高血圧への冬虫夏草:科学的根拠と安全性を医師が徹底解説
心血管疾患

高血圧への冬虫夏草:科学的根拠と安全性を医師が徹底解説

日本の「国民病」とも呼ばれる高血圧。日々、医師の指導のもとで治療に励む多くの方が、治療を補う可能性のある選択肢として、伝統的な健康素材である「冬虫夏草」に関心を寄せています。しかし、その期待の裏側で、「本当に効果はあるのか?」「今飲んでいる薬と一緒に使っても安全なのか?」といった切実な疑問や不安を抱えているのも事実です。この記事は、JHO編集委員会が最新の科学的知見と専門家の視点に基づき、そうした皆様の疑問に真摯に答えるために作成されました。冬虫夏草が高血圧に与える影響の可能性とその科学的根拠、そして何よりも重要な安全性と注意点について、深く、そして公平に掘り下げていきます。


この記事の科学的根拠

この記事は、ご提供いただいた研究報告書に明示された、最高品質の医学的根拠のみに基づいて作成されています。提示される医学的指針は、以下の実際に参照された情報源とその直接的な関連性に基づいています。

  • 日本高血圧学会 (JSH): 本記事における日本の標準的な高血圧治療に関する指針は、同学会の「高血圧治療ガイドライン2019」および関連資料に基づいています。1
  • 厚生労働省 (MHLW): 日本における高血圧の有病率や現状に関する記述は、同省が発表した「国民健康・栄養調査」の公式データに基づいています。2
  • Cochrane共同計画: 冬虫夏草の臨床的証拠の質と限界に関する議論は、信頼性の高いシステマティックレビューを発表する同組織の報告書を参考にしています。3
  • 日本東洋医学会 (JSOM): 漢方薬との併用に関する安全性、特に甘草含有製剤のリスクについての警告は、同学会の公式な見解に基づいています。4
  • 査読付き学術論文 (PubMed等): 冬虫夏草の作用機序や安全性に関する具体的な科学的データは、PubMedなどに収載されている個別の査読済み研究論文を典拠としています。56

この記事の要点

  • 冬虫夏草には、基礎研究レベルで血圧に影響を与える可能性のある成分(コルジセピン等)が含まれていることが示唆されています。
  • しかし、ヒトに対する明確な降圧効果を証明した質の高い臨床研究は、現時点では限定的であり、「高血圧に効く」と断言できる段階にはありません。
  • 最も注意すべきは安全性です。特に、抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)や降圧薬との相互作用、品質の低い製品による健康被害の危険性があります。
  • 冬虫夏草は、日本の標準的な高血圧治療(生活習慣の改善や処方薬)に取って代わるものでは決してありません。
  • 使用を検討する場合は、必ず事前にかかりつけの医師や薬剤師に相談し、自己判断での使用や治療の中断は絶対に行わないでください。

高血圧は日本の「国民病」- あなたの疑問に答えます

厚生労働省が実施した令和5年(2023年)の国民健康・栄養調査によれば、日本の成人における高血圧の有病率は依然として高く、まさに「国民病」と呼ぶべき健康課題です。2 このような状況の中、多くの方が日々の血圧管理に真剣に取り組んでいます。西洋医学による標準治療が基本である一方、古くから伝わる冬虫夏草のような伝統的な素材が、健康維持に役立つのではないかと期待する声も聞かれます。しかし、その期待は科学的な裏付けに基づいているのでしょうか?そして、現在受けている治療との両立は可能なのでしょうか?

本記事の目的は、高血圧に悩む方々やそのご家族が、冬虫夏草について氾濫する情報に惑わされることなく、科学的根拠に基づいた冷静な判断を下せるよう支援することです。冬虫夏草を標準治療の代替ではなく、あくまで「補完的な選択肢」として検討するための、正確で信頼できる情報を提供します。


冬虫夏草とは?伝統生薬から科学的研究の対象へ

冬虫夏草は、特定の昆虫に寄生するキノコの一種で、伝統的な東洋医学において古くから滋養強壮や健康維持のために用いられてきました。現代では、主に天然の「コルディセプス・シネンシス(Cordyceps sinensis)」と、人工培養が可能な「コルディセプス・ミリタリス(Cordyceps militaris、サナギタケ)」の二種類が知られています。これらのキノコには、コルジセピンアデノシン、そして多糖類(ポリサッカライド)といった、様々な生理活性を持つ可能性のある化合物が含まれており、世界中の科学者による研究の対象となっています。7


高血圧に対する冬虫夏草の「可能性」:科学的根拠の現在地

冬虫夏草が高血圧に良いという話は、どこまで科学的に検証されているのでしょうか。ここでは、研究室レベルでの有望な発見から、人間での臨床試験の現状まで、証拠の段階を追って公平に解説します。

基礎研究・動物実験で示唆される作用機序(メカニズム)

最新の基礎研究では、冬虫夏草が血圧を調節する体内の仕組みに影響を与える可能性が示唆されています。これは非常に興味深い発見ですが、あくまで「可能性」の段階であることを理解することが重要です。

  • アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害作用
    一部の降圧薬と同じ作用機序として、ACEの働きを阻害する可能性が指摘されています。2022年に学術誌『Life (Basel)』に掲載された研究では、コルディセピンを豊富に含むコルディセプス・ミリタリスの抽出物が、試験管内(in vitro)でACEの活性を阻害したと報告されました。5 ACEは血圧を上昇させる物質(アンジオテンシンII)の生成に関わるため、この酵素を阻害することは血圧降下に繋がる可能性があります。
  • レニン・アンジオテンシン系や他の因子への影響
    動物実験のレベルでは、さらに具体的なメカニズムが探求されています。2015年の研究では、高血圧自然発症ラットを用いた実験で、コルディセプス・シネンシスから抽出された多糖類が、血管を拡張させる一酸化窒素(NO)の放出を促し、同時に血管を収縮させるエンドセリン-1やアンジオテンシンIIの濃度を低下させることで、血圧を下げた可能性が示されました。6

ヒト臨床試験の現状:なぜ「効果あり」と断言できないのか?

前述のようなメカニズムは有望に見えますが、それがそのまま人間にも当てはまるわけではありません。高血圧の治療薬として承認されるためには、多くの人々を対象とした質の高い臨床試験で、有効性と安全性が厳格に証明される必要があります。冬虫夏草の現状はどうでしょうか。

結論から言えば、現時点で、冬虫夏草が高血圧患者の血圧を有意に下げることを示した、大規模かつ質の高いランダム化比較試験(RCT)は不足しています。

例えば、信頼性の高いシステマティックレビューで知られるCochrane共同計画は、慢性腎臓病(高血圧の主要な合併症の一つ)に対する冬虫夏草の使用を評価した際、既存の臨床試験の質が全体的に低いと結論付けています。3 これは、研究デザインの問題、参加人数の少なさ、結果のばらつきなどが原因であり、確固たる推奨を行うには証拠が不十分であることを意味します。高血圧そのものを対象とした研究も同様の課題を抱えており、「効果がある」と断言することは科学的に不誠実と言わざるを得ません。


【最重要】冬虫夏草を利用する前の安全性の確認

どのような健康食品やサプリメントであっても、安全性の確認が最優先事項です。特に、すでに何らかの病気の治療を受けている方にとって、冬虫夏草の利用は決してリスクがないわけではありません。

一般的な副作用と品質の問題

冬虫夏草の摂取により、一部の人に胃の不快感、吐き気、下痢などの消化器症状や、アレルギー反応が報告されることがあります。また、非常に稀ですが、薬物性肝障害のような重篤な副作用が報告された事例も存在します。8

さらに深刻なのは、製品の品質問題です。規制が医薬品ほど厳しくないため、市場には品質が不確かな製品も流通しています。汚染された土壌で栽培されたものには、鉛やヒ素などの重金属が含まれている危険性も指摘されており、消費者が信頼できる製造元から製品を選ぶことが極めて重要です。9

薬との飲み合わせ(相互作用)のリスク

現在、高血圧やその他の疾患で薬を服用している方にとって、薬物相互作用は最も警戒すべきリスクです。

警告:薬を服用中の方は、冬虫夏草を摂取する前に必ず医師・薬剤師にご相談ください。

自己判断での併用は、予期せぬ健康被害を招く可能性があります。特に以下の薬を服用中の方は注意が必要です。

  • 抗凝固薬・抗血小板薬(血液をサラサラにする薬)
    冬虫夏草には血液凝固を遅らせる作用がある可能性が示唆されています。10 そのため、ワルファリン(ワーファリン)、クロピドグレル(プラビックス)、アスピリンなどの薬と併用すると、薬の効果を増強してしまい、出血のリスク(皮下出血、鼻血、歯茎からの出血など)が高まる恐れがあります。
  • 降圧薬
    理論上、もし冬虫夏草に血圧を下げる作用がある場合、アムロジピン(アムロジン、ノルバスク)やロサルタン(ニューロタン)などの降圧薬と併用することで、血圧が下がりすぎてしまう「過度の降圧」を引き起こす可能性があります。11 めまいやふらつき、失神などに繋がる危険性があり、血圧の慎重なモニタリングが不可欠です。
  • 免疫抑制剤や血糖降下薬など
    その他、免疫系の働きや血糖値に影響を与える可能性があるため、関連する薬を服用している方も必ず専門家への相談が必要です。

漢方薬の落とし穴:甘草(カンゾウ)含有処方による血圧上昇

意外な落とし穴として、他に合わせて飲んでいる漢方薬が血圧に影響するケースがあります。日本東洋医学会は、甘草(カンゾウ)を含む漢方薬の長期服用により、「偽アルドステロン症」という副作用が起こり得ることを警告しています。4 これは、体内に水分やナトリウムが溜まり、カリウムが失われることで、むくみや高血圧を引き起こす状態です。冬虫夏草自体とは別の問題ですが、健康のために良かれと思って複数のものを併用する際には、こうした複合的なリスクも念頭に置く必要があります。


日本における高血圧治療の基本:専門家の視点

冬虫夏草の位置づけを正しく理解するために、日本における現代の高血圧治療の基本を知っておくことが不可欠です。日本高血圧学会(JSH)が発行する「高血圧治療ガイドライン」では、以下の二本柱で治療を進めることが推奨されています。1

  1. 生活習慣の修正(治療の土台)
    減塩(1日6g未満を目指す)、野菜や果物の積極的な摂取、適度な運動(有酸素運動を中心に週150分以上)、適正体重の維持、節酒、禁煙が基本となります。これらは薬物治療の効果を高める上でも極めて重要です。
  2. 降圧薬による薬物治療
    生活習慣を修正しても血圧が目標値まで下がらない場合、薬物治療が開始されます。主に使われるのは、ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)、カルシウム拮抗薬(CCB)、ACE阻害薬、利尿薬などです。これらの薬は、大規模な臨床試験によって心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントを予防する効果が証明されています。

専門家の視点から見れば、冬虫夏草のようなサプリメントは、これらの科学的に確立された治療法の「代替」にはなり得ません。治療の基本はあくまで医師の指導のもとでの生活習慣の修正と、必要に応じた降圧薬の服用です。


よくある質問 (FAQ)

Q1: 降圧薬を中止して、冬虫夏草だけで血圧を管理しても良いですか?

回答:絶対にやめてください。医師の指示なく降圧薬を自己判断で中止することは、血圧の急激な上昇を招き、脳卒中や心筋梗塞などの深刻な事態を引き起こす可能性があり、非常に危険です。前述の通り、冬虫夏草が降圧薬の代わりになるという科学的証拠はありません。必ず医師の治療計画に従ってください。

Q2: 安全な冬虫夏草の摂取量や選び方はありますか?

回答:高血圧に対する標準的な摂取量というものは確立されていません。研究によって用いられる量も様々です。重要なのは、摂取量よりもまず、信頼できるメーカーの製品を選ぶことです。製品のウェブサイトなどで、品質管理体制(例:重金属検査の有無)や成分含有量に関する情報が開示されているかを確認しましょう。そして、どのような製品であっても、使用を開始する前には必ずその製品情報を医師や薬剤師に見せ、相談することが不可欠です。日本の「機能性表示食品」制度1213は、国の審査を受けた「特定保健用食品(トクホ)」とは異なり、事業者の責任で科学的根拠を届け出る制度であることも知っておくと良いでしょう。


結論:高血圧管理における冬虫夏草の賢明な位置づけ

冬虫夏草は、その生物学的な可能性において非常に興味深い天然素材です。しかし、高血圧管理という観点から見ると、その位置づけは極めて慎重であるべきです。基礎研究レベルでの有望なメカニズムは存在するものの、人間における明確な降圧効果を示す質の高い証拠は依然として不足しています。一方で、医薬品との相互作用や品質問題といった安全性に関するリスクは現実に存在します。

したがって、最も賢明なアプローチは、冬虫夏草を「治療薬」ではなく、あくまで「可能性を秘めた健康素材の一つ」として捉え、科学的に確立された標準治療を最優先することです。もし使用を検討するならば、それは必ずかかりつけの医師や薬剤師とのオープンな対話を経てからであるべきです。あなたの健康を守る上で、自己判断ほど危険なものはありません。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスを構成するものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 日本医師会. かかりつけ医の高血圧症管理. 2024. [インターネット]. [引用日: 2025年7月22日]. Available from: https://www.med.or.jp/dl-med/jma/nichii/zaitaku/2024kakari/2024kakari_06.pdf
  2. 厚生労働省. 令和5年 国民健康・栄養調査結果の概要. [インターネット]. [引用日: 2025年7月22日]. Available from: https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2024/010819.php
  3. Wang Y, Wang J, Wang Y, He J, Liu Y, Zhang L. Cordyceps sinensis (a traditional Chinese medicine) for treating chronic kidney disease. Cochrane Database Syst Rev. 2023 Dec 13;12(12):CD008353. doi: 10.1002/14651858.CD008353.pub3. PMID: 38090595; PMCID: PMC10632742. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10632742/
  4. 日本東洋医学会. 高血圧治療ガイドライン 2019. [インターネット]. [引用日: 2025年7月22日]. Available from: http://www.jsom.or.jp/medical/ebm/cpg/pdf/Issue/TypeB/20190425.pdf
  5. Koh JH, Kim JM, Chang UJ, Suh HJ. Cordyceps militaris Inhibited Angiotensin-Converting Enzyme through Molecular Interaction between Cordycepin and ACE C-Domain. Life (Basel). 2022 Sep 13;12(9):1450. doi: 10.3390/life12091450. PMID: 36143487; PMCID: PMC9505812. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9505812/
  6. Gong M, Zhu H, Wang Y, Liu G, Wang M. Therapeutic efficacy of a polysaccharide isolated from Cordyceps sinensis on hypertensive rats. Int J Biol Macromol. 2015 Dec;81:957-61. doi: 10.1016/j.ijbiomac.2015.09.060. Epub 2015 Oct 1. PMID: 26432374. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26432374/
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