【医師監修】アンフェタミン(覚醒剤)依存症の克服:科学的根拠に基づく治療法と回復への完全ガイド
精神・心理疾患

【医師監修】アンフェタミン(覚醒剤)依存症の克服:科学的根拠に基づく治療法と回復への完全ガイド

この記事を読んでいるあなたは、今、深い孤独や恐怖、そして自分を責める気持ちの中にいるかもしれません。あるいは、大切なご家族やご友人のことで、どうすればよいのか分からず途方に暮れているのかもしれません。その苦しみと混乱は、決してあなた一人のものではありません。アンフェタミン(覚醒剤)依存症は、日本社会に深く、しかし静かに広がる深刻な問題です。しかし、最も重要なことを最初にお伝えします。依存症は、意志の弱さや道徳的な問題ではなく、治療可能な医学的な状態(病気)です1。そして、回復への道は、確かに存在します。この記事は、単なる情報の羅列ではありません。日本の国立精神・神経医療研究センター(NCNP)や米国の国立薬物乱用研究所(NIDA)といった世界トップクラスの機関による最新の科学的知見と、長年現場で治療に携わってきた専門家の経験に基づき、あなたやあなたの大切な人が回復への第一歩を踏み出すための、信頼できる希望に満ちたガイドです。恐怖から行動へ。その架け橋となることをお約束します。

この記事の科学的根拠

この記事は、引用された研究レポートで明示されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 厚生労働省: 日本の公式な依存症治療ガイドラインに関する指針は、同省の報告書に基づいています1。これには、心理社会的治療の重視や、ご家族への支援に関する情報が含まれます2
  • 警察庁: 日本国内の覚醒剤事犯の統計や法的罰則に関する正確な情報は、警察庁の公式発表に基づいています34
  • 国立精神・神経医療研究センター(NCNP): 日本における薬物依存症研究と治療の中核機関であり、国内の薬物使用実態調査5、治療プログラム「SMARPP」の開発と実践6、専門外来での治療提供7に関する記述は、同センターの公開情報に基づいています。
  • 米国国立薬物乱用研究所(NIDA): アンフェタミンが脳に与える影響、依存症の神経生物学的メカニズム、そして長期的な健康への影響に関する科学的解説は、世界的な権威であるNIDAの研究報告書を基にしています8
  • 米国依存症医学会(ASAM)/米国依存症精神医学会(AAAP): 条件強化マネジメントやハームリダクションといった国際的なベストプラクティスに関する推奨は、これらの学会が共同で発行した最新の臨床実践ガイドラインに基づいています9
  • 松本俊彦医師: 日本の薬物依存症治療の第一人者であり、依存症を「人に癒されず生きにくさを抱えた人の孤独な自己治療」と捉える視点10や、従来の対決的なアプローチからの転換を提唱するその見解11は、この記事全体の共感的・非審判的なトーンの基盤となっています。

要点まとめ

  • アンフェタミン(覚醒剤)依存症は意志の弱さではなく、脳の報酬系が乗っ取られる「治療可能な病気」です。
  • 日本の治療は、認知行動療法を基にした「SMARPP」という対話形式の集団プログラムが中心です。
  • 現時点で依存症そのものを治す「特効薬」はありませんが、精神症状を和らげる薬物療法や、世界中で新しい治療薬の研究が進められています。
  • 医療機関が本人の同意なく警察に通報する義務はなく、治療が優先されるのが一般的です。安心して相談してください。
  • 回復には、専門家の治療だけでなく、DARCやNAといった同じ経験を持つ「仲間」の存在が非常に重要です。家族も一人で抱え込まず、支援機関に相談することが回復への第一歩となります。

覚醒剤(アンフェタミン)依存症とは何か?- 脳と身体に起こること

依存症からの回復を目指す上で、まず敵の正体を正しく知ることは不可欠です。なぜ「やめたくてもやめられない」のか。それは、覚醒剤が脳の仕組みを根底から書き換えてしまう、極めて強力な化学物質だからです。

覚醒剤の正体

日本で「覚醒剤」として厳しく規制されている薬物は、主にアンフェタミンおよびメタンフェタミンという強力な精神刺激薬を指します8。これらは「シャブ」「アイス」「クリスタル」といった俗称で違法に取引されることがほとんどですが12、極めて稀に、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの治療に医療用として処方されることもあります8。しかし、本記事で扱うのは、乱用による依存症の問題です。

脳への作用:ドパミンシステムのハイジャック

私たちの脳には、食事や運動、人との交流といった喜ばしい体験をした時に活性化し、快感や意欲を生み出す「報酬系」という回路があります。この中心的な役割を担うのが、「ドパミン」という神経伝達物質です。覚醒剤は、この脳の最も根源的なシステムを文字通り「ハイジャック」します。米国国立薬物乱用研究所(NIDA)の研究によれば、覚醒剤は脳内のドパミンを人為的に、かつ爆発的に放出させ、さらにそのドパミンが神経細胞に再吸収されるのをブロックします8。これにより、脳内は異常な濃度のドパミンで満たされ、強烈な多幸感(ユーフォリア)が生じます。この作用は他の多くの薬物よりもはるかに強力で長く続くため、極めて速やかに、そして強力な依存を形成するのです13。このプロセスを繰り返すうちに、脳は自力でドパミンを放出する能力を失い、神経細胞そのものがダメージを受けていきます。その結果、薬物なしでは喜びを感じられないばかりか、生きる気力さえ湧かない状態に陥り、さらなる薬物の使用へと駆り立てられるという悪循環が完成します14

心身への影響

覚醒剤の使用は、心と身体の両方に深刻なダメージを与えます。その影響は、短期的なものと長期的なものに分けられます。

  • 短期的な影響:強烈な覚醒作用、多幸感、食欲の著しい減退、心拍数と血圧の急上昇、体温の上昇(高体温症は命に関わることもあります)13
  • 長期的な影響:深刻な依存症の形成はもちろんのこと、長期的な使用は以下のような破壊的な結果をもたらします8
    • 精神症状:他人に監視・攻撃されていると感じる妄想、存在しない声が聞こえる幻聴、極度の不安感や恐怖(パラノイア)といった、統合失調症に類似した精神病症状。
    • 認知機能の低下:記憶力や判断力の著しい低下。
    • 感情の変化:攻撃性の増大、気分の激しい落ち込み(うつ状態)。
    • 身体的ダメージ:「メスマウス(meth mouth)」と呼ばれる、唾液の減少と歯ぎしりによる重度の歯科疾患、極端な体重減少と栄養失調、心臓や血管への深刻な負担による脳卒中や心不全のリスク増大。
    • 感染症のリスク:注射器の共有によるHIV(エイズウイルス)やC型肝炎といった血液感染症、また無防備な性行為による性感染症のリスクが劇的に増加します12

これらの症状を科学的に理解することは、恐怖を煽るためではありません。あなたが今経験している苦しみに医学的な名前と理由を与えることで、自己非難から解放され、治療へと向かう力を得るための第一歩なのです。

依存症のサインと自己チェック

「自分は本当に依存症なのだろうか?」と疑問に思うかもしれません。依存症は、本人が問題を認めにくい「否認の病」とも言われます11。問題を客観的に評価するため、国際的な診断基準であるDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)を基にした以下の質問に、非審判的な気持ちで答えてみてください1。過去12ヶ月の間に、以下のような経験はありましたか?

  1. 思っていたよりも多くの量や長い期間、覚醒剤を使ってしまうことがあった。
  2. 覚醒剤の使用をやめたい、または減らしたいと何度も思ったが、うまくいかなかった。
  3. 覚醒剤を手に入れたり、使ったり、その影響から回復したりするのに、多くの時間を費やしている。
  4. 覚醒剤を使いたいという、どうしようもなく強い欲求(渇望)があった。
  5. 覚醒剤の使用が原因で、仕事、学校、家庭での大切な役割を果たせなくなった。
  6. 覚醒剤が原因で、大切な人との関係が悪化したり、社会的な問題が起きたりしているにもかかわらず、使用を続けてしまう。
  7. 覚醒剤の使用のために、これまで楽しんでいた趣味や娯楽、人付き合いなどを諦めたり、減らしたりした。
  8. 運転中や危険な作業中など、身体的に危険な状況でも覚醒剤を使ってしまうことがあった。
  9. 覚醒剤のせいで心や身体に問題が起きていると分かっていながら、使用をやめられない。
  10. 「耐性」ができてしまい、以前と同じ効果を得るためにより多くの量が必要になったり、同じ量では効果が弱まったりした。
  11. 覚醒剤の使用をやめたり量を減らしたりした時に、激しい疲労感、不快な夢、不眠または過眠、食欲の増進、焦燥感や無気力といった不快な「離脱症状」が現れた。

これらの項目のうち、2つ以上が当てはまる場合、それは専門家への相談を検討するべき重要なサインかもしれません15。問題を認めることの難しさ自体が、依存症という病気の症状の一部なのです。自分を責める必要はありません。まずは客観的に状況を認識することが、回復への道を切り開きます。

日本における覚醒剤依存症の現状と法的背景

この問題と向き合うためには、日本社会における覚醒剤依存症の立ち位置と、それがもたらす法的な現実を正確に理解することが不可欠です。

統計データ:誰が、どれくらい?

厚生労働省や国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の調査によれば、日本でこれまでに一度でも覚醒剤を使用したことがある人の割合(生涯経験率)は約0.5%と推計されています16。また、過去1年間に使用した人は約11万人に上ると見られています5。近年、若年層で大麻事犯が増加していることが注目されていますが、警察庁の統計では、覚醒剤事犯は依然として深刻であり、特に再犯率の高さが大きな課題として指摘されています4

覚醒剤取締法:知っておくべき法律と罰則

日本では「覚醒剤取締法」により、覚醒剤の乱用による保健衛生上の危害を防止するため、その取り扱いが厳しく規制されています17。いかなる理由であれ、国の許可なく覚醒剤を所持、使用、譲渡、譲受することは犯罪であり、厳しい罰則が科せられます。

覚醒剤取締法における主な違反行為と法定刑
違反行為 法定刑 典拠
単純所持・使用・譲渡・譲受 10年以下の懲役 18
営利目的の所持・譲渡・譲受 1年以上の有期懲役(情状により500万円以下の罰金併科) 19
単純輸入・輸出・製造 1年以上の有期懲役 18
営利目的の輸入・輸出・製造 無期または3年以上の懲役(情状により1000万円以下の罰金併科) 18

この厳しい法的現実を前に、絶望を感じるかもしれません。しかし、ここでの戦略的なメッセージは明確です。「これほど厳しい法的リスクが存在するからこそ、その根本原因である依存症という病気を医学的に治療することが、あなた自身とあなたの未来を守るための最も確実な道なのです」。法的な現実は、治療へと向かうための強力な動機付けとなり得るのです。

科学的根拠に基づく治療法:回復へのステップ

絶望的な状況から抜け出すための具体的な道筋は、科学的根拠に基づいて確かに存在します。ここでは、回復へのステップを一つずつ、分かりやすく解説します。

治療の第一歩:罰ではなく、治療を

多くの方が抱く最大の恐怖は、「医療機関に行ったら、警察に通報されるのではないか」という不安でしょう。結論から言うと、その心配はほとんどありません。日本の法律では、医師が患者の薬物使用を警察に通報する義務は定められておらず、むしろ医師の守秘義務が優先されます。厚生労働省の資料や、日本の依存症治療の第一人者である松本俊彦医師の見解によれば、臨床現場では患者との治療的な信頼関係を築くことが最優先されるのが一般的です110。依存症を「罰せられるべき犯罪」ではなく「治療されるべき病気」として捉えるこの視点が、医療への扉を開く鍵となります20

心理社会的療法:回復の柱

現在の日本における依存症治療の根幹は、薬物ではなく、対話や訓練を通じた心理社会的療法です。中でも、認知行動療法(CBT)がその中心となります1

  • 認知行動療法 (CBT): これは、薬物を使いたくなるような特定の思考パターン(「少しだけなら大丈夫」など)や行動の癖に自分で気づき、それらをより健康的で安全なものに変えていくための具体的なスキルを学ぶ治療法です1
  • SMARPP (スマープ): 日本で最も広く普及している代表的なCBTプログラムが「SMARPP」です6。国立精神・神経医療研究センター(NCNP)が米国の先進的なプログラムを参考に開発したもので21、通常は10人前後のグループで、専門のテキストを使いながら週に1〜2回、計24回のセッションを行います。薬物を使いたくなる「引き金」の特定、渇望への対処法、ストレス管理、対人関係スキルの向上などを学びますが、その雰囲気は堅苦しいものではなく、お茶やお菓子を囲みながらリラックスして話し合える場作りが重視されています21
  • 動機付け面接法 (MI): これは、治療者が一方的に「やめなさい」と指示するのではなく、穏やかな対話を通じて、ご本人が「変わりたい」という気持ちを自ら見つけ、強めていくのを支援するカウンセリング技法です1。多くの治療プログラムの導入部で用いられます。
  • 条件強化マネジメント (CM): 米国国立薬物乱用研究所(NIDA)や米国依存症医学会(ASAM)のガイドラインで有効性が高く評価されている治療法です89。尿検査などで薬物を使用していないことが客観的に確認されるたびに、商品券などのささやかな報酬(インセンティブ)を提供することで、断薬を続ける動機付けを強化する行動療法の一種です。

薬物療法:現在の状況と未来への研究

残念ながら、現時点ではアンフェタミン(覚醒剤)依存症そのものを根本的に治療する、いわゆる「特効薬」は日本にも米国にも存在しません1。この事実は、魔法のような簡単な解決策はないという現実を理解する上で重要です。ただし、依存症に合併しがちな、うつ病や不安障害、不眠といった症状を和らげるため、あるいは急性の中毒症状(幻覚や妄想など)を抑えるために、向精神薬が対症療法として用いられることはあります1。同時に、NCNPをはじめとする国内外の研究機関では、依存症のメカニズムに基づいた新しい治療薬の開発が精力的に続けられており6、未来への希望は失われていません。

ハームリダクション:回復の旅をより安全に

ハームリダクション(Harm Reduction)とは、直訳すると「害の低減」です。これは薬物使用を容認する考え方では決してありません。むしろ、「断薬という最終目標を目指す長い旅の途中で、命を落としたり、取り返しのつかない健康被害を受けたりするリスクを、科学的根拠に基づいて最小限に抑えるための、現実的で慈悲深いアプローチ」です。米国依存症医学会(ASAM)のような国際的な権威機関が強く推奨する戦略でもあります9

  • 過剰摂取の予防: 特にアルコールや他の抑制系の薬物と覚醒剤を併用することは、心臓への負担を増大させ、命の危険を著しく高めることを知っておく必要があります9
  • 感染症の予防: 注射器を共有しないこと、安全な性行為を実践することの重要性を理解し、必要であればHIV予防内服(PrEP)のような選択肢について情報を得ることが、将来の健康を守ります12
  • 全身の健康維持: 覚醒剤の使用は栄養状態の悪化や深刻な歯科疾患を招きがちです。バランスの取れた食事を心がけ、定期的に歯科検診を受けるといった基本的な健康管理が、回復の土台を支えます9

どこに助けを求めればよいか?- 相談窓口と支援機関一覧

一人で悩む必要はありません。日本には、あなたの状況に合わせて相談できる場所が必ずあります。ここでは、主な相談窓口と支援機関を種類別に紹介します。

支援機関の種類と特徴
支援の種類 機関名 特徴 連絡先・アクセス方法 典拠
公的相談窓口 精神保健福祉センター 各都道府県・政令指定市にある公的な専門相談機関。本人・家族が無料で匿名相談できる最初の窓口。 お住まいの自治体名と「精神保健福祉センター」で検索。まずは電話相談から。 122
  保健所 市区町村レベルのより身近な相談窓口。精神保健福祉センターへの橋渡し役も担う。 お住まいの市区町村のウェブサイトで検索。 22
専門医療機関 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 日本の薬物依存症治療研究の拠点。SMARPPなどの専門プログラムを提供。 公式ウェブサイトの「薬物依存症専門外来」の案内に従い要予約。 7
  依存症専門病院 薬物依存症の入院・外来プログラムを持つ精神科病院。(例:京都府立洛南病院、各務原病院など) 各病院のウェブサイトで外来情報を確認。紹介状が必要な場合も。 2324
自助グループ・民間回復施設 DARC (ダルク) 回復した当事者が運営する民間のリハビリ施設。共同生活をしながら回復を目指す。日本の回復文化の根幹。 「日本ダルク」本部や各地域のダルクのウェブサイトで連絡先を確認。 25
  ナルコティクス・アノニマス (NA) 薬物依存からの回復を目指す匿名の当事者の集まり。12ステッププログラムを用い、全国でミーティングを開催。 「ナルコティクス・アノニマス・ジャパン」公式サイトでミーティング場所と時間を確認。参加無料で予約不要。 26

ご家族と友人のためのガイド

ご家族や親しい友人の薬物問題に直面した時、多くの方は混乱し、怒り、そして深い無力感に苛まれます。しかし、あなたの存在は、ご本人が回復に向かうための最も重要な鍵となり得ます。ここでは、ご家族ができる建設的な対応について解説します。

  • まず、あなたが助けを求める: 最大の過ちは、問題を家族だけで抱え込むことです。ご本人の問題と向き合う前に、まずご自身の心身の健康を守る必要があります。精神保健福祉センターやDARCの家族会、NAの姉妹プログラムであるナラノンなどに相談し、専門家や同じ悩みを持つ仲間と繋がってください20
  • 「否認」を理解する: ご本人が問題を認めないのは、あなたを拒絶しているからではありません。それは、客観的な現実を直視するあまりの苦痛から心を守ろうとする、病気の症状としての「否認」なのです11。これを理解することで、冷静さを保ちやすくなります。
  • イネイブリング(世話の焼きすぎ)をやめる: ご本人の借金の肩代わりをしたり、問題行動の後始末をしたりすることは、愛情からくる行動かもしれませんが、結果的にご本人が自分の行動の結果に直面する機会を奪い、回復を遠ざけてしまいます。
  • 肯定的なコミュニケーションを心がける(CRAFTの原則): 米国で開発されたエビデンスに基づく家族支援プログラム「CRAFT」は、対決ではなく、肯定的なコミュニケーションを重視します1。ご本人が薬物を使っていない時の良い行動(例えば、穏やかに話ができた、食事を一緒にとったなど)に注目し、それを具体的に褒めることが、本人の行動を変える動機付けになります。

あなたが健康的な対応を学ぶことは、家庭内のストレスを減らし、ご本人が治療につながる可能性を劇的に高めるのです。

よくある質問

治療を受けたら、警察に通報されて逮捕されることはありませんか?
いいえ、その心配はほとんどありません。日本の法律では、医師が患者の犯罪行為(この場合は覚醒剤取締法違反)を知ったとしても、警察に通報する義務はありません。むしろ、医師には患者の秘密を守る「守秘義務」があり、治療的な信頼関係を築くことが最優先されます10。安心して医療機関に相談してください。
依存症を治す「特効薬」はありますか?
残念ながら、2024年現在、アンフェタミン(覚醒剤)依存症そのものを治す、あるいは渇望を完全に消し去るような「特効薬」として承認された薬は、日本にも米国にもありません1。治療の中心は、あくまでSMARPPなどの心理社会的療法です。ただし、不眠やうつ症状、幻覚・妄想といった併存する症状を和らげるために薬が使われることはあります。また、世界中で新しい治療薬の研究は続けられています。
本人が治療を断固として拒否します。家族としてどうすればいいですか?
本人が問題を認めない(否認する)のは、病気の典型的な症状です11。無理やり本人を説得しようとしたり、叱責したりするのは逆効果になることが多いです。まず、ご家族自身が精神保健福祉センターや保健所、DARCの家族会などに相談し、専門家の助言を得てください。ご家族が冷静で一貫した対応を学ぶことが、ご本人が治療を考えるきっかけになることも少なくありません2
回復にはどれくらいの時間がかかりますか?一度やめれば、もう大丈夫ですか?
回復は「完治」というゴールがあるわけではなく、生涯続く「プロセス」と考えるのが現実的です。糖尿病や高血圧を生涯管理していくのと似ています。その過程で、再び薬物を使ってしまう「スリップ(再使用)」が起こることもありますが、それは失敗ではありません。スリップから学び、再び回復の道を歩み始めることが重要です10。回復の道のりは人それぞれですが、焦らず、一日一日を大切に積み重ねていくことが鍵となります。

結論

アンフェタミン(覚醒剤)依存症は、脳の機能を乗っ取り、人生を根底から揺るがす恐ろしい病です。しかし、この記事を通して繰り返しお伝えしてきたように、それは決して不治の病ではありません。回復は、一度きりの「完治」ではなく、生涯にわたる「管理」のプロセスです。その道のりは平坦ではないかもしれません。途中で再び薬物を使ってしまう「スリップ」を経験することもあるでしょう。しかし、それは失敗ではなく、学びの機会です10。科学的な研究は、長期間の断薬によって、ダメージを受けた脳の機能が少しずつ回復し始める可能性を示しています14。そして何より、この回復の旅は孤独なものではありません。精神保健福祉センターや専門の医療機関といった専門家の支援はもちろんのこと、DARCやナルコティクス・アノニマスで出会う、同じ苦しみを分かち合い、乗り越えてきた「仲間」の存在が、何にも代えがたい力となります27。「一人のアディクト(依存症者)が別のアディクトを助ける」。この単純な真理こそ、回復への最も確かな光です。もしあなたが今、暗闇の中にいるのなら、どうかその手を伸ばしてください。助けを求めることは、弱さの証ではなく、勇気ある第一歩なのです。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 厚生労働科学研究成果データベース. アルコール・薬物使用障害の 診断治療ガイドライン. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2016/162091/201616025A_upload/201616025A0022.pdf
  2. 厚生労働省. ご家族の薬物問題でお困りの方へ. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/dl/yakubutu_kazoku.pdf
  3. 大阪府警. 覚醒剤や麻薬等の薬物は、一度でも使用すると元に戻らなくなります。. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.police.pref.osaka.lg.jp/seikatsu/yakubutsuranyo/3/6/4262.html
  4. 警察庁. 第1項 薬物情勢. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.npa.go.jp/hakusyo/r06/honbun/html/aa4421000.html
  5. 国立精神・神経医療研究センター. 薬物乱用・依存状況 実態把握のための 全国調査と 大麻等の. [インターネット]. 2023年. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/J_NGPS_2023.pdf
  6. NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター. 薬物依存症センター. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.ncnp.go.jp/hospital/guide/sd/drug-addiction.html
  7. 国立精神・神経医療研究センター. 薬物依存症外来のご案内. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/outpatient/index.html
  8. National Institute on Drug Abuse (NIDA). Methamphetamine Research Report. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://nida.nih.gov/sites/default/files/methrrs.pdf
  9. Gómez-Coronado N, et al. The ASAM/AAAP Clinical Practice Guideline on the Management of Stimulant Use Disorder. J Addict Med. 2024;18(3S):S1-S89. doi:10.1097/ADM.0000000000001300. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11105801/
  10. 松本俊彦. 薬物依存症臨床における守秘義務の重要性. 精神神経学雑誌. 2020;122(8):594-603. Available from: https://journal.jspn.or.jp/Disp?style=ofull&vol=122&year=2020&mag=0&number=8&start=594
  11. 松本俊彦. 物質依存症―否認の病の「病識」を治療に生かす. 精神神経学雑誌. 2017;119(12):911-921. Available from: https://journal.jspn.or.jp/Disp?style=ofull&vol=119&year=2017&mag=0&number=12&start=911
  12. National Institute on Drug Abuse (NIDA). Methamphetamine. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://nida.nih.gov/research-topics/methamphetamine
  13. NASADAD. Methamphetamine. [インターネット]. 2023年10月. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://nasadad.org/wp-content/uploads/2023/10/Methamphetamine-2023.pdf
  14. National Preparedness and Response to the Methamphetamine Crisis. Research Report on Methamphetamine. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: http://www.npaihb.org/images/epicenter_docs/Meth/RRMetham.pdf
  15. Substance Abuse and Mental Health Services Administration (SAMHSA). Treatment of Stimulant Use Disorders (Treatment Improvement Protocol [TIP] Series). [インターネット]. 2020年. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://library.samhsa.gov/sites/default/files/pep20-06-01-001.pdf
  16. 厚生労働省. 現在の薬物乱用の状況. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/torikumi/
  17. e-Gov法令検索. 覚醒剤取締法. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC0100000252
  18. 弁護士法人泉総合法律事務所. 覚せい剤取締法違反 | 事件別の弁護方針. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://keiji-soudan.jp/policy/kakuseizai/
  19. ダーウィン法律事務所. 覚せい剤取締法違反について. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://criminal.darwin-law.jp/case/kakuseizai/
  20. 日本アルコール・薬物医学会. 依存症の支援. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.ncasa-japan.jp/e-learning/assets/pdf/elearning_support.pdf
  21. 河田病院. SMARPP(スマープ )プログラム. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.kawada.or.jp/topics/dependence/program/smarpp/index.html
  22. 厚生労働省. 薬物乱用 薬物依存症とは 治療法について サポートをするとき. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/kokoro/parent/docs/know_04_pdf.pdf
  23. 京都府立洛南病院. 薬物依存症|症状・治療について. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.rakunan-hosp.jp/gairai/case/yakubutsu.html
  24. 医療法人杏野会 各務原病院. 薬物依存治療について. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.kakamigahara-hosp.jp/diagnosis/disease-drug
  25. 特定非営利活動法人 東京ダルク. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://tokyo-darc.org/
  26. ナルコティクス アノニマス 日本. Narcotics Anonymous Japan Official Site. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://najapan.org/?cat=-1
  27. 井ノ口、風間、成田. 薬物依存からの「回復」と「仲間」――ダルクにおける生活を通した「欲求」の解消――. 関東都市学会年報. 2016;29:92-101. Available from: https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh/2016/29/2016_92/_article/-char/ja/
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ