【産婦人科医監修】妊娠中の足の痛み・むくみ・こむら返り｜原因別の見分け方と危険なサイン

【すぐわかる】妊娠中の足の痛み・症状別チェックリスト（原因・対処法 早見表）

妊娠中の足のトラブルは、原因によって対処法や緊急性が大きく異なります。多くの妊婦さんが最初に知りたいのは「この症状は何で、どうすればいいのか」という点です。以下の表は、ご自身の症状を素早く確認し、適切な初期対応を判断するためのガイドです。

なぜ？妊娠中に足が痛くなる４つの主な原因

妊娠中に足のトラブルが増えるのは、決して偶然ではありません。主に以下の4つの大きな要因が複雑に絡み合って発生します。

1. 水分の増加と血流の変化： 妊娠中は体内の血液量と水分量が増加します。さらに、大きくなった子宮が骨盤内の太い静脈を圧迫し、足から心臓への血流を滞らせます。これが「むくみ」や「静脈瘤」の直接的な原因となります⁷。
2. ミネラルバランスの乱れと筋肉疲労： 赤ちゃんの成長のために、母体からはカルシウムやマグネシウムなどのミネラルが優先的に使われます。これらのミネラルは筋肉の正常な収縮に不可欠であり、不足すると「こむら返り」が起こりやすくなります。また、増えた体重を支えるため、足の筋肉には常に負担がかかっています⁹。
3. ホルモンと姿勢の変化： 妊娠中に分泌される「リラキシン」というホルモンは、出産に備えて骨盤の靭帯を緩めます。これにより骨盤が不安定になり、体の重心が前に移動することで姿勢が変化します。この変化が腰やお尻の筋肉に負担をかけ、「坐骨神経痛」を引き起こすことがあります¹¹。
4. 血液が固まりやすくなる変化： 妊娠中は、出産時の出血に備えて血液が固まりやすい状態になっています。これは生理的な変化ですが、まれに足の深い部分の静脈に血の塊（血栓）ができてしまう「深部静脈血栓症（DVT）」の原因となることがあります¹³。

症状①：足のむくみ（浮腫）- 生理的なものと危険なサインの見分け方

ほとんどは心配ない「生理的なむくみ」の原因

妊娠中のむくみは、多くの妊婦さんが経験する非常に一般的な症状です。その主な原因は、妊娠による生理的な体の変化にあります¹⁴。

• 血液・体液量の増加： 赤ちゃんに栄養を届け、出産時の出血に備えるため、体内の血液量は妊娠していない時と比べて約1.5倍に増加します。これにより、血管内の水分量も全体的に増えます⁸。
• 子宮による圧迫： 妊娠中期以降、子宮が大きくなるにつれて、足から心臓へ血液を戻す骨盤内の太い静脈（下大静脈）が圧迫されます。これにより、下半身の血流が滞り、水分が血管から漏れ出して組織にたまり、むくみとなります⁷。
• ホルモンの影響： 妊娠中に増加するプロゲステロンなどの女性ホルモンには、体に水分を溜め込む作用があります⁸。

これらの要因が重なることで、特に重力の影響を受けやすい足首や足の甲にむくみが生じやすくなります。

なぜ妊婦健診で毎回「むくみ」をチェックするの？

妊婦健診のたびに「むくみはありますか？」と聞かれたり、すねを押されたりすることに疑問を感じる方もいるかもしれません。特に、最近では「むくみだけでは病気とは診断されない」と聞いたことがある方はなおさらでしょう。この背景には、医学的な診断基準の変遷があります。
かつて、妊娠中の高血圧、蛋白尿、浮腫は「妊娠中毒症」という一つの病気として扱われていました。しかし、その後の研究で、高血圧を伴わない「むくみ」だけでは、母体や赤ちゃんへの直接的なリスクは低いことがわかってきました¹⁵。そのため、2005年に診断名が「妊娠高血圧症候群」へと変更され、診断基準も高血圧が中心となり、「浮腫」は必須項目から外されました¹⁶。
では、なぜ今でも健診でチェックされるのでしょうか。それは、「急激で、全身に広がるむくみ」が、妊娠高血圧症候群の初期サインである可能性を否定できないからです¹。厚生労働省が定める標準的な妊婦健診の項目にも「浮腫」の確認は含まれており¹⁸、医師や助産師は、単なる生理的なむくみなのか、あるいは注意すべき病気の兆候なのかを総合的に判断するために、毎回確認しているのです。

【要注意】病気のサインとなる「危険なむくみ」

ほとんどのむくみは心配いりませんが、以下のような特徴を持つむくみは、速やかな医療機関への相談が必要です。

• 妊娠高血圧症候群（Preeclampsia）：
  症状： 足だけでなく、顔（まぶたが腫れぼったい）、手（指輪がきつい）、そして足の急激なむくみが特徴です。これらに加えて、「経験したことのないようなひどい頭痛」「目の前がチカチカする、物が見えにくい」「ろれつが回りにくい」「みぞおちの痛みや吐き気」といった症状が一つでもあれば、すぐに医療機関に連絡してください¹。
• 深部静脈血栓症（Deep Vein Thrombosis – DVT）：
  症状： 最も重要なサインは「片足だけのむくみ」です。左右で明らかに太さが異なり、むくんでいる方の足に「痛み」「皮膚の赤み」「熱っぽさ」を伴うことが多いです。特に妊娠中は左足に起こりやすいとされています²⁰。これは血栓が静脈を塞いでいる状態で、血栓が肺に飛ぶと命に関わる「肺血栓塞栓症」を引き起こすため、救急疾患と認識し、直ちに受診が必要です²。
• 周産期心筋症（Peripartum Cardiomyopathy）：
  症状： 非常にまれな病気ですが、足のむくみに加えて「息切れ」「激しい動悸」「横になると呼吸が苦しい」などの心臓の機能低下を示す症状が現れることがあります。これらの症状がある場合も、すぐに医師に相談してください²²。

症状②：夜中に突然襲う「こむら返り」

こむら返りの原因：ミネラル不足だけではない？

「こむら返り」は、ふくらはぎの筋肉（腓腹筋）が突然、強く収縮して激しい痛みを引き起こす現象です。特に妊娠中期から後期にかけて、夜間や明け方に起こりやすいとされています⁹。その原因は一つではなく、複数の要因が関わっていると考えられています。

• 筋肉疲労と血行不良： 増えた体重を支えることで、ふくらはぎの筋肉は常に疲労しています。また、大きくなった子宮が血管を圧迫し、足の血行が悪くなることで、筋肉に疲労物質が溜まりやすくなります⁹。
• ミネラルバランスの乱れ： 筋肉の正常な収縮と弛緩には、カルシウム、マグネシウム、カリウムといったミネラルが重要な役割を果たします。妊娠中は、お腹の赤ちゃんにこれらの栄養素が優先的に送られるため、母体はミネラル不足に陥りやすく、筋肉の異常な興奮（けいれん）が起こりやすくなります¹⁰。
• 水分不足（脱水）： 就寝中は汗をかくにもかかわらず水分補給ができないため、体は軽度の脱水状態になりがちです。水分が不足すると血液の電解質バランスが崩れ、筋肉のけいれんを誘発します²⁴。

科学的根拠から見る、こむら返りへの対策

つらいこむら返りに対しては、様々な対策が言われていますが、科学的な視点からその有効性を理解することが大切です。

• 確実な応急処置： こむら返りが起きた時に最も有効なのは、けいれんしている筋肉をゆっくりと伸ばすことです。慌てずに、膝を伸ばしたまま座り、つった方の足のつま先をゆっくりと体の方へ引き寄せます。手が届きにくい場合は、タオルを足裏に引っ掛けて行うと良いでしょう²⁵。急激に強く伸ばすと肉離れの原因になるため、あくまで「ゆっくり、じわーっと」伸ばすのがポイントです。
• サプリメントの真実： 「こむら返りにはカルシウムやマグネシウム」という情報は広く知られています¹⁰。これらのミネラルが妊娠中に重要であることは間違いありません。しかし、こむら返りの「予防」を目的としたサプリメント摂取の効果については、世界中の研究論文をまとめたコクラン・レビューによると、「効果があるという質の高い科学的根拠は現時点では不十分」とされています²⁸。まずはバランスの取れた食事からミネラルを摂取することを基本とし、サプリメントの使用を考える場合は、必ずかかりつけの医師に相談してください。
• 医師に相談できる漢方薬「芍薬甘草湯」： 頻繁にこむら返りを繰り返す、痛みが非常に強いなど、症状がつらい場合には、産婦人科で漢方薬の「芍薬甘草湯（しゃくやくかんぞうとう）」が処方されることがあります。この漢方薬は、筋肉の急激なけいれんを和らげる作用があり、速効性が期待できるとされています²³。妊娠中でも安全に使用できるとされていますが、これも医薬品ですので、自己判断で服用せず、必ず医師の診察と処方を受けてください³¹。

こむら返りと思ったら？DVTとの見分け方

こむら返りの痛みは非常に強いですが、通常は数分で治まります。しかし、まれに深部静脈血栓症（DVT）の初期症状が、こむら返りのような痛みとして現れることがあります²⁰。この二つを見分けることは非常に重要です。

もし、ふくらはぎの痛みがなかなか治まらず、片足だけが腫れてきた場合は、こむら返りではない可能性を考え、すぐに医療機関に連絡してください。

症状③：足の血管が浮き出る「下肢静脈瘤」

妊娠中に静脈瘤ができやすい理由

下肢静脈瘤は、足の静脈がこぶのように膨らみ、皮膚の表面に浮き出て見える状態です。見た目の変化だけでなく、足の重だるさ、痛み、むくみ、こむら返りの原因にもなります³³。妊娠中に特にできやすいのは、以下の3つの理由が重なるためです。

• ホルモンの影響： 妊娠中に増加する黄体ホルモン（プロゲステロン）には、血管の壁を柔らかくし、拡張させる作用があります。これにより、血液の逆流を防ぐ静脈の「弁」がうまく機能しなくなり、血液が足にたまりやすくなります⁵。
• 血液量の増加： 妊娠中は体内の血液量が増えるため、静脈にかかる圧力そのものが増大します⁵。
• 子宮による圧迫： 大きくなった子宮が骨盤内の静脈を物理的に圧迫し、足からの血液の流れを妨げます³³。

これらの静脈瘤は、足だけでなく、外陰部や、痔（肛門周囲の静脈瘤）として現れることもあります⁵。

静脈瘤のセルフケアと悪化させないポイント

妊娠中にできた静脈瘤の多くは、出産後に自然と軽快するため、妊娠中の積極的な治療は通常行われません⁵。しかし、症状を和らげ、悪化を防ぐためのセルフケアは非常に重要です。これらのケアは、むくみやDVTの予防にもつながる普遍的な対策です。

• 弾性ストッキングの活用： 医療用の弾性ストッキングは、足首からふくらはぎにかけて段階的に圧力をかけることで、足の筋ポンプ作用を助け、血液が心臓に戻るのを促進します。DVTの予防としても推奨されており³⁶、静脈瘤の症状緩和に最も効果的な方法の一つです。薬局や医療機関で、自分に合ったサイズのものを選びましょう³⁸。
• 足を高くして休む： 座っている時や横になる時は、クッションなどを使って足を心臓より高い位置に保つと、重力の助けを借りて血流が改善します⁵。
• 左側臥位で眠る： 左側を下にして眠ることで、体の右側を走る太い静脈（下大静脈）への子宮の圧迫を避け、血流をスムーズにすることができます⁵。
• 長時間の同じ姿勢を避ける： 立ち仕事やデスクワークが続く場合は、30分に1回程度は足踏みをしたり、少し歩いたりして、意識的に足を動かしましょう³⁵。

静脈瘤と血栓症の関係

通常、下肢静脈瘤は良性の状態ですが、まれに静脈瘤の中で血液が固まり、炎症を起こす「血栓性静脈炎」を発症することがあります。その場合、静脈瘤が硬く触れ、その周りの皮膚が赤く腫れて痛むようになります³⁸。これは深部静脈血栓症（DVT）とは異なりますが、痛みが強い場合や範囲が広がる場合は、医師の診察が必要です。

症状④：お尻から足にかけての「坐骨神経痛」

姿勢の変化とホルモンが引き起こす痛み

坐骨神経痛は、病名ではなく、お尻から太ももの裏、ふくらはぎ、足先へと伸びる「坐骨神経」が何らかの原因で圧迫・刺激されることによって生じる痛みの総称です。妊娠中は、以下の要因で坐骨神経痛が起こりやすくなります。

• ホルモンの影響： 出産をスムーズにするために分泌される「リラキシン」というホルモンは、骨盤の関節をつなぐ靭帯を緩めます。これにより骨盤が不安定になり、お尻の深層にある梨状筋（りじょうきん）などが硬くなり、その下を通る坐骨神経を圧迫することがあります¹¹。
• 姿勢の変化： お腹が大きくなるにつれて体の重心が前に移動し、バランスを取るために腰を反らせる姿勢になりがちです。この「反り腰」が腰椎や骨盤に負担をかけ、神経の通り道を狭めてしまうことがあります¹²。

妊娠中でも安全！坐骨神経痛を和らげるストレッチ

坐骨神経痛の症状緩和には、硬くなったお尻周りの筋肉を優しく伸ばすストレッチが効果的です。ただし、妊娠中の体はデリケートなため、必ず安全ルールを守って行いましょう。

具体的なストレッチ方法

お尻のストレッチ（梨状筋ストレッチ）

1. 椅子に浅く腰掛け、背筋を伸ばします。
2. 痛む方の足首を、反対側の膝の上に乗せます。
3. 息を吐きながら、ゆっくりと上体を前に倒します。お尻の筋肉が伸びているのを感じる位置で20～30秒キープします。
4. 反対側も同様に行います。

猫と牛のポーズ

1. 四つん這いになります。手は肩の真下、膝は股関節の真下に置きます。
2. 息を吐きながら、おへそを覗き込むように背中を丸めます（猫のポーズ）。
3. 息を吸いながら、ゆっくりと背中を反らせ、顔を上げます（牛のポーズ）。
4. この動きを5～10回繰り返します⁴²。

横向きでの膝倒し

1. 体の左側を下にして横になり、両膝を軽く曲げます。
2. 両膝を合わせたまま、ゆっくりと床の方へ倒していきます。
3. お腹をねじり過ぎないように注意し、30秒ほどキープします⁴³。
4. 反対側も同様に行います。

坐骨神経痛で病院に行くべき「レッドフラッグ」

ほとんどの坐骨神経痛はストレッチや姿勢の改善で対応できますが、以下のような「レッドフラッグ（危険な兆候）」が見られる場合は、馬尾症候群など重篤な神経障害の可能性があり、すぐに医療機関の受診が必要です⁴⁴。

• サドル麻痺： お尻や股の内側の感覚がなくなる、麻痺する。
• 尿や便の失禁： 意図せず尿や便が漏れてしまう。
• 急激に悪化する足の脱力や麻痺。

妊娠中の足の痛みを予防・改善する「共通のセルフケア」

これまで症状別に解説してきましたが、実は「むくみ」「こむら返り」「静脈瘤」の予防・改善には、多くの共通したセルフケアが存在します。これらは、足の血行を促進し、体のバランスを整えるための基本的な生活習慣であり、妊娠中の足の健康を総合的にサポートします。

食事の工夫：塩分は控えめに、ミネラルは賢く摂る

• 塩分と水分の関係： 塩分（ナトリウム）を摂りすぎると、体は血中の塩分濃度を薄めようとして水分を溜め込み、むくみが悪化します¹⁴。加工食品や外食は塩分が多くなりがちなので注意し、出汁の旨味や香辛料、お酢などを活用して薄味を心がけましょう。
• カリウムの摂取： カリウムには、余分なナトリウムを体外に排出する働きがあります。バナナ、ほうれん草、アボカド、いも類など、カリウムが豊富な食品を積極的に食事に取り入れましょう¹⁴。
• カルシウムとマグネシウム： こむら返り予防のため、カルシウム（乳製品、小魚、緑黄色野菜）とマグネシウム（海藻類、ナッツ類、大豆製品）をバランス良く摂ることが大切です¹⁰。

水分補給の重要性

むくむからといって水分を控えるのは逆効果です。体が水分不足を感じると、かえって水分を溜め込もうとしてむくみを悪化させることがあります²²。また、脱水はこむら返りの大きな原因にもなります²⁴。喉が渇く前に、こまめに水やお茶（カフェインレス）を飲む習慣をつけましょう。

体を冷やさない工夫

体が冷えると血管が収縮し、血行が悪くなります。これは、むくみ、静脈瘤、こむら返り全ての悪化要因となります¹⁰。

• シャワーで済まさず、ぬるめのお湯でゆっくり湯船に浸かる。
• 靴下やレッグウォーマーを活用して、足首を冷やさない。
• 温かい飲み物や、体を温める作用のある生姜などを食事に取り入れる²⁶。

適度な運動のすすめ

安静にしすぎることは、かえって血行を悪化させます。医師から運動制限を指示されていない限り、適度な運動は最も効果的なセルフケアの一つです。

• ウォーキング： ふくらはぎの筋肉を動かすことで、足に溜まった血液を心臓に送り返す「筋ポンプ作用」が働きます¹⁰。
• マタニティスイミングやヨガ： 浮力によって体への負担が少なく、全身の血行を促進できます³。

よくある質問

結論

妊娠中の足の痛みやむくみは、多くの妊婦さんが経験する自然な過程の一部です。この記事で紹介したように、そのほとんどはセルフケアによって症状を和らげることができます。しかし、最も重要なことは、「いつもと違う」「これはおかしい」と感じる危険なサインを見逃さないことです。特に、「急激な全身のむくみと頭痛など」は妊娠高血圧症候群を、「片足だけの急な腫れと痛み」は深部静脈血栓症を疑うべき、緊急性の高い症状です。あなたは、ご自身の体の変化に誰よりも早く気づける専門家です。少しでも不安や疑問を感じたら、決して一人で抱え込まず、次の妊婦健診を待たずに、かかりつけの産婦人科医や助産師に相談してください。それが、あなたと赤ちゃんの健康を守るための最も確実な方法です¹⁸。安心して、素晴らしいマタニティライフをお送りください。