乳がん初期治療後の完全ガイド:再発予防から心身のケアまで、専門家が徹底解説
がん・腫瘍疾患

乳がん初期治療後の完全ガイド:再発予防から心身のケアまで、専門家が徹底解説

乳がんの初期治療(手術、化学療法、放射線治療など)を無事に終えられたこと、心よりお慶び申し上げます。それは身体的にも精神的にも大きな負担を伴う、長く困難な道のりであったことでしょう。安堵感とともに、将来への期待や不安など、様々な感情が入り混じっているかもしれません。この治療の完了は、決して「終わり」ではなく、長期的な健康とウェルネス(より良く生きること)を目指す新しい章の「始まり」です。

この新しい段階を「サバイバーシップ」と呼びます。これは、米国対がん協会(American Cancer Society)や米国国立がん研究所(NCI)などの国際的な機関が提唱する考え方で、単に再発を防ぐだけでなく、治療後の人生を可能な限り健やかに、そして自分らしく生きることを目指す、積極的な健康管理の段階を指します12。日本乳癌学会(JBCS)の診療ガイドラインでも、治療後の患者さんが「できるだけ治療前に近い生活を送っていただくこと」が治療の重要な目標であると明確に述べられています3

この重要な時期を迎えるにあたり、知っておくべきことは数多くあります。特に日本では、乳がんは女性が最も罹患するがんであり、生涯で9人に1人が診断されるという統計もあります5。国立がん研究センターが発表した最新の統計によれば、2020年には年間約9万2千人の女性が乳がんと診断され、2022年には約1万6千人の方が亡くなっています6。この現実は、治療後の生活がいかに重要であるかを物語っています。

本稿では、JapaneseHealth.org編集委員会が、この新しい一歩を踏み出すあなたのために、不可欠な情報を4つの柱に整理し、お届けします。これは、日本乳癌学会(JBCS)の最新の診療ガイドライン、国立がん研究センター、そして国際的ながん専門機関の科学的根拠に完全に基づいています38。信頼できる情報をもとに、あなたが自信を持ってこれからの人生を歩んでいけるよう、専門家の視点から詳しく解説します。


この記事の科学的根拠

本記事は、引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、参照された主要な情報源と、それが記事中のガイダンスにどのように関連しているかを明記します。

  • 日本乳癌学会(JBCS): 本記事における治療後の標準的な経過観察スケジュール、自己検診の重要性、生活習慣に関する推奨事項の大部分は、日本乳癌学会が発行する最新の診療ガイドラインに基づいています389
  • 米国国立がん研究所(NCI): サバイバーシップの概念、サバイバーシップ・ケアプランの重要性、そして症状がない場合の過剰な検査を推奨しない根拠に関する記述は、NCIが提供する情報に基づいています225
  • 米国対がん協会(American Cancer Society): サバイバーシップの定義や、治療後のフォローアップケアに関する全般的な考え方は、米国対がん協会の指針を参考にしています111
  • 米国臨床腫瘍学会(NCCN): リンパ浮腫の予防と管理に関する具体的な指針、特に生体インピーダンス法(BIS)の活用や体重管理の重要性に関する記述は、NCCNのガイドラインに基づいています1920

要点まとめ

  • 治療後の経過観察は、年1回のマンモグラフィと定期的な診察が基本であり、症状がない場合のPET検査や腫瘍マーカーは推奨されません9
  • リンパ浮腫は生涯にわたる予防と管理が重要です。スキンケア、圧迫の回避、体重管理を徹底し、異変があれば早期に専門家へ相談しましょう19
  • 適正体重の維持(BMI 21-23目標)と、1日30分以上の中等度の運動は、再発リスクの低減と生活の質の向上に科学的根拠をもって推奨されています3130
  • 心のケアは身体のケアと同じくらい重要です。再発への恐怖や不安は自然な感情であり、専門の精神腫瘍科や患者会など、利用できるサポートが日本には数多く存在します3233

1. 定期的な経過観察:継続的な健康管理と情報収集

初期治療の完了は、がんとの闘いにおける大きな節目ですが、同時に長期的な健康管理のスタート地点でもあります。このセクションでは、再発への不安を適切に管理し、医療チームとの強固なパートナーシップを築くための「経過観察」の重要性について解説します。ここでの目標は、あなたが必要な知識を身につけ、自身の健康の主導権を握ることです。

1.1 標準的な経過観察スケジュール:何を、いつ、なぜ行うのか

治療後のフォローアップは、日本乳癌学会(JBCS)のガイドラインに基づいた標準的なスケジュールに沿って行われます8。これは、万が一の局所再発や対側乳がん(治療した乳房とは反対側の乳房に発生する新しいがん)を、最も治療効果が高い早期段階で発見することを目的としています。

JBCSが示す一般的なスケジュールは以下の通りです9

  • 治療後1~3年:3~6ヶ月に1回の頻度で、医師による問診と視触診が行われます。
  • 治療後4~5年:6~12ヶ月に1回の頻度で、同様の診察が行われます。
  • 治療後6年目以降:年に1回の診察が推奨されます。

そして、この経過観察において、症状がない場合に定期的に推奨される唯一の画像検査が「年1回のマンモグラフィ」です9。これは、残された乳房組織や対側乳房の微細な変化を捉えるための最も効果的な方法とされています。このスケジュールは、個々の患者さんの病状(ステージやがんの性質)に応じて調整されることがありますので、ご自身の具体的な計画については必ず担当医にご確認ください9

1.2 検査の意義:「より多くの検査」が最善とは限らない理由

多くの患者さんが抱く「これだけの検査で本当に大丈夫なのだろうか?」という不安は、非常によく理解できます。再発への恐怖から、PET検査やCT検査、腫瘍マーカー(血液検査)といった、より高度な検査を頻繁に受けたいと考えるのは自然な感情です11

しかし、現在の医学的コンセンサスでは、症状のないサバイバーに対してこれらの検査を定期的に行うことは推奨されていません。これには明確な理由があります。第一に、これらの検査は偽陽性(実際にはがんがないのに、異常があると判定されること)の割合が比較的高く、不必要な精神的ストレスや、さらなる侵襲的な精密検査(生検など)につながる可能性があると、多くの専門機関が指摘しています10

第二に、さらに重要な点として、遠隔転移(骨や肺など、乳房から離れた場所への転移)を症状が出る前に画像検査で発見しても、生存期間の延長にはつながらないことが多くの研究で示されています10。つまり、現在のガイドラインは、患者さんの身体的・精神的負担を最小限に抑えつつ、科学的根拠に基づいて最も効果的な監視を行うという考え方に基づいています。この「なぜ」を理解することは、検査に対する不安を和らげ、医療チームとの信頼関係を深める上で非常に重要です。年1回のマンモグラフィと定期的な診察が、現在の標準治療であり、最もバランスの取れた方法なのです9

1.3 自己検診:あなた自身が健康管理の重要なパートナー

医療機関での定期的なチェックに加え、あなた自身が日々の変化に気づくことも非常に重要です。月に一度の自己検診を習慣づけ、自分の身体の「平常時」の状態を知っておきましょう。注意すべきは、治療後の正常な変化と、注意が必要な「警告サイン」を区別することです。

正常な変化の可能性が高いもの:

  • 手術創周辺の硬さや、数ヶ月から数年続くことがある神経痛のような痛みやしびれ9
  • 皮膚の感覚が鈍くなる、または過敏になる14
  • 漿液腫(しょうえきしゅ)と呼ばれる、手術部位の皮下に体液が溜まることによる一時的な腫れ16

担当医に相談すべき警告サイン:

  • 乳房やわきの下に新しいしこりや硬い部分ができた。
  • 乳房の形や皮膚に変化(ひきつれ、えくぼのようなへこみ、赤み、腫れ)が見られる。
  • 乳頭からの分泌物や、乳頭の形の変化。
  • 腕や手に持続的なむくみが見られる(リンパ浮腫の可能性)。
  • 特定の場所に限定された、持続的な痛み11

これらのサインに気づいた場合は、次の予約を待たずに速やかに医療機関に連絡してください。

1.4 サバイバーシップ・ケアプラン:あなたの健康の「設計図」

米国国立がん研究所(NCI)などが強く推奨しているのが、「サバイバーシップ・ケアプラン」の作成です2。これは、あなたの治療履歴と今後の健康管理計画をまとめた、いわば「健康の設計図」であり、米国の多くの医療機関で導入が進んでいます131718

このプランには通常、以下の情報が含まれます2

  • 診断情報:がんの種類、ステージ、診断日。
  • 治療の全記録:受けた手術の種類、化学療法の薬剤名と投与量、放射線治療の部位と照射量。
  • 今後のフォローアップ計画:具体的な診察と検査のスケジュール。
  • 注意すべき晩期合併症:あなたの治療内容に応じた、長期的な副作用のリスク。
  • 健康維持のための推奨事項:食事や運動に関するアドバイス。

このケアプランは、あなた自身が自分の健康状態を把握するためだけでなく、かかりつけ医や他の専門医と情報を共有する際の非常に重要なツールとなります。治療が一段落した際に、担当医にこのプランの作成について相談してみることをお勧めします。これにより、あなたは受け身の患者から、自らの健康を主体的に管理する「マネージャー」へと役割を変えていくことができるのです。

2. 身体的変化との上手な付き合い方

初期治療は、がん細胞を取り除くだけでなく、身体に様々な長期的、あるいは永続的な変化をもたらすことがあります。これらの変化を正しく理解し、適切に対処することは、治療後の生活の質を維持・向上させるために不可欠です。このセクションでは、代表的な身体的変化とその具体的なケア方法について解説します。

2.1 リンパ浮腫:生涯にわたる予防と管理

リンパ浮腫は、わきの下のリンパ節郭清や放射線治療によってリンパの流れが滞り、腕や手がむくむ状態です4。米国国立がん研究所(NCI)によると、一度発症すると完治は難しいとされていますが、適切なケアによって発症を予防したり、症状をコントロールしたりすることが可能です25。これは一過性の問題ではなく、生涯にわたる危険性の管理と捉えることが重要です。

予防が最も重要です。リンパ浮腫のリスクがある方は、日常生活において以下の点を習慣づけることが、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインでも推奨されています19

  • スキンケア:治療した側の腕の皮膚は、常に清潔で潤った状態に保ちましょう。メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターは、保湿クリームを毎日塗り、乾燥やひび割れを防ぐことが感染予防につながると強調しています21。庭仕事や水仕事の際は手袋を着用し、切り傷や虫刺され、日焼けを避けてください22
  • 圧迫を避ける:きつい腕時計や指輪、袖口の締まった服は避けましょう。血圧測定や採血、点滴は、可能であれば治療していない側の腕で行うことが望ましいです24
  • 体重管理:肥満はリンパ浮腫の重要な危険因子です。NCCNガイドラインは、適正体重を維持することが発症リスクの低減につながることを示しています20

早期発見と専門的治療が鍵となります。「腕が重だるい」「指輪や時計がきつく感じる」といった初期症状に気づいたら、すぐに担当医に相談してください19。近年では、見た目ではわからないごく初期のむくみを客観的に検出できる生体インピーダンス法(Bioimpedance Spectroscopy, BIS)という測定法も注目されています19

リンパ浮腫の標準的な治療法は「複合的理学療法(Complete Decongestive Therapy, CDT)」と呼ばれ、以下の4つを組み合わせて行います2325

  1. 用手的リンパドレナージ:専門のセラピストによる、リンパの流れを促進するための穏やかなマッサージ。
  2. 圧迫療法:弾性スリーブや弾性包帯を用いて、腕を持続的に圧迫する。
  3. 圧迫下での運動療法:弾性着衣を着用した状態で行う、リンパの流れを促すための運動。
  4. スキンケア:上記で述べた日々の皮膚のケア。

これらの治療は、専門的な知識を持つ「リンパ浮腫療法士」の指導のもとで行うことが最も効果的です。

2.2 長引く痛み・しびれ・倦怠感

治療後も続く身体的な不快感は、生活の質に大きく影響します。これらが再発の兆候ではないことを理解し、適切に対処することが大切です。

  • 術後疼痛症候群(PMPS)と神経障害性疼痛:手術後、胸壁やわき、腕の内側などに、焼けるような、あるいはピリピリとした神経性の痛みが数ヶ月から数年続くことがあります9。これは手術による神経の損傷が原因であり、決して稀なことではありません。
  • 化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN):特定の抗がん剤(タキサン系など)の副作用として、手足の先にしびれや痛み、感覚の鈍化が起こることがあります。国立がん研究センターによると、この症状は治療終了後も長く続く場合があります7。中外製薬が提供する情報では、症状を和らげるために手足を温める、優しくマッサージする、締め付けの少ない衣類を選ぶなどの工夫が有効であるとされています26
  • がん関連倦怠感(CRF):これは単なる疲れとは異なり、休息しても回復しない、持続的で深刻な疲労感です。この倦怠感に対して最も効果的な対策は、意外にも「適度な運動」であることが米国国立がん研究所(NCI)など多くの研究で示されています2。ウォーキングなどの軽い運動を定期的に行うこと、活動のペースを調整すること、栄養バランスの取れた食事と十分な睡眠が重要です。

2.3 ホルモン療法との長期的な付き合い方

ホルモン受容体陽性の乳がんの場合、再発予防のために5年から10年間にわたるホルモン療法が行われます。この治療は効果が高い一方で、様々な副作用を伴うことがあります。

  • 更年期様症状:ホットフラッシュ(ほてり、のぼせ)、発汗、気分の変動などが代表的です7。これらは体内の女性ホルモン(エストロゲン)が減少するために起こります。重ね着で体温調節をしやすくする、香辛料の強い食事やアルコールを避けるなどの工夫が役立ちます。
  • 関節痛:特にアロマターゼ阻害薬を使用している場合に多く見られます。朝起きた時の手のこわばりや、膝や股関節の痛みなどが特徴です7。軽い運動やストレッチ、必要に応じて担当医と相談の上で鎮痛剤を使用することが推奨されます。
  • 骨の健康:アロマターゼ阻害薬は骨密度を低下させるリスクがあります27。骨粗しょう症を防ぐため、定期的な骨密度検査を受けるとともに、カルシウムやビタミンDを豊富に含む食事、ウォーキングなどの骨に負荷のかかる運動を心がけましょう。
  • その他の変化:膣の乾燥や性交痛、気分の落ち込みなども起こり得ます。これらは一人で抱え込まず、潤滑ゼリーの使用やカウンセリングの利用など、積極的に対処法を探ることが大切です10

2.4 アピアランスケア:傷あと、皮膚、そして自信

アピアランス(外見)の変化は、自己イメージや精神的な健康に深く関わります。

  • 皮膚と傷あとのケア:放射線を照射した部位の皮膚は、治療後も乾燥しやすく敏感な状態が続くことがあります。がん研究会有明病院の指針では、アルコールを含まない低刺激の保湿剤でケアし、年間を通じて紫外線対策を徹底することが推奨されています1422。手術の傷あとは時間とともに少しずつ柔らかくなり、色も薄くなっていきます。最初は傷あとを見るのが怖いかもしれませんが、優しく触れてマッサージをすることから始めてみましょう7
  • 下着の選択:術後は、傷あとを刺激しない、柔らかい素材の下着を選びましょう。ワイヤーの入っていないものや、前開きで着脱しやすいものが特に初期には便利です23。乳房切除術を受けた方向けの、パッドを入れられる専用のブラジャーも市販されています29

これらの身体的変化は、互いに関連し合っています。例えば、関節痛があると運動がおっくうになり、それが倦怠感の悪化や体重増加につながり、リンパ浮腫のリスクを高めるかもしれません。一つの症状に個別に対処するのではなく、ご自身の身体全体を総合的にケアするという視点を持つことが、より良い生活を送るための鍵となります。

3. 再発リスクを減らし、健やかに過ごすための生活習慣

治療後の生活において、食事や運動といった日々の習慣は、再発リスクの低減と全般的な健康状態の向上に深く関わっています。がんの診断は、生活を見直す大きなきっかけとなり得ます。このセクションでは、科学的根拠に基づいた、あなた自身が主体的に取り組める生活習慣の改善点について具体的に解説します。ここでの目的は、制限や禁止事項のリストではなく、より健康で充実した未来を築くための、前向きで実践的なガイドを提供することです。

3.1 バランスの取れた栄養アプローチ:身体を内側から支える

特定の食品ががんを治したり、完全に予防したりするという科学的根拠はありません10。最も重要なのは、特定の食品に頼るのではなく、バランスの取れた食事を規則正しくとることです。

  • 基本は「バランス」:日本のガイドラインでは、特に緑黄色野菜や果物を積極的に摂取することが推奨されています10。奈良県が提供する解説資料によると、1日に400g以上の野菜や果物を目標に、毎食野菜を取り入れ、毎日果物を食べる習慣をつけることが望ましいとされています31
  • 最重要課題としての体重管理:治療後の健康管理において、適正体重の維持は極めて重要です。特に閉経後の女性において、肥満は乳がんの再発リスクを高めることが知られています10。これは、脂肪組織が女性ホルモンであるエストロゲンを産生するためです。具体的な目標として、日本の専門機関はBMI(体格指数)を21~23の範囲に保つことを推奨しています31
  • 控えるべき食品:体重増加の原因となりやすい高カロリーの食品、加糖飲料(ジュースなど)、ファストフード、そして牛肉や豚肉などの動物性脂肪の過剰な摂取は控えるように心がけましょう31

神話と真実:

  • 健康食品とサプリメント:高価な健康食品やサプリメントが、がんの治療や予防に直接的な効果を持つことは証明されていません10。栄養は基本的に食事から摂取し、特定のサプリメントに頼りすぎないことが賢明です。もし使用を検討する場合は、相互作用のリスクを避けるため、必ず担当医や薬剤師に相談してください15
  • 大豆製品について:イソフラボンを含む大豆製品(豆腐、納豆など)が乳がんに悪影響を与えるのではないかと心配される方がいますが、食事から通常量の大豆製品を摂取することは問題ないとされています15

3.2 運動の力:心と身体を動かす

治療後の身体にとって、運動は多くの恩恵をもたらします。それは単なる体力回復のためだけではありません。乳房再建ナビの情報によると、まずは1日30分程度の早歩きのような中等度の運動から始め、慣れてきたら体重管理のために60分程度に時間を延ばすことが推奨されています30

定期的な運動は、以下のような多くの利点があることが科学的に示されています。

  • 再発リスクの低減の可能性
  • がん関連倦怠感の軽減2
  • 不安や抑うつ気分の改善、自己肯定感の向上2
  • 適正体重の維持31
  • ホルモン療法による骨密度低下の予防
  • 関節痛の緩和7

してはいけないスポーツは特にありません10。大切なのは、翌日に疲れが残らない程度で、何よりも「楽しい」と感じられる活動を見つけることです。腕が伸びにくい、脇がつっぱるなどの症状があっても、それが悪いわけではありません。水泳、ヨガ、ウォーキングなど、ご自身の体調や好みに合わせて選びましょう。

3.3 主要な生活習慣:アルコールと喫煙

  • アルコール:アルコールは乳がんのリスク因子の一つです。摂取は控えるか、飲む場合でも適量を守ることが重要です30。具体的な目安として、1日あたりビールなら250ml、ワインなら100ml、日本酒なら半合程度とされています31
  • 喫煙:禁煙は必須です。喫煙は乳がんに限らず、あらゆるがんや健康問題のリスクを高めます。また、ご自身の健康のためだけでなく、周囲への影響を考え、受動喫煙も避けるようにしましょう30

これらの生活習慣の改善は、がんサバイバーが自らの手で健康を取り戻し、未来へのコントロール感を回復するための強力な手段です。一つ一つは小さな一歩かもしれませんが、その積み重ねが、より健やかで安心した日々へとつながっていきます。

4. 心のケアと社会生活への復帰

乳がんとの経験は、身体だけでなく、心や社会との関わり方にも大きな影響を及ぼします。治療を終えた今、心の健康を育み、自分らしい生活を再構築していくことは、身体のケアと同じくらい重要です。このセクションでは、感情の波との向き合い方、大切な人との関係、仕事への復帰、そしてあなたを支える日本のサポートネットワークについて解説します。ここでのメッセージは、日本の多くの患者会が共有する「あなたは一人ではない」という温かい連帯感です32

4.1 感情の波との向き合い方:心の健康を育む

治療後の生活では、安堵感と同時に、再発への恐怖、将来への不安、抑うつ気分、自己イメージの変化など、複雑な感情が波のように押し寄せることがあります10。これらの感情は、多くのサバイバーが経験する自然な反応です。

  • 専門的なサポートの活用:不安や落ち込みが何週間も続き、日常生活に支障をきたす場合は、それを個人の弱さと捉えず、医療的なサポートを求めることが重要です。日本の多くのがん診療連携拠点病院には「精神腫瘍科(サイコオンコロジー科)」が設置されており、がん患者の心のケアを専門とする医師やカウンセラーに相談できます33。また、近年、国立がん研究センターの研究により、再発への恐怖を軽減する効果が示されたスマートフォン向けの認知行動療法アプリなど、新しい形のサポートも登場しています12
  • セルフケアの実践:専門家の助けを借りると同時に、日々のセルフケアも心の安定に役立ちます。日記をつけて感情を整理する、好きな音楽を聴く、ウォーキングなどの軽い運動で気分転換を図る、マインドフルネスや瞑想を試すといった方法が有効です10

4.2 人とのつながり:パートナーシップと性生活

親密な関係性は、人生の大きな支えとなります。乳がん治療が性生活に与える影響について、パートナーと率直に話し合うことが何よりも大切です3

  • オープンな対話:手術による身体の変化(傷あと、乳房の喪失感)や、触れられることへの違和感など、正直な気持ちを伝えましょう10。性生活ががんを悪化させることはありません3。焦らず、お互いが心地よいと感じる方法をゆっくりと探していくことが重要です。
  • 身体的変化への対処:ホルモン療法の影響で膣が乾燥し、性交時に痛みを感じることがあります。その場合は、ためらわずに潤滑ゼリーを使用しましょう10
  • 避妊の重要性:ホルモン療法などで月経が止まっていても、排卵が起こる可能性があります。妊娠を望まない期間は、必ずコンドームなど非ホルモン性の方法で避妊してください。日本乳癌学会のガイドラインでは、経口避妊薬(ピル)は乳がんを悪化させる可能性があるため使用できないとされています4

4.3 日常生活と仕事への復帰

治療後の目標の一つは、治療前になるべく近い、自分らしい生活を取り戻すことです3。仕事や趣味、旅行などを再開することは、そのための重要なステップです。

  • 段階的な復帰:退院後すぐに、以前と全く同じように活動できるわけではありません。特に仕事への復帰は、ご自身の体力や体調に合わせて、段階的に進めることが大切です10。最初は時短勤務やラッシュ時を避けた通勤など、職場の上司や同僚と相談し、柔軟な働き方を検討しましょう3
  • 日常生活の再開:家事や趣味、スポーツ、旅行などは、医師から特別な制限がない限り、無理のない範囲で楽しんでください3。これらは心身のリハビリテーションにもつながり、生活に自信を取り戻す助けとなります。

4.4 支え合いの力:日本のサポートネットワーク

日本には、乳がん患者さんとそのご家族を支えるための、非常に充実したサポート体制が存在します。これらのリソースを活用することは、孤立感を和らげ、有益な情報を得て、前向きな気持ちを保つ上で大きな力となります。

  • 公的な相談窓口:全国のがん診療連携拠点病院などに設置されている無料の相談窓口「がん相談支援センター」では、治療や副作用、仕事や経済的な問題、心の悩みなど、がんに関するあらゆる相談に専門の相談員が対応してくれます34
  • 患者会・NPO法人:同じ経験をした仲間とつながることは、何よりの心の支えになります。「同じ体験をした人と会って話がしたい」という思いから生まれた患者会は、情報交換や気持ちを分かち合う貴重な場です32。以下に代表的な団体をいくつか紹介します。
    • 認定NPO法人 J.POSH:術後の温泉入浴を支援する「ピンクリボン温泉ネットワーク」など、実践的な支援を提供しています35
    • NPO法人 あけぼの会:1978年設立の日本で最も歴史のある患者会の一つで、ピアサポートを重視しています32
    • 若年性乳がんサポートコミュニティ Pink Ring:45歳以下の若年性乳がん患者特有の問題に焦点を当てた支援を行っています36
    • NPO法人 キャンサーネットジャパン:科学的根拠に基づく医療情報の発信に力を入れています37
    • 乳がん患者友の会きらら(広島):広島を拠点に、地域に根差した活動を活発に行っています38

よくある質問

症状がないのに、PETやCT、腫瘍マーカーの検査を定期的に受けなくても本当に大丈夫ですか?

はい、大丈夫です。現在の科学的根拠では、症状のない乳がんサバイバーの方がこれらの検査を定期的に受けても、生存期間が延びるという利益は証明されていません10。むしろ、偽陽性(実際はがんでないのに異常と判定されること)による不必要な不安や、追加の精密検査による身体的負担といった不利益の方が大きいと考えられています。そのため、日本乳癌学会のガイドラインでも、定期検査としては年1回のマンモグラフィのみを推奨しています9

ホルモン療法の副作用(関節痛やホットフラッシュ)がつらいのですが、どうすればよいですか?

ホルモン療法の副作用は多くの人が経験しますが、様々な対処法があります。関節痛に対しては、ウォーキングなどの軽い運動やストレッチ、入浴で身体を温めることが有効です7。ホットフラッシュには、体温調節しやすい服装を心がけ、香辛料の強い食事やアルコールを避けることが役立ちます。症状が日常生活に影響するほどつらい場合は、我慢せずに担当医に相談してください。漢方薬や他の薬剤で症状を緩和できる場合があります10

食事について、「これを食べてはいけない」というものはありますか?大豆製品は大丈夫ですか?

「これを食べたら再発する」という特定の食品はありません10。最も大切なのは、適正体重を維持するためのバランスの取れた食事です。高カロリー食や動物性脂肪の過剰摂取を避け、野菜や果物を多く摂ることを心がけましょう31。大豆製品に含まれるイソフラボンについては、多くの研究で、通常の食事から摂取する量であれば乳がんの再発リスクを高めることはなく、むしろリスクを下げる可能性も示唆されており、心配する必要はありません15

リンパ浮腫を予防するために、治療した側の腕は全く使ってはいけないのでしょうか?

いいえ、そのようなことはありません。過度に安静にする必要はなく、むしろ日常生活で腕を適度に使うことはリンパの流れを促す上で有益です。ただし、重いものを繰り返し運ぶ、腕を長時間酷使するといった行為は避けましょう。重要なのは、スキンケアを徹底して感染を防ぐこと、そして「腕が重だるい」などの初期症状に気づいたらすぐに専門家に相談することです1923

結論

乳がんの初期治療を終えた後の道のりは、一人ひとり異なりますが、すべてのサバイバーに共通する4つの重要な柱があります。

第一に、定期的な経過観察を継続することです。これは、医療チームとのパートナーシップのもと、年1回のマンモグラフィを基本とした科学的根拠に基づく計画に従い、自身の健康を注意深く見守るプロセスです。

第二に、リンパ浮腫や倦怠感、ホルモン療法の副作用といった身体的変化を正しく理解し、積極的に対処することです。予防的なセルフケアと専門家の助けを組み合わせることで、生活の質を大きく向上させることができます。

第三に、健やかな生活習慣を自らの手で築くことです。適正体重の維持を核としたバランスの良い食事と、楽しみながら続けられる適度な運動は、再発リスクを低減し、心身の活力を高めるための最も強力な手段です。

そして第四に、心の健康を育み、社会とのつながりを大切にすることです。再発への不安や感情の波は、多くのサバイバーが経験する自然な過程です。専門的なケアや、同じ経験を持つ仲間との支え合いは、この道のりを歩む上で計り知れない力となります。

がんとの経験は、あなたから多くのものを奪ったかもしれません。しかし、それは同時に、あなたに自身の身体と人生を深く見つめ直す機会を与えてくれたはずです。あなたは今、これからの健康を主体的に管理するための知識と、あなたを支える多くのリソースを手にしています。

どうか忘れないでください。あなたは一人ではありません32。あなたの周りには、信頼できる医療チーム、そしてあなたの経験を理解し、分かち合おうとする多くの仲間がいます。自信を持って、新しい一歩を踏み出してください。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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