美しい髪と健康な頭皮の完全ガイド:皮膚科学的根拠に基づく究極のヘアケア
皮膚科疾患

美しい髪と健康な頭皮の完全ガイド:皮膚科学的根拠に基づく究極のヘアケア

美しい髪は、多くの人にとって自信と健康の象徴です。しかし、現代社会には髪の健康を脅かす要因が溢れており、多くの女性が髪や頭皮に関する悩みを抱えています。2024年に行われた調査によると、日本の女性の約7割が髪や頭皮に何らかの悩みを感じており、「潤い・ツヤがないパサつき」(66%)や「白髪」(54%)がその筆頭に挙げられています1。巷には様々なヘアケア情報が溢れていますが、その多くは科学的根拠に乏しく、時に誤解を招くことさえあります。JAPANESEHEALTH.ORG編集部として、私たちは神話や一時的なトレンドに終止符を打ち、皮膚科学に基づいた真に包括的で信頼できる情報を提供することを使命としています。この記事は、あなたの髪の健康を生涯にわたって守り育むための、究極のガイドとなるでしょう。

要点まとめ

  • 髪の美しさは、毛髪の構造だけでなく、土台である頭皮の健康、特に「頭皮マイクロバイオーム(常在菌叢)」のバランスに大きく左右されます。
  • パサつきやフケ、薄毛といった一般的な悩みには、それぞれ科学的な原因があります。特に女性の薄毛には複数のタイプがあり、正確な理解が不可欠です。
  • 日々のヘアケア(洗浄、保湿、乾燥)は、科学的根拠に基づいた正しい方法で行うことで、ダメージを最小限に抑え、髪の健康を最大化できます。
  • 頭皮マッサージや、鉄分・亜鉛などの栄養素を中心とした「インナーケア」は、美しい髪を育む上で科学的に重要な役割を果たします。
  • セルフケアで改善しない髪の悩み、特に進行性の薄毛(FPHL)については、皮膚科専門医への相談と、診療ガイドラインで推奨される治療法が強く推奨されます。
免責事項
本記事は情報提供を目的としており、医学的診断や治療に代わるものではありません。髪や頭皮に関するお悩みについては、必ず皮膚科専門医にご相談ください。

序章:なぜ今、科学的なヘアケアが重要なのか

現代のライフスタイルは、私たちの髪と頭皮に多大な影響を与えています。紫外線、大気汚染、不適切なヘアケア製品、化学処理(カラーリングやパーマ)、そして社会的なストレス2。これら全ての要因が、髪本来の輝きを損ない、様々なトラブルを引き起こす原因となり得ます。前述の調査では、実に99%もの女性がヘアケアに関心があると回答しており1、これは多くの人が解決策を模索していることの証左です。しかし、その関心の高さとは裏腹に、提供される情報は玉石混交です。「ノンシリコンだから安心」「オーガニックなら髪に良い」といった単純化されたメッセージが先行し、なぜそれが良いのか、あるいは本当にすべての人にとって良いのか、という科学的な視点が欠落していることが少なくありません。本ガイドの目的は、こうした曖昧さを排除し、皮膚科学と最新の研究に基づいた、信頼できる知識を提供することです。髪と頭皮の構造という基礎科学から始まり、具体的な悩みの原因解明、エビデンスに基づく実践的なケア方法、そして専門的な治療の選択肢まで、体系的かつ深く掘り下げていきます。この記事を読み終える頃には、あなたは自身の髪と頭皮の真の「専門家」となり、情報に惑わされることなく、生涯にわたる美髪を育むための賢明な選択ができるようになるでしょう。

第1章:髪と頭皮の科学 – 美しさの土台を理解する

効果的なヘアケアを実践するためには、まず私たちの髪と頭皮がどのような仕組みで成り立っているのかを理解することが不可欠です。ここでは、美しさの土台となる毛髪の構造と、それを育む頭皮環境について科学的に解説します。

1.1. 毛髪の構造とヘアサイクル

私たちが「髪」として認識している部分は、生物学的には死んだ細胞の集まりであり、「毛幹」と呼ばれます。毛幹は、海苔巻きのように三層構造になっています2。一番外側にあるのが「キューティクル(毛小皮)」で、魚の鱗のように重なり合って内部を保護しています。キューティクルの状態が、髪のツヤや手触りを決定づけます。その内側にあるのが「コルテックス(毛皮質)」で、髪の約90%を占める主成分です。ここに含まれるタンパク質とメラニン色素が、髪の強さ、しなやかさ、そして色を決定します。中心部には「メデュラ(毛髄質)」がありますが、その機能はまだ完全には解明されていません。

髪は、一本一本が独立した「ヘアサイクル(毛周期)」を持っています。これは主に3つの段階に分けられます。まず、髪が積極的に成長する「成長期(アナゲン期)」があり、通常2~6年続きます。次に、成長が止まり、毛球が退縮する短い「退行期(カタゲン期)」へと移行します。最後に、毛根が完全に活動を停止し、自然に抜け落ちるのを待つ「休止期(テロゲン期)」が約2~3ヶ月続きます2。このサイクルの後、同じ毛穴からまた新しい髪が生まれ、成長を始めます。この絶え間ないサイクルを理解することが、抜け毛の悩みを正しく評価する第一歩となります。

1.2. 頭皮:健康な髪を育む土壌

もし髪が植物であるならば、頭皮はそれを育む「土壌」です。頭皮は顔の皮膚と繋がっていますが、より厚く、皮脂腺や汗腺が密集しているという独自の特徴を持っています。この皮脂と汗が混ざり合ってできる「皮脂膜」は、頭皮の水分蒸発を防ぎ、外部の刺激から守る重要なバリア機能を担っています3。健康な髪は、この健康な頭皮環境からしか生まれません。頭皮の血行が悪かったり、乾燥や炎症があったりすると、毛根にある毛母細胞に十分な栄養が届かず、強く美しい髪を育てることができなくなります。さらに、頭皮は単なる皮膚ではなく、多種多様な微生物が共生する複雑な「生態系」でもあるのです4

1.3. 頭皮マイクロバイオームの重要性

近年、健康科学の分野で注目されているのが「マイクロバイオーム(常在菌叢)」です。これは、私たちの身体に生息する微生物の集合体のことで、頭皮にも独自のマイクロバイオームが存在します。この微生物のバランスが、頭皮の健康状態を大きく左右することが科学的に明らかになってきました。

健康な頭皮では、アクネ菌(Propionibacterium acnes)などの善玉菌が優勢です。一方で、フケやかゆみがある頭皮では、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)やマラセチア属の真菌(カビ)が過剰に増殖していることが研究で示されています4, 5。驚くべきことに、これらの常在菌は単に存在するだけでなく、頭皮上でビオチンなどのビタミンを合成することさえあるのです4。これは、強力すぎる洗浄剤で頭皮の善玉菌まで洗い流してしまうことが、なぜ髪の健康に悪影響を及ぼしうるのかを説明する強力な科学的根拠となります。頭皮のマイクロバイオームの繊細なバランスを維持することこそ、現代の科学的ヘアケアにおける最も重要なコンセプトの一つと言えるでしょう。

第2章:あなたの髪の悩みはどれ?- 一般的なトラブルの原因と種類

多くの人が抱える髪の悩みも、その原因を科学的に理解することで、より的確な対策を立てることが可能になります。ここでは、代表的な髪のトラブルについて、そのメカニズムと種類を解説します。

2.1. パサつき・枝毛・切れ毛

髪のパサつき、枝毛、切れ毛は、主に毛髪の一番外側にあるキューティクルが損傷することによって引き起こされます。健康なキューティクルは綺麗に整然と並び、髪内部の水分やタンパク質の流出を防ぎ、光を均一に反射することで自然なツヤ(いわゆる「天使の輪」)を生み出します。しかし、このキューティクルは非常にデリケートで、様々な要因によって剥がれたり、ささくれたりします。

主な原因としては、過度なブラッシングやタオルドライによる「物理的摩擦」、カラーリングやパーマ剤による「化学的ダメージ」、そしてドライヤーの熱や紫外線による「環境的要因」が挙げられます6, 7。これらのダメージが蓄積すると、キューティクルが剥がれ落ち、内部のコルテックスが露出し、水分やタンパク質が流出してしまいます。その結果、髪はうるおいを失いパサつき、毛先が裂けて枝毛になったり、途中で切れてしまったりするのです。

2.2. フケ・かゆみ・ベタつき

フケ、かゆみ、ベタつきといった頭皮のトラブルは、多くの場合、前述した「頭皮マイクロバイオーム」のバランスの乱れが根本的な原因です5, 8。特に、皮脂を栄養源とする常在真菌であるマラセチア菌が異常増殖すると、その代謝物が頭皮を刺激し、ターンオーバー(皮膚の生まれ変わり)を異常に早めてしまいます。通常は約1ヶ月かけてゆっくりと剥がれ落ちるはずの角質細胞が、未熟なまま大きな塊となって剥がれ落ちる、これが「フケ」の正体です。また、この過程で産生される刺激物質が、頭皮の「かゆみ」や「炎症」を引き起こします。ベタつきは、体質的に皮脂分泌が多いことに加え、頭皮の乾燥や刺激によって、かえって皮脂が過剰に分泌されることで起こる場合もあります。

2.3. 女性の薄毛・抜け毛

女性にとって、薄毛や抜け毛は特に深刻な悩みです。しかし、一言で「薄毛」といっても、その原因や症状は一つではありません。混乱を避け、適切な対応をとるためには、まず自分の状態がどのタイプに当てはまるのかを理解することが極めて重要です。

2.3.1. 女性型脱毛症(FPHL/FAGA)

女性型脱毛症(Female Pattern Hair Loss)は、女性に見られる最も一般的な薄毛のタイプで、進行性であることが特徴です。遺伝的要因やホルモンバランスの変化が関与していると考えられており、特に頭頂部や分け目の部分の髪が全体的に細く、少なくなる(びまん性脱毛)傾向があります9, 10。男性型脱毛症(AGA)のように生え際が後退することは稀ですが、ゆっくりと進行し、地肌が透けて見えるようになります。これは特定の病気ではなく、加齢に伴う生理的変化の一環と捉えられることもありますが、多くの女性にとって深刻な心理的苦痛の原因となります。

2.3.2. 休止期脱毛症(Telogen Effluvium)

休止期脱毛症は、何らかの身体的または精神的なストレスが引き金となり、多くの髪が一斉にヘアサイクルの「休止期」に入ってしまうことで起こる、びまん性の急激な脱毛です2。主な誘因としては、高熱、大きな手術、厳しいダイエット、出産、深刻な精神的ストレスなどが挙げられます。このタイプの脱毛症の非常に重要な特徴は、ストレスイベントから約2~3ヶ月のタイムラグを経て脱毛が始まることです2, 11。この知識は、患者自身が過去の出来事と現在の脱毛を結びつけ、原因を特定する上で非常に役立ちます。原因が取り除かれれば、通常は半年から1年ほどで自然に回復することが多いのが特徴です。

2.3.3. 円形脱毛症(Alopecia Areata)

円形脱毛症は、自己免疫疾患の一種で、免疫系が誤って自身の毛包を攻撃してしまうことで発症します12。FPHLや休止期脱毛症のような全体的な薄毛とは異なり、多くの場合、境界明瞭な円形または楕円形の脱毛斑が突然現れるのが特徴です。単発で終わることもあれば、多発したり、頭部全体や全身の毛に及ぶこともあります。これはFPHLとは全く異なるメカニズムで起こるため、診断と治療には皮膚科専門医による正確な判断が不可欠です。

第3章:エビデンスに基づく究極のヘアケア実践法

髪と頭皮の科学、そして悩みの原因を理解した上で、いよいよ具体的なケア方法へと進みます。ここでは、日本の大手化粧品メーカーが推奨する実践的なテクニックと、その背景にある皮膚科学的な根拠を結びつけ、真に効果的なヘアケアを解説します。

3.1. 洗浄:シャンプーの科学

シャンプーは、単に髪の汚れを落とす行為ではありません。頭皮の健康、ひいては髪の美しさを左右する最も重要なステップです。花王や資生堂といった日本のトップ企業が推奨する正しいシャンプー法には、すべて科学的な裏付けがあります7, 13

ステップバイステップの科学的シャンプー術:

  1. ブラッシング:シャンプー前にお風呂の外で髪のもつれを優しく解き、ホコリや汚れを浮かび上がらせます。これは、シャンプー時の摩擦や切れ毛を防ぐための重要な準備です14
  2. 予洗い:シャンプーをつける前に、38℃程度のぬるま湯で頭皮と髪を1分以上しっかりと洗い流します。これだけで髪の汚れの7~8割は落ちると言われており、シャンプーの泡立ちを良くし、洗浄成分の使用量を減らすことができます。熱すぎるお湯は頭皮の必要な皮脂まで奪い、乾燥を招くため避けるべきです13
  3. 泡立てと塗布:シャンプーは手のひらで十分に泡立ててから髪に乗せます。原液を直接頭皮につけると、すすぎ残しの原因となり、刺激になる可能性があります。
  4. 指の腹で洗う:洗浄の主役は「頭皮」です。髪を洗うというより、「頭皮をマッサージする」意識で、指の腹を使って優しく揉み込むように洗います。爪を立ててゴシゴシ洗う行為は、頭皮のバリア機能を破壊し、炎症や乾燥を引き起こす最悪の習慣です15。これは、健康な頭皮マイクロバイオームを維持するためにも極めて重要です。
  5. すすぎ:シャンプー時間の2~3倍の時間をかけて、洗浄成分が頭皮や髪に残らないよう、徹底的にすすぎます。特に、生え際や耳の後ろはすすぎ残しが多い部分なので注意が必要です。洗浄成分の残留は、かゆみやフケ、肌荒れの直接的な原因となります。

3.2. 保湿と補修:コンディショナーとトリートメント

シャンプー後のアルカリ性に傾いた髪を弱酸性に戻し、キューティクルを整えるのがコンディショナーやトリートメントの役割です。この二つは混同されがちですが、明確な違いがあります13

コンディショナー(リンス):主に髪の表面をコーティングし、キューティクルを整えて指通りを良くし、静電気を防ぎます。シャンプー後の日常的なケアに適しています。

トリートメント(マスク):髪の内部に浸透し、ダメージによって失われたタンパク質や水分を補給する役割を持ちます。特にダメージが気になる場合のスペシャルケアとして、週に1~2回の使用が推奨されます。

いずれも、頭皮にはつけず、髪の中間から毛先にかけて塗布するのが基本です。頭皮につくと毛穴を詰まらせ、ベタつきやトラブルの原因になることがあります。

3.3. 乾燥:ダメージを最小限にするドライヤー術

「自然乾燥は髪に優しい」という考えは、実は大きな誤解です。髪が濡れている間、キューティクルは開いた状態にあり、非常に無防備です。濡れたまま長時間放置すると、キューティクルが膨潤し続けダメージを受けやすくなるだけでなく、湿った頭皮で雑菌が繁殖しやすくなるリスクもあります6。したがって、シャンプー後は速やかに、かつ正しくドライヤーで乾かすことがダメージを最小限に抑える鍵となります。

プロが推奨するダメージレス・ドライ法7, 13

  1. タオルドライ:まず、吸水性の高いタオルで髪を優しく挟み込み、ポンポンと叩くようにして水分を吸い取ります。ゴシゴシと擦る行為は、開いたキューティクルを傷つける最たる原因です。
  2. 根元から乾かす:ドライヤーは、まず髪の根元、つまり頭皮から乾かし始めます。毛先は乾きやすいため、後回しにします。
  3. 距離と動き:ドライヤーは髪から15~20cm程度離し、常に軽く振りながら熱が一箇所に集中しないようにします。
  4. オーバードライを避ける:髪が8~9割乾いたら、冷風モードに切り替えます。冷風を当てることで開いていたキューティクルが引き締まり、ツヤが生まれるとともに、髪内部の水分を閉じ込める効果があります。

3.4. 頭皮マッサージの効果と正しい方法

頭皮マッサージは、単なるリラクゼーション行為ではありません。髪の健康に測定可能な利益をもたらす、科学的な「メカノバイオロジー(機械生物学)」的実践です。マッサージによる物理的な刺激が、毛根にある毛乳頭細胞に働きかけ、発毛に関連する遺伝子の発現を促すことが研究で示唆されています。

この効果を裏付ける注目すべき日本の研究があります。24週間にわたり、毎日4分間の標準化された頭皮マッサージを行ったところ、男性被験者の毛髪の太さが平均で約8%(0.085mmから0.092mmへ)増加したことが報告されました16。これは、継続的な頭皮マッサージが髪の質感を物理的に改善しうることを示す強力なエビデンスです。

安全で効果的なマッサージ法14

  • 指の腹を頭皮に密着させ、頭蓋骨から頭皮を動かすようなイメージで、ゆっくりと円を描くようにマッサージします。
  • 爪を立てたり、強く擦ったりするのは絶対に避けてください。
  • シャンプー中や、育毛剤を塗布した後に行うと効果的です。

第4章:インナーケア – 美しい髪は内側から作られる

どれほど優れた外側のケアをしても、髪の材料となる栄養素が不足していては、美しい髪は育ちません。ここでは、マーケティングの神話を排し、科学的根拠に基づいて髪の健康に本当に重要な栄養素と生活習慣について解説します。

4.1. 栄養と髪の健康:神話と真実

髪の健康は、全身の健康状態を映し出す鏡です。バランスの取れた食事は、美しい髪を育むための絶対的な基盤となります。

  • タンパク質(Protein):髪の主成分は「ケラチン」というタンパク質です。そのため、極端な食事制限などでタンパク質が不足すると、髪の成長が阻害され、細く弱い髪しか作られなくなります17
  • 鉄分(Iron):鉄分は、特に閉経前の女性の脱毛において重要な役割を果たします。科学的研究により、血清フェリチン値(体内の貯蔵鉄を示す指標)が40 µg/L未満である「潜在性鉄欠乏症」が、過剰な脱毛のリスク因子であることが確立されています18。脱毛に悩む女性は、一度血液検査でフェリチン値を確認することが臨床的に推奨されます。
  • 亜鉛(Zinc):亜鉛は、毛包の正常な機能を維持するために不可欠なミネラルです。複数の研究が、円形脱毛症、休止期脱毛症、女性型脱毛症など、様々なタイプの脱毛症患者において、血清亜鉛濃度が健康な対照群よりも有意に低いことを示しています19
  • ビオチン(Biotin):ビオチンは「髪のビタミン」として広く市販されていますが、その効果については冷静な評価が必要です。複数の系統的レビュー(信頼性が高い研究手法)によると、健康でビオチンが欠乏していない個人において、ビオチンサプリメントが脱毛に効果があるというエビデンスは不十分です20, 21。その効果が支持されるのは、先天的な代謝異常や長期の栄養障害といった、極めて稀なビオチン欠乏症のケースに限られます。この事実は、一般的なマーケティングとは一線を画すものであり、科学的真実を優先する上で極めて重要です。

4.2. ストレス管理と睡眠の重要性

「ストレスで髪が抜ける」という言い伝えは、科学的にも真実です。日本の高いストレスを伴う労働文化のような慢性的なストレスは、体内で「コルチゾール」というストレスホルモンのレベルを上昇させます。このコルチゾールが、多くの毛包を成長期から休止期へと強制的に移行させ、休止期脱毛症の直接的な引き金となるのです2, 11

また、睡眠も髪の成長に不可欠です。私たちが深い眠りに入っている間、特に夜10時から深夜2時頃の「ゴールデンタイム」と呼ばれる時間帯に、細胞の修復と再生を促す「成長ホルモン」が最も多く分泌されます6。この成長ホルモンが毛母細胞に働きかけることで、日中に受けたダメージが修復され、健康な髪が育まれます。質の良い十分な睡眠を確保することは、高価なトリートメントにも勝るヘアケアと言えるでしょう。

第5章:専門的な治療法 – いつ皮膚科医に相談すべきか

セルフケアで改善が見られない場合や、脱毛が進行していると感じる場合は、迷わず皮膚科専門医に相談することが重要です。特に女性型脱毛症(FPHL)に対しては、有効性が確立された治療法が存在します。

5.1. 女性型脱毛症(FPHL)の治療

日本皮膚科学会が策定した「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017年版」は、日本における治療のゴールドスタンダードです9。このガイドラインは、科学的根拠の強さに応じて各治療法をランク付けしています。

女性のFPHLに対して、推奨度A(強く勧める)とされている唯一の治療法は、1%ミノキシジル外用薬の使用です9, 10。ミノキシジルは、もともと血圧降下薬として開発された成分ですが、毛包に直接作用して血流を改善し、ヘアサイクルにおける成長期を延長させる効果があることが分かっています。

一方で、男性のAGA治療で中心的な役割を果たすフィナステリドやデュタステリドといった経口抗アンドロゲン薬は、妊娠可能な年齢の女性に対しては推奨度D(行うべきではない)とされています。これは、男子胎児の生殖器に奇形を引き起こすリスクがあるためです9

5.2. その他の治療法と今後の展望

ガイドラインでは、他にもいくつかの治療選択肢が示されています。

  • 低出力レーザー治療(LLLT):特定の波長の赤色光を頭皮に照射する治療法で、推奨度B(行うことを考慮してもよいが、十分な根拠がない)に位置づけられています22
  • かつらや整容的カモフラージュ:医療用ウィッグや増毛パウダーなどの使用は、患者のQOL(生活の質)を向上させるために推奨度C1(行ってもよい)とされています23。これは、脱毛の悩みがもたらす心理的負担を軽減する上で、非常に有効な選択肢であることを示しています。

治療法は日々進歩しており、将来的にはさらに効果的な選択肢が登場することが期待されます。しかし、現時点では、ガイドラインに基づいた治療を基本とすることが最も賢明なアプローチです。

結論:あなたの髪の未来を変える生涯の習慣

美しい髪と健康な頭皮への道は、一夜にして成し遂げられるものではありません。それは、日々の地道な努力と正しい知識の積み重ねから生まれる、生涯にわたる習慣の賜物です。この記事で解説してきたように、真のヘアケアとは、科学に基づいた「外部ケア」(正しい洗浄、保湿、乾燥)、エビデンスに基づいた「内部ケア」(バランスの取れた栄養、ストレス管理、質の良い睡眠)、そして必要な時に専門家の助けを求める「医療的アプローチ」という3つの柱を総合的に実践することに他なりません。表面的な情報に惑わされることなく、あなた自身の髪と頭皮のメカニズムを深く理解し、今日から一つでも新しい習慣を始めることが、あなたの髪の未来を大きく変える第一歩となるでしょう。

よくある質問(FAQ)

シャンプーは毎日すべきですか?
これは個人の頭皮タイプとライフスタイルによります。皮脂分泌が多い脂性肌の人や、汗をかくことが多い人は毎日洗うのが望ましいでしょう。一方、乾燥肌や敏感肌の人は、毎日の洗浄が頭皮の必要な皮脂まで奪い、乾燥を悪化させる可能性があるため、1日おきでも構いません。重要なのは、自分の頭皮の状態を観察し、ベタつきやニオイが気になる前に、優しく洗浄することです。
オーガニックやノンシリコンのシャンプーは本当に良いのですか?
「オーガニック」や「ノンシリコン」という言葉が、必ずしも品質の優劣を意味するわけではありません。「オーガニック」製品でもアレルギーを引き起こす植物成分はありますし、「シリコン(ジメチコンなど)」は髪の指通りを滑らかにし、摩擦から保護する非常に安全で有効な成分です。大切なのは、特定の成分を避けることよりも、自分の髪質や頭皮の状態に合った洗浄成分(アミノ酸系、石鹸系など)を持ち、刺激の少ない製品を選ぶことです。
白髪は予防できますか?
現在の科学では、加齢や遺伝による白髪を完全に予防したり、黒髪に戻したりする確実な方法はありません。白髪は、毛根の色素細胞(メラノサイト)の機能が低下または消失することで起こります。しかし、過度なストレスや栄養不足、血行不良がメラノサイトの働きを弱める一因となる可能性は指摘されています。したがって、本記事で解説したような、ストレス管理、バランスの取れた食事、頭皮マッサージといった健康的な生活習慣を維持することが、白髪の進行を緩やかにする上で間接的に役立つ可能性はあります。
髪のためにサプリメントを飲むべきですか?
第4章で詳述した通り、これはケースバイケースです。医師の診断により鉄欠乏症など特定の栄養素の欠乏が確認された場合、その指導の下でサプリメントを摂取することは極めて重要です18。しかし、ほとんどの健康な人にとっては、特定のサプリメント(特に科学的根拠の乏しいビオチンなど20, 21)を無差別に摂取するよりも、バランスの取れた食事から栄養を摂る方がはるかに効果的かつ安全です。

参考文献

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