【科学的根拠に基づく】妊婦のみぞおちの痛み：それ、大丈夫？危険なサインと安全な対処法を徹底解説

なぜ痛むの？妊娠中のよくある「みぞおちの痛み」の原因

妊娠中のみぞおちの痛みは、妊娠の時期によって主な原因が異なります。ご自身の状況と照らし合わせながら、原因を理解することで、不要な心配を減らし、適切に対処することができます。

妊娠初期（〜16週）：つわりとホルモンの影響

妊娠初期の胃の不快感は、多くの妊婦さんが経験する「つわり」の一種とも考えられています¹。この時期の痛みは、主にホルモンバランスの急激な変化と、それに伴うつわりの症状が大きく関わっています。

• ホルモンバランスの変化: 妊娠すると、黄体ホルモン（プロゲステロン）の分泌が活発になります。このホルモンには、子宮の筋肉を弛緩させて妊娠を維持する大切な働きがありますが、同時に胃腸の筋肉も緩めてしまいます。その結果、胃の動きが鈍くなり、食べたものが胃に長く留まることで、胃もたれや消化不良、痛みを感じやすくなります¹。また、食道と胃のつなぎ目にある筋肉（下部食道括約筋）も緩むため、胃酸が逆流しやすくなり、胸やけやみぞおちの痛みを引き起こすことがあります⁴。これらの症状はホルモンバランスが安定してくる妊娠中期には和らぐことが多いです²。
• つわりの影響: 吐き気や嘔吐を伴う「吐きつわり」では、胃酸が食道まで逆流し、食道の粘膜を荒らしてしまうことで、キリキリとした痛みが生じます。これは「逆流性食道炎」に似た状態です⁴。一方で、お腹が空くと気持ち悪くなる「食べつわり」の場合、空腹による胃酸過多や、不快感を紛らわすための食べ過ぎが胃に負担をかけ、痛みの原因となることがあります¹。つわりによる胃痛は、一般的に妊娠5〜6週頃に始まり、12〜16週頃には落ち着くことが多いとされています⁷。
• 心因性の要因: 妊娠は喜ばしいことである一方、出産や育児への不安、体調の変化によるストレスを感じやすい時期でもあります。ストレスは自律神経のバランスを乱し、胃の機能を直接的に低下させることが知られています¹。この心因性の胃痛も、妊娠初期に見られる少なくない原因の一つです。

妊娠中期・後期（17週〜）：大きくなる子宮の圧迫

妊娠中期から後期にかけては、つわりが落ち着く一方で、赤ちゃんの成長に伴う物理的な変化が痛みの主な原因となります。

• 子宮による胃の圧迫: 赤ちゃんが成長するにつれて子宮は大きくなり、出産直前には通常時の20〜30倍もの大きさになります³。大きくなった子宮は、下から胃を物理的に押し上げ、圧迫します。これにより、胃の容量が小さくなり、少し食べただけでも満腹感や圧迫感、痛みを感じやすくなります⁴。この圧迫は胃の消化機能そのものを低下させるため、食べたものが消化されにくく、胃もたれや膨満感につながります⁴。このタイプの痛みは、妊娠後期に最も顕著になり、出産によって子宮が小さくなるまで続く傾向があります。
• 悪化する胃食道逆流症（GERD）: 子宮による圧迫は、胃酸の逆流をさらに助長します。特に横になると胃酸が食道に流れ込みやすくなるため、就寝中や食後に横になった際に胸やけや痛みが強くなることがあります⁵。
• 便秘の影響: 妊娠中はホルモンの影響や子宮による腸の圧迫で便秘になりやすくなります³。便が腸に溜まると、腹部全体の圧力が上がり、間接的に胃を圧迫して痛みを引き起こす一因となることがあります。

自宅でできる！安全なセルフケアと痛みの和らげ方

つらいみぞおちの痛みも、日々の生活習慣を少し見直すことで、症状を和らげることが可能です。ただし、これらの方法はあくまで症状緩和のためのものであり、痛みが強い場合や続く場合は自己判断せず、必ず医師に相談してください。

食事の工夫

胃への負担を減らす食生活が、最も基本的で効果的な対策です。

• 食事は「少量頻回」で: 一度にたくさん食べると胃が引き伸ばされ、圧迫感や痛みが増します。1日3食の量を5〜6回に分けて食べる「分食」を心がけましょう¹⁰。これにより、一度に胃にかかる負担を軽減し、空腹による胃酸過多も防ぐことができます⁹。
• 消化に良い食品を選ぶ: 胃が弱っているときは、おかゆやうどん、よく煮込んだ野菜スープ、白身魚、鶏ささみ、豆腐、バナナなど、消化しやすい食品を選びましょう⁷。反対に、天ぷらなどの脂っこいもの、香辛料の強いもの、食物繊維が多すぎるきのこ類やごぼうなどは消化に時間がかかり、胃に負担をかけるため避けた方が賢明です¹⁴。
• 飲み物の選び方とタイミング: 冷たい飲み物は胃に刺激を与えるため、常温の水や白湯、温かい麦茶などをこまめに飲むようにしましょう⁶。また、食事中に大量の水分を摂ると胃酸が薄まり消化を妨げることがあります。食前30分と食後しばらくは、水分の摂りすぎに注意すると良いでしょう⁹。

生活習慣の見直し

食事以外の日常生活にも、痛みを和らげるヒントが隠されています。

• 食後すぐに横にならない: 食後すぐに横になると、胃酸が食道へ逆流しやすくなります⁵。食後2〜3時間は、クッションなどにもたれて上半身を起こした姿勢で休むようにしましょう⁹。
• 寝るときの姿勢を工夫する: 胃の形状から、体の左側を下にして寝る「シムス位」は、胃酸の逆流を防ぎやすいとされています¹⁴。また、枕やクッションで上半身を少し高くして寝ることも効果的です⁹。
• 体を締め付けない服装: ワイヤー入りのブラジャーやウエストが窮屈な服は、腹部を圧迫し、血行を悪くして胃の働きを低下させる原因になります¹。ゆったりとしたマタニティウェアや、締め付けの少ない下着を選びましょう⁷。

体を温め、リラックスする

心と体の緊張をほぐすことも、胃の不調改善につながります。

• 体を温める: 体が冷えると血流が悪くなり、胃腸の働きも低下します。腹巻きをしたり、カイロや湯たんぽでお腹や腰を温めたり、温かい飲み物を飲んだりして、体を冷やさないようにしましょう³。
• ストレスを溜めない: 妊娠中は意識してリラックスする時間を作ることが大切です。好きな音楽を聴いたり、軽い散歩をしたり、家族や友人と話したりして、ストレスや不安を解消しましょう¹。

これは危険サイン？すぐに病院へ行くべき症状

妊娠中のみぞおちの痛みは、ほとんどの場合、心配のない生理的なものですが、中には母子ともに危険な状態を示すサインである可能性もゼロではありません。自己判断で我慢せず、ためらわずに医療機関を受診することが何よりも大切です。

診療時間内に相談すべき症状

以下の症状が続く場合は、次回の妊婦健診を待たずに、かかりつけの産婦人科に電話で相談し、指示を仰ぎましょう。

• セルフケアを試しても、痛みが何日も続く、または徐々に悪化する²。
• 胃痛と共に、下痢や便秘を何度も繰り返す⁷。
• 食欲不振が長く続き、体重が減少する⁷。
• 胸やけが非常に強く、日常生活に支障をきたす（治療が必要な逆流性食道炎の可能性があります）⁷。

すぐに医療機関へ（夜間・休日でも）

以下の症状が一つでも当てはまる場合は、緊急性が高い可能性があります。夜間や休日であっても、ためらわずに産婦人科の救急外来を受診するか、救急車を呼んでください。

• 我慢できないほどの激しい痛み、冷や汗が出るような痛み²。
• 突然、みぞおちや右の肋骨の下あたりに激痛が走った（特に妊娠後期）¹⁶。
• みぞおちの痛みに加えて、以下のいずれかの症状がある場合:
  • 激しい頭痛や、目がチカチカする・光が見えるなどの視覚異常¹⁸。
  • 吐き気や嘔吐を伴う¹⁶。
  • 顔や手足が急にむくむ⁴。
  • 性器からの出血がある¹。
  • 便が黒い（タール便）または血が混じっている（胃や十二指腸からの出血が疑われます）⁷。

注意：このチェックリストはあくまで目安です。「いつもと違う」「何かおかしい」と感じたら、それが最も重要な受診のサインです¹⁰。

痛みの裏に隠れる病気：特に注意したい「妊娠高血圧症候群」と「HELLP症候群」

みぞおちの痛みは、時に母子の命に関わる重篤な病気の兆候であることがあります。特に「妊娠高血圧症候群」とその合併症である「HELLP症候群」については、すべての妊婦さんとそのご家族が知っておくべき重要な知識です。

妊娠高血圧症候群（HDP）とは？

妊娠高血圧症候群（Hypertensive Disorders of Pregnancy, HDP）は、妊娠20週以降に初めて高血圧が発症し、時に蛋白尿や肝機能障害、腎機能障害などの臓器障害を伴う病気です¹⁶。国立成育医療研究センターによると、全妊娠の約5〜10%に発症すると報告されており、決して稀な病気ではありません¹⁶。この病気の恐ろしさは、初期には自覚症状がほとんどないことです¹⁸。そのため、妊婦健診での定期的な血圧測定と尿検査が、HDPを早期に発見するための最も重要で効果的な手段となります²³。みぞおちの痛みといった自覚症状が現れたときには、病状がかなり進行している可能性があります。定期的な妊婦健診を欠かさず受けることは、単に赤ちゃんの成長を確認するだけでなく、お母さん自身の命を守るためにも不可欠なのです。

HELLP症候群：HDPの重篤な合併症

HELLP（ヘルプ）症候群は、妊娠高血圧症候群の最も重篤な合併症の一つで、緊急の対応を要する産科的救急疾患です。HELLPとは、Hemolysis（溶血：赤血球が壊れる）、Elevated Liver enzymes（肝酵素上昇）、Low Platelet count（血小板減少）の頭文字をとったものです¹⁹。この病気の最も特徴的で重要な初期症状が、突然の激しいみぞおちの痛み（心窩部痛）や右の肋骨の下の痛み（右季肋部痛）です¹⁶。この痛みは、肝臓の腫れや出血、虚血によって引き起こされます。多くの場合、吐き気や嘔吐、全身の倦怠感を伴います¹⁹。『妊娠高血圧症候群の診療指針2021』においても、高血圧を認める妊婦がみぞおちの痛みを訴えた場合、HELLP症候群や常位胎盤早期剥離などの重篤な状態を鑑別することが強く推奨されています³¹。診断が遅れると、けいれん発作（子癇）、脳出血、肝破裂、腎不全など、母子ともに命に関わる事態に陥る可能性があります¹⁶。

その他の可能性のある病気

みぞおちの痛みの原因として、他にも以下のような消化器系の病気が考えられます。

• 重症の胃食道逆流症（GERD）: セルフケアで改善せず、強い胸やけや声がれなどを伴う場合、薬物治療が必要になることがあります³²。
• 急性胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍: 強いキリキリとした痛みや、空腹時の痛みが特徴です。出血を伴うと便が黒くなる（タール便）ことがあります¹。
• 急性虫垂炎: 妊娠中は子宮に押されて虫垂の位置が変わるため、典型的な右下腹部痛ではなく、みぞおち周辺が痛むこともあり、診断が難しい場合があります³⁴。

病院での診察と治療法

みぞおちの痛みが心配で病院を受診した場合、どのような診察や治療が行われるのでしょうか。事前に流れを知っておくことで、安心して受診することができます。

診察と検査

まず、医師は症状について詳しく尋ねます（問診）。いつから痛むのか、どんな痛みか、食事との関係、他の症状の有無などをできるだけ具体的に伝えましょう⁴。その後、お腹を触って痛みの場所や程度を確認します（触診）。必要に応じて、以下の検査が行われます。

• 血液検査: 肝機能（AST, ALT）、血小板数、溶血の有無（LDH）などを調べ、HELLP症候群の可能性を評価します。また、貧血の有無も確認します³⁴。
• 尿検査: 蛋白尿の有無を調べ、妊娠高血圧症候群の可能性を評価します³⁴。
• 超音波検査（エコー検査）: 腹部エコーで、肝臓や胆嚢、膵臓などに異常がないかを確認することがあります³⁴。

これらの検査は、妊婦健診で定期的に行われる項目も多く含まれており、母子への負担が少ない安全なものです²³。

妊娠中でも安全な薬物療法

痛みの原因に応じて、妊娠中でも比較的安全に使用できる薬が処方されることがあります。自己判断で市販薬を服用することは絶対に避け、必ず医師の処方に従ってください¹³。

• 西洋薬:
  • 制酸薬・胃粘膜保護薬: 胃酸を中和したり、胃の粘膜を保護したりする薬（例：ガスロン）が処方されることがあります³⁸。
  • H2ブロッカー、プロトンポンプ阻害薬（PPI）: 胃酸の分泌を強力に抑える薬で、重度の逆流性食道炎などに用いられます。ガスター（ファモチジン）などが代表的です³⁸。複数のメタアナリシス研究により、これらの薬剤は妊娠中の使用において、胎児の先天異常の危険性を増加させないことが示唆されており、有益性が危険性を上回ると判断される場合に処方されます³⁹⁴¹。
  • 鎮痙剤: 胃のけいれんによる差し込むような痛みに対して、ブスコパンなどが処方されることがあります³⁸。
• 漢方薬（Kampo）:
  近年、日本の産科領域では、妊婦さんの様々な不快症状に対して漢方薬が積極的に活用されています⁴。漢方薬は個人の体質（証）に合わせて処方されます。
  • 小半夏加茯苓湯（しょうはんげかぶくりょうとう）: つわりによる吐き気や胃の不快感によく用いられます⁴。
  • 六君子湯（りっくんしとう）: 体力がなく、冷えやすく、食欲不振や胃もたれ、胃痛がある場合に適しています⁴。
  • 半夏瀉心湯（はんげしゃしんとう）: みぞおちのつかえ感や吐き気、下痢などに用いられます⁴。

よくある質問

結論

妊娠中のみぞおちの痛みは、多くの妊婦さんが経験する一般的な症状であり、その多くは生理的な変化によるものです。食事や生活習慣を工夫するセルフケアは有効ですが、最も大切なのは「いつもと違う危険なサイン」を見逃さないことです。「我慢できないほどの激痛」や、みぞおちの痛みに加えて「激しい頭痛、目のチカチカ、嘔吐、急なむくみ」などの症状が現れた場合は、妊娠高血圧症候群やHELLP症候群といった、母子の命に関わる重篤な病気の可能性があります。このような場合は、時間帯を問わず、直ちに医療機関を受診してください。そして、自覚症状がない段階で病気を発見するためにも、定期的な妊婦健診はあなたと赤ちゃんの健康を守る命綱です。妊娠中の体の変化に不安を感じるのは当然のことです。一人で抱え込まず、どんな些細なことでもかかりつけの産婦人科医に相談し、安心してマタニティライフを送りましょう¹⁰。