【医師監修】妊娠中のつらい便秘、その悩みと不安に専門家が答えます:浣腸の使用から安全なセルフケア、薬物療法まで徹底解説
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【医師監修】妊娠中のつらい便秘、その悩みと不安に専門家が答えます:浣腸の使用から安全なセルフケア、薬物療法まで徹底解説

妊娠という喜ばしい期間は、同時に多くの身体的変化をもたらします。その中でも、多くの妊婦が経験するのが便秘です。不快なだけでなく、時には大きなストレスや不安の原因ともなり得ます。本稿では、JapaneseHealth.org編集委員会が産婦人科、消化器内科、薬理学の専門家チームの知見を結集し、妊娠中の便秘に関するあらゆる疑問に答えるべく、最新の医学的知見と臨床ガイドラインを基に、その原因から安全で効果的な対処法までを包括的に解説します。特に、多くの方が疑問に思う「浣腸は使ってもよいのか」という問いに対しては、明確な科学的根拠をもって詳細に分析します。この情報が、妊娠中の快適な生活を取り戻すための一助となることを目指します。

本記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下は、参照された情報源の一部と、提示された医療ガイダンスとの直接的な関連性です。

  • 米国産科婦人科学会(ACOG):本記事におけるポリエチレングリコール(PEG)製剤を第一選択薬の一つとする推奨は、ACOGのガイドラインに基づいています16
  • エコチル調査(日本の環境省による大規模調査):妊娠中の発酵食品(味噌汁、ヨーグルト、納豆)の摂取と早期早産リスクの低下との関連性に関する記述は、この日本の大規模追跡調査の結果を根拠としています15
  • 米国消化器内視鏡学会(ASGE):リン酸ナトリウム浣腸の危険性に関する警告は、ASGEのような専門機関が示す指針に基づいています27
  • 日本の臨床実践:酸化マグネシウムを妊娠中の便秘治療における標準的な薬剤として位置づける記述は、日本の産婦人科における広範な使用実績と安全性に関する見解を反映しています317

要点まとめ

  • 妊娠中の便秘は、ホルモン(プロゲステロン)と増大する子宮による物理的圧迫が主な原因です。
  • 対策の基本は、1日1.5~2リットルの水分補給、2種類の食物繊維(不溶性・水溶性)の摂取、適度な運動です。
  • 薬を使用する前には、自己判断せず必ず医師に相談することが絶対的なルールです。
  • 医師が処方する第一選択薬は、安全性の高い酸化マグネシウムやポリエチレングリコールです。
  • 頑固な便秘には、医師の指導下でグリセリン坐薬が安全な選択肢となり得ますが、市販のリン酸ナトリウム浣腸(イチジク浣腸など)は重篤な副作用の危険性があるため、絶対に使用しないでください。

なぜ?を理解する:妊娠中の便秘の原因

便秘の解決策を探る前に、なぜ妊娠中に便秘になりやすいのか、その根本的な原因を理解することが重要です。これは単なる不快な症状ではなく、妊娠を維持するための身体の正常な生理的変化の結果であることが多く、その仕組みを知ることは、不安を和らげ、適切な対策を立てる第一歩となります。

主な要因:プロゲステロンの影響と子宮の増大

妊娠中の便秘の最も根本的な原因は、ホルモンの変化と物理的な圧迫という二つの大きな要因に集約されます。わくわくボディクリニックの情報によると、これらが複合的に作用します1

  • プロゲステロンの影響: 妊娠を維持するために不可欠な女性ホルモンであるプロゲステロン(黄体ホルモン)は、子宮の筋肉を弛緩させる重要な役割を果たします。しかし、札幌みらいクリニックの解説によれば、この作用は子宮だけでなく、消化管を含む全身の平滑筋にも及びます2。その結果、腸の蠕動(ぜんどう)運動(便を前方に押し出す動き)が抑制され、食べ物や便の腸内通過時間が長くなります1。通過時間が長くなることで、便から水分が過剰に吸収され、便は硬く、排出しにくい状態になります。
  • 子宮の増大による物理的圧迫: 妊娠中期から後期にかけて、胎児の成長に伴い子宮は急速に大きくなります。冬城産婦人科医院が指摘するように、この増大した子宮が、背中側にある直腸などの腸管を物理的に圧迫します3。この機械的な圧迫は、便の正常な流れを物理的に妨げ、便秘の危険性をさらに高める要因となります。

これらの原因は、妊娠期間を通じてその影響の度合いが変化します。妊娠初期の便秘は、主にプロゲステロンの急激な増加による機能的な側面が強いのに対し、妊娠中期以降は、ホルモンの影響に加えて増大した子宮による物理的な圧迫が大きな要因として加わってきます2。この原因の変遷を理解することは、妊娠の各段階で最も効果的な対策を講じる上で非常に重要です。

一般的な助長因子:鉄剤、食事、活動レベルの役割

前述の主要因に加え、妊娠中特有のいくつかの要因が便秘をさらに悪化させることがあります。

  • 鉄剤の副作用: 妊娠中には、貧血の予防や治療目的で鉄剤が処方されることがよくあります。しかし、米国の産婦人科クリニックOBGYN Group of Eastern Connecticutによると、この鉄剤は便秘を引き起こす副作用があることで知られています4。鉄剤が腸内細菌のバランスを変化させたり、腸内の水分を吸収して便を硬くしたりすることが、その仕組みとして考えられています1。貧血の治療は母子にとって極めて重要であるため、自己判断で鉄剤の服用を中止するのではなく、便秘という副作用を適切に管理することが求められます。
  • 生活習慣の変化: 妊娠初期の「つわり」によって食事が十分に摂れなくなると、便の材料そのものが減少し、便秘につながることがあります1。また、妊娠に伴う疲労感や身体への負担から、運動量が自然と減少することも、腸の動きを鈍らせる一因となります1。水分摂取が不十分な場合も、便が硬くなる直接的な原因となります。

心と腸のつながり:ストレスと不安が症状を悪化させる仕組み

腸の機能は、自律神経系によって精密に制御されており、精神的な状態と密接に関連しています。これを「脳腸相関」と呼びます。たまひよの記事で小林弘幸医師が解説しているように、妊娠や出産という未知の経験に対する不安やストレスは、自律神経のバランスを乱し、腸の正常な働きを妨げることがあります5。この関係性は、しばしば悪循環を生み出します。便秘による身体的な不快感や腹部の張りは、それ自体が精神的なストレスとなります。そして、そのストレスがさらに自律神経を介して腸の動きを悪化させ、便秘を深刻化させるのです5。したがって、妊娠中の便秘を効果的に管理するためには、食事や運動といった物理的な取り組みだけでなく、ストレスを管理するという心理的な側面への配慮も、臨床的に意義のある重要な治療戦略となります。

解消の土台:生活習慣と食事による解決策

便秘の管理において、最も安全で効果的な第一歩は、生活習慣と食事内容の見直しです。これらは薬物療法に頼る前の、最も重要かつ基本的な取り組みであり、母体と胎児の双方にとって安全な方法です。

水分補給:最初にして最も重要なステップ

十分な水分摂取は、便秘解消の基本中の基本です。ライオン歯科衛生研究所の情報によると、特に食物繊維の摂取量を増やす際には、水分が不可欠です6。水分は便を軟らかくし、腸内をスムーズに移動させるのを助けます。

  • 摂取量の目安: 食事以外から、1日に1.5~2リットル(コップ8~10杯程度)の水分を摂取することが推奨されます1
  • 飲むタイミング: 朝、起床後にコップ一杯の水や白湯を飲む習慣は特に効果的です。持田製薬の医学レポートによれば、空っぽの胃に水分が入ることで「胃・結腸反射」が促され、腸の蠕動運動が活発になります7
  • 飲み物の選択: 水や白湯が最適ですが、カフェインを多く含むコーヒーや緑茶などは利尿作用があり、かえって体内の水分を排出してしまう可能性があるため、摂取量には注意が必要です1

食物繊維の力を活用する:詳細な食事ガイド

American Pregnancy Associationによると、1日に25~30グラムの食物繊維を摂取することが目標とされています8。しかし、単に「食物繊維を多く摂る」だけでは不十分で、逆効果になることさえあります。効果的な食物繊維の摂取には、その「種類」のバランスと、十分な「水分」の同時摂取が鍵となります。ヒロクリニックの解説にもあるように、食物繊維には大きく分けて「不溶性食物繊維」と「水溶性食物繊維」の2種類があり、それぞれ異なる働きをします9

  • 不溶性食物繊維: 水に溶けにくく、水分を吸収して数倍に膨らむ性質があります。便のかさを増やして腸壁を刺激し、蠕動運動を活発にします。玄米などの全粒穀物、ごぼうなどの根菜類、きのこ類、豆類に多く含まれます。ベビーカレンダーの医師監修記事では、水分摂取が不十分な状態で不溶性食物繊維ばかりを摂りすぎると、便が大きく硬くなり、かえって便秘を悪化させる可能性があるため注意が必要だとされています10
  • 水溶性食物繊維: 水に溶けてゲル状になり、便を軟らかくして滑りを良くします。また、腸内の善玉菌のエサとなり、腸内環境を整える働きもあります。わかめや昆布などの海藻類、こんにゃく、りんごやバナナなどの果物、オートミールなどに豊富です9

この二つの食物繊維をバランス良く摂取することが、理想的な便通には不可欠です。

表2.1 妊娠中に推奨される高食物繊維食品リスト
食品群 主な食品例 主な食物繊維の種類 備考
野菜 ごぼう、さつまいも、かぼちゃ、ブロッコリー、小松菜、きのこ類 不溶性・水溶性 加熱調理することで、かさが減り、より多くの量を摂取しやすくなります11
果物 りんご、バナナ、キウイフルーツ、プルーン、柑橘類 水溶性 皮ごと食べられるものは、皮の部分にも食物繊維が豊富です。
穀物 玄米、胚芽米、全粒粉パン、オートミール 不溶性 白米を玄米や胚芽米に置き換えるだけでも効果的です10
豆類 大豆、納豆、小豆、ひよこ豆 不溶性・水溶性 煮物やサラダ、スープなど様々な料理に活用できます12
海藻・その他 わかめ、昆布、ひじき、こんにゃく、寒天 水溶性 味噌汁や和え物、サラダに加えるのが手軽です13

マイクロバイオームを育む:プロバイオティクスと発酵食品の恩恵

腸内環境を整えることは、便秘解消において極めて重要です。プロバイオティクス(ヨーグルトや乳酸菌飲料に含まれる生きた善玉菌)や、そのエサとなるプレバイオティクス(食物繊維やオリゴ糖)を積極的に摂取することで、腸内フローラのバランスが改善され、便通が整います6。日本の食生活に馴染み深い、味噌、納豆、ヨーグルト、ぬか漬けなどの発酵食品は、優れたプロバイオティクスの供給源です1
これらの発酵食品の摂取は、単なる便秘解消にとどまらない深い意義を持つ可能性が、佐野産婦人科が紹介する近年の研究で示唆されています。母親の腸内環境は、出産時に赤ちゃんに受け継がれることが知られています14。富山大学が主導する日本の大規模な追跡調査(エコチル調査)では、妊娠中に味噌汁、ヨーグルト、納豆を習慣的に摂取していた母親から生まれた子どもは、早期早産のリスクが統計的に有意に低いことが報告されました15。さらに別の研究では、これらの発酵食品の摂取が、3歳時点での子どものコミュニケーション能力や運動能力といった神経発達に良い影響を与える可能性も指摘されています14。これらの知見は、妊娠中の発酵食品の摂取が、母体の快適さだけでなく、赤ちゃんの長期的で健全な発育にも寄与しうることを示しています。

運動の重要性:安全で効果的なエクササイズ

適度な身体活動は、腸管に物理的な刺激を与え、蠕動運動を促進します1。妊娠経過に問題がなければ、安静にしすぎず、適度に体を動かすことが推奨されます。

  • 推奨される運動: 1日20~30分程度のウォーキング、マタニティヨガ、ストレッチなどが安全かつ効果的です1
  • 腹部マッサージ: お腹の張りを感じるときには、おへその周りを「の」の字を描くように優しくマッサージすることも助けになります。ただし、赤ちゃんに圧力がかからないよう、決して強く押さず、あくまで優しく撫でる程度に留めることが重要です9

健やかなリズムを確立する:習慣の力

規則正しい生活は、自律神経のバランスを整え、消化器系のリズムを安定させます1

  • 食事と睡眠: 毎日決まった時間に食事を摂り、十分な睡眠を確保することが、腸のリズムを整える上で役立ちます。
  • 排便習慣: 朝食後は、胃・結腸反射により便意が起こりやすいゴールデンタイムです。便意がなくても毎日決まった時間にトイレに座る習慣をつけることで、体が排便のリズムを学習します10。焦らず、リラックスできる時間を確保することが大切です。
  • 便意を我慢しない: 便意を感じたときには、我慢せずにすぐにトイレに行くことが非常に重要です。我慢を繰り返すと、直腸のセンサーが鈍くなり、便意を感じにくくなってしまいます10

セルフケアで改善しない場合:妊娠中の下剤使用ガイド

生活習慣や食事の改善を試みても便秘が解消されない場合、薬物療法が検討されます。しかし、妊娠中の服薬は、母体と胎児の安全が最優先されなければなりません。

医師への相談:妊娠中の服薬における絶対的なルール

市販薬を含め、いかなる薬剤も、妊娠中に自己判断で使用することは絶対に避けるべきです。ヒロクリニックの専門家が強調するように、便秘薬を使用する前には、必ずかかりつけの産婦人科医や薬剤師に相談し、指示を仰ぐ必要があります9。これは、安全な妊娠期間を過ごすための最も重要な原則です。

第一選択の薬物療法:安全で穏やかな選択肢

医師が最初に選択する便秘薬は、GoodRxのような医療情報サイトが解説するように、体内にほとんど吸収されず、胎児へのリスクが極めて低いと考えられるものです16

酸化マグネシウム(マグミット、マグラックスなど):日本の標準的治療薬

聖隷浜松病院の資料によると、酸化マグネシウムは腸管内で水分を引き寄せることで便の水分量を増やし、軟らかくして排出しやすくする浸透圧性下剤です17。日本の産婦人科で最も一般的に処方される便秘薬の一つであり、母体の腎機能が正常であれば、成分が体内に吸収されることはほとんどなく、母体や胎児への悪影響は少ないと考えられています3

ポリエチレングリコール(PEG)(モビコールなど):国際的に推奨される選択肢

デジタルクリニックの解説によると、ポリエチレングリコールも酸化マグネシウムと同様に浸透圧性下剤で、腸管内の水分を保持することで便を軟化させます18。米国産科婦人科学会(ACOG)などの国際的な医療機関からも第一選択薬として推奨されており、全身への吸収がほとんどないため、妊娠中でも安全に使用できるとされています16

膨張性下剤と便軟化剤

膨張性下剤(サイリウム/メタムシルなど)は食物繊維と同様に水分を吸収して便の容積を増やし、便軟化剤(ジオクチルソジウムスルホサクシネート/コーラックなど)は便に水分と脂肪を浸透させて軟らかくします16。これらも全身への吸収がほとんどないため、妊娠中の使用は安全と考えられています8

第二選択薬と慎重な使用:刺激性下剤について

第一選択薬で効果が不十分な場合に限り、刺激性下剤が検討されます。健栄製薬の情報サイトが指摘するように、これらは通常、頓服(とんぷく)として、または短期間の使用に限定されます19

  • 代表的な薬剤: センナ(プルゼニド)、ピコスルファートナトリウム(ラキソベロン)、ビサコジル(コーラック)などがあります。TORCHクリニックによれば、特にセンナやセンノシドは、原則として妊娠中は禁忌とされています20
  • 作用機序と懸念: これらの薬剤は、大腸の粘膜や神経を直接刺激し、強制的に蠕動運動を引き起こします18。主な懸念事項として、子宮収縮を誘発して流産や早産のリスクを高める可能性、連用による依存性、そして腹痛といった副作用が挙げられます1019。カナダの医学論文でも腹痛のリスクが指摘されています21
表3.1 妊娠中に使用される便秘薬の比較ガイド
薬剤分類 代表的な薬剤名 作用機序 安全性評価 主な注意点
浸透圧性下剤 酸化マグネシウム、ポリエチレングリコール 腸管内に水分を引き込み、便を軟らかくする。 第一選択 腎機能に問題がなければ安全性が高い。長期使用も比較的可能16
膨張性下剤 サイリウム(メタムシル) 水分を吸収して便の容積を増大させる。 第一選択 十分な水分と共に服用することが必須。効果発現まで数日かかることがある16
便軟化剤 ジオクチルソジウムスルホサクシネート(コーラックなど) 便に水分と脂肪を浸透させ、軟らかくする。 第一選択 安全性は高いが、単独での効果は穏やか22
刺激性下剤 ピコスルファートナトリウム、ビサコジル 大腸の神経を直接刺激し、蠕動運動を促進する。 第二選択(慎重使用) 子宮収縮を誘発するリスクがあるため、医師の厳格な監督下で頓用・短期使用に限定。依存性に注意10

最後の手段:浣腸と坐薬の安全性に関する最終分析

多くの妊婦が抱く「浣腸は使っても大丈夫か」という核心的な問いに対し、ここでは科学的根拠に基づき、安全な選択肢と高リスクな選択肢を明確に区別して解説します。

最も安全な選択:グリセリン坐薬

硬くなった便が直腸で栓のようになってしまい、どうしても排出できないような頑固な便秘の場合、英国の妊娠中の医薬品情報サービス(Bumps)によるとグリセリン坐薬が選択肢となることがあります23。グリセリン坐薬は直腸内で局所的に作用し、粘膜から水分を吸収する浸透圧効果と穏やかな刺激作用によって排便反射を誘発します。この薬剤の最大の利点は、Glowm(Global Library of Women’s Medicine)が示すように、有効成分であるグリセリンが体内にほとんど吸収されないことです24。そのため、血流に乗って胎児に到達する可能性は極めて低く、安全な選択肢と見なされています。
ここで重要なのは、「坐薬が子宮収縮を引き起こすのでは」という不安と、その原因となる誤解を解くことです。分娩誘発に使用される「プロスタグランジン坐薬」は、子宮を強力に収縮させる全く別の薬剤です25。一方、グリセリン坐薬は直腸に局所的に作用するもので、全身的なホルモン作用はありません。一部で直腸刺激が子宮収縮につながるという理論的な議論は存在しますが26、グリセリン坐薬の使用が早産リスクを高めるという強固な科学的証拠はなく、臨床現場では安全な薬剤として扱われています。

強い警告:リン酸ナトリウム浣腸(例:イチジク浣腸)の危険性

市販の浣腸薬として広く知られているリン酸ナトリウムを含む製品(例:イチジク浣腸)は、妊娠中の使用には強い注意が必要です。米国消化器内視鏡学会(ASGE)のガイドラインでは、これらの製品の成分であるリン酸ナトリウムが直腸から全身の血流へと吸収される可能性があると警告しています27。吸収されたリン酸は、深刻な電解質異常、具体的には「高リン酸血症」と「低カルシウム血症」を引き起こす危険性があります28。これらの異常は心臓の不整脈や腎機能障害など、生命を脅かす合併症につながる可能性があるため、妊娠中には原則として避けるべきです。
また、歴史的に分娩時に行われてきた浣腸と、便秘治療のための浣腸は目的が異なります。コクラン・レビューによると、分娩時の浣腸は利益がないと結論付けられています29。この歴史的慣習と治療目的での使用を混同しないことが重要です。

表4.1 浣腸・坐薬の安全性比較
種類 グリセリン坐薬 リン酸ナトリウム浣腸
作用機序 局所的な浸透圧作用と穏やかな刺激 浸透圧作用
全身への吸収 ほとんどない あり
主なリスク 局所の不快感(まれ) 重篤な電解質異常(高リン酸血症、低カルシウム血症)、腎・心機能への影響
最終判断 医師の指導下で、重度の便秘に対する偶発的な使用は比較的安全 深刻なリスクのため、妊娠中の使用は避けるべき

専門家によるケアを求める:懸念を相談するタイミングと方法

セルフケアで便秘が改善しない場合でも、専門的な医療を受ける道筋があることを知っておくことは安心につながります。

レッドフラッグ(危険信号)症状:直ちに医師に連絡すべき時

以下の症状が便秘に伴って現れた場合は、American Pregnancy Associationが警告するように、単なる便秘ではなく、より深刻な問題が隠れている可能性があるため、直ちに医療機関に連絡してください8

  • 激しい腹痛
  • 便秘と下痢を繰り返す
  • 便に粘液や血液が混じる
  • 嘔吐や発熱を伴う

「便秘外来」:専門的な診察で期待できること

頑固で慢性的な便秘に悩む場合、産婦人科医から消化器内科や「便秘外来」といった専門クリニックへの紹介が検討されることがあります。小林メディカルクリニック東京のような専門外来では、より体系的なアプローチがとられます30。詳細な問診、身体診察に加え、状況に応じて血液検査、尿検査、腹部超音波検査などが行われます30。妊娠中は胎児への影響を考慮し、腹部X線(レントゲン)検査は通常行われません31。日本の産科診療ガイドラインでは、便秘管理の詳細な手順が必ずしも明記されていない現状があり32、この「ガイドラインの隙間」を埋めるのが、便秘外来で行われるような消化器病学に基づいた体系的な診断プロセスです。

あなたの健康のパートナー:医療提供者との協働による個別化プラン

治療の最終目標は、画一的な方法ではなく、個々の症状や生活様式に合わせて、生活習慣の改善、食事療法、そして最も安全で効果的な薬剤を必要最低限の量で組み合わせた、オーダーメイドの治療計画を立てることです30。医療提供者と密に連携し、パートナーとして治療に取り組むことが、快適な妊娠生活への鍵となります。

よくある質問

妊娠中に市販の便秘薬を自己判断で飲んでもいいですか?
いいえ、絶対に避けるべきです。市販薬を含め、いかなる薬剤も妊娠中に自己判断で使用することは危険を伴います。必ず、薬を使用する前にかかりつけの産婦人科医や薬剤師に相談し、安全な薬剤を処方してもらうか、使用の許可を得てください9
鉄剤が原因で便秘になった場合、服用を中止してもよいですか?
自己判断で中止してはいけません。貧血は母体と胎児にとって大きな問題となるため、鉄剤の服用は非常に重要です。便秘の副作用がつらい場合は、鉄剤を処方した医師に相談してください。医師は、便通を改善するための安全な薬を併用したり、鉄剤の種類を変更したりするなど、適切な対策を講じてくれます4
浣腸は本当に早産のリスクになりますか?
使用する種類によります。「グリセリン坐薬」は、体内にほとんど吸収されず、早産リスクを高めるという強固な科学的証拠はないため、医師の指導下では安全に使用できると考えられています2324。しかし、「リン酸ナトリウム浣腸」(イチジク浣腸など)は、母体に吸収されて重篤な電解質異常を引き起こすリスクがあるため、妊娠中は使用を避けるべきです27。いずれにせよ、浣腸や坐薬の使用は必ず医師の指示に従ってください。
食事改善をしても効果がない場合、いつ病院に行くべきですか?
食事や運動などのセルフケアを1~2週間試しても改善が見られない場合や、便秘による不快感が日常生活に支障をきたす場合は、ためらわずに医師に相談しましょう。特に、激しい腹痛、嘔吐、便に血が混じるなどの「危険信号」症状がある場合は、直ちに医療機関を受診してください8

結論

妊娠中の便秘は非常によくある悩みですが、不安に思う必要はありません。安全で効果的な解決策は、明確な段階を踏んで見つけることができます。

  • 土台から始める: まずは食事、水分補給、運動、そして規則正しい生活習慣という、最も安全な基本に立ち返りましょう。
  • 服薬前には必ず相談: 土台となるセルフケアで不十分な場合は、自己判断せず、必ず医師に相談してください。
  • 第一選択薬を信頼する: 医師から処方される酸化マグネシウムやポリエチレングリコールなどは、安全性が高く、医学的治療の標準的な出発点です。
  • 坐薬を賢く使う: どうしても改善しない頑固な便秘に対しては、医師の指導のもとでグリセリン坐薬が安全な選択肢となり得ます。
  • 高リスクな製品を避ける: リン酸ナトリウム浣腸は、深刻な副作用のリスクがあるため、断固として避けてください。

妊娠中の便秘はつらいものですが、それは決して一人で抱え込むべき問題ではありません。正しい知識を持ち、適切なステップを踏み、必要であれば専門家の助けを借りることで、必ず解決の道は見つかります。この情報が、すべての妊婦がより快適で安心したマタニティライフを送るための一助となることを心から願っています。

免責事項
この記事は情報提供を目的としたものであり、専門的な医療アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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