再生不良性貧血のすべて:原因、症状、日本独自の重症度分類、そしてエルトロンボパグを含む最新治療法を専門家が徹底解説
血液疾患

再生不良性貧血のすべて:原因、症状、日本独自の重症度分類、そしてエルトロンボパグを含む最新治療法を専門家が徹底解説

再生不良性貧血(Aplastic Anemia)は、血液細胞を生み出す骨髄の機能が著しく低下し、赤血球、白血球、血小板といった全ての血液成分が減少する「汎血球減少」をきたす、国の指定難病です1。この病気は、単なる貧血とは異なり、骨髄にある「造血幹細胞」という血液の種となる細胞が何らかの原因で減少、あるいは機能不全に陥ることで発症します8。日本の医療現場では、長年にわたる研究に基づいた独自の診断基準や治療指針が確立されており、近年では免疫抑制療法とトロンボポエチン(TPO)受容体作動薬の併用療法、造血幹細胞移植などにより治療成績が大きく向上しています。

この記事では、厚生労働省の研究班による最新の診療ガイドラインや難病情報センター、日本造血・免疫細胞療法学会、国際的な研究論文など、信頼性の高い情報源に基づき、再生不良性貧血の原因、症状、診断プロセス、日本独自の5段階重症度分類、公的支援制度、そして新しい標準治療を含む治療法までを、患者さんとご家族にも理解しやすい形で包括的に解説します。ご自身や身近な方がこの病気と向き合うときに、「何が起きているのか」「どのような選択肢があるのか」「日常生活で何に気をつければよいのか」を整理するための手引きとなることを目指しています。

なお、本記事は一般的な情報提供を目的としており、個々の患者さんに対する診断や治療方針は、血液内科などの専門医による判断が不可欠です。疑問や不安がある場合には、本記事の内容を参考にしつつも、必ず主治医と相談してください。


この記事の科学的根拠と編集方針

本記事は、査読付き論文や公的機関・専門学会のガイドラインなどに基づき、JHO(JapaneseHealth.org)編集委員会が作成・編集しました。日本国内の最新の診療ガイドラインと国際的なエビデンスを組み合わせ、日本の生活者にとって分かりやすい形に整理することを重視しています。原稿の整理や構成の検討にはAIツールも補助的に利用していますが、最終的な内容の確認・修正・事実検証はすべてJHO編集部が行っています。

  • 厚生労働省 難治性疾患政策研究事業「特発性造血障害に関する調査研究班」:本記事における日本の診断基準、5段階重症度分類、および治療アルゴリズムに関する記述は、この研究班が作成した「再生不良性貧血診療の参照ガイド」などの資料に基づいています236。これは日本の臨床現場における標準治療の根幹をなすものです。
  • 難病情報センター・公的機関:指定難病としての公的支援制度や患者数、予後に関する情報は、厚生労働省の公式な情報提供機関である難病情報センターなどのデータに基づいています127
  • 国際的な標準治療とガイドライン:免疫抑制療法とエルトロンボパグの併用療法などの治療戦略に関する記述は、New England Journal of Medicine (NEJM) に掲載された臨床試験や、それに基づく国際的コンセンサス推奨(ASHなど)を参考にしています2123242628
  • Mayo Clinic・MSDマニュアルなどの国際的な解説:病気の概要や一般的な治療オプションの整理には、世界的に評価の高いMayo Clinic1112やMSDマニュアル1314などの解説を参考にし、日本の診療ガイドラインと照らし合わせたうえで記載しています。
  • 患者さんの体験記・患者会:日常生活での悩みや不安、QOLに関する記述には、患者会や患者さんの体験記などの情報も参考にしつつ、個人が特定されない形で一般化して紹介しています1617181920

要点まとめ

  • 再生不良性貧血は、骨髄の造血幹細胞が減少し、血液が十分に作られなくなる国の指定難病で、単なる「貧血」とは異なります113
  • 主な症状は、赤血球減少による「だるさ・息切れ」、血小板減少による「あざや出血」、白血球(好中球)減少による「感染症への抵抗力の低下」の3つです13
  • 診断には血液検査と骨髄検査(骨髄穿刺・生検)が必須で、日本では治療方針や公的支援に直結する独自の5段階重症度分類(Stage 1〜5)が用いられます23
  • 治療は「支持療法(輸血、G-CSF、鉄キレート療法など)」と「造血回復を目指す治療(免疫抑制療法、エルトロンボパグ併用療法、造血幹細胞移植など)」を組み合わせて行われます23
  • 移植が難しい重症例では、従来の免疫抑制療法(ATG+シクロスポリン)にTPO受容体作動薬エルトロンボパグを併用する3剤療法が新たな標準治療となり、高い奏効率と早い改善が報告されています2123
  • HLAが一致するドナーがいる40歳未満の重症患者さんでは、造血幹細胞移植(骨髄移植など)が根治を目指せる第一選択となることが多く、日本や海外のデータでも良好な長期成績が報告されています313
  • 再生不良性貧血は国の指定難病であり、重症度が一定の基準(Stage 2以上など)を満たす場合には、医療費助成制度や就労支援など、さまざまな公的支援を利用できます247
  • 治療により多くの方が長期的に安定した生活を送れるようになってきていますが、再発や二次性疾患(MDSやAMLなど)のリスクもあるため、治療後も定期的なフォローアップが重要です1328
  • 日常生活では、感染症や出血を防ぐ工夫、疲労感との付き合い方、仕事や学校への配慮、妊娠・出産の計画など、多くの場面で工夫と周囲の理解が必要です。
  • 一人で抱え込まず、主治医や看護師、医療ソーシャルワーカー、患者会・サポートグループなど、複数の支援資源を活用することが、QOLを保ちながら病気と付き合っていくうえで大きな力になります181920

1. 再生不良性貧血とは?- 血液が作られなくなる難病

1.1. 骨髄の「血液工場」が機能しなくなる病気

私たちの体の中にある骨の中心部、骨髄は、赤血球、白血球、血小板といった血液細胞を絶えず作り出す「血液の工場」に例えられます8。この工場の中心で働くのが「造血幹細胞」です。再生不良性貧血は、この造血幹細胞が何らかの原因で著しく減少してしまう病気です1。工場の働き手が減ることで生産ラインが止まり、全ての種類の血液細胞が十分に作られなくなります。この状態を「汎血球減少症」と呼びます。

骨髄を詳しく調べると、本来であれば造血細胞で満たされているはずの空間が、脂肪に置き換わっている(低形成または無形成)のが特徴です3。ただし、症状の出方や進行の速さは人によって大きく異なり、健康診断の血液検査で偶然見つかる軽症例から、短期間で重い感染症や出血に至る最重症例まで、幅広いスペクトラムがあります。

貧血という名前から「鉄分不足のような病気」と誤解されることもありますが、再生不良性貧血では骨髄そのものの機能低下が原因であり、鉄剤だけで改善する病気ではありません。早期発見と専門医による評価が何より重要です。

1.2. 日本での患者数と発症年齢

厚生労働省の調査によると、日本国内で再生不良性貧血の医療受給者証を持つ患者さんの数は、令和3年度末時点で10,643人報告されています2。人口100万人あたり約5〜10人が発症すると考えられており、決して多い病気ではありませんが、日本全国のどの地域でも見られる疾患です1

発症年齢には2つのピークがあり、1つは10代後半から20代の若年層、もう1つは70歳以上の高齢層です3。しかし、実際にはどの年齢でも発症する可能性があり、子どもから高齢者まで幅広い年齢層で診断されることがあります。男女差は大きくなく、誰にでも起こり得る病気です7

1.3. 再生不良性貧血と「ほかの貧血」との違い

「貧血」と聞くと、鉄欠乏性貧血や出血による貧血など、比較的よくあるタイプを思い浮かべる方も多いでしょう。これらの多くは赤血球だけが減少する「単純な貧血」であり、原因となる栄養不足や出血を改善することで治療が可能です13

一方、再生不良性貧血では、赤血球だけでなく白血球や血小板も同時に減少することが多く、感染症や出血など命に関わる合併症を起こしやすい点が大きな違いです。また、骨髄異形成症候群(MDS)など、似た症状を示す別の疾患も存在するため、専門的な検査による「鑑別診断」が欠かせません6

2. 再生不良性貧血の主な症状 – 3つの血球減少が引き起こすサイン

再生不良性貧血の症状は、どの種類の血液細胞がどの程度減少しているかによって決まります。赤血球・血小板・白血球(好中球)の3系統の血球減少が組み合わさることで、複数の症状が同時に現れることも少なくありません13

初期には「なんとなくだるい」「疲れやすい」といった漠然とした症状だけのことも多く、「年齢のせい」「仕事の疲れ」と考えて受診が遅れてしまうケースもあります。以下のような症状が続く場合は、早めに医療機関を受診し、血液検査を受けることが大切です。

2.1. 赤血球減少による「貧血症状」

赤血球は、全身に酸素を運ぶ役割を担っています。赤血球が減少すると、体が酸素不足に陥り、以下のような貧血症状が現れます13

  • 体を動かした時の動悸、息切れ
  • めまい、立ちくらみ
  • 全身の倦怠感(だるさ)、疲労感
  • 頭痛や集中力の低下
  • 顔色が悪くなる(蒼白)

「最近疲れやすい」「階段を上がるだけで息切れする」といった変化は、忙しい日常では見過ごされがちです。以前と比べて明らかに体力が落ちた、休んでも疲れが取れないと感じる場合は、早めに血液検査を受けることをおすすめします。

2.2. 血小板減少による「出血症状」

血小板は、出血した際に血を止める(止血)働きをします。血小板が減少すると、血が止まりにくくなり、次のような症状が見られます。

  • ぶつけた覚えがないのに、あざ(皮下出血)ができやすい
  • 皮膚に赤い点状の出血斑(点状出血)が多く見られる
  • 鼻血や歯ぐきからの出血が止まりにくい
  • 女性では月経の量が多くなったり、期間が長引いたりする
  • ごく稀に、脳出血や消化管出血などの重篤な出血を引き起こすこともある

「少しぶつけただけなのに大きなあざができる」「歯みがきのたびに歯ぐきから血が出る」といった変化は、血小板減少のサインかもしれません。特に、出血が止まりにくい場合や、黒いタール状の便(消化管出血を疑う所見)が見られた場合は、早急に医療機関を受診する必要があります13

2.3. 白血球(特に好中球)減少による「感染症状」

白血球、特にその成分の約半分を占める「好中球」は、体内に侵入してきた細菌やカビなどの病原体と戦う免疫システムの中心的な役割を担っています。好中球が減少すると、感染症に対する抵抗力が著しく低下し、以下のような状態になります13

  • 原因がはっきりしない発熱(しばしば高熱)
  • のどの痛み、咳、たん
  • 肺炎や敗血症など、重篤な感染症にかかりやすくなる
  • 口内炎が治りにくい、皮膚の傷が化膿しやすい

再生不良性貧血の患者さんにとって、感染症は命に関わる合併症になる可能性があります。特に、好中球が大きく減少している時期に38℃以上の発熱が出た場合は、「様子を見る」のではなく、速やかに医療機関や主治医に連絡することが重要です212

2.4. すぐに受診した方がよい危険なサイン

次のような症状がある場合は、再生不良性貧血に限らず、緊急の対応が必要になることがあります。

  • 突然の高熱(38℃以上)が続く、悪寒が強い
  • 息苦しさや胸の痛みが急に強くなった
  • 頭痛とともにろれつが回らない、意識がぼんやりする
  • 大量の鼻血・吐血・下血(黒い便・赤い便)が止まらない
  • 転倒して頭を打った後に強い頭痛や吐き気が続く

これらの症状がある場合は、救急外来や時間外診療の受診をためらわず、可能であれば事前に主治医やかかりつけ医に連絡して指示を仰いでください。

3. なぜ発症するのか?再生不良性貧血の主な原因

再生不良性貧血がなぜ発症するのか、その原因は完全には解明されていませんが、いくつかの要因が関与していると考えられています。大きく分けると、「特発性(原因不明)」と「二次性(薬剤やウイルスなどが原因)」、「先天性(遺伝性)」の3つに分類されます3

3.1. 大部分を占める「特発性」と自己免疫の関与

日本の再生不良性貧血患者の約90%は、原因を特定できない「特発性」に分類されます3。近年の研究により、この特発性の多くは「自己免疫疾患」としての側面を持つことが明らかになってきました115

本来、体を守るべき免疫システム(特にTリンパ球と呼ばれる細胞)が異常をきたし、自分自身の造血幹細胞を「敵」と誤認して攻撃してしまうことで、骨髄の機能が低下すると考えられています。免疫抑制療法が効果を示すのは、この異常な免疫反応を抑えることで、残っている造血幹細胞の働きを回復させることを狙っているためです9

「原因が分からない」と聞くと不安になるかもしれませんが、特発性であっても、現在は多くの患者さんで有効な治療法が確立されており、長期的に安定した状態を保つことが可能になってきています13

3.2. 先天性(遺伝性)の再生不良性貧血

ごく一部ですが、生まれつきの遺伝子の変異によって発症する先天性の再生不良性貧血もあります。代表的なものに「ファンコニ貧血」や「先天性角化不全症」などがあり、これらは小児期に発症することが多いとされています6。身体的な奇形(指の形の異常、低身長など)を伴うこともあり、診断には遺伝子検査が必要となります。

先天性のタイプは、治療の選択肢や家族への説明の仕方も後天性とは異なるため、小児科・血液内科・遺伝カウンセラーなどが連携しながら診療が行われます。

3.3. 薬剤、ウイルス、化学物質などが原因となる場合

まれに、特定の薬剤(抗てんかん薬、抗菌薬、抗リウマチ薬など)、化学物質(ベンゼンなど)、あるいはウイルス感染(B型肝炎ウイルス、EBウイルスなど)が引き金となって発症することが報告されています29。一方で、薬剤やウイルスが関与していることが疑われても、実際に「これが原因」と断定できるケースは多くありません。

薬剤性が疑われる場合には、可能な限りその薬剤を中止し、必要に応じて他の治療薬に切り替えることが検討されます。ただし、自己判断で薬をやめることは危険です。服用中の薬が気になる場合は、必ず主治医や薬剤師に相談してください29

3.4. 「自分のせい」と責めないでほしいこと

再生不良性貧血は、多くの場合「これが原因」と特定できません。「仕事が忙しかったから」「食生活が悪かったから」と、ご自身を責めてしまう患者さんも少なくありませんが、現時点で生活習慣や性格が直接の原因と考えられる科学的根拠はほとんどありません13

治療や日常生活で工夫できることは多くありますが、「自分のせいで発症した」と考え続けることは、心の負担を重くしてしまいます。不安や罪悪感が強い場合は、主治医や看護師、医療ソーシャルワーカー、必要に応じて心理士などにも相談してみてください。

4. 診断と検査の流れ – 確定診断に至るまで

再生不良性貧血の診断は、血液検査と骨髄検査の結果を総合的に評価して行われます。また、似たような症状を示す他の血液疾患を除外することも非常に重要です3

4.1. STEP1: 血液検査(血算)

まず最初に行われるのが、採血による血液検査(血球算定、血算)です。赤血球、白血球、血小板の数が減少している「汎血球減少」が認められるかどうかを確認します3。再生不良性貧血の診断基準では、以下の3項目のうち、少なくとも2項目を満たすことが求められます。

  • ヘモグロビン濃度:10.0 g/dL 未満
  • 好中球数:1,500 /μL 未満
  • 血小板数:100,000 /μL 未満

これに加えて、網赤血球(未熟な赤血球)の数や、ビタミンB12・葉酸の不足、鉄欠乏性貧血など、他の原因による貧血がないかどうかも調べます13。再生不良性貧血が疑われる場合には、早期に専門の医療機関へ紹介されることが一般的です。

4.2. STEP2: 骨髄検査(骨髄穿刺・生検)- 確定診断の鍵

血液検査で汎血球減少が確認された場合、確定診断のために骨髄検査が行われます。これは、骨に針を刺して骨髄組織の一部を採取する検査で、「骨髄穿刺」と「骨髄生検」の二つからなります312

  • 骨髄穿刺:骨髄液を吸引し、細胞の形態や染色体、異常細胞の有無などを調べます。
  • 骨髄生検:骨髄組織の小片を採取し、顕微鏡で構造を観察します。再生不良性貧血では、造血細胞が著しく減少し、脂肪細胞に置き換わっている「低形成骨髄」が確認されます。これが診断の決定的な証拠となります。

骨髄検査と聞くと「痛そう」「怖そう」と感じる方も多いですが、通常は局所麻酔を行い、検査中は医師や看護師が声かけをしながら進めます。不安が強い場合は、事前にどのような検査なのか、痛みへの対策はどうなっているのかを遠慮なく質問して構いません。

4.3. 他の病気との鑑別診断

汎血球減少をきたす病気は再生不良性貧血だけではありません。急性白血病、骨髄異形成症候群(MDS)、骨髄線維症、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)など、他の血液疾患と正確に区別する必要があります613。骨髄検査は、これらの疾患を除外(鑑別)するためにも不可欠です。

必要に応じて、PNHクローン(赤血球や白血球の表面にあるタンパク質の異常)を調べる検査や、ウイルス感染・自己免疫疾患・先天性異常を評価するための検査も行われます。これらを総合的に判断して、「どのタイプの再生不良性貧血なのか」「他の病気が隠れていないか」が慎重に検討されます3

4.4. 診断までの時間とセカンドオピニオン

再生不良性貧血の診断には、複数の検査結果を組み合わせたり、経過を観察したりする必要があるため、確定診断までに一定の時間がかかることがあります。「なかなか診断がはっきりしない」と感じて不安になる方も多いですが、診断を急ぎ過ぎて誤った治療を始めてしまうことも避けなければなりません。

診断や治療方針について不安が強い場合や、より専門的な意見を聞きたい場合には、血液疾患に詳しい医療機関への紹介やセカンドオピニオンを検討することも選択肢の一つです。主治医に「他の医師の意見も聞いてみたい」と相談することは、決して失礼なことではありません。

5. 【重要】再生不良性貧血の重症度分類 – 日本独自の5段階基準

再生不良性貧血と診断された後、次に行われるのが重症度の評価です。この評価は、今後の治療方針や公的支援の適格性を決める上で極めて重要な意味を持ちます23

5.1. なぜ重症度分類が重要なのか?

重症度分類が重要な理由は主に3つあります。

  1. 予後の予測:重症度が高いほど、より強力な治療が必要となる可能性を示唆します3
  2. 治療方針の決定:日本の「再生不良性貧血診療の参照ガイド」は、この重症度分類に基づいて治療の進め方を定めています3
  3. 公的医療費助成の基準:再生不良性貧血は国の指定難病であり、重症度が「Stage 2」以上の場合に医療費助成の対象となります2

「ステージが上がる」という言葉に強い不安を感じる方もいますが、重症度分類は「今の状態に合った治療や支援を選ぶための道しるべ」と考えると理解しやすくなります。

5.2. 日本の重症度分類(Stage 1~5)の詳細

日本では、厚生労働省の「特発性造血障害に関する調査研究班」が定めた、世界でも独自の5段階分類が用いられています13。これは、好中球数、血小板数、網赤血球数(赤血球の幼若な形態)の3つの指標に基づいています。患者さんが医師から告げられる「ステージ」は、この基準に基づいています。

【表1】再生不良性貧血の重症度分類(日本国内基準)

Stage(ステージ) 名称 基準
Stage 1 軽症 下記のStage 2~5のいずれにも該当せず、輸血を必要としない場合。
Stage 2 中等症 以下の3項目のうち2項目以上を満たす:
・好中球:1,000/μL 未満
・血小板:50,000/μL 未満
・網赤血球:60,000/μL 未満
(Stage 2a: 赤血球輸血不要 / Stage 2b: 赤血球輸血が必要だが月2単位未満)
Stage 3 やや重症 Stage 2の基準を満たし、かつ毎月2単位以上の定期的な赤血球輸血を必要とする場合。
Stage 4 重症 以下の3項目のうち2項目以上を満たす:
・好中球:500/μL 未満
・血小板:20,000/μL 未満
・網赤血球:40,000/μL 未満
Stage 5 最重症 好中球が 200/μL 未満であり、かつ以下の2項目のうち1項目以上を満たす:
・血小板:20,000/μL 未満
・網赤血球:20,000/μL 未満

出典: 厚生労働省 難治性疾患政策研究事業「特発性造血障害に関する調査研究班」作成の診療ガイドラインに基づく23

同じStage 2でも、今はまだ輸血が必要ないのか、すでに定期的な輸血が必要なのかによって、今後の治療方針や日常生活で注意すべきポイントが変わってきます。診察の際には、「自分はどのステージで、どういう意味があるのか」を主治医に確認しておくと良いでしょう。

5.3. 国際的な重症度分類(SAA/vSAA)との違い

海外の医学論文やニュースでは、主に「非重症(Non-severe)」「重症(Severe Aplastic Anemia: SAA)」「最重症(Very Severe Aplastic Anemia: vSAA)」という3段階の分類(Camitta基準)が用いられます13。日本のStage 4(重症)は国際基準のSAAに、Stage 5(最重症)はvSAAに概ね相当します。

日本の5段階分類は、公的支援制度や実際の治療アルゴリズムと密接に結びついているのが特徴です。海外の情報をインターネットなどで調べる際には、「自分のステージ」と「海外の重症度分類」がどう対応しているのかを理解しておくと、情報をより正しく読み解きやすくなります。

6. 【本記事の核心】再生不良性貧血の治療法 – 最新の治療戦略

再生不良性貧血の治療は近年、目覚ましい進歩を遂げています。治療法は、単に症状を和らげるだけでなく、病気の根本に働きかけて骨髄の機能を回復させることを目指します23

6.1. 治療の2つの柱:「支持療法」と「造血回復を目指す治療」

治療は大きく2つのカテゴリーに分けられます。一つは、血球減少による症状や合併症に対応する「支持療法」。もう一つが、骨髄の造血機能を回復させることを目的とした「造血回復を目指す治療」です2。これらを組み合わせ、患者さん一人ひとりの年齢、重症度、合併症、生活背景などに合わせた治療計画が立てられます。

治療の選択は、単に「重い・軽い」だけで決まるものではなく、「今の状態」「これまでの経過」「今後の生活の希望」なども含めて総合的に判断されます。そのため、主治医とよく話し合い、自分にとって納得できる治療方針を一緒に考えていくことが大切です。

6.2. 症状を緩和する「支持療法」

造血機能が回復するまでの間、生活の質を保ち、危険な合併症を防ぐための重要な治療です212

  • 輸血療法:貧血症状が強い場合には赤血球輸血、出血傾向が強い場合には血小板輸血が行われます。一般的にヘモグロビン値が7g/dL程度になると赤血球輸血が検討されますが、年齢や合併症、症状の強さによって個別に判断されます2
  • G-CSF製剤:好中球数が極端に少ない場合(例:500/μL未満)や、重い感染症にかかった際に、好中球を増やす目的でこの薬剤が使用されます2
  • 鉄過剰症への対策(鉄キレート療法):頻繁に赤血球輸血を受けると、体内に鉄が過剰に蓄積し、心臓や肝臓に負担をかける「輸血後鉄過剰症」になることがあります。これを防ぐため、体内の余分な鉄を排出させる「鉄キレート薬」が用いられます213
  • 感染症予防・早期治療:好中球減少が続く場合には、日常生活での感染対策に加え、必要に応じて予防的な抗菌薬投与などが検討されることもあります。

支持療法は「根本治療ではないから意味がない」というものではなく、命を守り、根本的な治療を安全に行うための大切な土台です。

6.3. 造血回復を目指す治療の全体像 – 年齢・重症度・ドナーで決まる治療方針

造血回復を目指す治療法は、主に「①患者さんの年齢」「②疾患の重症度」「③白血球の型(HLA)が適合する造血幹細胞ドナーの有無」という3つの要素を基に、個別化された治療方針が決定されます3

一般的には、以下のような方針が検討されます(実際の治療は個々の状況により異なります)。

  • 40歳未満でHLAが一致する血縁ドナーがいる重症例:造血幹細胞移植(骨髄移植など)が第一選択となることが多い313
  • 移植適応がない、または適合ドナーがいない重症例:免疫抑制療法(IST)+エルトロンボパグ併用療法が第一選択として推奨されるケースが増えている2123
  • 中等症・軽症例:経過観察や蛋白同化ステロイド、免疫抑制療法などが検討される。

どの治療にもメリットとリスクがあり、「必ずこれが正解」と言い切れる治療法は存在しません。選択肢の特徴や副作用、将来のライフプラン(妊娠・出産、仕事、介護など)も含めて、主治医とじっくり話し合うことが重要です。

6.4. 治療法①:免疫抑制療法(IST)

移植の適応とならない患者さんに対する、伝統的な標準治療です。自身のTリンパ球が造血幹細胞を攻撃しているという病態に基づき、その異常な免疫反応を抑えることで造血機能の回復を図ります1

具体的には、抗胸腺細胞グロブリン(ATG)とシクロスポリン(CsA)という2種類の免疫抑制剤を組み合わせるのが基本です9。主に40歳以上の患者さんや、適合するドナーがいない若年の患者さんが対象となりますが、実際には年齢や全身状態、合併症などを総合的に評価して決定されます3

免疫抑制療法では、治療開始から効果が現れるまでに数ヶ月を要することも珍しくありません。その間は支持療法と感染対策が非常に重要になります。また、治療中は肝機能や腎機能、血圧などを定期的にチェックし、副作用を早期に発見・対応することが求められます12

6.5. 治療法②:【新標準治療】IST + TPO受容体作動薬(エルトロンボパグ)併用療法

この治療法は、近年の再生不良性貧血治療における最も画期的な進歩と言えます。従来の免疫抑制療法に、全く新しい作用機序を持つ薬剤を組み合わせることで、治療成績が飛躍的に向上しました212426

この治療の中心となるのが、トロンボポエチン(TPO)受容体作動薬である「エルトロンボパグ(商品名:レボレード)」です。この薬剤は、免疫を抑えるのではなく、骨髄に残っている造血幹細胞を直接刺激し、血球の生産を促す働きをします9

この3剤併用療法の有効性を確立したのは、世界で最も権威ある医学雑誌の一つであるNew England Journal of Medicine (NEJM)に2022年に発表された、米国国立心肺血液研究所(NHLBI)主導の第3相ランダム化比較試験です2127。この研究によると、未治療の重症再生不良性貧血患者において、従来の免疫抑制療法(IST)単独群と比較して、エルトロンボパグを併用した群では、血球数が正常化する完全寛解率が大きく向上し、治療効果が現れるまでの期間も短縮されました

この強力な科学的根拠に基づき、現在では米国血液学会(ASH)23や日本の診療ガイドライン3においても、移植の適応とならない多くの重症患者(特に20歳以上)に対する第一選択の治療法として、この3剤併用療法が推奨されています。これは、再生不良性貧血の治療における「新たな標準(ニュースタンダード)」と言えるでしょう。

一方で、エルトロンボパグは肝機能障害などの副作用にも注意が必要な薬剤です。定期的な血液検査や肝機能検査を行い、必要に応じて用量調整や中止を検討します。治療を開始する際には、期待できる効果だけでなく、副作用のリスクについても医師から説明を受け、疑問点を事前に確認しておくことが大切です。

6.6. 治療法③:造血幹細胞移植(HSCT)

造血幹細胞移植(HSCT、骨髄移植など)は、再生不良性貧血を根治しうる唯一の治療法です1213。強力な化学療法や放射線照射(前処置)によって、患者さん自身の異常な免疫システムと機能不全の骨髄をリセットした後、健康なドナーから提供された造血幹細胞を点滴で移植します。これにより、正常な造血機能を持つ新しい骨髄を再構築することを目指します30

主な対象は、白血球の型(HLA)が完全に一致する血縁ドナー(兄弟姉妹など)がいる40歳未満の重症患者さんです322。血縁ドナーがいない場合は、日本骨髄バンク31を介して非血縁者ドナーを探すことも可能です。近年は、非血縁ドナー移植や臍帯血移植など、多様なドナー源による移植の成績も改善していますが、年齢や全身状態によってリスクは大きく異なります13

造血幹細胞移植には、移植片対宿主病(GVHD)などの重篤な合併症のリスクも伴います。そのため、「根治の可能性」と「合併症のリスク」を慎重に比較検討し、患者さん本人と家族、医療チームが一緒になって治療方針を決めていくプロセスが重要です。

【表2】主要な造血回復治療法の概要と対象患者

治療法 概要 主な対象患者 主要な根拠・参照ガイドライン
免疫抑制療法 (IST) ATGとシクロスポリンで自己免疫を抑制し、造血幹細胞への攻撃を止める。 40歳以上の患者、または適合ドナーのいない若年患者。 厚労省研究班ガイドライン3
IST + TPO受容体作動薬 ISTにエルトロンボパグを併用し、免疫抑制と造血促進を同時に行う。 移植適応のない未治療の重症患者(特に20歳以上)に対する新たな標準治療。 NEJM 202221, ASH 202423, 厚労省研究班ガイドライン3
造血幹細胞移植 (HSCT) 健康なドナーの造血幹細胞を移植し、正常な造血機能を再構築する。根治を目指す治療。 HLA適合血縁ドナーがいる40歳未満の重症患者。 厚労省研究班ガイドライン3, 日本造血・免疫細胞療法学会22

6.7. その他の治療選択肢(蛋白同化ステロイドなど)

上記の治療法が適さない軽症や中等症の一部の患者さんに対しては、蛋白同化ステロイド薬が用いられることもあります3。特に高齢者や、強力な免疫抑制療法・移植のリスクが高い方などにおいて、血球数の維持や症状のコントロールを目的として検討されます。

蛋白同化ステロイドは、長期使用により肝機能障害や体重増加、むくみ、ホルモンバランスへの影響など、さまざまな副作用が出る可能性があります。そのため、「どの薬を、どのくらいの期間使うのか」「いつ減量・中止を考えるのか」について、主治医とよく相談しながら慎重に進めることが大切です14

6.8. 高齢者の治療の考え方

高齢の患者さんでは、心臓や腎臓などの臓器機能、他の持病、日常生活の状況(介護の有無、家族の支援体制など)を考慮しながら治療方針を決める必要があります13

たとえば、重症でも移植によるリスクが非常に高い場合には、免疫抑制療法や支持療法を中心に、QOLを大きく損なわない範囲で治療を行うことが検討されます。「積極的な治療をどこまで行うか」は、患者さん本人の価値観や希望によっても大きく異なります。治療の目的(症状緩和、入院を減らす、在宅生活を維持するなど)を主治医と共有しながら、最適なバランスを探っていくことが重要です。

7. 治療後の経過と予後

7.1. 近年の治療成績の向上

免疫抑制療法や造血幹細胞移植の進歩、そしてエルトロンボパグのような新しい薬剤の登場により、再生不良性貧血の治療成績は過去数十年間で劇的に改善しました213。重症例であっても、適切な治療を受けることで多くの患者さんが長期的に安定した状態を維持できるようになっています。

特に若年者では、造血幹細胞移植により非常に良好な長期成績が報告されており、免疫抑制療法でも早期に治療が行われれば高い奏効率が期待できるとされています17

7.2. 長期的な注意点(再発・二次性疾患)

治療によって寛解(血球数が安定した状態)に至った後も、定期的な通院と検査は不可欠です。病気が再発する可能性や、長期的には骨髄異形成症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)といった他の血液疾患に移行するリスクがゼロではないためです13

最新のエルトロンボパグ併用療法に関する長期追跡調査でも、寛解率は高いものの、再発や二次性疾患への移行リスクを完全に無くすわけではない可能性が示唆されており、治療後も慎重な経過観察の重要性が指摘されています28

定期通院では、血液検査だけでなく、肝機能・腎機能のチェックや、必要に応じて骨髄検査なども行われます。症状が落ち着いていても、「通院を自己判断でやめてしまうこと」は避けるようにしましょう。

8. 日常生活での注意点とセルフケア

再生不良性貧血と診断された後も、QOL(生活の質)を維持し、合併症を予防するために日常生活で注意すべき点がいくつかあります。ここでは、代表的なポイントを紹介します1214

8.1. 感染予防のためにできること

好中球が減少している時期は、感染症に最大限の注意を払う必要があります。患者さんの体験談でも、感染への不安は大きな関心事です1216

  • 外出後の手洗い・うがいを徹底する。
  • 人混みや換気の悪い場所をできるだけ避ける。
  • 必要に応じてマスクを着用する(流行期や人混みでは特に有効)。
  • 生の食べ物(刺身、生肉、生卵、加熱殺菌されていない乳製品など)は避け、十分に加熱調理したものを食べる。
  • 果物や野菜はよく洗い、皮をむいて食べるなど衛生面に注意する。
  • 発熱や体調不良を感じたら、すぐに医療機関に連絡し、指示を仰ぐ。

感染対策は完璧を目指すあまりストレスになることもあります。「できる範囲で無理なく続けられる工夫」を、主治医や看護師と一緒に考えていくことが大切です14

8.2. 出血を防ぐための注意

血小板が少ない場合は、ささいなことで出血しやすくなります。

  • 歯磨きは、歯ぐきを傷つけないよう柔らかい歯ブラシを使う。
  • 糸ようじや歯間ブラシの使用は、主治医や歯科医と相談する。
  • 転倒や打撲を避けるため、段差や床の物に注意し、滑りにくい靴を選ぶ。
  • 激しいスポーツや接触プレーのある運動は控える。
  • 血液を固まりにくくする作用のある薬(一部の市販の解熱鎮痛薬やサプリメントなど)を服用する際は、必ず主治医に相談する。

歯科治療や内視鏡検査など出血リスクがある検査・処置を受ける際には、「再生不良性貧血で血小板が少ない」ことを必ず事前に伝えましょう。

8.3. 疲労感との付き合い方

貧血による慢性的な倦怠感は、多くの患者さんが経験する悩みです17。症状が目に見えにくいため、周囲から理解されず、「怠けている」と誤解されてしまうこともあります。

  • 一日の中で疲れやすい時間帯を把握し、重要な予定は体力がある時間帯に入れる。
  • 家事や仕事を「一気にやろう」とせず、こまめに休憩を挟む。
  • 体調が良い日でも無理をしすぎず、「少し余力を残す」ことを意識する。
  • 散歩などの軽い運動を、主治医と相談しながら取り入れる。
  • 職場や家族に、病気の性質と疲労感について説明し、理解と協力を得る。

「今日はここまでできたら十分」と、自分なりの基準を決めておくことも、自己否定感を減らす助けになります。

8.4. 仕事や学校との両立

診断後、「これから仕事(学校)を続けられるのか」「休職・転職が必要なのか」と悩む方も多くいます7

  • 治療の計画(入院期間、外来通院の頻度など)を主治医から聞き、職場(学校)の上司・人事・担任などと共有する。
  • フルタイム勤務が難しい場合は、時短勤務やテレワークの可否を相談する。
  • 長時間の立ち仕事や肉体労働は、症状や血液検査の状況によって調整が必要になることがある。
  • 学校では、体育や行事への参加について、主治医の意見書をもとに相談する。

就労に関する悩みは、ハローワークや障害者職業センター、病院の医療ソーシャルワーカーなどの専門職に相談することで、具体的な支援策や制度を知ることができます7

8.5. 妊娠・出産を考えている方へ

再生不良性貧血の治療歴がある、あるいは治療中の方で妊娠・出産を希望される場合、妊娠前の段階から主治医(血液内科)と産婦人科医が連携して計画を立てることが重要です3

  • 妊娠前に、現在の血球数や治療内容(免疫抑制剤、エルトロンボパグなど)を整理し、妊娠への影響や薬の切り替えの必要性を確認する。
  • 妊娠中は、血液疾患に経験のある産婦人科と連携したフォローアップが望ましい。
  • 妊娠の時期や出産方法(経腟分娩か帝王切開か)は、血小板数や全身状態を踏まえて個別に判断される。

「妊娠してはいけない」ということではなく、「安全に妊娠・出産を目指すにはどういう準備が必要か」を医療チームと一緒に考えていくことが大切です。

9. 公的支援制度と相談窓口

9.1. 指定難病医療費助成制度の概要と申請方法

再生不良性貧血は国の指定難病です。重症度がStage 2以上など、一定の基準を満たす場合、医療費の自己負担額の一部が助成される「指定難病医療費助成制度」を利用できます24

この制度を利用するには、主治医に「臨床調査個人票」を記入してもらい、お住まいの地域の保健所などに申請する必要があります。申請には、診断書のほか、収入状況が分かる書類などが必要になる場合もあります。具体的な手続きや提出書類は自治体によって異なるため、かかりつけの医療機関の相談窓口や保健所に確認すると安心です。

9.2. 患者会・サポートグループ情報

同じ病気を持つ他の患者さんと交流し、情報を交換することは、精神的な支えになります。日本には複数の患者会や支援団体が存在します181920

  • 特定非営利活動法人 血液情報広場・つばさ18
  • 再生つばさの会(再生不良性貧血及び関連する疾患の患者と家族の会)19

これらの団体は、相談会や情報提供、交流イベントなど、様々な活動を行っています20。インターネット上の情報だけでは得られない、「実際に治療を経験した人の声」を聞くことで、治療や日常生活のイメージが具体的になることも多いでしょう。

9.3. 医療ソーシャルワーカー・相談支援専門員との連携

長期間にわたる治療や通院は、医療費だけでなく、仕事・学業・家庭生活にも大きな影響を与えます。病院には、医療ソーシャルワーカーなどの専門職が在籍していることが多く、以下のような相談に乗ってくれます。

  • 医療費の負担軽減制度(高額療養費制度、指定難病医療費助成など)の利用方法
  • 仕事や学校との調整、休職・復職に関する情報提供
  • 介護保険や障害福祉サービスとの連携
  • 家族への説明や支援の調整

「どこに相談してよいか分からない」ときは、まず主治医や看護師に「相談窓口を教えてほしい」と伝えるところから始めてみてください。

10. 家族・仕事・ライフイベントとの付き合い方

10.1. 家族とのコミュニケーション

病気の告知を受けた直後は、患者さん本人だけでなく、ご家族も大きな衝撃を受けます。「どこまで説明すればよいか」「子どもにはどう伝えるか」など、悩みは尽きません。

  • まずは、主治医の説明を家族と一緒に聞き、分からない点をその場で質問する。
  • 一度ですべてを理解するのは難しいため、後日もう一度説明を受けたり、説明用の資料をもらったりする。
  • 小さな子どもには、「今は血を作る工場が少し疲れている」といった、年齢に合わせた言葉で伝える。

家族が病気を理解し、治療や日常生活の工夫に協力してくれることは、患者さんにとって大きな支えになります。

10.2. 心のケアとストレス対策

長期にわたる治療や将来への不安から、気分の落ち込みや不眠、不安症状が強くなることもあります16

  • 気分の落ち込みが続く、食欲や睡眠リズムが大きく乱れる場合は、主治医や看護師に早めに相談する。
  • 必要に応じて、心療内科・精神科や臨床心理士によるカウンセリングを併用する。
  • 一人で抱え込まず、信頼できる家族や友人、患者会などに気持ちを打ち明ける。

「こんなことで悩んでいるのは自分だけかもしれない」と感じるかもしれませんが、同じ病気を経験した多くの人が、似たような不安や葛藤を抱えていることが知られています。心のケアも治療の大切な一部と考え、遠慮なく相談してください。

10.3. ライフプラン(結婚・妊娠・転職など)をどう考えるか

診断を受ける年齢によっては、「結婚」「妊娠・出産」「転職・転居」など、大きなライフイベントの計画にも影響が出ます。

  • 将来の希望(子どもを持ちたいか、どのような働き方を望むかなど)を、主治医との話し合いの中でも共有しておく。
  • 治療によっては妊娠前に一定期間の待機が必要になる場合もあるため、早めに相談する。
  • 転職や引っ越しを検討する場合は、新しい地域での血液専門医療機関の有無や通院のしやすさも考慮する。

「病気だから何もしてはいけない」ということではなく、「病気と付き合いながら、どのように自分らしい人生を描いていくか」を、医療チームや家族と一緒に考えていくことが大切です。

11. 受診の目安と主治医とのコミュニケーション

再生不良性貧血は、自己判断で治療を中断したり、症状があっても受診を先延ばしにしたりすると、重い合併症につながるおそれがあります。一方で、必要以上に不安になりすぎてしまうと、生活の自由度が大きく制限されてしまいます。

  • 日常的な体調変化(疲れやすさ、あざの出やすさ、風邪を引きやすいなど)をメモしておき、診察の際に主治医に伝える。
  • 「いつ連絡すべき症状なのか(発熱、出血、息切れなど)」をあらかじめ主治医と確認しておく。
  • 治療方針や検査結果について、不明な点は遠慮なく質問し、納得したうえで次のステップに進む。

医師や看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカーなど、チーム全体と良いコミュニケーションを築くことが、安心して治療を続けるうえで大きな支えになります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 再生不良性貧血はがんですか?

いいえ、再生不良性貧血はがん(悪性腫瘍)ではありません。がん細胞のように異常な細胞が無秩序に増殖する病気ではなく、正常な血液細胞が作れなくなる病気です13。ただし、長期的には骨髄異形成症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)といった血液のがんに移行するリスクが、健常者より高いとされています13。そのため、治療後も定期的なフォローアップが重要です。

Q2. 治りますか?

「治る」という言葉の定義によりますが、多くの患者さんが治療によって血球数が安定し、輸血が不要となり、社会生活を送れるようになります12。特に、若年者でドナーがいる場合の造血幹細胞移植は「根治」を目指せる治療法です1213。また、最新の免疫抑制療法とTPO受容体作動薬の併用療法でも高い寛解率が報告されており、病気をコントロールしながら長く付き合っていくことが可能になっています2128

Q3. 遺伝しますか?

ほとんどの再生不良性貧血(特発性)は遺伝しません1。ごく稀に「ファンコニ貧血」などの先天性(遺伝性)のタイプがありますが、これは特発性とは異なる病気として扱われます6。したがって、患者さんの子どもが同じ病気になることを過度に心配する必要はありませんが、家族性が疑われる場合には専門医や遺伝カウンセラーに相談することも検討されます。

Q4. 食事で気をつけることはありますか?

特別な食事療法はありませんが、好中球が減少している時期は感染予防が最も重要です14。刺身、寿司、生肉、生卵、加熱殺菌されていない乳製品など、細菌感染のリスクがある「生の食べ物」は避けるべきです14。果物や野菜も、よく洗って皮をむいて食べるなどの注意が必要です。バランスの取れた食事を心がけ、十分に加熱調理したものを食べることが基本となります。

Q5. どのくらいの頻度で通院が必要ですか?

通院の頻度は、病気の重症度や治療内容、血球の値によって大きく異なります。治療開始直後や血球数が不安定な時期は、週1回以上の通院が必要になることもありますが、状態が安定してくると、1〜3ヶ月に1回程度の定期通院に移行する場合もあります23。自己判断で通院間隔をあけるのではなく、主治医と相談して決めましょう。

Q6. 仕事や学校を続けても大丈夫ですか?

重症度や治療内容、職種・業務内容によって大きく異なりますが、適切な治療と配慮があれば、仕事や学校を続けている方も多くいます7。ただし、感染リスクの高い環境や重い肉体労働などは調整が必要になることがあります。主治医に現在の仕事(学校生活)の内容を具体的に伝えたうえで、必要な勤務・就学調整について相談してください。

Q7. 予防接種(ワクチン)は受けてもよいですか?

予防接種は感染症予防の観点から重要ですが、免疫抑制療法中や造血幹細胞移植前後などは、接種できるワクチンの種類やタイミングに制限がある場合があります15。一般に、生ワクチン(麻しん・風しん・水痘など)は、免疫抑制状態では原則として避ける必要があります。一方、不活化ワクチン(インフルエンザワクチンなど)は、主治医の判断のもとで接種が勧められることもあります。必ず事前に主治医と相談してください。

結論

再生不良性貧血は、かつては治療が非常に困難な病気とされていましたが、医学の進歩により、その治療法は大きく変わりました。特に、免疫の異常を抑える治療と、骨髄の働きを直接活性化させる治療を組み合わせる新しいアプローチは、多くの患者さんに希望をもたらしています。日本の精緻な重症度分類と、それに基づいた治療戦略は、患者さん一人ひとりに最適な医療を提供する上で重要な役割を果たしています。

この病気と向き合うことは、身体的にも精神的にも大きな挑戦ですが、正確な情報を知り、適切な治療を受け、利用できる社会資源を活用することで、より良い生活を送ることが可能です。一人で抱え込まず、主治医や看護師、医療ソーシャルワーカー、患者会など、さまざまなサポートを組み合わせながら、自分らしいペースで前に進んでいきましょう。この記事が、再生不良性貧血という病気への深い理解と、前向きな一歩を踏み出すための確かな道しるべとなることを心から願っています。

免責事項:本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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