本稿の科学的根拠
この記事は、特定の個人の意見ではなく、日本の公的機関が示す指針や、査読を経て学術雑誌に掲載された科学的研究など、信頼性の高い情報源にのみ基づいて構成されています。主な情報源は以下の通りです。
要点まとめ
- 胎児の成長に不可欠: ビーツは、胎児の神経管閉鎖障害のリスクを低減する「葉酸」と、妊娠中の貧血予防に役立つ「鉄分」を豊富に含みます67。
- 母体の健康をサポート: 豊富なカリウムが「むくみ」を、体内で生成される一酸化窒素(NO)が血管の健康をサポートし、血圧の安定に寄与する可能性があります8。
- 注意すべきは「シュウ酸」: 過去に腎臓結石を患ったことがある方は、シュウ酸の摂取に注意が必要です。加熱調理や、カルシウムと一緒に摂ることでリスクを軽減できます9。
- 硝酸塩は過度に心配不要: 健康な妊婦さんが通常の食事で野菜から摂取する硝酸塩は、母子ともに安全であるというのが専門機関の一致した見解です5。
- 調理法が鍵: 栄養を逃さず、シュウ酸を減らすためには「皮付きのまま丸ごと茹でる・蒸す」調理法が最も推奨されます610。
妊娠中の食生活の基礎:国の食生活指針
特定の食品について考える前に、すべての食事指導の土台となる、妊娠中の食生活の基本原則を理解することが不可欠です。日本において最も信頼できる基準は、こども家庭庁(旧厚生労働省)が策定した「妊産婦のための食生活指針」です1。
基本原則1:バランスの取れた食事(主食・主菜・副菜)
日本の栄養指導の根幹をなすのは、「主食(ごはん、パンなど)」、「主菜(肉、魚、卵、大豆製品など)」、「副菜(野菜、きのこ、海藻など)」をそろえた食事です。この指針では、これらの要素がそろったバランスの良い食事を1日に2回以上摂ることを推奨しています11。ビーツは、ビタミンやミネラル、食物繊維を補給する「副菜」に分類され、日々の食事にビーツのような多様な野菜を取り入れることは、この基本原則に沿った非常に健康的な食習慣と言えます1。
基本原則2:妊娠前から始める体づくり
この指針の中で、専門家が特に重要視し、繰り返し強調しているのが、「妊娠前から、バランスのよい食事をしっかりとりましょう」というメッセージです1。これは単なる努力目標ではなく、科学的根拠に基づいた極めて重要な公衆衛生上のメッセージです。その理由は、赤ちゃんの脳や脊髄といった生命の根幹をなす器官の形成が、多くの女性が妊娠に気づく前の、妊娠ごく初期の段階で起こるためです。例えば、赤ちゃんの脳と脊髄の原型となる神経管は、受胎後およそ28日(妊娠7週未満)という非常に早い段階で閉鎖します11。この神経管が正常に形成されるためには「葉酸」が不可欠であり、この時期に葉酸が不足すると、神経管閉鎖障害(二分脊椎など)の発症リスクが高まることが科学的に証明されています12。したがって、妊娠が判明してから食生活を改善するのでは、この最も重要な時期を逃してしまう可能性があるのです。この観点から、「妊婦はビーツを食べても良いか」という問いは、より広く「健康な妊娠をサポートするための生涯にわたる食生活の中に、ビーツをどう位置づけるか」という視点で捉えることが、より本質的で専門的なアプローチとなります。
指針が重視する主要栄養素
- 葉酸: 神経管閉鎖障害のリスク低減のため、緑黄色野菜などから積極的に摂取することが強く推奨されています1。
- 鉄分: 妊娠中の貧血予防に不可欠です。ビタミンCを多く含む食品と一緒に摂ることで、体内への吸収率が高まります1。
- カルシウム: 胎児の骨や歯の形成に必要です。乳製品、小魚、緑黄色野菜などからの摂取が勧められています11。
- たんぱく質: 胎児の体をつくるための主材料であり、妊娠中期・後期には通常時よりも多くの摂取が必要とされています1。
また、同指針では、リステリア菌(加熱殺菌していないナチュラルチーズ、生ハム、パテなど)、特定の魚介類に含まれる水銀、そしてアルコールやたばこの摂取についても具体的な注意喚起がなされています13。これらの基本を理解した上で、ビーツが持つ具体的なメリットと注意点について詳しく見ていきましょう。
「奇跡の野菜」の栄養価:ビーツの力
ビーツは、その鮮やかな色と栄養価の高さから「食べる輸血」や「奇跡の野菜」という異名を持ちます8。その力の源となる主要な栄養素と、それらが持つ科学的な役割を解説します。
- 葉酸 ($C_{19}H_{19}N_7O_6$): ビーツを代表するスター栄養素です。DNAの合成、正常な細胞分裂、そして赤血球の形成に不可欠であり、特に妊娠初期における胎児の神経管閉鎖障害のリスクを低減する上で極めて重要な役割を担います612。
- 鉄 (Fe): 血液中で全身に酸素を運ぶヘモグロビンの主成分です。ビーツは、妊娠中に需要が増大する鉄分を植物性の形で供給し、鉄欠乏性貧血の予防に貢献します14。
- カリウム (K): 体内の過剰なナトリウム(塩分)の排出を促し、細胞内外の水分バランスと血圧を正常に保つ必須ミネラルです。むくみ(浮腫)が起こりやすい妊娠後期には特に重要な栄養素です8。
- 食物繊維: 水溶性食物繊維と不溶性食物繊維の両方をバランス良く含んでいます。これらは腸の動きを活発にし、善玉菌のエサとなることで腸内環境を整え、妊娠中に多くの女性が悩まされる便秘の予防・改善に貢献します15。
- ベタシアニン (Betacyanin): ビーツの深い赤紫色を生み出す色素成分です。ポリフェノールの一種であり、強力な抗酸化作用を持つことが知られています。体内の細胞を酸化ストレスから守る働きが期待されます6。
- 硝酸塩 ($NO_3^-$): 近年、その機能性で大きな注目を集めている成分です。摂取すると体内で唾液中の細菌などによって一酸化窒素(Nitric Oxide: NO)に変換されます7。このNOは血管の健康維持に決定的な役割を果たし、その心血管系における作用の発見は1998年のノーベル生理学・医学賞の対象となるほど画期的なものでした8。
- その他ビタミン・ミネラル: 上記以外にも、鉄の吸収を助けるビタミンC、エネルギー代謝に関わるビタミンB群、骨の健康に必要なマグネシウムやマンガンなどもバランス良く含んでいます14。
妊婦さんのためのビーツがもたらす10の健康メリット
これらの豊富な栄養素が、妊娠期間中の母体に具体的にどのようなメリットをもたらすのか、科学的根拠と共に10の重要なポイントにまとめて解説します。
- 胎児の神経管閉鎖障害リスクを低減する葉酸
妊娠初期の胎児の脳と脊髄の発育に不可欠な葉酸を豊富に含みます。前述の通り、この栄養素は妊娠に気づく前から必要とされるため、妊娠を計画している女性にとってビーツは理想的な食材の一つです6。 - 妊娠中の貧血予防を自然にサポート
妊娠中は胎児に栄養を送るために血液量が増加し、血液が薄まるため、鉄欠乏性貧血になりやすくなります。ビーツは、赤血球の材料となる鉄分と、赤血球の正常な形成を助ける葉酸(別名「造血のビタミン」)の両方を含んでおり、貧血予防に対して二重のサポートを提供します7。 - 血圧の調整と「むくみ」の緩和
豊富なカリウムが、食事で摂りすぎたナトリウム(塩分)の体外への排出を促します。これにより、妊娠後期に多く見られるつらい「むくみ(浮腫)」や、それに伴う血圧の上昇を穏やかにする効果が期待できます8。さらに、後述する一酸化窒素(NO)の血管拡張作用も、血圧の安定に複合的に寄与します16。 - 一酸化窒素(NO)による心血管系の健康維持
ビーツに含まれる硝酸塩から体内で生成されるNOは、血管の筋肉をリラックスさせて拡張させ、血流を改善する働きがあります。これにより、母体の心臓への負担が軽減されるだけでなく、胎盤を通して胎児へ酸素や栄養素を届ける血流がスムーズになる可能性が、複数の臨床研究で示唆されています73。 - 強力な抗酸化作用による細胞保護
ビーツの鮮やかな赤色色素であるベタシアニンは、強力な抗酸化物質です。妊娠中は身体的なストレスも増えがちですが、このような抗酸化物質が体内の過剰な活性酸素による細胞のダメージ(酸化ストレス)を防ぎ、母体の健康維持に貢献します6。 - 便秘の緩和と腸内環境の改善
妊娠中は、ホルモンバランスの変化や、大きくなる子宮による腸の圧迫で便秘になりがちです。ビーツに含まれる豊富な食物繊維と、天然のオリゴ糖であるラフィノースなどが、腸の蠕動(ぜんどう)運動を活発にし、スムーズな便通を促してくれます8。 - 免疫機能のサポート
感染症への抵抗力が重要になる妊娠期間中、ビーツに含まれるビタミンCをはじめとする多様なファイトケミカル(植物栄養素)が、免疫システムの正常な働きをサポートします14。 - 肝機能のサポートとデトックス
ビーツに含まれるアミノ酸の一種「ベタイン」は、肝臓の機能をサポートし、体内の解毒プロセスを助ける働きがあると言われています。身体の代謝機能全般を支える一助となります14。 - 気分の安定を助ける可能性
ビーツには、精神を安定させる神経伝伝達物質「セロトニン」の材料となるアミノ酸「トリプトファン」が含まれています14。直接的な治療効果を期待するものではありませんが、バランスの取れた食事の一部として、気分の浮き沈みがちな妊娠期間中の心の健康を支える一助となる可能性があります。 - 持久力向上と疲労感の軽減
一酸化窒素(NO)による酸素利用効率の向上は、アスリートの運動能力を高める効果で知られていますが、この作用は、日常生活において妊婦さんが感じやすい疲労感やだるさを軽減し、活動の持久力をサポートする可能性も示唆されています14。
バランスの取れた視点:潜在的リスクの理解と軽減策
JHO編集委員会は、専門家として、メリットだけでなく潜在的なリスクについても正確な情報を提供し、安全な摂取方法を指導することが重要であると考えています。ビーツを食べる上で知っておくべき点を解説します。
懸念点1:シュウ酸と腎臓結石
リスクの性質: ビーツは、ほうれん草やナッツ類、たけのこなどと同様に、天然由来の「シュウ酸」という成分を含みます。シュウ酸は体内でカルシウムと結合しやすく、これが過剰になるとシュウ酸カルシウム結石という、腎臓結石の最も一般的なタイプの原因となることがあります9。
対象者: このリスクは、全ての人に当てはまるわけではありません。主に、過去に腎臓結石(特にシュウ酸カルシウム結石)を患ったことがある方や、その家族歴があるなど、もともと結石ができやすい体質の方に限定されます17。健康な方が通常の食事の範囲で摂取する場合、シュウ酸について過度に心配する必要はありません。
リスク軽減策:
- 適量を守る: 毎日大量に食べるような極端な摂取は避け、バランスの取れた食事の一環として楽しみましょう。
- 加熱調理: シュウ酸は水溶性の性質を持っているため、茹でる、蒸すといった加熱調理によって、含有量を大幅に減らすことができます7。茹でた場合は、茹で汁は使わないようにするのがポイントです。
- カルシウムとの組み合わせ: ヨーグルトやチーズ、牛乳、小魚、豆腐などカルシウムが豊富な食品と一緒に摂ることをお勧めします。シュウ酸が消化管内でカルシウムと結合し、便として排出されるため、体内への吸収が抑制されます9。
懸念点2:硝酸塩とメトヘモグロビン血症
リスクの正しい理解: 「硝酸塩は危険」という断片的な情報を耳にしたことがあるかもしれませんが、そのリスクが誰にとってのものなのかを正確に理解することが極めて重要です。
真のリスク対象は乳児: 硝酸塩の摂取によって引き起こされる「メトヘモグロビン血症(通称:ブルーベビー症候群)」は、主に生後3~6ヶ月未満の乳児に特有のリスクです18。これは、乳児の消化管内は胃酸の分泌が未熟でpHが高く、硝酸塩を毒性の高い亜硝酸塩に還元する細菌が繁殖しやすいこと、そして乳児のヘモグロビン(Fヘモグロビン)が亜硝酸塩の影響を非常に受けやすい構造であること、という二つの要因が重なるために起こります19。このため、世界保健機関(WHO)が定める硝酸塩の一日摂取許容量(ADI)も、この感受性の高い乳児には適用されないと明確にされています20。
妊婦さんへの影響: したがって、このメトヘモグロビン血症のリスクは、妊婦さん自身が野菜から硝酸塩を摂取することとは直接関係ありません。母親が摂取した野菜由来の硝酸塩が、胎盤を通過して胎児に影響を及ぼすという科学的根拠は確立されていません。日本の食品安全委員会や農林水産省も、野菜は硝酸塩の主要な摂取源であるものの、健康な成人が通常の食生活の範囲で摂取する分には、健康に悪影響を及ぼすことはないとの公式見解を示しています521。
無害な副次的影響
- ビートゥリア(尿や便の変色): ビーツを食べた後、尿や便がピンク色や赤色になることがあります。これは「ビートゥリア」と呼ばれる現象で、色素成分であるベタシアニンが消化・吸収されずに体外に排出されているだけです。血尿などの病的なものではなく、完全に無害ですので驚かないでください8。
- 消化器症状: 普段、食物繊維の摂取が少ない方が急にたくさん食べると、豊富な食物繊維の影響で一時的にお腹が張ったり、便が緩くなったりすることがあります。これも、少量から始めて徐々に慣らしていくことや、適量を守ることで防げます8。
科学的根拠の詳細:妊婦を対象とした臨床研究
ビーツの健康効果は単なる理論上の可能性ではなく、実際に世界中の研究機関で妊婦を対象とした臨床研究が進められています。ここでは、その科学的証拠の最前線を紹介します。
研究焦点1:妊娠中の貧血
インドネシアなどで実施された複数の臨床研究(準実験的研究)では、貧血状態にある妊婦にビーツジュースを鉄剤と併用、あるいは単独で摂取させた結果、血液中のヘモグロビン(Hb)値が統計的に有意に上昇したことが報告されています22。2023年に発表されたある文献レビューでは、妊娠中の貧血に対するビーツの有効性を示唆する10件もの研究が特定されました23。これは、ビーツが単に鉄分を含むだけでなく、赤血球の形成に必要な葉酸や、鉄の吸収を助けるビタミンCを同時に含んでいることによる相乗効果であると考察されています24。
研究焦点2:妊娠高血圧症候群
妊娠高血圧に関する研究はより複雑で、現在も活発に続けられています。
- 安全性と受容性: 複数の試験から、管理された量のビーツジュースの摂取は妊婦にとって安全であり、ある研究では参加者の97%が「受容可能」と回答するなど、非常に受け入れやすい介入方法であることが確認されています3。
- 血圧への効果: 英国マンチェスター大学の研究チームによるフィージビリティ試験(Ormesher et al., 2018)では、妊娠高血圧の女性を対象に、ビーツジュースを飲むグループとプラセボ(偽薬)を飲むグループに分けて比較しました。全体として両グループ間で血圧に統計的な有意差は見られませんでしたが、重要な発見がありました。ビーツジュースを飲んだグループ内では、血中の亜硝酸塩濃度の上昇(=硝酸塩が体内で有効に作用した証拠)と、拡張期血圧(下の血圧)の低下との間に強い相関関係が見られたのです。これは、硝酸塩に体がよく応答する「レスポンダー」においては、血圧降下作用が期待できることを示唆しています3。
- 硝酸塩以外の成分の可能性: 近年の研究は、ビーツの健康効果が硝酸塩だけに由来するものではない可能性を明らかにしています。マンチェスター大学とスウェーデンのカロリンスカ研究所による画期的な動物(マウス)実験(Tropea et al., 2020)では、驚くべきことに、硝酸塩を豊富に含むビーツジュースだけでなく、**特殊な処理で硝酸塩を除去したビーツジュース(プラセボとして使用)**でさえも、血圧を下げ、血管の機能を改善する効果があることが発見されました4。この発見は、ビーツに含まれる硝酸塩以外の成分、例えば抗酸化物質であるベタライン類(ベタシアニンなど)が、それ自体で生物学的に活性であり、心血管系の健康に直接寄与している可能性を強く示唆しています。これは、ビーツを特定の成分のサプリメントとしてではなく、「ホールフード(丸ごとの食品)」として摂取することの重要性を科学的に裏付けるものです。ビーツの持つ力は、現在解明されている成分の総和以上のものである可能性があり、英国のBEET-BP試験25やスウェーデンのカロリンスカ研究所での試験26など、世界中でその全容解明に向けた更なる研究が続けられています。
研究/主著者 (年) | 国/研究機関 | 対象者 | 介入方法 | 主な結果 |
---|---|---|---|---|
Ormesher et al. (2018)3 | 英国/マンチェスター大学 | 高血圧の妊婦40名 | 70mLのビーツジュースを8日間毎日摂取 | 介入の受容性は高かった。全体の血圧低下は見られなかったが、血中亜硝酸塩濃度の上昇と血圧低下に相関が見られた。 |
Volino-Souza et al. (2018)27 | ブラジル/リオデジャネイロ連邦大学 | 健康な妊婦12名 | 140mLのビーツジュースを単回摂取 | 血管内皮機能(FMD、血管のしなやかさの指標)の改善が確認された。 |
Khairiah & Butar-Butar (2023)28 | インドネシア/STIKes Abdi Nusantara | 貧血の妊娠後期女性30名 | ビーツジュースを週4回、14日間摂取 | ヘモグロビン値が平均6.33 g/dLから11.20 g/dLへと有意に増加した。 |
Triana et al. (2020)29 | インドネシア/Poltekkes Kemenkes Semarang | 貧血の妊婦30名 | 8gのビーツ粉末と鉄剤を14日間摂取 | 鉄剤単独群と比較して、ヘモグロビン、ヘマトクリット、赤血球数の有意な増加が確認された。 |
実践ガイド:妊娠中の食事にビーツを取り入れる方法
これまでの科学的情報を基に、妊婦さんが安全かつ効果的にビーツを食生活に取り入れるための具体的な方法を提案します。
推奨される摂取量と頻度
特定の食品に偏らず、様々な野菜をバランス良く摂るという大原則に基づき、「中サイズ(直径7-8cm、約100g~150g)のビーツを週に数回」程度を目安にするのが現実的で良いでしょう。これは、ビーツのメリットを十分に享受しつつ、シュウ酸などの潜在的リスクを回避できる安全な量と考えられます。
選び方と保存方法
新鮮なビーツを選ぶポイントは、皮に傷やシワがなく、表面が硬く締まっていて、きれいな丸い形をしているものです30。葉が付いている場合は、葉がみずみずしいものを選びましょう。購入後は、葉と根を切り分けて保存すると長持ちします。葉はすぐに使い、根の部分は新聞紙で包んでからポリ袋に入れ、冷蔵庫の野菜室で保存すると2週間程度は鮮度を保てます31。
妊娠中に最適な調理法
- シュウ酸を減らすために: 最も効果的なのは「茹でる」か「蒸す」ことです。シュウ酸は水に溶け出す性質があるため、茹でる場合は茹で汁を料理に使わないようにしましょう7。
- 栄養を逃さないために: 葉酸などの水溶性ビタミンや、抗酸化作用のある色素の流出を最小限に抑えるため、「皮付きのまま丸ごと」加熱するのが最もおすすめです6。加熱後に冷水に取ると、手でつるんと簡単に皮をむくことができます。
- 生で食べる場合: シュウ酸の量が最も多くなるため、摂取は少量に留めましょう。薄くスライスしてサラダに彩りとして加える程度が適切です。
妊婦さん向け簡単レシピ案
- シンプル・ローストビーツ: 皮付きのままよく洗い、アルミホイルで包んで180℃~200℃のオーブンで40~60分焼くだけ。ビーツ本来の濃厚な甘みが引き立ち、そのまま食べても、サラダのトッピングにしても美味しいです。
- 妊娠パワー・スムージー: 加熱して冷ましたビーツ、ほうれん草(葉酸)、冷凍ベリー類(ビタミンC)、無糖ヨーグルト(カルシウム・タンパク質)をミキサーにかける。鉄分の吸収も助ける栄養満点のスムージーです。
- 具沢山ボルシチ風スープ: ビーツを牛肉や鶏肉、レンズ豆(鉄分・食物繊維)、キャベツ、人参、玉ねぎなど、たくさんの野菜と一緒に煮込みます。身体が温まり、一皿で様々な栄養が摂れる満足感の高い一品です。
健康に関する注意事項
ビーツは非常に栄養価の高い食品ですが、妊娠中に摂取する際には以下の点にご留意ください。
- 腎臓結石の既往歴: 過去にシュウ酸カルシウム結石と診断されたことがある方、またはそのリスクが高いと医師から指摘されている方は、ビーツの摂取を控えるか、事前にかかりつけ医に相談してください9。
- 適量を守る: どのような健康によい食品も、食べ過ぎはバランスを崩す原因になります。ビーツだけに偏ることなく、多様な食品を組み合わせた食事を心がけてください。
- アレルギー: 非常に稀ですが、ビーツに対してアレルギー反応を示す可能性もゼロではありません。初めて食べる際は少量から試し、体調に変化がないか確認してください。
- サプリメントについて: ビーツの濃縮パウダーやサプリメントを利用する場合は、過剰摂取になりやすいため特に注意が必要です。製品に記載されている摂取量を厳守し、不明な点があれば医師や薬剤師、管理栄養士に相談することをお勧めします。
よくある質問
妊婦はビーツを生で食べても安全ですか?
ビーツを食べたら尿や便が赤くなりました。大丈夫でしょうか?
ビーツは貧血に本当に効果がありますか?
ビーツに含まれる硝酸塩は赤ちゃんに危険ではないですか?
結論:管理栄養士からの最終的な推奨事項
JHO編集委員会の総合的な評価として、ビーツは、適量を守り、バランスの取れた食事の一部として賢く摂取するならば、妊娠期間中の母子の健康にとって非常に価値のある栄養豊富な食品です。その豊富な葉酸、鉄分、そして多様なビタミン・ミネラルは、胎児の健やかな発育と母体の健康維持の両方に貢献します。
その恩恵を安全かつ最大限に活用するためには、以下の3つの点を心に留めてください。
- 調理法を工夫する: シュウ酸が気になる場合は、生食よりも加熱調理(茹でる・蒸す)を優先しましょう。
- 多様性を保つ: ビーツの力は素晴らしいものですが、それに偏らず、虹のように色とりどりの様々な野菜や食品を食事に取り入れることが、最適な栄養バランスへの鍵です。
- 個人の健康状態を考慮する: 特に腎臓結石の既往歴がある方は、摂取に慎重になる必要があります。
最後に、最も重要なこととして、妊娠中の食事に関する大幅な変更や、特定の食品に関する個人的な懸念がある場合は、決して自己判断せず、必ずかかりつけの産婦人科医、助産師、または管理栄養士に相談してください。専門家は、あなたの個別の健康状態やライフスタイル、そして不安な気持ちに寄り添い、パーソナライズされた最も安全で確実なアドバイスを提供することができます。本レポートが、あなたの健やかで幸せなマタニティライフの一助となることを心より願っています。
本記事は情報提供を目的としたものであり、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
参考文献
- こども家庭庁. 妊産婦のための食生活指針 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/a29a9bee-4d29-482d-a63b-5f9cb8ea0aa2/a962bb7e/20230401_policies_boshihoken_shokuji_06.pdf
- こども家庭庁. 妊娠中と産後の食事について [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.cfa.go.jp/policies/boshihoken/shokuji
- Ormesher L, Myers JE, Chmiel C, Wareing M, Greenwood SL, Tropea T, et al. Effects of dietary nitrate supplementation, from beetroot juice, on blood pressure in hypertensive pregnant women: a randomised, double-blind, placebo-controlled feasibility trial. Nitric Oxide. 2018 Oct 1;80:37-44. doi: 10.1016/j.niox.2018.08.005. PMID: 30099096.
- Tropea T, Kaitu’u-Lino T, Mellett A, Lappas M, Nhe-Kol V, Pouniotis D, et al. Nitrate-independent effects of beetroot juice on blood pressure, vascular function and uterine artery hemodynamics in pregnant mice. Redox Biol. 2020 Jul;34:101538. doi: 10.1016/j.redox.2020.101538. PMID: 32368787.
- 食品安全委員会. 葉物野菜中の硝酸塩について [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.fsc.go.jp/sonota/sonota_qa/yasai_shousanen.pdf
- プレミアビューティ. 妊娠中にうれしい栄養素満載!野菜「ビーツ」を味方につける… [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.premier-beauty.co.jp/today/maternity_life/10231
- Health2Sync. ビーツの栄養にはどんな効能があるの?~効果的な食べ方から食べ過ぎの注意点も紹介 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://health2sync.com/ja/blog/beets-nutrition/
- Precious.jp. 食べる輸血!?スーパーフード「ビーツ」の注目成分NO(一酸化… [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://precious.jp/articles/-/3423
- Sakra World Hospital. 腎臓結石の家庭療法:自然な緩和と予防のヒント [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.sakraworldhospital.com/ja/blogs/home-remedies-for-kidney-stones/379
- BETTE. ビーツのすべて|栄養・選び方・保存・調理・食文化まで徹底解説 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://bette-kobe.com/blogs/aboutbeet/what-is-beetroot-benefits-how-to-eat
- 熊谷市. 妊産婦のための食事バランスガイド [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.city.kumagaya.lg.jp/kenkouhukushi/kenkohoken/prekonception.files/ninnsannpu.pdf
- ステムセル研究所. 葉酸とは?妊婦さんに必要な理由と摂取量の目安量。 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://stemcell.co.jp/column/%E8%91%89%E9%85%B8%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E5%A6%8A%E5%A9%A6%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AB%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%AA%E7%90%86%E7%94%B1%E3%81%A8%E6%91%82%E5%8F%96%E9%87%8F%E3%81%AE%E7%9B%AE%E5%AE%89/
- 川崎市麻生区. 妊娠中の食事 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.city.kawasaki.jp/asao/cmsfiles/contents/0000113/113498/matanityshokuji.pdf
- ゆいクリニック. [院長コラム] ビーツのすすめ [インターネット]. 2021年. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.yuiclinic.com/information/10631/
- マイナビ子育て. ビーツの食べ過ぎの注意点|栄養の効果とリスクを解説【管理栄養士監修】 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://kosodate.mynavi.jp/articles/20407?page=2
- Healthline. Beet Juice: 11 Health Benefits, Blood Pressure, Cholesterol [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.healthline.com/health/food-nutrition/beetroot-juice-benefits
- オールアバウト. 糖尿病なのに腎臓結石!何を食べたらいい?(2ページ目) [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://allabout.co.jp/gm/gc/300527/2/
- 東京都健康安全研究センター. 野菜類等の硝酸根,亜硝酸根含有量調査 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/files/archive/issue/kenkyunenpo/nenpo58/01-30.pdf
- Confit. 第46回日本集中治療医学会学術集会/乳児メトヘモグロビン血症の一例 [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://confit.atlas.jp/guide/event/jsicm2019/subject/O55-3/detail?lang=en
- 食品安全委員会. 本来的に食品に含まれる硝酸塩(概要) [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/f04_nitrate.pdf
- 農林水産省. 野菜中の硝酸塩に関する情報について [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/joho/0507_joho01.html
- Lubis R, Ginting R, Chahaya I. Beetroot (Beta Vulgaris L) Juice on Hemoglobin Levels in Pregnancy. Health and Technology Journal (HTechJ). 2022;2(1):37-41.
- Susiloningtyas I, Yudani T, Andarmoyo S. BEETROOT (Beta vulgaris L.) AND ITS POTENTIAL AS AN ANEMIA TREATMENT IN PREGNANCY. Jurnal Farmasi Dan Ilmu Kefarmasian Indonesia. 2023;10(2):161-167.
- Sari P, Wulandari A, Julia M. Combination of Beetroot Juice, Honey and Green Apple on Hemoglobin Levels in Anemia Pregnant Women at Payung Sekaki Health Center, Pekanbaru. Jurnal Kesehatan Komunitas. 2024;10(2):294-300.
- NHS Health Research Authority. The BEET-BP Trial [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.hra.nhs.uk/planning-and-improving-research/application-summaries/research-summaries/the-beet-bp-trial/
- CenterWatch. Effects of Nitrate-rich Beetroot Juice in Pregnant Women With High Blood Pressure [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.centerwatch.com/clinical-trials/listings/NCT05241327/effects-of-nitrate-rich-beetroot-juice-in-pregnant-women-with-high-blood-pressure?id=890&slug=preeclampsia
- Volino-Souza M, Oliveira G, Alvares TS, Conte-Junior C, D’Almeida V, Toscano LT, et al. A single dose of beetroot juice improves endothelial function but not tissue oxygenation in pregnant women: a randomised clinical trial. Br J Nutr. 2018 Nov;120(10):1139-1147. doi: 10.1017/S000711451800262X. PMID: 30229712.
- Khairiah, Butar-Butar J. The Effectiveness Of Giving Beet Juice On Hb Levels In Third Trimester Pregnant Women At Budhi Asih Hospital In 2022. International Journal of Health and Pharmaceutical (IJHP). 2023;3(2):332-337.
- Triana A, Dieny FF, Tsani AFA. Effect of Beet Powder (Beta Vulgaris L) with Fe Supplementation on Increasing Hemoglobin, Hematocrit, and Erythrocyte Levels in Pregnant Women with Anemia. STRADA: Jurnal Ilmiah Kesehatan. 2020;9(1):153-160.
- カゴメ株式会社. [ビーツ]栄養や選び方、保存、下ごしらえ、食べ方などまとめ [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.kagome.co.jp/vegeday/yasai/beets/
- 塩水港精糖株式会社. REDBEET 奇跡の野菜ビーツ [インターネット]. [引用日: 2025-06-22]. Available from: https://www.ensuiko.co.jp/product/redbeet/