産後授乳中にゴーヤ（苦瓜）は食べても良い？母親と赤ちゃんのための完全ガイド

第1章：授乳期の栄養基盤 ― 厚生労働省の指針を学ぶ

産後は、妊娠・出産による母体の大きな変化からの回復期であり、栄養摂取が極めて重要な役割を果たします。特に母乳育児の場合、母親の食事が母乳の質に直接影響を与えるため、その重要性はさらに増します²。安全で推奨される栄養摂取の基準を確立するため、まずは日本の厚生労働省や関連する専門機関の公式な指針を見ていきましょう。

エネルギーと水分補給の必要性の増加

母乳の生成には相当量のエネルギーが必要です。公式な指針では、授乳婦は妊娠前のエネルギー必要量に加えて、1日あたり約+350キロカロリーを余分に摂取することが推奨されています⁵。これは、赤ちゃんの成長に必要な栄養豊富な母乳を十分に作るために不可欠です。また、母乳の約90%は水分であるため、水分補給も極めて重要です²。脱水を防ぎ、安定した母乳量を維持するために、水やお茶（カフェインを含まないもの）などで1日に2リットルから2.5リットル程度の水分を摂ることが勧められています⁵。

授乳婦に不可欠な栄養素

この時期、母体の回復と赤ちゃんの健全な発育を支えるため、特定の微量栄養素の需要が著しく増加します。

• 鉄分：出産時の出血により、産後は貧血になる危険性が高まります⁵。鉄は、酸素を全身に運ぶヘモグロビンの主成分であり、赤身肉、レバー、マグロなどの食品からの摂取が重要です。吸収率を高めるために、ビタミンCが豊富な食品と一緒に摂ることが効果的です²。
• カルシウム：赤ちゃんの骨や歯の形成に不可欠な栄養素です⁷。母親の食事からのカルシウム摂取が不足すると、母体自身の骨からカルシウムが溶け出して母乳の生成に使われるため、将来的に母親が骨粗しょう症になる危険性が高まります。牛乳、乳製品、小魚、緑黄色野菜、大豆製品などが良い供給源です¹¹。
• 葉酸：妊娠中だけでなく産後も、母親の造血機能や細胞の修復を助けるために重要な役割を担い続けます⁷。
• ビタミンD：カルシウムの吸収を助ける重要なビタミンです。鮭やサンマといった魚類やキノコ類に含まれています⁵。

「一汁二菜」のバランスの取れた食事原則

日本の栄養専門家や医療機関は、伝統的な食事構成である「一汁二菜」に基づいたバランスの取れた食事の重要性を強調しています¹⁰。

• 主食：ご飯、パン、麺類など（エネルギー源）
• 主菜：肉、魚、卵、大豆製品など（たんぱく質源）
• 副菜：野菜、きのこ、海藻など（ビタミン・ミネラル・食物繊維源）

この構成を守ることで、母親は必要な栄養素を網羅的に摂取し、産後に陥りがちな炭水化物中心の単純な食事を避けることができます。

制限・回避すべき食品と成分

• アルコール：アルコールは母乳に移行し、乳児の神経系の発達に害を及ぼす可能性があるため、完全に避けるべきであるという点で専門家の意見は一致しています²。
• カフェイン：カフェインも母乳に移行し、乳児に興奮、寝つきの悪さ、いらいらなどを引き起こす可能性があります。欧州食品安全機関（EFSA）の勧告を参考に、日本では1日あたり200ミリグラム程度（コーヒー2〜3杯に相当）を上限とすることが推奨されています⁴。
• 高脂肪・高糖質の食品：ファストフードや菓子類、加工食品の過剰摂取は、母乳の質に影響を与え、乳腺炎などのトラブルの危険性を高める可能性があります¹³。

以下の表は、授乳婦に推奨される栄養の基本をまとめたものです。この「黄金律」を基準に、次章以降でゴーヤの利点と危険性を客観的に評価していきます。

表1：授乳婦に推奨される栄養素と日本の代表的な食品源

第2章：ゴーヤの栄養評価と伝統的観点

一般的な栄養指導の基盤を理解した上で、次にゴーヤ自体を深く分析し、その栄養価と伝統医学における位置付けを明らかにします。

ゴーヤの栄養プロフィール

現代栄養学の観点から、ゴーヤにはいくつかの注目すべき特徴があります。

• 豊富なビタミンC：ゴーヤは100グラムあたり約76ミリグラムのビタミンCを含み、これはイチゴ（同62ミリグラム）をも上回る量です¹。さらに、ゴーヤのビタミンCは加熱に比較的強いという利点があり、調理による損失が他の野菜よりも少ないとされています¹⁹。
• カリウムと水分の供給源：ゴーヤはカリウムも豊富（100グラムあたり260ミリグラム）で、重量の94.4%が水分であるため、夏場の水分補給に適した野菜です¹。
• その他の成分：これらに加え、ビタミンB1、β-カロテン、食物繊維なども含み、全体的な栄養価に貢献しています¹⁸。

苦味成分モモルデシン

ゴーヤの代名詞である独特の苦味は、「モモルデシン」という成分に由来します¹。留意すべき重要な点は、この苦味がしばしば「健康によい」特性と関連付けられる一方で、モモルデシン自体の直接的な生物学的効果は、科学的にまだ十分には解明・証明されていないという事実です¹。

日本の伝統医学（漢方）における観点

伝統的な漢方の考え方では、食品はその「性質」、つまり体を温めるか冷やすかによって分類されます。

• 「寒性」（体を冷やす性質）：ウリ科に属するゴーヤは、「体を冷やす」性質を持つ「寒性」の食品に分類されます²¹。スイカやキュウリ、冬瓜なども同じグループです。
• 産後の養生の原則：伝統的な産後の養生の考え方では、出産後の女性の体は「血虚」および「気虚」という消耗状態にあり、外部からの「寒邪」（冷え）の影響を非常に受けやすいとされます。そのため、体を温め、生ものや冷たいもの、寒性の食品を避けることが養生の基本とされています²²。

この分析は、非常に興味深い一致点を示しています。数世紀にわたる観察と経験に基づく伝統医学と、生化学的・毒性学的分析（次章で詳述）に基づく現代科学が、共に「産後期におけるゴーヤの摂取には慎重であるべき」という類似した結論に達しているのです。漢方は、消耗した母体を守るためにゴーヤのような「体を冷やす」食品を避けるよう助言し²²、現代科学は特定の化合物と安全性のデータ不足を懸念しています²⁰。異なる原理に基づきながらも、二つの知識体系が同じ実践的な助言に収束するという事実は、最終的な勧告の重みを増し、それが西洋科学のみに基づいた結論ではなく、日本の文化に根差した健康観とも合致することを示唆しています。

第3章：科学的根拠の徹底分析 ― 授乳中のゴーヤ摂取は安全か？

ここが本記事の核心部分です。科学的証拠を一つ一つ精査し、ゴーヤの安全性に関する議論に明確な光を当てていきます。

安全性に関する議論の構造

この議論は、二つの対立する見解に要約できます。

• 「安全」であるとする主張：この立場を支持する人々は、「沖縄ではたくさん食べられている」といった逸話や、「母親の消化器系がリスクを中和するはずだ」という科学的根拠のない推論に頼る傾向があります¹。
• 「安全ではない／慎重であるべき」とする主張：この見解は、信頼できる公的機関によって支持されています。最も注目すべきは、日本の国立健康・栄養研究所が、「ゴーヤは食品として摂取する場合、一般的には安全だが、流産を引き起こす可能性があるため妊娠中の摂取は『おそらく危険』」とし、「授乳中の安全性についてはデータが無く未確認であるため、避けるべき」と明確に警告している点です²⁰。これは、トップレベルの権威ある機関からの極めて重要な情報です。

核心的機序：母乳への移行

科学的議論の核心は、ゴーヤに含まれる生物活性を持つ化合物が、母乳を介して乳児に移行するか否かという点にあります。この問いに直接的な証拠を提供したのが、1998年に学術誌『Cancer Letters』に掲載されたSingh氏らによる研究です。この研究は、授乳中の母マウスとその子を対象に行われました。結果は、母乳を飲んだ子マウスの肝臓に生化学的な変化が観察されたことを示し、これは「Momordica（ゴーヤ）の有効成分および／またはその代謝産物が母乳を介して移行した可能性を示唆する」と結論付けられました²⁶。
この発見は、極めて重大な意味を持ちます。それは、母親がゴーヤ抽出物を摂取した後、授乳中の乳児の体内で測定可能な生化学的変化が起こったことを証明しており、母親の消化器系が完璧な「フィルター」であるという一般的な仮定に疑問を投げかけます。少なくとも一つ以上の活性化合物が母体に吸収され、血中に移行し、母乳に組み込まれ、乳児に摂取され、そしてその未熟な体内で生物学的な作用を及ぼしたことを示しています。この発見は、漠然とした可能性であったリスクを、証拠に基づいた具体的な懸念へと変え、乳児への潜在的な副作用に関するすべての警告の正当性を裏付けています。

懸念される特定の化合物とその危険性

• 種子に含まれるモモルカリン：ゴーヤの種子には「モモルカリン」という特殊なたんぱく質が含まれています。動物実験では、これが受胎阻害作用や堕胎作用（流産を引き起こす作用）を持つことが証明されています。ある研究では、わずか0.02-0.05ミリグラムという極微量でマウスの胚の90%が死亡したと報告されています²⁰。これは妊娠中の危険性ですが、この強力な化合物が母乳を介して発育途上の乳児に与える未知の影響は、最大限の注意を払うべき正当な理由となります。
• 血糖降下作用：ゴーヤには、チャランチンやポリペプチド-pといった、血糖値を下げる作用が動物実験や一部のヒト試験で示されている化合物が含まれています²⁷。これは、乳児における深刻な低血糖の危険性をはらんでいます。実際に、ゴーヤ茶を飲んだ小児が低血糖性昏睡やけいれんを起こした症例報告も存在します²⁰。乳児の血糖調節システムは、成人と比べてはるかに繊細です。
• その他の毒性：動物実験では、ゴーヤの摂取が肝障害を引き起こす可能性と関連付けられています。ヒトにおいては、下痢や腹痛といった消化器系の問題を引き起こすことがあります²⁰。2022年のラットを用いた研究でも、ゴーヤの葉の抽出物が母動物に対して毒性（体重増加の抑制、飲水・摂食量の減少）を示したと報告されています³⁰。

以下の比較表は、二つの見解の間にある証拠レベルの違いを明確にし、なぜ科学的な警告が民間の経験よりも重視されるべきかを理解する助けとなります。

表2：授乳中のゴーヤ摂取に関する証拠レベルの比較

この表が示すように、安全性を支持する証拠は弱く逸話的であるのに対し、危険性を示唆する証拠は強力で多角的、かつ科学に基づいています。

第4章：最大の懸念 ― G6PD欠損症とファビズムのリスク

すべての潜在的リスクの中で、特に深刻でありながらあまり知られていないのが、ゴーヤと「G6PD欠損症」という遺伝性疾患との関連です。

G6PD欠損症について

グルコース-6-リン酸脱水素酵素（G6PD）欠損症は、世界で最も一般的な酵素欠損症で、4億人以上が罹患している遺伝性疾患です³¹。日本人における有病率は約0.1%と低いものの、皆無ではありません。さらに、国際結婚の増加に伴い、日本国内での症例数も増加傾向にあります³³。これにより、稀ではあっても、日本の人々にとって無視できないリスクとなっています。

ファビズムとは何か？

G6PD欠損症の人が特定の酸化ストレス物質に曝されると、赤血球が急激に破壊される「急性溶血性貧血」という反応が引き起こされます。この状態が「ファビズム」です³¹。黄疸、暗色尿、蒼白などの症状が現れ、重症化すると生命を脅かすこともあります。

ゴーヤ – ビシン – ファビズムの関連性

重要な接点はここにあります。ゴーヤの種子には、ファビズムの原因として知られるソラマメに含まれる有毒な配糖体と同一の物質「ビシン」が含まれていると報告されています²⁰。その作用機序は、体内でビシンがジビシンという強力な酸化物質に分解されることにあります。健常者であれば、G6PD酵素がこの物質を無害化しますが、G6PD欠損者では、ジビシンが赤血球を次々と破壊してしまうのです³¹。

究極のリスク：母乳を介したファビズム

これが最も警鐘を鳴らすべき、反論の余地のない証拠です。米国国立医学図書館のLactMed®データベースや他の症例報告では、母親がソラマメを食べた後に、母乳を飲んだ乳児が重篤な、時には致死的なファビズムを発症した事例が多数記録されています³⁵。これは、酸化ストレス物質（ジビシンなど）が母乳を介して移行する能力があることを証明しています。ある報告では、母親のソラマメ摂取後に乳児が腎皮質壊死を起こし死亡した事例も記録されています³⁵。
このリスクが特に危険なのは、①潜在的であること（ほとんどの人は自身のG6PDの状態を知らない）、②認識が困難であること（母親が野菜を食べ、数日後に子供が発症する）、そして③結果が壊滅的となり得ること、という三つの理由によります。母親は自分や子供のG6PDの状態を知る由もなく、ゴーヤを健康的な野菜と信じて種ごと食べてしまうかもしれません。ビシンが母乳を介して移行し、G6PD欠損症の乳児に急性溶血発作を引き起こす。母親の食事と子供の危機的状況との間の因果関係はすぐには認識されず、診断と治療を遅らせる可能性があります。これは単なる「お腹を壊す」といったレベルのリスクではありません。「発生確率は低いが、結果は極めて重大」な事象であり、医学倫理の基本原則である「何よりもまず、害を為すなかれ（primum non nocere）」に鑑みれば、必須ではない食品から生じるこのような悲劇的な結果のわずかな可能性さえも、容認できないリスクと言えます。

第5章：結論と実践的アドバイス ― 母子の安全を最優先に

ゴーヤという身近な食材から始まり、産後の栄養基準、そして科学的証拠の深層分析までを旅してきましたが、今こそすべてを統合し、最終的な結論を導き出す時です。

利益と危険性の分析

利益と危険性を天秤にかけると、判断は自ずと明らかになります。

• 利益：ビタミンCとカリウムの供給。
• 危険性：
  1. 十分に研究されていない化合物の母乳への移行が証明されていること。
  2. 乳児に低血糖を引き起こす潜在的な危険性。
  3. 事前に知ることのできないG6PD欠損症の乳児に、致死的となりうるファビズムを引き起こす、稀だが壊滅的な危険性。

ゴーヤの栄養的利益（ビタミンC、カリウム）は、パプリカ、ブロッコリー、ほうれん草、小松菜など、授乳婦に推奨される無数の他の野菜から、より安全かつ容易に得ることができます¹¹, ³⁶。一方で、その危険性はゴーヤに特有であり、特定の有害化合物（モモルカリン、ビシン）や強力な生物学的作用（血糖降下）を含みます。より安全な代替選択肢が豊富に存在する中で、これらの特異的な危険性を受け入れる栄養学的な説得力のある理由はありません。予防原則に基づき、不要なリスクを避けることが、最も責任ある医学的助言となります。

JAPANESEHEALTH.ORGの最終勧告

すべての証拠、特に授乳期におけるヒトでの安全性データが不足していること、化合物が母乳へ移行するという証拠、そして低血糖やファビズムといった具体的かつ深刻な危険性に基づき、JAPANESEHEALTH.ORGは、女性が産後の授乳期間を通じてゴーヤの摂取を完全に避けることを強く推奨します。

危険性を低減するための対策（もし食べる選択をする場合）

それでもゴーヤを食べることを選択する方がいる可能性も認識しています。その場合は、以下の危険性低減策を厳格に守る必要があります。

• 種子は絶対に避ける：種子にはモモルカリンやビシンといった危険な化合物が最も高濃度で含まれています。徹底的に除去してください。
• ごく少量に留める：主菜としてではなく、あくまで風味付け程度の極少量にしてください。
• 十分に加熱調理する：調理がすべてのリスクをなくすわけではありませんが、リスクを低減する助けにはなります。生のジュースやサラダは避けてください。
• 乳児を注意深く観察する：母親がゴーヤを食べた後、乳児に異常（黄疸、ぐったりしている、普段と違う不機嫌さ、尿の色の変化など）がないか警戒し、異変があれば直ちに医療機関を受診してください。
• 高リスク群は絶対回避：個人または家族にG6PD欠損症や貧血の既往歴がある方、地中海・東南アジアにルーツを持つ方は、絶対に避けるべきです。

安全で推奨される代替野菜

最後に、建設的な情報として、ゴーヤの代わりに摂取できる安全で栄養豊富な野菜のリストを提案します。ビタミンCやカリウムなどの栄養を摂取するために、母親は以下のガイドラインで推奨されている野菜を選ぶことができます。

• パプリカ、ブロッコリー、キウイフルーツ³⁶
• ほうれん草、小松菜¹¹
• 人参、かぼちゃ¹⁷

これらの食品を選択することは、安全性を確保するだけでなく、この重要な時期にある母子の健康を最適にサポートする、多様で栄養価の高い食事を実現する助けとなります。

よくある質問

結論

伝統的な食文化としての価値と栄養価を持つ一方で、授乳中のゴーヤ摂取は、科学的根拠に基づくと看過できない複数のリスクを伴います。特に、活性成分の母乳への移行、乳児の低血糖、そしてG6PD欠損症に関連するファビズムという、発生確率は低くとも極めて深刻な結果を招きうる危険性が存在します。これらのリスクは、他の安全な野菜から容易に代替できる栄養的利益とは比較になりません。したがって、JAPANESEHEALTH.ORGは、予防原則に基づき、母親と赤ちゃんの安全を最優先事項とし、授乳期間中はゴーヤの摂取を避けることを一貫して推奨します。安全性が確立されている多種多様な野菜を食事に取り入れることで、母親は安心して自身と赤ちゃんの健康を育むことができます。