この記事の科学的根拠
本記事は、提供された研究報告書に明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性を示したものです。
- 国立がん研究センター: 日本国内における皮膚がんの罹患数、死亡数、5年相対生存率に関する統計データは、同センターのがん情報サービスから引用されています2。
- 米国皮膚科学会(AAD)および米国総合がんネットワーク(NCCN): 非黒色腫皮膚がん(NMSC)およびメラノーマの管理に関する診療ガイドラインは、これらの組織の指針に大きく依拠しており、特にリスク分類や治療法の選択において重要な基準となっています2226。
- 大規模メタアナリシス研究: モース手術が従来の切除術と比較して基底細胞癌(BCC)の再発率を優位に減少させるという知見は、複数の研究を統合解析した学術論文に基づいています25。
- 各種学術論文および医療機関情報: 皮膚がんの種類、症状、診断法(ダーモスコピーなど)、および個別の治療法に関する具体的な医学的詳細は、査読付き医学雑誌や大学病院などの信頼できる情報源から得られたものです1345101623242930。
要点まとめ
- 日本の皮膚がんの5年生存率は94.6%と非常に高いですが、これは早期発見が絶対条件です2。国の検診制度には含まれていないため、自己検診が極めて重要です7。
- 「ABCDEルール」はメラノーマの兆候を見分ける国際基準です。非対称性、不規則な境界、色の濃淡、6mm以上の直径、形状や大きさの変化に注意してください1617。
- 治療の第一選択は外科手術であり、特に顔などの重要部位や再発リスクの高いがんには、治癒率が最も高く健常組織を最大限温存できる「モース手術」が強く推奨されます2225。
- 一度皮膚がんと診断されると、新たな皮膚がんを発症する危険性が高まるため、治療後も定期的な専門医による診察と生涯にわたる自己検診が不可欠です3。
第I部:初期段階の皮膚がんを理解する
皮膚がんへの正しい理解は、早期発見と適切な治療への第一歩です。ここでは、日本における皮膚がんの現状、主な種類、そして危険な兆候を見抜くための具体的な方法について詳述します。
1.1 日本における皮膚がんの現状
まず、皮膚がんが私たちの社会にどの程度影響を及ぼしているかを、公式な統計データから見ていきましょう。国立がん研究センターがん情報サービスによると、日本の皮膚がんに関する状況は以下の通りです2。
指標 | 総数 | 男性 | 女性 | データ年 |
---|---|---|---|---|
新規罹患数 | 25,018人 | 13,002人 | 12,016人 | 2021年2 |
死亡数 | 1,861人 | 945人 | 916人 | 2023年2 |
5年相対生存率 | 94.6% | 94.4% | 94.6% | 2009-2011年2 |
2021年に25,000人以上が新たに診断されていることから、皮膚がんは決して稀な病気ではないことがわかります。同年の日本における全がんの新規診断数が約989,000人であったことを考えると9、皮膚がんはその中で一定の割合を占めています。しかし、最も注目すべきは94.6%という極めて高い5年相対生存率です。この数値は、全がんの平均生存率64.1%を大きく上回っており9、初期段階で発見・治療されれば、皮膚がんは治癒する可能性が非常に高い疾患であることを力強く示しています3。新規罹患数と死亡数の大きな差も、診断された患者の大半が治療に成功しているという事実を裏付けています。
1.2 主な皮膚がんの種類と前がん病変
「皮膚がん」とは単一の疾患ではなく、それぞれ異なる発生起源、特徴、予後を持つ複数の悪性腫瘍の総称です。これらの種類を正確に区別することが、適切な治療戦略を立てる上で不可欠です10。
悪性黒色腫(メラノーマ)
通称「ほくろのがん」とも呼ばれ、早期から転移を起こす可能性が高いため、皮膚がんの中では最も危険な種類とされています1112。皮膚の色素を作るメラノサイトという細胞から発生します。日本を含むアジア人の特徴として、欧米で多い日光曝露部位の体幹部とは異なり、手のひら、足の裏、爪の下などに発生する「末端黒子型黒色腫」の割合が高いことが知られています13。
基底細胞癌(BCC)
日本および世界で最も頻度の高い皮膚がんです1。表皮の最下層にある基底細胞から発生します。BCCの最大の特徴は、増殖が緩やかで、他の臓器へ転移することが極めて稀である点です。しかし、治療せずに放置すると、周囲の組織に深く浸潤し、特に顔、鼻、耳などの敏感な部位で局所的な組織破壊を引き起こす可能性があります4。典型的な病変は、黒色または真珠様の光沢を持つ丘疹で、中心部が潰瘍化することもあります4。
有棘細胞癌(SCC)
二番目に多い皮膚がんで、表皮の上層を構成する有棘細胞(ケラチノサイト)から発生します1。BCCと比較すると転移の危険性が高いものの、初期の腫瘍ではその可能性はまだ比較的低いとされています1。SCCは長期間にわたる紫外線(UV)への累積曝露と強い関連があり、しばしば後述の日光角化症などの前がん病変から発生します1415。
前がん病変
これらは、現時点ではがんではないものの、放置するとがんに進行する可能性がある皮膚の変化です。これらの病変を管理することは、効果的ながん予防戦略となります。
- 日光角化症 (Actinic Keratosis): SCCの直接的な前駆病変と見なされており、顔、脱毛した頭皮、手の甲、腕など、日光に曝されやすい部位に、ザラザラした鱗屑(りんせつ、皮膚の粉)を伴う赤色または褐色の局面として現れます16。日光角化症を治療することは、浸潤がんへの進行を防ぐための重要な手段です18。
- ボーエン病 (Bowen’s Disease): これは実質的に「上皮内」の有棘細胞癌であり、がん細胞が表皮内にとどまり、下の真皮層には浸潤していない状態を指します13。この段階では転移の能力がないため、治療により完治が可能です。しかし、無治療の場合は浸潤性のSCCへと進行します19。ボーエン病は赤く、鱗屑を伴う局面が持続するため、湿疹や乾癬と誤診されることがあります13。
その他、乳房外パジェット病、メルケル細胞がん、血管肉腫といった、より稀な皮膚がんの存在も知っておくことが包括的な理解につながります10。
1.3 危険な兆候を見抜く:自己検診のための行動指針
毎月の自己検診は、皮膚がんを早期に発見するための最も強力な手段です。異常な兆候に気づくことが、あなたの命を救うかもしれません。国際的に認知されている「ABCDEルール」は、メラノーマが疑われる色素性病変を評価するための指標であり、その他の兆候は非黒色腫皮膚がん(NMSC)を示唆する可能性があります。
分類 | 内容と解説 |
---|---|
A. メラノーマのABCDEルール | |
A = Asymmetry (非対称性) | 病変の半分がもう半分と形が異なります。中心に線を引いた場合、左右が一致しません16。 |
B = Border (境界) | 境界が不規則で、ギザギザしていたり、切れ込みがあったり、ぼやけていたりして、周囲の皮膚との境界が不明瞭です16。 |
C = Color (色調) | 色が不均一で、茶色、黒、赤、白、青など、一つの病変の中に複数の色合いが見られます13。 |
D = Diameter (直径) | 直径が6mm(鉛筆の消しゴム程度の大きさ)を超えます。ただし、初期に発見されたメラノーマはこれより小さいこともあります16。 |
E = Evolving (変化) | ほくろの大きさ、形、色、高さに何らかの変化が見られたり、出血、かゆみ、痂皮(かさぶた)形成などの新たな症状が出現したりします17。 |
B. 非黒色腫皮膚がん (NMSC: BCC & SCC) の警告サイン | |
治りにくい潰瘍 | 数週間経っても治らない傷やただれで、出血したり、滲出液が出たり、痂皮を形成したりすることがあります17。 |
持続する赤い局面 | 赤みや刺激を帯びた皮膚の局面で、鱗屑や痂皮を伴うことがあり、特に胸、肩、手足に持続的に存在します。 |
光沢のある真珠様の結節 | 光沢があり、半透明で真珠のような結節または隆起で、しばしば細い血管が透けて見えます(BCCの典型的な兆候)4。 |
中心が陥凹した腫瘤 | ピンク色の腫瘤で、縁がわずかに盛り上がって巻き込まれ、中心部が痂皮で覆われたくぼみがあるもの(BCCの典型的な兆候)です。 |
瘢痕(はんこん)様の局面 | 平坦で、白、黄色、または蝋のような色調の領域で、傷跡のように見え、境界が不明瞭なことが多いです(BCCの硬化性タイプ)。 |
いぼ状の腫瘤 | ザラザラして硬い、いぼ状の腫瘤で、痂皮を形成し、時に出血することがあります(多くはSCCです)。 |
これらの兆候のいずれかに気づいた場合は、決して放置せず、速やかに皮膚科専門医の診察を受けることが極めて重要です。
1.4 専門家による診断:視診から確定診断まで
疑わしい皮膚病変が発見された場合、その正体を明らかにするために専門的な診断プロセスが開始されます。この過程は、医療処置への信頼を築き、治療計画を立てるための基盤となります。
- 皮膚科専門医の役割: 最初の重要なステップは、日本皮膚科学会が認定する皮膚科専門医に相談することです4。これらの専門家は、良性病変と悪性病変を区別するための深い知識と経験を有しています。
- ダーモスコピー検査: これは非侵襲的で、初期診断において極めて重要な検査です。医師はダーモスコープと呼ばれる、偏光光源を備えた拡大鏡を用いて病変を10倍から20倍に拡大します20。この技術により、肉眼では見ることのできない皮膚表面下の構造や色素のパターンを観察でき、特にメラノーマの診断精度を、視診のみの場合と比較して大幅に向上させます4。
- 皮膚生検と病理組織検査: これは確定診断を得るための「ゴールドスタンダード(絶対的基準)」とされています。ダーモスコピー検査後も疑いが晴れない場合、医師は生検を行います。この手技では、病変から小さな組織サンプルを採取し、検査室に送ります4。採取した組織は病理医によって顕微鏡下で詳細に調べられ、がん細胞の有無、種類、浸潤の深さなどの重要な特徴が最終的に確定されます21。病理組織検査の結果なしに、皮膚がんの診断を確定することはできません。
第II部:初期皮膚がんに対する包括的治療戦略
初期皮膚がんの治療法の選択は、がんの種類、大きさ、部位、浸潤の深さ、そして患者の全体的な健康状態など、多くの要因によって決まります。主な目標は、腫瘍を完全に取り除き、再発を防ぎ、機能と整容性(見た目)を最大限に保つことです。
2.1 基本治療:外科的治療法
外科手術は、ほとんどの初期皮膚がんにおいて、根治を目指すための主要かつ最も効果的な治療法です。
広範囲切除術
これは、ステージ0およびIのメラノーマ、BCC、SCCを含むほとんどの初期皮膚がんに対する標準治療です22。外科医は、腫瘍そのものと、その周囲の健常な皮膚を一定のマージン(安全域)を含めて切除します。この安全域を確保する目的は、目に見える腫瘍の縁を越えて微細に広がっている可能性のあるがん細胞をすべて取り除き、再発の危険性を低減させるためです2324。切除するマージンの幅は、がんの種類と厚さによって決まります。
モース(Mohs)手術
これは特殊な外科技術で、多くの皮膚がん、特にBCCとSCCに対して最も高い治癒率をもたらすと考えられています25。
- 仕組み: モース手術の独自性は、手術の断端(切り口)を精密に制御する点にあります。医師は腫瘍を水平方向に薄く一層ずつ切除します。各層が切除されると、患者が診察室で待っている間に、その組織は直ちに処理され、顕微鏡下で断端にがん細胞が残存していないかどうかが確認されます22。このプロセスは、がん細胞が完全になくなるまで繰り返されます。
- 優れた利点: この方法により、周囲の健常組織を最大限に温存しながら、腫瘍を完全に取り除くことが可能になります。ある大規模なメタアナリシス(複数の研究結果を統合・解析する手法)では、モース手術は従来の切除術と比較して、BCCの再発率を63%(相対リスク 0.37)、および原発性腫瘍全般の再発率を61%(相対リスク 0.39)減少させ、優位性を示しました25。
- 適応: モース手術は、再発の危険性が高い腫瘍、過去の治療後に再発した腫瘍、そして顔、耳、手、足、性器など、組織の温存が整容的・機能的に極めて重要な部位にある腫瘍に特に推奨されます22。
その他の外科的治療
- 掻爬(そうは)・電気乾固法: スプーン状の器具(キュレット)で柔らかいがん組織を掻き出した後、電気メスで残存する可能性のあるがん細胞を焼灼・破壊する方法です。リスクの低い表在性のBCCやSCCに対して有効な選択肢です22。
- 凍結療法: 液体窒素を用いて異常細胞を凍結・破壊します。主に日光角化症などの前がん病変や、一部の低リスク・表在性のBCCの治療に用いられます16。
2.2 非外科的治療と外用療法
手術が困難な場合や最適な選択でない特定の状況では、非外科的な方法が用いられることがあります。ただし、これらの方法の選択は、がんの種類とその危険性を慎重に考慮する必要があります。
- 外用クリーム:
- 放射線療法: 高エネルギーの放射線を用いてがん細胞を破壊します。高齢や合併症、あるいは腫瘍が大きすぎて手術が困難な場合に、主要な治療法として用いられることがあります5。また、神経への浸潤が見られるなど再発の危険性が高い腫瘍に対して、手術後に追加する補助療法として、再発リスクを低減させる目的でも重要な役割を果たします22。
ここで、メラノーマと非黒色腫皮膚がん(NMSC)との間の治療哲学の根本的な違いを強調することが重要です。メラノーマは、たとえ局所にとどまる段階であっても、転移の潜在的危険性が高いため、腫瘍の完全かつ確実な除去が最優先されます。米国皮膚科学会(AAD)のガイドラインでは、イミキモドや放射線療法のような非外科的選択肢は、手術が不可能な場合にのみ考慮され、治癒率が低いことを伴うと明記されています26。対照的に、転移の可能性がほとんどない低リスクBCCでは、局所的な制御が主目的となります。これにより、外用療法や凍結療法を含む、より侵襲性の低い治療法が、手術が不適切または好まれない場合の有効な代替案として認められています2227。
2.3 病期分類と所属リンパ節の管理
がんの病期(ステージ)、すなわち、がんがどの程度広がっているかを決定することは、治療計画と予後を予測する上で極めて重要です。米国がん合同委員会(AJCC)や米国総合がんネットワーク(NCCN)の病期分類システムが臨床ガイドラインで広く用いられています22。
センチネルリンパ節生検 (SLNB)
- 概念: がん細胞が最初に転移する可能性のあるリンパ節(センチネルリンパ節)に、微小な転移があるかどうかを特定するために設計された低侵襲の外科手技です4。
- メラノーマでの適応: SLNBは、ステージIBのメラノーマ、またはそれより厚い腫瘍(一般に厚さ1mm以上、またはそれ以下でも潰瘍などの高リスク所見がある場合)の患者に推奨されます2428。この手技は、通常の画像診断では検出できない微小転移を見つけるのに役立ちます。
- 治療への影響: SLNBの結果は治療方針に大きな影響を与えます。陰性(がん細胞なし)であれば、患者はより大きなリンパ節郭清手術とその合併症を避けることができます。陽性であれば、がんはステージIIIへと進行し、患者は再発リスクを低減させるために、所属リンパ節全体の郭清や追加の全身療法(術後補助療法)を検討することになります24。
- NMSCでの適応: SLNBは、大きな腫瘍や深い浸潤を伴う、あるいは免疫不全状態の患者における高リスクSCCの症例でも検討されることがあります23。
第III部:がん種別の詳細治療プロトコル
一般的な治療原則に基づき、具体的な治療計画は個々のがんの種類と病期に合わせて調整されます。
3.1 ステージ0およびIのメラノーマの治療
初期段階のメラノーマの目標は、手術による根治です。
- ステージ0 (上皮内メラノーマ): 0.5cmから1cmの安全域をつけた広範囲切除術が主な治療です24。病理検査で断端にがん細胞が残っていた場合は、再切除が必要です。顔などの手術が難しい部位では、モース手術が組織温存のための選択肢となるか、非常に限定的な症例ではイミキモドクリームが考慮されることもありますが、これは専門家との綿密な相談を要する複雑な判断です24。
- ステージI (IAおよびIB): 主な治療は同様に広範囲切除術で、安全域は腫瘍の厚さに応じて1cmから2cmとなります24。ステージIB(または高リスク所見を持つステージIA)に対しては、センチネルリンパ節生検(SLNB)を実施するかどうかが、医師と患者間の重要な話し合いのポイントとなります24。SLNB陽性の結果は、治療の局面を完全に変えることになります。
- 術後補助療法: SLNBが陽性の場合、患者はステージIIIに分類されます。この段階では、転移リンパ節を手術で取り除いた後でも、再発の危険性が依然として高いため、術後補助療法(手術後の追加治療)が推奨されます。近年の進歩により、免疫療法(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)や標的療法(BRAF遺伝子変異を持つ腫瘍に対して)が再発リスクを大幅に減少させることが示され、ステージIII患者の標準治療となっています24。
3.2 低リスク・高リスク非黒色腫皮膚がん(NMSC)の治療
メラノーマとは異なり、NMSC(BCCとSCC)の治療は、腫瘍のリスク分類に大きく依存します。
リスク分類
腫瘍が高リスクか低リスクかは、臨床的および病理学的な一連の要因に基づいて判断されます。AADやNCCNのガイドラインでは、以下の要因が定義されています22:
- 部位: 顔の中心部、耳、頭皮、手、足、性器などの「Hゾーン」にある腫瘍は高リスクと見なされます。
- 大きさ: より大きな腫瘍(例:Hゾーンで10mm超)は高リスクです。
- 境界: 境界が不明瞭なものは高リスクの兆候です。
- その他: 再発した腫瘍、免疫不全の患者、または病理検査で神経周囲への浸潤が見られる場合など。
治療プロトコル
- 低リスクBCC/SCC: 標準的なマージン(4-6mm)での広範囲切除術、または掻爬・電気乾固法が第一選択です22。凍結療法、外用クリーム(5-FU、イミキモド)、放射線療法なども、多くの場合で有効な代替選択肢となります。
- 高リスクBCC/SCC: モース手術が、最も高い治癒率と健常組織の最大限の温存を両立できるため、第一選択の治療法として推奨されます22。慎重な断端管理を伴う広範囲切除術が代替案です。非外科的治療法は、再発率や転移リスクが高いため、高リスク腫瘍に対する第一選択としては通常推奨されません22。
治療法 | 主な適応 | 再発率(BCCの場合) | 主な利点 |
---|---|---|---|
広範囲切除術 | 重要でない部位の低リスクBCC/SCC | 5.3%25 | 手技が簡便で広く普及。低リスク腫瘍に有効。 |
モース手術 | 高リスクBCC/SCC、再発腫瘍、敏感な部位(顔、耳、手足、性器)の腫瘍 | 3.1%25 | 最も高い治癒率、健常組織の最大限の温存、傷跡の最小化。 |
掻爬・電気乾固法 | 低リスクの表在性BCCおよび上皮内SCC | 手技や経験により変動 | 迅速、低侵襲で、表在性病変に適している。 |
3.3 がん化を防ぐための前がん病変の管理
前がん病変を治療することは、浸潤性の皮膚がんを予防する一つの形です。
- 日光角化症: SCCへの進行を防ぐために治療が必要です。治療選択肢は多様で、凍結療法(単発病変に最も一般的)、5-FUやイミキモドなどの外用クリーム(広範囲病変に有効)、掻爬術などがあります16。
- ボーエン病 (上皮内SCC): これはすでにがんであり、浸潤性のがんになるのを防ぐために治療が必須です。切除手術が腫瘍を完全に取り除く最も確実な方法です13。慎重に選択された症例では、掻爬・電気乾固法や外用クリームも選択肢となり得ます。
第IV部:患者の行動計画:予防、経過観察、共同意思決定
知識を通じて患者に力を与えることは、皮膚がん管理の不可欠な要素です。明確な行動計画は、患者が自身の健康管理に主体的に関わる助けとなります。
4.1 危険因子と予防戦略
予防は治療に勝ります。遺伝的要因は変えられませんが、制御可能な危険因子を最小限に抑えることが重要です。
- 日光からの防御: これは最も重要かつ効果的な予防戦略です4。総合的な対策には以下が含まれます:
- 特に午前10時から午後4時の間は日陰を探す。
- 長袖のシャツ、長ズボン、つばの広い帽子、UVカットのサングラスなど、体を覆う衣類を着用する。
- 広域スペクトル(UVAとUVBの両方を防ぐ)でSPF30以上の日焼け止めを、曇りの日でも毎日使用する。
- その他の危険因子:
4.2 治療後の経過観察の重要性
皮膚がんの治療成功は、ケアの終わりを意味するものではありません。治療後の経過観察は、再発や新たな腫瘍の発生を早期に発見するために極めて重要です。
- 理由: 皮膚がんの既往歴は、次なる皮膚がんを発症する最大の危険因子です。
- 経過観察のスケジュール: AADやNCCNのガイドラインでは、BCCまたはSCCと診断された患者は、少なくとも年に一度は専門医による全身の皮膚検診を受けることを推奨しています22。高リスクの患者やメラノーマの患者では、最初の数年間は3〜6ヶ月ごとなど、より頻繁なスケジュールが組まれることがあります。
- 患者の役割: 毎月の自己検診を続けることが不可欠です。自分の皮膚を最もよく知っているのはあなた自身であり、新たな変化に最初に気づくことができるのもあなたです。
4.3 治療の道のりを歩むために
現代のがん治療は、患者と医療チームとの協働プロセスです。自身の治療決定に積極的に関わることが、結果と満足度を向上させます。
- 共同意思決定 (Shared Decision-Making): AADを含む現代の臨床ガイドラインは、治療計画を立てる際に患者の視点や希望を考慮することの重要性を強調しています22。あなたには、すべての選択肢について知らされ、最適な方法を選択するプロセスに参加する権利があります。
- 医師への主な質問リスト: 効果的な話し合いのために、質問リストを準備しましょう。以下に例を挙げます:
- 「私の皮膚がんの種類とステージは何ですか?」
- 「私の治療選択肢はすべて何ですか?」
- 「なぜこの特定の治療法を私に勧めるのですか?」
- 「この方法の、私のがんに対する治癒率はどのくらいですか?」(モース手術と通常切除の比較データ25などを参考に尋ねることができます)
- 「治療による潜在的な副作用や整容的な結果はどうなりますか?」
- 「推奨される治療後の経過観察計画はどのようなものですか?」
- 適切な医師を見つける: 担当医が日本皮膚科学会認定の専門医であることを確認しましょう。複雑な症例では、皮膚がんに深い経験を持つ病院や医療センターで治療を受けることが望ましいです4。日本皮膚悪性腫瘍学会313233のような組織は、治療ガイドラインの作成や専門家の育成において重要なリソースです。
よくある質問
Q1: ほくろと皮膚がん(特にメラノーマ)はどうやって見分ければよいですか?
Q2: 顔にできた皮膚がんなのですが、傷跡が心配です。良い治療法はありますか?
Q3: 治療後はどのようなことに気をつければよいですか?
結論:主体的な皮膚の健康管理が良好な結果への鍵
本稿の包括的な分析は、一つの基本的な真実を明らかにしました。それは、皮膚がんは初期段階で発見されれば、最も治癒可能性の高いがんの一つであるということです。日本における94.6%という5年生存率は、現代の治療法の有効性を疑いようもなく証明しています2。しかし、この素晴らしい結果は、ほぼ完全に早期発見に依存しており、その責任は日本の現状では、大部分が私たち一人ひとりの肩にかかっています。
危険な兆候に関する知識、毎月の自己検診を通じた警戒心、そして疑いがある場合の専門医への迅速な相談は、成功する皮膚がん対策の柱です。従来の広範囲切除術から先進的なモース手術に至るまでの治療法は、この病気と闘うための強力な武器を提供します。特にモース手術は高リスクNMSCの再発を低減する上で優位性が証明されており25、一方で免疫療法や標的療法の進歩はメラノーマ治療に革命をもたらし、より早期の段階で再発を予防する補助療法としても応用されています。
最終的に、患者が持つ最も強力なツールは、知識と医療への主体的な参加です。自身の病状を深く理解し、医療専門家と緊密に連携することで、患者は自信を持って治療の道のりを歩み、良好な結果へと向かうことができるのです。
がんの種類 / 状態 | 第一選択の治療法 | 主な考慮事項 |
---|---|---|
上皮内メラノーマ (ステージ0) | 広範囲切除術(マージン 0.5-1 cm)24 | 敏感な部位ではモース手術も検討。非外科的治療は治癒率が低い26。 |
メラノーマ ステージI | 広範囲切除術(マージン 1-2 cm)24 | ステージIBでは正確な病期分類のためSLNBの実施に関する相談が重要24。 |
低リスク BCC/SCC | 広範囲切除術または掻爬・電気乾固法22 | 非外科的選択肢(凍結療法、外用クリーム)も有効な代替案22。 |
高リスク BCC/SCC | モース手術22 | 最高の治癒率と組織温存のため強く推奨。非外科的治療は通常優先されない22。 |
日光角化症 (前がん病変) | 凍結療法(単発病変)、外用クリーム(広範囲病変)16 | 浸潤性SCCへの進行を防ぐために治療が必要。 |
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