左の睾丸が痛い：緊急性の高い症状、考えられる原因、治療法までの完全ガイド

左の睾丸が痛む主な原因

睾丸の痛みは、緊急性の高いものから比較的穏やかなものまで、様々な原因によって引き起こされます。ここでは、医学的な重要度と頻度に基づき、各疾患を詳しく解説します。

1. 精巣捻転（せいそうねんてん） – 一刻を争う救急疾患

概要と頻度

精巣捻転とは、精巣を吊り下げている「精索（せいさく）」と呼ばれる管状の束がねじれてしまう状態です。精索には精巣に血液を供給する動脈や、血液を戻す静脈、精子を運ぶ精管などが含まれており、これがねじれることで血流が完全に遮断され、精巣が短時間で壊死（組織が死んでしまうこと）に陥ります⁴。これは泌尿器科領域における最も緊急性の高い疾患の一つです。特に12歳から18歳の思春期の少年に最も多く見られますが、新生児から成人まで、あらゆる年齢で起こる可能性があります⁴。解剖学的な特徴から、やや左側に発生しやすい傾向があると報告されています⁴。

症状

冒頭の「危険なサイン」で述べた症状が典型です。突然発症する耐え難いほどの激痛が片側の陰嚢に起こり、下腹部や鼠径部（そけいぶ：足の付け根）に痛みが広がることもあります。陰嚢は硬く腫れあがり、吐き気や嘔吐を伴い、患側の精巣が高く持ち上がっているのが特徴です¹⁵。

診断

診断は主に問診と身体診察に基づいて行われます。米国泌尿器科学会（AUA）の指針でも、臨床症状からの迅速な判断が重視されています¹³。医師はTWISTスコアと呼ばれる評価法を用いることがあります。これは、①精巣の腫れ（2点）、②精巣の硬さ（2点）、③精巣挙筋反射の消失（1点）、④吐き気・嘔吐（1点）、⑤精巣の高位（1点）の5項目で評価し、合計点数が高いほど精巣捻転の可能性が高いと判断するものです¹⁵。点数が非常に高い場合は、画像検査を待たずに緊急手術に移行することもあります。

ここで極めて重要な注意点があります。診断の補助としてカラードップラー超音波検査が行われ、血流の有無を確認しますが、この検査結果を過信してはなりません。2023年に医学雑誌『Urologia Internationalis』で発表された研究によると、手術で精巣捻転と確定した症例の41.7%で、術前の超音波検査では血流が「正常」に観察されたと報告されています²⁰。これは、超音波で血流が見えるからといって、精巣捻転を完全に否定することはできない、という衝撃的な事実を示しています。臨床症状が典型的な場合は、たとえ超音波検査で異常がなくても、AUAや欧州泌尿器科学会（EAU）のガイドラインは、精巣を失うリスクを避けるために試験的な緊急手術を強く推奨しています¹³。

治療

唯一の治療法は緊急手術です。陰嚢を小さく切開し、ねじれた精索を元に戻し、精巣の色が回復するか（血流が再開するか）を確認します。精巣が助かる見込みがあれば、再発を防ぐために精巣を陰嚢の内壁に縫い付けて固定します（精巣固定術）。反対側の精巣も、将来的に捻転を起こすリスクがあるため、同時に固定するのが標準的な手技です⁴。日本泌尿器科学会のガイドラインによると、精巣の救済率は発症後6時間以内であればほぼ100%ですが、12時間を過ぎると約20%に急激に低下し、24時間後にはほぼ0%になってしまいます²¹³。

2. 精巣上体炎（せいそうじょうたいえん） – 最も一般的な原因

概要と頻度

精巣上体とは、精巣の後ろ側に付着している、精子を成熟させ貯蔵する役割を持つ非常に細い管がとぐろを巻いた器官です。この精巣上体に細菌が感染し、炎症を起こしたものが精巣上体炎です。急な陰嚢の痛みを引き起こす原因としては最も一般的なものの一つです⁵。原因となる細菌は年齢によって異なります。35歳以下の性的に活動的な男性では、クラミジアや淋菌（りんきん）といった性感染症（STI）が主な原因です³⁵。一方、小児や高齢の男性では、大腸菌などの尿路に常在する細菌が尿道を逆行して感染することが多いとされています³⁶。

症状

精巣捻転のような突発的な痛みとは対照的に、通常は数時間から数日かけて徐々に痛みが強くなっていくのが特徴です。片側の陰嚢が腫れ、赤くなり、熱感を持ちます。しばしば発熱を伴い、排尿時の痛み、頻尿、尿道からの膿（うみ）といった尿路症状が見られることもあります⁵。

診断

問診と身体診察に加え、尿検査で尿中の白血球や細菌の有無を確認します。性感染症が疑われる場合は、尿道から分泌物を採取して検査することもあります。カラードップラー超音波検査では、精巣上体が腫大し、その部分への血流が増加している像が確認されます。これは血流が減少または消失する精巣捻転との重要な鑑別点となります²⁵。

治療

治療の基本は、原因菌に応じた抗生物質の内服です。性感染症が原因の場合はセフトリアキソン、ドキシサイクリン、アジスロマイシンなどが、尿路感染が原因の場合はレボフロキサシンなどのニューキノロン系抗菌薬が処方されます⁵。これに加え、痛みや熱を和らげるために、イブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬（NSAIDs）が用いられます³⁹。安静にし、陰嚢をタオルなどで持ち上げて高く保ち（陰嚢高挙）、冷却することで、腫れや痛みを軽減させることができます²⁸。

表1：【比較】精巣捻転と精巣上体炎の主な違い

注：この表は一般的な傾向を示すものであり、自己診断の代わりにはなりません。最終的な診断は必ず医師が行います。

3. 精索静脈瘤（せいさくじょうみゃくりゅう） – 左側に多い痛みの原因

概要と頻度

精索内の静脈が異常に拡張し、こぶ状になった状態です。足にできる静脈瘤と同様のものです。特筆すべきは、全症例の80～90%が左側に発生するという点です³¹。これは解剖学的な理由によるもので、左の精巣静脈は右に比べて長く、左の腎静脈に直角に合流するため、血液が逆流しやすく、うっ血しやすいためです。一般男性の約15%に見られる非常に一般的な状態で、治療可能な男性不妊の最も多い原因として知られています²⁶。

症状

多くは無症状ですが、症状がある場合は、陰嚢の鈍い痛み、重苦しい感じ、圧迫感や不快感として現れます。痛みは、長時間立っていたり、激しい運動をしたりした日の夕方などに強くなり、横になると軽減するのが特徴です³¹。

診断

主に身体診察で診断されます。医師が陰嚢を触診すると、拡張した静脈のこぶを触れることができ、古典的には「袋の中のミミズの塊（a bag of worms）」のようだと表現されます。カラードップラー超音波検査で静脈の拡張の程度や血液の逆流を確認し、診断を確定します⁴³。

治療

すべての精索静脈瘤が治療を必要とするわけではありません。慢性的な痛みが生活の質を低下させている場合、精巣の萎縮が見られる場合、または精液検査の異常など不妊の原因となっている場合に治療が検討されます。最も効果的な治療法は手術であり、中でも顕微鏡下低位結紮術（けんびきょうかていいけっさつじゅつ）が、合併症が少なく成功率が高い標準的な治療法とされています³¹。この手術では、拡張した静脈だけを顕微鏡で確認しながら丁寧に結紮（けっさつ：縛ること）し、切断することで逆流を止めます。

4. 精巣がん（せいそうがん）

概要と頻度

精巣の細胞から発生する悪性腫瘍です。20～40歳代の若年男性で最も頻度の高い固形がんですが、男性全体で見れば比較的まれな疾患です⁸。幸いなことに、特に早期に発見された場合、治癒率が非常に高いがんの一つでもあります²⁶。

症状

最も典型的で一般的な症状は、痛みのない、硬いしこりを精巣に自覚することです。あるいは、片側の精巣が腫れて大きくなったり、形が変わったりします²⁶。しかし、読者の方が症状を見過ごさないために強調すべき重要な点として、約10～20%の症例では、陰嚢や下腹部に鈍い痛みや重苦しい感覚が生じることがあります¹¹。この痛みは、腫瘍が急激に増大して内部で出血や梗塞を起こすことが原因と考えられています。

診断

早期発見のためには、月一度の自己検診が非常に重要です。疑わしいしこりがあれば、医師は診察に加え、陰嚢の超音波検査（精巣内の腫瘤を描出するのに非常に感度が高い）と、AFP、β-hCG、LDHといった腫瘍マーカーを測定するための血液検査を行います¹¹。

治療

最初の最も重要な治療は、鼠径部（足の付け根）の切開から、がんのある側の精巣を摘出する高位精巣摘除術です。陰嚢を切開するとがん細胞が広がる危険があるため、絶対に行われません。手術後、がんの組織型（セミノーマか非セミノーマか）と病期（転移の有無）に応じて、日本泌尿器科学会（JUA）や欧州泌尿器科学会（EAU）のガイドラインに基づき、経過観察、化学療法、放射線治療といった追加治療が行われます⁶。

5. その他の原因

• 精巣外傷: スポーツや交通事故、暴力などによる直接的な打撃で起こります。直後からの激しい痛み、腫れ、広範囲の内出血が特徴です。精巣を包む膜が裂けてしまう「精巣破裂」を起こしている可能性があり、その場合は緊急手術が必要です²⁵。
• ムンプス精巣炎（おたふくかぜによる精巣炎）: 思春期以降におたふくかぜにかかった男性の約20～30%に起こる合併症です。耳下腺の腫れから3～5日後に、高熱とともに精巣が腫れて痛みます。一定の割合で精巣萎縮や不妊につながる可能性があります⁵。
• 精巣垂捻転（せいそうすいねんてん）: 精巣や精巣上体に付着している胎生期の組織のなごり（精巣垂など）がねじれる状態です。突然の痛みで発症しますが、精巣捻転ほど激しい痛みではなく、吐き気を伴うことも少ないです。多くは自然に治りますが、症状が似ているため、医師による正確な鑑別診断が重要です⁴。
• 陰嚢水腫（いんのうすいしゅ）: 陰嚢内に液体が溜まり、腫れる状態です。通常は痛みを伴いませんが、量が多くなると重圧感や不快感の原因となります²⁶。

病院での診断プロセス

実際に病院を受診した際に、どのような診察や検査が行われるのかを知っておくことで、不安を和らげ、医師とのコミュニケーションを円滑にすることができます。

1. 問診 (もんしん)

診察室に入ると、まず医師から詳しい質問を受けます。これは診断において非常に重要なステップです¹⁴。

• 痛みについて: いつから痛いか？突然か、徐々にか？痛みの性質（鋭い、鈍い）や強さ（10段階評価でどのくらいか）はどうか？
• 随伴症状について: 吐き気、嘔吐、発熱はあるか？排尿時の痛みや頻尿、尿道からの分泌物はあるか？
• 既往歴・背景について: 最近、怪我をしたか？性交渉の状況はどうか？おたふくかぜや鼠径ヘルニアにかかったことはあるか？

2. 身体診察 (しんたいしんさつ)

次に、医師が患部を直接診察します。

• 視診: 陰嚢全体を観察し、腫れ、赤み、内出血の有無、左右の精巣の位置の異常などを確認します³¹。
• 触診: 医師が手で優しく陰嚢を触診し、左右の精巣の大きさ、硬さ、圧痛（押したときの痛み）の最も強い場所などを調べます。しこりや静脈瘤の有無も確認します³¹。
• 精巣挙筋反射の確認: 太ももの内側を軽くこすり、精巣が上に引き上がるかを調べます。精巣捻転ではこの反射が消失することが多いです¹⁵。

3. 検査 (けんさ)

問診と診察の結果に基づき、必要な検査が行われます。

• 尿検査: 尿中の白血球や細菌の有無を調べ、尿路感染や精巣上体炎の診断に役立てます²⁵。
• カラードップラー超音波検査: 陰嚢内の様子を画像で観察し、同時に血流を測定できる最も重要な画像検査です。精巣捻転（血流低下）、精巣上体炎（血流増加）、腫瘍、陰嚢水腫、精索静脈瘤などを鑑別します²⁵。
• 血液検査: 全身の炎症反応（白血球数、CRP）や、精巣がんが疑われる場合の腫瘍マーカーなどを測定します²¹。

治療法と自分でできる対処法（セルフケア）

治療法は原因によって大きく異なります。ここでは治療法の概要と、医師の診断を受けた後に行える安全なセルフケアについて解説します。

治療法の概要

• 緊急手術: 精巣捻転や精巣破裂の場合。
• 薬物療法: 精巣上体炎に対する抗生物質、痛みや炎症を抑える鎮痛薬。
• 待機的手術: 症状のある精索静脈瘤や、精巣がんに対する手術。
• 経過観察と対症療法: ウイルス性の精巣炎や精巣垂捻転など。

表2：安全な自宅でのセルフケア（医師の診断後）

これらの方法はあくまで症状を和らげるための補助的なものであり、医師による治療の代わりにはなりません。

よくある質問

結論

左の睾丸の痛みは、決して軽視してはならない重要な身体からのサインです。その背景には、数時間で対応しなければならない精巣捻転のような緊急疾患から、男性不妊の大きな原因となる精索静脈瘤、そして命に関わる精巣がんまで、様々な病気が隠れている可能性があります。この記事で解説したように、特に「突然の激しい痛み」は、ためらうことなく救急医療を求めるべき絶対的な兆候です。痛みの性質や強さに関わらず、自己判断で放置したり、市販薬でごまかしたりすることは、取り返しのつかない結果を招く危険性があります。幸いなことに、ほとんどの疾患は、泌尿器科専門医による迅速かつ正確な診断と適切な治療によって、良好な経過が期待できます。ご自身の身体に起こった異常を真摯に受け止め、勇気を出して医療機関の扉を叩くことが、あなたの健康と未来を守るための最も確実な一歩です。