりました。
  • CMLの原因は、後天的に生じる「フィラデルフィア染色体」と、そこから作られる異常な「BCR-ABL融合遺伝子」であることが特定されています。
  • 治療の主役は、このBCR-ABLの働きだけを狙い撃ちにする「チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)」という飲み薬です。
  • 現在の究極的な治療目標は、薬の服用を安全に中止できる状態「治療中止寛解(TFR)」を達成することです。
  • 治療効果は定期的な遺伝子検査で厳密に評価され、その結果に応じて治療方針が最適化されます。
  • 高額な治療費は、日本の公的医療保険制度である「高額療養費制度」を活用することで、自己負担を大幅に軽減できます。
  • CMLは「希少がん」であり、国立がん研究センターの「希少がんホットライン」などの専門窓口を活用することが、最適な医療への近道となります。

第1部:慢性骨髄性白血病(CML)を正しく理解する

1.1. CMLとは? — 血液のがんの基本から、CMLの特異性までを解説

血液のがん「白血病」の基礎知識

私たちの血液には、酸素を運ぶ「赤血球」、感染から体を守る「白血球」、出血を止める「血小板」という3種類の血液細胞があります。これらの血液細胞はすべて、骨の中心部にあるスポンジ状の組織「骨髄」に存在する「造血幹細胞」という“血液の種”から作られています3。白血病とは、この造血幹細胞またはそこから分化する途中の未熟な細胞が「がん化」し、異常な血液細胞(白血病細胞)が骨髄の中で無制限に増え続けてしまう病気の総称です1

白血病の分類

白血病は、その性質から大きく4つのタイプに分類されます。まず、病気の進行速度によって、急激に症状が進行する「急性白血病」と、比較的ゆっくりと進行する「慢性白血病」に分けられます。次に、がん化する細胞の種類によって、白血球の一種である顆粒球や単球のもとになる細胞ががん化する「骨髄性白血病」と、リンパ球のもとになる細胞ががん化する「リンパ性白血病」に分けられます4

CMLの位置づけ

この分類に基づくと、慢性骨髄性白血病(CML)は、進行が緩やかな「慢性」で、骨髄系の細胞ががん化する「骨髄性」の白血病と定義されます3。骨髄で主に白血球が過剰に作られることから、「骨髄増殖性腫瘍」という疾患群の一つにも分類されています5

急性白血病との違い

「慢性骨髄性白血病」と「急性骨髄性白血病」は名前が似ていますが、急性白血病が慢性化したものがCMLというわけではありません。この二つは、病気の発生の仕方や仕組みが根本的に異なる別の病気です6。急性白血病では、がん化した細胞が成熟する能力を失い、未熟な細胞(芽球)が急激に増殖します。一方、CMLでは、白血病細胞は異常に増殖するものの、ある程度成熟する能力(分化能)は保たれています。そのため、血液中には成熟した白血球も多く見られるのが特徴です7。しかし、CMLを治療せずに放置すると、最終的には急性白血病と非常によく似た危険な状態(急性転化期)に移行してしまいます6

1.2. 発症のメカニズム — 「フィラデルフィア染色体」と「BCR-ABL遺伝子」の役割を徹底解剖

原因は後天的な遺伝子異常

CMLは、親から子へ遺伝する病気ではありません8。放射線や化学物質など、様々な要因が関係している可能性は指摘されていますが、ほとんどの患者さんではっきりとした原因は分かっていません。確かなことは、CMLが、人生のどこかの時点で、一人の造血幹細胞の遺伝子に偶然、後天的な傷(異常)が生じることによって始まるということです9

フィラデルフィア(Ph)染色体の発見

CMLの患者さんの90~95%以上で、細胞の核の中にある遺伝情報の設計図「染色体」に、特徴的な異常が見つかります6。人間の細胞には通常46本の染色体がありますが、CML細胞では、9番目の染色体と22番目の染色体の一部が途中で切れ、お互いに入れ替わってしまう「相互転座」という現象が起きています6。この結果、22番染色体が異常に短くなります。この特徴的な短い22番染色体は、発見された都市の名前にちなんで「フィラデルフィア(Ph)染色体」と呼ばれています7

元凶となるBCR-ABL融合遺伝子

このPh染色体が形成される過程で、本来は別々の染色体上にある二つの遺伝子、22番染色体のBCR遺伝子と9番染色体のABL遺伝子が、切れ目で結合してしまいます。こうして生まれるのが、「BCR-ABL融合遺伝子」(またはBCR::ABL1融合遺伝子)と呼ばれる、CML発症の元凶となる異常な遺伝子です6

暴走する増殖シグナル

遺伝子はタンパク質の設計図です。この異常なBCR-ABL融合遺伝子からは、「BCR-ABLチロシンキナーゼ」という異常なタンパク質が作られます6。チロシンキナーゼは、本来、細胞の増殖や生存をコントロールするスイッチのような役割を担っています。しかし、BCR-ABLチロシンキナーゼは、このスイッチが常に「ON」の状態になっており、「細胞を増殖させろ」という指令を絶え間なく出し続けます8。この暴走したシグナルによって、Ph染色体を持つ白血病細胞が骨髄内で無秩序かつ無制限に増え続け、CMLを発症させるのです。CML治療の根幹は、この異常なBCR-ABLチロシンキナーゼの働きをいかにして止めるか、という点にあります。

1.3. 日本における疫学 — 発症率、好発年齢、そして日本の患者さんが知っておくべき統計データ

希少がんとしての一面

CMLは、白血病全体の中では約1~2割を占める比較的まれなタイプです6。日本での発症率は、年間で人口10万人あたり1人から2人程度と報告されており、毎年新たに診断される患者さんは約1,500人と推定されています1。この発症率は、日本の「希少がん」の定義である「人口10万人あたりの年間発生数が6例未満のがん」に該当します10。この「希少がん」であるという事実は、患者さんにとって単なる分類以上の重要な意味を持ちます。なぜなら、希少がんは患者数が少ないために、診療経験の豊富な医師や医療機関が限られ、情報も集めにくいという課題があるからです10。裏を返せば、この課題を認識し、国が設置している専門の相談窓口などを活用することが、最適な治療への近道となることを意味します。この点については、第4部で詳しく解説します。

発症年齢と性差

CMLは主に中年期以降に発症することが多く、発症年齢の中心は45歳から60歳代です3。しかし、まれに小児や10代から30代の若年層にも発症することがあります1。性別では、男性の方が女性よりもわずかに発症しやすい傾向が見られます1。日本の社会全体の高齢化に伴い、今後はCMLに罹患する患者さんの数も増加することが予想されています11

第2部:診断から予後予測まで

2.1. CMLのサインを見逃さない — 初期症状、健康診断での発見、そして進行時の注意すべき症状

“サイレント”な始まり

CMLの最も特徴的な点の一つは、病気の初期段階である「慢性期」には、ほとんど自覚症状がないか、あっても非常に軽いことです12。これは、増殖している白血病細胞がある程度正常な機能を保っているため、すぐには体調に大きな変化が現れないからです13

健康診断が発見のきっかけ

この「症状のなさ」ゆえに、CMLと診断された患者さんの約85%は、会社の健康診断や人間ドック、あるいは他の病気で医療機関を受診した際の血液検査で、偶然「白血球の数値が高い」という異常を指摘されたことがきっかけとなっています1。自覚症状がないまま病気が発見されるケースが非常に多いのです。

現れる可能性のある初期症状

もし初期に症状が現れる場合、それは非常に曖昧で、他の多くの病気でも見られるようなものです。具体的には、以下のような症状が挙げられます3

  • ひどい疲労感、だるさ
  • 原因が思い当たらない体重減少
  • ひどい寝汗
  • 微熱

脾臓の腫れ(脾腫)による症状

CMLが進行すると、白血病細胞が脾臓にたまることで脾臓が腫れる「脾腫」が起こることがあります。これはCMLの比較的特徴的な所見の一つです。脾臓は左の肋骨の下あたりにあるため、脾腫が起こると以下のような症状が出ることがあります3

  • 左上腹部の痛みや張り、圧迫感
  • あまり食べていないのにお腹が張って満腹に感じる(腹部膨満感)

進行期の症状

病気が「移行期」や「急性転化期」へと進行すると、骨髄の中で正常な血液細胞を作るスペースが白血病細胞に占領されてしまいます。その結果、正常な赤血球、白血球、血小板が減少し、急性白血病のようなはっきりとした症状が現れてきます14

  • 貧血の症状(赤血球減少): 息切れ、動悸、めまい、顔色が悪い
  • 出血傾向(血小板減少): 鼻血、歯ぐきからの出血、青あざができやすい
  • 感染症(正常な白血球減少): 発熱、重い感染症にかかりやすくなる

これらの症状は病気が進行しているサインである可能性があり、速やかな対応が必要です。

2.2. 確定診断への道のり — 血液検査、骨髄検査、遺伝子検査の目的と流れ

CMLが疑われた場合、診断を確定し、治療方針を決定するために、いくつかの精密検査が行われます。

  • 血液検査(末梢血検査): まず行われる基本的な検査です。腕の静脈から採血し、血液細胞の数や種類を調べます。CMLでは、白血球数(特に好中球や好塩基球)と血小板数が著しく増加しているのが典型的な所見です15。また、本来は骨髄の中にしかいないはずの未熟な血液細胞(骨髄芽球など)が血液中に現れていることもあります16
  • 骨髄検査(骨髄穿刺・骨髄生検): 確定診断と病期の正確な評価のために、ほぼ必須となる重要な検査です15。通常、局所麻酔をした上で、腰の骨(腸骨)に専用の針を刺し、骨髄液と骨髄組織を少量採取します。この検査により、骨髄の中で白血病細胞がどれくらいの割合を占めているか(特に芽球の割合)を正確に評価し、病期(慢性期、移行期、急性転化期)を判定します17
  • 染色体検査・遺伝子検査: CMLの診断を決定づける検査です。採取した血液や骨髄の細胞を用いて、CMLの根本原因であるフィラデルフィア(Ph)染色体やBCR-ABL融合遺伝子の有無を調べます6。これらの異常が検出されれば、CMLであると確定診断されます15。この遺伝子検査は、後の治療効果を測定する上でも基準となるため、非常に重要です。

2.3. 病期(ステージ)の理解 — 慢性期・移行期・急性転化期の定義と意味

CMLは、病気の進行度に応じて、大きく3つの病期(ステージ)に分けられます。どの病期にいるかによって、治療法や予後が大きく異なるため、この分類を理解することは極めて重要です1

  • 慢性期 (Chronic Phase: CP): CMLと診断される患者さんの約85%がこの段階にあります17。白血病細胞は増殖していますが、まだ成熟する能力を保っており、自覚症状はほとんどありません。この慢性期の段階で治療を開始すれば、非常に良好な治療効果が期待でき、病気の進行を長期間にわたって抑えることが可能です。
  • 移行期 (Accelerated Phase: AP): 慢性期から、次に述べる急性転化期へと移行する中間段階です。骨髄や血液中の未熟な細胞(芽球)の割合が増え始め、発熱や倦怠感、脾臓の腫れといった全身症状が悪化してきます18。治療に対する反応も悪くなる傾向があります。
  • 急性転化期 (Blast Phase / Blast Crisis: BP): CMLの最終段階であり、最も危険な状態です。骨髄や血液中の芽球が著しく増加し、その状態は急性白血病とほぼ同じになります17。正常な血液細胞が極端に減少し、重篤な感染症や出血、貧血など、生命を脅かす症状が現れます。

治療を受けずに放置した場合、CMLは平均して3~6年で慢性期から移行期、そして急性転化期へと進行していきます6。したがって、いかに「慢性期」の段階で診断を受け、適切な治療を開始して、進行を防ぐかが、CML治療における最大の鍵となります。

表1: CMLの病期分類(ELN 2013年基準)

この表は、医師が患者さんの病期を判断する際に用いる国際的な基準の一つです。ご自身の検査結果と照らし合わせることで、病状を客観的に理解する助けとなります。

病期 定義(以下のいずれか1つ以上に該当)
移行期 (AP) • 末梢血または骨髄における芽球の割合が15~29%
• 末梢血または骨髄における芽球と前骨髄球の合計が30%以上
• 末梢血における好塩基球の割合が20%以上
• 治療とは無関係に血小板数が10万/µL未満に減少
• 治療中にPh染色体に加えて新たな染色体異常が出現
急性転化期 (BP) • 末梢血または骨髄における芽球の割合が30%以上
• 骨髄以外の場所(脾臓を除く)に白血病細胞のかたまり(髄外病変)が出現

出典: European LeukemiaNet (ELN) 2013年版の基準を基に作成19

2.4. 治療方針を決める予後予測 — SokalスコアとELTSスコアの役割と評価方法

CMLと診断された際、今後の病気の経過や治療の効きやすさを予測するために、「予後予測スコア」という指標が用いられます。これにより、患者さん一人ひとりに合った最適な初期治療を選択することができます。

  • Sokalスコア: 古くから用いられてきた伝統的な予後予測モデルです。診断時の「年齢」「脾臓の大きさ」「血小板数」「末梢血中の芽球の割合」の4つの因子を組み合わせてスコアを計算し、リスクを分類します19
  • ELTS (EUTOS long-term survival) スコア: 近年、より長期的な生存率との関連性が高いとされ、欧州白血病ネット(ELN)などの国際的なガイドラインで推奨されている新しい予後予測モデルです20。「年齢」「脾臓の大きさ」「末梢血中の芽球の割合」「末梢血中の好塩基球の割合」からスコアを算出します。

これらのスコアによって、患者さんは「低リスク」「中リスク」「高リスク」のいずれかのグループに分類されます19。このリスク分類は、治療薬を選択する上で重要な判断材料となります。例えば、「高リスク」と判定された患者さんに対しては、病気の進行をより確実に防ぐために、初回治療から強力な効果が期待できる第2世代の分子標的薬(TKI)を選択することが推奨される場合があります21。ご自身の予後リスクがどの分類に当たるのかを主治医に確認し、その理由を理解することは、治療方針に関する話し合いに主体的に参加する上で非常に重要です。

第3部:最新のCML治療戦略

3.1. 治療目標の変遷と現在 — 生存期間の延長から、新たなゴール「治療中止寛解(TFR)」へ

CMLの治療は、この20年で劇的な進化を遂げ、それに伴い治療の目標も大きく変わりました。

  • 過去の治療 (~2000年頃): 分子標的薬が登場する前は、インターフェロン注射や抗がん剤(ヒドロキシウレアなど)が主な治療法でした。これらの治療は効果が限定的で副作用も強く、同種造血幹細胞移植が唯一の根治を目指せる選択肢でしたが、体への負担が大きく、すべての患者さんが受けられるわけではありませんでした1
  • TKIの登場による革命 (2001年~): 2001年に最初の分子標的薬であるイマチニブが登場したことで、CML治療は一変しました。CMLは「通院しながら内服薬でコントロールできる病気」となり、治療を適切に続けることで、CMLが直接の原因で亡くなるリスクは劇的に低下しました1。現在、TKIによる治療を受けたCML患者さんの10年生存率は約90%に達し、多くの患者さんが病気と共存しながら天寿を全うできる時代になっています22
  • 新たな治療目標「TFR」 (現在): 治療成績が飛躍的に向上した今、CML治療は次のステージへと進んでいます。現在の究極的な治療目標は、単に病気をコントロールし続けることだけではありません。TKI治療によって体内の白血病細胞を検出できないレベルまで徹底的に減らす「深い分子遺伝学的寛解(Deep Molecular Response: DMR)」を達成し、その状態を長期間安定して維持すること。そして最終的には、TKIの服用を中止しても再発することなく寛解を保ち続ける「治療中止寛解(Treatment-Free Remission: TFR)」を達成することです2。生涯にわたる薬の服用から解放される可能性が、現実的な選択肢として見えてきたのです。

3.2. 治療の主役:分子標的薬(TKI) — 作用機序、各薬剤の特徴、そして最適な薬剤選択の考え方

現在のCML治療の根幹をなすのが、分子標的薬である「チロシンキナーゼ阻害薬(Tyrosine Kinase Inhibitor: TKI)」です。

TKIの作用機序

TKIは、CMLの原因である異常なタンパク質「BCR-ABLチロシンキナーゼ」の働きだけを狙い撃ちにする薬です12。BCR-ABLチロシンキナーゼが白血病細胞の増殖スイッチをONにするためには、エネルギー源であるATPという物質が結合する必要があります。TKIは、このATPが結合するポケットに先回りして蓋をすることで、BCR-ABLチロシンキナーゼの働きを阻害し、白血病細胞の増殖シグナルを止めます21。正常な細胞への影響が比較的少ないため、従来の抗がん剤に比べて副作用が軽いという特徴もあります。

第一選択薬(フロントライン治療)

CMLと診断されて最初に使われるTKI(第一選択薬)には、いくつかの選択肢があります。日本の診療ガイドラインでは、慢性期のCMLに対する初回治療として、以下の薬剤が推奨されています17

  • 第1世代TKI: イマチニブ(商品名:グリベック®など)
  • 第2世代TKI: ニロチニブ(商品名:タシグナ®)、ダサチニブ(商品名:スプリセル®)、ボスチニブ(商品名:ボシュリフ®)

最近では、米国など海外のガイドラインでは、より新しい作用機序を持つ第3世代のTKIであるアシミニブ(商品名:セムブリックス®)も第一選択薬の一つとして承認されています23

薬剤選択の考え方:Shared Decision Making

これら複数の選択肢の中からどのTKIを最初に使うかは、画一的に決まるものではありません。そこには「パラドックス・オブ・チョイス(選択の逆説)」とも言える複雑さが存在し、患者さん一人ひとりの状況に合わせた個別化された決定が求められます。この決定プロセスは、医師と患者が情報を共有し、共に話し合って進める「Shared Decision Making(共同意思決定)」が非常に重要となります。考慮すべき主な要素は以下の通りです20

  • 予後リスクスコア: 診断時のSokalスコアやELTSスコアが「高リスク」の場合、より早期に深い寛解を目指すため、第2世代TKIが推奨される傾向にあります。
  • 患者さんの年齢やライフスタイル: 若年で将来的にTFRを目指したい意向が強い場合は、より早く深い寛解が得られる可能性のある第2世代TKIが選択されることがあります。
  • 合併症(持病)の有無: 各TKIには特有の副作用プロファイルがあります。例えば、心血管系の危険性がある患者さんにはニロチニブやポナチニブは慎重に、肺に持病がある患者さんにはダサチニブは慎重に、といったように、患者さんの持病に合わせて最適な薬剤を選択します。
  • 各薬剤の副作用プロファイル: 下記の表に示すような、各薬剤で起こりやすい副作用を理解し、ご自身の体質や生活スタイルに合ったものを選択します。

この複雑な選択を乗り越え、最適な治療を開始するためには、患者さん自身が各薬剤の特徴を理解し、自分の希望や懸念を医師に伝え、対話に参加することが不可欠です。

表2: 主なチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の比較:副作用と選択時の注意点

薬剤名(世代) 代表的な副作用 特に注意が必要な合併症・状態
イマチニブ (第1世代) むくみ(浮腫)、筋肉のけいれん(こむら返り)、吐き気、下痢、皮疹 特記すべき強い禁忌は少ないが、心機能や腎機能が低下している場合は注意深く観察が必要24
ニロチニブ (第2世代) 頭痛、皮疹、高血糖、脂質異常症、肝機能障害、膵炎 動脈閉塞性イベント(心筋梗塞、脳梗塞、末梢動脈疾患など)。動脈硬化や心血管疾患の危険性が高い患者には禁忌または慎重投与25
ダサチニブ (第2世代) 胸水(肺の周りに水がたまる)、血球減少、出血傾向 肺疾患(間質性肺炎など)、胸膜炎の既往がある患者には禁忌または慎重投与。肺高血圧症の危険性も報告されている25
ボスチニブ (第2世代) 下痢(頻度が高い)、吐き気、肝機能障害、腎機能障害 肝疾患や腎疾患のある患者には慎重投与。重度の下痢が起こることがある25
ポナチニブ (第3世代) 動脈・静脈血栓塞栓症(重篤な心血管イベント)、高血圧、皮疹、膵炎、肝機能障害 心血管疾患の危険性が非常に高く、厳重な管理が必要。主に治療抵抗性やT315I変異陽性例に使用される22
アシミニブ (第3世代) 筋肉痛・関節痛、血小板減少、疲労感、膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ)上昇 膵炎の既往がある患者には慎重投与。他のTKIとは異なる作用機序を持つ22

出典: 各種ガイドラインおよび臨床試験報告を基に作成22

3.3. 治療効果の「見える化」 — 定期的なモニタリングの重要性と、国際基準(ELN)による治療効果の評価方法(至適奏効・警告・治療不成功)

モニタリングの重要性

TKIによる治療は、ただ薬を飲めば良いというものではありません。その効果を客観的な指標で厳密に評価し、治療方針を随時最適化していく「モニタリング」が、治療の成否を分ける極めて重要なプロセスです。現代のCML治療は、データに基づいた、時間的制約のある非常にシビアなプロセスです。治療開始後の初期段階(特に最初の1年)の反応が、長期的な予後を大きく左右することが分かっています。そのため、定期的な血液検査に加え、血液中のBCR-ABL融合遺伝子の量を精密に測定する「定量的PCR検査」を3ヶ月ごとに行い、治療効果を「見える化」することが不可欠です2

国際的な評価基準(ELNガイドライン)

治療効果の評価には、欧州白血病ネット(ELN)が提唱する国際的な基準が広く用いられています。この基準では、治療開始後3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月といった重要な「マイルストーン」で、BCR-ABL遺伝子量がどこまで減少したか(国際スケール値: IS)によって、治療反応が以下の3段階で評価されます26

  • 至適奏効 (Optimal Response): 治療が理想的に効いている状態。このまま現在の治療を継続します。
  • 警告 (Warning): 治療効果がやや不十分な状態。再発の危険性があるため、より頻繁なモニタリングが必要となり、場合によっては治療変更も検討されます。
  • 治療不成功 (Failure): 治療効果が明らかに不十分で、病気が進行する危険性が高い状態。この評価が下された場合、漫然と治療を続けることは許されず、原則として速やかに薬剤を変更するなどの治療方針の見直しが必須となります27

この評価システムは、患者さんにとっても非常に重要です。なぜなら、患者さん自身の服薬遵守(毎日正しく薬を飲むこと)が、これらの重要なマイルストーンを達成できるかどうかに直接影響するからです。治療は医師任せの受け身なプロセスではなく、患者さんが主体的に参加し、医師と二人三脚で目標達成を目指すパートナーシップなのです。

表3: TKI治療効果の評価マイルストーン(ELN 2020基準)

ご自身のPCR検査の結果(BCR-ABL1 IS%)が、各時点でどのカテゴリーに入るかを確認するための目安です。

治療期間 至適奏効 (Optimal) 警告 (Warning) 治療不成功 (Failure)
3ヶ月 $BCR-ABL1 \le 10\%$ $BCR-ABL1 > 10\%$ $BCR-ABL1 > 10\%$ が1~3ヶ月以内に再確認された場合
6ヶ月 $BCR-ABL1 \le 1\%$ $BCR-ABL1 > 1\% \text{~} 10\%$ $BCR-ABL1 > 10\%$
12ヶ月 $BCR-ABL1 \le 0.1\%$ (MMR) $BCR-ABL1 > 0.1\% \text{~} 1\%$ $BCR-ABL1 > 1\%$
いつでも $BCR-ABL1 \le 0.1\%$ (MMR) 維持 $BCR-ABL1 > 0.1\% \text{~} 1\%$ またはMMRからの逸脱 $BCR-ABL1 > 1\%$ または治療抵抗性遺伝子変異の出現

MMR (Major Molecular Response): 分子遺伝学的大寛解
出典: European LeukemiaNet (ELN) 2020年版の推奨を基に作成27

3.4. 治療中止寛解(TFR)への挑戦 — TFRを安全に目指すための条件、プロセス、そして日本の現状

TFRはCML治療における究極の目標の一つですが、誰でも、いつでも目指せるわけではありません。安全にTKIの服用を中止するためには、いくつかの厳格な条件を満たす必要があります。

TFRを目指せる条件

国際的なガイドラインでは、TFRを検討するための条件として、以下のような項目が挙げられています24

  • 必須条件:
    • CMLが最初の慢性期であること。
    • 患者さん自身がTFRを強く希望し、中止後の厳格なモニタリングに同意していること。
    • 国際標準化された高感度のPCR検査が迅速に受けられる環境にあること。
  • 推奨される条件(最小限):
    • TKIによる治療期間が5年以上(第2世代TKIの場合は4年以上)。
    • 深い分子遺伝学的寛解(DMR: $MR^4$ すなわち $BCR-ABL1 \le 0.01\%$ 以上)の状態を2年以上安定して維持していること。
    • 過去に治療不成功の既往がないこと。

中止後のプロセスと再発

これらの条件を満たしてTKIを中止した場合でも、約半数の患者さんでBCR-ABL遺伝子が再び増加し、再発が見られます23。そのため、中止後は再発の兆候をいち早く捉えるために、非常に頻繁なモニタリング(最初の半年は毎月、その後も2ヶ月ごと、3ヶ月ごとなど)が絶対に必要です24。しかし、重要なのは、たとえ再発しても、速やかに以前のTKI治療を再開すれば、ほとんどの患者さんで再び寛解状態に戻ることができるという点です23

日本の現状

日本でもTKIの中止に関する大規模な臨床試験(JALSG D-STIM試験など)が積極的に行われており、多くのデータが蓄積されています。また、小児のCMLにおいても、成長への影響などを考慮し、TFRは重要な治療目標と位置づけられ、臨床試験が進められています15。TFRを目指すかどうかは、再発の危険性と、生涯薬を飲み続けることの身体的・精神的・経済的負担を天秤にかけ、主治医と十分に話し合って決定すべき重要な選択です。

3.5. TKI以外の治療選択肢 — 同種造血幹細胞移植の現在の位置づけと、進行期CMLの治療

TKIが治療の中心である現代においても、他の治療法が重要な役割を果たす場面があります。

同種造血幹細胞移植

同種造血幹細胞移植は、強力な化学療法や放射線治療で患者さん自身の骨髄を破壊した後、健康なドナーから提供された造血幹細胞を移植することで、造血機能を再建する治療法です。TKIが登場する前は唯一の根治的治療法でした。現在では、その役割は変化し、以下のような場合に検討される重要な選択肢となっています22

  • 複数のTKI治療を行っても効果が見られない(治療抵抗性)。
  • TKIに重篤な副作用が出てしまい、治療の継続が困難(不耐容)。
  • 特定の治療抵抗性遺伝子変異(例:T315I変異)が出現した場合。
  • 病気が進行期(移行期・急性転化期)に移行した場合。

進行期の治療

病気が移行期や急性転化期に進行してしまった場合は、より強力な治療が必要となります。TKIの種類の変更や増量、急性白血病に準じた複数の抗がん剤を組み合わせる化学療法、そして可能であれば同種造血幹細胞移植が、病状に応じて組み合わせて行われます17。予後は慢性期に比べて厳しくなるため、いかに慢性期を維持するかが重要です。

第4部:CMLと共に生きるためのアクションプラン

4.1. 診断直後からの情報収集と心の準備 — 信頼できる情報源、医師との対話術、そして患者会の役割

CMLと診断された直後は、大きな不安と混乱に襲われることでしょう。しかし、正確な情報を得て、自分の状況を正しく理解することが、不安を乗り越え、前向きに治療に取り組むための第一歩となります。

信頼できる情報源を活用する:

インターネットには様々な情報が溢れていますが、中には不正確なものや古いものも含まれます。まずは、以下のような公的機関や専門学会が提供する信頼性の高い情報源を参照しましょう。

  • 国立がん研究センター がん情報サービス: 日本の患者さん向けに、病気や治療、療養生活に関する標準的で分かりやすい情報を提供しています13
  • 日本血液学会: 専門医向けの「造血器腫瘍診療ガイドライン」を発行しており、最新の標準治療に関する最も権威ある情報源です28
  • NCCNガイドライン日本語版: 米国のガイドラインの翻訳版で、世界の標準治療を知ることができます2

医師との対話を大切にする:

治療の主役はあなた自身です。医師との対話を通じて、ご自身の病状や治療方針を深く理解することが重要です。診察の際には、事前に聞きたいことをメモしておくと良いでしょう29。以下のような点は、積極的に質問し、確認することをお勧めします。

  • 私の現在の病期(慢性期、移行期、急性転化期)は何ですか?
  • 私の予後リスク(Sokalスコア、ELTSスコア)はどう評価されていますか?
  • 提案された治療薬(TKI)が選ばれた理由は何ですか?他に選択肢はありますか?
  • 治療の具体的な目標は何ですか?(将来的にTFRを目指せますか?)
  • 注意すべき副作用とその対処法を教えてください。

患者会の力を借りる:

同じ病気を経験した仲間との繋がりは、何物にも代えがたい支えとなります。患者会に参加したり、患者さんのブログを読んだりすることで、一人では抱えきれない不安を共有し、治療や副作用との向き合い方に関する実践的なヒントを得ることができます30。多くの患者さんが、治療を続けながら充実した日々を送っていることを知ることは、大きな勇気を与えてくれるでしょう31

4.2. 治療費の不安を解消する — CML治療の費用と、日本の公的支援制度「高額療養費制度」の徹底活用ガイド

TKIによる治療は長期間にわたるため、経済的な負担は患者さんにとって最も大きな不安の一つです。しかし、日本にはこの負担を大幅に軽減するための優れた公的支援制度があります。

CMLは「指定難病」ではない

まず知っておくべき重要な点は、CMLは現在のところ、日本の「指定難病医療費助成制度」の対象疾患ではないということです32。そのため、難病指定による医療費助成は受けられません。この事実を知らないままだと、誤った期待から経済的な計画を立ててしまう可能性があります。

切り札は「高額療養費制度」

CML患者さんの経済的負担を支える最も重要な制度が、すべての公的医療保険(健康保険、国民健康保険など)に備わっている「高額療養費制度」です33。これは、1ヶ月(1日から末日まで)に医療機関の窓口で支払った医療費の自己負担額が、年齢や所得に応じて定められた上限額を超えた場合に、その超えた分が後から払い戻される制度です。

制度の仕組みを理解する

高額療養費制度には、負担をさらに軽減するためのいくつかの仕組みがあります。

  • 自己負担上限額: 上限額は年齢(70歳未満か70歳以上か)と、所得(標準報酬月額や課税所得)によって細かく区分されています。
  • 多数回該当: 直近12ヶ月以内に3回以上、高額療養費制度の対象となった場合、4回目からは自己負担上限額がさらに引き下げられます。長期治療となるCML患者さんにとっては、非常に重要な仕組みです34
  • 世帯合算: 同じ医療保険に加入している家族の自己負担額を合算することができます。一人分の負担では上限額に達しなくても、家族の分を合わせることで対象となる場合があります33

事前の手続き「限度額適用認定証」を必ず利用する

高額療養費制度は、本来、一度窓口で全額を支払い、後から差額の払い戻しを受ける仕組みです。しかし、TKIのような高額な薬剤では、一時的な立て替え払いだけでも大きな負担になります。そこで、事前にご自身が加入している医療保険(協会けんぽ、健康保険組合、市町村など)に申請し、「限度額適用認定証」を入手しておくことを強くお勧めします35。この認定証を医療機関の窓口に提示すれば、支払いを自己負担上限額までに抑えることができ、立て替えの必要がなくなります。

表4: 【完全版】高額療養費制度 自己負担上限額(月額)

この表は、あなたの経済的な不安を具体的な数字で解消するための最も実用的なツールです。ご自身の年齢と所得区分を確認し、毎月の医療費の自己負担が最大でいくらになるのかを把握しましょう。

【69歳以下の方】
所得区分(年収の目安) 自己負担上限額(3回目まで) 自己負担上限額(4回目以降:多数回該当)
区分ア (年収約1,160万円~) 252,600円 + (総医療費 – 842,000円) × 1% 140,100円
区分イ (年収約770万~1,160万円) 167,400円 + (総医療費 – 558,000円) × 1% 93,000円
区分ウ (年収約370万~770万円) 80,100円 + (総医療費 – 267,000円) × 1% 44,400円
区分エ (~年収約370万円) 57,600円 44,400円
区分オ (住民税非課税者) 35,400円 24,600円
【70歳以上の方】
所得区分(年収の目安) 外来のみ(個人ごと) 世帯全体の上限額(3回目まで) 世帯全体の上限額(4回目以降:多数回該当)
現役並みⅢ (年収約1,160万円~) 252,600円 + (総医療費 – 842,000円) × 1% 140,100円
現役並みⅡ (年収約770万~1,160万円) 167,400円 + (総医療費 – 558,000円) × 1% 93,000円
現役並みⅠ (年収約370万~770万円) 80,100円 + (総医療費 – 267,000円) × 1% 44,400円
一般 (年収約156万~370万円) 18,000円 (年間上限144,000円) 57,600円 44,400円
住民税非課税Ⅱ 8,000円 24,600円 24,600円
住民税非課税Ⅰ 8,000円 15,000円 15,000円

出典: 厚生労働省の資料を基に作成33。総医療費は保険適用される費用の10割額です。所得区分は詳細な条件があるため、必ずご自身の保険者にご確認ください。

4.3. 日常生活・仕事との両立 — 治療中の体調管理、感染症対策、そして患者さんの体験談に学ぶヒント

CMLは長く付き合っていく病気です。治療と日常生活のバランスをうまく取ることが大切です。

  • 副作用との付き合い方: TKIには様々な副作用がありますが、多くの場合は対処可能です。吐き気、下痢、皮疹、むくみ、筋肉のけいれんなど、どのような副作用が起こりうるかを事前に知り、対処法を主治医や薬剤師に確認しておきましょう。多くの患者さんは、副作用をコントロールしながら、趣味やスポーツを楽しみ、以前と変わらない生活を送っています12
  • 感染症対策: 病気そのものや治療の影響で、体の抵抗力(免疫)が低下することがあります。特に人混みではマスクを着用する、こまめに手洗いやうがいをするなど、基本的な感染対策を心がけることが重要です13
  • 仕事との両立: CMLが慢性期で安定していれば、通院治療を続けながら仕事を両立することは十分に可能です16。体調に合わせて勤務形態を調整したり、職場の理解を得ることも大切です。治療と仕事の両立に関する悩みは、病院のがん相談支援センターなどで相談できます。

4.4. 専門医療へのアクセス — 希少がんとしてのCMLと、国立がん研究センター「希少がんホットライン」の活用法

CMLは「希少がん」であるという事実は、専門的な医療へのアクセス方法を考える上で重要な鍵となります。

なぜ専門医療へのアクセスが重要か:

希少がんは患者数が少ないため、診断や治療の経験が豊富な医師や医療機関が限られています。最新の治療法や臨床試験の情報も集まりにくい傾向があります。そのため、より専門性の高い医療機関に繋がることが、最善の治療を受けるために不可欠です10

国の相談窓口「希少がんホットライン」を活用する:

この課題に対応するため、国は国立がん研究センターを「希少がん中央機関」として指定し、患者さんやご家族、さらには地域の医療従事者からの相談に応じるための専門の電話相談窓口「希少がんホットライン」を設置しています36

  • 電話番号: 03-3547-5293(がん相談支援センター内)
  • 受付時間: 月~金曜日(祝日除く) 9:00~16:00
  • 相談料: 無料

ホットラインで得られる情報: 専門の相談員が、以下のような様々な相談に対応してくれます36

  • 自分の病気(CML)に関するより詳しい情報
  • CMLの診療経験が豊富な専門の病院はどこか
  • 現在参加できる可能性のある臨床試験(治験)の情報
  • セカンドオピニオンの受け方

診断されたばかりでどこに相談してよいか分からない場合や、現在の治療に不安がある場合など、この国の公式な相談窓口を積極的に活用することは、最適な医療への道を切り拓くための非常に有効なアクションです。

よくある質問

CMLは遺伝しますか? 家族も検査を受けるべきですか?
いいえ、CMLは親から子へ遺伝する病気ではありません8。人生の途中で偶然、一人の造血幹細胞に後天的な遺伝子異常が起こることが原因です。したがって、ご家族がCMLになる危険性が高いわけではなく、特別な検査を受ける必要もありません。
治療薬(TKI)を飲み忘れた場合はどうすればよいですか?
TKIを毎日決まった時間に正しく服用することは、治療効果を最大限に引き出すために非常に重要です。もし飲み忘れた場合は、自分で判断せず、すぐに主治医や薬剤師に連絡して指示を仰いでください。決して、自己判断で2回分を一度に飲むようなことはしないでください。
治療中でも妊娠・出産は可能ですか?
TKIは胎児に影響を与える可能性があるため、服用中の妊娠は原則として避ける必要があります。将来的に妊娠・出産を希望される場合は、治療を開始する前に、必ずその希望を主治医に伝えてください。治療方針や、TFRを目指すかどうかなど、ライフプランに合わせた治療計画を一緒に立てることが可能です。
治療費はどのくらいかかりますか?
TKIは非常に高価な薬ですが、日本の公的医療保険に備わっている「高額療養費制度」を利用することで、自己負担額は所得に応じた上限額までに抑えられます33。例えば、一般的な所得(年収約370万~770万円)の方であれば、毎月の自己負担上限額は約8万円程度となり、さらに4ヶ月目からは約4万4千円に軽減されます。事前に「限度額適用認定証」を申請しておくことで、窓口での支払いをこの上限額までにすることができます。
治療を中止(TFR)できる可能性はどのくらいありますか?
厳格な条件を満たした場合にTKIの中止を試みると、約半数の患者さんが薬なしで寛解を維持できると報告されています23。ただし、TFRを目指すには、長期間のTKI治療と、非常に深い寛解状態を安定して維持することが必要です。TFRが可能かどうか、またその利益と危険性については、主治医と十分に話し合って決定する必要があります。

結論

慢性骨髄性白血病(CML)の物語は、絶望から希望へと、そして今や「治癒」という新たな目標を見据える段階へと、劇的な変遷を遂げました。分子標的薬(TKI)の登場は、この病気を死の淵から引き戻し、多くの患者さんに長い人生と日常を約束しました。さらに、治療中止寛解(TFR)という新たなゴールは、生涯にわたる服薬からの解放という、かつては夢物語だった未来を現実のものとしつつあります。
しかし、この輝かしい進歩は、同時に治療の複雑化ももたらしました。多様なTKIからの最適な選択、国際基準に基づく厳格な治療効果モニタリング、そしてTFRを目指すか否かという重大な決断。現代のCML治療は、もはや医師が一方的に方針を決めるものではありません。患者さん自身が病気を正しく理解し、治療の選択肢を知り、自らの価値観やライフプランを医師と共有し、共に治療のゴールを目指す「パートナー」となることが不可欠な時代になったのです。
本レポートが、そのための確かな知識と具体的なアクションプランを提供し、日本のCML患者さんとご家族の皆さまが、自信と希望を持って治療の道のりを歩むための一助となることを、心から願っています。
JAPANESEHEALTH.ORGは、これからも、科学的根拠に基づいた最も信頼できる情報を、最も必要としている方々へ届けるという使命を追求し続けます。日本のすべてのがん患者さんとそのご家族に、正確な知識という灯火と、明日への希望を提供し続けることを、ここに固くお約束いたします。

免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 分かりやすい血液がんの解説 1: 慢性骨髄性白血病 CML【国立がん研究センター東病院】 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.youtube.com/watch?v=oUvQpEXCh5w
  2. コメント 慢性骨髄性白血病 |NCCNガイドライン日本語版 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www2.tri-kobe.org/nccn/guideline/hematologic/comment/cml.html
  3. 患者さん向け]慢性骨髄性白血病の治療(PDQ®) – がん情報サイト [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://cancerinfo.tri-kobe.org/summary/detail_view?pdqID=CDR0000258006&lang=ja
  4. 白血病の分類:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ] [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://ganjoho.jp/public/cancer/class_leukemia/index.html
  5. ganjoho.jp [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://ganjoho.jp/public/cancer/CML/index.html#:~:text=%E6%85%A2%E6%80%A7%E9%AA%A8%E9%AB%84%E6%80%A7%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85%E3%81%AF,%E3%81%8C%E4%B8%BB%E3%81%AA%E7%89%B9%E5%BE%B4%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
  6. 慢性骨髄性白血病(CML)を学ぶCMLとは? – がんを学ぶ [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.ganclass.jp/kind/cml/about
  7. CMLってどんな病気? | 慢性骨髄性白血病とジェネリック [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://cml.ohara-ch.co.jp/about_cml/
  8. 第23話 慢性骨髄性白血病について – 磐田市立総合病院 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.hospital.iwata.shizuoka.jp/medicine/023/
  9. Chronic Myeloid Leukemia (CML) | Learn What Is CML | LLS [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.lls.org/leukemia/chronic-myeloid-leukemia
  10. 国立がん研究センターに新設された希少がんセンター – メディカルノート [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://medicalnote.jp/contents/160405-016-GR
  11. 血液がんについて | 国立がん研究センター 東病院 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/hematology/040/index.html
  12. 慢性骨髄性白血病:症状は?原因は?新しい治療法があるの?完治できる? [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.premedi.co.jp/%E3%81%8A%E5%8C%BB%E8%80%85%E3%81%95%E3%82%93%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3/h00206/
  13. 慢性骨髄性白血病:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の…] [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://ganjoho.jp/public/cancer/CML/index.html
  14. 慢性骨髄性白血病(CML) – 13. 血液の病気 – MSDマニュアル家庭版 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/13-%E8%A1%80%E6%B6%B2%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85/%E6%85%A2%E6%80%A7%E9%AA%A8%E9%AB%84%E6%80%A7%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85-cml
  15. 慢性骨髄性白血病(CML)の解説|患者さんやご家族のみなさまへ … [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://jccg.jp/family/cml/index.html
  16. 慢性骨髄性白血病 | ユビー病気のQ&A [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://ubie.app/byoki_qa/diseases/chronicmyeloidleukemia
  17. 慢性骨髄性白血病 – Wikipedia [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%A2%E6%80%A7%E9%AA%A8%E9%AB%84%E6%80%A7%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85
  18. 慢性骨髄性白血病(CML)を学ぶ病気の進行と状態 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.ganclass.jp/kind/cml/symptom
  19. 日本血液学会 造血器腫瘍診療ガイドライン第3.1版(2024年版) [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: http://www.jshem.or.jp/gui-hemali/1_4.html
  20. European LeukemiaNet 2020 recommendations for treating chronic myeloid leukemia – iCMLf [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.cml-foundation.org/science-education/science-guidelines/502-eln-guidelines.html
  21. 慢性骨髄性白血病 – NPO法人キャンサーネットジャパン [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.cancernet.jp/wp-content/uploads/2023/11/w_cml2301102.pdf
  22. Chronic Myeloid Leukemia: A Review – PubMed [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40094679/
  23. Chronic Myeloid Leukemia Treatment (PDQ®) – NCI [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.cancer.gov/types/leukemia/hp/cml-treatment-pdq
  24. ELN Guidelines for CML 2020 vs 2013 – Pfizer Oncology Congress Hub [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.pfizeroncologycongresshub.com/files/ELNguidelines2020v2013.pdf
  25. Management of chronic myeloid leukemia in 2023 – common ground and common sense [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10123066/
  26. European LeukemiaNet 2020 Recommendations for Treating Chronic Myeloid Leukaemia: Implications for Ponatinib [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.emjreviews.com/wp-content/uploads/2020/09/European-LeukemiaNet-2020-Recommendations-for-Treating-Chronic-Myeloid-Leukaemia-Implications-for-Ponatinib.pdf
  27. European LeukemiaNet 2020 recommendations for treating chronic myeloid leukemia – PubMed [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32127639/
  28. 造血器腫瘍診療ガイドライン 2023年版 第3版 – 金原出版 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.kanehara-shuppan.co.jp/books/detail.html?isbn=9784307102247
  29. NCCN Guidelines for Patients: Chronic Myeloid Leukemia [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.nccn.org/patients/guidelines/content/PDF/cml-patient.pdf
  30. グリベック – 慢性骨髄性白血病(CML)患者・家族の会「いずみの会」 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.izumi-cml.jp/pf-info.html
  31. 慢性骨髄性白血病(CML)の情報サイト [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.gan-kisho.novartis.co.jp/cmlstation/runner/runner-3y-age40s
  32. 慢性骨髄性白血病は難病指定されていますか? – ユビー [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/apubp8gnill
  33. 高額な医療費を支払ったとき(高額療養費) – 全国健康保険協会 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3030/r150/
  34. 高額療養費制度を利用される皆さまへ – 厚生労働省 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf
  35. 高額療養費制度とは?自己負担額や仕組みをわかりやすく解説 – ソニー生命保険 [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.sonylife.co.jp/media/manavi/25/
  36. 国立がん研究センター希少がんホットラインのご紹介【国立がん研究センター 中央病院】 – YouTube [インターネット]. [引用日: 2025年7月3日]. Available from: https://www.youtube.com/watch?v=dofzV5RdjnM
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ