お子様の疥癬:症状・原因から最新治療、家庭での完全対策までを専門家が徹底解説
小児科

お子様の疥癬:症状・原因から最新治療、家庭での完全対策までを専門家が徹底解説

お子様が「疥癬(かいせん)」と診断されたとき、多くの保護者様は強い不安や戸惑いを感じることでしょう。痒みに苦しむお子様の姿を見るのは辛く、また「うつる病気」であることから、ご家族や周囲への影響も心配になるのは当然のことです。しかし、まず最も重要なことをお伝えします。疥癬は、正しい知識を持って適切に対応すれば、必ず治癒する病気です1。この報告書は、日本皮膚科学会や国立感染症研究所、世界保健機関(WHO)などの最新の医学的知見に基づき、保護者の皆様が抱える疑問や不安を解消し、お子様のために最善の行動がとれるよう、包括的かつ信頼性の高い情報を提供することを目的としています1。疥癬の克服に向けた鍵は、専門医による「正確な診断」、お子様だけでなくご家族全員で取り組む「根気強い治療」、そして再感染を防ぐための「徹底した環境対策」という三つの柱を正確に実行することにあります。本報告書は、この三つのステップを、専門家の視点から一つひとつ丁寧に解説していきます。

この記事の科学的根拠

この記事は、報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源の一部とその医学的指針との関連性です。

  • 公益社団法人日本皮膚科学会: 本記事における診断、治療、管理に関する中心的な指針は、同学会が発行する「疥癬診療ガイドライン」に基づいています1
  • 国立感染症研究所 (NIID): ヒゼンダニの生態、感染経路、潜伏期間に関する詳細な情報は、同研究所が提供する公的データに準拠しています3
  • 世界保健機関 (WHO): 疥癬の国際的な定義、公衆衛生上の重要性、および治療の基本原則に関する記述は、WHOの公式ファクトシートを参考にしています4
  • 米国疾病予防管理センター (CDC): 治療法、環境整備、集団発生時の対応策については、CDCが推奨するガイドラインの知見を取り入れています5

要点まとめ

  • 疥癬は「ヒゼンダニ」という微小なダニが皮膚に寄生して起こる病気で、適切な治療で必ず完治します。
  • 最も特徴的な症状は「夜間に強くなる激しい痒み」です。乳幼児では顔や頭にも症状が出ることがあります。
  • 治療の絶対的原則は、症状がなくても家族や濃厚接触者全員が同時に治療を受けることです。
  • 衣類や寝具の消毒は「50℃以上のお湯に10分間」または「高温乾燥機」が科学的根拠に基づいた有効な方法です。
  • 治療後に痒みが続くことがありますが、多くは治癒過程の一部です。自己判断で薬を使い続けず、必ず皮膚科専門医に相談してください。

第1章:疥癬の正体 — 小さな侵入者「ヒゼンダニ」の徹底解剖

疥癬は、ウイルスや細菌による感染症とは異なり、「ヒゼンダニ(学名:Sarcoptes scabiei var. hominis)」という非常に小さなダニが皮膚に寄生することによって引き起こされる寄生虫性皮膚疾患です1。この目に見えない敵の正体を知ることが、効果的な対策の第一歩となります。

侵入者:ヒゼンダニの生態

ヒゼンダニは、成虫のメスでも体長約0.4mmと極めて小さく、肉眼でその姿を確認することはほぼ不可能です1。この微小なサイズこそが、診断を難しくさせる一因でもあります。このダニの生活環(ライフサイクル)は、疥癬という病気の本質を理解する上で非常に重要です。

  • 侵入とトンネル形成:交尾を終えたメスのヒゼンダニは、人の皮膚の最も外側にある「角質層」に侵入し、「疥癬トンネル」と呼ばれる横穴を掘り進みます3
  • 産卵:メスは4〜6週間ほどの寿命の間、このトンネル内に1日2〜3個の卵を産み続けます3
  • 孵化と成長:産み付けられた卵は3〜4日で孵化し、幼虫となってトンネルから這い出します。その後、皮膚の表面で脱皮を繰り返しながら若虫を経て、約2週間で次の世代を産むことができる成虫へと成長します3

この絶え間ない繁殖サイクルこそが、治療せずに放置すると症状が拡大していく根本的な原因です。

ヒゼンダニの弱点:環境制御の鍵

恐ろしい侵入者のように思えるヒゼンダニですが、人の皮膚から離れると非常に弱いという決定的な弱点を持っています。この弱点を理解することが、家庭内での感染拡大を防ぐ上で極めて重要になります。

  • 乾燥と温度への感受性:ヒゼンダニは乾燥に極めて弱く、人の皮膚から離れると数時間から長くとも2〜3日で感染力を失い、死滅します3
  • 温度:人の体温より低い環境では動きが鈍くなり、16℃以下ではほとんど動かなくなります1。逆に熱には非常に弱く、50℃の環境に10分間さらされると死滅することが確認されています1

この「50℃、10分」という条件は、後述する衣類や寝具の消毒における科学的根拠となります。家全体を特殊な方法で消毒する必要はなく、的を絞った対策で十分に対応可能であることを示しています。殺虫剤の噴霧や燻蒸は不要であり、推奨されていません5

感染経路:どのようにしてうつるのか

疥癬の主な感染経路は、感染している人の肌と肌が直接、長時間触れ合うことです1。保育園でのお昼寝、添い寝、手をつないでの散歩など、子供同士の密な触れ合いは感染のリスクを高める可能性があります。通常の社会生活における短時間の接触、例えば隣に座る程度では、後述する「通常疥癬」がうつる可能性は低いとされています3。衣類や寝具、タオルなどを介した間接的な感染は、通常疥癬では稀ですが、次に解説する「角化型疥癬」では主要な感染経路となり得るため、注意が必要です3
このヒゼンダニの生活環と弱点を理解することで、治療戦略の「なぜ」が見えてきます。例えば、ほとんどの治療薬は成虫には効果がありますが、卵には効きにくい(殺卵作用がない)という性質があります4。卵は3〜4日で孵化するため、1回目の治療で生き残った卵から孵った幼虫が、再び繁殖可能な成虫になる前に叩く必要があります。これが、多くの治療法で「1週間後に2回目の治療を行う」理由です8。このサイクルを断ち切ることが、完治への最も確実な道筋なのです。

第2章:お子様に見られる疥癬のサイン — 症状の完全ガイド

疥癬の症状は、単なる虫刺されや湿疹とは異なる特徴的な経過をたどります。特に、お子様の場合は大人とは異なる現れ方をすることがあり、保護者様がそのサインに気づくことが早期発見・早期治療につながります。

潜伏期間:症状のない「静かなる感染」

ヒゼンダニに初めて感染した場合、すぐには症状が現れません。通常、感染から約4〜6週間という長い潜伏期間があります3。この期間は、ヒゼンダニの虫体や糞、抜け殻などに対して、体の免疫システムがアレルギー反応を起こす準備をしている段階です3。最も注意すべきは、この症状のない潜伏期間中であっても、感染したお子様は他者へヒゼンダニをうつす可能性があるという点です4。これが、気づかないうちに家庭内や集団生活の場で感染が広がってしまう大きな理由です。一人の症状が発覚した時点で、すでに周囲の複数人が感染の初期段階にある可能性を考慮しなければなりません。これが、後述する「症状の有無にかかわらず、家族全員で同時に治療する」という原則の根拠となります。なお、過去に疥癬にかかったことがある人が再感染した場合は、体のアレルギー反応がすでに成立しているため、潜伏期間は1〜4日と非常に短くなります10

中核症状:夜間に強まる激しい痒み

疥癬を強く疑うべき最も特徴的な症状は、「夜間、特に就寝時に激しくなる痒み」です3。この痒みは非常に強く、眠れないほどになることも少なくありません。お子様が夜中に体を掻きむしっている、朝起きるとシーツに血がついているなどの様子が見られたら、疥癬の可能性を念頭に置くべきです。

特徴的な皮膚の症状(皮疹)

痒みとともに、皮膚にはいくつかの特徴的な変化が現れます。

  • 疥癬トンネル:これは疥癬に最も特徴的な皮疹で、診断の決め手となります。メスのヒゼンダニが角質層を掘り進んだ跡が、灰色がかった、あるいは茶褐色の細い線状の盛り上がりとして見えます1。手首の内側、手のひら、指の間などによく見られます。トンネルの先端には、虫体そのものが潜んでいます1
  • 赤いブツブツ(丘疹):ヒゼンダニに対するアレルギー反応として生じる、赤く小さな盛り上がった発疹です。お腹、胸、わきの下、太ももの内側など、体の柔らかい部分に散らばって現れることが多いです3
  • 結節:特に男児の陰嚢(いんのう)や、わきの下、おしりなどに、小豆ほどの大きさの硬いしこりができることがあります1。この結節は痒みが強く、治療後も数ヶ月から1年以上残ることがあります。

子供特有の症状:なぜ見逃されやすいのか

大人の疥癬では通常、顔や頭には皮疹ができません。しかし、乳幼児では、この常識が当てはまりません。

  • 非典型的な分布:乳幼児の場合、顔、頭、首、手のひら、足の裏といった、大人では稀な部位にも皮疹が広がることが大きな特徴です1
  • 水ぶくれや膿疱:特に手のひらや足の裏に、小さな水ぶくれ(小水疱)や膿を持った発疹(小膿疱)が多発することがあります1。これは「乳児期四肢膿疱症」と呼ばれる状態を呈することもあります1

この子供特有の症状の現れ方が、診断を難しくする最大の要因です。例えば、赤ちゃんの顔や頭に発疹が出た場合、多くの場合はアトピー性皮膚炎や乳児湿疹、あせもなどがまず疑われます17。もし疥癬を疑わずに、これらの病気の治療に用いられるステロイド外用薬を塗ってしまうと、痒みなどの炎症は一時的に抑えられますが、原因であるヒゼンダニは駆除されません。むしろ、ステロイドによって皮膚の免疫が抑制されることで、ヒゼンダニが異常に増殖し、より重症な「角化型疥癬」へ移行してしまう危険性すらあります1。したがって、原因不明の強い痒みや特徴的な皮疹が見られた場合は、自己判断せず、必ず皮膚科専門医を受診することが極めて重要です7

第3章:通常疥癬と角化型疥癬 — 感染力と重症度の違い

疥癬には、大きく分けて二つのタイプが存在します。「通常疥癬」と「角化型疥癬(別名:痂皮型疥癬、ノルウェー疥癬)」です。この二つは、寄生しているヒゼンダニの数、感染力、そして対策が全く異なるため、両者の違いを正確に理解することが不可欠です。以下の表は、二つの病型の違いをまとめたものです。

特徴 通常疥癬 角化型疥癬
ヒゼンダニの数 数十匹程度3 100万〜200万匹3
感染力 弱い3 非常に強い3
主な感染経路 長時間の肌と肌の直接接触3 短時間の接触、剥がれ落ちた皮膚片(落屑)を介した間接接触14
かゆみ 強い(特に夜間)3 不定(軽度または全くない場合もある)3
主な症状 赤いブツブツ(丘疹)、疥癬トンネル3 厚い角質増殖、牡蠣(かき)の殻のような痂皮(かさぶた)1
好発部位 顔・頭を除く全身(乳幼児は例外あり)1 全身(頭、顔、爪も含む)1
感染した場合の潜伏期間 約1〜2ヶ月3 4〜5日と非常に短い3
リスクのある患者 免疫力は正常3 免疫力が低下した人(高齢者、重い基礎疾患、ステロイドや免疫抑制剤の使用者など)1

角化型疥癬がもたらす公衆衛生上の意味

この表から明らかなように、角化型疥癬は通常疥癬とは全く異なる次元の病態です。寄生するダニの数が100万匹以上と桁違いに多く、皮膚からは常にダニを含んだ角質(フケやアカ)が大量に剥がれ落ちます14。これにより、患者が使用した寝具や椅子、衣類などを介して、短時間の接触でも容易に他者へ感染が広がります。さらに、角化型疥癬の患者は、免疫力の低下などが原因で、痒みを強く感じない、あるいは全く感じないことがあります3。そのため、本人も周囲も病気に気づかず、診断が遅れるケースが少なくありません。この「気づかれない感染源」が、高齢者施設や保育園、病院などで集団発生(アウトブレイク)を引き起こす最大の原因となります3。事実上、施設内での集団発生は、ほぼ例外なく角化型疥癬の患者が感染源となっています。
このため、角化型疥癬と診断された場合の対応は、公衆衛生上の緊急事態と捉えられます。患者の個室隔離、介護者の徹底した防護(手袋・ガウンの着用)、寝具や衣類の毎日の交換と熱処理、そして殺虫剤による環境消毒など、極めて厳格な感染対策が必要となります8。また、接触した可能性のある人は、症状がなくても予防的な治療の対象となることがあります8。お子様が診断された場合、通常は「通常疥癬」ですが、もし「角化型疥癬」と診断された場合は、それは個人の病気ではなく、家族と地域社会を守るための対策が必要な状況であると理解し、医師や保健所の指示に厳密に従うことが求められます。

第4章:診断への道のり — 皮膚科医が行う検査と確定診断

疥癬の診断は、時に専門家にとっても難しいことがあります。自己判断や、専門外の医師による診断は誤診のリスクを伴うため、疑わしい症状があれば必ず皮膚科専門医を受診することが重要です1。日本皮膚科学会の診療ガイドラインでは、診断は以下の三つの要素を総合的に勘案して行われます1

診断の三本柱

  • 臨床症状:これまでに述べてきた「夜間に増強する激しい痒み」や、「疥癬トンネル」「赤い丘疹」「結節」といった特徴的な皮疹の存在が、診断の最も重要な手がかりとなります1
  • ヒゼンダニの検出:皮膚からヒゼンダニの虫体、卵、または糞を検出することです。これができれば「確定診断」となり、最も確実な証拠となります1
    • 検査方法:皮膚科医は、ダーモスコープ(特殊な拡大鏡)で皮膚を観察し、疥癬トンネルを見つけます。そして、トンネルの先端をメスの刃で軽くこすったり(皮膚掻爬)、注射針の先で引っかけて虫体を採取したり、眼科用の小さなハサミで皮疹の一部を切り取ったりします1。採取された検体は、顕微鏡で観察され、虫体、卵、糞(黒褐色の粒状のもの)の有無が確認されます1
  • 疫学的状況:家族や同居者、保育園のクラスメートなど、身近な人に疥癬と診断された人がいるか、あるいは同様の症状を持つ人がいるか、といった情報も診断の重要な要素となります1

診断の難しさ:「陰性」が「非感染」を意味しない理由

確定診断の鍵はヒゼンダニの検出ですが、ここには大きな落とし穴があります。通常疥癬の場合、一人の患者の全身に寄生しているヒゼンダニの数は、多くの場合10〜15匹程度と非常に少数です9。広大な皮膚の中から、この数匹のダニが潜む場所を正確に見つけ出して採取するのは、熟練した皮膚科医にとっても容易ではありません。そのため、顕微鏡検査でのヒゼンダニの検出率は60%前後と報告されており、決して高くはありません14。つまり、顕微鏡検査でダニが見つからなかった(陰性だった)としても、それだけで疥癬を否定することはできないのです11
この点を理解することは、保護者様にとって非常に重要です。もし、お子様に典型的な臨床症状(夜間の痒み、特徴的な皮疹)があり、家族内にも同様の症状の人がいる場合、たとえ顕微鏡検査が陰性であっても、医師は「臨床診断」として治療を開始することがあります。これは、検査の限界を考慮した上での専門的な判断です。「検査で何も出なかったのだから疥癬ではないはずだ」と自己判断して治療を中断してしまうと、見逃されたヒゼンダニが増殖し、結果的に治癒が遅れてしまいます。医師が治療を推奨する際は、その臨床的判断を信頼し、治療計画に従うことが大切です。必要であれば、数週間後に再度検査を行うこともあります11

第5章:お子様のための最新・最適治療法 — 日本国内で利用可能な選択肢

疥癬の治療のゴールは、処方された薬剤を用いて、皮膚に寄生しているヒゼンダニを完全に駆除することです1。治療によってダニが全滅した後も痒みが続くことがありますが、それは別の問題として対処します14

治療の基本原則:誰を、いつ治療するか

最も重要な原則は、「診断された患者本人だけでなく、同居している家族や、長時間肌が触れ合うような密な接触があった人(例:添い寝をした祖父母など)も、症状の有無にかかわらず、全員が同時に治療を開始する」ことです4。前述の通り、疥癬には長い潜伏期間があり、症状が出ていない家族がすでに感染している可能性があるためです。一人でも治療から漏れると、その人が新たな感染源となり、家庭内で感染が繰り返される「ピンポン感染」に陥ってしまいます。

日本で利用可能な治療薬

現在、日本国内で疥癬治療に保険適用が認められている、あるいは一般的に使用されている主な薬剤は以下の通りです。どの薬剤を選択するかは、お子様の年齢、体重、症状の重症度などを考慮して、医師が総合的に判断します。

薬剤名(製品名) 剤形 保険適用 対象 使用法 小児・乳幼児への注意 長所 短所
イベルメクチン (ストロメクトール®) 内服錠 あり11 通常疥癬、角化型疥癬 空腹時に体重1kgあたり200μgを1回服用。1週間後に効果を判定し、必要に応じて再投与1 体重15kg未満の小児に対する安全性は確立しておらず、原則として使用しない4 服用するだけなので簡便。塗り薬の煩わしさがない。 卵には効果がないため、再投与が必要な場合がある。肝機能障害などの副作用の可能性8
フェノトリン (スミスリン®ローション5%) 外用ローション あり1 通常疥癬、角化型疥癬 1週間隔で2回、首から下の全身に塗布。塗布後12時間以上経過してから洗い流す8 乳幼児では顔面・頭部にも塗布する8。日本での乳幼児への使用経験は限られるが、医師の判断で使用可能18 海外の第一選択薬ペルメトリンと同系統で効果が高い。 卵には効果がないため、1週間後の再塗布が必須。乳幼児への安全性が完全に確立されているわけではない8
イオウ(硫黄)剤 (5-10%イオウ軟膏など) 外用軟膏 あり11 通常疥癬 医師の指示に従い、連日、首から下の全身に塗布する11 乳幼児や妊婦にも安全に使用できる11 安全性が高く、最も小さいお子様にも使用できる。 特有の臭いがある。べたつき、衣類への付着。皮膚への刺激感や接触皮膚炎を起こすことがある11
クロタミトン (オイラックス®クリーム10%) 外用クリーム なし (使用は容認)19 通常疥癬 医師の指示に従い、連日、首から下の全身に塗布する19 乳幼児にも使用可能だが、広範囲・長期間の使用は避ける19 痒みを抑える効果も併せ持つ。 殺ダニ効果が他の薬剤より弱いとされ、治療失敗例も報告されている。接触皮膚炎のリスク19

お子様の治療における最重要ポイント

保護者様が特に理解しておくべき、お子様特有の治療上の注意点が二つあります。
第一に、治療薬の選択肢が年齢と体重によって制限されることです。最も簡便な飲み薬であるイベルメクチンは、体重15kg未満のお子様には使用できません4。これは、多くの幼児が対象外となることを意味します。その結果、治療の主体は塗り薬となります。その中で、フェノトリン(スミスリン®)は効果が高い選択肢ですが、添付文書上、乳幼児への安全性が確立されていないという記載があり、保護者様としては不安を感じるかもしれません18。一方で、イオウ軟膏は古くからあり、乳児への安全性が確認されていますが、毎日の塗布が必要で、臭いやべたつきといった使い勝手の悪さがあります11。このため、特に小さなお子様の治療では、医師と相談の上、「効果と利便性のフェノトリン」と「確立された安全性のイオウ軟膏」のどちらを選択するか、あるいは併用するかを慎重に決定することになります。
第二に、塗り薬の塗り方が大人と根本的に異なる点です。大人の場合、薬は「首から下の全身」に塗るのが原則です8。しかし、第2章で述べたように、乳幼児は顔や頭にも皮疹ができるため、塗り薬は顔や頭を含めた全身にくまなく塗布する必要があります5。これを怠ると、頭部に生き残ったダニが再び全身に広がり、治療が失敗に終わる原因となります。指の間、爪の周り、おしりの割れ目、性器の周りなど、塗り残しやすい場所にも注意深く、しかし優しく塗り広げることが完治への鍵です。

第6章:家庭でできる感染拡大防止策と環境整備

治療薬によるダニの駆除と並行して、家庭内の環境からダニを排除し、再感染のループを断ち切ることが極めて重要です。ただし、必要以上に対策を行って疲弊する必要はありません。診断されたのが「通常疥癬」か「角化型疥癬」かによって、対策のレベルが大きく異なることを理解しましょう。

基本原則:全員一斉治療

繰り返しになりますが、最も重要なのは、診断されたお子様と、同居する家族全員が同じタイミングで治療を開始することです4

家庭内対策チェックリスト

以下に、診断された際に家庭で行うべき対策をチェックリスト形式でまとめました。

対策項目 通常疥癬 角化型疥癬 実施のポイントと根拠
治療
□ 家族全員の同時治療
必須 必須 症状のない潜伏期間中の家族からの「ピンポン感染」を防ぐため23
リネン・衣類
□ 治療開始時の洗濯
推奨 必須 治療開始前3日間に肌に触れたシーツ、衣類、タオルなどを洗濯。50℃以上のお湯に10分以上浸すか、高温乾燥機を使用することでダニは死滅する1
□ 毎日のリネン交換 不要 必須 剥がれ落ちる大量のダニを除去するため、シーツなどは毎日交換し、熱処理後に洗濯する26
洗濯できないもの
□ 布団・ぬいぐるみ等の隔離
推奨 必須 大きなビニール袋に入れて口を固く縛り、72時間〜1週間放置する。人の肌から離れたダニは数日で死滅するため、これで十分消毒できる4
清掃
□ 部屋の掃除機がけ
通常通りで良い 必須(毎日) 通常疥癬では通常の清掃で十分26。角化型疥癬では、感染源となる落屑を回収するため、毎日丁寧に掃除機をかけることが重要26
その他
□ 患者の個室隔離
不要 必須 通常疥癬では隔離は不要26。角化型疥癬では感染力が極めて強いため、治療開始後1〜2週間は個室での生活が推奨される8
□ 殺虫剤の使用 不要 要相談 通常疥癬では不要26。角化型疥癬では、医師や保健所の指示に従い、ピレスロイド系の殺虫剤を部屋に散布することがある8

このリストが示すように、対策のレベルは病型によって大きく異なります。通常疥癬の場合、過度な心配は不要で、治療開始日の洗濯と清掃を徹底すれば十分です。これにより、保護者様の精神的・物理的負担を軽減できます。一方で、角化型疥癬の場合は、家族と地域社会への感染拡大を防ぐという強い意識を持ち、より厳格な対策を徹底する必要があります。

第7章:治療後のケアとよくある質問

ヒゼンダニを駆除する治療が終わった後も、いくつかの疑問や問題が生じることがあります。ここでは、よくある質問とその対処法について解説します。

「治ったはずなのに、まだ痒い!」— 疥癬後掻痒について
治療が成功してヒゼンダニが全滅した後も、痒みが数週間から、時には数ヶ月続くことがあります10。これは「疥癬後掻痒(そうよう)」と呼ばれる状態で、治療の失敗を意味するものではありません。
この痒みの原因は、皮膚の角質層内に残ったダニの死骸や糞に対するアレルギー反応が続いているためです22。体からこれらの異物が完全に排出されるまでには時間がかかります。この時期に「治っていない」と勘違いして、自己判断で殺ダニ剤を繰り返し使用すると、薬剤による皮膚炎(かぶれ)を引き起こし、かえって痒みを悪化させてしまう可能性があります19
対処法

  • まずは、治療が成功していることを皮膚科医に再確認してもらいます(顕微鏡検査で生きたダニがいないことを確認)。
  • 痒みに対しては、医師から処方される抗ヒスタミン薬の飲み薬や、非ステロイド系の塗り薬、保湿剤などを用いて症状を和らげます14
  • 痒みがなくなるまでには時間がかかることを理解し、焦らずに症状と付き合っていくことが大切です。

この治療後の痒みの存在を事前に知っておくことで、保護者様は冷静に対応できます。「これは治癒過程の一部なのだ」と理解することで、不必要な不安や誤った対処を防ぐことができます。

保育園・学校への復帰はいつから?
一般的に、処方された薬剤による最初の治療を適切に完了した翌日から、保育園や学校へ登園・登校することが可能です9。ただし、園や学校によっては独自の規定がある場合もあるため、事前に確認しておくとスムーズです。
ペットからうつることはありますか?
イヌやネコ、タヌキなどにも、それぞれ特有のヒゼンダニが寄生することがあります(例:イヌ疥癬)。これらの動物と密に接触すると、そのダニが一時的に人の皮膚に寄生し、痒みや発疹を引き起こすことがあります3
しかし、動物のヒゼンダニは人の皮膚の上では繁殖できず、生活環を全うすることができません3。そのため、人から人へうつることはなく、感染源であるペットを動物病院で治療すれば、人の症状も自然に治まっていきます。人の疥癬治療薬を使用する必要はありません。

結論

お子様の疥癬という診断は、ご家族にとって大きな試練であることと存じます。しかし、本報告書で解説してきたように、疥癬は正体不明の恐ろしい病気ではありません。原因となるヒゼンダニの生態は解明されており、それに基づいた効果的な治療法と管理法が確立されています。最も重要な要点をもう一度まとめます。

  • 疥癬は、適切な治療で必ず完治します。
  • 診断は皮膚科専門医に委ね、臨床診断の重要性も理解してください。
  • 治療は、症状の有無にかかわらず、家族全員で同時に行うことが鉄則です。
  • お子様への塗り薬は、顔や頭を含めた全身に、指示通り正確に塗布してください。
  • 治療後に痒みが続いても、多くは正常な治癒過程です。焦らず、医師に相談しながら症状を管理しましょう。

この困難な経験を乗り越える上で、保護者様の正しい知識と、皮膚科医との強い信頼関係が何よりの力となります。一人で抱え込まず、専門家と協力しながら、一つひとつのステップを確実に実行していけば、必ず平穏な日常を取り戻すことができます。この報告書が、その一助となることを心から願っています35

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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