この記事の科学的根拠
本記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性のみが含まれています。
- 日本歯科医師会: 本記事における舌痛症の定義や治療法(特に認知行動療法)に関する指針は、同会が公開している情報に基づいています14。
- 厚生労働省: 舌の衛生管理や口臭に関する一般的な健康情報は、同省のe-ヘルスネットの指針を参考にしています2。
- PubMed/PMC (米国国立医学図書館): 舌痛症(BMS)に関する最新の国際的な研究動向、病因論、治療法の有効性(薬物療法、低出力レーザー治療など)についての分析は、PubMed Centralに掲載されている複数の系統的レビューや文献計量学的研究に基づいています3567。
- 神奈川県歯科医師会: 舌に目に見える変化がある場合の具体的な疾患(舌癌の警告サイン、口内炎、口腔扁平苔癬など)に関する解説は、同会が提供する専門的な情報に基づいています89。
要点まとめ
- 舌の痛みは、潰瘍など目に見える変化がある「二次性」のものと、見た目は正常なのに痛む「本態性(舌痛症)」に大別されます。原因を特定するため、まずはセルフチェックが重要です。
- 舌痛症(BMS)は「気のせい」ではなく、神経系機能の異常が関与する実際の神経障害性疼痛です。特に閉経後の女性に多く見られます。
- 舌痛症の診断は、他の全身疾患や局所的な問題をすべて除外した上で行われる「除外診断」です。そのため、歯科や耳鼻咽喉科での徹底的な検査が不可欠です。
- 治療の目標は「完治」ではなく、症状を管理し生活の質(QOL)を改善することです。認知行動療法(CBT)が中心的な役割を担い、薬物療法は補助的に検討されます。
- 受診の際は、まず一般歯科や耳鼻咽喉科から始め、原因不明の場合は口腔外科、最終的に歯科心身医療科や口腔顔面痛外来といった専門診療科への紹介を求めるのが適切な流れです。
まずはセルフチェック!舌の痛みの種類を分類する
複雑な原因を探る前に、最初に行うべき最も重要なステップは、ご自身の症状を自己点検し、分類することです。これは、臨床医が診断プロセスを開始する方法と同様であり、問題を体系的に特定し、最適な情報へと導く助けとなります。
目に見える変化がある痛み
これは、直接観察することによって原因を特定できる可能性のある舌の痛みです。十分な明るさの下で鏡の前に立ち、舌全体を注意深く調べてみてください。効果的にチェックするために、厚生労働省が推奨する舌の清掃方法2と同様に、舌をできるだけ前に突き出し、舌の後方も観察できるようにします。以下の兆候に注意してください。
- 潰瘍(かいよう): 通常、円形または楕円形で、底は白または黄色、縁は赤色をしています。これはアフタ性口内炎の典型的な症状です8。
- 白色・赤色の斑点: 網目状の白い斑点は、口腔扁平苔癬(こうくうへんぺいたいせん)の兆候である可能性があります8。滑らかで赤い斑点は、貧血や真菌感染に関連していることがあります。
- 水疱(すいほう): 小さな水疱の集まりは、ヘルペスウイルスの感染を示唆する場合があります。
- 亀裂(きれつ): 舌に深い溝が現れることがあり、これを溝状舌(こうじょうぜつ)と呼びます。通常は良性の状態ですが、食物や細菌が詰まることで炎症や痛みを引き起こすことがあります。
- 腫瘤(しゅりゅう)・硬結(こうけつ): どのような腫瘤や硬いしこり、特に痛みがなく2週間経っても消えない場合は、舌癌(ぜつがん)を除外するために直ちに医療機関を受診する必要がある警告サインです8。
目に見える変化がない痛み
これは、患者様が非常に現実的な痛みを感じているにもかかわらず、舌の表面が完全に正常に見えるため、最も大きな混乱を引き起こすタイプの痛みです。この痛みは、しばしば以下のような主観的な感覚で表現されます。
もしあなたの痛みがこのタイプ、つまり目に見える損傷がないにもかかわらず持続する灼熱感を伴うものであれば、これは舌痛症(BMS)と呼ばれる医学的状態の核心的な特徴です。この状態は想像によるものではなく、実在する神経因性の痛みです4。
読者の皆様がご自身の状態を判断しやすくなるよう、以下の表に主な症状の特徴と、本稿の関連情報への案内をまとめました。
表1:舌の痛み症状の迅速分類チャート
舌の見た目 | 痛みの特徴 | 考えられる主な原因 | 次に読むべき章 |
---|---|---|---|
潰瘍、白色・赤色の斑点、水疱、腫瘤 | 鋭い痛み、接触時や食事時に痛む | アフタ性口内炎、カンジダ感染症、口腔扁平苔癬、機械的損傷、舌癌(稀) | 第2章 |
舌の表面は完全に正常に見える | 灼熱感、ピリピリ感、しびれ、持続性。食事中や何かに集中している時に痛みが和らぐ。 | 舌痛症(BMS)(本態性) | 第3章, 第4章 |
舌が赤く、滑らかで、口角の亀裂を伴うことがある | 灼熱感、辛いものや熱いものに敏感 | 栄養不足(鉄、ビタミンB12)、口腔乾燥 | 第2章 |
舌に白い苔状の膜があり、こすると取れやすい | 灼熱感、味覚異常を伴うことがある | 口腔カンジダ症 | 第2章 |
この分類表を用いることで、読者は自身の症状群を迅速に特定し、最も関連性の高い内容に集中することができます。これにより、情報の過負荷を避け、初期の不安を軽減することが可能になります。これは、患者様に知識を与え、自身の健康状態をより良く理解し、管理するための第一歩です。
原因が特定できる舌の痛み(二次性舌痛症)
二次性舌痛症とは、臨床的な診察や検査によって明確な原因が特定できる痛みを指す医学用語です。これらの原因を除外することは、本態性の舌痛症(BMS)と診断する前の必須かつ基本的なステップです11。本章では、具体的な原因群について詳しく解説します。
物理的な損傷・局所的な刺激
これは最も一般的で認識しやすい原因群です。
- アフタ性口内炎: 舌の痛みの最も一般的な原因です。舌、頬の内側、唇に、小さく、円形または楕円形の白い潰瘍が現れます。食事や会話の際に特に鋭い痛みを引き起こします。ほとんどの通常の口内炎は良性で、特別な治療をしなくても1〜2週間で自然に治癒します8。
- 機械的損傷: 舌は口内の機械的な要因によって損傷を受けることがあります。欠けたり鋭利になった歯の縁、適合しなくなった古い詰め物、あるいはブレースや義歯などの歯科装置が不適切に作製されている場合、舌に継続的に擦れて潰瘍や慢性的な刺激領域を引き起こす可能性があります7。
- 悪習癖(Parafunctional Habits): いくつかの無意識の癖も舌を傷つける原因となります。睡眠中の歯ぎしり(ブラキシズム)、舌突出癖(舌を歯の間に押し出す)、または舌を噛む癖は、継続的な摩擦と圧力を生み出し、痛みや不快感につながることがあります12。
感染症
口腔内の微生物が感染を引き起こし、舌の痛みにつながることがあります。
- 口腔カンジダ症: カンジダ・アルビカンスという真菌は、通常、口内に常在しています。しかし、体の免疫系が弱まったり、口腔内の環境が変化したりすると(例えば、長期の抗生物質の使用、不衛生な義歯の装着、糖尿病など)、この真菌が過剰に増殖して病気を引き起こすことがあります。典型的な症状は、舌や口の粘膜に現れるクリーム状の白い膜で、これをこすり取ると赤く出血しやすい表面が現れます。患者はしばしば灼熱感を感じ、味覚が変化することがあります12。
- ウイルス感染: 単純ヘルペスウイルスは、舌や口の中に痛みを伴う水疱の集まりを引き起こすことがあり、これはヘルペス性歯肉口内炎と呼ばれます。
全身疾患・栄養不足
舌はしばしば「全身の健康を映す鏡」と見なされます。多くの全身性疾患や栄養不足が、舌の症状として現れることがあります。
- 栄養不足: 必須微量栄養素の欠乏は、舌の痛みの重要な原因の一つであり、血液検査によって除外する必要があります。
- 自己免疫疾患:
- 内分泌疾患:
その他の要因
- 口腔乾燥症(Xerostomia): これは非常に重要かつ一般的な寄与因子です。唾液は食物の消化を助けるだけでなく、口の粘膜を潤滑し、清掃し、保護します。唾液の量が減少すると、粘膜は乾燥し、刺激や損傷を受けやすくなり、灼熱感や痛みを引き起こします。口腔乾燥は、抗うつ薬、抗ヒスタミン薬、利尿薬、高血圧治療薬など、何百種類もの薬剤の副作用である可能性があります4。また、頭頸部への放射線治療やシェーグレン症候群のような疾患によっても引き起こされます10。
- アレルギー: 特定の食品、添加物、または歯科材料(特に古い修復物に含まれる金属)に対するアレルギー反応が、舌を含む接触領域に炎症や灼熱感を引き起こすことがあります7。
- 胃食道逆流症(GERD): 胃酸が食道を逆流し、特に就寝中に口腔内に達することがあります。この酸は腐食性が高く、喉や舌の後方の粘膜を刺激し、「火傷」させて灼熱感を引き起こす可能性があります3。
口腔乾燥と舌の痛みとの間には、複雑でしばしば悪循環となる関係があることを強調する必要があります。多くの疾患や薬剤が口腔乾燥を引き起こし、それが舌の痛みにつながります4。逆に、BMSに伴うことが多い心理状態(不安、うつ病)の治療に使用される薬剤の一部が、口腔乾燥を引き起こす作用を持ち、症状を悪化させる可能性があります。さらに、BMS患者自身も、唾液流量の有意な減少が検査で示されない場合でさえ、主観的な口腔乾燥感を頻繁に報告します4。したがって、十分な水分摂取、唾液分泌を刺激するための無糖ガムの使用、または唾液代替製品の使用といった口腔乾燥の管理は、痛みの根本原因が何であれ、基本的かつ不可欠な治療戦略です14。
原因が見つからない痛み:舌痛症(口腔灼熱症候群・BMS)の深掘り
ここからは、患者様に多くの苦痛と混乱をもたらす状態、すなわち舌痛症(BMS)に焦点を当てた本稿の核心部分です。第2章で挙げたすべての二次的な原因が診察と検査によって除外されたにもかかわらず痛みが持続する場合、本態性BMSの診断が考慮されます。これは「想像上の病気」ではなく、明確な神経学的基盤を持つ慢性疼痛疾患です。
「舌痛症」とは何か?定義と診断基準
用語については、明確にすべき不一致が存在します。日本では、「舌痛症(ぜっつうしょう)」という用語が一般社会および医療界で、原因不明の舌の痛みを指すために広く使用されています8。しかし、国際的な医学文献や現代の疾病分類システムでは、より正確な用語は「Burning Mouth Syndrome (BMS)」、すなわち口腔灼熱症候群です。BMSは舌だけでなく、唇、口蓋、その他の口腔内領域にも影響を及ぼす可能性があります。別の用語である「Glossodynia」は、痛みが舌に限定されている場合によく使用されます3。日本歯科医師会も、舌痛症はより広範な口腔灼熱症候群の一形態であると認識しています4。科学的正確性と読者の理解しやすさを確保するため、本稿では「舌痛症(BMS)」という用語を使用します。BMSは、除外診断として定義されています11。これは、同様の症状を引き起こす可能性のある他のすべての局所的および全身的疾患を除外した後にのみ、診断が下されることを意味します。
国際頭痛分類第3版(ICHD-3)や国際口腔顔面痛分類(ICOP)などの国際的な診断基準によると、BMSは以下の基準によって定義されます7。
- BおよびCの項目に該当する特徴を持つ口腔内の痛み。
- 1日に2時間以上、毎日再発し、3ヶ月以上続く。
- 痛みに以下の両方の特徴がある:
- 灼熱感。
- 口腔粘膜の表面で感じられる。
- 口腔粘膜は正常に見え、感覚検査を含む臨床検査もすべて正常である。
- 症状が他のどの診断によってもより良く説明されない。
誰が罹患しやすいのか?日本および世界の統計データ
BMSは稀な疾患ではありません。疫学研究によると、一般人口における有病率は0.7%から3%の範囲で変動します4。しかし、この疾患の分布には偏りがあります。
- 性別と年齢: BMSは主に中高年の女性、特に更年期中および更年期後の女性に影響を及ぼします3。女性の有病率は男性よりも著しく高く、報告されている男女比は3:1から10:1です4。
- 閉経後女性の有病率: 注目すべきことに、閉経後女性における有病率は12〜18%にも上ることがあり、ホルモン変化との潜在的な関連性を示唆しています4。
- 日本の大学病院におけるデータ: 日本の大学病院からの統計もこの傾向を裏付けています。例えば、日本大学松戸歯学部や名古屋大学の付属病院では、舌の痛みで受診する患者の約80〜90%が女性であり、そのほとんどが50〜70代です15。
舌痛症(BMS)の特異的な症状
BMSの症状は非常に特徴的であり、これらを認識することが診断の鍵となります。
- 痛みの性質と部位: 痛みは通常、持続的な灼熱感(ヒリヒリ、カーッとした)またはチクチクする感覚(ピリピリ、チクチク)と表現されます4。最も一般的な部位は舌の前方3分の2、特に舌の先端と両側面です。痛みは通常、一点に集中するのではなく、左右対称に広がる性質を持ちます。舌以外にも、唇(特に下唇)、口蓋、歯肉などの他の部位も影響を受けることがあります4。
- 一日の中での特異なリズム: BMSの奇妙でありながら非常に重要な臨床的特徴の一つは、一日の中での痛みのリズムです。患者は通常、朝目覚めたときには痛みがないか、あってもごくわずかであると報告します。その後、痛みは日中に現れ始め、徐々に強さを増し、午後または夕方にピークに達します。極めて重要な点は、痛みが睡眠を妨げないことです。患者は夜間に痛みで目が覚めることはありません4。付随する不安やうつ病のために寝つきが悪いことはあっても、痛み自体が不眠の原因となるわけではありません4。
- 飲食時に痛みが和らぐという逆説: これはおそらく最も有用な鑑別診断の手がかりです。物理的な損傷(口内炎や歯痛など)による痛みが刺激によって悪化するのとは対照的に、BMSの痛みは患者が食事をしたり、飲み物を飲んだり、ガムを噛んだり、あるいは会話や他の作業に集中しているときには軽減または完全に消失します4。多くの患者は、不快感を和らげるために無糖ガムを絶えず噛んでいると報告しています4。
- 古典的な三主徴: BMSはしばしば、1) 口腔灼熱感、2) 口腔乾燥感(Xerostomia)、そして3) 味覚異常(Dysgeusia)という三つの症状の組み合わせで現れます4。味覚異常は、口の中に持続する金属味や苦味として現れることがあります。
飲食時に痛みが軽減するという現象は、臨床的に重要な逆説です。通常、炎症や損傷のある部位への機械的または化学的刺激は痛みの信号を増強させます。しかし、BMSでは逆のことが起こります。この現象を説明するために最も広く受け入れられている仮説は、「ゲートコントロールセオリー(痛みの門番説)」に基づいています。これによると、咀嚼、嚥下、会話などの活動は、位置、圧力、温度に関する大量の感覚信号を生成し、脳に伝達します。これらの信号は、同じ神経伝達路上のBMSの異常な痛み信号と「競合」し、「圧倒」するため、脳への痛み信号の伝達ゲートが一時的に閉じられるのです。この逆説を患者に明確に説明することは、彼らが自身の「奇妙な」症状を理解する助けになるだけでなく、BMSが神経由来の痛みであるという仮説を強力に裏付け、舌の悪性疾患に対する恐怖を和らげるのに役立ちます。
原因の仮説:神経と心の関わり
本態性BMSの正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、科学的証拠は、これが神経系と心理的要因との相互作用が関わる複雑な疾患であることをますます示唆しています。
- 神経障害性疼痛: 現在の主要な仮説は、BMSが神経障害性疼痛の一形態であるというものです。これは以下に起因する可能性があります。
- 心理社会的要因の役割: BMSと心理的要因との間には、密接な双方向の関係があります。不安、うつ病、慢性的なストレスは、BMS患者において非常に一般的であることが記録されています4。これらの要因は、慢性的な痛みと共に生きることの結果であるだけでなく、症状の引き金(トリガー)となったり、症状を悪化させたりする役割を果たす可能性があります。BMSの症状が始まる直前に、ストレスの多い生活上の出来事が起こったと報告されることがよくあります416。
- ホルモン変化: 閉経後女性における有病率が非常に高いことは、エストロゲン濃度の低下が重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。エストロゲンは、味蕾や口腔粘膜、さらには感覚神経の発生と機能に影響を与えます7。
要約すると、BMSは、一つまたは複数の要因(ホルモン変化、歯科治療、ストレスなど)が末梢神経系に初期変化を引き起こし、その後、中枢神経系のメカニズムによって維持・増幅され、慢性的な痛みの悪循環を形成する、複雑な疼痛モデルと見なされています。
舌の痛みの治療と管理法
舌の痛みの治療は、その原因に完全に依存します。二次性の舌の痛み(第2章)に対しては、栄養素の補充、真菌感染の治療、不適合な歯科補綴物の交換など、根本的な病態を治療することが目標となります。本章では、臨床実践においてより大きな課題である本態性舌痛症(BMS)の管理戦略に主に焦点を当てます。
治療のゴール:「完治」ではなく「管理」を目指す
本態性BMSについて理解すべき最も重要なことの一つは、現時点では決定的な「完治」法が存在しないということです。したがって、治療の目標は痛みを完全に除去すること(痛みをゼロにすること)ではなく、症状をコントロールし、痛みの強度を許容できるレベルまで下げ、生活の質(QOL – Quality of Life)を改善することです17。この目標を受け入れることは、患者が現実的な見通しを持ち、失望感を減らし、自身の状態と共に生き、管理していく上でより主体的になる助けとなります。少数の患者(約3%)は自然に治癒することがありますが、大多数は長期にわたって痛みと向き合うことになります17。
薬を使わない治療法
非薬物療法、特に心理療法は、BMSの管理において中心的な役割を果たします。
- 認知行動療法(CBT): これは、日本歯科医師会(JDA)がBMSの治療に科学的根拠のある有効性を持つと公式に認めている方法です17。CBTは痛みを直接変えるのではなく、患者が痛みに対して考え、感じ、反応する方法を変える手助けをします。「痛み → 否定的な思考 → 不安 → 筋肉の緊張 → さらなる痛み」という悪循環を断ち切ることにより、CBTは苦痛を和らげ、痛みが日常生活に与える影響を軽減します。CBTの具体的な技法には以下が含まれます。
- マインドフルネス法: この技法は、患者が自分の痛みを、まるで外部の観察者であるかのように、判断を下さずに客観的に観察するよう指導します。痛みに抵抗したり恐れたりするのではなく、その存在を受け入れることを学びます。徐々に、痛みの感覚を否定的な感情的反応から切り離すことができ、それによって痛みをより良くコントロールできるようになります17。
- 自律訓練法: これは深いリラクゼーション技法であり、患者が自律神経系の反応(心拍数や呼吸数など)をコントロールする方法を学ぶのに役立ちます。リラックスした状態を達成することにより、患者はストレスや不安を軽減し、それによって痛みの強度を減らすことができます17。
- その他の新しい治療法: 国際的な研究では、低出力レーザー治療(Low-Level Laser Therapy)や鍼治療(Acupuncture)などの他の方法の有効性が探求されており、一部のBMS患者において痛みを軽減する可能性が示されていますが、その効果を確認するためにはさらなる研究が必要です5。
薬物療法:日本における現実的な視点
BMSに対する薬物療法は非常に複雑であり、特に日本では、国際的な研究で有効性が示されている多くの薬剤がBMSの治療に対して公式には承認されていない(保険適応がない)ため、その状況はさらに複雑です。これは「適応外使用」と呼ばれ、患者は通常、費用の全額を自己負担する必要があります。この現状を理解することは、医師との効果的な対話のために非常に重要です。
以下の表は、主要な薬剤選択肢と日本での適用状況の概要を示したものです。
表2:BMS治療薬の選択肢と日本における状況の概要
薬の種類 | 主な成分名 | 作用・目的 | 使用法 | 日本での注意点(保険適用状況) |
---|---|---|---|---|
抗けいれん薬 | クロナゼパム | 異常な神経活動を調節し、神経因性疼痛を軽減する。 | 局所投与:錠剤を口の中でゆっくり溶かす。局所での作用を最大化し、全身性の副作用(眠気)を最小限に抑えるために推奨される方法17。 | 適応外使用。保険適用外。JDAも言及する研究が進んだ治療法の一つだが、依然として研究段階17。 |
抗うつ薬 | アミトリプチリン(三環系)、デュロキセチン(SNRI) | 神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン)の濃度を高め、痛みの信号伝達を調節する。 | 内服。 | 適応外使用。保険適用外。心身医療の専門医や痛みの専門医によって処方されることが多い3。 |
神経障害性疼痛治療薬 | ガバペンチン、プレガバリン | 神経系のカルシウムチャネルに作用し、痛みを引き起こす神経伝達物質の放出を抑制する。 | 内服。 | 適応外使用。保険適用外。国際的な研究で有効性のエビデンスがある3。 |
局所薬 | カプサイシン | 唐辛子抽出物。反復使用により痛覚受容体(TRPV1)を脱感作させる。 | 含嗽剤または塗布ゲル。 | 主に研究段階で、日本では臨床的に一般的ではない。初期に灼熱感を引き起こすことがある。系統的レビューで有効性の可能性が示唆されている3。 |
サプリメント | αリポ酸 | 抗酸化物質。神経細胞を保護する可能性があるとされる。 | 内服。 | 医薬品ではなく、保険適用外。有効性のエビデンスは議論が多く、研究間で一貫性がない。JDAは研究中の方法として認識しているが、科学的根拠は不十分17。 |
国際的に研究されていることと、日本で承認されていることとの間に「治療のギャップ」が存在することは重要な現実です。患者は海外のウェブサイトでガバペンチンやデュロキセチンといった薬剤に関する情報を読み、処方されることを期待するかもしれません。しかし、日本でこれらの薬剤をBMSに使用することは「適応外」であり、利益、リスク、費用について医師と患者の間で合意が必要であることを理解する必要があります。上記の表は、読者が医療専門家との対話に備えるための透明性の高いツールを提供し、高度な専門性と実践的な経験を示しています。
自分でできるセルフケア
医療的な治療法と並行して、生活習慣の変更や家庭でのセルフケアは、症状を軽減し、日々の快適さを大幅に改善するのに役立ちます。
- 口を潤す: 口腔乾燥は灼熱感を悪化させます。日中は頻繁に水を飲み、小さな氷片をなめたり、無糖のガムを噛んだりして唾液腺の活動を刺激しましょう14。
- 食生活の変更: 口の粘膜を刺激する可能性のある食品や飲料を避けます。これらには以下が含まれます。
- 丁寧な口腔衛生: 柔らかい毛の歯ブラシと、アルコールや強い発泡剤(ラウリル硫酸ナトリウムなど)を含まない穏やかな歯磨き粉を使用します。口を乾燥させたり刺激したりするのを避けるため、洗口液もアルコールフリーのものを選びましょう14。
- ストレス管理: ストレスはBMSを悪化させる要因であるため、リラクゼーション技法を取り入れることは非常に有益です。ヨガ、瞑想、散歩、音楽鑑賞、またはリラックスできる趣味などを試してみてください10。
受診の目安と診療科の選び方
舌の痛みのような不可解な症状に直面したとき、いつ、どこへ行くべきかを知ることは非常に重要です。これは、安全を確保し、適切なケアを受けるための核心的な要素です。
すぐに受診すべき危険なサイン(レッドフラッグ)
ほとんどの舌の痛みのケースは良性ですが、一部の症状は、特に舌癌のようなより深刻な病状の兆候である可能性があります。以下のいずれかの徴候がある場合は、直ちに医師または歯科医師の診察を受けてください。
早期発見は、悪性疾患の治療を成功させる上で決定的な要因です。上記の警告サインのいずれかがある場合は、診察を遅らせないでください8。
推奨される受診ルート
緊急の警告サインがない舌の痛みのケースでは、適切な専門科を見つけることは困難な道のりになることがあります。以下は、日本の医療制度に適合した推奨されるルートです。
- ステップ1:一般歯科または耳鼻咽喉科:これが最も合理的な出発点です。歯科医師または耳鼻咽喉科医は、口腔内を包括的に診察し、第2章で述べたような、鋭利な歯、不適合な補綴物、カンジダ感染、または目に見える粘膜の損傷といった明らかな局所的原因を検査し、除外します。
- ステップ2:口腔外科:一般歯科医が明確な原因を見つけられない場合、または口腔扁平苔癬、良性・悪性の腫瘍、その他の粘膜疾患など、より複雑な病状を疑う場合、口腔外科の専門医に紹介します。これらの専門家は通常、大病院や大学病院で勤務しており、必要に応じて生検を含む、より詳細な診断を行うための十分な設備を持っています8。
- ステップ3:歯科心身医療科または口腔顔面痛外来:これは、本態性の舌痛症(BMS)を診断し、治療するための最も専門的な診療科です。すべての身体的な原因が除外されたとき、問題は神経系の機能および心身医学的要因に関連すると考えられます。この分野の専門家は、歯科と心理学の両方に深い知識を持ち、複雑な慢性疼痛状態の治療を専門としています。
日本における権威ある専門家と医療機関:
日本にはこの分野で世界をリードする専門家がいます。東京科学大学(旧 東京医科歯科大学)の豊福明教授は、歯科心身症とBMSに関する最も先駆的で権威のある研究者の一人です18。また、和気裕之医師も、口腔顔面痛、BMS、歯科心身症に関する豊富な臨床経験と教育実績を持つ著名な専門家です19。日本の多くの大学病院には専門外来が設けられています。例えば、鶴見大学歯学部附属病院には舌痛専門外来(口腔粘膜・舌痛外来)があり、患者にとって信頼できる窓口となっています20。ステップ3で適切な専門家を見つけることは、CBTのような治療法を適用し、「適応外」の薬剤を安全かつ効果的に管理する上で非常に重要です。
よくある質問
舌痛症は「気のせい」や「想像上の病気」なのでしょうか?
いいえ、決してそうではありません。舌痛症(BMS)は、患者様が実際に感じる、れっきとした医学的疾患です。最新の研究では、舌痛症は「気のせい」や心理的な問題だけが原因ではなく、感覚を伝える神経系の機能異常が関与する「神経障害性疼痛」の一種と考えられています7。見た目に異常がないため誤解されがちですが、痛みは現実に存在しており、専門的なアプローチが必要です。
舌痛症は完治しますか?
舌に痛みを感じたら、まず何科を受診すればよいですか?
まず最初の窓口として、一般歯科または耳鼻咽喉科を受診することを強くお勧めします。これらの診療科では、歯の問題、口内炎、感染症など、目に見える原因がないかを確認します。そこで明らかな原因が見つからない場合に、口腔外科や、最終的には舌痛症を専門とする歯科心身医療科、口腔顔面痛外来といった、より専門的な診療科へ紹介してもらうのが最も効率的で安全な流れです8。
結論
舌の痛みという症状は、ありふれている一方で、その原因は広範にわたる複雑な医学的問題です。本稿では、日本国内外の最新の科学的根拠に基づき、包括的かつ詳細な視点を提供しました。記憶すべき要点は以下の通りです。
- 舌の痛みには多様な原因があります: 目に見える損傷を伴う痛み(二次性)と、損傷のない痛み(主に本態性BMS)を明確に区別する必要があります。感染症、栄養不足、歯科的問題などの身体的原因を除外することが、最初で最も重要なステップです。
- 舌痛症(BMS)は実在する神経疾患です: これは「想像上の病気」ではありません。日中に痛みが増し、飲食時に和らぐといった特徴的な臨床像を持つ慢性疼痛疾患であり、その原因は中枢および・または末梢神経系の機能不全に関連すると考えられています。
- 正確な診断が鍵となります: BMSの診断に至る道のりは、一般歯科、口腔外科、そして歯科心身医療科のようなより専門的な診療科に至るまで、患者と医療専門家との間での忍耐と協力が必要です。
- 治療は管理と生活の質の向上に焦点を当てます: 本態性BMSに対しては、完治を目指すのではなく、症状をコントロールすることが目標です。認知行動療法(CBT)、家庭でのセルフケア、そして一部のケースでは(日本における「適応外」使用の状況を十分に理解した上での)薬物療法を組み合わせた多角的なアプローチが、最も効果的な戦略です。
あなたが経験している痛みは本物であり、あなたは一人ではありません。不可解な慢性疼痛と共に生きることは、多くの疲労と絶望を引き起こす可能性があります。しかし、医学の進歩により、この状態を効果的に管理するための理解と方法がますます増えています。一人で耐えたり、ためらったりしないでください。積極的に医療専門家からの助言を求めてください。かかりつけの歯科医や医師から始め、必要であればより専門的な診療科への紹介を遠慮なく依頼してください。あなたにとって最適な解決策を見つける旅は、その第一歩から始まります。
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