【科学的根拠に基づく】妊娠中のサフラン摂取:安全な使用法と絶対的禁忌に関する専門家による完全ガイド
妊娠

【科学的根拠に基づく】妊娠中のサフラン摂取:安全な使用法と絶対的禁忌に関する専門家による完全ガイド

妊娠という特別な時期において、食事や健康に関する情報は時に複雑で、混乱を招くことがあります。特に、サフランのような古くから薬効が知られるスパイスについては、その安全性に関する情報が錯綜し、不安を感じる方も少なくありません。JHO編集委員会は、薬理学および周産期医療の専門家の視点から、最新の科学的知見と臨床的根拠に基づき、妊娠中のサフラン摂取に関する包括的かつ信頼性の高い情報を提供することを使命としています。この記事を通じて、あなたは妊娠中のサフラン摂取に関するあらゆる疑問への明確な答えを得て、情報に基づいた賢明な判断を下し、母子ともに健やかな妊娠期間を過ごすための確かな知識を身につけることができるでしょう。本稿はかかりつけの医師や助産師との相談に代わるものではありませんが、その相談の質を高めるための重要な基盤となることを目指しています。


この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したリストです。

  • 複数の医療情報源および研究: 本記事における「妊娠初期のサフラン摂取回避」に関する指導は、これらの情報源で警告されている子宮収縮作用と流産のリスクに関する科学的知見に基づいています123
  • HealthlineおよびLifeCellなどの健康情報サイト: 料理に含まれるごく少量のサフランが妊娠中期以降に許容される可能性についての記述は、これらの情報源の見解を引用しています67
  • International Journal of Herbal Medicineに掲載されたシステマティックレビューおよびメタアナリシス: 正期産におけるサフランが「子宮頸管の熟化を助け、分娩をスムーズにする可能性」に関する指導は、この統合分析研究の結果に基づいています8
  • 厚生労働省および神奈川県: 「イヌサフラン」の誤食による致命的な中毒の危険性に関する警告は、これらの公的機関が発表している注意喚起と国内の死亡事例報告に基づいています910
  • PMC (PubMed Central) に掲載された複数のレビュー論文: サフランの成分(クロシン、サフラナール等)の薬理作用(抗酸化、抗うつ等)に関する解説は、これらの学術論文で示された科学的証拠に基づいています11161718

要点まとめ

  • 妊娠初期(13週まで)は厳禁:子宮収縮を誘発し、流産を引き起こす科学的に確認された危険性があるため、サフランの摂取は形態を問わず完全に避けるべきです13
  • 妊娠中期以降の料理での使用:パエリアなどに含まれるごく微量(一人前0.05g程度)を、たまに摂取する程度であればリスクは低いとされますが、積極的な摂取は推奨されません4
  • 薬用量(サプリメント等)は絶対禁止:サプリメントやハーブティーによる高濃度の摂取は、妊娠期間を通じて危険です。5グラム以上の摂取は母体に重篤な中毒症状を引き起こす可能性があります6
  • 分娩準備への応用:正期産(37週以降)において、子宮頸管の熟化を助ける可能性が研究で示されていますが、これは必ず医師の厳格な監督下でのみ検討されるべきです8
  • 【最重要警告】致命的な誤食:食用のサフランと外見が酷似した猛毒植物「イヌサフラン」を絶対に間違えないでください。誤食は多臓器不全を引き起こし、死に至る事例が国内で報告されています9

サフランを理解する:黄金のスパイスとその生物活性物質

サフランの安全性を議論する前に、まずそれがどのような物質であり、なぜこれほどまでに強力な作用を持つのかを理解することが不可欠です。サフランは単なる香辛料ではなく、複雑な化学物質の集合体であり、その特性は何千年にもわたって人類に利用されてきました。

サフラン(Crocus sativus L.)の横顔

サフランは、アヤメ科クロッカス属の植物「Crocus sativus」の花にある、赤く長い3本の雌しべを乾燥させたものです2。1キログラムの乾燥サフランを得るためには約16万個もの花が必要とされ、その収穫が全て手作業で行われるため、「世界で最も高価なスパイス」として知られています12。その歴史は古く、古代ギリシャ・ローマ時代からアフリカ、アジア、ヨーロッパ全域で、料理の風味付けや着色料、医薬品、さらには染料として珍重されてきました13。古代エジプトの女王クレオパトラがサフラン風呂を愛用したという逸話や14、ヒンドゥー教や仏教の僧侶がサフランで染めた衣をまとっていたことなど13、その価値は物質的なものを超え、文化的・宗教的にも重要な意味合いを持っていました。伝統医療における用途は驚くほど多岐にわたり、古代インドのアーユルヴェーダや伝統中国医学では、血行促進、鎮静、月経促進(通経薬)、そして難産の緩和といった目的で活用されてきました15。これらの広範な伝統的用途は、サフランが強力な生物活性を持つことの経験的な証拠であり、現代科学がその作用機序を解明する上での重要な出発点となっています。

サフランの薬理学:スパイスの背後にある科学

サフランの多彩な効果は、その中に含まれる150種類以上の生物活性化合物によってもたらされます17。中でも特に重要なのが、以下の4つの主要成分です。

  • クロシンとクロセチン:サフランの鮮やかな黄金色を生み出すカロテノイド色素です。強力な抗酸化作用の主役でもあります1115
  • ピクロクロシン:サフラン特有の苦味の元となる成分です11
  • サフラナール:サフランの独特で芳醇な香りを担う揮発性成分で、鎮静作用や抗けいれん作用が知られています1116

クロシンやサフラナールは、体内で細胞を傷つける「活性酸素」を無害化する強力な抗酸化作用や、炎症を抑制する抗炎症作用を持ちます11。この作用は、サフランが神経変性疾患や糖尿病などの治療に応用できる可能性の根拠となっています20。さらに、サフランの成分は脳内の神経伝達物質であるセロトニンやドーパミンの濃度を調節する働きがあることが分かっており17、軽度から中等度のうつ病に対して既存の抗うつ薬と同等の効果を持つことを示した臨床試験も複数存在します22
ここで極めて重要なのは、サフランが伝統的に「月経を促す薬(通経薬)」や「難産を助ける薬」として用いられてきた事実です8。この伝統的な知恵は、単なる言い伝えではありませんでした。現代薬理学の研究によって、サフランには「子宮平滑筋を刺激する作用(子宮収縮作用)」があることが証明されています2。つまり、古代の人々が経験的に観察していた効果と、現代科学が明らかにした作用は、本質的に同じ生理現象を指しているのです。この歴史的用途と科学的根拠の明確な一致は、妊娠中のサフラン摂取に対して慎重であるべきだという警告が、何世紀にもわたる人類の経験に基づいた確固たる事実であることを強く裏付けています。

サフランと妊娠:妊娠期間別リスク・ベネフィット分析

サフランが持つ生物活性、特に子宮への作用は、妊娠の段階によってその意味合いが劇的に変化します。ある時期には重大な危険性となり、別の時期には有益な効果をもたらす可能性すらあります。ここでは、妊娠期間を3つの段階に分け、それぞれにおける危険性と有益性を科学的根拠に基づいて詳細に分析します。

妊娠初期(1~13週):最大限の注意を払うべき期間

結論から言うと、妊娠初期におけるサフランの摂取は、いかなる形態であっても厳に避けるべきです。最大の理由は、前述した子宮収縮作用とそれに伴う流産の危険性です。複数の医療情報源や研究が、妊娠初期のサフラン摂取を避けるよう明確に警告しています1。この警告は、サフランが子宮の筋肉(平滑筋)を刺激し、収縮を引き起こす可能性があるという科学的知見に基づいています2。妊娠がまだ不安定なこの時期に子宮収縮が起これば、着床の維持が困難になり、流産につながる危険性が高まります。この作用は、サフランが伝統的に月経を促す「通経薬」や、人工的に流産を引き起こす「堕胎薬」として用いられてきた歴史とも完全に一致します3
この危険性を裏付ける人間を対象とした研究も存在します。2014年に行われた小規模な研究では、妊娠初期にサフランの栽培や加工に携わり、サフランに曝露された女性農家は、そうでない女性に比べて流産率が高かったことが報告されています6。これは、サフランへの曝露と流産リスクとの間に直接的な関連性を示唆する重要なデータです。加えて、動物実験レベルでは、胎児への発生毒性に関する懸念も報告されています。妊娠マウスにサフラン抽出物を投与した実験では、用量に依存して胎児の吸収(流産に相当)が増加し、胎児の体長や体重が減少したことが示されました24。また、サフランの主要成分であるクロシンとサフラナールが胎児の骨格形成に異常を生じさせたとの報告もあります24。これらの科学的・歴史的・臨床的証拠を総合すると、妊娠初期は胎児の器官形成が活発に行われる極めて重要な時期であり、サフランのような強力な生物活性を持つ物質の摂取は、その量にかかわらず、潜在的な危険性が利益をはるかに上回ると結論付けられます。

妊娠中期から後期前半(14~36週):慎重な料理での使用

妊娠中期に入ると、胎盤が完成し、妊娠状態は安定期に入ります。そのため、妊娠初期に比べて流産のリスクは大幅に低下します。この時期には、サフランに対する推奨事項も「完全な禁止」から「慎重かつごく少量での使用」へとわずかに緩和されます7。ただし、これはサフランを積極的に摂取することを推奨するものでは決してありません。あくまで、パエリアやブイヤベースといった料理に風味付けとして使われているものを、外食などでたまに口にする程度であれば、過度に心配する必要はない、というレベルの話です4。一部の情報源では、この時期のサフラン摂取による気分の安定や消化促進といった潜在的なメリットが示唆されていますが17、その科学的根拠はまだ弱く、慎重な姿勢を崩すべきではありません。子宮収縮作用という根本的な危険性が消えたわけではないため、基本的には摂取を避け、意図せず口にしてしまった場合でも不安になりすぎない、という姿勢が最も賢明です。

妊娠後期(正期産、37週以降):分娩準備におけるサフランの役割

妊娠が正期産に入ると、サフランの持つ子宮収縮作用は、それまでの「危険性」から一転して「潜在的な有益性」へとその意味合いを変える可能性があります。ここで注目すべきは、サフランが分娩準備、特に子宮頸管の熟化を促進する効果です。子宮頸管の熟化とは、出産に向けて子宮の出口が柔らかく、短く、開きやすくなる変化のことで、スムーズな分娩の重要な指標となります。
2021年に発表された、6つの臨床試験(対象妊婦346名)を統合・分析したシステマティックレビューおよびメタアナリシスでは、正期産の妊婦がサフランを摂取した場合、偽薬を摂取した群に比べて、以下の点で有意に良好な結果が示されました8

  • ビショップスコアの上昇:子宮頸管の熟化度を示す指標が有意に高かった。
  • 分娩時間の短縮:分娩第1期および第2期の時間が有意に短かった。
  • 不安の軽減:分娩中の不安レベルが有意に低かった。

個別の臨床試験では、陣痛の痛みの軽減や疲労感の低下も報告されています28。この作用機序は、妊娠初期には流産の危険性となる子宮収縮作用と全く同じものです1。しかし、出産を間近に控えた正期産の段階では、その作用が子宮頸管を熟化させ、効果的な陣痛を促す方向へと働くことで、分娩を助ける可能性があるのです。ただし、この知見はまだ発展途上であり、絶対的なものではありません。したがって、分娩準備を目的としたサフランの使用は、必ず産科医や助産師の許可と厳格な指導のもとでのみ検討されるべきです。自己判断での摂取は、意図しない時期に過強陣痛を引き起こすなど、母子ともに危険な状況を招きかねません。

表1:妊娠中のサフラン使用:時期別のリスク、ベネフィット、推奨事項の要約

妊娠期間 主要な危険性 潜在的な有益性 推奨事項
第1トリメスター (1~13週) ・子宮収縮による流産の高い危険性
・動物実験での発生毒性の懸念
危険性を上回る有益性は存在しない 厳格な摂取回避
第2/第3トリメスター (14~36週) ・ごく少量なら危険性は低い
・理論的な子宮収縮作用は残る
・気分の安定、消化促進(科学的根拠は弱い) ・慎重かつ稀な料理での使用に限定
・サプリメント等は回避
正期産 (37週以降) ・不適切な使用による過強陣痛や早すぎる陣痛の危険性 ・子宮頸管熟化の促進
・分娩時間の短縮(科学的根拠あり)
・医療専門家の直接的な監督下でのみ使用を検討

摂取量という決定的な要因:料理のスパイス vs 強力な医薬品

妊娠中のサフラン摂取に関する混乱の多くは、「量」の概念が欠落していることに起因します。「パエリアは大丈夫」という情報と、「流産を引き起こす」という情報が両立するのはなぜか。その答えは、摂取するサフランの絶対量にあります。サフランは、その量によって「風味豊かなスパイス」から「強力な作用を持つ薬物」へと姿を変えるのです。

食事の中のサフラン:「料理での摂取量」を数値化する

「少量なら問題ない」という曖昧な表現を、具体的な数値で理解することが重要です。一般的なレシピで「ひとつまみ」と表現される量は、雌しべ約40~50本に相当し、重さにすると約0.1gです29。4人前のパエリアに使われるサフランの量は約0.2g、米3合のサフランライスには約0.2gが目安とされています30。これは、1人前の料理に含まれるサフランの量は、わずか0.03g~0.05g程度に過ぎないことを意味します。この「料理での摂取量」は、後述する安全限界量や中毒量と比較して極めて微量であり、多くの専門家が過度に心配する必要はないとの見解を示している根拠です4

薬用量とサプリメント:高リスク領域

一方で、サプリメントやハーブティーとしてサフランを摂取する場合、その量は料理とは桁違いに多くなります。健康な成人が1日に1.5g(1500mg)まで摂取しても副作用は報告されていませんが311日に5g(5000mg)以上の摂取は、明確な中毒量と見なされています6。このレベルの量を摂取すると、嘔吐、めまい、出血などの重篤な副作用に加え、強力な子宮収縮作用により流産を引き起こす危険性が極めて高まります7。この中毒量5gは、パエリア1人前に含まれる0.05gの100倍もの量に相当します。この圧倒的な量の違いこそが、サフランの危険性を正しく評価するための鍵です。この事実から導き出される結論は明白です。妊娠中のサプリメントやハーブティー、オイルなどによるサフランの自己判断での摂取は、絶対に避けるべきです。

表2:サフランの摂取量と安全性の基準

摂取レベル 量の目安(mg/g) 文脈・情報源 関連する作用・危険性
典型的な料理での使用量(1人前あたり) 30~50 mg (0.03~0.05 g) パエリア、サフランライス等のレシピ 危険性は無視できるほど小さいと考えられる
臨床研究での治療用量 30~250 mg うつ病、分娩準備に関する臨床試験 気分の安定、子宮頸管熟化
安全な1日摂取上限(非妊娠時) 1.5 g (1500 mg) 一般的な安全性データ 副作用の報告なし
【警告】中毒量(妊娠中の危険域) 5 g (5000 mg) 以上 妊娠に関する特異的な警告 強力な子宮収縮、流産の危険性、重篤な副作用
高用量での毒性 5 g 以上 一般的な毒性データ 嘔吐、出血、めまい、臓器障害

【最重要】公衆衛生上の警告:致命的な誤食の危険性

妊娠中のサフラン摂取に関する議論において、薬理学的な危険性以上に、より直接的で、より致命的な危険性が存在します。それは、食用のサフランと、外見が酷似した猛毒植物「イヌサフラン」との誤食です。このセクションは、すべての読者が自身の命を守るために必ず理解すべき、最重要の警告です。

サフラン vs. イヌサフラン(Colchicum autumnale)

「サフラン」と「イヌサフラン」は、名前に「サフラン」と付くこと、そして秋に紫色の花を咲かせることから混同されがちですが、植物学的には全く異なる、無関係の植物です10。決定的な違いは花の構造にあり、サフランは雄しべが3本で、中央にスパイスとして利用される長い赤い雌しべが3本ありますが10、イヌサフランは雄しべが6本で、特徴的な赤い雌しべはありません。また、葉の出現時期も異なり、サフランは花と同時に細い葉が生えるのに対し、イヌサフランは花が咲く秋には葉がなく、翌春になってからギョウジャニンニクなどと間違えやすい幅の広い葉が現れます10

コルヒチン中毒:救急医療を要する事態

イヌサフランのすべての部位には、コルヒチンという極めて毒性の強いアルカロイドが含まれています9。コルヒチンは医薬品としても使用される劇薬で、誤食すると数時間後に激しい嘔吐や下痢、腹痛が現れ、その後、呼吸困難、多臓器不全へと進行し、死に至ることがあります9。加熱しても毒性は分解されません40。日本国内では、イヌサフランをギョウジャニンニクなどと間違えて食べたことによる死亡事例が、厚生労働省や各都道府県から繰り返し報告・警告されています9。コルヒチンは胎盤を通過することが報告されており42、動物実験では催奇形性も指摘されているため43、誤食は母体だけでなく胎児にとっても極めて高い危険性をもたらします。サフランを安全に利用するための第一歩は、「それが本物のサフラン(Crocus sativus)であると100%確信すること」です。

表3:鑑別ガイド:食用のサフラン vs. 猛毒のイヌサフラン

特徴 食用サフラン (Crocus sativus) 猛毒イヌサフラン (Colchicum autumnale)
和名 サフラン イヌサフラン、コルチカム
科名 アヤメ科 イヌサフラン科
花の雄しべの数 3本 6本
特徴的な部分 長く赤い雌しべが3本(スパイス部分) 特徴的な雌しべはない
葉の特徴 細い葉が花と同時に生える 幅広い葉が翌春に生える(花期には葉がない)
主要な毒素 なし(過剰摂取で副作用) コルヒチン(猛毒アルカロイド)
摂取した場合 適量は無害。過剰摂取で副作用。 激しい中毒症状、多臓器不全、死に至る

授乳期と産後におけるサフランの使用

出産後、母親の体は新たな段階に入ります。授乳期におけるサフランの安全性と、産後の心身の回復におけるその潜在的な役割について解説します。

授乳中の安全性:データ不足と動物実験からの警告

結論として、授乳中のサフラン摂取、特にサプリメントなどによる高用量の摂取は、安全性が確立されていないため避けるべきです。人間において、母親が摂取したサフランの成分が母乳へどの程度移行し、乳児にどのような影響を与えるかについての信頼できるデータは、現時点ではほとんど存在しません3。しかし、限られた動物実験が具体的な懸念材料を提示しています。授乳中の母マウスに高用量のサフランを投与した研究では、母乳を介してサフランの成分に曝露された新生児マウスの腎臓に病理組織学的な変化が見られ、血中の尿素窒素(BUN)値が上昇したと報告されています35。これは新生児の腎臓に対する潜在的な毒性を示唆するものであり、人間における安全性が確認されるまでは、授乳期間中のサプリメント等の使用は控えるのが最も賢明な判断です。

産後の気分サポート:将来的な応用の可能性

一方で、サフランが持つ抗うつ作用は、産後の精神衛生管理において注目される可能性があります。複数の臨床試験で、サフランは軽度から中等度のうつ病に対して標準的な抗うつ薬に匹敵する効果を持つことが示されており21、2017年のランダム化比較試験では、サフランが産後うつの症状を改善するのに役立ったことが報告されています6。これは有望な研究分野ですが、まだ確立された治療法ではなく、授乳中の安全性が確立されていない現状では、産後うつの自己治療のためにサフランを用いることは推奨されません。

迷信の払拭と実践的な懸念への対応

サフランを取り巻く情報には、科学的根拠のない迷信や、消費者が知っておくべき実践的な問題も含まれています。ここでは、それらを整理し、正しい知識を提供します。

迷信:「サフランを飲むと、赤ちゃんの肌が白くなる」

特にインドの一部地域などで広く信じられている文化的伝承ですが、これは科学的根拠が全くない完全な迷信です6。赤ちゃんの肌の色は、両親から受け継いだ遺伝子によって決まるメラニン色素の量によって決定され、母親が摂取するいかなる食品もそれを変えることはできません6。このような非科学的な期待から妊娠中にサフランを過剰摂取することは、母子を危険にさらすだけの極めて無意味で有害な行為です。

懸念:品質、偽和、標準化の問題

サフランは非常に高価であるため、残念ながら品質の低い製品や偽物が市場に出回る危険性があります。価値を不正に高めるため、ベニバナなどの他の植物の部位や着色料が混ぜられることがあります18。また、本物のサフランであっても、栽培条件などによって有効成分の含有量は大きく変動します46。これらの危険性を最小限に抑えるためには、信頼できる供給元から、評判の良い高品質なサフランを購入することが重要です44

その他の副作用とアレルギー

高用量のサフランを摂取した場合、子宮収縮作用以外にも、吐き気、嘔吐、めまい、頭痛、口の渇きなどの副作用が報告されています26。まれにアレルギー反応を示す人もおり、イネ科の植物などにアレルギーがある人は交差反応を示す可能性があるため注意が必要です33

よくある質問

妊娠初期とは知らずにサフラン入りのパエリアを食べてしまいました。大丈夫でしょうか?
パエリア一杯に含まれるサフランの量はごく微量(0.05g程度)であり、一度きりの摂取であれば、胎児に影響を及ぼす可能性は極めて低いと考えられます。過度に心配する必要はありませんが、もし不安が続くようであれば、かかりつけの医師にご相談ください。今後はサフランを含む食品を避けるようにしましょう4
サフランティーは妊娠中に飲んでも良いですか?
いいえ、妊娠期間を通じてサフランティーの摂取は避けるべきです。ハーブティーはサフランの成分が濃縮されている可能性があり、料理で使う量よりもはるかに多くのサフランを摂取してしまう危険性があります。これは特に妊娠初期において、子宮収縮を引き起こす危険性を高めるため、安全とは言えません47
分娩を促すために、自己判断でサフランを摂取しても良いですか?
絶対にやめてください。サフランが正期産において分娩を助ける可能性を示唆する研究はありますが、その使用は適切な用量とタイミングの管理が不可欠であり、専門家の厳格な監督下でのみ行われるべきです8。自己判断での摂取は、予期せぬ時期に危険な陣痛(過強陣痛)を引き起こすなど、母子ともに深刻な事態を招く可能性があります。
庭に咲いたサフランの花を使っても大丈夫ですか?
その植物が食用のサフラン(Crocus sativus)であると専門家によって100%同定されない限り、絶対に使用しないでください。外見が酷似した猛毒のイヌサフラン(Colchicum autumnale)である可能性があり、誤食は致命的な中毒を引き起こします910。安全が確認できない植物は、決して口にしてはいけません。

結論

サフランは、その美しい色と香りの裏に、強力な生物活性を秘めた物質です。妊娠という、母体と胎児にとって最も繊細で重要な時期においては、慎重さが最も賢明で安全な取り組み方です。本稿で詳述した科学的知見は、以下のシンプルな枠組みに要約できます。「食品」としては、妊娠初期を過ぎてからごく稀に微量を摂取することは許容範囲かもしれませんが、「医薬品」としてサプリメント等で摂取することは妊娠中・授乳中を通じて原則として避けるべきです。そして、目の前にある植物が本物のサフランであるという100%の確信がない限り、決して口にしないこと。この鑑別の徹底こそが、最も致命的な危険性を回避する上で不可欠です。栄養バランスの取れた、安全性が確立された食品からの食事を基本とし、サフランのような物質は、日常的な補助食品としてではなく、本来あるべき場所、すなわち「たまの食事を彩る特別なスパイス」として、その役割を限定することが、あなたとあなたの未来の赤ちゃんを守るための最善の道です。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. Is Saffron Safe to Take During Pregnancy?! The Fullest. Available from: https://thefullest.com/blogs/journal/is-saffron-safe-to-take-during-pregnancy
  2. サフラン – 額田医学生物学研究所・付属病院. Available from: https://nukada.jimdoweb.com/%E8%96%AC%E8%8D%89%E5%9C%92/%E8%96%AC%E8%8D%89%E5%9C%92%E8%B1%86%E7%9F%A5%E8%AD%98/%E3%82%B5%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3/
  3. サフランの使い方と効能/代用できるスパイスはあるの?. アフガンサフラン. Available from: https://www.afghansaffronjp.com/post/%E3%82%B5%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E6%96%B9%E3%81%A8%E5%8A%B9%E8%83%BD-%E4%BB%A3%E7%94%A8%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE
  4. 妊娠中に辛いものを食べてもいい?食べる際の注意点についても解説. 楽天ファミリー. Available from: https://event.rakuten.co.jp/family/story/article/2022/spicy-food/
  5. 【医師監修】妊娠初期(妊娠2・3・4カ月)に気をつけることは? やっていいこと・ダメなことQ&A【赤ちゃんへの影響・食べ物】. たまひよ. Available from: https://st.benesse.ne.jp/ninshin/content/?id=164682
  6. Saffron During Pregnancy: Safety, Benefits, and More. Healthline. Available from: https://www.healthline.com/health/pregnancy/saffron-during-pregnancy
  7. Benefits And Side Effects Of Saffron During Pregnancy. LifeCell. Available from: https://www.lifecell.in/blog/health-and-nutrition/benefits-and-side-effects-of-saffron-during-pregnancy
  8. The effect of saffron on labor and childbirth: A systematic review and meta-analysis. International Journal of Herbal Medicine. 2022;10(1):01-07. Available from: https://www.florajournal.com/archives/2022/vol10issue1/PartA/9-2-9-294.pdf
  9. 自然毒のリスクプロファイル:高等植物:イヌサフラン. 厚生労働省. Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000058791.html
  10. 有毒植物イヌサフラン による食中毒について. 神奈川県ホームページ. Available from: https://www.pref.kanagawa.jp/sys/eiken/005_databox/0504_jouhou/0601_eiken_news/files/eiken_news_194.pdf
  11. Moshiri M, Vahabzadeh M, Hosseinzadeh H. A review of therapeutic impacts of saffron (Crocus sativus L.) and its constituents. Avicenna J Phytomed. 2023;13(4):323-343. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10400758/
  12. サフラン(Saffron). ハーブ専門店 Venurse. Available from: https://www.venurse.net/herb-pedia/saffron.html
  13. サフランの取引と利用. Wikipedia. Available from: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%81%A8%E5%88%A9%E7%94%A8
  14. サフランの使い方、保存方法. Tirakita. Available from: https://www.tirakita.com/food/how_to_use_saffron.shtml
  15. サフランとは?名前の由来から歴史、魅力、健康効果、レシピまで徹底解説!. Comoyam. Available from: https://comoyam.com/blog/saffron/
  16. Poma P, Fonte S, Giallombardo D, et al. Active constituents of saffron (Crocus sativus L.) and their prospects in treating neurodegenerative diseases (Review). Exp Ther Med. 2023;25(6):248. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10127217/
  17. Hosseinzadeh H, Nassiri-Asl M. The effects of Crocus sativus (saffron) and its constituents on nervous system: A review. Avicenna J Phytomed. 2015;5(5):376-391. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4599112/
  18. Mykhailenko O, Kovalyov V, Goryacha O, Ivanauskas L, Georgiyants V. Phytochemistry, quality control and medicinal uses of Saffron (Crocus sativus L.): an updated review. Molecules. 2023;28(17):6389. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10478662/
  19. Hashemzaei M, Rezaee R, Hosseinzadeh H. The mechanisms of saffron (Crocus sativus’) on the inflammatory pathways of diabetes mellitus: A systematic review. Curr Pharm Des. 2021;27(44):4563-4573. doi: 10.2174/1381612827666210712120021. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34923214/
  20. Poma P, Fonte S, Giallombardo D, et al. Active constituents of saffron (Crocus sativus L.) and their prospects in treating neurodegenerative diseases (Review). Exp Ther Med. 2023;25(6):248. doi: 10.3892/etm.2023.11948. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37114174/
  21. Asiimwe T, Ssekagya VY, Kutesa A, et al. Exploring the Potential of Saffron as a Therapeutic Agent in Depression Treatment: A Comparative Review. Brain Sci. 2024;14(5):472. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11426294/
  22. Can saffron treat Alzheimer’s and depression?. News-Medical.net. Available from: https://www.news-medical.net/news/20250626/Can-saffron-treat-Alzheimere28099s-and-depression.aspx
  23. サフラン – 季節の花. 熊本大学薬学部. Available from: https://www.pharm.kumamoto-u.ac.jp/gcnrs/facility/medicinal_plant_garden/flower/2016/12/post_8.html
  24. Rezaee R, Hosseinzadeh H. Toxicology effects of saffron and its constituents: a review. Iran J Basic Med Sci. 2017;20(2):110-121. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5339650/
  25. 【助産師監修】妊娠中に辛いものは食べていい?赤ちゃん・妊婦への影響と注意点. まなべび. Available from: https://manababy.jp/lecture/view/548/
  26. Drinking Saffron Milk During Pregnancy: What You Need to Know. CK Birla Hospital. Available from: https://www.ckbhospital.com/blogs/saffron-milk-during-pregnancy
  27. The effect of saffron on labor and childbirth: A systematic review and meta-analysis. ResearchGate. Available from: https://www.researchgate.net/publication/365174313_The_effect_of_saffron_on_labor_and_childbirth_A_systematic_review_and_meta-analysis
  28. Ahmadi S. SAFFRON AND CHILDBIRTH; A TRIPLE BLIND CLINICAL TRIAL. Dialnet. Available from: https://dialnet.unirioja.es/descarga/articulo/6724785.pdf
  29. 使い方 – グローバルスパイスのサフラン. Available from: https://www.globalspice.jp/%E4%BD%BF%E3%81%84%E6%96%B9/
  30. vol.67 サフランを使って「鶏手羽とシーフードのフライパンパエリア」. オレンジページnet. Available from: https://www.orangepage.net/ymsr/series/sb/posts/4553
  31. How To Intake Saffron During Pregnancy – Safe To Consume. Hive Fertility. Available from: https://www.thehivefertility.in/how-to-intake-saffron-during-pregnancy/
  32. サフランの使い方と効能|代用できるスパイスはあるの?. かわしま屋. Available from: https://kawashima-ya.jp/contents/?p=16415
  33. 平成 26 年度 城西健康市民大学 -家庭でできるサフラン料理-. 城西大学. Available from: https://libir.josai.ac.jp/il/user_contents/02/G0000284repository/pdf/JOS-Kenkojisshu2014.pdf
  34. サフランの効能・レシピ・効果|スパイス・ハーブ手帖. らくらくまめ得. Available from: https://mametoku.community2.fmworld.net/tane/519780/
  35. Razavi BM, Hosseinzadeh H. Nephrotoxicity and hepatotoxicity evaluation of Crocus sativus stigmas in neonates of nursing mice. J Res Med Sci. 2014;19(4):326-331. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3999588/
  36. Razavi BM, Hosseinzadeh H. Nephrotoxicity and hepatotoxicity evaluation of Crocus sativus stigmas in neonates of nursing mice. PubMed. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24772401/
  37. イヌサフランの食中毒について. とりネット. Available from: https://www.pref.tottori.lg.jp/240188.htm
  38. サフラン有毒ですか?. PictureThis. Available from: https://www.picturethisai.com/ja/ask/Crocus_sativus-1.html
  39. 事務連絡 令和7年3月 31 日. 全国介護事業者連盟. Available from: https://kaiziren.or.jp/wp/wp-content/uploads/2025/03/kourou20250331-2.pdf
  40. LC-MS/MS による有毒植物イヌサフラン調理品中に含まれる コルヒチン等の分析. 秋田県. Available from: https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000088131_00/kk2021_17_3_08.pdf
  41. 有毒植物による食中毒に注意しましょう. 厚生労働省. Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/yuudoku/index.html
  42. ハザード概要シート(案)(イヌサフラン). 食品安全委員会. Available from: https://www.fsc.go.jp/sonota/hazard/kosyoku_6.pdf
  43. 審査報告書 平成 28 年 8 月 30 日. 医薬品医療機器総合機構. Available from: https://www.pmda.go.jp/drugs/2016/P20160921001/400186000_21900AMX01535_A100_1.pdf
  44. Saffron in Pregnancy: Benefits, Myths & Safety Tips. Supreme Speciality Hospitals. Available from: https://www.supremehospitals.in/saffron-and-pregnancy-a-complete-guide-for-expecting-mothers/
  45. Is It Safe To Use Saffron During Pregnancy?. Sunland Saffron. Available from: https://sunlandsaffron.com/should-i-use-saffron-during-pregnancy/
  46. What are saffron’s main drawbacks?. Examine.com. Available from: https://examine.com/faq/what-are-saffrons-main-drawbacks/
  47. Benefits of Saffron (Kesar) During Pregnancy. Motherhood Hospital. Available from: https://www.motherhoodindia.com/benefits-of-saffron-during-pregnancy/
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ