新生児のサーモンパッチ(ウンナ母斑):親が知っておくべき医学的知識と安心のための完全ガイド
小児科

新生児のサーモンパッチ(ウンナ母斑):親が知っておくべき医学的知識と安心のための完全ガイド

生まれたばかりの赤ちゃんの肌に赤いあざを見つけると、親として心配になるのはごく自然なことです1。そのあざが何なのか、体に害はないのか、消えるのか、さまざまな疑問が頭をよぎるでしょう。この解説は、そうした親御さんの不安を、確かな医学的知識に基づく自信へと変えることを目的としています。新生児に見られるこれらの赤いあざの多くは、「サーモンパッチ」や「ウンナ母斑」と呼ばれるもので、非常にありふれた、そしてほとんどの場合において全く無害な皮膚の特徴です。これらは病気や怪我のしるしではなく、多くの赤ちゃんが持って生まれてくる正常な発達過程の一部なのです。本稿では、小児皮膚科学の専門的知見に基づき、このあざの正体、原因、自然な経過、そしてどのような場合に専門家への相談を検討すべきかについて、包括的かつ詳細に解説します。この情報を得ることで、親御さんは冷静に赤ちゃんの状態を見守り、不要な心配から解放され、確信を持って適切な判断を下せるようになるでしょう。

要点まとめ

  • サーモンパッチやウンナ母斑は、新生児の20%~40%に見られる非常に一般的で無害な赤あざです2, 3
  • 原因は皮膚の浅い部分にある毛細血管がわずかに拡張したもので、病気や遺伝のせいではありません4
  • 顔にできる「天使のキス(サーモンパッチ)」は、生後1~3年でほとんどが自然に消えます2。うなじの「コウノトリのくちばしの跡(ウンナ母斑)」は残りやすいですが、髪で隠れるため問題になることは稀です5, 6
  • あざが平坦で、指で押すと色が薄くなるのが特徴です。盛り上がったり、生後に大きくなったりする場合は、別の種類のあざの可能性があるため専門医への相談が推奨されます7, 8
  • 万が一あざが残っても、安全で効果的なレーザー治療があり、日本の公的医療保険が適用されます9

第1章:あざの呼び名を整理する:サーモンパッチ、ウンナ母斑、天使のキス、コウノトリのくちばしの跡

新生児の赤いあざには複数の呼び名があり、混乱の原因となることがあります。しかし、これらの多くは医学的に同じものを指しており、その違いは主に「現れる場所」にあります。この章では、まずその名称を整理し、明確な理解の土台を築きます。

医学的名称:正中部母斑とネブス・シンプレックス

これらのあざの医学的な包括的名称はネブス・シンプレックス (Nevus Simplex) です2。これは良性の毛細血管奇形(後述)の一種を指す国際的な用語です。日本の臨床現場では、これらのあざが体の中心線(正中線)上に現れることが多いことから、正中部母斑 (Seichubu Bohan) という名称も広く使われています6

場所によって変わる呼び名:サーモンパッチとウンナ母斑

正中部母斑(ネブス・シンプレックス)は、出現する部位によって、主に二つの呼び名で区別されます。この区別は、あざの見た目だけでなく、その後の経過(予後)を予測する上でも重要です。

  • サーモンパッチ (Salmon Patch): 顔の中心部、特に眉間(みけん)、まぶた、鼻すじ、上唇の上などに現れるものを指します10。その色がサーモン(鮭)の身のような淡いピンク色であることから、この名が付けられました11
  • ウンナ母斑 (Unna’s Nevus): 首の後ろ(うなじ)や後頭部に現れる、サーモンパッチと全く同じ性質のあざを指します10

このように、医学的には同じネブス・シンプレックスですが、現れる場所によって呼び名が異なり、そして後述するように「消えやすさ」にも違いがあることを理解することが最初の重要なポイントです。

心温まる別名:天使のキスとコウノトリのくちばしの跡

これらのあざには、医学的な名称とは別に、世界中で語り継がれてきた美しい別名があります。これらは親の不安を和らげ、あざを肯定的に捉える助けとなります。

  • 天使のキス (Angel’s Kiss): 顔のサーモンパッチは、欧米で「天使のキス」と呼ばれます。赤ちゃんが生まれてくる前に、天使が愛情を込めてキスをした跡だと考えられています2
  • コウノトリのくちばしの跡 (Stork Bite): うなじのウンナ母斑は、「コウノトリのくちばしの跡」として知られています。これは、コウノトリが赤ちゃんを落とさないように大切にくちばしで運んできた証という、心温まる言い伝えです4

これらの別名は、あざが「幸運の印」であるというポジティブな文化的背景を示しており6、医学的な心配がほとんどないこのあざにふさわしい、優しい視点を提供してくれます。

第2章:あざの科学的背景:発生原因と有病率

このあざがなぜ現れるのか、そしてどれほど一般的なのかを科学的に理解することは、親の不安を解消する上で不可欠です。これは病気や異常ではなく、胎児期の発達過程における自然な現象です。

病態生理(なぜできるのか)

サーモンパッチやウンナ母斑の正体は、毛細血管奇形 (Capillary Malformation) と呼ばれる、皮膚の血管の良性な形成異常です4。より具体的には、皮膚の浅い層(真皮)にある毛細血管が、局所的に拡張したままになっている状態です2。胎児期の血液循環に関わっていた血管の一部が、出生後も未熟なまま残存した結果と考えられています2。いくつかの研究では、胎児の発生段階における皮膚の神経系の細胞の成熟がわずかに遅れることで、血管の収縮をコントロールする神経の調節が不十分になり、血管が拡張したままになると示唆されています12。重要なのは、これが腫瘍のように細胞が増殖するものでも、怪我による内出血でもない、という点です。単に、本来は収縮するはずの細い血管が少し開いたままになっているだけなのです。

有病率(どのくらいの赤ちゃんにみられるか)

サーモンパッチ(ウンナ母斑を含む)は、新生児期にみられる血管性のあざの中で最も頻度が高いものです2。統計には幅がありますが、新生児の20%から40%にみられると報告されています2。いくつかの調査では70%や80%という高い有病率も示されており、これは調査対象の人種や診断基準による違いを反映していますが、いずれにせよ「非常にありふれたものである」という事実は一貫しています13。つまり、赤ちゃん10人のうち少なくとも2人から4人、多い場合はそれ以上にこのあざが見られることになります。人種による差も報告されており、色の白い赤ちゃんの方が見つかりやすく、肌の色が濃い赤ちゃんでは目立ちにくい傾向があります4。性別による発生率の違いはありません12

遺伝との関連

遺伝が関与するかどうかについては、見解が分かれる部分があります。一部では遺伝的な要因が示唆され、常染色体優性遺伝の形式をとる場合があるとの記載もあります6。一方で、一般的には家族内での遺伝はないと考えられているとの報告もあります13。このことから、時折家族内で見られることはあっても、強い遺伝性を持つものではないと理解するのが妥当です。親御さんがあざを持っているからといって、必ずしも子どもに遺伝するわけではなく、また、あざがあることに対して遺伝的な責任を感じる必要は全くありません。

第3章:親による見分け方のポイント

サーモンパッチは特徴的な見た目をしており、いくつかの簡単なポイントを押さえることで、他の心配な「赤あざ」と見分ける助けになります。

視覚的な特徴

  • 形状と手触り: あざは皮膚の表面から盛り上がっておらず、平坦(へいたん)です。触ってもデコボコやしこりは感じられません5。これは、後述する「乳児血管腫」との大きな違いです。
  • 色調: 色は淡いピンク色から赤色です2。肌の色が濃い赤ちゃんの場合は、色がやや分かりにくいこともありますが、色調は同様です13
  • 境界: あざと周りの正常な皮膚との境目が、はっきりせず、ぼんやりしています9。これも、境界が明瞭な「単純性血管腫(ポートワイン母斑)」との違いになります。
  • 感覚: あざ自体に痛みやかゆみはありません12

重要な診断的サイン

親御さんが家庭で確認できる、サーモンパッチに特徴的な二つの重要なサインがあります。

  • 圧迫による退色(Blanching): あざの部分を指で優しく押すと、一時的に色が白っぽく薄くなり、指を離すとまた元の色に戻ります14。これは、圧迫によって拡張した毛細血管から一時的に血液が押し出されるために起こる現象で、サーモンパッチの典型的な特徴です。
  • 状況による色の変化: 多くの親御さんが経験し、時に心配になるのがこの現象です。赤ちゃんが泣いたり、いきんだり、お風呂上がりで体温が上がったり、興奮したりすると、あざの色が一時的に濃く、はっきりと見えるようになります2。これは、血流が増加することで、拡張している血管がより目立つためです。この色の変化は生理的な反応であり、あざが悪化したり、成長したりしている兆候では全くありません5。むしろ、この反応が見られること自体が、そのあざがサーモンパッチである可能性が高いことを示唆しています。

これらの特徴を理解することで、親御さんは日々の赤ちゃんの変化に一喜一憂することなく、冷静にあざの状態を観察することができます。

第4章:自然な経過:あざが消えていくタイムライン

サーモンパッチの最も喜ばしい特徴は、その多くが自然に消えていくことです。しかし、その経過はあざが現れた場所によって大きく異なります。この違いを理解することは、現実的な期待を持ち、不要な心配を避けるために非常に重要です。

顔のあざ(サーモンパッチ/天使のキス)の予後

顔面にできたサーモンパッチは、非常に高い確率で自然に消退します。多くの報告で、生後1年から3年の間に、色が薄くなるか、完全に消失するとされています2。より具体的な統計としては、約50%が生後1歳までに7、ほとんどが生後18ヶ月までに4、そして95%が生後2年以内に薄くなるとのデータがあります5。6歳以降ではほとんど見られなくなるとも言われています15。ただし、まぶたや眉間のあざは消えやすい一方で、額の中央や上唇のあざは稀に残ることがあるとも報告されています16

首のあざ(ウンナ母斑/コウノトリのくちばしの跡)の予後

うなじにできたウンナ母斑は、顔のサーモンパッチと比較して、消えにくい傾向があることが知られています。自然に消えるペースは遅く、完全に消えないことが多いです2。統計的には、約50%が成人になっても残存するとされています8。この違いを理解することは重要です。例えば、友人の赤ちゃんの顔のサーモンパッチが消えたのに、自分の子どものうなじのウンナ母斑が消えないからといって、何か異常があるわけではありません17。これは、ウンナ母斑の典型的な経過なのです。重要な安心材料として、ウンナ母斑が残存した場合でも、通常は髪の毛で隠れるため、美容的な問題になることはほとんどありません2

第5章:重要な見分け方:その赤いあざは本当にサーモンパッチ?

赤ちゃんの赤いあざのほとんどは無害なサーモンパッチですが、中には早期の専門的な対応が必要な他の血管性のあざもあります。親がその違いを知っておくことは、適切なタイミングで行動を起こし、安心を得るための最も重要な知識です。

5.1 サーモンパッチ vs. 乳児血管腫(いちご状血管腫)

この二つの鑑別は特に重要です。なぜなら、乳児血管腫は急速に大きくなる性質があるためです。

  • サーモンパッチ: 生まれつき存在し、平坦で、色は淡いピンク色。大きさは変わらないか、時間とともに薄くなります9
  • 乳児血管腫(いちご状血管腫): 多くは生後数週間経ってから出現します(生まれつきある場合も稀にあります)1。その後、急速な増殖期に入り、数ヶ月かけて赤く盛り上がり、表面がイチゴのようにブツブツした外観になります7。この「盛り上がり」と「生後の増大」が最大の違いです。増殖期(生後5-6ヶ月頃がピーク)を過ぎると、数年かけてゆっくりと退縮していきますが、跡が残ることもあります7

もしあざが平坦でなく、盛り上がってきたり、生後に大きくなってきたりした場合は、乳児血管腫の可能性が高いため、専門医への相談が推奨されます。

5.2 サーモンパッチ vs. 単純性血管腫(ポートワイン母斑)

どちらも生まれつきの毛細血管奇形ですが、性質と経過が全く異なります。

  • サーモンパッチ: 体の中心線上にあり、色は淡く、境界は不明瞭。左右対称に見られることも多く、圧迫で色が消え、時間とともに薄くなる傾向があります18
  • 単純性血管腫(ポートワイン母斑): 多くは体の片側(非対称)にでき、場所は問いません。色はサーモンパッチより濃い赤色や紫色で、境界がはっきりとシャープです18。最も決定的な違いは、自然に消えることがなく、子どもの成長とともに面積が広がり、年齢とともに色が濃くなったり、表面が厚くゴツゴツしてきたりする点です7

表1:代表的な赤あざの比較一覧

親御さんが一目で違いを理解できるよう、特徴を以下の表にまとめます。この表は、お子さんのあざがどのタイプに最も近いかを判断する際の有力なツールとなります。

特徴 サーモンパッチ / ウンナ母斑 乳児血管腫(いちご状血管腫) 単純性血管腫(ポートワイン母斑)
発症時期 生まれつき 生後数週間で出現・増大 生まれつき
見た目 平坦、滑らか 成長し盛り上がる、ブツブツ 平坦、滑らか(初期)
薄いピンク~赤色 鮮やかな赤色 濃いピンク~紫/赤色
境界 不明瞭、不規則 明瞭 鮮明
好発部位 顔の中心、うなじ 全身、特に顔や首 全身、特に顔の片側
自然経過 顔は消え、首は残りやすい 増殖し、数年かけ退縮 消えずに、加齢で色が濃くなる
親の対応 経過観察。心配なら相談 増殖するため早期の相談を推奨 専門医への相談を推奨

出典: JHO編集部が各出典1, 7, 9, 18を基に作成

この比較を通じて、親御さんは「うちの子のあざは生まれつきで平坦、真ん中にあるからサーモンパッチの可能性が高い」といったように、冷静に状況を整理することができます。この分類プロセス自体が、漠然とした不安を具体的な理解へと変える力を持つのです。

第6章:専門医に相談すべき時:注意すべき「レッドフラッグ」

サーモンパッチは無害ですが、特定の状況下では専門医による評価が推奨されます。この章で挙げる「レッドフラッグ(危険信号)」は、親御さんをいたずらに怖がらせるためではなく、非常に稀ながら存在する「注意すべきケース」を正しく認識し、適切な行動を促すためのものです。

あざ自体の変化に関するレッドフラッグ

  • 盛り上がり・増大: あざが平坦ではなく盛り上がっている、または生後に明らかに大きくなっている場合。これはサーモンパッチではなく、乳児血管腫の可能性が高いサインです。早期の治療が望ましい場合があるため、小児皮膚科や形成外科への相談が必要です7
  • ポートワイン母斑様の外観: あざの色が濃い赤紫色で、境界がくっきりしており、体の片側にだけある場合。これは単純性血管腫(ポートワイン母斑)の可能性を示唆します。自然に消えることはなく、関連症候群の可能性も考慮する必要があるため、専門医の診察を受けるべきです18

関連症候群の可能性を示唆するレッドフラッグ(非常に稀なケース)

これらの症候群は極めて稀であり、あざに加えて他の特徴的な症状が伴います。

  • スタージ・ウェーバー症候群 (Sturge-Weber Syndrome): これは単純性血管腫(ポートワイン母斑)に関連する症候群であり、典型的なサーモンパッチとは異なります。しかし、親御さんが見分けるのは困難かもしれません。顔、特におでこから上まぶたにかけてポートワイン母斑があり、それに加えてけいれん発作や、緑内障などの目の問題が見られる場合は、この症候群の可能性を考えて神経内科や眼科を含む精査が必要です19
  • ベックウィズ・ヴィーデマン症候群 (Beckwith-Wiedemann Syndrome): 眉間などに目立つサーモンパッチが見られることがありますが、この症候群の診断はあざだけではなされません。大きな舌(巨舌症)、おへその異常(臍帯ヘルニアなど)、体の片側だけが大きくなる非対称性の過成長といった、より顕著な他の症状が伴います12
  • 潜在性二分脊椎 (Spinal Dysraphism): これは最も注意すべき関連事項の一つです。あざが腰からお尻にかけての正中部(腰仙部)にある場合、それ自体は問題ありません。しかし、そのあざに加えて、同じ場所に毛が密生している、深いくぼみや穴がある、脂肪の塊(脂肪腫)がある、お尻の割れ目が曲がっているといった他の皮膚所見が一つでも伴う場合は、その下にある脊髄に異常がないかを確認するために、超音波(エコー)検査やMRI検査が必要です20

これらのレッドフラッグは、不安を煽るためのリストではなく、冷静な観察に基づいた行動のための指針です。ほとんどのケースは心配無用ですが、「もしも」の際に適切な対応が取れるよう、知識として持っておくことが大切です。

第7章:診断と現代の治療法

サーモンパッチに関する診断と治療の考え方は非常に明確です。ほとんどは経過観察で十分ですが、必要な場合には効果的な治療法が存在します。

診断プロセス

サーモンパッチおよびウンナ母斑の診断は、特別な検査を必要とせず、小児科医や皮膚科医による視診(見た目の診察)のみでほぼ確定します2。その特徴的な見た目(平坦、淡いピンク色、境界不明瞭、圧迫による退色など)から、経験豊富な医師であれば容易に判断できます。

基本方針:経過観察

顔のサーモンパッチを含め、大多数のケースでは、特別な治療は行われず経過観察が基本となります8。これは、前述の通り、その多くが自然に消えることが期待されるためです。1ヶ月健診や予防接種の際に、医師に確認してもらい、「これはサーモンパッチなので様子を見ましょう」という言葉を得るだけで、親御さんの安心につながります。

治療を検討するタイミング

治療が検討されるのは、主に以下のような場合です。

  • 顔のサーモンパッチが2~3歳を過ぎても消えずに残り、美容的な観点から本人や家族が気にしている場合4
  • うなじのウンナ母斑が消えずに残り、髪をアップにするなどした際に目立つことを気にする場合6

治療の決定は、医学的な必要性よりも、整容的な(見た目の)改善を目的とすることがほとんどです。

レーザー治療:ゴールドスタンダード

残存したサーモンパッチやウンナ母斑に対する最も標準的で効果的な治療法は、色素レーザー(Pulsed Dye Laser, PDL)です2

  • 使用されるレーザー: 日本では「Vビーム」という機種が広く用いられています9
  • 仕組み: このレーザーは、血液中のヘモグロビン(赤い色素)に選択的に吸収される特定の波長の光を照射します。これにより、周囲の正常な皮膚組織を傷つけることなく、拡張した余分な毛細血管だけを破壊・収縮させることができます21
  • 効果: 特に顔や首のあざに対しては高い治療効果が報告されています21
  • 治療時期: 一般的に、皮膚が薄く、あざが小さい乳幼児期に治療を開始する方が、少ない回数でより高い効果が得られるとされています22
  • 治療中の実際: 治療時の痛みは輪ゴムで軽く弾かれる程度と表現されます。冷却装置で皮膚を冷やしながら照射したり、麻酔クリームを使用したりすることで、痛みは大幅に軽減されます9。施術時間は数分で終わることがほとんどです9。治療後には一時的な赤みや紫色の内出血斑(通常1~3週間で消失)が見られますが、稀に色素沈着や瘢痕のリスクもあります21

日本における実用的な情報

  • 保険適用: サーモンパッチ、ウンナ母斑、およびその他の血管腫のレーザー治療は、日本の公的医療保険の適用対象です9
  • 費用: 具体的な診療報酬点数も定められており、例えば皮膚レーザー照射療法は2,170点(3割負担で約6,510円)が基本となります。照射面積や年齢(3歳未満の乳幼児加算)によって費用は変動しますが、高額になる治療ではありません21。さらに、自治体によっては乳幼児医療費助成制度が適用され、自己負担がさらに軽減される場合もあります9
  • 専門医の見つけ方: あざの治療を専門とするクリニックは全国的にまだ少ないのが現状ですが1、多くの大学病院やこども病院の形成外科・皮膚科で専門的な診療が受けられます。また、かかりつけの小児科や近隣の皮膚科で相談し、専門施設を紹介してもらうのが一般的な流れです22。東京都内23や愛知県24など、専門施設の情報が公開されている場合もあります。

治療を検討する際は、これらの実用的な情報を基に、専門医と十分に相談することが重要です。

第8章:親としての経験:不安との向き合い方と文化的視点

赤ちゃんのあざに対する親の経験は、医学的な側面だけでなく、深い感情的・文化的な側面も持ち合わせています。この章では、多くの親が抱く不安に寄り添い、文化的背景がもたらすポジティブな視点を探ります。

よくある不安とその答え

親御さんが心の中で繰り返す問いに、専門的な知見から答えます。

  • 「私のせいだろうか?」: いいえ、決してそうではありません。サーモンパッチは、妊娠中の行動や食事とは全く無関係の、胎児期における偶発的な発達上のできごとです25。自分を責める必要は全くありません。
  • 「赤ちゃんは痛くないの?」: このあざに痛みやかゆみはありません11。赤ちゃん自身は、あざの存在に全く気づいていません。
  • 「将来、この子のコンプレックスにならないだろうか?」: これは非常に正当な懸念です。特に顔のあざが残った場合、子どもの自己肯定感に影響を与える可能性は否定できません26。だからこそ、多くの親御さんが美容的な理由で治療を選択します。その気持ちは、決して「親のエゴ」ではなく、子どもの将来を思う深い愛情の表れです22
  • 「心配しすぎだろうか?」: 心配することは、親として当然の反応です。多くの親が同じように悩み、情報を探し、専門医の扉を叩いています1。あなた一人だけではないことを知ってください。医師自身が自分のあざの経験から、患者や家族の気持ちに深く共感しているケースもあります27

文化的な視点とポジティブな物語

医学的な理解に加え、文化的な物語は、あざをポジティブに捉え直すための強力なツールとなります。

  • 幸運の印としての物語: 前述した「天使のキス」や「コウノトリのくちばしの跡」という美しい物語を、ぜひお子さんに語り継いでください6。これは、あざを「欠点」ではなく「特別な印」として捉える、優しく力強い世界観を提供します。
  • バースマークという考え方: 日本を含むアジアの文化圏では、生まれつきのあざ(バースマーク)を「前世からのメッセージ」と捉える考え方もあります28。前世での経験の印であったり、魂の繋がりの証であったりするというスピリチュアルな解釈は、一部の親にとっては心を落ち着かせる一つの物語となるかもしれません。

これらの物語は、あざを医学的な「症状」としてだけでなく、その子の持つユニークな「物語」の一部として受け入れる手助けとなります。

健康に関する注意事項

この記事で提供する情報は一般的な知識であり、個別の医学的診断や治療に代わるものではありません。あざが盛り上がってくる、大きくなる、色が濃い赤紫色である、または腰仙部にあって他の皮膚異常(毛、くぼみなど)を伴うなど、ここに記載された「レッドフラッグ」に当てはまる場合は、必ず小児科医、皮膚科医、または形成外科医にご相談ください。

よくある質問 (FAQ)

質問1:サーモンパッチはいつまでに消えますか?

顔にできたサーモンパッチ(天使のキス)のほとんどは、生後1年から3年の間に自然に薄くなるか、完全に消えます2。特にまぶたや眉間のものは消えやすい傾向にあります。一方、うなじにできたウンナ母斑(コウノトリのくちばしの跡)は、約半数が成人になっても残ることがありますが、髪の毛で隠れるため美容上の問題になることは少ないです6, 8

質問2:泣くとあざの色が濃くなるのは、悪化しているサインですか?

いいえ、悪化のサインではありません。これはサーモンパッチの典型的な特徴です2。赤ちゃんが泣いたり、興奮したり、体温が上がったりすると、血流が増加するため、拡張している毛細血管がより目立ち、一時的に色が濃く見えるのです。この変化は生理的なもので、あざが成長しているわけではないので心配ありません5

質問3:あざが残った場合、治療は痛いですか?

治療には色素レーザー(Vビームなど)が用いられますが、痛みは輪ゴムで軽く弾かれる程度と表現されます9。乳幼児の場合でも、皮膚を冷却する装置を併用したり、麻酔クリームを塗ったりすることで痛みを大幅に軽減できます。施術時間も数分と非常に短いため、赤ちゃんへの負担は最小限に抑えられます。

質問4:レーザー治療に保険はききますか?費用はどのくらいですか?

はい、サーモンパッチやウンナ母斑のレーザー治療は日本の公的医療保険の適用対象です9。費用は照射面積によって異なりますが、3割負担の場合、1回あたり数千円から1万円程度が目安です21。さらに、多くの自治体では乳幼児医療費助成制度が利用できるため、自己負担額はさらに少なくなるか、無料になる場合もあります。

質問5:サーモンパッチと他の危険なあざ(血管腫)の見分け方は?

最も重要な違いは「盛り上がり」と「生後の増大」です。サーモンパッチは生まれつき平坦で、大きさは変わりません。一方、乳児血管腫(いちご状血管腫)は生後数週間してから現れ、急速に盛り上がりながら大きくなります7。また、単純性血管腫(ポートワイン母斑)は、色がより濃い赤紫色で境界が鮮明、自然に消えることがありません18。あざに盛り上がりや増大が見られたら、専門医に相談してください。

結論

この解説を通じて、新生児のサーモンパッチとウンナ母斑に関する包括的な知識を得たことで、親御さんは不安から一歩踏み出し、自信を持って赤ちゃんと向き合うことができるはずです。最後に、最も重要なキーポイントをまとめます。

  • ありふれた無害な印です: 赤ちゃんのサーモンパッチは、新生児の最大4割に見られる正常で良性のあざです。病気ではありません。
  • 冷静な観察が基本です: 生まれつきある平坦なピンク色のあざで、泣くと色が濃くなるのが特徴です。盛り上がったり大きくなったりしない限り、心配は不要です。
  • 違いを知ることが安心につながります: 増殖する「乳児血管腫」や、消えずに濃くなる「単純性血管腫」との見た目の違いを理解しておくことが、不要な心配を避ける鍵です。
  • 時間は味方です: 顔にできた「天使のキス」はほとんどが自然に消えます。首の「コウノトリのくちばしの跡」は残りやすいですが、多くは髪で隠れます。
  • ためらわずに専門家に相談を: 少しでも気になること、あざが大きくなる、色が濃いなど、不安があれば1ヶ月健診やかかりつけの小児科医、皮膚科医に相談しましょう。
  • 効果的な治療法があります: 万が一あざが残っても、安全で効果的なレーザー治療が存在し、日本の健康保険が適用されます。
  • 物語を受け入れましょう: これは幸運の「天使のキス」であり、「コウノトリのくちばしの跡」です。その美しい物語を、ぜひ大切にしてください。

親御さんは、お子さんの最も身近な観察者であり、擁護者です。この知識を武器に、冷静な目で赤ちゃんの成長を見守り、必要な時には専門家の助けを借り、そして何よりも、愛情深くこの貴重な新生児期を楽しんでください。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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