【科学的根拠に基づく】妊娠中の目のかすみ・視力低下の原因は？危険なサインと安全な対策を徹底解説

なぜ？妊娠中に目がかすむ「生理的な」原因

妊娠中に視力が変化する主な原因は、妊娠によって引き起こされる体の自然な生理的適応にあります。これらはほとんどの場合、心配する必要のない一時的なものです。¹

ホルモンによる角膜と水晶体の変化

妊娠中はエストロゲンやリラキシンといったホルモンの分泌量が増加し、体内に水分が保持されやすくなります。¹ この水分貯留は、目の最も外側にある透明な膜である「角膜」にも影響を及ぼし、角膜がわずかに厚くなったり（角膜浮腫）、カーブが強くなったりすることが研究で示されています。² 研究によっては、角膜の厚さが約1〜16ミクロン増加し、その曲率が平均で1ジオプトリー（レンズの度数）程度強くなることが報告されています。²

これらの物理的な変化は、目に入ってくる光の屈折の仕方を変えてしまいます。その結果、一時的に近視が進行したような状態（近視化）になり、遠くの物が見えにくく感じられることがあります。そのため、今まで使っていた眼鏡やコンタクトレンズが合わなくなったように感じることもあります。²

ドライアイ（目の乾き）

ホルモンの変動は、涙の安定性を保つ涙液膜にも影響を与え、目が乾きやすくなることがあります。いわゆるドライアイの状態です。⁴ 目の表面が乾くと、視界がかすんだり、一時的に視力が変動したりする原因となります。

重要な注意点：一時的な変化への対応

これらの生理的な視力変化は、あくまで一過性のものです。ホルモンバランスが安定する出産後や授乳期間終了後には、多くの場合、妊娠前の状態に自然に戻ります。¹ したがって、妊娠中に視力が変化したからといって、慌てて高価な新しい眼鏡を作ったり、屈折矯正手術（レーシックなど）を受けたりすることは推奨されません。² もし視力の変化で不便を感じる場合は、次回の妊婦健診で医師に相談することが賢明です。

要注意！すぐに産婦人科に相談すべき「危険な」目の症状

ほとんどの視力変化は生理的なものですが、中には母体と胎児の健康を脅かす重篤な疾患のサインである場合があります。特に注意すべきは、妊娠高血圧症候群（かつて妊娠中毒症と呼ばれていた疾患）です。⁵⁸ 以下の「危険なサイン」が見られた場合は、単なる目の問題と自己判断せず、直ちに主治医である産婦人科医に連絡するか、かかりつけの病院を受診してください。

危険なサイン（レッドフラグ症状）

• 眼華閃発（がんかせんぱつ）/ Photopsia: 目の前に存在しない光が見える症状です。「目がチカチカする」「火花が散るように見える」「星が飛んでいるように見える」といった表現がされます。¹ これは網膜や脳の血管がけいれん（攣縮）していることを示す古典的な兆候です。⁵
• 霧視（むし）/ 突然の激しいかすみ: 生理的なかすみ目とは異なり、突然、かつ重度に視界がかすみ、まばたきをしても改善しない状態です。⁹
• 複視（ふくし）/ Diplopia: 物が二重に見える症状です。⁴
• 視野欠損（しやけっそん）/ Scotomas: 視野の中に、見えない部分（暗点）や欠けている部分が現れる症状です。⁶

これらの視覚症状は、単独で現れることは稀で、多くの場合、激しい頭痛、右上腹部痛（みぞおちの痛み）、吐き気・嘔吐、急激な体重増加やむくみといった、他の重症な妊娠高血圧症候群の兆候を伴います。⁷

妊娠高血圧症候群と目の症状：日本の診療ガイドラインに基づく解説

妊娠高血圧症候群は、妊娠20週以降に高血圧が発症する、母体と胎児の両方に深刻な影響を及ぼす可能性のある多臓器疾患です。¹ 目の症状は、この疾患が単なる高血圧から、脳や視覚系を含む重要臓器への障害（臓器障害）へと進行していることを示す重大な指標となります。⁶

なぜ危険なのか？

この疾患の根本には、胎盤の異常な形成が関係していると考えられています。異常な胎盤から母体の血中に放出される様々な因子が、全身の血管の内側を覆う「血管内皮細胞」を障害します。⁵ これにより、血管が激しく収縮（血管攣縮）し、網膜や脳を含む重要臓器への血流が減少（虚血）します。これが、目がチカチカしたり、視界がかすんだりする直接の原因です。⁵

重症化すると、このプロセスは可逆性後白質脳症症候群（PRES）として知られる状態を引き起こすことがあります。これは脳の頭頂葉や後頭葉に浮腫（むくみ）が生じることで、頭痛、けいれん、意識障害、そして視覚障害を引き起こします。⁶ 多くは回復可能ですが、永続的な神経障害や視力障害につながる危険性もあります。これらの症状は母体にとってけいれん発作（子癇）、脳卒中、臓器不全のリスクを高め、胎児にとっては胎盤機能不全による発育遅延や、最悪の場合は死産のリスクを増大させます。⁵¹⁰

日本の専門家による指針

日本の医療現場では、これらの視覚症状は極めて重要視されています。その証拠に、日本妊娠高血圧学会（JSSHP）が発行する「妊娠高血圧症候群の診療指針2021」において、「CQ2：頭痛、視力障害を認めた場合の対応は？」という具体的な臨床上の疑問（Clinical Question）として、専門家による検討事項となっています。¹¹¹⁶ これは、妊婦さんの訴える目の症状が、日本の最高レベルの医療現場でいかに真剣に受け止められているかを示しています。また、日本産科婦人科学会（JSOG）と日本産婦人科医会が作成する「産婦人科診療ガイドライン―産科編2023」も、日本の産科医療全体の枠組みとして参照すべき重要な指針です。¹⁸

したがって、危険なサインに気づいた際の行動は「眼科に行く」ではなく、「直ちに産婦人科医に連絡する」ことが、母子双方の命を救うために最も重要な行動となります。

妊娠中の目を守る、安全なセルフケアと栄養

危険なサインへの警戒と同時に、日々の生活の中で母体と赤ちゃんの目の健康を積極的にサポートすることも大切です。ここでは、安全に行えるセルフケアと栄養に関するアドバイスをご紹介します。

生活上のアドバイス

• ドライアイの管理: 目の乾きが気になる場合は、医師や薬剤師に相談の上、防腐剤の入っていない人工涙液を使用することが助けになる場合があります。³ スマートフォンやパソコンの画面を見る際は、こまめに休憩を挟み、目を休ませましょう。
• 転倒予防: 視力の変化と、妊娠による体のバランスの変化が重なると、転倒のリスクが高まる可能性があります。足元には十分に注意しましょう。³

栄養に関するアドバイス

母親が摂取する栄養は、胎児の目と脳の発達にとって唯一の供給源です。²² 特定の栄養素は、赤ちゃんの視覚機能の基礎を築く上で特に重要な役割を果たします。

ルテイン、ゼアキサンチン、オメガ3脂肪酸

ルテインとゼアキサンチンは、網膜の中心部（黄斑）や脳に選択的に蓄積されるカロテノイドです。²² これらは強力な抗酸化物質として働き、有害なブルーライトを吸収するフィルターの役割も担います。研究によれば、これらの栄養素は胎児期および新生児期の目の発達に不可欠です。²² また、オメガ3脂肪酸の一種であるDHAは、網膜の光を感じる細胞（視細胞）の主要な構造成分であり、母親のDHA摂取量は胎児の網膜の発達と、乳児期のより良い視力に関連する可能性が示されています。²⁷ これらの栄養素を食事から積極的に摂ることは、自分自身のためだけでなく、赤ちゃんの未来の視覚と認知機能への大切な贈り物となります。²³

ビタミンAのパラドックス：極めて重要な安全性の注意喚起

ビタミンAは視力に必須の栄養素ですが、その摂取には細心の注意が必要です。²⁷ 特に、サプリメントや動物のレバーなどに含まれる「レチノール」という形のビタミンAを過剰に摂取すると、胎児の目を含む深刻な先天異常を引き起こす危険性（催奇形性）があることが知られています。³⁰

一方で、にんじんやかぼちゃ、ほうれんそうといった緑黄色野菜に含まれる「β-カロテン」は、体内で必要な分だけビタミンAに変換されるため、過剰摂取による毒性の心配はありません。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準（2020年版）」では、成人女性（18歳以上）のビタミンA（レチノール活性当量）の耐容上限量（これ以上摂取すると健康障害のリスクが高まる量）は1日あたり2,700 µg RAEと設定されています。³² 妊娠期に特化した上限量はデータ不足から正式には設定されていませんが、専門機関は一貫して慎重な姿勢を推奨しており、この非妊娠時の上限量が慎重を期すための基準値と見なされています。³¹³²

結論として、妊娠中は高用量のビタミンAサプリメントを避け、ビタミンAは主にβ-カロテンが豊富な植物性食品から摂取することが最も安全な方法です。

よくある質問

結論

妊娠中の目のかすみや視力低下は、多くが心配のいらない生理的な変化であり、出産とともに自然に軽快します。しかし、その背後には「妊娠高血圧症候群」という、母子ともに危険な状態を示す重大なサインが隠れている可能性も常に念頭に置く必要があります。「目がチカチカする」といった特異的な症状は、決して見過ごしてはならない緊急の警告です。

ご自身の体の小さな変化に耳を澄まし、正しい知識を持って冷静に判断することが、安全なマタニティライフを送る上での鍵となります。日々の食事を通じて母体と胎児の目の健康を育むとともに、少しでも不安や異常を感じた際には、ためらわずに専門家である産婦人科医と密に連携をとってください。それが、あなたと未来の赤ちゃんの健康を守るための最も確実な方法です。