新生児胎便吸引症候群と胎便関連性腸閉塞:病態生理、管理、および臨床的関連性の包括的レビュー
妊娠

新生児胎便吸引症候群と胎便関連性腸閉塞:病態生理、管理、および臨床的関連性の包括的レビュー

JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会より:本稿は、周産期医療において重大な懸念事項である「胎便」に関連する二つの異なる緊急事態、すなわち呼吸器系の「胎便吸引症候群(MAS)」と消化器系の「胎便関連性腸閉塞」について、最新の医学的知見に基づき、その全貌を解明するものです。一般の皆様が抱える不安や疑問を解消すると同時に、医療専門家の方々にも参照価値の高い情報を提供することを目指します。

本稿の科学的根拠

この記事は、明示的に引用された最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。提示される医学的指針は、以下の主要な情報源からの研究、ガイドライン、および臨床報告に基づいています。

  • 日本周産期・新生児医学会 (Japan Society of Perinatal and Neonatal Medicine): 本稿で詳述する新生児蘇生法、特に胎便汚染羊水下で出生した児への対応に関する指針は、同学会が公表した「NCPRガイドライン2020」に基づいています12
  • 国際蘇生連絡委員会 (ILCOR) / 米国心臓協会 (AHA): 世界的な新生児蘇生の標準治療に関する推奨事項は、これらの国際機関が発行するガイドラインに準拠しており、本稿の議論の基礎となっています3
  • StatPearls (NCBI Bookshelf) および BMJ Best Practice: 胎便吸引症候群の疫学、病態生理、診断、治療に関する包括的な最新情報は、これらの国際的に評価の高い医学教育プラットフォームからのレビュー論文を重要な情報源としています45
  • 日本小児外科学会 (Japanese Society of Pediatric Surgeons): 胎便関連性腸閉塞の分類、診断、および治療に関する専門的知見は、同学会が提供する公式情報に基づいています6

要点まとめ

  • 胎便吸引症候群(MAS)は、胎便の気道内吸引によって引き起こされる重篤な「呼吸器疾患」であり、単なる物理的閉塞ではなく、化学性肺炎や肺高血圧症を伴います。
  • 胎便関連性腸閉塞は、胎便の性状異常や腸管の機能不全による「消化器疾患」であり、MASとは全く別の病気です。嚢胞性線維症(CF)との関連が深い胎便性イレウスが代表的です。
  • 医学的に、胎便吸引症候群が腸閉塞を直接引き起こすという因果関係は存在しません。両者は独立した病態として正確に鑑別診断される必要があります。
  • 最新の新生児蘇生ガイドラインでは、胎便汚染があり活気のない新生児に対しても、ルーチンの気管吸引よりも「迅速な人工呼吸の開始」が最優先されます。
  • MASの治療は呼吸サポートが中心であり、腸閉塞の治療は造影剤注腸や外科手術が中心です。症状に応じた適切な診断と治療選択が予後を大きく左右します。

序論:周産期における胎便の臨床的意義

胎便とは、腸管上皮細胞、産毛、粘液、飲み込んだ羊水、胆汁、水分などから構成される、出生後最初の便のことです6。通常、粘稠で暗緑黒色を呈し、無菌状態にあります。出生後に胎便が排泄されることは正常な生理現象ですが、子宮内で排出された場合は、潜在的な病態の徴候となり得ます。
子宮内での胎便排出により羊水が混濁した状態を、胎便汚染羊水(Meconium-Stained Amniotic Fluid: MSAF)と呼びます。MSAFは決して稀な所見ではなく、正期産分娩の7-22%、在胎42週を超える過期産では52%にも達する一方で、在胎34週未満の早産では稀であると報告されています4。子宮内での胎便排出の機序は主に二つに大別されます。第一に、臨床的に最も重要なのは胎児ジストレスや低酸素血症です。低酸素状態は胎児の腸管蠕動を亢進させ、肛門括約筋を弛緩させることで胎便の排出を誘発します4。第二に、過期産児においては、消化管の成熟や迷走神経刺激が原因となる場合があり、必ずしも胎児ジストレスを意味するものではありません。したがって、国際的な臨床ガイドライン発行機関であるAngels Guidelinesが指摘するように、MSAFの存在自体は胎児ジストレスの確定診断にはならず、胎児心拍数異常などの他の所見と合わせて慎重に評価されるべき臨床的リスク因子と位置づけられています7
本報告書は、新生児における胎便関連の緊急事態である二つの異なる病態、すなわち呼吸器疾患である胎便吸引症候群(MAS)と、消化器疾患である胎便関連性腸閉塞(イレウス)について包括的にレビューします。さらに、これら二つの疾患間にしばしば誤解される関連性を医学的に考察し、それぞれの明確な管理指針を提示することを目的とします。

第1部:胎便吸引症候群(Meconium Aspiration Syndrome: MAS)の包括的理解

1.1. 定義と疫学

胎便吸引症候群(MAS)は、「胎便汚染羊水(MSAF)の存在下で出生した新生児に、出生直後から呼吸困難が生じ、特徴的な胸部X線所見を認め、他の呼吸障害の原因が除外された病態」と定義されます7。MSAFは正期産分娩の約7-22%で認められますが、その中で実際にMASを発症するのは10%未満です4。ある報告では、MASの発生率は出生1,000あたり約1.5例とされています8。MASは新生児の罹患および死亡の重要な原因であり、周産期死亡のかなりの割合を占めるとも報告されています9。主なリスク因子としては、在胎42週を超える過期産が挙げられ、これはMSAFとMAS双方のリスクを高めます。また、在胎不当過小(SGA)児も高リスク群に含まれます4

1.2. 病態生理:胎便排出から重篤な肺障害に至る複合的機序

MASの病態は、単なる機械的な気道閉塞ではなく、複数の生理学的機序が連鎖する複雑なプロセスです。この病態生理の深い理解は、近年の治療方針、特に新生児蘇生法の変遷を説明する上で不可欠です。かつては、出生時に気道を物理的に閉塞することが主因と考えられていましたが、研究の進展により、子宮内での吸引と、それに続く化学的・生理学的反応が病態の中核をなすことが明らかとなりました。このパラダイムシフトが、侵襲的な気管吸引から、迅速な呼吸サポートへと治療の重点を移す根拠となっています。

  • 胎児低酸素と吸引:胎児が子宮内で低酸素状態に陥ると、あえぎ呼吸(gasping)が誘発され、胎便で汚染された羊水を気道内に吸引します。この吸引は、分娩開始前または分娩中にすでに発生していると考えられています4
  • 気道閉塞:粘稠な胎便が気道を部分的または完全に閉塞します。特に部分閉塞では、吸気時に空気は末梢へ流入するが、呼気時に気道が狭まることで空気が閉じ込められる「ボールバルブ効果」が生じます。これにより、肺の過膨張やエアリーク症候群(気胸など)のリスクが増大します4
  • 化学性肺炎:胎便は不活性な物質ではありません。含有される胆汁酸、脂肪、消化酵素などが肺胞や気道の上皮に対して強い刺激物となり、サイトカイン(IL-6, IL-8, TNF-αなど)の放出を伴う激しい炎症反応、すなわち化学性肺炎を引き起こします4
  • サーファクタント不活化:肺サーファクタントは、肺胞の表面張力を低下させ、肺のコンプライアンスを維持する重要な物質です。胎便の成分と炎症反応は、このサーファクタントを直接的・間接的に不活化させます。その結果、肺胞は虚脱しやすくなり(無気肺)、肺コンプライアンスは低下し、重篤な換気血流不均衡(V/Qミスマッチ)が生じます4
  • 新生児遷延性肺高血圧症(PPHN):低酸素血症、アシドーシス、そして炎症の三者が複合的に作用し、肺血管の強い攣縮を引き起こします。これにより肺血管抵抗(PVR)が著しく上昇し、胎児循環(卵円孔や動脈管を介した右-左シャント)が持続する状態、すなわちPPHNが発症します。世界保健機関(WHO)の運用ガイダンスにおいても、PPHNは重症MASにおける主要な合併症であり、致死的となり得る極めて危険な病態であると警告されています10

1.3. 診断アプローチと鑑別診断

MASの診断は、臨床症状、MSAFの病歴、および画像所見を総合して行われます。

  • 臨床症状:BMJ Best Practiceによると、MSAFの既往がある新生児において、出生直後から多呼吸、呻吟、鼻翼呼吸、陥没呼吸といった呼吸窮迫症状が出現します5。エアトラッピングによる胸郭の樽状変形、チアノーゼ、聴診でのラ音(rales/rhonchi)も特徴的です。過期産の徴候(皮膚の乾燥・落屑、長い爪など)を伴うこともあります5
  • 検査所見:
    • 胸部X線:診断の根幹をなします。Safer Care Victoriaのガイドラインでは、びまん性の粗い斑状陰影と、過膨張した領域が混在する特徴的な像を呈するとされています。胸水や気胸を認めることもあります8
    • 動脈血液ガス分析(ABG):低酸素血症を認め、重症例では高炭酸ガス血症と呼吸性アシドーシスを伴います。これは人工呼吸器管理の必要性を判断する指標となります5
    • 心エコー:PPHNの診断と重症度評価、心機能の評価に必須です5
  • 鑑別診断:他の新生児呼吸障害との鑑別が重要となります。具体的には、新生児一過性多呼吸(TTN)、呼吸窮迫症候群(RDS)、先天性肺炎/敗血症、先天性横隔膜ヘルニア、先天性心疾患などが挙げられます5

1.4. 治療と管理:最新ガイドラインに基づく集学的アプローチ

MASの治療は、新生児集中治療室(NICU)における集学的な支持療法が中心となります4

  • 呼吸管理:
    • 酸素療法:目標とする酸素飽和度(例:91-95%)を維持し、低酸素による肺血管攣縮を防ぎます4
    • 非侵襲的換気療法:中等症の呼吸困難に対しては、経鼻的持続陽圧呼吸(Nasal CPAP)が気管挿管の必要性を減らすために用いられることがあります8
    • 人工呼吸器管理:難治性低酸素血症、呼吸性アシドーシス、または循環不全が適応となります4。肺の圧損傷(barotrauma)を最小限に抑えつつ、酸素化を改善する換気戦略(高めの呼気終末陽圧(PEEP)設定、長めの呼気時間など)が選択されます。
  • 薬物療法:
    • 肺サーファクタント補充療法:サーファクタント不活化が病態に関与するため、重症例では肺サーファクタントの気管内投与が有効な場合があります。サーファクタントによる肺洗浄が死亡率を低下させる可能性を示唆する研究もあります4
    • 一酸化窒素(NO)吸入療法:選択的な肺血管拡張薬であり、合併したPPHNの治療に用いられます4
    • 抗菌薬:先天性肺炎との鑑別が困難なため、経験的に投与が開始されることが多いです10
  • 先進的治療:
    • 体外式膜型人工肺(ECMO):最大の薬物療法および人工呼吸器管理に反応しない、最重症の心肺不全に対する救命治療です4

1.5. 新生児蘇生法における気管吸引の変遷と現在の推奨

MASの初期対応、特に気管吸引に関する推奨は、エビデンスの蓄積に伴い大きく変化しました。この変遷は、エビデンスに基づいた医療が臨床現場の常識をいかに変えるかを示す好例です。

  • 歴史的実践(2015年以前):かつては、機械的閉塞を防ぐという理論に基づき、MSAFで出生した児に対して、肩の娩出前に行う口腔・鼻腔吸引や、出生後に活気がない児に対するルーチンの気管内吸引が標準的治療とされていました7
  • エビデンスの転換:しかし、その後の大規模臨床試験やシステマティックレビューでは、活気のない児に対するルーチンの気管内吸引が、MASの発症や死亡率を減少させるという明確なエビデンスは示されませんでした。むしろ、気管吸引という手技自体が侵襲的であり、気道損傷や無呼吸を誘発するリスクがあること、そして何よりも、最も重要な初期蘇生である人工呼吸の開始を遅らせるという重大な欠点が問題視されるようになりました4
  • 現在のガイドライン(日本周産期・新生児医学会 2020年、ILCOR/AHA 2020年):
    • 活気のある児:筋緊張が良好で、十分な自発呼吸がある場合、ルーチンの口腔・鼻腔吸引や気管吸引は推奨されません10
    • 活気のない児:吸引のみを目的としたルーチンの気管挿管はもはや推奨されません4。最優先されるべきは、生後60秒以内に効果的な人工呼吸を開始することです。気道閉塞が疑われる場合に限り、直視下での吸引が考慮されますが、あくまでも換気の確立が第一目標です110

    この方針転換の根拠は、日本周産期・新生児医学会の新生児蘇生法(NCPR)普及事業が明確に述べているように、「気管吸引に予防効果のエビデンスはなく、人工呼吸の開始が遅れる不利益の方が大きい」というコンセンサスに基づいています2

表:MSAF児への初期対応ガイドラインの変遷

特徴 2015年以前のガイドライン 現在のガイドライン(2015年以降)
対象 MSAFで出生した新生児 MSAFで出生した新生児
活気のある児への対応 しばしば口腔・鼻腔吸引が実施された ルーチンでの吸引は不要
活気のない児への対応 ルーチンでの気管挿管と気管内吸引が推奨された ルーチンでの気管内吸引は推奨されない。人工呼吸の迅速な開始が最優先。
根拠 機械的閉塞の除去がMASを予防するという理論 気管吸引の有効性を示すエビデンスが乏しく、人工呼吸の遅延が有害であるというエビデンス2

1.6. 合併症と予後

  • 急性期合併症:
    • 新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)8
    • エアリーク症候群(気胸、縦隔気腫)7
    • 肺出血8
    • 周産期仮死に伴う合併症(低酸素性虚血性脳症、けいれん)8
  • 長期予後:
    • 乳幼児期における反応性気道疾患や喘息様症状のリスク増加が指摘されています4
    • 神経発達予後不良のリスクがあるが、これはMAS自体よりも、背景にある周産期仮死の重症度と関連が深い可能性があると考察されています4

第2部:胎便関連性腸閉塞(Meconium-Related Ileus)の病態と治療

新生児の腸閉塞という文脈で「胎便」が関与する病態は、MASとは全く異なる消化器疾患群を指します。これらは胎便の「性状」や「排出機能」の異常に起因するものであり、正確な鑑別が治療方針を決定する上で極めて重要です。日本小児外科学会の分類によると、主に以下の3つに分けられます6

  1. 胎便性イレウス(Meconium Ileus: MI):異常に粘稠な胎便による閉塞。嚢胞性線維症(CF)と強く関連します。
  2. 胎便栓症候群(Meconium Plug Syndrome):硬化した胎便の栓による結腸の閉塞。通常は健康な正期産児に見られます。
  3. 低出生体重児の胎便関連性腸閉塞:早産児の消化管機能の未熟性による機能的腸閉塞。

2.1. 胎便性イレウス(Meconium Ileus, MI)

  • 病態生理と原因:MIは、嚢胞性線維症(CF)の最も早期の臨床症状であり、CF患者の10-20%で認められます11。MSDマニュアルによると、CFTR遺伝子の変異により、腸管腔への水分と電解質の分泌が障害され、その結果、胎便は脱水され、異常に粘稠度が高く粘着性となり、回腸末端を閉塞させます11
  • 臨床症状と診断:
    • 症状:生後24-48時間以内の胎便排泄遅延、進行性の腹部膨満、胆汁性嘔吐が三主徴です11
    • 腹部X線:拡張した小腸ループを認めます。胎便と空気が混ざり合うことで生じる「soap bubble sign(石鹸泡様像)」は特徴的な所見とされています11
    • 造影剤注腸:診断的価値が最も高い検査です。高浸透圧性の水溶性造影剤(ガストログラフィンなど)を用いると、閉塞部より口側の拡張した腸管と、胎便が通過していないために細く虚脱した結腸(microcolon)が描出されます6
    • CF検査:MIと診断されたすべての新生児は、CFの確定診断検査(汗試験や遺伝子検査)を受ける必要があります11
  • 治療:
    • 非外科的治療:合併症(穿孔、軸捻転、腸閉鎖)がない単純性MIに対しては、まず治療的注腸が試みられます。高浸透圧性造影剤が腸管内に水分を引き込み、胎便塊を軟化させて排出を促します6。2024年のシステマティックレビューによると、この治療法は25%以上の症例で成功すると報告されています12
    • 外科的治療:注腸が無効な場合や、合併症が存在する場合は手術適応となります11。1994年の研究では、術式は標準化されていないとしつつも13、腸管切開による胎便洗浄、罹患腸管の切除と端々吻合14、または減圧と術後洗浄を目的とした一時的な人工肛門(イレオストミー)造設15などが行われると報告されています。
  • 予後:30年間のレビューを行った研究によると、近年の外科治療と栄養管理の進歩により、生存率は90%以上に劇的に改善しました15。長期予後は、基礎疾患であるCFの全身症状、特に肺疾患の進行度によって規定されます16

2.2. 胎便栓症候群と低出生体重児の胎便関連性腸閉塞

これらの病態はMIとは異なり、通常CFとは関連しません。これらは主に消化管運動機能の未熟性に起因する機能的閉塞です6。胎便栓症候群は正期産児の遠位結腸に、低出生体重児の胎便関連性腸閉塞は極低出生体重児(VLBW, <1500g)や超低出生体重児(ELBW, <1000g)、子宮内発育不全(IUGR)児に好発します617。未熟な腸管が、正常な粘稠度の胎便でさえも効果的に輸送できないことが原因です。症状はMIと類似しますが、造影剤注腸が診断と治療を兼ね、多くの場合で胎便栓の解除や蠕動運動の促進に成功します6。外科的介入が必要となることは稀です。

第3部:胎便吸引症候群と腸閉塞の関連性に関する医学的考察

3.1. 誤解の解明:直接的な因果関係の否定

本報告書の核心的な問いである「胎便吸引症候群が腸閉塞を引き起こすか」について、医学的結論は明確です。呼吸器疾患であるMASが、消化器疾患である胎便関連性腸閉塞を直接引き起こすという因果関係は存在しません。これらは完全に独立した病態です。
この誤解が生じる背景には、いくつかの要因が考えられます。第一に、「胎便」という共通の用語が、二つの異なる病態を一つの連続した事象であるかのように誤認させることです。第二に、胎児ジストレスという共通の誘因が存在しうることが、混乱を助長します。すなわち、一つの低酸素イベントが、子宮内での胎便排出(MASの前提条件)と、消化管機能の変化(機能的イレウスの一因)の両方を引き起こす可能性は理論的に考えられますが、MASがイレウスの原因となるわけではありません。
両者の病態生理は根本的に異なります。MASは胎便の吸引による肺の炎症性疾患であり4、胎便性イレウスは異常な性状の胎便による腸管の物理的閉塞です11。また、対象となる患者群も大きく異なり、MASは主に正期産児や過期産児に、胎便性イレウスはCF患者に、機能的イレウスは早産児に見られます。一部の文献でMASの合併症として「胎便関連性腸閉塞」が挙げられることがありますが18、これは重症新生児という全身状態の悪化という文脈での緩い関連性を示唆するものであり、直接的な因果関係を示すものではないと解釈するのが妥当です。

3.2. 鑑別の重要性と臨床的意義

MASと胎便関連性腸閉塞の鑑別は、治療方針が全く異なるため、臨床的に極めて重要です。

  • MASの治療は、酸素投与、人工呼吸管理、NO吸入療法、ECMOといった高度な呼吸・循環サポートが中心となります4
  • イレウスの治療は、絶食、胃管による減圧、そして診断と治療を兼ねた造影剤注腸が第一選択であり、必要に応じて小児外科医による外科的介入が行われます6

胆汁性嘔吐や腹部膨満を呈する新生児を「MASの合併症」と誤診し、イレウスに対する適切な診断(腹部X線、造影剤注腸)や外科的コンサルテーションが遅れれば、腸管壊死や穿孔といった致死的な事態を招く危険性があります。したがって、両者は常に独立した病態として念頭に置き、それぞれの症状に応じて迅速かつ的確な診断プロセスを開始しなければなりません。

表:胎便関連疾患の鑑別

特徴 胎便吸引症候群 (MAS) 胎便性イレウス (MI) 低出生体重児の胎便関連性腸閉塞
主要障害臓器 小腸(回腸末端) 小腸・大腸
中核病態 胎便吸引による化学性肺炎、サーファクタント不活化、PPHN4 異常に粘稠な胎便による物理的閉塞11 消化管運動機能の未熟性による機能的閉塞6
主要な原因 胎児ジストレス(低酸素)4 嚢胞性線維症(CFTR遺伝子変異)11 早産、子宮内発育不全6
典型的な患者 正期産児、過期産児4 嚢胞性線維症の新生児(正期産) 低出生体重児、早産児6
主要症状 呼吸窮迫(多呼吸、呻吟、陥没呼吸)、チアノーゼ5 胎便排泄遅延、腹部膨満、胆汁性嘔吐11 胎便排泄遅延、腹部膨満、哺乳不耐6
主要な診断検査 胸部X線、動脈血液ガス分析、心エコー5 造影剤注腸(マイクロコロン所見)6 造影剤注腸(胎便の充満像)6
一次治療 呼吸サポート(酸素、CPAP、人工呼吸、ECMO)4 治療的造影剤注腸、外科手術11 治療的造影剤注腸6

よくある質問

胎便汚染羊水(MSAF)と診断されたら、必ず胎便吸引症候群(MAS)になるのですか?
いいえ、必ずしもそうではありません。MSAFが認められる分娩は約7-22%ありますが、その中で実際にMASを発症するのは10%未満です4。MSAFはあくまでMAS発症のリスク因子の一つであり、MSAFがあってもほとんどの赤ちゃんは元気に生まれてきます。医師は他の所見と合わせて、赤ちゃんの状態を慎重に観察します。
活気のない赤ちゃんへの気管吸引はなぜ行われなくなったのですか?
過去にはルーチンで行われていましたが、その後の大規模な研究で、気管吸引がMASの発症や死亡率を減らすという明確な証拠がないことが分かりました4。むしろ、吸引という処置自体が赤ちゃんに負担をかけ、何よりも重要な「人工呼吸の開始を遅らせてしまう」というデメリットの方が大きいと考えられるようになったためです。そのため、現在の国際的なガイドラインでは、迅速な換気の補助が最優先されています2
胎便性イレウスは遺伝しますか?
胎便性イレウス自体が遺伝するわけではありませんが、その主な原因である嚢胞性線維症(CF)は遺伝性疾患です11。したがって、胎便性イレウスと診断された赤ちゃんは、基礎疾患としてCFが存在するかどうかを調べるための遺伝子検査などを受けることが強く推奨されます。
MASと胎便性イレウスは同時に起こることがありますか?
理論的にはあり得ますが、極めて稀です。MASと胎便性イレウスは、それぞれ異なる原因とメカニズムで発症する独立した病気です。共通の誘因として「胎児ジストレス」が関与する可能性はありますが、MASがイレウスを引き起こすわけではありません。臨床現場では、二つの病気を混同することなく、それぞれの症状に基づいて正確に診断し、適切な治療を行うことが非常に重要です。

結論と臨床への提言

本レビューを通じて、新生児における胎便関連の二大緊急症、胎便吸引症候群(MAS)と胎便関連性腸閉塞は、その病態生理、原因、および治療法において全く異なる疾患であることが明らかになりました。
要約:

  • MASは、胎便の気道内吸引に起因する重篤な呼吸器疾患であり、その管理は高度な呼吸循環サポートを要します。
  • 胎便関連性腸閉塞は、胎便の性状異常や腸管機能の未熟性に起因する消化器疾患であり、造影剤注腸や外科的介入が治療の中心となります。
  • MASが腸閉塞を直接引き起こすという因果関係は存在しません。両者は独立した病態として鑑別・管理されなければなりません。

臨床的提言:

  1. 分娩時にMSAFを認めた場合、医療者はMAS発症のリスクを念頭に置き、新生児蘇生と呼吸サポートの準備を整える必要があります。
  2. 新生児に胆汁性嘔吐、腹部膨満、胎便排泄遅延などの腸閉塞を示唆する症状が見られた場合は、MASの有無にかかわらず、直ちに腹部X線や造影剤注腸を含む消化器疾患の精査を開始し、必要に応じて小児外科医へコンサルテーションを行うべきです。
  3. 周産期医療の質の向上には、胎児ジストレスの予防に関するさらなる研究、MASに対する非侵襲的な治療法の開発、そして複雑性胎便性イレウスに対する外科的治療プロトコルの標準化が今後の課題となります13。これらの脆弱な新生児の予後を改善するためには、産科医、新生児科医、小児外科医の緊密な連携に基づく集学的アプローチが不可欠です。
免責事項
本稿は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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