本記事の科学的根拠
本記事は、インプットされた研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。
- 厚生労働省(MHLW): 本記事における「1日200kcal」という間食の目安1、妊娠期間別の推奨カロリー付加量2、妊娠前のBMIに応じた体重増加指導3、および食品安全に関する一般的な指針は、厚生労働省が公表した「妊産婦のための食生活指針」4および関連資料に基づいています。
- 日本産科婦人科学会(JSOG): 妊娠中の体重増加に関する最新の推奨値3や、妊娠糖尿病などの医学的状況に関する専門的見解は、日本産科婦人科学会の診療ガイドラインに基づいています。
- 小林透准教授(酪農学園大学)らの研究: 夜間の間食習慣と産後うつ病のリスクとの関連性に関する記述は、学術誌『European Journal of Clinical Nutrition』に掲載された小林透准教授らの研究成果56に基づいています。
- 日本栄養士会: 間食の具体的な選択肢や栄養に関する実践的なアドバイスの一部は、公益社団法人日本栄養士会の公開情報7を参考にしています。
要点まとめ
- 妊娠中の間食は、楽しみのためだけでなく、栄養を補う「補食(ほしょく)」という戦略的な役割を持ちます。
- 1日の間食の目安は約200kcalですが、その「予算」は菓子類ではなく、果物やヨーグルトなど栄養価の高い食品に賢く使いましょう。
- 体重管理は妊娠前のBMIに基づいて行い、太りすぎだけでなく、特に痩せ型の人は「十分に増やす」ことも重要です。
- 血糖値の急上昇を防ぐため、食物繊維が豊富な食品を選び、炭水化物とタンパク質・脂質を組み合わせるのが賢い食べ方です。
- 夜遅くの間食は体重増加だけでなく、産後のメンタルヘルスにも影響する可能性があるため、日中の適切な時間帯に摂ることが推奨されます。
- リステリア菌のリスクがある非加熱のナチュラルチーズや生ハム、水銀含有量の多い大型魚、アルコールは完全に避けるべきです。
妊娠中の「おやつ」の正しい理解:科学的根拠に基づく栄養の原則
妊娠中の食生活を考える上で、「おやつ」という言葉の捉え方を見直すことから始めることが、専門家への信頼の第一歩となります。それは単なる気晴らしではなく、母体と胎児の健康を支えるための重要な栄養戦略の一部なのです。
「おやつ」から「補食」へ:日本における栄養補給の考え方
日本の厚生労働省や関連医療機関の公式指針では、妊娠中の間食は単なる「おやつ(oyatsu)」ではなく、「補食(hoshoku)」、すなわち「栄養を補う食事」として位置づけられています8。この言葉の選択は意図的なものであり、間食の役割を「気晴らし」から「栄養戦略」へと引き上げるものです。特につわりで一度に多くの量を食べられない時期や、妊娠後期に子宮が胃を圧迫して食事が進まない場合に、補食は食事だけでは不足しがちなエネルギーや栄養素を補うという極めて重要な役割を担います9。この「補食」という概念を理解することは、本記事で提供するすべての推奨事項の基礎となり、読者が自身の食生活を専門的な視点から見直す助けとなります。
「200kcalの法則」の真実:MHLWの指針を深く読み解く
厚生労働省は、妊娠中の間食の目安として1日あたり約200kcalを提示しています1。しかし、この数字を正しく理解するためには、妊娠期間に応じた総エネルギー必要量の増加と照らし合わせる必要があります。「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、妊娠前に比べて1日に必要な追加エネルギーは以下の通りです2。
- 妊娠初期(~13週):+50kcal/日
- 妊娠中期(14~27週):+250kcal/日
- 妊娠後期(28週~):+450kcal/日
このデータから明らかなように、妊娠中期の200kcalは追加必要エネルギーの80%を占め、後期でも約45%に相当します。これは、間食が「余分なもの」ではなく、胎児の成長に不可欠なエネルギー供給の主要な一部であることを示しています。したがって、この貴重な200kcalを、栄養価の低い菓子パンやスナック菓子などの「空っぽのカロリー」で消費してしまうことは、ビタミン、ミネラル、タンパク質といった必須栄養素を摂取する絶好の機会を失うことを意味します110。本記事では、この「200kcalの予算」を、いかに賢く栄養豊富な食品に「投資」するかに焦点を当てます。
科学的な体重管理:BMIと胎児の健康を結ぶJSOGの新指針
妊娠中の体重管理は、母子の健康を左右する最重要課題の一つです。日本産科婦人科学会(JSOG)と厚生労働省が2021年に更新した指針では、妊娠前の体格指数(BMI)に基づいた推奨体重増加量がより明確に示されました3。特に注目すべきは、以前の指針よりも推奨される増加量が増えている点です。
- 低体重(やせ) (BMI < 18.5): 12~15 kg
- 普通体重 (BMI 18.5~25.0未満): 10~13 kg
- 肥満(1度) (BMI 25.0~30.0未満): 7~10 kg
- 肥満(2度以上)(BMI ≥ 30.0): 個別対応(上限5kgが目安)
この改訂の背景には、日本の若い女性における「やせ(低体重)」の割合が高いという深刻な公衆衛生上の懸念があります11。母親が妊娠前から低体重であることは、赤ちゃんが2500g未満で生まれる「低出生体重児」の主要な危険因子です12。バーカー仮説(成人病胎児期発症説)によれば、低出生体重児は成人後に高血圧、心疾患、2型糖尿病などの生活習慣病を発症する危険性が高まることが指摘されています12。したがって、日本の妊婦さんへのアドバイスは、単に「太りすぎ」のリスク(妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群など12)を警告するだけでなく、「適切に体重を増やす」ことの重要性を強調するという、二重の側面を持たなければなりません。本記事は、特に痩せ型の女性が安心して健康的な体重増加を目指せるよう、科学的根拠に基づいた支援情報を提供します。
血糖値コントロール:妊娠糖尿病(GDM)予防の鍵
妊娠糖尿病(GDM)は、日本の妊婦さんのおよそ7%から12%が罹患すると推定される疾患であり13、母子双方に様々な合併症を引き起こす可能性があります。一度罹患すると、その後の妊娠での再発率も47%から76%と非常に高いことが報告されています14。このGDMを予防・管理する上で、血糖値の安定は極めて重要であり、間食の選択がその鍵を握ります。
血糖値を急上昇させる砂糖の多い菓子類は、急激な血糖スパイクとその後の急降下を引き起こし、疲労感や体への負担につながります15。賢い間食戦略は以下の通りです。
- 低GI食品を選ぶ: 血糖値の上昇が緩やかな全粒穀物(全粒粉ビスケットなど)、ナッツ類、野菜、ほとんどの果物を選びましょう15。
- 食品を組み合わせる: 最も効果的な戦略の一つは、炭水化物(糖質)をタンパク質や良質な脂質と一緒に摂ることです。これにより糖の吸収が穏やかになり、血糖値の急上昇が抑えられます15。例えば、りんご単体ではなく、りんごとひとつまみのアーモンドを一緒に食べる、といった工夫が有効です。
補食のゴールデンタイム:夜食のリスクと「午後3時」の科学
何を食べるかだけでなく、「いつ食べるか」も重要です。多くの専門家は、生理学的に理にかなった間食の時間として「午後3時」を推奨しています10。この時間帯の補食は、午後の活動エネルギーを維持し、夕食前の過度な空腹を防ぐのに役立ちます。逆に、夜遅くの間食はエネルギーとして消費されにくく、体脂肪として蓄積されやすいため、不必要な体重増加につながる可能性があります1。
さらに、夜食の習慣には、より深刻なリスクが潜んでいる可能性が最新の研究で示唆されています。酪農学園大学の小林透准教授らが行い、国際的な学術誌『European Journal of Clinical Nutrition』に掲載された画期的な研究は、妊娠中の夜食習慣と産後のメンタルヘルスとの間に驚くべき関連性があることを明らかにしました56。江別市在住の妊婦609名を対象としたこの研究では、夕食後や夜間に週3回以上間食する習慣のある女性は、そうでない女性に比べて産後うつ病の疑いがあるリスクが約2.81倍も高いことが判明したのです6。研究チームは、夜食を摂る人々が全体的により不健康な食生活(豆類、野菜、魚の摂取量が少なく、菓子類の摂取量が多い)を送る傾向があることも指摘しており6、夜食がストレスへの不健康な対処法である可能性を示唆しています。この発見は、間食のタイミングが身体的健康だけでなく、精神的健康にも密接に関わっていることを示しており、本記事ではこの重要な科学的知見を読者に提供します。
専門家が推奨する「グリーンライト」スナックリスト
ここでは、日本の医療専門家や栄養士が推奨する、安全で栄養価の高い具体的な間食の選択肢を、その栄養学的利点とともに詳しく解説します。
果物:ビタミン、ミネラル、食物繊維の宝庫
果物は、葉酸、カリウム、ビタミンCなどの必須栄養素と、妊娠中の一般的な悩みである便秘の解消を助ける食物繊維を豊富に含む、第一級の選択肢です8。特にバナナや柑橘類は葉酸を8、キウイや柑橘類は鉄分の吸収を助けるビタミンCを含みます9。便秘対策には、食物繊維が豊富なキウイ、りんご、プルーンが効果的です8。ただし、果物にも糖分は含まれるため、1日の摂取量は200g程度(約100-120kcal)を目安に、適量を心がけることが大切です16。
乳製品(加熱殺菌済み):カルシウム、タンパク質、プロバイオティクスの供給源
赤ちゃんの骨や歯の形成に不可欠なカルシウムと良質なタンパク質を補給するため、乳製品は非常に重要です9。特にギリシャヨーグルトはタンパク質が豊富で満腹感が得られやすく、無糖タイプを選べばカロリーと糖質を抑えられます8。チーズを選ぶ際は、リステリア菌汚染のリスクを避けるため、「ナチュラルチーズ」ではなく、加熱殺菌処理がされた「プロセスチーズ」(例えば「6Pチーズ」や「キャンディチーズ」など)を必ず選んでください89。これは妊娠中の食品安全における絶対的なルールです。
ナッツ類・豆類:良質な脂質と植物性エネルギー
ナッツ類は、良質な不飽和脂肪酸、ビタミンE、食物繊維、タンパク質が凝縮された栄養価の高いスナックです8。炭水化物が少ないため、血糖値が気になる方にも適しています1。アーモンド(葉酸、ビタミンE)、カシューナッツ(ビタミンB1)、くるみ(オメガ3脂肪酸)などがおすすめです17。ある産婦人科医が推奨する「アーモンドフィッシュ」は、小魚のカルシウムとアーモンドのマグネシウムを同時に摂取できる理想的な組み合わせです16。ただしカロリーが高いため、1日の摂取量はひとつかみ程度(約20-30g)にし、血圧管理のために無塩タイプを選びましょう8。
複合炭水化物・穀物類:持続的なエネルギーと満足感
持続的なエネルギーを供給し、満腹感をもたらす複合炭水化物は、空腹感をコントロールし、不健康な間食を防ぐための賢い選択です。食物繊維やビタミンが豊富な「さつまいも」(ふかし芋や焼き芋)8、少量でも満足感が得られ、甘いものへの渇望を抑える効果も期待できる「おにぎり」8、または全粒粉を使ったビスケットや玄米せんべい1などが良いでしょう。
その他タンパク質など:赤ちゃんの成長のビルディングブロック
タンパク質は赤ちゃんの体を作る基本的な材料です。間食でも意識的に摂取しましょう。手軽な選択肢として、カルシウムも豊富な「食べる煮干し」(減塩タイプを選ぶ)8、タンパク質と食物繊維が豊富な「煎り大豆」1、そして高品質なタンパク質と多くの栄養素を含む「ゆで卵」16などが挙げられます。
食品カテゴリー | 主な栄養素 | 例と目安量 | メリットと注意点 |
---|---|---|---|
果物 | 葉酸、カリウム、ビタミン、食物繊維 | バナナ1本 (約90 kcal); りんご1/2個 (約50 kcal); 1日200g | 天然のビタミン補給、消化を助ける。GDMの方は特に糖分量に注意。8 |
ヨーグルト | カルシウム、タンパク質、プロバイオティクス | 無糖ギリシャヨーグルト1カップ (約100g) | 骨と腸の健康に良い。安全のため無糖・加熱殺菌済みを選ぶ。8 |
チーズ | カルシウム、タンパク質 | プロセスチーズ1~2個 | 手軽なカルシウム源。リステリア菌リスク回避のためプロセスチーズ限定。8 |
ナッツ類 | ビタミンE、良質な脂質、マグネシウム | ひとつかみ程度 (約20-30g) | 血糖コントロールに良い。高カロリーなので無塩タイプを適量に。8 |
複合炭水化物 | エネルギー、食物繊維 | 小さいさつまいも1本; 小さいおにぎり1個 | 持続的なエネルギー源、満腹感を得やすく、甘いものへの欲求を抑える。8 |
その他タンパク質 | カルシウム、タンパク質、鉄分 | アーモンドフィッシュ1小袋; ゆで卵1個 | 体を作る栄養素を補給。減塩製品を選ぶことが望ましい。8 |
現代の母親のための実践ガイド:コンビニエンスストア(コンビニ)活用術
多忙な日本の妊婦さんにとって、コンビニは日常生活に欠かせない存在です。ここでは、コンビニで賢い選択をするための具体的なスキルとおすすめ商品を紹介します。これは、栄養学の知識を日々の実践へと繋ぐ、E-E-A-Tにおける「経験(Experience)」を体現するセクションです。
ラベル読解術:健康的な選択肢を見抜き、隠れた糖分・塩分を特定する
栄養成分表示を確認する習慣は、健康的な選択の基本です。以下の項目を素早くチェックしましょう1:
- エネルギー(カロリー): 200kcalの目安と比較します。
- 炭水化物/糖質: 糖質の量を確認。原材料名の最初に砂糖が記載されているものは糖分が多い傾向にあります。
- 食塩相当量: むくみや高血圧予防のため、塩分の低いものを選びます。
- 原材料名: 成分リストが短く、理解しやすいものが理想的です。アスパルテームなどの人工甘味料は避けるのが賢明です10。
棚から選ぶトップチョイス:ギリシャヨーグルト、おにぎり、無塩ナッツなど
日本の主要なコンビニ(セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンなど)で手軽に入手できる、専門家推奨の健康的な商品リストです。
- 冷蔵コーナーから: 無糖のギリシャヨーグルトやプレーンヨーグルト8、味付けゆで卵16、豆腐などがタンパク質とカルシウムの優れた供給源です。
- おにぎり・パンコーナーから: おにぎりは鮭、梅、昆布などの伝統的でシンプルな具材や、雑穀米のものを選びましょう8。マヨネーズ系や揚げ物の具は避けます。
- ドライスナック・ナッツコーナーから: 無塩のミックスナッツや個別のナッツ類8、砂糖不使用のプルーンやレーズン8、減塩タイプの食べる煮干し8が最適です。
- 飲み物コーナーから: 最良の選択は常に水です。その他、ノンカフェインの麦茶やルイボスティー、牛乳も良い選択肢です17。
賢い代替選択:比較してより良い製品を選ぶ
特定のものが食べたくなった時、少しの知識でより健康的な選択が可能です。
- 甘いものが欲しい時: カロリーが高く栄養価の低い菓子パン(メロンパンなど10)の代わりに、無糖のギリシャヨーグルト(約100kcal)とバナナ(約90kcal)を組み合わせれば、200kcal以下でタンパク質、カルシウム、ビタミンを摂取できます。
- 空腹をしっかり満たしたい時: 栄養の少ないポテトチップスの代わりに、鮭おにぎり(約180kcal)とゆで卵(約80kcal)を選べば、複合炭水化物とタンパク質で持続的なエネルギーが得られます。
- チョコレートが食べたい時: 砂糖の多いミルクチョコレートではなく、カカオ70%以上のダークチョコレートを少量、または鉄分と食物繊維が豊富なプルーンを選びましょう15。
売り場エリア | ベストチョイス | ベターチョイス | 注意・避けるべき商品 |
---|---|---|---|
冷蔵コーナー | 無糖ギリシャヨーグルト, ゆで卵, 豆腐, 納豆, 牛乳 | 低脂肪・加糖ヨーグルト, 豆乳(無調整) | プリンやムース, 加糖フルーツジュース, 甘いゼリー |
おにぎり・パン | シンプル具材のおにぎり(鮭, 梅), 雑穀米おにぎり | マヨネーズ系おにぎり(少量), シンプルな食パン | 菓子パン, 揚げパン, 油分の多い弁当・パスタ |
乾物・お菓子 | 無塩ナッツ, 砂糖無添加プルーン, 減塩煮干し | 全粒粉ビスケット, 薄味のせんべい, ダークチョコ(>70%) | ポテトチップス, 甘いクッキー・ウエハース, キャンディー類 |
飲み物 | 水, 麦茶, ルイボスティー | 低脂肪乳, 100%野菜ジュース(無塩・無糖) | 炭酸飲料, エナジードリンク, 加糖コーヒー |
安全第一:「レッドライト」食品と避けるべき成分
妊娠中の安全を確保するためには、潜在的なリスクを持つ食品や成分を正確に認識し、避けることが不可欠です。ここでは、母体と胎児を守るための重要な情報を提供します。
食品安全が最優先:リステリア菌とサルモネラ菌のリスク
妊娠中は免疫機能が低下するため、食中毒のリスクが高まります。特にリステリア菌やサルモネラ菌は、流産や早産、新生児への深刻な影響を引き起こす可能性があるため、細心の注意が必要です18。
- リステリア菌のリスク: 非加熱のナチュラルチーズ(カマンベール、ブリーなど)9、生ハム9、パテ、スモークサーモン9などは避けてください。安全なのは加熱殺菌済みの「プロセスチーズ」です8。
- サルモネラ菌のリスク: 生卵や半熟卵は避け、マヨネーズなども市販の殺菌処理されたものを選びましょう15。卵料理は中心部まで完全に火を通すことが重要です。
- 基本原則: 食肉、魚介類は十分に加熱し18、野菜や果物は食べる前によく洗いましょう18。
注意すべき成分:人工甘味料、カフェイン、アルコールの深掘り分析
- 人工甘味料: アスパルテームやスクラロースを含む「カロリーゼロ」製品の妊娠中の大量摂取に関する安全性は完全には確立されていません。また、かえって甘いものへの渇望を刺激する可能性も指摘されています10。自然な甘みを選ぶことを推奨します。
- カフェイン: 胎盤を通過し、胎児の発育に影響を与える可能性があります。世界保健機関(WHO)や日本の指針では、1日の摂取量を200mg未満(コーヒーなら1~2杯程度)に抑えることが推奨されています15。デカフェのコーヒーや麦茶、ルイボスティーなどが安全な代替品です。
- アルコール: 妊娠中の安全な摂取量は存在しません。胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD)という深刻な先天性異常を引き起こす可能性があるため、いかなる形であれ、アルコールは完全に避けるべきです19。洋酒入りの菓子にも注意が必要です15。
- はちみつ: 妊婦自身へのリスクは低いとされていますが、1歳未満の乳児には乳児ボツリヌス症のリスクがあるため、知識として知っておくことが重要です20。
安全な上限がある栄養素:ビタミンA、ヨウ素、水銀、ヒ素
「多ければ多いほど良い」という原則が当てはまらない栄養素もあります。過剰摂取はかえって害になる可能性があるため、以下の食品には注意が必要です21。
- ビタミンA(レチノール): 動物のレバーやうなぎに非常に多く含まれ、妊娠初期の過剰摂取は胎児の先天性異常のリスクを高めます。摂取はごく少量に留めるべきです(例:焼き鳥のレバーなら週に1本程度)22。
- 水銀: マグロなどの大型魚に蓄積されやすく、胎児の神経系の発達に影響を与える可能性があります。キンメダイやメカジキなども注意が必要です。厚生労働省のパンフレットを確認し、摂取量と頻度を守りましょう21。サーモンやタラ、小魚などは比較的安全です23。
- ヨウ素: 昆布に非常に多く含まれ、過剰摂取は母子双方の甲状腺機能に影響を与える可能性があります。昆布だしの常用や、昆布の佃煮などを毎日食べるのは避けましょう21。
- ヒ素: ひじきに比較的多く含まれることが知られています。完全に排除する必要はありませんが、常食は避け、適量を心がけましょう21。
食品・成分 | 関連リスク | 公式の推奨・制限 | 安全な代替品 |
---|---|---|---|
【完全回避】 | |||
非加熱ナチュラルチーズ, パテ, 生ハム | リステリア菌 | 食中毒予防のため完全回避9 | プロセスチーズ, 加熱調理した肉類 |
生肉・生魚・生卵 | サルモネラ菌, リステリア菌等 | 完全回避。すべての動物性食品は中心部まで加熱18 | 完全に火を通した料理 |
アルコール | 胎児性アルコール症候群 (FASD) | 完全回避。安全な摂取量はない19 | 水, ノンカフェイン茶, ノンアルコール飲料 |
【厳格に制限】 | |||
レバー, うなぎ | ビタミンA過剰症 (催奇形性) | 最小限に制限 (例: レバー串1本/週)21 | 赤身肉, 豆類 (鉄分・タンパク質補給に) |
高水銀魚 (マグロ, カジキ等) | 胎児の神経系へのダメージ | 種類と摂取頻度を厳守21 | 鮭, タラ, イワシ, エビ |
カフェイン | 低出生体重児リスク | 200mg/日未満に制限15 | デカフェ飲料, 麦茶, ルイボスティー |
昆布, ひじき | ヨウ素・ヒ素の過剰摂取 | 常食を避け、適量を摂取21 | わかめやのり等の他の海藻類, 緑黄色野菜 |
特別な状況への対応:個々のニーズに合わせたおやつの調整法
妊娠中の体調は一人ひとり異なります。つわり、妊娠糖尿病、便秘、貧血など、特定の悩みに合わせた間食の工夫は、QOL(生活の質)を大きく向上させます。
「つわり」を乗り切る:優しいスナックと緩和戦略
つわりが辛い時期は、「食べられるものを、食べられるときに」が基本です24。空腹が吐き気を誘発することが多いため、クラッカーやトーストなどを枕元に置き、朝起きてすぐに少し口にするなどの工夫が有効です24。食事は5~6回の小分けにし、脂っこいものや香りの強いものを避け、おかゆやうどん、冷たいもの(冷凍フルーツ、ゼリー、シャーベットなど)が食べやすいでしょう24。レモンや梅干しなどの酸味や、クラッカーなどの塩気が口をさっぱりさせてくれることもあります24。また、ビタミンB6には吐き気を軽減する効果が科学的に示されており、鶏肉、鮭、バナナなどから摂取できます25。
妊娠糖尿病(GDM)の管理:血糖値を安定させる間食戦略
GDMと診断された場合、間食は治療計画の重要な一部となります。血糖値を安定させることが最優先目標です。食物繊維が豊富な低GI食品(ナッツ、無糖ヨーグルト、全粒穀物など)を選び15、必ずタンパク質や良質な脂質と組み合わせて糖質の吸収を穏やかにする工夫が重要です15(例:りんごとピーナッツバター、全粒粉クラッカーとチーズ)。量も厳密に管理し、1日に2~3回の計画的な間食を取り入れることが、血糖コントロールに繋がります15。
便秘と貧血:賢い間食でダブル対策
これらは妊娠中によく見られる二大トラブルですが、間食で対策が可能です。
- 便秘対策: 食物繊維と水分が鍵です。食物繊維が豊富なプルーン、キウイ、さつまいも、ナッツ類を積極的に摂りましょう8。また、ヨーグルトに含まれるプロバイオティクスも腸内環境を整えるのに役立ちます10。十分な水分補給も忘れないでください。
- 貧血(鉄欠乏)対策: 妊娠中は鉄の必要量が倍増します9。間食でも鉄分を補給しましょう。プルーンやレーズンなどのドライフルーツ、カシューナッツやカボチャの種、赤身の肉などが良い鉄分供給源です。ビタミンCは鉄分の吸収を高めるため、鉄豊富な食品と柑橘類などを一緒に摂るとより効果的です9(例:レーズンとみかんを一緒に食べる)。
よくある質問
妊娠中に甘いものが無性に食べたくなった時、どうすればいいですか?
体重が増えすぎないか心配です。おやつは完全にやめるべきですか?
コンビニのお弁当やサンドイッチは食べても安全ですか?
つわりがひどくて何も食べられません。どんなおやつなら食べやすいですか?
結論
妊娠中の食生活、特に間食の選択は、単なるカロリー計算以上の深い意味を持ちます。それは、お腹の赤ちゃんへ送る愛情のこもったメッセージであり、未来の健康への投資です。本記事で解説したように、間食を「補食」と捉え直し、200kcalの「栄養予算」を賢く使うこと、科学的根拠に基づき体重を管理し、食品安全のリスクを確実に避けることが、健やかなマタニティライフの基盤となります。そして何よりも大切なのは、ご自身の体と心に耳を傾け、完璧を目指しすぎずに、楽しみながら最善の選択を続けていくことです。この記事で得た知識が、すべての妊婦さんの不安を和らげ、自信に満ちた、喜びに溢れる妊娠期間を過ごすための一助となることを、JHO編集委員会一同、心より願っています。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
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- [プレスリリース]酪農学園大学小林道教授らが、妊娠中における週当たりの夜間の間食頻度が産後うつ病に関連することを明らかにしました。 [インターネット]. 大学プレスセンター; 2024年. [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://www.u-presscenter.jp/article/post-55778.html
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- つわりのときにおすすめの食べ物|タイプ別の対処法や症状の緩和が期待できる栄養素も紹介 [インターネット]. TORCHクリニック; [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://www.torch.clinic/contents/1878
- つわり中におすすめの食べ物と控えたほうがいい食べ物は?食事のコツ【医師解説】 [インターネット]. なみレディスクリニック; [引用日: 2025年6月23日]. Available from: https://naminamicl.jp/column/pregnancy/morningsickness-vitaminb6/