アトピー性皮膚炎と食事:科学的根拠に基づく完全ガイドと実践プラン
皮膚科疾患

アトピー性皮膚炎と食事:科学的根拠に基づく完全ガイドと実践プラン

アトピー性皮膚炎(AD)は、多くの日本人、特に成人において増加傾向にある、深刻な健康問題です。厚生労働省の調査によれば、日本のAD患者数は2008年の約35万人から2017年には約51万人へと、10年足らずで1.5倍近くに増加しています1。これは診療を受けた患者数であり、実際にはさらに多くの人々がこの疾患に悩んでいると推測されます2。日本皮膚科学会(JDA)の定義によると、アトピー性皮膚炎は「増悪と軽快を繰り返す、瘙痒(そうよう)のある湿疹を主病変とする疾患」であり、その多くは「アトピー素因」を持つとされています3。アトピー素因とは、気管支喘息やアレルギー性鼻炎などのアレルギー疾患の家族歴や既往歴、またはアレルギー反応に関与するIgE抗体を産生しやすい遺伝的体質を指します4。この疾患の根本には、皮膚のバリア機能の異常と、それに伴う免疫系の過剰な反応が存在します5。この慢性的なかゆみと炎症は、患者の生活の質(QOL)を著しく低下させます4。終わりが見えない症状との闘いの中で、多くの患者が「自分でコントロールできることはないか」と模索し、日々の食事に関心を寄せるのは自然なことです。食事は毎日行う身近な生活習慣であり、そこに改善の糸口を見出したいという切実な願いは、この疾患の持つ心理的負担の大きさを物語っています。本稿の目的は、その切実な思いに応えつつ、科学的根拠に基づいた正確な情報を提供し、食事療法が標準的な医療を「補完する」ものであり、「代替する」ものではないことを明確にすることです。

本稿の執筆・監修について:
本稿は、アトピー性皮膚炎の患者様とそのご家族が、食事に関する信頼できる情報に基づいた判断を下せるよう、皮膚科専門医および管理栄養士の協力のもと作成されています。日本皮膚科学会(JDA)の診療ガイドライン作成にも関与する佐伯秀久教授をはじめとする国内外の第一線の専門家の研究成果や、最新のシステマティックレビューを基に、科学的根拠を最優先した情報を提供します6


この記事の科学的根拠

この記事は、インプットされた研究レポートで明確に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性のみが含まれています。

  • 日本皮膚科学会 (JDA): この記事におけるアトピー性皮膚炎の定義、治療の基本方針、食事療法の位置づけに関する記述は、同学会が発行する診療ガイドラインに基づいています357
  • 厚生労働省: 日本におけるアトピー性皮膚炎の患者数の推移に関するデータは、厚生労働省の調査結果を引用しています1
  • 米国皮膚科学会 (AAD) & 欧州皮膚科性病科学会 (EuroGuiDerm): 自己判断による食事除去を推奨しないという国際的なコンセンサスは、これらの権威ある学会のガイドラインに基づいています89

要点まとめ

  • アトピー性皮膚炎の治療の基本は「スキンケア」と「薬物療法」であり、食事はあくまで補助的な役割です。
  • 医師の診断がない自己判断での食事制限(牛乳、卵、小麦など)は、栄養失調や新たなアレルギーを誘発するリスクがあり、厳禁です。
  • 特定の治療食は存在しません。目指すべきは、多様な食品から栄養を摂るバランスの取れた食事、特に日本の伝統的な「和食」です。
  • 炎症を抑える働きが期待されるオメガ3系脂肪酸(青魚など)や、腸内環境を整える食物繊維・発酵食品(野菜、きのこ、納豆など)を積極的に取り入れましょう。
  • 特定の食品との関係が疑われる場合は、まず「食事日記」をつけ、その記録を持って専門医に相談することが最も安全で確実な方法です。

治療の土台:なぜ医療が基本なのか

世界の専門家の共通見解:食事に関する公式な立場

アトピー性皮膚炎の治療に関して、世界中の皮膚科専門医の間には明確なコンセンサスが存在します。日本皮膚科学会(JDA)、米国皮膚科学会(AAD)、欧州皮膚科性病科学会(EADV)といった権威ある学術団体が発表する診療ガイドラインは、いずれも治療の第一選択肢が「スキンケア(保湿)」と「薬物療法による炎症の抑制」であると一致して示しています5。具体的には、保湿剤による皮膚バリア機能の補強、そしてステロイド外用薬やタクロリムス軟膏などの抗炎症薬を用いて皮膚の炎症を速やかに鎮めることが治療の根幹です10。これらのガイドラインにおいて、食事はアトピー性皮膚炎の「原因」ではなく、症状に影響を与える可能性のある「因子の一つ」と位置づけられています。JDAのガイドラインでは、食事療法だけでアトピー性皮膚炎が治癒することは期待できないと明記されており7、一般的な生活指導としても「暴飲・暴食は避ける」「規則正しい生活を送る」といったバランスの取れた食生活が推奨されるに留まります5。特定の「アトピー治療食」といったものは存在せず、安易な食事制限は推奨されていません。インターネット上には、個々のクリニックや体験談に基づいた多種多様な食事法が溢れており、患者を混乱させる一因となっています11。ここで重要なのは、「エビデンスの階層(ヒエラルキー)」という考え方です。医学の世界では、情報の信頼性は、その根拠となる研究の種類によって異なります。個人の経験談や単一の症例報告よりも、多数の研究を統合・分析した「システマティックレビュー」や「メタアナリシス」12、そしてそれらの質の高いエビデンスを基に専門家集団が作成した「診療ガイドライン」5が、最も信頼性の高い情報とされます。本稿は、このエビデンスの階層の頂点に位置する情報に基づいて構成されており、読者が情報の渦の中で信頼できる羅針盤を得るための一助となることを目指します。

表:世界の主要な皮膚科学会の食事に関する推奨事項の比較
介入 日本皮膚科学会 (JDA) 米国皮膚科学会 (AAD) 欧州皮膚科性病科学会 (EuroGuiDerm) 要点
自己判断での食事除去 推奨されない7 推奨されない8 推奨しない9 医師の診断なく特定の食品を避けることは、科学的に支持されていない。
診断された食物アレルギー 医師の指導のもと推奨7 診断されたアレルギーに対しては必要 診断後に推奨9 食物アレルギーが確定診断された場合に限り、医師の管理下で除去を行う。
プロバイオティクス エビデンス不十分7 主要ガイドラインで言及なし8 推奨できない9 治療法として確立されておらず、今後の研究が待たれる段階。
ビタミン・ミネラル 主要な治療法ではない7 主要な治療法ではない13 治療としては推奨しない9 バランスの取れた食事から摂取することが基本。サプリメントは治療薬ではない。

この表が示すように、専門家の間での一致した見解は、「まずは標準治療に専念し、食事はそれを支えるもの」という考え方です。自己判断による極端な食事制限は、効果が期待できないばかりか、後述するようなリスクを伴う可能性があります。

肌を育む食事:積極的に摂りたい食べ物

アトピー性皮膚炎の治療は医療が中心ですが、日々の食事が肌の健康を支え、炎症をコントロールしやすい体内環境を作る上で重要な役割を担う可能性があります。ここでは、「何かを排除する」という引き算の発想ではなく、「何を取り入れるか」という足し算の発想で、科学的根拠に基づいて肌に良い影響を与える可能性のある栄養素と食品について解説します。

「良い油」の力:オメガ3とオメガ6のバランス

私たちの体内で炎症反応を調整する上で、脂肪酸のバランスは極めて重要です。特に、「オメガ6系脂肪酸」と「オメガ3系脂肪酸」という2種類の必須脂肪酸の摂取比率が注目されています14。現代の食事、特に欧米化した食事では、サラダ油やコーン油、加工食品などに多く含まれるオメガ6系脂肪酸の摂取が過剰になりがちです15。オメガ6系脂肪酸から作られる物質の一部には、炎症を促進する働きがあります。一方で、オメガ3系脂肪酸には、この炎症を抑制する働きがあります15。アトピー性皮膚炎の患者の体内では、炎症反応が過剰になっているため、このバランスをオメガ3系優位に傾けることが、症状の緩和に繋がるのではないかという仮説が立てられています。この考え方は、日本の伝統的な食生活である「和食」の利点とも結びつきます。和食は、魚を多く用いるため、自然とオメガ3系脂肪酸の摂取量が多くなる傾向があります16。近年の食生活の欧米化がアレルギー疾患の増加の一因ではないかという指摘もあり17、意識的にオメガ3系脂肪酸を食事に取り入れることは、理にかなったアプローチと言えます。
積極的に摂りたいオメガ3系脂肪酸が豊富な食品:

  • 青魚: サバ、イワシ、サンマ、アジなど15
  • 植物油: えごま油、アマニ油15

これらの食品を日々の食事に組み込むことで、体内からの炎症コントロールをサポートすることが期待されます。

腸と肌のつながり:食物繊維と発酵食品の役割

近年、「腸-皮膚相関(Gut-Skin Axis)」という概念が医学界で注目されています。これは、腸内環境の状態が全身の免疫システムに影響を及ぼし、ひいては皮膚の健康状態にも密接に関わっているという考え方です14。研究によると、アトピー性皮膚炎の患者では、腸内細菌叢(腸内フローラ)のバランスが乱れている(ディスバイオーシス)ことが多いと報告されています18。健康な腸内細菌は、食物繊維などをエサにして「短鎖脂肪酸」という物質を作り出します。この短鎖脂肪酸には、免疫系の過剰な反応を抑える働きがあり、アレルギー性の炎症を和らげる効果が期待されています19。この腸内環境を整えるために有効なのが、「プレバイオティクス(善玉菌のエサとなる食品成分)」と「プロバイオティクス(体に良い働きをする生きた微生物)」です。

  • プレバイオティクス: 食物繊維が豊富な野菜、きのこ類、海藻類など15
  • プロバイオティクス: 納豆、味噌、漬物といった日本の伝統的な発酵食品15

特定の乳酸菌(例:Lactobacillus paracasei)がアトピー性皮膚炎の症状を改善したという日本の研究報告もありますが20、プロバイオティクスのサプリメントの効果については、まだ科学的コンセンサスが得られておらず、主要なガイドラインでは治療として推奨されていません7。したがって、「特定のサプリメントを摂取する」という考え方よりも、「日本の伝統的な発酵食品や食物繊維が豊富な食品を日常的に食事に取り入れる」という、より総合的で安全なアプローチが推奨されます。これは、前述の「和食」の利点とも重なります。ただし、一部の専門家は、酵母(麹菌など)に過敏な患者の場合、注意が必要なケースもあると指摘しています21

健康な皮膚バリアのためのビタミン・ミネラル

健康で強い皮膚バリア機能を維持するためには、様々なビタミンやミネラルが不可欠です。これらは、特定の疾患の治療薬ではありませんが、体の土台を作る上で重要な役割を果たします。アトピー性皮膚炎の食事療法においても、これらの栄養素をサプリメントに頼るのではなく、まず多様な食品からバランス良く摂取することが基本となります14

  • ビタミンA: 皮膚や粘膜の健康を維持し、細胞の正常なターンオーバーを助けます。緑黄色野菜(人参、ほうれん草など)やレバーに多く含まれます15
  • ビタミンC: 皮膚のハリを保つコラーゲンの生成に必須です。また、強力な抗酸化作用で皮膚をダメージから守ります。パプリカ、ピーマン、ブロッコリー、キウイフルーツなどが良い供給源です15
  • ビタミンE: 抗酸化作用が高く、皮膚の炎症や老化を防ぐ働きがあります。ナッツ類や種子類に豊富です14
  • ビタミンB群: タンパク質の代謝や細胞の再生を助け、皮膚の健康維持に関わります。豚肉、うなぎ、納豆、卵などに含まれます15
  • 亜鉛: 免疫機能の維持や、皮膚の修復プロセスに重要なミネラルです。肉類、魚介類、大豆製品などから摂取できます22

一部の研究では、ビタミンDの補充がアトピー性皮膚炎の重症度を軽減したという報告もありますが23、これもまだ一般的な治療法として確立されてはいません。主要な国際ガイドラインでは、アトピー性皮膚炎の治療を目的とした高用量のビタミン・ミネラルのサプリメント摂取は推奨されていません9。最も信頼性が高く安全な方法は、これらの栄養素を多様なホールフード(未加工の食品)から摂取し、体全体の健康レベルを引き上げることです。

悪化因子の見極め方:慎重な個別的アプローチ

アトピー性皮膚炎と食事の関係で最も誤解が多いのが、「悪化因子」の捉え方です。ここでは、科学的根拠に基づき、食物アレルギーとの関係を正しく理解し、自己判断による食事制限の危険性を学び、安全に自分の体と向き合う方法を解説します。

食物アレルギーと食事による悪化:決定的な違い

まず理解すべき最も重要な点は、アトピー性皮膚炎と食物アレルギーは、同じ病気ではないということです24。食物アレルギーは、特定の食物(アレルゲン)を摂取した際に、免疫システムがそれを異物と認識して攻撃し、蕁麻疹、呼吸困難、消化器症状、そして湿疹の悪化といった即時型または遅延型の反応を引き起こす疾患です25。一方、アトピー性皮膚炎は皮膚のバリア機能不全と免疫系の異常を背景に持つ、慢性の皮膚疾患です5。食物アレルギーがアトピー性皮膚炎の症状を「悪化させる」ことはありますが、食物アレルギーがアトピー性皮膚炎の根本的な「原因」ではありません。特に、乳幼児期の中等症から重症のアトピー性皮膚炎患者の一部では、食物アレルギーの合併が見られます26。ここで、多くの患者やその家族が抱く「食物アレルギーがアトピー性皮膚炎を引き起こす」という認識とは逆の因果関係が、近年の研究で明らかになってきました。それは「デュアルエクスポージャー(二重曝露)仮説」と呼ばれるものです27。この仮説では、まずアトピー性皮膚炎による皮膚バリアの破壊が起こり、その傷ついた皮膚から食物のかけら(アレルゲン)が体内に侵入します。この皮膚からの侵入(経皮感作)が、その食物に対するアレルギー感作を引き起こし、結果として食物アレルギーが発症すると考えられています26。一方で、同じ食物を口から摂取(経口摂取)することは、免疫寛容(アレルギー反応を起こさないようにする仕組み)を誘導するとされています。この考え方は、アトピー性皮膚炎の治療戦略の根幹を揺るがす重要なパラダイムシフトです。つまり、アレルギーを防ぐために最も重要なのは、むやみに食物を避けることではなく、スキンケアと適切な治療によって「皮膚のバリア機能を正常に保ち、アレルゲンの侵入を防ぐ」ことなのです。この視点を持つことで、なぜ専門家が食事制限よりもスキンケアを重視するのかが、論理的に理解できるはずです。食物アレルギーの関与が疑われる場合、その診断は必ず医師によって行われなければなりません。血液検査(特異的IgE抗体検査)や皮膚プリックテストは参考にはなりますが、それだけで診断は確定できません。最も確実な診断法は、専門医の管理下で行う「食物経口負荷試験」です。この試験で、実際に症状の悪化が確認されて初めて、その食物がアレルゲンであると診断されます7

神話の解体:自己判断の除去食の危険性

インターネットや一部の書籍では、「アトピーを治すために牛乳・乳製品、小麦、卵を完全にやめるべき」といった情報が散見されます28。しかし、これらの主張は、主要な医学的エビデンスとは大きく異なります。JDA、AAD、EuroGuiDermといった世界の主要な皮膚科学会は、医師による確定診断がない限り、一般的なアトピー性皮膚炎患者に対して特定の食物を除去する食事療法を推奨していません7。その理由は、複数のシステマティックレビューやメタアナリシスによって、そのような食事制限がアトピー性皮膚炎の症状を改善するという明確な証拠が見出されていないためです12。それどころか、自己判断による不適切な食事制限には、看過できない重大なリスクが伴います。

  • 栄養失調のリスク: 特に成長期の子供にとって、乳製品や卵、小麦といった主要な栄養源を安易に除去することは、成長に必要なタンパク質、カルシウム、ビタミンなどの不足を招き、健全な発育を妨げる可能性があります25
  • 新たな食物アレルギーを誘発するリスク: 最も注意すべきは、逆説的とも言えるこのリスクです。前述のデュアルエクスポージャー仮説に基づけば、食物を口から摂取することは免疫寛容の成立に重要です。不必要に特定の食物を食事から除去してしまうと、その食物に対する免疫寛容が成立せず、むしろ将来的にその食物に対するIgE介在性の即時型アレルギーを発症するリスクを高めてしまう可能性が指摘されています12。これは、良かれと思って行った食事制限が、かえって新たな病気を生み出してしまうという、医原性(治療行為が原因で生じる)のリスクと言えます。
  • QOLの低下と精神的ストレス: 食事制限は、患者本人や家族にとって大きな負担となり、生活の質を低下させます。効果が見られないにもかかわらず厳しい制限を続けることは、精神的なストレスを増大させ、かえって症状を悪化させる悪循環に陥ることもあります。

また、妊娠中や授乳中の母親がアレルゲンとなりうる食物を避けることで、子供のアトピー性皮膚炎の発症を予防できるという考え方も、複数の研究によって否定されており、むしろ有害である可能性も示唆されています7。これらの科学的根拠は、自己判断による食事制限がいかに危険であるかを示しています。食事について考える際は、必ず専門家である医師や管理栄養士に相談することが不可欠です。

安全な第一歩:食事と症状の記録

では、自分の症状と食事の関係について知りたい場合、どうすれば良いのでしょうか。最も安全で建設的な第一歩は、「食事と症状の記録(日記)」をつけることです。これは、特定の食物を排除するのではなく、2週間から4週間程度、食べたもの全てと、その日の皮膚の状態やかゆみの強さ(例:10段階評価)を客観的に記録する作業です。この日記の目的は、自己診断をすることでは「ありません」。目的は、医師に相談する際に、より具体的で正確な情報を提供し、建設的な対話をするためのデータを集めることです29。もし日記から特定の食物を摂取した後に症状が悪化する傾向が見られる場合、医師はその情報を基に、アレルギー検査の必要性を判断したり、専門医の管理下で安全な食物除去試験を計画したりすることができます。このアプローチは、患者を危険に晒すことなく、個別化された治療計画への第一歩となります。

実践プラン:肌を育む和食献立

これまでに解説してきた科学的根拠を、日々の食生活に無理なく取り入れるための具体的なプランを提案します。ここでは、日本の伝統的な食事スタイルである「一汁三菜」を基本フレームワークとして活用します。

肌の健康のための「一汁三菜」

「一汁三菜(いちじゅうさんさい)」とは、ご飯(主食)に、汁物一品(一汁)と、おかず三品(三菜:主菜1品、副菜2品)を組み合わせた食事の形式です。このスタイルは、意識せずとも栄養バランスが整いやすく、アトピー性皮膚炎の患者が肌の健康のために取り入れたい栄養素を網羅するのに非常に優れています30

  • 主食(ご飯): 白米よりも玄米や雑穀米を選ぶことで、ビタミン、ミネラル、食物繊維を豊富に摂取できます。
  • 汁物(一汁): 味噌汁は、発酵食品である味噌からプロバイオティクスを、豆腐やわかめからタンパク質やミネラルを摂取できる優れた一品です。
  • 主菜(一菜): 焼き魚や煮魚を主菜にすることで、抗炎症作用のあるオメガ3系脂肪酸を効率的に摂ることができます。
  • 副菜(二菜): 旬の野菜を使ったおひたしや和え物、煮物などを組み合わせることで、抗酸化ビタミンや食物繊維を多様に摂取できます。

この「一汁三菜」のモデルは、加工食品や過剰な脂質・糖質を自然と避け、素材の味を活かした調理法が中心となるため、炎症を誘発しにくい食事構成を実現しやすくなります16

表:肌を育む「和食」献立の組み立て方
食品カテゴリー 食品例 主な栄養素・成分 期待される肌への役割
青魚 サバ、イワシ、サンマ オメガ3系脂肪酸 (EPA/DHA) 炎症反応の調整(抗炎症作用)
緑黄色野菜 ほうれん草、人参、ブロッコリー、かぼちゃ ビタミンA, C, E、食物繊維 皮膚バリア機能の維持、抗酸化作用
発酵食品 納豆、味噌、ぬか漬け プロバイオティクス、ビタミンB群 腸内環境の調整
海藻類 わかめ、ひじき、昆布、もずく ミネラル(ヨウ素、マグネシウム)、水溶性食物繊維 腸の健康を支え、ミネラルを補給
大豆製品 豆腐、枝豆、油揚げ 植物性タンパク質、イソフラボン 皮膚修復のための良質なタンパク質を供給
きのこ類 しいたけ、しめじ、舞茸 ビタミンD、食物繊維 免疫機能の調整、腸内環境の改善

この表にある食品をバランス良く組み合わせることで、特定の栄養素に偏ることなく、体の中から皮膚の健康を支える食事を目指すことができます。

少し注意したい食べ物

アトピー性皮膚炎の患者全員に当てはまるわけではありませんが、一部の人では摂取するとかゆみを増強させる可能性があると報告されている食品もあります。これらを「絶対的な悪者」と見なすのではなく、「自分の体調を観察しながら、摂取量や頻度に注意する」という姿勢が重要です。

  • ヒスタミンを多く含む、または遊離させる食品: ヒスタミンはかゆみを引き起こす化学伝達物質です。ほうれん草、トマト、ナス、たけのこ、加工肉(ソーセージなど)、熟成チーズ、マグロなどが該当します15
  • 血管を拡張させ、かゆみを増強させる可能性のあるもの: アルコール、香辛料の効いた辛い食べ物、過剰なカフェインなどは、血行を促進し、かゆみを感じやすくさせることがあります5
  • 炎症を促進する可能性のあるもの: 砂糖や異性化糖を多く含む菓子類や清涼飲料水は、体内の炎症を促進する可能性があるため、過剰摂取は避けるべきです15

これらの食品を摂取した後に症状が悪化するかどうかは、個人差が非常に大きいです。食事日記を活用して、自分自身の体質を客観的に把握することが、賢明な食事管理に繋がります。

健康に関する注意事項

本記事で提供される情報は、あくまで一般的な知識であり、個々の患者様の状態に合わせたものではありません。アトピー性皮膚炎の治療や食事療法に関するいかなる決定も、自己判断で行うべきではありません。皮膚の症状に変化があった場合、食物アレルギーが疑われる場合、あるいは食事内容の変更を検討している場合は、必ず皮膚科専門医や管理栄養士などの専門家にご相談ください。特に、成長期のお子様、妊娠中・授乳中の方、他の疾患で治療中の方が食事制限を行う場合は、予期せぬ健康上のリスクを伴う可能性があるため、専門家の厳密な指導が不可欠です。

よくある質問

アトピー性皮膚炎を治すために、牛乳や卵を完全にやめるべきですか?
いいえ、医師による明確な診断がない限り、自己判断で牛乳や卵などの特定の食品を完全に除去することは推奨されません。科学的根拠によれば、そのような食事制限がアトピー性皮膚炎を改善するという証拠は乏しく、むしろ栄養失調や新たな食物アレルギーを誘発するリスクがあります1225。アレルギーが疑われる場合は、必ず専門医に相談し、適切な検査と診断を受けてください。
プロバイオティクスのサプリメントは効果がありますか?
一部の研究では特定の乳酸菌が症状を改善したとの報告もありますが20、全体として科学的コンセンサスは得られておらず、主要な診療ガイドラインでは治療法として推奨されていません7。サプリメントに頼るよりも、納豆や味噌といった日本の伝統的な発酵食品や、食物繊維が豊富な食品を日常的に食事に取り入れる方が、より総合的で安全なアプローチと言えます。
「和食」がアトピーに良いと言われるのはなぜですか?
和食は、炎症を抑える働きのあるオメガ3系脂肪酸が豊富な魚を中心に、抗酸化ビタミンや食物繊維を多く含む野菜、腸内環境を整える発酵食品などをバランス良く摂取できる食事スタイルだからです16。加工食品や過剰な脂質・糖質を自然と避けられるため、炎症を誘発しにくい体内環境を作るのに適していると考えられています。
食事と症状の関係を知るには、どうすればいいですか?
最も安全で有効な方法は、2~4週間程度の「食事と症状の日記」をつけることです。何を食べたかと、その日の皮膚の状態やかゆみの程度を記録します。この記録の目的は自己診断ではなく、医師に相談する際の客観的なデータとして活用することです29。これにより、専門家と共に個別化された治療計画を立てる第一歩となります。

結論:医師はあなたのパートナー

アトピー性皮膚炎と食事に関する膨大な情報を整理すると、信頼できる科学的根拠に基づいた結論は非常に明確です。治療が第一、食事は補助。アトピー性皮膚炎は、皮膚バリア機能と免疫系の異常が根本にある医学的疾患です。したがって、治療の根幹は、専門医の指導による適切なスキンケアと薬物療法です。食事は、あくまでこの治療を支え、良好な状態を維持するための補助的な役割を担います。目指すべきはバランスの取れた食事であり、特定の食品を「奇跡の治療食」として崇拝したり、過度に恐れたりするのではなく、全体的な食事のバランスを整えることが最も重要です。抗炎症作用が期待されるオメガ3系脂肪酸、腸内環境を整える食物繊維や発酵食品、そして皮膚の健康に不可欠なビタミン・ミネラルを、多様な食品から摂取することを心がけましょう。日本の伝統的な「和食」のスタイルは、この理想的な食事を実現するための優れたモデルです。自己判断による食事制限は厳禁です。医師による確定診断がない限り、特定の食物(乳製品、小麦、卵など)を自己判断で除去することは、効果が期待できないだけでなく、栄養失調や新たなアレルギーの発症といった深刻なリスクを伴います。その行動は、あなたやあなたの子供の健康を損なう可能性があることを強く認識する必要があります。この記事で得た知識は、あなたを無力な患者から、情報に基づいた判断ができる「治療のパートナー」へと変える力を持っています。最終的な目標は、この知識を携えて、あなたの主治医である皮膚科専門医と、より深く、建設的な対話をすることです。食事日記を基に相談し、必要であれば適切な検査を受け、あなた個人に最適化された総合的な治療計画を共に作り上げていくこと。それが、アトピー性皮膚炎という複雑な疾患と長く付き合っていく上で、最も確実で安全な道筋です。国や地方自治体も、アレルギー疾患を持つ人々が適切な医療と情報を得られるよう、体制整備を進めています31。専門家と連携し、正しい知識を力に変えて、より良い毎日を目指しましょう。

免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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