卵管閉塞の兆候：見分けやすいけれど誤解しやすい真実

結論から申し上げますと、医学界の総意として、卵管閉塞そのものに特有の自覚症状は基本的にありません。しかし、あなた様が感じている「サイン」は決して気のせいではありません。それらは、卵管閉塞を引き起こした根本的な原因疾患（例えば、骨盤内の炎症や子宮内膜症）が発している重要な警告なのです。この繊細かつ決定的な違いを理解することが、正しい診断と効果的な治療への最も重要で、最初の一歩となります。

誤解されやすい「兆候」の正体：症状の裏にある医学的真実

多くの方が「卵管閉塞のサイン」として耳にする症状は、実際には卵管そのものではなく、骨盤内で起きている別の問題を示しています。ここでは、それぞれの「兆候」が医学的に何を意味するのかを詳しく解説します。

下腹部の張りや鈍痛

この漠然とした痛みは、卵管が「詰まっている」ことによる直接の痛みではありません。むしろ、骨盤内で起きている炎症や癒着（組織がくっついてしまうこと）のサインである可能性が高いです。主な原因には、子宮内膜に似た組織が子宮の外で増殖し慢性的な炎症を引き起こす「子宮内膜症」や、クラミジア感染症などが原因で生じる「骨盤内炎症性疾患（PID）」があります³。この痛みは、体が発している炎症反応の警告なのです。

おりものの異常・におい

これは非常に分かりやすい警告サインです。普段と違うおりものや不快なにおいは、過去に詰まった卵管の症状ではなく、現在進行形の感染症の典型的な症状です。特にクラミジアや淋菌などの病原体は子宮頸管炎を引き起こし、おりものの変化として現れます。この感染を放置すると、炎症が卵管へと広がり、最終的に癒着や閉塞につながる可能性があります³。したがって、これは直ちに医療機関を受診すべきサインです。

生理痛の悪化や周期の乱れ

月を追うごとにひどくなる生理痛は、子宮内膜症の非常に特徴的な症状です。一方、生理周期の乱れは、多嚢胞性卵巣症候群（PCOS）など、排卵に関わる問題（排卵因子）が原因であることが多いです。これらは卵管の問題とは別ですが、同時に存在することもあり、不妊の原因をより複雑にすることがあります。

性交時の痛み

性交時に感じる奥の方の痛みは、骨盤の深い部分にまで及ぶ子宮内膜症や、炎症によって臓器同士が癒着し、本来の柔軟性が失われているサインである可能性があります³。

1年以上妊活しても妊娠しない

これが最も重要なポイントです。これは卵管閉塞の「症状」ではなく、国際的および日本の医学ガイドラインにおける「不妊症」の臨床的な定義そのものです。避妊せずに定期的な性交渉を1年間（35歳以上の女性では6ヶ月間）続けても妊娠に至らない場合、それは原因を突き止めるための包括的な検査を開始すべき医学的な理由となります。卵管閉塞は、その際に調べるべき多くの可能性の一つに過ぎません。

これらの関係を理解しやすくするために、以下の表にまとめました。

卵管閉塞の根本原因：なぜ詰まるのか？

卵管は、最も狭い部分では内径がわずか1mm程度という、非常に繊細な器官です。この細い管が、なぜ詰まってしまうのでしょうか。その原因は主に「炎症」とそれに続く「瘢痕化（はんこんか）」にあります。

• 骨盤内炎症性疾患（PID）: これは卵管閉塞の最大の原因とされています。特に、性感染症であるクラミジア感染症は、最も警戒すべき「静かなる破壊者」です。報告によっては、卵管性不妊の60%以上がクラミジアに起因するとも言われています。この感染症の恐ろしい点は、女性では明確な症状が出ないまま進行することです。感染は静かに子宮頸部から子宮内膜、そして卵管へと広がり、慢性的な炎症を引き起こします。この炎症が治る過程で瘢痕組織（癒着）が形成され、卵管の繊細な構造を破壊し、詰まらせてしまうのです³。
• 子宮内膜症: 卵管閉塞の二番目に多い原因です。子宮内膜に似た組織が卵巣や卵管の周囲など、本来あるべきでない場所で増殖し、月経周期に合わせて出血と炎症を繰り返します。この慢性的な炎症が、臓器同士をくっつけてしまう強力な癒着を引き起こし、卵管をねじったり、塞いだりしてしまうのです³。
• 腹部・骨盤部の手術歴: 虫垂炎（盲腸）の手術、卵巣嚢腫の手術、あるいは帝王切開など、腹部や骨盤内のいかなる手術も、術後の治癒過程で炎症反応や癒着を引き起こす可能性があります。この癒着が偶然、卵管を巻き込んでしまうことがあるのです³。

不妊症における卵管因子の重要性は非常に高く、日本および国際的なデータによると、女性側の不妊原因のうち20%から40%を占めるとされています⁹。これは、不妊の検査において卵管の状態を評価することがいかに重要であるかを示しています。

これらの原因は一つだけでなく、複数併存することもあります。例えば、子宮内膜症があり、かつ未診断のクラミジア感染の既往がある場合、両方が卵管へのダメージに寄与します。そのため、米国生殖医学会（ASRM）や欧州ヒト生殖医学会（ESHRE）などの主要な医療機関が推奨するように、不妊の評価は排卵因子、子宮因子、男性因子を含めた包括的なものであるべきです⁸。

診断への道のり：疑いから確信へ

卵管閉塞の診断は、不確実な不安から明確な治療計画へと進むための重要な転換点です。

いつ専門医に相談すべきか？

米国かかりつけ医協会（AAFP）やASRMなどの国際的なガイドラインは、年齢に基づいた明確な受診の目安を提示しています。

• 35歳未満の方: 12ヶ月間、避妊せずに定期的な性交渉を持っても妊娠しない場合。
• 35歳から40歳の方: 期間を6ヶ月に短縮して検討すべきです。
• 40歳以上の方、またはリスク因子がある方: 直ちに評価を開始すべきです。リスク因子には、骨盤内炎症性疾患（PID）や子宮内膜症の既往、骨盤内の手術歴などが含まれます。

主な診断方法

卵管の通り具合を調べるための主要な検査方法を比較してみましょう。

卵管造影検査（HSG）の痛みと希望

多くの方がHSGに対して「痛い」という恐怖心を抱いています¹⁰。この痛みは、主に造影剤が詰まっている箇所に圧力をかけることで生じ、生理痛に似た痛みと表現されます。しかし、この不快感を最小限に抑える方法はあります。多くの施設では、検査前に鎮痛剤を服用することを推奨しており、経験豊富な医師はゆっくりと造影剤を注入することで圧力を調整します。さらに、この検査には「ゴールデンパッセージ効果」という希望の側面もあります。造影剤の圧力によって、軽度の詰まりや粘液などが洗い流され、卵管が通りやすくなることがあるのです。HSG後の数ヶ月間、自然妊娠率が向上することが多くの研究で示されています。

治療の選択肢と可能性：あなたに合った道筋

診断が確定したら、次は個々の状況に合わせた治療計画を立てます。治療法の選択は、閉塞の場所と程度、年齢、他の不妊因子の有無、そしてご夫婦の希望によって決まります。

「自然妊娠は可能？」という問い

• 片側だけが詰まっている場合（片側閉塞）: 理論的には、開通している側の卵管から排卵が起これば自然妊娠は可能です。しかし、確率は低下する可能性があります。特に、卵管の出口側（遠位部）が閉塞している場合は、子宮内人工授精（IUI）の成功率が著しく低いことが示されており、より積極的な治療が推奨されることがあります。
• 両側が詰まっている場合（両側閉塞）: 精子と卵子が出会うことが物理的に不可能なため、医学的な介入なしでの自然妊娠は極めて困難です。

主な治療法

1. 手術による再開通治療
   卵管を修理し、自然妊娠や人工授精の可能性を取り戻すことを目指します。
   • 卵管鏡下卵管形成術（FT）: 子宮と卵管のつなぎ目（近位部）の閉塞に非常に有効な低侵襲手術です。子宮口から細い内視鏡を挿入し、風船（バルーンカテーテル）で詰まった部分を広げます。再開通率は80-90%と非常に高く、術後の妊娠率は30%以上と報告されています⁵。
   • 腹腔鏡手術: 卵管の先端（遠位部）の問題に対して行われます。卵管采周辺の癒着を剥がしたり、閉じてしまった卵管采を開いたりします⁵。
2. 体外受精（IVF）：多くの状況における最適な解決策
   IVFは、卵管の機能を完全に「バイパス」する画期的な治療法です。卵子を卵巣から直接採取し、体外で精子と受精させ、育った胚を子宮に戻します⁵。IVFは以下のような場合に最も推奨される選択肢となります。
   • 両側の卵管が重度に損傷しており、手術による修復が困難な場合。
   • 35歳、特に38歳以上の女性。年齢と共に卵子の数と質は急速に低下するため、成功率が不確実な手術に時間を費やすよりも、最も早く効率的に結果を出せるIVFが賢明な選択です。
   • 手術による再開通治療が成功しなかった場合。
   • 重度の男性不妊など、他の不妊因子を併せ持つ場合。

国際的視点と日本の現状

提供される治療法が世界標準であることを知ることは、安心につながります。ASRM（米国）やESHRE（欧州）といった世界のトップ機関は、卵管性不妊に対するIVFの有効性を一致して認めており、特に卵管水腫の事前管理の重要性を強調しています。これらの治療方針は、一部の医師の意見ではなく、世界中の科学的根拠に基づいた標準治療なのです。

日本に目を向けると、不妊は決して珍しい問題ではありません。約4.4組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を経験しており、あなた様は決して一人ではありません。2021年には、日本で生まれた赤ちゃんの約12人に1人が生殖補助医療（ART）によって誕生しています。大きな課題は仕事との両立であり、厚生労働省の調査では、治療のために離職した人が10.9%にも上ることが示されています¹¹。しかし、希望もあります。2022年4月から、体外受精を含む基本的な不妊治療が公的医療保険の適用対象となり、経済的な負担は大幅に軽減されました。

よくある質問