新生児から3歳までの頭囲成長記録:医師監修・公的データに基づくお子様の健康を見守る完全ガイド
小児科

新生児から3歳までの頭囲成長記録:医師監修・公的データに基づくお子様の健康を見守る完全ガイド

新生児から3歳までの期間は、人の一生において脳が最も急速に、そして劇的に発達する「決定的な窓」です。この時期、赤ちゃんの脳は驚異的なスピードで成長し、その物理的な拡大は、頭囲(とうい)の増加という形で、私たちの目に直接的に現れます1。したがって、頭囲の測定は、単なる身体計測の一つではありません。それは、侵襲的な手段を用いることなく、脳の健全な発育という、目に見えない重要なプロセスを評価するための、極めて強力な代理指標(プロキシ)なのです2。頭囲は、まさに「発達する脳のバイタルサイン」と位置づけられます。
本稿は、JapaneseHealth.org編集部が、この重要な指標について、保護者の皆様が抱く疑問や不安を解消し、信頼できる知識をもって我が子の成長を見守るための一助となることを目的としています。最新の公的データと医学的知見に基づき、頭囲測定の意義、日本の公的な成長モニタリングシステム、正しい計測方法、そして得られた数値の専門的な解釈までを、網羅的かつ詳細に解説します。頭の大きさに関する懸念は、時に保護者に大きな不安をもたらすことがあります。しかし、正確な知識こそが、その不安を安心に変え、お子様の健やかな未来を育むための最も効果的なツールとなるのです。本稿を通じて、保護者の皆様が医療専門家との連携における、より情報に基づいたパートナーとなることを支援します。

本記事の科学的根拠

本記事は、引用元として明記された、質の高い医学的エビデンスおよび公的情報源にのみ基づいて作成されています。以下に、本記事で提示される医学的指針の根拠となる主要な情報源とその関連性を示します。

  • 厚生労働省・こども家庭庁「乳幼児身体発育調査」: 本記事における日本の乳幼児の標準的な発育基準、成長曲線、およびパーセンタイル値は、この公的調査に完全に基づいています。これには平成22年調査および令和5年の最新調査データが含まれます34
  • 国立保健医療科学院「乳幼児身体発育 評価マニュアル」: 成長曲線の専門的な解釈、逸脱の評価方法、および医療従事者向けの指導指針は、この公式マニュアルに準拠しています5
  • 国立成育医療研究センター「乳幼児健康診査身体診察マニュアル」: 小頭症・大頭症などの医学的状態に関する臨床的アプローチ、注意すべき兆候、および診察プロセスの記述は、この専門家向けマニュアルを参考にしています6
  • 医学論文データベース (PubMed等): 小頭症や大頭症の診断的アプローチに関する国際的な医学研究からの知見も、日本の状況に合わせて統合・参照しています78

この記事の要点まとめ

  • 頭囲は脳の発達を示す重要な指標:特に生後1年間は脳が爆発的に成長するため、頭囲の継続的な測定は、目に見えない脳の発育を評価するシンプルで強力な手段です9
  • 重要なのは「軌道」、一点の数値ではない:母子健康手帳の成長曲線から一時的に外れていても、お子様自身のカーブに沿って安定して成長していれば、多くは問題ありません。成長の軌道(カーブ)を重視しましょう5
  • 母子健康手帳は最も信頼できる「ものさし」:手帳の発育曲線は、数万人の日本の子供たちのデータから作られた公的な基準です。計測値を正確に記録し、成長の軌跡を可視化することが大切です10
  • 家庭での正しい計測が基本:伸縮しないメジャーを使い、眉の上と後頭部の最も出っ張った部分を通るように測ります。正しい計測方法が、正確な評価の第一歩です11
  • 専門家への相談をためらわない:成長曲線が急に横ばいになったり、パーセンタイル帯を大きく横切ったりする場合や、発達の遅れなど他の気になるサインがあれば、次の健診を待たずに小児科医に相談してください12

第1部:公的データと母子健康手帳—信頼できる「ものさし」の理解

根拠となるもの:乳幼児身体発育調査

お子様の成長を評価する上で、その基準となる「ものさし」の信頼性は絶対的なものです。日本における乳幼児の身体発育の基準は、厚生労働省(現在はこども家庭庁が所管)が1960年代から約10年ごとに実施してきた「乳幼児身体発育調査」という全国規模の調査に基づいています3。この調査の根幹をなす目的は、全国の乳幼児の身体発育の実態を正確に把握し、その結果から国の標準となる「発育値」および「発育曲線」を策定し、乳幼児保健指導の質の向上に貢献することにあります13
この調査は、単に身長や体重、頭囲・胸囲といった身体計測値だけでなく、栄養法(母乳、混合、人工乳)、運動・言語機能の発達状況、さらには妊娠中の母親の状態といった、発育に影響を与える多角的な背景情報も収集する、非常に包括的なものです1415

調査データから母子健康手帳へ

この大規模な国家調査によって得られた集計結果が、全ての保護者が手にする「母子健康手帳」に掲載されている身体発育曲線の基礎となっています16。つまり、手帳のグラフは、日本の数千、数万の子供たちのデータから導き出された、極めて信頼性の高い「ものさし」なのです17。この調査は定期的に更新されており、例えば令和5年(2023年)にも、こども家庭庁のもとで調査が実施され、その結果が公表されています418。これにより、発育曲線は常に現代の日本の子供たちの体格を反映したものとなり、今日の子育てにおいてもその妥当性が保たれています19

発育基準の二重構造:2000年調査値と最新調査値の使い分け

ここで、日本の公衆衛生政策の精緻な点について触れておく必要があります。保護者が母子健康手帳で目にする発育曲線は、保健指導での分かりやすさを重視し、直近の調査結果(例:平成22年(2010年)や令和5年(2023年)の調査)を「現況値」として使用しています20。一方で、医学的な診断基準や長期的な疫学研究の場では、2000年(平成12年)の調査結果が「体格標準値」として、今なお参照され続けています3
この二重基準が採用されている背景には、専門学会などによる「日本人の体格向上トレンドは2000年頃にほぼ完了した」という見解があります。臨床現場で成長関連疾患を診断したり、公衆衛生の長期的動向を追跡したりするためには、調査ごとに基準が変動するのではなく、安定した固定のベースラインが不可欠です。2000年のデータを固定基準とすることで、診断の「ゴールポスト」が動くことを防ぎ、臨床と研究の整合性を保っているのです5
他方、保護者にとって最も関心が高いのは、我が子が同世代の子供たちの中でどの位置にいるか、ということです。そのため、母子健康手帳では最新の調査データを採用し、「今、ここ」の子供たちの実態に即したパーセンタイル範囲を示すことで、より直感的で安心感のある指導を可能にしています。この二つの基準値は、乳幼児期においては数値的な差がほとんどないことが確認されているため、保護者の皆様が母子健康手帳の曲線を用いる上で、この二重構造が混乱や矛盾を引き起こす心配はありません5

第2部:正しい計測と記録の方法—家庭と健診での実践ガイド

精密性の重要性

身体発育の評価において、計測値の価値は、その正確性に完全に依存します。わずかな計測誤差が、大きな解釈の違いや不必要な不安を生む可能性があるため、正しい方法を理解することが極めて重要です11。以下に示すのは、国の乳幼児身体発育調査や実際の臨床現場で用いられる公式なプロトコルに基づいた実践ガイドです1521

公式プロトコル(乳幼児身体発育調査必携より)

  • 器具の選定:計測には、ガラス繊維が組み込まれた合成樹脂製の、伸縮しない巻尺(メジャー)を使用します。これはJIS(日本産業規格)に準拠したものが望ましいとされています。乳幼児の安全のため、金属製の巻尺は絶対に使用しないでください15
  • 解剖学的ランドマーク:巻尺を当てる位置は厳密に定められています。前方は左右の眉のすぐ上(眉の直上)を通り、後方は後頭部で最も突出している部分(後頭隆起)を通るように巻尺を一周させます22
  • 姿勢の重要性:計測時の姿勢は、年齢によって明確に区別されています。
    • 2歳未満の乳児:仰向け(仰臥位)の状態で計測します15。赤ちゃんが落ち着いて静かにしているタイミングを見計らうことが、正確な測定の鍵となります。
    • 2歳以上の幼児:座位または立位で計測します15
  • 読み取りと記録:計測値は1mm単位で読み取ります15。巻尺は頭皮にぴったりと沿わせますが、皮膚に食い込むほど強く締めてはいけません。赤ちゃんが泣いている時は、計測値に影響が出ることがあるため避けましょう22

成長の軌跡を記録する

計測した値は、その都度、母子健康手帳の身体発育曲線のページに正確にプロット(点を打つ)します2317。点を線で結ぶことで、お子様自身の成長の軌跡が可視化されます。近年では、自治体が提供する「母子健康手帳アプリ」なども普及しており、健診票をスマートフォンのカメラで撮影するだけで、健診日、体重、身長、頭囲といった項目が自動でデータ化され、グラフに反映される便利な機能も登場しています24。これらのデジタルツールを活用することも、記録の手間を軽減し、継続的なモニタリングを助ける有効な手段です。

第3部:月齢別・性別 頭囲成長パーセンタイル値 詳細解説

パーセンタイルの解読:我が子の位置づけを理解する

パーセンタイルとは、計測値の統計的な分布の中で、小さい方から数えて何パーセント目に位置するかを示す値です25。例えば、「お子様の頭囲が75パーセンタイルである」とは、同じ性別・同じ月齢の子供を100人集めた際に、その子の頭囲が75人より大きく、残りの25人より小さいことを意味します。
50パーセンタイルが中央値(平均的な大きさ)を示し、一般的に3パーセンタイルから97パーセンタイルの間の帯状の範囲が、健康な子供たちの標準的なばらつきの範囲と見なされます25

日本の基準値:平成22年 乳幼児身体発育調査データ

以下に示すのは、日本の子供たちのための公式な基準値です。これは、母子健康手帳の曲線の基盤となっている、平成22年(2010年)の乳幼児身体発育調査の報告書から直接引用したものです2026

表1:月齢別・性別 頭囲パーセンタイル値 (cm)(平成22年乳幼児身体発育調査)
年・月齢 男子 (cm) 女子 (cm)
3%ile 10%ile 25%ile 50%ile 75%ile 90%ile 97%ile 3%ile 10%ile 25%ile 50%ile 75%ile 90%ile 97%ile
出生時 31.0 31.9 32.6 33.5 34.3 35.0 35.6 30.7 31.5 32.2 33.1 33.9 34.5 35.1
0か月 33.8 34.8 35.7 36.7 37.7 38.5 39.2 33.2 34.2 35.1 36.1 37.0 37.8 38.5
1か月 35.9 36.8 37.6 38.6 39.5 40.3 41.0 35.2 36.1 37.0 37.9 38.8 39.6 40.3
2か月 37.7 38.5 39.3 40.2 41.1 41.9 42.6 36.9 37.7 38.5 39.4 40.3 41.0 41.7
3か月 39.0 39.8 40.6 41.5 42.4 43.2 43.9 38.1 39.0 39.8 40.7 41.6 42.3 43.0
4か月 40.1 40.9 41.7 42.6 43.5 44.3 45.0 39.2 40.0 40.8 41.7 42.6 43.3 44.0
5か月 40.9 41.7 42.5 43.4 44.3 45.1 45.8 40.0 40.8 41.6 42.5 43.4 44.1 44.8
6か月 41.6 42.4 43.2 44.1 45.0 45.8 46.5 40.7 41.5 42.3 43.2 44.1 44.8 45.5
9か月 43.2 44.0 44.8 45.7 46.6 47.4 48.1 42.2 43.0 43.8 44.7 45.6 46.3 47.0
1歳0か月 43.9 44.7 45.5 46.4 47.3 48.1 48.8 42.9 43.7 44.5 45.4 46.3 47.0 47.7
1歳6か月 45.3 46.1 46.9 47.8 48.7 49.5 50.2 44.3 45.1 45.9 46.8 47.7 48.4 49.1
2歳0か月 46.2 47.0 47.8 48.7 49.6 50.4 51.1 45.2 46.0 46.8 47.7 48.6 49.3 50.0
2歳6か月 46.8 47.6 48.4 49.3 50.2 51.0 51.7 45.8 46.6 47.4 48.3 49.2 49.9 50.6
3歳0か月 47.3 48.1 48.9 49.8 50.7 51.5 52.2 46.3 47.1 47.9 48.8 49.7 50.4 51.1

出典:厚生労働省 平成22年乳幼児身体発育調査報告書「表4 一般調査及び病院調査による頭囲の身体発育値」を基に作成20

標準的な成長軌道の分析

このデータから、頭囲の成長がいかにダイナミックであるかが分かります。

  • 最初の1年の爆発的成長(0-12か月):出生時に平均約33 cmだった頭囲は、1歳の誕生日を迎える頃には約46 cmに達します。これはわずか1年で約13 cmも増大することを意味し、その後の人生すべての期間における頭囲の成長量よりも大きいのです27。この驚異的な物理的成長は、脳の容積が生後1年で成人の約75-80%にまで達するという、内部の劇的な発達と直接的に連動しています1
  • 幼児期の緩やかな成長(1-3歳):1歳を過ぎると、成長のペースは著しく緩やかになります。1歳から2歳までの1年間での増加は約2-3 cm、2歳から3歳ではさらに減速し、約1-2 cmの増加にとどまります28。このデータに基づいた分析は、なぜ特に生後18か月までのモニタリングが、急激な異常を捉える上で最も重要であるかを明確に示しています。

第4部:成長曲線の読み解き方—パーセンタイル帯から逸脱したときの考え方

黄金律:スナップショットより軌道を重視する

成長を評価する上での最も重要な原則は、「一点の計測値よりも、時系列で結ばれた成長の軌道(カーブ)を重視する」ことです5。単回の測定結果がパーセンタイル帯の上限や下限に近かったとしても、その子自身のカーブに沿って一貫して成長しているのであれば、それは多くの場合、その子固有の健康的な成長パターンを示しているに過ぎません11。重要なのは、自分自身の成長曲線との一貫性です。

逸脱を精緻に解釈する

  • パーセンタイル帯の横断:お子様の成長曲線が、2つ以上の主要なパーセンタイルラインを横切る(例えば、50パーセンタイルから10パーセンタイルへ下降する、あるいは25パーセンタイルから90パーセンタイルへ急上昇する)場合、これは単に高い、あるいは低いパーセンタイルに位置していることよりも、臨床的により重要な意味を持つ可能性があります。このような変化は、必ず医師に相談すべきサインです12
  • 曲線の平坦化(成長の減速):成長曲線が横ばいになったり、伸びが著しく鈍化したりするのは、重大な警告信号です。これは脳の成長が停滞している可能性を示唆し、しばしば頭が大きいことよりも緊急性の高い懸念事項と見なされます2
  • 急激な加速:短期間にパーセンタイル帯を駆け上がるような急激なカーブの上昇は、水頭症などの疾患による頭蓋内圧の上昇を示唆するサインである可能性があります29

家族性の特徴という「安心材料」

成長の評価において、個々の数値を解釈する際には、常に背景にある文脈を考慮する必要があります。その最も重要な文脈の一つが、家族性の身体的特徴です6
例えば、保護者が赤ちゃんの頭囲が95パーセンタイルにあることを知ったとします。この時、多くの保護者は深刻な病気を心配するかもしれません。しかし、小児科医がこのような状況でまず尋ねることの一つは、「ご両親のどちらか、あるいはご親族に頭の大きい方はいらっしゃいますか?」という質問です。頭の大きさは遺伝的要素が非常に強い形質だからです。
もし両親のどちらかが大きい頭の持ち主であれば、その子供の頭が大きいのは「良性家族性大頭症」と呼ばれる、全く無害な体質である可能性が非常に高くなります。この場合、子供の成長曲線は高い位置にありますが、その高いパーセンタイルに沿って安定して推移し、発達のマイルストーンも正常に進みます。このように、家族の体質という文脈を知ることは、病的な状態と正常な個人差とを区別する上で極めて重要であり、不必要な不安を解消する強力な材料となります。

第5部:健康に関する注意事項と医学的知見

注意が必要なサイン:小頭症と大頭症

まず、臨床的な用語を正確に理解することが重要です。これらの定義は、標準偏差(SD)またはパーセンタイルに基づいてなされます。

  • 小頭症 (Microcephaly):頭囲が、同じ年齢・性別の平均値から標準偏差で-2 SDを下回る場合と定義されます。これは通常、成長曲線の3パーセンタイル未満に相当します11
  • 大頭症 (Macrocephaly):頭囲が平均値から+2 SDを上回る場合と定義され、通常97パーセンタイルを超える場合に該当します7。臨床的には、特に+3 SDを超えるような著しい逸脱は、より緊急性の高い精査が必要と判断されることがあります8

これらの状態を早期に発見するために、保護者は単なる頭囲の数値だけでなく、他の兆候にも注意を払うことが重要です。以下の表は、保護者が注意すべき観察ポイントをまとめた実用的なチェックリストです。

表2:頭囲の成長に関する注意すべき観察ポイント
カテゴリー 観察ポイント
計測上の注意信号
  • 常に3パーセンタイル未満、または97パーセンタイル超である
  • 短期間に2つ以上の主要なパーセンタイル帯を横断する(上昇または下降)
  • 成長曲線が平坦化、または著しく減速する
身体的なサイン
  • 大泉門(頭のてっぺんのペコペコした部分)が常に張っている、または膨らんでいる
  • 頭皮の静脈が異常に目立つ
  • 眼球が常に下方を向いている(落陽現象、サンセットサイン)
  • 頭の形が著しくいびつである
行動・発達上のサイン
  • 甲高い、なだめることのできない泣き声が続く
  • 極端に機嫌が悪い、またはぐったりしていることが多い
  • 原因不明の嘔吐を繰り返す
  • けいれんを起こす
  • 月齢に応じた発達のマイルストーン(首すわり、おすわり等)の明らかな遅れ

出典:複数の臨床マニュアルおよび医学論文を基に統合629

考えられる原因(情報提供として、冷静な理解のために)

このセクションで挙げる原因は、あくまで可能性として存在するものであり、診断は必ず専門医によってなされるべきです。保護者の皆様が自己判断するためのものではありません。

  • 小頭症の背景:遺伝性疾患、染色体異常、周産期の重篤な脳障害(例:低酸素)、あるいは特定の先天性感染症などが原因となることがあります3031
  • 大頭症の背景:最も頻度が高いのは、前述した「良性家族性大頭症」です。しかし、病的な原因としては、脳脊髄液が過剰に溜まる水頭症(すいとうしょう)、ソトス症候群などの特定の遺伝性疾患、稀な脳腫瘍、あるいは硬膜下水腫(こうまくかすいしゅ)などが挙げられます7

第6部:医師への相談と精密検査—不安を安心に変えるために

専門家への相談のタイミングと方法

育児に関する懸念を相談する最も基本的かつ重要な機会は、母子保健法に基づいて定められた定期的な「乳幼児健康診査」です1232。特に1歳6か月児健診と3歳児健診は市町村に実施が義務付けられており、それ以前の月齢でも健診が推奨されています33。厚生労働省は、これらの健診が円滑に行われるよう、実践ガイドも提供しています34
しかし、前述の「表2」に挙げたような注意すべきサインが定期健診の合間に見られた場合は、次の健診を待つことなく、速やかにかかりつけの小児科医に相談することが賢明です。

臨床的な診断プロセス

医師による評価は、通常以下のステップで進められます。

  1. 病歴聴取と身体診察:家族歴(両親の頭囲など)、出生時の状況、これまでの成長記録などを詳しく聴取します。その後、全身の身体診察と神経学的診察を行い、発達のマイルストーンを評価します6
  2. 神経画像検査:診察の結果、さらなる評価が必要と判断された場合、脳の内部を可視化する画像検査が推奨されることがあります。
    • 頭部超音波検査(エコー):大泉門が開いている乳児期早期に用いられる、放射線被曝のない安全な検査です。
    • CTスキャン・MRI検査:より詳細な脳の構造を評価するために用いられます。水頭症やその他の構造的異常の有無を明確に診断することができます29

3歳児健診における頭囲測定の変更とその意味

近年、母子健康手帳の省令様式が改訂され、3歳児健康診査の必須項目から頭囲測定が削除されました35。この変更に不安を感じる保護者もいるかもしれませんが、その背景にある臨床的・公衆衛生的な理由を理解することが重要です36
公式な理由は「測定の根拠に乏しい」というものです35。これを専門的に解説すると、3歳という年齢で、ルーチンの頭囲測定によって初めて発見される重篤な疾患の頻度(診断的有用性)が極めて低い、ということを意味します。頭囲の異常な成長を引き起こすような病態は、そのほとんどが脳の成長が最も著しい0歳から2歳の間に、何らかの明確な兆候として現れます。この政策変更は、限られた医療資源(人員、時間、経費)を、より効果的で診断的有用性の高い項目に集中させるという、データに基づいた公衆衛生上の判断です37。これは決して頭囲測定の重要性を否定するものではなく、最も監視が必要な0歳から2歳までの期間の健診体制が十分に機能しているという信頼に基づいた、スクリーニング戦略の最適化なのです。したがって、この変更によって子供たちの安全が見過ごされるわけではありません。また、保護者が3歳児健診の場で頭囲に関する懸念を抱いている場合、任意で測定を依頼し、医師に相談することは引き続き可能です。

よくある質問

子供の頭の大きさが成長曲線から外れています。すぐに病気を心配すべきですか?
一点の測定値が成長曲線から外れていることだけで、すぐに病気を判断することはできません。最も重要なのは、お子様自身の成長の軌道(カーブ)です。もし、お子様の成長曲線が以前から一貫して特定のパーセンタイルに沿って(例えば、ずっと90パーセンタイルに沿って)成長しているのであれば、それはその子の個性である可能性が高いです。特に、ご両親のどちらかの頭が大きいなど、家族性の特徴がある場合は、その影響も考えられます。ただし、成長曲線が急にパーセンタイル帯を横切って上昇したり下降したりする場合や、発達の遅れなど他の気になるサインがある場合は、速やかに小児科医にご相談ください。
3歳児健診で頭囲を測らないと聞きました。大丈夫なのでしょうか?
はい、現在の国の指針では、3歳児健診の必須項目から頭囲測定は除外されています。これは、頭囲の異常で発見されるような重大な病気のほとんどは、脳の成長が最も活発な2歳頃までに何らかの症状として現れるため、3歳の時点での一律のスクリーニングの医学的有用性が低いと判断されたためです。これは健診の効率化・最適化の一環であり、お子様の安全が見過ごされるわけではありません。もし3歳の時点でお子様の頭の大きさについてご心配なことがあれば、健診の場で医師に申し出て測定・相談することは可能です。
自宅で頭囲を測るときのコツはありますか?
正確に測るためにはいくつかのポイントがあります。まず、伸び縮みしない素材のメジャー(巻尺)を使います。測る位置は、眉のすぐ上と、後頭部の一番出っ張っている部分を結んだ線です。メジャーが耳の上を通るように一周させます。強く締め付けすぎず、かといって緩すぎないように、頭皮にぴったりとフィットさせます。赤ちゃんが動いたり泣いたりしていると正確に測れないため、機嫌の良い時や眠っている時を狙うのがおすすめです。何度か測って、最も大きい数値を記録すると良いでしょう。

結論:継続的な見守りと専門家との連携が育む、子どもの健やかな未来

本稿で詳述してきたように、新生児から3歳までの頭囲の記録は、お子様の脳の健全な発育を見守るための、シンプルかつ強力な指標です。その評価においては、以下の点が核心となります。

  • 軌道の重視:単一の測定値に一喜一憂するのではなく、母子健康手帳の成長曲線に沿った、継続的な成長の軌跡こそが最も重要です。
  • 母子健康手帳の活用:日本の子供たちのための公的データに基づく母子健康手帳は、成長を記録し評価するための最も信頼できる必須のツールです。
  • 文脈の理解:家族の体質や、頭囲以外の発達状況といった全体的な文脈の中で数値を捉えることが、冷静な判断につながります。

保護者の役割は、家庭での診断者になることではありません。むしろ、我が子を誰よりもよく知る「専門的な観察者」として、日々の変化に気づき、記録することです。本稿が提供した知識は、その観察をより意味のあるものにし、医師との対話をより円滑にするためのものです。
大多数の子供たちは、それぞれのペースで健やかに成長しています。この報告書が、保護者の皆様の漠然とした不安を、情報に裏打ちされた「賢明な注意深さ」へと転換し、お子様の輝かしい未来を育むための、医療専門家との強固なパートナーシップを築く一助となることを心から願っています。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  19. マイナビ子育て. 【医師監修】新生児の頭囲はどのくらい? 頭の大きさと関連する病気とは (page 3) [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://kosodate.mynavi.jp/articles/9104?page=3
  20. 厚生労働省. 平成22年 乳幼児身体発育調査報告書 [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/zenntai.pdf
  21. 山口県. 乳幼児健康診査マニュアル 改訂版 [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/157336.pdf
  22. 国立保健医療科学院. 乳幼児身体発育 評価マニュアル [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://www.niph.go.jp/soshiki/07shougai/hatsuiku/katsuyou120420.pdf
  23. mezamashi.media. 母子健康手帳を撮影するだけで、デジタルデータをAIで自動入力保存することが可能になりました! [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://mezamashi.media/articles/-/154127
  24. AHS Japan. 赤ちゃんの身長・体重・頭囲の平均を月齢別に紹介!頭の測り方と病気の関連性も解説 [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://www.ahsjapan.com/lounge/baby-growth-childcare/red-tea-height-weight-head-size-age-introduction/
  25. 小児保健研究. 平成22年乳幼児身体発育調査結果について [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://www.jschild.med-all.net/Contents/private/cx3child/2012/007105/008/0671-0680.pdf
  26. e-Stat. 乳幼児身体発育調査 平成22年度乳幼児身体発育調査 [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?cycle=8&layout=datalist&toukei=00450272&tstat=000001024533&tclass1=000001048106
  27. note. 赤ちゃんの頭の大きさは生後1年でなんと成人の8割に! [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://note.com/baby_helmet/n/n4f20ea8fd9e2
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  35. 厚生労働省. 令和 4(2022)年 8月 22日 参考資料1 [インターネット]. [引用日: 2025年6月22日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000989944.pdf
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