この記事の科学的根拠
この記事は、引用元として明記された最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下は、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- 各種学術論文(PubMed等掲載): 妊娠性鼻炎の病態生理、疫学、治療法に関する記述は、複数の査読付き医学論文に基づいています。例えば、妊娠中の女性の約5人に1人が鼻づまりを経験するという統計は、学術誌に掲載された研究から引用しています1。
- アレルギー性鼻炎ガイドライン: アレルギー性鼻炎との鑑別、治療薬の選択に関する記述は、「アレルギー性鼻炎ガイド2021年版」などの専門家向け診療ガイドラインを参照しています2。
- 妊娠と薬情報センター(国立成育医療研究センター): 妊娠中の薬剤の安全性に関する情報は、厚生労働省の事業として設置されている「妊娠と薬情報センター」が提供する公的で信頼性の高い情報に基づいています3。
- 専門医監修の医療情報サイト: セルフケアの方法や一般的な注意点については、産婦人科医や耳鼻咽喉科医が監修する信頼できる医療情報源を参考にしています4。
要点まとめ
- 妊娠中の鼻づまり(妊娠性鼻炎)は、ホルモンバランスの変化と血液量の増加が主な原因で、妊婦の約20%が経験する一般的な症状です1。
- まずは加湿、鼻うがい、睡眠時の姿勢の工夫など、薬に頼らない安全なセルフケアを徹底することが基本です45。
- アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎の可能性もあるため、症状が長引く、または顔の痛みや色のついた鼻水がある場合は医師に相談が必要です6。
- 薬物治療が必要な場合、胎児への影響が少ないステロイド点鼻薬が第一選択です。特にブデソニドは安全性のデータが豊富です7。
- 市販の血管収縮性点鼻薬の連用は薬剤性鼻炎を招くため、3日以内の頓服に留めるべきです8。経口の血管収縮薬は胎児へのリスクが指摘されており、原則使用しません9。
- 薬に関する不安は、かかりつけ医だけでなく「妊娠と薬情報センター」などの専門機関に相談することで、情報に基づいた判断ができます3。
第1章 なぜ?妊娠中に鼻が詰まりやすくなる科学的根拠
妊娠中の鼻づまりは、単なる不快な偶然ではありません。それは、胎児を育むために母体が遂げる、ダイナミックな生理的変化に深く根差した現象です。その原因を理解することは、適切な対処法を選択するための第一歩となります。
生理的な要因
妊娠中に鼻づまりを引き起こす主な要因は、ホルモンバランスの変化と血液量の増加という、二つの大きな生理的変化に集約されます。
- ホルモンバランスの変化: 妊娠中は、女性ホルモンであるエストロゲンの分泌量が著しく増加します4。このエストロゲンには、鼻の粘膜を腫れやすくさせ、その反応性を高める作用があります10。さらに、胎盤から分泌される胎盤性成長ホルモンも、鼻粘膜のうっ血に関与している可能性が指摘されています1。これらのホルモンの複合的な影響により、鼻の内部が物理的に狭くなり、空気の通り道が妨げられるのです。
- 血液量の増加: 妊娠期間中、母体は胎児に十分な酸素と栄養を供給するため、全身を循環する血液の量を大幅に増やします。特に妊娠後期には、その量は非妊娠時の約1.5倍にも達することがあります11。鼻の粘膜は毛細血管が非常に密集している組織であるため、この増加した血液が流れ込むことで血管が拡張し、粘膜全体がむくんだ状態(浮腫)になります4。これが、鼻づまりの直接的な原因となるのです。
「妊娠性鼻炎」の定義
このような妊娠に伴う生理的変化によって引き起こされる鼻炎は、医学的に「妊娠性鼻炎(Pregnancy Rhinitis, PR)」と呼ばれます。学術的な文脈では、妊娠性鼻炎は厳密に「妊娠最後の6週間以上続く鼻づまりで、感染症の兆候や既知のアレルギー原因がなく、出産後2週間以内に完全に症状が消失するもの」と定義されています1。
しかし、この厳密な定義と臨床現場での実態には、若干の乖離が存在します。実際には、多くの妊婦が妊娠中期、あるいはそれ以前から鼻づまりの症状を経験することが報告されています1。したがって、症状が現れる時期が定義と異なっていても、その原因が妊娠に伴うホルモンや血流の変化にある限り、それは広義の妊娠性鼻炎と捉えることができます。重要なのは、自身の症状が妊娠という特別な状態に関連している可能性を認識することです。
他の疾患との鑑別
妊娠中の鼻づまりは、すべてが妊娠性鼻炎というわけではありません。もともと持っていた疾患が悪化したり、新たに発症したりすることもあります。適切な対処のためには、これらの疾患との鑑別が重要です。
- アレルギー性鼻炎: もともと花粉症やハウスダストアレルギーを持つ人が、妊娠によって症状が悪化することがあります12。また、妊娠を機に初めてアレルギー症状が現れることもあります。アレルギー性鼻炎は、鼻づまりに加えて、くしゃみ、水様性の鼻水、目のかゆみといった症状を伴うのが特徴です13。特定の季節や環境(花粉の飛散、ほこりの多い場所など)で症状が悪化する場合、アレルギーの可能性が高まります。興味深いことに、喫煙やハウスダストダニへの感作は、妊娠性鼻炎のリスク因子でもあるとされており、両者の境界が曖昧になるケースもあります1。
- 副鼻腔炎: これは、鼻の周囲にある副鼻腔という空洞に細菌やウイルスが感染し、炎症を起こす病気です。妊娠性鼻炎やアレルギー性鼻炎が長引くことで、副鼻腔炎を合併することもあります。副鼻腔炎を疑うべき重要なサインは、粘り気のある黄色や緑色の鼻汁、頬や目の奥、おでこの痛みや圧迫感、頭痛、そして時には歯の痛みなどです14。発熱を伴うこともあります。副鼻腔炎は、胎児への影響を最小限に抑えつつ、積極的に治療する必要があるため、これらの症状が見られる場合は速やかに医師の診察を受けるべきです1。
単なる不快症状にとどまらない影響
妊娠中の鼻づまりは、生活の質(QOL)を著しく低下させます。呼吸がしにくいために熟睡できず、日中の眠気や集中力の低下につながります4。口呼吸が増えることで喉が乾燥し、不快感や痛みを引き起こすこともあります4。こうした状態が続くと、精神的なストレスや不安が増大し、マタニティライフの喜びを損なうことにもなりかねません15。
さらに、重度の鼻づまりがもたらす影響は、単なる快適性の問題にとどまらない可能性が指摘されています。持続的な鼻閉は、睡眠中のいびきや口呼吸を誘発します。一部の研究では、これらが母体の酸素供給量の低下につながり、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全のリスクをわずかに高める可能性が示唆されています16。これは、鼻づまりの管理が、母体と胎児双方の健康を守る上で、単なる対症療法以上の重要な意味を持つことを示しています。症状を我慢しすぎず、積極的に緩和策を講じることは、より安全で健やかな妊娠期間を送るための重要なステップなのです。
第2章 薬に頼らないセルフケア大全
妊娠中の鼻づまりに対して、薬の使用をためらうのは自然なことです。幸いなことに、安全かつ効果的に症状を緩和するための非薬物的なセルフケア方法が数多く存在します。これらの方法は、国際的なガイドラインでも第一選択として推奨されており15、その安全性と生理学的な妥当性から、多くの専門家が支持しています。ここでは、その包括的な手法を「環境」「直接ケア」「生活習慣」の3つのカテゴリーに分けて詳述します。
2.1 環境を整える:湿度と清浄さの重要性
鼻粘膜は非常にデリケートであり、周囲の環境に大きく影響されます。特に乾燥と刺激物は、鼻づまりを悪化させる二大要因です。
- 加湿: 空気が乾燥していると、鼻の粘膜が刺激され、腫れや炎症が悪化しやすくなります。室内の湿度を40~60%に保つことが理想的です4。
- 空気の清浄化とアレルゲン対策: アレルギー体質でなくても、空気中の刺激物を減らすことは鼻粘膜の負担を軽減します。
2.2 鼻を直接ケアする:温め、潤し、洗い流す
環境を整えることに加え、鼻そのものに直接働きかけるケアも症状緩和に有効です。
- 鼻を温める: 鼻の周辺を温めると、血行が促進され、一時的に鼻粘膜の腫れが引いて鼻の通りが良くなることがあります4。
- 鼻うがい(鼻洗浄): これは、最も効果的なセルフケアの一つです。生理食塩水で鼻腔内を洗い流すことで、鼻水や膿、花粉やハウスダストなどの刺激物を物理的に除去し、粘膜を保湿する効果があります4。
製品名 | タイプ | 主な特徴 | 妊娠・授乳中の使用に関する情報(メーカー公表) |
---|---|---|---|
ハナノア | シリンジ型、シャワー型 | 「痛くない鼻うがい」として知られる。洗浄液を鼻から入れて口から出すタイプと、鼻から入れて鼻から出すシャワータイプがある。 | 医薬品ではないため、妊娠中・授乳中も使用可能。ただし、香りが合わない場合は使用を控えること。心配な場合は医師に相談を推奨22。 |
チクナイン鼻洗浄器 | シャワー型 | 蓄膿症(副鼻腔炎)をターゲットにした製品。洗浄液に漢方成分が含まれているわけではなく、洗浄作用に特化。 | 医薬品ではないため、妊娠中・授乳中も使用可能(製品Q&A等で確認)。 |
ハナクリーン | ポンプ式、ハンディ型 | ポンプで水圧を調整できるタイプ(α/EX)と、携帯に便利なハンディタイプ(S)がある。温度計付きで適温での洗浄が可能。 | 医薬成分を含まないため、妊娠中も使用可能(製品説明より)。 |
サイナス・リンス | ボトル型 | 大量の洗浄液(240ml)で優しく洗い流す「ラージボリューム&ロープレッシャー」システム。防腐剤・医薬品成分不使用。 | 薬品、防腐剤等不使用のため、妊娠中でも安心して使用可能と明記23。 |
2.3 身体と生活習慣の工夫
日々の何気ない習慣や姿勢を見直すことも、鼻づまりの緩和につながります。
- 睡眠時の姿勢: 横になると鼻づまりが悪化するのは、重力によって鼻粘膜への血流が増えるためです。枕やクッションを使って上半身を30度ほど高くして寝ると、鼻腔内のうっ血が軽減され、呼吸が楽になります15。また、詰まっている方の鼻を上にして横向きに寝るのも一つの方法です4。特に、体の左側を下にして寝る「左側臥位」は、下大静脈への子宮による圧迫を避け、全身の血流を改善する効果があり、結果的に鼻づまりの軽減につながる可能性も指摘されています4。
- 適度な運動: ウォーキングなどの適度な運動には、交感神経を刺激して鼻粘膜の血管を収縮させ、鼻の通りを良くする自然なうっ血除去効果があります15。ただし、妊娠中の運動は、必ず事前に産科の主治医に相談し、自身の状態に合った安全な範囲で行うことが絶対条件です18。
- 食事と栄養: 食事が直接鼻づまりを治すわけではありませんが、体のコンディションを整えることは重要です。例えば、ビタミンDは免疫バランスの調整に関与し、アレルギー反応を和らげる働きが期待されています4。魚や卵黄、きのこ類などを意識的に食事に取り入れると良いでしょう。また、腸内環境を整えることも、免疫機能の正常化に寄与すると考えられています4。
- 鼻腔拡張テープ: 就寝時に鼻に貼ることで、鼻翼を物理的に広げ、空気の通り道を確保する鼻腔拡張テープも、安全で手軽な選択肢です。特に夜間の鼻呼吸をサポートするのに役立ちます15。
これらのセルフケアは、一つひとつは小さな工夫かもしれませんが、組み合わせることで大きな効果を発揮することがあります。根気よく試しながら、自分に合った方法を見つけることが、つらい鼻づまりを乗り越える鍵となります。
第3章 医療機関への相談:いつ、誰に、何を話すか
セルフケアを試しても症状が改善しない場合や、日常生活に大きな支障が出ている場合は、我慢せずに医療機関に相談することが重要です。適切なタイミングで専門家の助けを求めることは、母体と胎児の健康を守る上で賢明な判断です。
医師の診察を受けるべきタイミング
以下のような状況では、速やかに医師の診察を受けることを推奨します。
- セルフケアで改善しない: 第2章で紹介した様々な方法を試しても、鼻づまりが十分に緩和されない場合。
- 症状が重い: 鼻づまりが原因で睡眠がほとんどとれない、食事が困難、集中力が著しく低下するなど、QOL(生活の質)が大きく損なわれている場合4。
- 副鼻腔炎が疑われる: 黄色や緑色の粘り気のある鼻水、顔面(頬、目の奥など)の痛み、頭痛、発熱といった症状が見られる場合14。副鼻腔炎は適切な治療が必要です。
- 市販薬を使用する前: 自己判断で市販の飲み薬や点鼻薬を使用することは絶対に避けるべきです。使用する前には、必ず医師や薬剤師に相談してください24。
誰に相談するか:産婦人科医と耳鼻咽喉科医の役割
- まずは産婦人科の主治医へ: 妊娠中の健康管理の第一人者は、かかりつけの産婦人科医です。産科医は、妊娠中の身体の変化や、どの薬がどの時期に安全に使用できるかについて最も精通しています19。多くの場合、初期的な治療薬は産科で処方してもらうことが可能です24。まずは主治医に症状を詳しく伝え、相談することから始めましょう。
- 耳鼻咽喉科医への相談: 症状が非常に重い、産科で処方された薬で改善しない、あるいは副鼻腔炎や鼻の構造的な問題など、より専門的な診断が必要な場合には、耳鼻咽喉科医の診察が推奨されます21。耳鼻咽喉科を受診する際には、必ず妊娠中であること、そして現在の妊娠週数を正確に伝えることが極めて重要です17。
信頼できる情報源:「妊娠と薬情報センター」
妊娠中の薬の使用に関する不安は、多くの妊婦が抱える共通の悩みです。医師から薬を処方されても、本当に安全なのか心配になることもあるでしょう。こうした不安を解消し、科学的根拠に基づいた正確な情報を提供するために、非常に重要な公的機関が存在します。
それが、厚生労働省の事業として国立成育医療研究センター内に設置されている「妊娠と薬情報センター」です3。
- 目的と役割: このセンターは、妊娠・授乳中の薬物治療に関する専門的な相談に対応し、国内外の最新の研究データや症例を集積・評価して、個々の状況に応じた情報を提供しています25。
- 利用方法: 相談は、かかりつけの医師を通じて行う方法と、患者自身が直接申し込む方法があります。直接申し込む場合は、センターのウェブサイトから問診票などをダウンロードし、手続きを進めます。全国の拠点病院で対面での相談を受けることも可能です26。
- その価値: 医師の中にも、万が一のリスクを考えて妊婦への処方をためらうケースが散見されます24。一方で、患者側も薬への恐怖心から必要な治療を拒んでしまうことがあります。このような状況で、「妊娠と薬情報センター」は、客観的で信頼性の高い判断材料を提供する第三者機関として、非常に大きな価値を持ちます。医師との対話の中で、「妊娠と薬情報センターの見解も参考にしたい」と提案することで、患者は単なるケアの受け手から、自身の治療方針決定に積極的に関与するパートナーへと変わることができます。この機関の存在を知っておくことは、より安心して、納得のいく医療を受けるための強力な武器となるのです。
第4章 妊娠中の薬物療法:安全な選択肢の理解
薬に頼らないセルフケアが基本である一方、症状が重く生活に支障をきたす場合には、薬物療法が有効かつ必要な選択肢となります。重要なのは、 untreated symptomsのリスク(睡眠不足、ストレス、喘息の悪化など)と、十分に安全性が検討された薬を使用するごくわずかなリスクを天秤にかけることです16。治療の原則は、「最も安全な薬を、必要最小限の量で、最短期間使用する」ことです。治療は、国際的に推奨されている段階的なアプローチ(ステップワイズアプローチ)で行われます。まず非薬物療法を試し、効果が不十分な場合に局所療法(点鼻薬)、それでもコントロールできない場合に全身療法(内服薬)へと進みます27。特に、胎児の主要な器官が形成される妊娠初期(~15週)は、薬物による催奇形性のリスクが最も高い時期であり、薬の使用は可能な限り避けるべきです28。妊娠5ヶ月を過ぎると、奇形のリスクは大幅に低下しますが、胎児の発育に影響を与える胎児毒性の可能性は残るため、引き続き慎重な判断が求められます29。
4.1 局所療法:点鼻薬
点鼻薬は、薬剤が鼻粘膜に直接作用し、血中に吸収される量がごくわずかであるため、胎児への影響が非常に少なく、妊娠中の鼻炎治療における第一選択となります27。
- ステロイド点鼻薬: 持続性の鼻炎に対して最も効果的な治療薬の一つとされています27。炎症を強力に抑え、鼻づまり、鼻水、くしゃみのすべてに効果を発揮します。
- 抗ヒスタミン点鼻薬: アレルギー性のくしゃみや鼻水に特に有効です。アゼラスチン(商品名:ザジテンなど)が例として挙げられます32。
- ケミカルメディエーター遊離抑制薬: アレルギー反応を引き起こす物質(ヒスタミンなど)が放出されるのを防ぐ薬で、非常に安全性が高い選択肢です。クロモグリク酸ナトリウム(商品名:インタールなど)がこれにあたり、特にアレルギー性鼻炎の予防的治療に用いられます27。
- 【重要】血管収縮性点鼻薬に関する注意: 市販の点鼻薬の多くに含まれる血管収縮薬(ナファゾリンなど)は、即効性があり一時的に鼻の通りを劇的に改善します。しかし、この効果は一時的なもので、連用すると「リバウンド現象」を起こし、かえって鼻づまりが悪化する薬剤性鼻炎を引き起こすリスクがあります8。使用は、どうしてもつらい時の頓服(とんぷく)にとどめ、連続使用は最大でも3日間までと厳しく制限すべきです9。局所作用であるため短期間の使用は比較的安全とされていますが9、他の安全な点鼻薬が利用可能な場合は、そちらを優先すべきです。
4.2 全身療法:内服薬
点鼻薬などの局所療法で症状が十分にコントロールできない場合に限り、内服薬の使用が検討されます。
- 経口抗ヒスタミン薬:
- 【重要】経口血管収縮薬(経口鼻閉改善薬)に関する警告: プソイドエフェドリンなどの経口血管収縮薬は、特に妊娠第一トリメスター(初期)の使用において、胎児の腹壁破裂(腹部の壁が正常に形成されない先天異常)のリスクをわずかに増加させる可能性が報告されています9。このため、妊娠中の経口血管収縮薬の使用は原則として避けるべきです。患者がしばしば「鼻づまりの薬」と一括りにしてしまう点鼻薬と内服薬の安全性プロファイルには、このように天と地ほどの差があることを明確に認識する必要があります。
薬剤分類/一般名 | 全般的な推奨 | 妊娠初期(~15週) | 妊娠中期・後期 | 主な留意点 |
---|---|---|---|---|
ステロイド点鼻薬(ブデソニドなど) | 第一選択 | 症状が重い場合に考慮 | 推奨 | 全身への影響が少なく安全性が高い。ブデソニドが最もデータ豊富30。 |
抗ヒスタミン点鼻薬 | 選択肢の一つ | 症状に応じて考慮 | 選択肢の一つ | アレルギー症状に有効。全身への影響は少ない。 |
ケミカルメディエーター遊離抑制点鼻薬 | 安全な選択肢 | 推奨 | 推奨 | 安全性が非常に高い。特にアレルギー予防に有効27。 |
血管収縮性点鼻薬 | 限定的使用 | どうしても必要な場合のみ | どうしても必要な場合のみ | 3日以内の頓服使用に厳守。連用は薬剤性鼻炎のリスク10。 |
経口抗ヒスタミン薬(ロラタジン、セチリジン) | 第二選択 | 慎重に判断 | 推奨 | 点鼻薬で効果不十分な場合に。ロラタジン、セチリジンが推奨される27。 |
経口血管収縮薬(プソイドエフェドリンなど) | 原則として使用しない | 禁忌 | 原則として使用しない | 胎児の先天異常リスクとの関連が指摘されているため、避けるべき9。 |
4.3 その他の治療法
- 漢方薬: 妊娠中の症状緩和に漢方薬が処方されることがあります21。しかし、全ての漢方薬が妊娠中に安全なわけではありません。必ず、漢方に精通した医師の診断のもとで処方を受ける必要があります。
- アレルゲン免疫療法: スギ花粉症などに対する舌下免疫療法や皮下免疫療法は、妊娠前から開始しており、安定した状態で効果が得られている場合は、妊娠中も継続することが可能です30。しかし、アナフィラキシーショックのリスクがあるため、妊娠中に新たに治療を開始することは推奨されません。
- レーザー治療: 重症の鼻炎に対して、鼻粘膜をレーザーで焼灼し、アレルギー反応を鈍くする治療法です。母体の体調が安定していれば、妊娠中でも施行可能な場合があります33。花粉症シーズン前に計画的に受けておくのも一つの選択肢です。
よくある質問
Q1: 妊娠中の鼻づまりは、いつ頃から始まって、いつ終わりますか?
Q2: 鼻うがいは水道水でやってもいいですか?
Q3: 市販の点鼻薬は使っても大丈夫ですか?
Q4: 鼻づまりがひどくて、いびきをかくようになりました。赤ちゃんに影響はありますか?
Q5: 鼻づまりに効く食べ物や飲み物はありますか?
結論:健やかなマタニティライフのために
妊娠中の鼻づまりは、多くの女性が経験する、つらく厄介な症状です。しかし、それは乗り越えられない壁ではありません。このレポートで詳述したように、科学的根拠に基づいた有効な対処法が存在します。
重要なのは、以下の三段階の戦略を理解し、実践することです。
- 原因を理解する: なぜ鼻が詰まるのか、その背景にあるホルモンや血流の変化、そしてアレルギーや副鼻腔炎との違いを認識することが、全ての出発点です。
- セルフケアを極める: 加湿、鼻うがい、睡眠時の工夫など、薬に頼らない安全なセルフケア方法を包括的に試し、自分に合った組み合わせを見つけることで、多くの場合は症状を大幅に緩和できます。
- 賢明に医療を活用する: セルフケアで改善しない場合は、決して我慢しすぎず、専門家に相談する勇気を持つことが重要です。産科医や耳鼻咽喉科医と連携し、「妊娠と薬情報センター」のような信頼できる情報源を活用することで、患者は自身と赤ちゃんの健康を守るための、情報に基づいた意思決定の主体となることができます。
妊娠中の鼻づまりは、確かに不快な試練かもしれません。しかし、正確な知識で武装し、主体的に行動することで、その影響を最小限に抑え、妊娠というかけがえのない期間を、より健やかで快適に過ごすことが可能になるのです。
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、または健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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