【専門家が解説】髄膜炎菌ワクチン完全ガイド:費用、種類、日本の現状と留学前の必須知識
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【専門家が解説】髄膜炎菌ワクチン完全ガイド:費用、種類、日本の現状と留学前の必須知識

侵襲性髄膜炎菌感染症(IMD)は、日本では稀な疾患であるものの、発症から24時間以内に命を奪う可能性もある、極めて危険な細菌感染症です。特に、海外留学や寮生活など、集団生活を控える方々にとって、その予防策である髄膜炎菌ワクチンの情報は非常に重要となります。しかし、日本の接種方針は諸外国と大きく異なり、費用は自己負担、ワクチンの種類も複数存在するため、多くの混乱が生じているのが現状です。本記事では、JHO編集委員会が国立感染症研究所(NIID)や米国疾病予防管理センター(CDC)などの最新情報に基づき、髄膜炎菌ワクチンの種類、費用、日本の現状、そして特に留学生にとって不可欠な知識を、専門的かつ分かりやすく徹底解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性のみが含まれています。

  • 日本の規制当局および研究機関(厚生労働省、国立感染症研究所): 本記事における日本の疫学データ(血清群Y型が主流である点など)、国内で承認されているワクチン(メンクアッドフィ®)、および「任意接種」という法的地位に関する記述は、これらの機関が公表する公式データおよびガイドラインに基づいています。12
  • 米国疾病予防管理センター(CDC): 米国における青年期の定期接種スケジュール(MenACWYワクチン)や、B群ワクチンに関する「共同臨床意思決定(SCDM)」といった推奨事項、特に大学の寮生活におけるリスク増大に関する指摘は、CDCのガイドラインを根拠としています。3
  • 日本の専門学会(日本小児科学会、日本環境感染学会): 寮生活を送る者や特定の医療従事者へのワクチン接種を推奨する具体的なガイダンスは、これらの専門学会が示す臨床的見解に基づいています。45
  • 世界保健機関(WHO): アフリカの「髄膜炎ベルト」地帯への渡航者や、ハッジ巡礼者へのワクチン接種の重要性に関する記述は、WHOの国際的な公衆衛生上の勧告に基づいています。6

この記事の要点

  • 髄膜炎菌感染症(IMD)は稀ですが、発症後24時間以内に致死的となりうる非常に危険な病気です。
  • 日本では4価ワクチン(MenACWY)「メンクアッドフィ®」が承認されており、「任意接種」に分類されます。
  • 接種費用は全額自己負担で、1回あたり2万円から3万円程度が目安となり、公的医療保険は原則適用されません。
  • 接種が強く推奨されるのは、米国などへの留学生や、学校の寮などで集団生活を送る方です。
  • 日本で2番目に多いB群菌を予防するワクチンは国内未承認ですが、一部のトラベルクリニックで輸入ワクチンとして接種可能です。

髄膜炎菌感染症(IMD)とは?なぜ「知られざる脅威」なのか

侵襲性髄膜炎菌感染症(IMD)は、グラム陰性菌である髄膜炎菌(学名:Neisseria meningitidis)によって引き起こされる急性の細菌感染症です。この病気の本当の恐ろしさは、その進行の速さにあります。発症は突発的で、初期症状は発熱、頭痛、嘔吐など、ごく普通のインフルエンザ様疾患と酷似しています。このため、特に本疾患が稀な日本では、初期段階での診断が極めて困難です。しかし、診断や治療がわずか1日遅れるだけで、命に関わる事態に発展しかねません。
病状が進行すると、脳と脊髄を覆う膜が感染する「髄膜炎」や、血液が感染する「菌血症」といった重篤な状態を引き起こします。治療が行われた場合でも、致死率は7%から19%と高く、治療がなければ50%に達することもあります1。さらに、生存者の約10%から20%は、難聴、脳障害、腎不全、四肢切断といった深刻かつ永続的な後遺症に苦しむことになります。感染は咳やくしゃみによる飛沫を介して人から人へと広がるため、寮や兵舎、大規模なイベントといった集団生活の場は、高い感染危険性を伴います。

日本で接種可能な髄膜炎菌ワクチンの全種類

現在、日本国内で接種可能な、あるいは国際的な要求に応じてアクセス可能な髄膜炎菌ワクチンは、主にその防御範囲によって分類されます。技術の進歩により、より効果的で持続的な免疫を獲得できる「結合型ワクチン」が主流となっています。

国内承認ワクチン:4価結合型ワクチン「メンクアッドフィ®」

日本国内で髄膜炎菌感染症の予防のために正式に承認されている標準的な選択肢が、4価結合型ワクチンです。現在主に使われているのは、サノフィ社の「メンクアッドフィ®」(MenQuadfi®)で、2022年に承認され、2023年2月に発売されました2。このワクチンは、髄膜炎菌の主要な4つの血清群(A、C、W、Y)に対して予防効果を発揮します。日本の疫学データでは、Y群が原因の46%を占め最も多いため1、この4価ワクチンは日本の状況に対して非常に有効です。2歳以上の人が1回の接種で免疫を獲得できます。

輸入ワクチンという選択肢:B群ワクチン「ベクサーロ®」「トランメンバ®」

日本における髄膜炎菌感染症の原因として2番目に多い(17%)のがB群です1。しかし、2025年現在、B群菌を予防するワクチン(MenBワクチン)は日本では公式に承認されていません(未承認)。この「未承認」という事実は、安全性への懸念ではなく、主に日本の疫学状況に基づく政策的判断や薬事承認プロセスの問題です。実際には、GSK社の「ベクサーロ®」(Bexsero®)やファイザー社の「トランメンバ®」(Trumenba®)といったB群ワクチンは、米国や欧州など医療規制が厳しい国々で長年にわたり安全に使用されています。
特に海外の大学、特に米国の大学に留学する場合、このB群ワクチンの接種を義務付けているケースがあり、日本人留学生にとってはこのワクチンへのアクセスが不可欠となります。幸い、これらのワクチンは、一部のトラベルクリニック(渡航外来)が輸入し、自費診療として接種を提供しています。

表1:日本でアクセス可能な髄膜炎菌ワクチンの比較

商品名 一般的名称 対応血清群 種類 国内承認 標準回数 主な特徴
メンクアッドフィ® 4価髄膜炎菌ワクチン(破傷風トキソイド結合体) A, C, W, Y 結合型 承認済み 1回 日本の標準的ワクチン。2歳以上に接種。
ベクサーロ® B群髄膜炎菌ワクチン(4成分) B 組換えタンパク質 未承認 2回(標準) 輸入ワクチンとして接種可。多くの国で生後2ヶ月から承認。
トランメンバ® B群髄膜炎菌ワクチン(2成分) B 組換えタンパク質 未承認 2回または3回 輸入ワクチンとして接種可。多くの国で10歳以上から承認。

【ケース別】髄膜炎菌ワクチン、本当に必要なのは誰?

日本の低い罹患率を背景に、髄膜炎菌ワクチンは「任意接種」とされています。しかし、これは「誰にも必要ない」という意味ではありません。特定の危険因子を持つ人々にとっては、接種が強く推奨されます。

最優先対象:米国等への留学生と寮生活を送る方

最も接種の必要性が高いのは、海外、特に米国へ留学する学生です。米国疾病予防管理センター(CDC)は、青年期と思春期の若者におけるリスクを重視し、11~12歳での初回接種と16歳での追加接種を「定期接種」として推奨しています3。これは、大学の寮のような集団生活環境で感染リスクが顕著に高まるためです。実際、寮生活を送る大学1年生は、同年代の若者と比較して髄膜炎菌性疾患に罹患するリスクが5倍高いというデータもあります。このため、米国の多くの大学では、入学の条件としてMenACWYワクチンの接種証明を義務付けています。近年では、B群ワクチンの接種を要求または強く推奨する大学も増えています。
日本人留学生にとって、これは選択ではなく「必須条件」です。以下のチェックリストを参考に、早期の準備を開始してください。

留学生向けチェックリスト

  • ✅ 学校の要求を確認する:入学書類(Health Forms, Immunization Records)を精読し、要求されているワクチンの種類(MenACWYか、MenBか、両方か)を正確に把握します。
  • ✅ 適切な医療機関を探す:輸入ワクチン(MenB)も扱っており、英文での接種証明書(英文接種証明書)の発行に慣れているトラベルクリニックや総合病院を探します。
  • ✅ 早期に計画を立てる:B群ワクチンは複数回の接種が必要です。出発の少なくとも1~2ヶ月前には接種を開始し、必要な回数を完了できるようにスケジュールを組みましょう。

10代の子供を持つ保護者の方へ:日本での接種をどう考えるか

日本国内での生活においても、リスクはゼロではありません。日本小児科学会は、具体的な推奨対象として「学校の寮などで集団生活を送る者」を挙げています4。これは、国内の高校や大学の寮、スポーツの合宿、文化系のクラブ活動などもリスク要因となりうることを示唆しています。米国のCDCが11~12歳での接種を推奨しているように、日本でも、百日せき・ジフテリア・破傷風混合ワクチン(DT)の追加接種が行われる同時期に、髄膜炎菌ワクチンの接種を検討することは合理的な選択肢と言えるでしょう。

基礎疾患のある方やその他のハイリスク群

特定の健康状態を持つ人々は、髄膜炎菌感染症に対して特に脆弱です。日本環境感染学会や日本小児科学会は、以下のようなハイリスク群への接種を推奨しています45

  • 脾臓がない、または脾臓の機能が低下している方(無脾症)
  • 補体(免疫システムの一部)に欠損がある方
  • HIVに感染している方
  • ソリリス®やユルトミリス®といった補体阻害薬による治療を受けている方
  • 髄膜炎菌を扱う可能性のある微生物検査室の技師や医療従事者

接種のプロセス、費用、スケジュール完全解説

接種スケジュールと注意点

ワクチンの種類によって接種スケジュールは異なります。

  • MenACWY (メンクアッドフィ®): 2歳以上であれば1回の接種で完了します。
  • MenB (ベクサーロ®/トランメンバ®): 製品や年齢に応じて2回または3回の接種が必要です。重要な注意点として、ベクサーロ®とトランメンバ®の間に互換性はありません。一度始めたワクチンで、全ての回数を完了する必要があります。

費用のリアル:保険適用と自己負担

日本において髄膜炎菌ワクチンは任意接種であるため、費用は原則として全額自己負担となります。公的医療保険が適用されるのは、補体阻害薬による治療を受けている患者など、ごく一部の極めてリスクの高いケースに限られます。地方自治体による助成制度も非常に稀です。したがって、ほとんどの人は下記の費用を負担する必要があります。

表2:日本における髄膜炎菌ワクチン接種費用の目安

ワクチンの種類 商品名 料金目安/回(税込) 初診料等(別途) 総額目安
4価ワクチン (ACWY) メンクアッドフィ® 19,000円~28,000円 3,000円~5,000円 約22,000円~33,000円
B群ワクチン (輸入) ベクサーロ® 25,000円~28,000円 3,000円~5,000円 約53,000円~66,000円(2回接種の場合)

注意:上記はあくまで目安です。正確な費用については、各医療機関に直接お問い合わせください。

どこで接種できる?

4価ワクチン(メンクアッドフィ®)は、多くの内科や小児科で接種可能ですが、在庫がない場合もあるため事前の問い合わせが推奨されます。B群ワクチン(輸入ワクチン)については、「渡航外来」や「トラベルクリニック」を標榜する専門の医療機関や大規模病院に相談するのが最も確実です。これらの施設は、海外の接種要件に関する知識が豊富で、英文証明書の発行にも慣れています。

ワクチンの安全性と副反応

髄膜炎菌ワクチンは安全性が高いと認められていますが、他のワクチンと同様に副反応が起こる可能性があります。日本国内で成人を対象に行われた4価ワクチンの臨床試験では、主な副反応として以下の割合が報告されています。

  • 注射部位の痛み:30.9%
  • 筋肉痛:24.7%
  • 倦怠感:15.5%
  • 頭痛:11.3%
  • 発熱:1.5%

これらの反応のほとんどは軽度で、1~2日以内に自然に回復します。B群ワクチンでは、これらの反応が3~5日程度続くことがあります。アナフィラキシーショックのような重篤なアレルギー反応は極めて稀ですが、万が一に備え、接種後30分程度は医療機関内で待機することが推奨されます。破傷風トキソイドに対して重篤なアレルギー反応の既往がある方は、メンクアッドフィ®を接種できないため、医師にご相談ください。

よくある質問

なぜ日本では髄膜炎菌ワクチンが定期接種ではないのですか?
これは日本の特異な疫学状況に基づいています。日本における髄膜炎菌感染症の発生率は欧米諸国と比較して著しく低く、また主流となっている血清群も異なります。このため、公衆衛生の観点から、国民全体を対象とした定期接種は費用対効果が低いと判断されています。
B群ワクチンはなぜ日本で未承認なのですか?安全ではないのですか?
未承認である理由は、安全性への懸念ではなく、主に薬事承認プロセスや日本の疫学データに基づく政策的優先順位によるものです。ベクサーロ®やトランメンバ®といったB群ワクチンは、米国や欧州の厳しい規制当局によって承認され、長年にわたり安全に使用されてきた実績があります。
ワクチンを接種すれば100%予防できますか?
いかなるワクチンも100%の予防を保証するものではありません。しかし、髄膜炎菌ワクチンは80~95%と非常に高い有効性が報告されており、感染リスク、特に重症化や死亡のリスクを大幅に減少させることができます。
接種後、効果は何年続きますか?
MenACWYワクチンの予防効果は、約5年間持続すると考えられています。したがって、留学などでリスクが継続する場合には、5年後に追加の接種(ブースター接種)が推奨されることがあります。

結論

髄膜炎菌感染症は、日本では馴染みの薄い病気かもしれませんが、一度発症すれば人生を大きく左右する壊滅的な結果をもたらす可能性があります。国内での発生率が低いという事実から、髄膜炎菌ワクチンは任意接種とされ、多くの人にとって身近な存在ではありません。しかし、その「任意」という言葉の裏には、「特定の条件下では極めて重要になる」という意味が込められています。
特に、寮生活が前提となる海外留学を控えた若者にとって、このワクチンは自らの命と健康を守るための、そして夢への扉を開くための「必須の鍵」となります。また、日本国内においても、大学の寮や合宿といった集団生活は、決して無視できないリスク要因です。費用という大きな壁はありますが、本記事で提供した情報を基に、ご自身やご家族にとっての真の必要性を正しく評価し、専門の医療機関と相談の上で、賢明な判断を下していただくことが、JHO編集委員会の心からの願いです。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念や治療に関する決定を下す前に、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 国立感染症研究所. 侵襲性髄膜炎菌感染症. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ma/meningitis/219-about-meningo.html
  2. 厚生労働省. 髄膜炎菌ワクチンについて. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/varicella/index_00010.html
  3. Centers for Disease Control and Prevention. Meningococcal Vaccination. [Internet]. [Cited 2025 Jun 24]. Available from: https://www.cdc.gov/vaccines/vpd/mening/index.html
  4. 日本小児科学会. 日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール. [インターネット]. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: http://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=364
  5. 日本環境感染学会. 医療関係者のためのワクチンガイドライン 第3版. [インターネット]. 2020. [引用日: 2025年6月24日]. Available from: http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/vaccine_guideline_3-1.pdf
  6. World Health Organization. Meningitis. [Internet]. 2023 Aug 17 [Cited 2025 Jun 24]. Available from: https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/meningitis
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