重曹でニキビは治る？皮膚科医が科学的根拠と危険性を徹底解説【2023年版・日本皮膚科学会ガイドライン準拠】

科学的現実：なぜ重曹はあなたの肌と根本的に相容れないのか

重曹がニキビケアに適さない理由は、感情論や個人の体験談ではなく、皮膚科学と化学の基本原則に根差しています。その核心は、健康な肌が持つ性質と、重曹の化学的特性との間の「根本的な不一致」にあります。

肌の守護神：皮脂膜と弱酸性の法則

私たちの皮膚の表面は、目には見えない「皮脂膜」という薄いフィルムで覆われています。これは皮脂と汗が混ざり合ってできた天然の保護クリームであり、肌の健康を維持するための最前線の防御システムです⁵。この皮脂膜が持つ最も重要な特性の一つが、そのpH値です。健康な皮膚の表面は、pHがおよそ4.5から5.5の「弱酸性」に保たれています⁵。この弱酸性の環境、すなわち「酸のマントル（acid mantle）」は、以下の極めて重要な役割を担っています。

• 水分の保持：肌内部の水分が過剰に蒸発するのを防ぎ、潤いを保ちます。
• バリア機能の維持：外部の刺激物やアレルゲンの侵入を防ぎます。
• 有害な細菌の増殖抑制：ニキビの主な原因菌であるアクネ菌（Cutibacterium acnes）を含む多くの病原性細菌は、アルカリ性の環境を好みます。弱酸性の皮脂膜は、これらの細菌が繁殖しにくい環境を作り出すことで、肌を感染から守っているのです⁵。

この繊細な弱酸性のバランスこそが、健やかな肌の礎なのです。

化学的な衝突：重曹の攻撃的なアルカリ性

一方、重曹（炭酸水素ナトリウム）は、その化学的性質が皮膚とは正反対です。重曹を水に溶かしたときのpH値は約9であり、「強アルカリ性」に分類されます⁵。このpH値の隔たりがどれほど大きいかを理解するために、重曹を肌に塗る行為は、弱酸性であるべき肌の生態系を、正反対の強アルカリ性の環境に強制的に変化させることを意味します。これは、例えるなら「繊細な絹の衣服を、強力な洗濯用洗剤で洗う」ようなものです。結果として、肌の防御システムの根幹が化学的に破壊されてしまうのです。

ダメージの連鎖：アルカリ性が引き起こす皮膚バリアの崩壊

重曹の強アルカリ性が肌に触れると、単一の問題ではなく、ドミノ倒しのように連鎖的なダメージが引き起こされます。

• 天然保湿因子の剥奪：まず、強アルカリ性の重曹は、皮脂膜を中和し、皮膚のバリア機能を構成する重要な脂質（セラミドなど）や天然の保湿成分を乳化させ、洗い流してしまいます⁶。これは肌が自ら作り出した最高の保湿クリームを、強制的に剥ぎ取る行為に他なりません。
• 経皮水分蒸散量（TEWL）の増加：防御壁であるバリア機能が損なわれると、肌は水分を内部に留めておく能力を失います。その結果、「経皮水分蒸散量（Transepidermal Water Loss, TEWL）」が急激に増加し、肌は慢性的な乾燥、つっぱり感、粉ふき状態に陥ります⁵。
• 感受性の亢進と刺激：バリアが破壊され、裸同然になった肌は、普段は何でもないような外部刺激に対しても過敏に反応するようになります。これまで問題なく使えていた化粧水や保湿剤でさえ、ヒリヒリとした刺激や赤みを感じるようになるのは、このためです⁵。
• 逆説的な皮脂の過剰分泌：ここが最も重要な罠です。極度の乾燥状態に陥った皮膚は、失われた潤いを補おうと必死になり、かえって皮脂を過剰に分泌するという緊急反応を起こすことがあります⁶。この過剰な皮脂が毛穴に詰まることで、新たなニキビの発生源となり、結果的にニキビを悪化させるという最悪の悪循環に陥るのです。

つまり、ニキビを治す目的で始めた重曹ケアが、皮肉にもニキビができやすい肌環境を自ら作り出してしまうという、本末転倒の結果を招く可能性が極めて高いのです。

神話の解体：「角質除去」や「抗炎症」という主張の真偽

重曹ケアを推奨する情報の中には、「ピーリング効果」や「抗炎症作用」といった、一見科学的に聞こえる主張が見られます。しかし、これらの主張も皮膚科学の観点から見ると、大きな誤解と危険性をはらんでいます。

角質除去の神話：物理的研磨は「剥離」ではなく「損傷」

重曹のザラザラとした粒子が物理的なスクラブとして働き、古い角質を取り除くという主張があります⁸。しかし、これは有益な「角質除去」とは全く異なります。食品用や掃除用の重曹の結晶は、スキンケア用に設計されたスクラブ剤の球状粒子とは違い、不規則で鋭利な形状をしています。これを肌にこすりつける行為は、肌表面に無数の微細な傷（マイクロティア）を作り出す「物理的損傷」に他なりません⁹。このような過度な摩擦は、肌のバリア機能をさらに低下させ、炎症を悪化させるだけでなく、摩擦による色素沈着（黒ずみ）の新たな原因となる可能性さえあります¹⁰。

抗炎症作用の神話：文脈を無視した危険な主張

重曹には抗炎症作用があるという主張も散見されます⁶。確かに、一部の皮膚疾患、例えば乾癬（かんせん）や魚鱗癬（ぎょりんせん）などの治療において、重曹を入浴剤として使用する「重曹浴」が試みられることがあります¹¹。しかし、これは全く文脈が異なります。これらの治療法は、濃度が非常に低く、体の比較的丈夫な皮膚を対象としており、その有効性や安全性もまだ研究段階です¹²。顔のデリケートな皮膚に、高濃度の重曹ペーストを直接塗布した場合、その強アルカリ性による強烈な刺激とバリア破壊作用は、証明されていないわずかな抗炎症効果をはるかに上回ります。結果として、炎症を鎮めるどころか、新たな化学的刺激による炎症を引き起こす可能性が非常に高いのです⁶。

ニキビ治療における科学的根拠の欠如

最も決定的な事実は、重曹が尋常性痤瘡（ニキビ）の治療に有効であることを示した、信頼に足る査読付きの臨床研究は一つも存在しないということです⁶。重曹は、ニキビに悩む人々が「試してみた」民間療法の一つとして報告されることはあっても¹、その効果と安全性が医学的に証明されたことはありません。日本の著名な皮膚科医も、専門家の管理外で肌に化学物質を使用することの危険性を繰り返し警告しています¹³¹⁴。

最終的な医学的コンセンサス：日本のトップ皮膚科医たちの見解

個々の科学的根拠を積み重ねた先に、最も重みを持つのが、専門家集団による公式な見解です。ここでは、日本のニキビ治療における最高権威の見解を明らかにします。

ゴールドスタンダード：日本皮膚科学会「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン2023」

このセクションが、本稿の最も権威ある結論となります。日本皮膚科学会が発行する「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン2023」は、科学的根拠に基づいて作成された、日本全国の皮膚科医が従うべきニキビ治療の公式な指針です³。この数十ページにわたる詳細なガイドラインには、ニキビの重症度に応じた最善の治療法が網羅されています。そして、ここでの最も強力なメッセージは**「省略の力」**にあります。

このガイドラインのどこを探しても、「重曹（jūsō）」という単語、あるいはその他の民間療法に関する記述は一切存在しません。この完全な「沈黙」こそが、日本の皮膚科学の最高権威による、重曹がニキビ治療法として全く認知も推奨もされていないという、最も明確で最終的な声明なのです。

では、ガイドラインは何を推奨しているのでしょうか？「強く推奨する（推奨度A）」と評価されている、科学的根拠のある治療法は以下の通りです²。

• 外用アダパレン（商品名：ディフェリンゲルなど）
• 外用過酸化ベンゾイル（BPO）（商品名：ベピオゲルなど）
• 配合剤（アダパレンと過酸化ベンゾイルの合剤など）
• 外用・内服抗菌薬（炎症を伴うニキビに対して）

これらが、日本の皮膚科医がニキビ治療の第一選択として用いる、効果と安全性が証明された「本物」の治療薬です。

グローバルな視点：国際的な権威との合意

この見解は日本国内に限ったものではありません。米国の皮膚科医の権威である米国皮膚科学会（AAD）もまた、歯磨き粉に含まれることが多い重曹をニキビに使用することに対して、明確に反対の立場をとっています。その理由は、重曹にはニキビを治療する効果がなく、単なる刺激物として肌に害を及ぼす可能性があるためです⁴。このように、重曹をニキビケアに使用しないという勧告は、世界中の皮膚科学の専門家による一致した見解なのです。

透明な肌への正しい道筋：ガイドラインに準拠した実践的戦略

「何をしてはいけないか」を理解した上で、次に「何をすべきか」という建設的なステップに進むことが重要です。ここでは、日本皮膚科学会のガイドラインの精神に沿った、安全で効果的なセルフケア戦略を具体的に提案します。

基礎となる医師推奨のデイリースキンケア

• 優しい洗顔: ガイドラインが推奨する通り、洗顔は朝晩の1日2回が基本です¹⁵。熱すぎるお湯は避け、ぬるま湯で、刺激の少ない洗顔料をよく泡立てて、泡で肌を包み込むように優しく洗います。ゴシゴシと擦る行為は絶対に避けてください¹⁰。
• 必須の保湿: ニキビ肌＝脂性肌だから保湿は不要、というのは危険な誤解です。適切な保湿はバリア機能を正常に保ち、過剰な皮脂分泌を抑える鍵となります¹⁰。油分が少なく、ニキビの元になりにくい「ノンコメドジェニックテスト済み」と表示された保湿剤を選びましょう¹⁶。
• 毎日の紫外線対策: 紫外線はニキビの炎症を悪化させるだけでなく、治った後の「炎症後色素沈着」の主な原因となります¹⁷。天候に関わらず一年中、低刺激でノンコメドジェニックの日焼け止めを使用する習慣をつけましょう¹⁷。

日本のドラッグストア活用術：効果的な市販薬（OTC）の選び方

皮膚科を受診する前に市販薬を試す際は、有効成分に注目し、「ノンコメドジェニックテスト済み」の表示を確認することが重要です¹⁶。なお、「毛穴撫子 重曹泡洗顔」のように製品名に「重曹」が含まれる市販品も存在しますが¹⁸、これらはキッチンの重曹とは全くの別物です。化粧品として販売されている製品は、重曹を微量配合する一方で、保湿成分などを組み合わせ、全体のpHを肌に安全な範囲に調整して処方されています¹⁹。純粋な重曹を自己流で使うのとは、安全性が根本的に異なります。

皮膚科を受診するタイミング

セルフケアで改善が見られない場合、専門家の助けを求めることが最善の策です。市販薬を6～8週間使用しても改善が見られない、炎症が強い、ニキビ跡が残り始めているといった場合は、迷わず皮膚科を受診しましょう。皮膚科では、アダパレンや過酸化ベンゾイルなど、より強力で効果的な処方薬による治療が受けられます²。また、必要に応じて、ケミカルピーリングといった専門的な施術も選択肢となり得ます²。

よくある質問

結論

本稿を通じて行った徹底的な分析の結果、「重曹でニキビが治る」という説は科学的根拠のない危険な神話であると断定できます。重曹の強アルカリ性は、肌の防御システムを根幹から破壊し、ニキビを悪化させる可能性が極めて高いです。日本の最高権威である日本皮膚科学会の治療ガイドラインは、重曹を治療法として一切認めておらず、この見解は国際的な専門家組織とも一致しています。
あなたの肌は、憶測や伝聞に基づく民間療法ではなく、科学的根拠に裏付けられた適切なケアを受ける価値があります。ニキビとの戦いは、時に孤独で、苛立たしいものかもしれません。しかし、重曹のような証明されていない危険な方法に頼ることをやめ、皮膚科学の専門家たちが推奨するエビデンスに基づいた戦略を受け入れることこそが、あなたが求める透明で健やかな肌への、最も効果的で最も安全な第一歩です。もしあなたが今、治らないニキビに深く悩んでいるのであれば、最善の行動はただ一つです。皮膚科専門医に相談してください。