この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている、最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストは、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性を示したものです。
- 厚生労働省: 本記事における喘息が「慢性の炎症性疾患」であるという基本的な理解は、厚生労働省の報告書に基づいています1。
- 岐阜県医師会 成人喘息ガイドライン: 治療の目標としての「喘息コントロール」、治療ステップ、および長時間作用性β2刺激薬(LABA)の単独使用禁止といった重要な治療原則は、岐阜県医師会の策定したガイドラインに準拠しています2。
- Patient.info 及び Cleveland Clinic: 長期管理薬(コントローラー)と発作治療薬(リリーバー)の分類、および各吸入デバイス(pMDI, DPI)の基本的な作用機序に関する記述は、これらの信頼性の高い医療情報サイトの解説を参考にしています36。
- 近畿中央呼吸器センター 吸入指導マニュアル: 吸入後の「うがい」の重要性、その目的(口腔カンジダ症や全身性副作用の予防)、および具体的な方法に関する解説は、医療専門家向けに作成されたこのマニュアルに基づいています5。
- PubMed Central (PMC)掲載論文: スペーサー使用の利点(肺への薬剤到達率向上と副作用軽減)や、患者特性に応じた吸入デバイス選択の重要性に関する分析は、査読済みの学術論文で示されたエビデンスを引用しています423。
- 環境再生保全機構 (ERCA): 喘息アクションプランの具体的なゾーン分類(グリーン、イエロー、レッド)とその基準、対処法に関する記述は、同機構が提供する患者向け情報資材に基づいています4042。
要点まとめ
- 喘息治療の目標は、発作を止めることではなく、気道の慢性的な炎症を抑え、良好な「コントロール状態」を維持することです。
- 治療薬は、毎日使用して発作を予防する「長期管理薬(コントローラー)」と、発作時に症状を和らげる「発作治療薬(リリーバー)」に大別されます。
- 吸入ステロイド薬(ICS)が、すべての持続型喘息治療の中心となる最も重要な薬剤です。
- 吸入デバイスにはpMDI、DPI、SMIの3種類があり、年齢や吸気力、患者の好みなどを考慮して最適なものが選択されます。
- 薬剤の効果を最大化し副作用を防ぐため、正しい吸入方法の習得と、吸入後の丁寧な「うがい」が不可欠です。
- 「喘息アクションプラン」は、症状の変化に自身で対応し、重症化を防ぐための重要な自己管理ツールです。
第1部:喘息治療薬の全体像を理解する
喘息治療に用いられる薬剤は、その役割に応じて大きく二つのカテゴリーに分類されます。この基本的な区別を理解することは、あらゆる治療戦略を把握する上で極めて重要です。
1.1. 長期管理薬(コントローラー):発作を「予防」する薬
長期管理薬、一般に「コントローラー」として知られる薬剤は、喘息の根本的な原因である気道の慢性的な炎症を持続的に抑制することを目的としています。そのため、症状の有無にかかわらず、毎日定期的に使用することが原則です3。これらは現代の喘息管理における治療の根幹を成すものです。
吸入ステロイド薬 (Inhaled Corticosteroids – ICS)
作用機序: 気道に直接作用し、喘息の根底にある炎症を強力に抑制します3。
重要性: 厚生労働省の報告にもあるように、持続性喘息の治療において、その重症度を問わず第一選択薬として世界的に推奨されている、最も重要な薬剤です1。
主な併用薬
- 長時間作用性β2刺激薬 (Long-Acting Beta2-Agonists – LABA): 気管支を拡張させる効果が12時間から24時間持続する薬剤です3。代表的なものにサルメテロール7やホルモテロール8があります。
- 吸入ステロイド/LABA配合剤 (ICS/LABA): 抗炎症作用を持つICSと気管支拡張作用を持つLABAを一つの吸入器に配合した薬剤です。これらは相乗効果を発揮し、喘息コントロールを強力にサポートします6。セレタイド(サルメテロール/フルチカゾン)710やシムビコート(ホルモテロール/ブデソニド)811などが広く処方されます。
- 長時間作用性抗コリン薬 (Long-Acting Muscarinic Antagonists – LAMA): LABAとは異なる機序で気管支を拡張させる薬剤で、主に重症例において追加的な治療選択肢となります2。チオトロピウム(スピリーバ)がこのカテゴリーに含まれます2。
- ロイコトリエン受容体拮抗薬 (Leukotriene Receptor Antagonists – LTRA): 炎症に関与する化学伝達物質であるロイコトリエンの作用を阻害する内服薬です1。
1.2. 発作治療薬(リリーバー):発作を「鎮める」薬
発作治療薬、通称「リリーバー」は、咳、喘鳴(ぜんめい)、息苦しさといった急性の症状が現れた際に、速やかに気道を広げて症状を和らげるために頓用(とんよう)で使用する薬剤です6。「レスキュー薬」とも呼ばれます。
短時間作用性β2刺激薬 (Short-Acting Beta2-Agonists – SABA)
作用機序: 気道を取り巻く平滑筋を素早く弛緩させ、収縮して狭くなった気道を迅速に拡張します12。
代表的な薬剤: サルブタモール(米国ではアルブテロールとも呼ばれる)が最も代表的で、ベネトリン14やサルタノール15といった商品名で知られています316。
ここで極めて重要なのは、リリーバーはあくまで対症療法薬であるという点です。リリーバーは気管支の収縮という「結果」を一時的に改善しますが、その原因である気道の「炎症」には作用しません12。したがって、リリーバーの使用頻度は、喘息のコントロール状態を測るための重要なバロメーターとなります。もしリリーバーを頻繁に必要とするならば、それはコントローラーによる根本的な炎症管理が不十分であることの危険信号です。患者はリリーバーを単なる「解決策」と見なすのではなく、自身のコントロール状態を監視するための「警告灯」として捉え、使用回数が増加した場合は速やかに主治医に相談する必要があります1。
1.3. SMART/MART療法:長期管理と発作治療を1本で
SMART(Single Maintenance and Reliever Therapy)またはMART(Maintenance and Reliever Therapy)は、特定のICS/LABA配合剤を、毎日の定期的な長期管理(Maintenance)と、発作時の頓用(Reliever)の両方に使用する先進的な治療法です9。
この治療法が可能なのは、配合されているLABAの一種であるホルモテロールが、長時間作用性でありながら、SABAのように即効性も兼ね備えているというユニークな特性を持つためです9。発作時にこの吸入器を使用すると、患者は気管支を素早く広げる効果(ホルモテロールによる)と同時に、炎症を抑えるICSを、まさにそれが最も必要とされるタイミングで気道に届けることができます。代表的な薬剤として、シムビコート(ブデソニド/ホルモテロール)がこの用法で承認されています2。このアプローチは、治療を1本の吸入器に集約することで患者の利便性を高め、アドヒアランス(服薬遵守)を向上させるだけでなく、発作のたびに抗炎症治療が確実に行われるため、SABAのみに頼る危険性を低減させるという重要な臨床的利点を持ちます。
第2部:治療の個別化:喘息重症度に応じた薬剤選択
喘息治療は画一的ではなく、個々の患者の状態に応じて個別化(パーソナライズ)されます。ここでは、医師がどのようにして最適な薬剤を選択するのか、その論理的な背景を解説します。
2.1. 喘息の診断と重症度分類
メイヨークリニックによれば、喘息の診断は、特徴的な症状(咳、喘鳴、息切れなど)に関する詳細な問診、聴診を含む身体診察、そしてスパイロメトリーやピークフローメーターを用いた呼吸機能検査の結果を総合して行われます18。初期の検査で正常値であっても喘息が強く疑われる場合には、気道過敏性を直接評価するためのメサコリン吸入試験などの追加検査が行われることもあります18。
診断後、治療を開始する前の重症度は、日中および夜間の症状の頻度や日常生活への影響度に基づいて分類されます。伝統的に「軽症間欠型」「軽症持続型」「中等症持続型」「重症持続型」の4段階に分類されることが一般的です18。この初期分類は、治療の出発点を決定する上で有用です。しかし、治療が開始された後は、この静的な重症度分類よりも、現在の治療によってどの程度症状が抑えられているか、すなわち「コントロール状態」の評価がより重要となります2。
2.2. 治療ステップと段階的薬物療法
喘息治療は固定的なものではなく、「ステップワイズアプローチ(段階的薬物療法)」と呼ばれる動的な戦略が採用されます。これは、喘息がコントロール不良であれば治療を強化(ステップアップ)し、良好なコントロールが一定期間(通常3ヶ月以上)維持できれば治療の軽減(ステップダウン)を慎重に検討するという、柔軟な原則です2。以下の表は、日本の診療ガイドラインに準拠した成人喘息の治療ステップの概要を示したものです2。
治療ステップ | 長期管理薬(基本治療) | 追加・併用療法 | 発作治療薬 |
---|---|---|---|
ステップ1 | 低用量 吸入ステロイド薬(ICS) | (必要に応じて)ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)など | 短時間作用性β2刺激薬(SABA) |
ステップ2 | 低~中用量 ICS | 長時間作用性β2刺激薬(LABA)*、長時間作用性抗コリン薬(LAMA)、LTRAなどから1剤以上併用 | SABA または SMART/MART療法 |
ステップ3 | 中~高用量 ICS | LABA*、LAMA、LTRAなどから1剤以上併用 | SABA または SMART/MART療法 |
ステップ4 | 高用量 ICS | LABA*、LAMA、LTRAなどに加え、抗IgE抗体、抗IL-5/5R抗体、抗IL-4R抗体などの生物学的製剤、経口ステロイド薬などを複数併用 | SABA |
出典: 参考文献2に基づき作成。 *LABAはICSとの配合剤の使用が推奨される。 |
この表は、喘息治療の論理的な進行を示しています。まずICSが治療の土台となり(ステップ1)、コントロールが不十分な場合にLABAが追加され(ステップ2)、それでも不十分ならICSの増量や他の薬剤の追加(ステップ3)、さらには生物学的製剤などのより専門的な治療(ステップ4)へと進みます13。この構造を理解することは、患者が自身の治療の位置づけを把握し、主治医との対話を深める上で極めて有益です。
第3部:吸入デバイスの科学:最適な器具の選び方
喘息治療の成否は、処方される「薬剤(what)」だけでなく、それを肺の奥深くまで確実に届けるための「器具(how)」、すなわち吸入デバイスに大きく左右されます。
3.1. デバイスの種類と特徴
吸入デバイスは、その作動原理によって主に3つのタイプに大別されます。
- pMDI (加圧式定量噴霧吸入器 – Pressurized Metered-Dose Inhaler): 薬剤を液化ガス(噴射剤)と共に加圧容器に充填し、ボタンを押すことで一定量の薬剤を霧状(エアゾル)に噴霧する、最も古典的なタイプの吸入器です6。サルタノールインヘラー15やキュバール4などがこれに該当します。このデバイスの鍵は、容器を押すタイミングと、息を吸い込むタイミングを正確に合わせる「同調」操作です19。
- DPI (ドライパウダー吸入器 – Dry Powder Inhaler): 薬剤を微細な粉末の形で保持し、噴射剤は用いません。患者自身の吸気力(息を吸い込む力)を利用して粉末を吸い上げる仕組みです6。タービュヘイラー(シムビコート11など)、ディスカス/アキュヘラー(セレタイド10など)、エリプタ(レルベアなど)といった多様な製品があります。このデバイスでは、速く、深く、力強い吸気が求められます19。
- SMI (ソフトミスト吸入器 – Soft Mist Inhaler): 噴射剤を使わず、機械的な力を利用して薬剤溶液を2つの微細なノズルから衝突させ、ゆっくりと進む柔らかい霧(ソフトミスト)を発生させる比較的新しい技術です20。代表例はレスピマット(スピリーバなど)です。霧の速度が遅いため、pMDIのような厳密な同調は不要で、吸い込みやすいという特徴があります22。
3.2. デバイス選択の決め手:患者要因の考慮
学術誌に掲載されたレビュー論文でも指摘されているように、「唯一最高のデバイス」というものは存在せず、個々の患者に最も適したデバイスを選択することが重要です23。医師は以下のような多様な患者要因を総合的に評価してデバイスを決定します。
- 年齢: 幼い小児(一般に5〜6歳未満)や一部の高齢者は、pMDIの同調操作や、DPIに必要な強い吸気力を確保することが難しい場合があります3。
- 身体・認知機能: カプセルの充填やボタンを押すための指の力、吸入操作の複数の手順を理解し実行する認知能力などが考慮されます23。
- 呼吸機能: 重度の気流閉塞がある患者では、DPIの粉末を十分に吸い上げるだけの吸気流速を得られない可能性があります21。その場合、pMDIと後述するスペーサーの組み合わせや、SMIがより良い選択肢となり得ます26。
- 患者の好みと生活習慣: 携帯性、操作の簡便さ、薬剤の味といった要素も、治療を継続する上でのアドヒアランスに大きく影響するため、患者と医師が共同で意思決定を行うことが推奨されます2325。
デバイスタイプ | 吸入方法 | 長所 | 短所 | 適した患者像 |
---|---|---|---|---|
pMDI | ゆっくり深く | 小型で携帯性に優れる。多くの薬剤で利用可能。 | 噴霧と吸気の同調が必須。同調が難しいと効果が激減する。 | 吸入手技の同調が確実にできる患者。スペーサー併用で小児や高齢者にも適用可。 |
DPI | 速く深く | 同調が不要。残量カウンターが見やすいものが多い。 | 十分な吸気力が必要。湿気に弱い。デバイスに息を吹き込むと失敗する。 | 強い吸気が可能な患者。pMDIの同調が苦手な患者。 |
SMI | ゆっくり深く | 噴霧速度が遅く、同調が容易。少ない吸気力でも吸入可能。 | デバイスの準備(初回セットアップ)がやや複雑な場合がある。 | pMDIの同調やDPIの強い吸気が困難な患者。高齢者。 |
出典: 参考文献6に基づき作成。 |
第4部:吸入療法の効果を最大化する技術
どれほど優れた薬剤とデバイスが処方されても、その効果を最大限に引き出すためには、正しい吸入技術の習得が不可欠です。不適切な手技は、薬剤が肺に届かず、治療効果の低下や副作用の増大につながります。
4.1. デバイス別・正しい吸入方法の完全ガイド
すべてのデバイスに共通する基本手順として、①準備(残量確認、必要なら振る)、②息を完全に吐き出す(デバイスから顔をそむけて)、③吸入口をしっかりくわえる、④5〜10秒間息を止める、⑤吸入後にうがいをする、という5つのステップがあります19。
pMDIの正しい手順
- キャップを外し、懸濁性製剤の場合は容器をよく振ります4。
- デバイスから顔をそむけ、息を完全に吐き切ります。
- 吸入口を唇でしっかりとくわえ、ゆっくりと深く息を吸い始めるのと同時に、容器の底を1回だけ、しっかりと押し込みます19。
- 息を止められる限界まで、ゆっくりと吸い続けます。
- 吸入器を口から離し、5〜10秒間、息を止めます20。
DPIの正しい手順
- 薬剤をセットします(例:タービュヘイラーなら回転グリップをカチッと音がするまで回す、ディスカスならレバーをスライドさせる)19。セット後はデバイスを振ったり傾けたりしないように注意します。
- デバイスに息がかからないように注意しながら、息を完全に吐き切ります。これを怠ると、湿気で粉末が固まり吸入できなくなります19。
- 吸入口をしっかりとくわえ、「速く、深く、一気に」息を吸い込みます19。
- 吸入器を口から離し、5〜10秒間、息を止めます19。
SMIの正しい手順(T.O.P.と覚える)
- T (Turn): 透明なケースをカチッと音がするまで回して薬剤をセットします19。
- O (Open): キャップを開けます19。
- 息を完全に吐き切ります。
- P (Press): 吸入口をくわえ、ゆっくりと深く息を吸いながら、噴霧ボタンを押します19。
- 吸入器を口から離し、5〜10秒間、息を止めます19。
4.2. 吸入補助器具の活用:スペーサーとネブライザー
スペーサー (Spacer)
機能: pMDIの吸入口に取り付ける筒状またはチャンバー状の器具です。噴霧された薬剤のエアロゾルを一時的に内部に溜めることで、噴霧と吸気のタイミングを合わせるという難しい操作を不要にします4。
利点: 薬剤の肺への到達率を著しく高める一方で、口腔内や喉への付着を大幅に減らすことができます。これにより、カンジダ症や声がれといった局所的な副作用を軽減する効果も期待できます29。
対象: pMDIの同調操作が難しい小児や高齢者にとって特に有用ですが、すべてのpMDI使用者が恩恵を受けられるとされています22。日本では、特定の条件を満たす65歳以上の患者に対して保険適用となる場合があります31。
ネブライザー (Nebulizer)
機能: 液体の薬剤をコンプレッサーや超音波を用いて細かい霧状にし、マスクやマウスピースを通して数分かけて吸入する装置です22。
対象: 乳幼児、重症発作時の患者、または身体的な理由で手持ち式の吸入器が使用できない場合に用いられます。自然な呼吸で吸入が可能であり、高用量の薬剤投与にも対応できるという利点があります2232。
4.3. 副作用の予防と管理:吸入後の「うがい」の絶対的な重要性
吸入療法の成功は、薬剤を肺に届けることだけで完結しません。近畿中央呼吸器センターの吸入指導マニュアルによると、吸入した薬剤の大部分(約80%)は、標的である肺ではなく、口腔内や咽頭部に付着するとされています5。この残留薬剤が、様々な副作用の主な原因となります。
- 吸入ステロイド薬(ICS)の場合: 口腔内に残ったステロイドが局所の免疫を抑制し、口腔カンジダ症(口の中にできる白い苔のようなカビ)や嗄声(させい:声がれ)を引き起こす可能性があります533。
- β2刺激薬の場合: 口腔粘膜から吸収されることで、動悸や手の震えといった全身性の副作用の原因となり得ます5。
これらの副作用を確実に防ぎ、安全な治療を長期的に継続するためには、吸入後の「うがい」が極めて重要です。効果的な吸入療法は、「① 薬剤を肺へ効率的に送達する技術」と、「② 口腔内から残留薬剤を丁寧に取り除く習慣」という、二つの要素が揃って初めて成り立つと言えます。後者の「うがい」を怠ると、副作用によって患者が自己判断で治療を中断してしまい、結果的に喘息のコントロールを著しく悪化させる危険性があります。したがって、「うがい」は単なる推奨事項ではなく、吸入操作そのものと一体となった、治療に不可欠なプロセスとして認識すべきです。
うがいの正しい方法
タイミング: 長期管理薬(コントローラー)の吸入直後に行います5。
手順: まず水で口の中をよくすすぐ「ブクブクうがい」を行い、次に上を向いて喉の奥を洗う「ガラガラうがい」を行います。それぞれを数回ずつ、丁寧に行うことが推奨されます5。
代替策: うがいが困難な場合は、口をすすいでその水を飲み込む、あるいは食前に吸入して食事と一緒に洗い流す、といった方法も有効とされています535。
第5部:自己管理の要:喘息アクションプランの作成と活用
喘息は日によって、また季節や環境によって状態が変動する疾患です。そのため、患者自身が主体的に日々の管理に参加することが、良好なコントロールを長期的に維持する上で不可欠の鍵となります。そのための最も強力なツールが「喘息アクションプラン」です。
5.1. アクションプランの概念と構造
喘息アクションプランとは、主治医と患者が共同で作成する、個別の書面による行動計画書です37。この計画書には、日々の基本的な管理方法、症状が悪化し始めた際の具体的な対処法、そしてどのような場合に緊急の医療介入が必要になるかが、明確に記されています。多くの場合、患者が自身の状態を直感的に把握できるよう、症状やピークフローメーターの測定値に基づいて「信号機」のように色分けされたゾーン(グリーン、イエロー、レッド)で構成されています38。
このプランは、単なる指示書ではありません。環境再生保全機構の資料にもあるように、これは医師の専門的な臨床判断を、患者が日々の生活の中で実行可能な「もし~ならば、こうする(if-then)」形式の具体的なアルゴリズムに落とし込んだものです40。例えば、「もし咳が増えてイエローゾーンの基準に該当したら、あらかじめ指示された通りに発作治療薬を追加で使用する」という行動は、患者が自己判断で行う、事前に許可された一時的な治療のステップアップに他なりません。これにより、患者は単なる受動的な服薬者から、自身の慢性疾患を能動的に管理する医療チームの重要なパートナーへと変わることができるのです。
5.2. ゾーン別・具体的な行動計画
米国疾病予防管理センター(CDC)などが推奨するアクションプランは、一般的に以下のゾーンに分けられます41。
グリーンゾーン(安全ゾーン):コントロール良好
- 基準: 症状がないか、あってもごく軽微。日常生活に支障がない。ピークフロー値が自己最良値の80%以上42。
- 行動: 処方された長期管理薬(コントローラー)を指示通りに毎日継続する。既知の悪化因子(アレルゲン、煙など)を避ける38。
イエローゾーン(注意ゾーン):コントロール悪化
- 基準: 咳や喘鳴の増加、夜間の症状による目覚めなど、普段と違う症状が出始める。風邪をひいたとき。ピークフロー値が自己最良値の50〜80%未満38。
- 行動: 毎日使用している長期管理薬に加え、プランに記載された指示通りに発作治療薬(リリーバーまたはSMART/MART療法)を追加で使用する。症状が改善しない場合や、イエローゾーンの状態が24時間以上続く場合は、速やかに主治医に連絡するか、受診する40。
レッドゾーン(危険ゾーン):緊急事態
- 基準: 強い息苦しさで歩行や会話が困難になる。唇や爪が青白い(チアノーゼ)。普段使っている発作治療薬が効かない、または効果が持続しない。ピークフロー値が自己最良値の50%未満38。
- 行動: これは医学的な緊急事態です。直ちにプランに指示された発作治療薬を使用し、ためらわずに救急車を要請する(119番通報)か、医療機関を緊急受診してください40。
よくある質問
吸入器にはたくさんの種類がありますが、どれが一番良いのですか?
「一番良い吸入器」というものは存在しません。最適なデバイスは、患者さん一人ひとりの年齢、吸い込む力(吸気力)、指先の器用さ、生活習慣、そして個人の好みによって異なります23。例えば、吸う力が弱い高齢者や小さなお子様には、ゆっくり吸えるSMI(ソフトミスト吸入器)や、pMDIにスペーサーを付けたものが適している場合があります。一方で、力強く速く吸える方には、操作が簡単なDPI(ドライパウダー吸入器)が合うこともあります。主治医や薬剤師とよく相談し、ご自身が確実に、そして快適に使い続けられるデバイスを選ぶことが最も重要です。
吸入後の「うがい」はなぜそんなに重要なのでしょうか?
症状がない時も、毎日コントローラー(長期管理薬)を吸入しなければいけませんか?
はい、必ず毎日吸入してください。喘息は、症状がない時でも気道に「慢性の炎症」が続いている状態です1。コントローラー(特に吸入ステロイド薬)は、この根本的な炎症を抑えるための薬剤です。症状がないからといって自己判断でやめてしまうと、水面下で炎症が再燃し、突然の大きな発作につながる危険性があります。良好なコントロール状態を維持するためには、症状の有無にかかわらず、医師の指示通りにコントローラーを毎日継続することが不可欠です。
喘息アクションプランは、なぜ必要なのですか?
結論
喘息治療の成功は、単に最新の薬剤や優れたデバイスを導入するだけで達成されるものではありません。本稿で詳述したように、その根底には、喘息を「慢性の炎症性疾患」として正しく理解し、治療の主軸を日々の症状を抑える「長期管理(コントロール)」に置くという、現代医学の基本原則があります。そして、その原則を臨床現場で実践に移すためには、個々の患者に最適化されたデバイスを選択し、その効果を最大限に引き出すための正しい吸入技術と、副作用を確実に予防するための「うがい」という習慣が、車の両輪のように不可欠です。
最終的に、これらの専門的知識を統合し、日々の病状の変動に対応するための信頼できる羅針盤となるのが「喘息アクションプラン」です。このプランは、患者を受動的な治療の受け手から、自らの健康を管理する主体的なパートナーへと変え、医師との強力な協働関係を築くための確固たる基盤となります。
本稿が提供する専門的知識を一つの武器として、患者自身が主治医や薬剤師に的確な質問を投げかけ、ご自身の吸入技術の妥当性を定期的に確認してもらい、そしてパーソナライズされたアクションプランを共に作り上げ、日々の生活の中で実践していくこと。その協働作業こそが、喘息という慢性疾患と生涯にわたって賢く付き合いながら、健やかで制約のない人生を送るための、最も確実な道筋と言えるでしょう。
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