お子さんの「水いぼ」、正しく知って、慌てず対処:専門家による完全ガイド
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お子さんの「水いぼ」、正しく知って、慌てず対処:専門家による完全ガイド

ある日、お子さんの肌に見慣れないブツブツを見つけ、「これは何だろう?」と不安に思われたことはありませんか?「水いぼ」、正式には「伝染性軟属腫(でんせんせいなんぞくしゅ)」は、多くの子どもたちが経験するありふれた皮膚の感染症です。しかし、治療法や日常生活での対応について様々な情報が溢れており、どう対処すれば良いか戸惑う保護者の方も少なくありません。この記事は、保護者の皆様が抱える疑問や不安を解消し、自信を持って最善の判断ができるよう支援することを目的としています。そのために、米国疾病予防管理センター(CDC)1、日本の厚生労働省のガイドライン2、日本皮膚科学会や日本小児皮膚科学会の見解3、そして最新の医学論文4など、国内外の信頼できる科学的根拠に基づいて情報を整理しました。国立成育医療研究センターの専門医5の知見も参考に、医療コンテンツの専門家チームが監修しています。本稿では、水いぼの正体から、家庭でできる予防策、様々な治療の選択肢、プールや学校生活に関する具体的なQ&A、そして最新の治療薬開発動向まで、包括的に解説します。この記事が、お子さんとご家族の安心につながる一助となれば幸いです。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したリストです。

  • 米国疾病予防管理センター(CDC): この記事における伝染性軟属腫の基本的な定義、原因ウイルス、症状、感染経路に関する指導は、CDCが提供する情報に基づいています16
  • 厚生労働省: プール活動に関する推奨事項は、厚生労働省の「保育所における感染症対策ガイドライン」に基づいています2
  • 日本皮膚科学会・日本小児皮膚科学会: プールへの参加や学校生活に関する統一見解は、これらの学会の公式発表に基づいています3
  • JAMA Dermatology誌掲載の研究: 新しい治療薬であるカンタリジンやベルダジメルゲルの有効性と安全性に関する記述は、権威ある医学雑誌JAMA Dermatologyに掲載された複数の第3相ランダム化比較試験の結果に基づいています78
  • コクラン・データベース・オブ・システマティック・レビュー: 様々な治療法の介入に関する有効性の評価は、質の高いエビデンスとして知られるコクラン・レビューを参考にしています9
  • 鳥居薬品株式会社: 日本国内での新しい治療薬(TO-208)の開発と承認申請に関する最新情報は、同社の公式発表に基づいています10

要点まとめ

  • 水いぼ(伝染性軟属腫)はウイルスによる良性の皮膚感染症で、多くは自然に治癒しますが、数ヶ月から数年かかることがあります。
  • 主な感染経路は皮膚の直接接触とタオルの共用です。感染拡大を防ぐ鍵は、いぼを掻かないことと、特に乾燥肌やアトピー性皮膚炎のお子様の「保湿ケア」です。
  • 治療には「経過観察」と「積極的治療(ピンセットでの摘除など)」があり、絶対的な正解はありません。医師と相談し、お子様の状況に合わせて決めることが重要です。
  • 日本皮膚科学会などの専門機関は、ルール(いぼを覆う、タオルの共有を避ける)を守れば、プールに入っても良いとの見解を示しています。
  • 近年、痛みの少ない新しい塗り薬が米国で承認され、日本でも開発が進んでおり、治療の選択肢が広がる可能性があります。

第1部:伝染性軟属腫(水いぼ)の正体:原因から症状まで

水いぼへの適切な対処は、まずその正体を正確に理解することから始まります。ここでは、水いぼが何によって引き起こされ、どのような特徴を持つのかを詳しく見ていきましょう。

1-1. 水いぼとは?

水いぼ(伝染性軟属腫)は、ポックスウイルス科に属する「伝染性軟属腫ウイルス(MCV)」が原因で起こる、良性の皮膚感染症です1。このウイルスは人間のみに感染します11。世界的に見ても非常に一般的な疾患で、世界の疾病有病率トップ50に数えられるほどです4。特に1歳から10歳の子どもに多く見られます1。日本国内での推定患者数は約158万人にのぼるとの報告もあります12
ウイルスは皮膚の最も外側にある表皮に感染します。具体的には、表皮の基底層にあるケラチノサイト(角化細胞)に侵入し、細胞を増殖させることで、特徴的ないぼを形成します4。このウイルスの特徴的な点は、体の免疫システムから「隠れる」ためのタンパク質を産生する能力を持つことです4。この巧妙な仕組みにより、ウイルスは長期間にわたって皮膚に潜伏し続けることができ、これが水いぼがなかなか治らない理由の一つとなっています。
ウイルスに感染してから症状が現れるまでの潜伏期間は、平均で約7週間とされていますが、個人差が大きく、2週間から6ヶ月と幅があります13。この潜伏期間の長さが、いつどこで感染したのかを特定するのを難しくしています。

1-2. 見た目と症状

水いぼの診断は、その特徴的な見た目によって行われることがほとんどです。

  • 典型的な見た目: 直径2~5mm程度の、硬く、ドーム状に盛り上がった発疹です。表面は滑らかで、真珠のような光沢を放ち、肌色、白色、またはピンク色をしています。最大の特徴は、その中心部がへそ状に凹んでいることです(臍窩形成)14。このいぼの中には、「モルスクム小体」と呼ばれる、ウイルスを含む白く粥状(チーズ状)の塊が入っています6
  • 発生しやすい場所: 手のひらと足の裏を除き、体のどこにでもできる可能性があります14。子どもでは、体幹(胸、腹、背中)、腕、脚、顔によく見られます2。一方で、成人の場合は性器周辺にできることが多く、この場合は性感染症として扱われることがあります15
  • 症状: ほとんどの場合、痛みやかゆみはありません2。しかし、時にいぼの周りが赤くなったり、かゆみを伴ったり、腫れたりすることがあります14。この炎症反応は、多くの場合、体がウイルスを認識し、免疫反応が働き始めた「治りかけのサイン」であることが知られています(詳細は第4部で解説)。

1-3. 診断方法と似ている病気

水いぼの診断は通常、特別な検査を必要としません。医師が問診と視診を行い、特徴的な発疹の見た目を確認することで診断が確定します2。まれに診断が難しい場合に、いぼの内容物を採取して顕微鏡で確認することがあります2。自己判断は禁物です。水いぼは、通常のいぼ(尋常性疣贅)、ヘルペス、毛嚢炎などの細菌感染症、そして免疫力が低下している場合にはクリプトコッカス症のような他の重篤な病気と見た目が似ていることがあります13。正確な診断と適切な対応のために、必ず皮膚科などの医療機関を受診することが重要です。

第2部:感染と予防:うつる仕組みと家庭でできること

水いぼは「伝染性」という名前の通り、人から人へ、また自分の体の他の部位へと広がります。しかし、その仕組みを理解し、適切な対策を講じることで、感染の拡大を効果的に防ぐことができます。

2-1. 感染経路

水いぼのウイルスは、主に以下の3つの経路で感染します。

  • 直接接触感染: 感染している人の皮膚と直接触れ合うことでうつります。これは最も一般的な感染経路で、子ども同士の遊びや兄弟での入浴、レスリングのような接触の多いスポーツなどが含まれます13
  • 間接接触感染(介達感染): ウイルスが付着した物を介して感染します。タオル、衣類、ビート板や浮き輪などのプール用品、おもちゃなどを共有することでウイルスが広がることがあります1
  • 自家接種: 子ども自身がいぼを掻いたり、こすったりすることで、ウイルスが他の部位の皮膚に付着し、新たな水いぼを作ってしまいます13。これは感染が体中に広がる主な原因であり、特に注意が必要です。

2-2. 感染の危険性を高める要因

誰でも水いぼに感染する可能性はありますが、特に感染しやすい、あるいは広がりやすい要因がいくつか知られています。

  • アトピー性皮膚炎・乾燥肌: これは最も重要な危険因子です。アトピー性皮膚炎や乾燥肌の子どもは、皮膚のバリア機能が低下しているため、ウイルスが容易に侵入できてしまいます2。そのため、より広範囲に、より多くの水いぼができる傾向があります。アトピー性皮膚炎に伴うかゆみで皮膚を掻き壊してしまうことも、自家接種を助長する大きな要因となります。
  • 免疫機能の低下: がん治療中の方やHIV感染者など、免疫力が低下している状態では、水いぼが重症化し、広範囲にわたって治りにくくなることがあります16
  • 環境: 高温多湿な気候や、集団生活など人が密集する環境も、感染が広がりやすい要因とされています11

2-3. 家庭でできる感染拡大予防策

家庭での日々のケアが、感染拡大を防ぐ鍵となります。以下の点を心がけましょう。

  • 掻かない、触らない: 自家接種を防ぐ最も重要なルールです。子どもには、いぼを掻いたり、いじったりしないように伝えましょう。爪を短く切っておくことも有効です17
  • こまめな手洗い: 基本的かつ非常に重要な予防策です。石鹸を使って丁寧に手を洗いましょう1
  • いぼを保護する: いぼを衣服で覆うか、耐水性の絆創膏などで保護することで、子ども自身が掻いてしまうのを防ぎ、他人への直接接触も避けることができます1
  • 身の回り品の共有を避ける: タオル、衣類、体洗い用のスポンジなどは、一人ひとり専用のものを用意し、共有しないようにしましょう。兄弟間での一緒の入浴も、感染が広がるリスクを高める可能性があります1
  • 最大の予防策は「保湿」: 特にアトピー性皮膚炎や乾燥肌のお子さんにとって、日々の保湿ケアは極めて重要です。保湿剤をこまめに塗ることで皮膚のバリア機能を高め、ウイルスが侵入するのを防ぎます2。これは、新たな感染を防ぐだけでなく、既存の皮膚炎を管理し、掻き壊しによる自家接種を防ぐ上でも不可欠です。「お子さんの湿疹を管理することが、水いぼを管理することにつながる」と覚えておきましょう。

第3部:治療の選択肢:待つべきか、治すべきか

水いぼの治療方針は、皮膚科医の中でも意見が分かれるテーマであり、保護者にとって最も悩ましい点の一つです。ここでは、世界的な考え方と日本の現状を比較し、具体的な治療法の選択肢とその長所・短所を解説します。

3-1. 治療に関する世界の考え方と日本の現状

水いぼの治療には、大きく分けて二つのアプローチがあります。

  • 「経過観察」アプローチ(主に欧米): 米国や欧州のガイドラインでは、多くの場合、積極的な治療を推奨せず、自然に治るのを待つ「経過観察(Watchful Waiting)」が選択されます1。その理由は、水いぼが健康な子どもにおいては良性で自然治癒する疾患であること、そして治療自体が痛みを伴い、傷跡を残す可能性があるためです6。体の免疫システムが最終的にウイルスを排除するのを待つという考え方です9
  • 「積極的治療」アプローチ(日本の考え方): 一方、日本の医療現場では、より積極的な治療が選択される傾向にあります。自然治癒には数ヶ月から数年という長い時間がかかることがあり9、その間に兄弟や友人へ感染を広げたり、自家接種によって全身に広がったりする危険性があるためです。そのため、感染拡大の防止や、整容的な観点、また後述するプールなどの社会生活への配慮から、早期の治療を勧める医師が多くいます3

重要なのは、どちらか一方が絶対的に正しいというわけではなく、コンセンサス(統一見解)は確立されていないという点です18。最終的な治療方針は、いぼの数や場所、お子さんの年齢や性格、ご家族や学校・保育園の状況などを総合的に考慮し、医師と保護者が相談して決定することが理想的です2

3-2. 日本の医療機関で行われる主な治療法(保険適用)

日本の皮膚科で一般的に行われている、健康保険が適用される治療法です。

  • ピンセットによる摘除(てきじょ):
    • 方法: 「トラコーマ鑷子(せっし)」や「キュレット」と呼ばれる専用の器具を使い、水いぼの中心にあるウイルスの塊を物理的に取り除く方法です19。取り除いた部分に関しては、最も確実な治療法とされています19
    • 痛みの管理: この処置には痛みが伴います。そのため、処置の1~2時間前に「ペンレステープ」という麻酔成分が含まれた貼り薬をいぼに貼ることで、痛みを大幅に和らげることができます。これは日本の保護者にとって非常に重要な情報です19
    • 保険適用: 摘除するいぼの数に応じて保険点数が定められています。例えば、「10個未満は120点、10個以上30個未満は220点」といった具合です。麻酔のペンレステープも1回の処置につき2枚まで保険が適用されます20
    • 短所: 痛みを完全になくすことは難しく、幼い子どもにとっては恐怖を伴うことがあります。また、処置後に傷跡が残る可能性もゼロではありません6
  • 液体窒素による冷凍凝固(れいとうぎょうこ):
    • 方法: −196℃の超低温の液体窒素を綿棒などでいぼに当て、凍結させて組織を破壊する方法です21
    • 長所・短所: 効果的ですが、これも痛みを伴い、複数回の通院が必要になることが多いです。処置後に水ぶくれや色素沈着が起こることもあります13。ピンセットでの摘除よりは精神的な負担が少ないと感じるお子さんもいます21

3-3. その他の治療法(保険適用外を含む)

上記以外にも、いくつかの治療法が試みられています。

  • 内服薬:
    • ヨクイニン: ハトムギの種子から作られる漢方薬で、古くからいぼ治療に用いられてきました。痛みがなく安全性が高いのが利点ですが、効果には個人差があり、数ヶ月単位での服用が必要です。特にアトピー性皮膚炎を合併している場合に効果が見られやすいという報告もありますが、確実な治療法ではありません19
    • シメチジン: 本来は胃薬ですが、免疫を調整する作用があるとして、水いぼ治療に転用されることがあります。効果については議論があり、特に顔のいぼには効きにくいとされています6
  • 外用薬(塗り薬):
    • 硝酸銀(しょうさんぎん): いぼを化学的に腐食させる薬剤です。ペースト状にして塗布する方法などが報告されていますが、正常な皮膚に付着すると損傷を与えるため、慎重な塗布が必要です22
    • 銀イオン配合クリーム: いくつかの医院で自費診療として提供されている塗り薬です23。強力な抗菌作用を持つ銀イオンがウイルスに効果を示すとされ、ある医院の報告では平均2ヶ月で治癒したとされています23。痛みがないため、摘除を嫌がるお子さんの一つの選択肢となり得ます。
    • その他: サリチル酸や水酸化カリウムなども用いられることがありますが、日本では主流の治療法ではありません11
表1:伝染性軟属腫(水いぼ)の治療法比較一覧
治療法 方法の概要 利点 欠点 痛みの程度 保険適用
経過観察 何もせず、自然治癒を待つ。 ・痛みがない
・傷跡の危険性がない
・通院の負担がない
・治癒までに長期間(数ヶ月~数年)かかる
・その間に自家接種や他者への感染の危険性がある
なし
ピンセットによる摘除 専用の器具でいぼの内容物を物理的に取り除く。 ・最も確実で即効性がある
・取り除いた部分は再発しない
・痛みが強い(麻酔テープで緩和可)
・子どもに恐怖心を与える
・傷跡が残る可能性がある
強い あり
液体窒素療法 超低温の液体窒素でいぼを凍結・破壊する。 ・摘除よりは精神的負担が少ない場合がある
・比較的効果が高い
・痛みが強い
・複数回の通院が必要
・水ぶくれや色素沈着の危険性がある
強い あり
ヨクイニン内服 漢方薬(ハトムギ)を数ヶ月間服用する。 ・痛みがない
・安全性が高い
・効果に個人差があり、確実ではない
・効果発現まで時間がかかる
なし あり
外用薬(銀イオン等) 自宅でクリームなどを塗布する。 ・痛みがない
・自宅でケアできる
・効果が比較的穏やか
・効果発現まで時間がかかる
・かぶれることがある
なし なし(自費)

第4部:日常生活の疑問に答えるQ&A

水いぼと診断された後、保護者の皆様が最も気になるのは日常生活での具体的な対応でしょう。ここでは、よくある質問に専門的な見地からお答えします。

Q: プールには入れますか?
A: はい、入れます。これは、日本の主要な医学会が一致して示している見解です。厚生労働省の「保育所における感染症対策ガイドライン」や、日本皮膚科学会、日本小児皮膚科学会が共同で発表した統一見解においても、「プールの水ではうつらないので、プールに入っても構わない」と明記されています23
ただし、感染を防ぐためには以下のルールを守ることが重要です。

  • いぼを覆う: ラッシュガードを着用したり、耐水性の絆創膏でいぼを覆ったりして、肌と肌の直接的な接触を防ぎましょう24
  • 物の共有を避ける: 感染源となりうるタオル、ビート板、浮き輪などを他の子どもと共有しないように徹底してください3
  • プール後のケア: プールの後はシャワーで塩素や汚れをしっかり洗い流し、その後、保湿剤で肌のバリア機能を補いましょう3

なお、園や学校、スイミングスクールによっては独自のルールを設けている場合があるため、事前に施設の方針を確認することも大切です25

Q: 保育園・幼稚園・学校は休むべきですか?
A: 休む必要はありません。水いぼは、学校保健安全法で出席停止が義務付けられている感染症ではありません。主要な保健機関も、登園・登校を制限する必要はないとの見解で一致しています1。水いぼを理由に子どもを休ませることは、不必要な社会的孤立感や偏見を生む可能性もあります24。プールと同様に、衣服や絆創膏でいぼを覆い、直接接触を避ける配慮をすれば、集団生活に問題はありません。
Q: いぼが赤く腫れてきました。悪化したのでしょうか?
A: いいえ、多くの場合、治り始めているサインです。これは「BOTE (Beginning Of The End) サイン」や「モルスクム反応」と呼ばれる現象で、体の免疫システムがようやくウイルスを異物として認識し、攻撃を始めたことを示しています26。この炎症は、自然治癒に向かう過程で起こる肯定的な反応です。
ただし、注意も必要です。まれに、掻き壊した傷から細菌が入り込み、二次感染(とびひなど)を起こしている可能性もあります。膿が出ている、痛みが強い、熱を持っているなどの症状がある場合は、自己判断せずに必ず皮膚科を受診し、細菌感染ではないことを確認してもらいましょう6
Q: いつ治るのですか?
A: 自然治癒には数ヶ月から数年かかることがあります。保護者の方々にとって、この長い治癒期間は大きなストレスになるかもしれません。現実的な見通しを持つことが重要です。多くのケースは6ヶ月から1年半ほどで自然に治癒しますが、中には4~5年続く場合もあります4。ある研究では、平均治癒期間は13.3ヶ月だったと報告されています4。治療を行った場合でも、潜伏期間中のウイルスが時間差で新たないぼとして現れることがあるため、一度で完治するとは限らないことを理解しておく必要があります。

第5部:最新情報と今後の展望

長年、水いぼの治療法は「痛みを伴う物理的除去」か「効果が不確実な経過観察」という難しい選択を迫られる状況が続いてきました。しかし近年、その状況を大きく変える可能性のある新しい治療薬が世界で登場し、日本でも開発が進んでいます。

5-1. 世界で承認された新しい治療薬

2023年から2024年にかけて、米国食品医薬品局(FDA)は、史上初となる水いぼ専用の治療薬を2種類承認しました。これは、科学的根拠に基づいた新しい治療の選択肢が生まれたことを意味します。

  • カンタリジン外用液(Ycanth®): ツチハンミョウという甲虫が分泌する「カンタリジン」という成分を利用した塗り薬です。これまでも一部の医師が独自に調合して使用してきましたが、品質や濃度が標準化された医薬品として初めて承認されました27。医療機関で医師が塗布する治療薬で、2歳以上の小児と成人が対象です28
  • ベルダジメルゲル(Zelsuvmi™): 一酸化窒素(NO)を放出し、ウイルスの増殖を抑える新しい作用機序を持つゲル状の塗り薬です13。1日1回、自宅で保護者が塗布できるため、通院の負担が少なく、痛みを伴わない治療として期待されています27。1歳以上の小児と成人が対象です29

5-2. 日本での開発状況

これらの新しい治療の波は、日本にも確実に届いています。

  • 鳥居薬品のカンタリジン製剤(TO-208): 日本の製薬会社である鳥居薬品は、前述のカンタリジン製剤(開発番号:TO-208)の国内第Ⅲ相臨床試験を完了し、その有効性と安全性を確認した上で、2024年12月6日に厚生労働省へ製造販売承認申請を行ったと発表しました10。承認されれば、日本の子供たちにとっても、痛みの少ない効果的な新しい治療の選択肢が提供されることになります。
  • 日本でのベルダジメルゲルの試験: ベルダジメルゲルについても、日本人患者を対象とした臨床試験が実施され、海外の試験と同様に良好な安全性と有効性が示されています12。こちらも、将来的に日本で利用可能になることが期待されます。

この動きは、水いぼ治療が「経験」から「科学的根拠」に基づく時代へと移行していることを示しており、保護者にとっては大きな希望と言えるでしょう。

5-3. 専門家からのメッセージ

お子さんの水いぼを前に、多くの情報に惑わされ、不安を感じるのは当然のことです。最後に、専門家として最もお伝えしたいことをまとめます。

  • 水いぼは、ほとんどの場合、健康な子どもにとっては医学的に危険な病気ではありません。
  • 感染拡大を防ぐ鍵は、日々のスキンケア、特に「保湿」と「掻かせない」工夫にあります。アトピー性皮膚炎の管理は、水いぼの管理に直結します。
  • 治療法は一つではありません。「早く治す」ことの利点と、「痛みを伴う」という欠点を天秤にかけ、お子さんの性格や生活スタイル、ご家族の考えを尊重することが何よりも大切です。
  • プールや学校を過度に制限する必要はありません。正しい知識を持ち、適切な配慮をすることで、お子さんの社会生活を守ることができます。
  • 治療の選択肢は、今後さらに増えていく見込みです。一人で悩まず、ぜひ皮膚科の専門医に相談し、お子さんとご家族にとって最も良い方法を一緒に見つけてください。

結論

伝染性軟属腫、すなわち「水いぼ」は、多くの子どもが経験する一般的な皮膚疾患であり、その見た目から保護者に心配をもたらしがちです。しかし、本稿で詳述したように、この疾患は良性であり、健康な子どもであれば最終的には自然に治癒します。最も重要な対策は、皮膚のバリア機能を維持するための日々の「保湿」と、自家接種を防ぐために「掻かせない」という基本的なスキンケアにあります。治療に関しては、痛みを伴うが確実な物理的除去から、時間をかけて自然治癒を待つ経過観察まで、複数の選択肢が存在します。どの方法を選ぶかは、お子様の年齢や性格、いぼの数や場所、そしてご家族の生活様式を考慮に入れ、皮膚科医と十分に相談の上で決定すべきです。また、新しい治療薬の開発も進んでおり、将来的には痛みの少ない、より効果的な治療法が日本でも利用可能になることが期待されます。正しい知識を持つことで、不必要な不安を減らし、お子様の日常生活を過度に制限することなく、適切に対応することが可能です。

免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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