要点まとめ
- 「グースベリー」の曖昧性: 一般的に「グースベリー」と呼ばれるものには、主にヨーロッパ原産の「セイヨウスグリ」と、インド原産でアーユルヴェーダで重用される「アムラ(インディアングースベリー)」の2種類があり、これらは全く異なる植物です1, 2。
- セイヨウスグリの安全性に関する警告: 日本の厚生労働省関連の研究報告書において、セイヨウスグリ(グースベリー)は「妊娠中・授乳中の経口摂取はおそらく危険と思われるため使用を避ける」と警告されており、摂取には極めて慎重な判断が求められます9。
- アムラの重大な科学的懸念: アムラは非常に豊富なポリフェノールを含みますが3、妊娠後期にポリフェノールを多く含む食品を摂取すると、胎児の血液循環に不可欠な「動脈管」を早期に収縮させるリスクが、査読付きの医学論文で指摘されています14。これは胎児に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
- 情報と専門家の判断の重要性: 市場には安全性に関する矛盾した情報も存在します6, 12。「天然だから安全」という考えは妊娠中には当てはまりません。いかなるハーブやサプリメントを摂取する前にも、必ず主治医や管理栄養士などの専門家に相談することが不可欠です。
1. 「グースベリー」の曖昧さ:あなたが知りたいのはどちらの果実ですか?
「グースベリー」という言葉は、妊娠中の女性が健康効果を期待して情報を求める際に、しばしば混乱の原因となります。この用語は単一の特定の果物を指すものではなく、主に二つの異なる種類の果実を含んでいるためです。両者は植物学的に異なり、栄養組成や、特に妊娠中の摂取における安全性評価も大きく異なります。この違いを理解することは、誤解を避け、安全な選択をするための第一歩です。
1.1. セイヨウスグリ (Ribes uva-crispa)
セイヨウスグリは、ヨーロッパやイギリスで伝統的に「グースベリー」として知られている果物です。日本国内で「グースベリー」、「グーズベリー」、または学術的な文脈で「セイヨウグスグリ」と表記される場合、多くはこの果実を指しています1。見た目は半透明の緑色や赤色の実で、ジャムやパイの材料として利用されることが一般的です。一部の情報源では、クエン酸や葉酸、β-カロテンなどの栄養素を含むとされていますが1、後述するように、妊娠中の安全性については重大な警告が存在します。
1.2. アムラ / インディアングースベリー (Phyllanthus emblica)
もう一方は、アムラ(学名:Phyllanthus emblica)であり、「インディアングースベリー」や「ユカン」とも呼ばれます2。アムラは、特にインドの伝統医療であるアーユルヴェーダにおいて、3500年以上にわたり「若返りの果実」として珍重されてきた歴史を持ちます3。「スーパーフード」として注目され、一般に「グースベリーの健康パワー」として語られる効果の多くは、実際にはこのアムラに関連するものである可能性が高いです。アムラは非常に強力な生理活性を持つ成分を豊富に含んでおり、その特性が、妊娠中における慎重な評価を必要とする理由となっています。
消費者がこれらの異なる果物を混同することは、潜在的なリスクを伴います。例えば、アムラの健康効果に関する情報を、セイヨウスグリにも当てはまると誤解した場合、期待される効果が得られないだけでなく、セイヨウスグリに関する安全性の警告を見逃してしまう可能性があります。妊娠中は、摂取する全ての食品の安全性が最優先されるべきであり、このような曖昧さは極めて慎重に扱われなければなりません。
2. 各「グースベリー」の栄養と一般的な健康効果
セイヨウスグリとアムラは、それぞれ異なる栄養プロファイルと生理活性を持ちます。ここでは、それぞれの一般的な特徴について解説します。
2.1. セイヨウスグリ (Ribes uva-crispa) の栄養価と一般的効果
セイヨウスグリは、いくつかの有用な栄養素を含む果物です。ある情報源によると、セイヨウスグリには以下の成分が含まれ、それぞれに関連する効果が期待できるとされています1。
- クエン酸: 疲労回復や血流改善に寄与すると言われています。
- 葉酸: 細胞の生産や再生を助け、体の発育に重要なビタミンです。特に妊娠初期の胎児の正常な発育に不可欠とされます。
- β-カロテン: 体内でビタミンAに変換され、抗酸化作用を持つことで知られています。
- カリウム: 体内の水分バランスを調整する役割を持ちます。
これらの栄養素は、一般的な健康維持に役立つものですが、セイヨウスグリが持つこれらの成分の含有量や、それによって特筆すべき薬理効果がどの程度もたらされるかについては、より詳細な科学的データが必要です。セイヨウスグリの価値は、特定の疾患を治療するというよりは、バランスの取れた食事の一部としての栄養的貢献と理解するのが適切でしょう。
2.2. アムラ (Phyllanthus emblica) の栄養価、伝統的用途、科学的に示唆される効果
アムラはセイヨウスグリとは一線を画し、単なる栄養源としてではなく、そのユニークで強力な植物化学成分、特に豊富なポリフェノール類により、顕著な生理活性を持つ薬用植物として位置づけられています。この特性こそが、アムラが「スーパーフード」と称賛される一方で、妊娠中の摂取に際してより深い洞察と注意を要する理由です。
伝統医療アーユルヴェーダにおける位置づけ
アムラは、インドの伝統医療アーユルヴェーダにおいて、3500年以上の長きにわたり「若返りの果実」として極めて高く評価されてきました3。アーユルヴェーダの理論では、アムラはヴァータ、ピッタ、カパという3つの生命エネルギー(ドーシャ)全てのバランスを整える効果があり、特に「火」のエネルギーであるピッタを鎮静する作用に優れているとされます。味は酸味、甘味、渋味、辛味、苦味の5つを併せ持ち、消化後の味は甘く、性質は体を冷やす(冷性)と分類されています4。
豊富な栄養素と生理活性物質
アムラの栄養学的特徴で最も注目すべきは、驚異的なビタミンC含有量です。アムラ果汁100mlあたりに480mgものビタミンCが含まれていると報告されており、これは多くの柑橘類を凌駕する数値です5。さらに特筆すべきは、アムラのビタミンCはポリフェノール類(タンニン)と結合しているため、熱に対して比較的安定しているという特性を持つことです5。
また、アムラは「ポリフェノールの宝庫」とも言え、特にエラジタンニン類(エンブリカンA、エンブリカンB、プニグルコニン、ペドゥンクラギンなど)を豊富に含んでいます3。ある報告では、乾燥重量の約25%がポリフェノールで構成されているともされています3。その他、水溶性食物繊維であるペクチンも含まれています3。
科学的に示唆される一般的な健康効果
アムラが含むこれらの強力な成分に関連して、主に基礎研究(細胞実験)や動物実験のレベルで、多岐にわたる健康効果が示唆されています。これらはアムラが「スーパーフード」として注目される根拠となっています。
- 強力な抗酸化作用: ビタミンCと豊富なポリフェノールが相乗的に働き、体内の過剰な活性酸素を除去し、酸化ストレスによる細胞の損傷から体を保護する効果が期待されます3。
- コラーゲン産生促進: アムラに含まれるポリフェノールが、皮膚のハリや弾力を保つ線維芽細胞に作用し、コラーゲンの産生を高める可能性が示唆されており、肌の健康維持への貢献が期待されています3。
- 毛髪の健康維持: 男性型脱毛症(AGA)の一因とされる5αリダクターゼという酵素の働きを阻害する作用が報告されており、薄毛や抜け毛の抑制への応用が研究されています3。
- 抗糖化作用: 体内のタンパク質と糖が結びつく「糖化」は、老化の原因物質であるAGEs(終末糖化産物)を生成します。アムラのポリフェノールにはこの糖化を抑制する作用があるとされ、アンチエイジング効果が期待されています3。
- 血流改善効果: アムラに含まれるエラジタンニンが、体内でエラグ酸に変化し、血管を拡張させる作用を通じて血流を改善する可能性が報告されています3。
- ミトコンドリア機能の向上: 細胞のエネルギー産生工場であるミトコンドリアを増やす働きが示唆されており、慢性的な疲労感の軽減に繋がる可能性が考えられています3。
- 免疫機能のサポート: アムラ抽出物が、免疫細胞であるリンパ球を活性酸素によるダメージから保護し、免疫関連物質の低下を抑制する作用が確認されており、免疫機能の維持に役立つとされています3。
- 肝保護作用: 動物実験において、有害物質であるヒ素による肝臓への毒性から保護する効果が報告されています7。
- 抗糖尿病特性: アムラ果実には血糖値を下げる作用があることが知られており、動物実験ではヒ素によって誘発された高血糖を改善する効果が示されています7。
これらの効果は非常に魅力的ですが、これらの研究の多くは基礎研究や動物実験の段階であるという点を強調しておく必要があります。健康な成人における効果や至適用量、長期的な安全性については、まだ十分な科学的データが蓄積されているとは言えません。ましてや、母体と胎児の双方に配慮が必要な妊娠中の女性における効果と安全性を、これらのデータから直接結論づけることはできません。アムラが持つこれらの強力な生理活性は、妊娠というデリケートな時期においては、予期せぬ影響を及ぼす可能性も考慮しなければならず、肯定的なイメージだけで安易に摂取することは避けるべきです。
3. 妊娠中の摂取:期待される効果と科学的根拠の検証
妊娠中の女性がグースベリーやアムラに関心を持つ最大の理由は、その「嬉しい効果」への期待でしょう。ここでは、それぞれの果物について、妊娠中の摂取に関連して報告されている利点と、その根拠について検証します。
3.1. セイヨウスグリ (Ribes uva-crispa) に関する報告
セイヨウスグリの妊娠中の利点として、ある情報源では、含まれる葉酸が胎児の成長をサポートし、女性に多い貧血を防ぐ働きがあると言及されています1。
葉酸は、特に妊娠初期における胎児の神経管閉鎖障害のリスクを低減するために極めて重要な栄養素であり、厚生労働省も妊娠を計画している女性や妊娠初期の女性に対して積極的な摂取を推奨しています8。しかし、セイヨウスグリを主要な葉酸供給源と考えることには、いくつかの注意点があります。第一に、セイヨウスグリに含まれる葉酸の具体的な含有量が、妊娠中に推奨される摂取量を満たすのに十分であるかどうかが不明確です。第二に、葉酸はほうれん草やブロッコリーなどの緑黄色野菜、納豆、いちごなど、より日常的に入手しやすい多くの食品に含まれています。したがって、妊娠中の葉酸摂取は、特定の果物に頼るのではなく、多様な食品からのバランスの取れた摂取と、必要に応じて医師の指導のもとでサプリメントを利用することが基本となります。セイヨウスグリが葉酸を含むことは事実かもしれませんが、それを妊娠中の主要な利点として強調するには、科学的根拠が十分とは言えません。
3.2. アムラ (Phyllanthus emblica) に関する報告
アムラに関しては、その伝統的な使用背景から、妊娠中の様々な不調を和らげる効果が期待され、いくつかの文献でその可能性が述べられています。特に、2018年に発表された「妊娠誘発性貧血におけるEmblica Officinalis(アムラ)に関する文献レビュー」という総説論文では、妊婦と胎児双方に対する多くの潜在的利益が列挙されています5。この文献によると、アムラは生または粉末の形で摂取することで、以下のような効果が期待できるとされています。
- 便秘の緩和: 妊娠中にはホルモンバランスの変化や子宮による圧迫で便秘になりやすくなります。アムラに含まれる食物繊維が腸の動きを調整し、便秘や痔といった消化器系の不調を和らげるのに役立つとされています5。
- 血圧の正常化: アムラに豊富に含まれるビタミンCが血管を拡張させ、血圧を正常な範囲に保つのを助けると言われています。また、毎日新鮮なアムラジュースを飲むことで、妊娠中によく見られる胸やけや胃酸の逆流を防ぐことができるとも述べられています5。
- つわりの軽減: アムラが持つとされるエネルギー増強作用や若返り作用が、妊娠初期の倦怠感や疲労感を克服するのに役立ち、体を再活性化させるとされています5。
- 血液浄化と胎児への栄養供給: アムラには解毒作用があり、血液を浄化すると伝統的に考えられています。水銀や鉛などの有害物質の影響を取り除き、発達中の胎児への血液と酸素の継続的な供給をサポートすると主張されています5。
- 貧血の予防: アムラは鉄分とビタミンCの両方を豊富に含む優れた供給源です。ビタミンCは非ヘム鉄(植物性食品に含まれる鉄分)の吸収を促進するため、正常なヘモグロビンレベルを維持し、妊娠性貧血を予防するのに役立つとされています。鉄剤とアムラの粉末を併用することで、鉄の吸収を高め、鉄剤の副作用を軽減できるとも述べられています5。
- 消化の改善: アムラは胃液の分泌を刺激し、食物の消化と栄養素の吸収を助けるとされています。これにより、ガスの発生や消化不良といった問題を軽減できると期待されています5。
- 免疫力の向上: 豊富な抗酸化物質とビタミンCが免疫システムを強化し、妊娠中にかかりやすい風邪や尿路感染症などの感染症と戦うのを助けるとされています。さらに、出産後の母乳分泌を促進する効果も挙げられています5。
- カルシウム源として: アムラに含まれるカルシウムが、胎児の歯と骨の健全な発達に寄与するとされています。妊娠中は母体の骨からカルシウムが胎児へ移行するため、アムラの摂取がその補給に役立つとされています5。
- 浮腫(むくみ)の治療: アムラの持つ抗炎症性が、妊娠中によく見られる手足のむくみ(浮腫)を軽減するのに役立つとされています5。
- 体のデトックス: アムラは水分含有量が高く、利尿作用を促進することで、体から毒素や老廃物を排出するのを助けると言われています5。
この文献レビュー5で提示されているアムラの潜在的な利点は非常に多岐にわたり、魅力的です。しかし、これが「文献レビュー」であるという点に最大限の注意を払う必要があります。レビュー論文の質は、そこで引用されている一次研究(個々の研究論文)の質に大きく依存します。引用されている研究が、質の高い臨床試験(例:プラセボ対照群との比較、十分な被験者数、適切な介入期間など)に基づいているのか、あるいは症例報告や小規模な観察研究、伝統的な伝聞に基づいているのかを詳細に吟味する必要があります。特に、「血液浄化」や水銀・鉛の除去といった強力なデトックス効果に関する主張は、その作用機序が科学的に厳密に検証され、妊娠中の母体および胎児にとって安全であることが証明されない限り、非常に慎重に扱われるべきです。不適切に体内の毒素が動員されることは、かえって胎盤を通過し、胎児に悪影響を及ぼすリスクも理論的には考えられます。最も重要なのは、これらの肯定的な報告と、次章で詳述する重大な安全性への懸念との間に著しい矛盾が存在する点です。この食い違いは、肯定的な情報のみに基づいて安易な判断を下すことの危険性を強く示唆しています。
健康に関する注意事項
- 本記事で紹介する情報は、一般的な知識提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
- 妊娠中の食事、サプリメント、ハーブの摂取に関しては、自己判断をせず、必ず事前にかかりつけの医師、産科医、または管理栄養士にご相談ください。
4. 【最重要】妊娠中の摂取における安全性と科学的警告
妊娠中のあらゆる食品やサプリメントの摂取において、安全性は何よりも優先されるべき事項です。グースベリーおよびアムラに関しても、その潜在的な利益がどれほど魅力的であっても、母体と胎児へのリスクを科学的根拠に基づいて慎重に評価する必要があります。
4.1. セイヨウスグリ (Ribes uva-crispa) の安全性に関する警告
セイヨウスグリ(一般的にグースベリーと呼ばれる果物)の妊娠中の安全性については、限定的な情報しか得られていませんが、日本の公衆衛生に関連する情報源から、極めて重要な警告が発せられています。
厚生労働省科学研究費補助金事業による報告書の警告
国立健康・栄養研究所のウェブサイトで公開されている「『いわゆる健康食品』のホームページ」には、厚生労働省科学研究費補助金事業として実施された「食品として利用される植物に係る安全性の検討」に関する報告書の内容が掲載されています。この中で、「グースベリー」について、「妊娠中・授乳中の経口摂取はおそらく危険と思われるため使用を避ける」との明確な記載があります9。この警告は、日本の公的機関関連の研究プロジェクトからのものであり、消費者は非常に重く受け止めるべきです。「おそらく危険」と判断された具体的な科学的根拠(例えば、特定の含有成分による子宮収縮作用やホルモン様作用など)は、提供された資料の範囲では詳述されていません。しかし、この警告が存在するという事実自体が、セイヨウスグリの妊娠中の摂取に対して強い懸念があること、あるいは少なくとも安全性を保証する十分なデータが著しく不足していることを示唆しています。
一般的な注意喚起
一部のグースベリー製品の販売ページ(例:Amazon)では、「アレルギー体質の方、妊婦の方などは、かかりつけの医師にご相談のうえご購入ください」といった一般的な注意書きが見られます10, 11。これは多くの食品に共通する標準的な免責事項ですが、妊娠中の女性が新しい食品、特に安全性について明確な情報が少ないものを試す際には、医師への相談が不可欠であるという基本原則を再確認させるものです。
4.2. アムラ (Phyllanthus emblica) の安全性に関する情報と重大な科学的懸念
アムラ(インディアングースベリー)については、その伝統的な使用実績や「スーパーフード」としての人気にもかかわらず、妊娠中の摂取に関しては複数の情報源から注意や禁忌が示されており、さらに深刻な科学的懸念も存在します。
複数の情報源による注意・禁忌
- 販売元による警告: アムラ製品を販売するウェブサイトの中には、「妊娠中の方は摂取をお控えください」と明記しているものがあります12。また、別のアムラ製品の販売サイトでも、「注意 この製品は妊婦にはお勧めできません」との警告が記載されています13。
- アーユルヴェーダにおける禁忌: アーユルヴェーダ関連の情報サイトでは、アムラ、ハリータキー、ビビターキーという3つの果実を混ぜたハーブミックスである「トリファラー」について、「妊婦中は禁忌」と明確に記載されています4。トリファラーの構成成分の一つであるハリータキー単独でも「禁忌:妊娠中」とされています4。アムラ単独での禁忌がこの箇所で直接的に述べられていないとしても、禁忌とされる調合薬の主要成分であるという事実は、妊娠中の使用に注意を要することを示唆しています。
- 矛盾する情報とマーケティングの問題: 一方で、特定のIPM社製アムラパウダーの販売ページでは、「余計なものは一切入れず原材料はアムラ果実のみですので、妊娠中の女性にも安心してご利用いただけます」と記載されており、他の情報源とは明確に矛盾しています6。このような市場における情報の混乱は、妊娠中の消費者がリスクを正しく評価できず、誤った判断を下す危険性を高めるものであり、極めて憂慮すべき状況です。健康食品に関するマーケティング上の主張は、科学的根拠や他の専門機関の警告と照らし合わせて、常に批判的に評価する必要があります。
【科学的懸念】ポリフェノールと胎児動脈管の早期収縮リスク
アムラの妊娠中の安全性に関する最も重大な科学的懸念は、その非常に豊富なポリフェノール含有量と、胎児循環における「動脈管」への潜在的影響です。2013年に権威ある医学雑誌「The Journal of Pediatrics」に掲載されたZielinskyらによる論文は、このリスクについて警鐘を鳴らしています14。
項目 | 説明 |
---|---|
リスクの作用機序 | ポリフェノールを豊富に含む食品(アムラ、アサイー、ダークチョコレート、各種ベリー類、ハーブティーなど)を妊娠後期(特に第3三半期、妊娠28週以降)に母親が摂取すると、その抗炎症作用がプロスタグランジンの合成を阻害することにより、胎児の動脈管を収縮させる可能性があると指摘されています14。このメカニズムは、妊娠後期に禁忌とされるインドメタシンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が胎児動脈管収縮を引き起こすものと類似しています。 |
胎児動脈管の役割 | 動脈管は、出生前の胎児の血液循環に不可欠な血管です。胎児は肺呼吸をしていないため、肺動脈から大動脈へと血液をバイパスさせる「う回路」として機能し、全身に酸素を供給する上で重要な役割を担っています。この動脈管は通常、出生後に肺呼吸が始まると自然に閉鎖します。 |
早期収縮の深刻な影響 | この動脈管が出生前に収縮してしまうと、胎児の右心室(肺に血液を送るポンプ)に過大な圧力がかかり、心臓の拡大や心機能不全を引き起こす可能性があります。さらに、出生後に重度の呼吸障害をきたす「新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)」や、全身がむくむ「胎児水腫」、最悪の場合には胎児死亡や新生児死亡に至る可能性も否定できません14。 |
アムラとの関連 | アムラは、前述の通り、乾燥重量の約25%がポリフェノールで構成されることもあるほど、ポリフェノールを極めて豊富に含む果物です3。したがって、アムラ(特に濃縮されたサプリメントやジュース)を妊娠後期に摂取することは、このリスクを増大させる可能性があると科学的に考えられます。 |
この科学的報告14は、査読を経た学術文献であり、アムラに含まれる成分クラス(ポリフェノール)が、一般的な毒性の問題ではなく、特定の発生段階(妊娠後期)において特異的な生理学的リスクとなりうることを作用機序と共に示している点で非常に重要です。「スーパーフード」としての健康効果を期待して摂取したものが、意図せず胎児に深刻な事態を招く可能性があることを示しています。
4.3. 利益とリスクの比較:妊娠中の摂取は推奨できるか?
これまでの情報を総合的に判断するため、妊娠中のグースベリーおよびアムラ摂取に関する利益とリスクを比較検討します。
JHO編集部としては、現時点でのエビデンス、特に安全性に関する明確な警告と科学的懸念、そして妊娠に特化して安全性を証明する質の高いデータの欠如を総合的に考慮すると、セイヨウスグリ、アムラのいずれも、妊娠中の女性に安易に推奨することはできません。潜在的なリスクは、科学的に十分に裏付けられた利益を明らかに上回っていると考えられます。
潜在的な便秘改善や栄養補給といった利益は、アムラやセイヨウスグリでなければ得られないものではありません。より安全性が確立されている他の多くの食品(例えば、食物繊維豊富な野菜や果物、鉄分豊富な赤身肉や魚、葉酸を強化した食品など)や、医師が処方するサプリメントで代替可能です。一方で、セイヨウスグリに関する公的機関関連の警告9や、アムラに関する胎児動脈管収縮という深刻なリスク14は、代替が効かない重大な懸念事項です。妊娠中の食品およびサプリメント摂取においては、常に予防原則が最優先されるべきです。
5. 日本の妊産婦向け食生活指針との整合性
個別の食品の特性を評価すると同時に、厚生労働省やこども家庭庁といった公的機関が示す一般的な食生活指針に照らしてその位置づけを考えることは、バランスの取れた判断のために不可欠です。
5.1. 厚生労働省・こども家庭庁の推奨事項の概要
日本の公的機関は、妊産婦の健康維持と胎児の健やかな発育のため、「妊産婦のための食生活指針」などを通じて情報提供を行っています8。その基本原則は以下の通りです。
- バランスの取れた食事: 主食・主菜・副菜を組み合わせ、多様な食品から必要な栄養素を過不足なく摂取することが基本です8。
- 特に意識すべき栄養素: 妊娠期に応じて、葉酸、鉄、カルシウムなどの重要性が強調されます8, 15。
- 摂取を避けるべき・制限すべきもの: アルコール、たばこ、リステリア菌やトキソプラズマ感染のリスクがある食品(ナチュラルチーズ、生ハム、加熱不十分な肉など)、水銀濃度が高い魚介類、ビタミンA(レチノール)の過剰摂取、カフェインの過剰摂取などが挙げられます15, 16。
- 専門家への相談: 食事に関する不安や疑問は、医師や管理栄養士に相談することが強く推奨されています8。
5.2. グースベリー/アムラは指針に含まれているか?
参照した日本の妊産婦向け食生活指針や関連資料8, 15, 16, 17の中には、セイヨウスグリ(グースベリー)やアムラ(インディアングースベリー)を、推奨する食品、あるいは避けるべき食品として具体的に名指しで言及している箇所は見当たりませんでした。これは、これらの果物が日本の妊産婦の標準的な食事において、必須でもなく、また広く摂取されているものでもないことを示唆しています。
5.3. 指針の原則とグースベリー/アムラ摂取の是非
日本の妊産婦向け食生活指針の根底にあるのは、「安全性の確保」と「科学的根拠に基づく栄養充足」という二大原則です。この観点からグースベリーおよびアムラの摂取を考えると、以下の結論が導かれます。
- セイヨウスグリについては、厚生労働省関連の研究報告書で「おそらく危険」と警告されています9。これは、指針が掲げる「安全性の確保」の原則に明確に反します。
- アムラについては、胎児への深刻なリスクとなりうる科学的懸念14が存在し、複数の情報源から禁忌や注意が喚起されています4, 12。これもまた「安全性の確保」の観点から容認できるものではありません。
仮にアムラをビタミンCや鉄分の供給源として考慮する場合でも、公的指針は、より安全性が確立され、摂取量が管理しやすい一般的な食品や、必要に応じて医師の指導のもとで使用されるサプリメントからの摂取を優先するでしょう。証明されていない「スーパーフード」の効果を過度に期待するあまり、葉酸や鉄分の確実な摂取といった、科学的根拠に基づき確立された基本的な栄養管理がおろそかになるような事態は、絶対に避けるべきです。
よくある質問 (FAQ)
結局のところ、妊娠中にグースベリーやアムラを食べるのは絶対にダメなのでしょうか?
アムラは「貧血に良い」と聞きましたが、鉄剤の代わりに使えますか?
妊娠後期(第3三半期)でなければ、アムラを摂取しても安全ですか?
ジュースやサプリメントではなく、果実そのものを少し食べるだけなら問題ないでしょうか?
では、妊娠中のおやつや栄養補給には、何を選べば良いのでしょうか?
結論:安全性を最優先し、賢明な選択を
「グースベリー」や「アムラ」が持つ「スーパーフード」としての魅力的なイメージや、伝統医学における長い歴史は、特に健康への関心が高まる妊娠中の女性にとって、強い関心を引くものかもしれません。しかし、本レポートで詳細に分析した通り、これらの果実の妊娠中の摂取には、看過できない重大な安全性の懸念が存在します。
- セイヨウスグリ (Ribes uva-crispa): 厚生労働省関連の研究報告書による「おそらく危険」という明確な警告9があり、摂取は避けるべきです。
- アムラ (Phyllanthus emblica): 複数の情報源からの禁忌・注意喚起4, 12に加え、高濃度のポリフェノールに起因する「胎児動脈管の早期収縮」という、胎児に深刻な影響を及ぼしかねない科学的リスクが指摘されています14。特に妊娠後期においては、原則として摂取を避けるべきです。
JAPANESEHEALTH.ORG編集部として、妊娠中の女性とそのご家族に最も強くお伝えしたいことは、「証明されていない利益のために、証明されていないリスクを冒すべきではない」ということです。妊娠中の栄養は、安全性が確立された多様な食品からバランス良く摂取することを基本とし、特定の「スーパーフード」に過度な期待を寄せるべきではありません。健康に関する悩みや症状がある場合は、自己判断でハーブやサプリメントに頼るのではなく、必ず医療専門家に相談し、科学的根拠に基づいた安全な指導を受けてください。皆様の妊娠期間が、健やかで喜びに満ちたものとなることを心よりお祈り申し上げます。
この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。
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- Amazon.co.jp: 北海道産 グーズベリー(生果実)500g (グースベリー グスベリ)※在来種(小粒) [インターネット]. Amazon.co.jp. [引用日: 2025年6月13日]. 以下より入手可能: https://www.amazon.co.jp/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E7%94%A3-%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%BC-500g-%E3%80%90%E6%9C%9F%E9%96%93%E9%99%90%E5%AE%9A%E3%80%918%E6%9C%88%E4%B8%8A%E6%97%AC-%E3%80%90%E5%87%BA%E8%8D%B7%E5%85%83/dp/B00Y7H4R8S
- アムラ(ポリフェノール高含有) – 健康食品、美容サプリメント [インターネット]. [引用日: 2025年6月13日]. 以下より入手可能: https://www.kenbicare.com/amla/amla.html
- 【エコ・ヴェーダ】オーガニックアムラ タブレット – やつは -八ヶ岳Life Shop [インターネット]. [引用日: 2025年6月13日]. 以下より入手可能: https://www.yatsuha.com/shopdetail/000000000858/
- Zielinsky P, Piccoli AL Jr, Vian I, Zilio A, Barbisan F, Naujorks AA, et al. Prenatal effects of maternal consumption of polyphenol-rich foods in late pregnancy on fetal ductus arteriosus. J Pediatr. 2013;162(4):876-81.e1. doi: 10.1016/j.jpeds.2012.11.050. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4065350/
- 食生活 [インターネット]. こども家庭庁. [引用日: 2025年6月13日]. 以下より入手可能: https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/a29a9bee-4d29-482d-a63b-5f9cb8ea0aa2/a962bb7e/20230401_policies_boshihoken_shokuji_06.pdf
- お母さんになるあなたと周りの人たちへ | 食品安全委員会 – 食の安全、を科学する [インターネット]. 内閣府食品安全委員会. [引用日: 2025年6月13日]. 以下より入手可能: https://www.fsc.go.jp/okaasan.html
- Q&A|妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針 [インターネット]. 国立健康・栄養研究所. [引用日: 2025年6月13日]. 以下より入手可能: https://www.nibn.go.jp/eiken/ninsanpu/faq.html