統合失調症のすべて:症状・原因から最新治療、家族の支え、社会復帰まで【2025年版・専門家監修】
精神・心理疾患

統合失調症のすべて:症状・原因から最新治療、家族の支え、社会復帰まで【2025年版・専門家監修】

統合失調症は、かつて「精神分裂病」と呼ばれていましたが、その名称がもたらす誤解や偏見をなくし、病気への正しい理解を促進するため、2002年に日本精神神経学会によって「統合失調症」へと変更されました1。これは、単なる名前の変更ではなく、この病気が「精神機能の統合が失調する状態」であることを的確に表現し、社会全体の理解を深めるための重要な一歩でした。この記事では、JHO編集委員会が最新の科学的根拠と専門家の知見に基づき、統合失調症の基本的な知識から、最新の治療法、そしてご本人とご家族が利用できる日本の公的支援制度、社会復帰への具体的な道筋まで、包括的かつ詳細に解説します。これは、病気と向き合うすべての方々にとって、信頼できる唯一無二の羅針盤となることを目指すものです。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下に示すのは、参照された実際の情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性のみを含むリストです。

  • 世界保健機関(WHO): この記事における統合失調症の世界的な有病率(約300人に1人)や、回復可能であるという基本的な考え方に関する記述は、WHOが発行したファクトシートに基づいています2
  • 日本神経精神薬理学会 (JSNP) & 日本臨床精神神経薬理学会 (JSCNP): 薬物療法に関する詳細な記述、特に日本国内での治療選択肢や副作用管理については、これらの学会が共同で作成した「統合失調症薬物治療ガイドライン2022」を主要な根拠としています3
  • 米国精神医学会 (APA): 治療の国際標準、特に薬物療法と心理社会的治療の組み合わせの重要性に関する推奨は、APAが発行した実践ガイドラインに基づいています4
  • The Lancet & JAMA Psychiatry: 統合失調症の原因、神経生物学、遺伝的要因に関する最新の科学的知見は、これらの世界的に権威のある医学雑誌に掲載された総説論文を参考にしています56
  • 厚生労働省 (MHLW): 日本国内の患者数、公的支援制度(自立支援医療、精神障害者保健福祉手帳など)に関する具体的かつ実用的な情報は、厚生労働省が公開している公式文書や統計データに完全に基づいています78

要点まとめ

  • 統合失調症は、思考、感情、行動に影響を及ぼす脳の機能障害であり、適切な治療と支援によって多くの人が回復し、充実した生活を送ることが可能です2
  • 症状は、幻覚や妄想などの「陽性症状」、意欲低下や感情の平板化などの「陰性症状」、そして注意力や記憶力の問題である「認知機能障害」の三つに大別されます9
  • 治療の基本は、薬物療法と心理社会的療法(リハビリテーション)の組み合わせです。近年では、従来のドパミン仮説を超え、副作用の少ない新薬の研究も進んでいます103
  • 家族の理解と適切な対応は、ご本人の回復に不可欠です。非難せず、根気強く耳を傾ける姿勢が信頼関係の再構築につながります11
  • 日本には、「自立支援医療制度」による医療費負担の軽減、「精神障害者保健福祉手帳」による生活支援、「就労移行支援」による社会復帰のサポートなど、手厚い公的支援制度が存在します7812

統合失調症とは?―現代医学の理解

統合失調症は、決して珍しい病気ではありません。しかし、その複雑さから多くの誤解にさらされてきました。ここでは、現代医学がこの病気をどのように理解しているのか、その基本から解説します。

1.1. 統合失調症の基本的な定義

世界保健機関(WHO)や米国国立精神衛生研究所(NIMH)などの権威ある機関によると、統合失調症は、思考、知覚、感情、言語、自己の感覚、および行動に歪みをもたらす、慢性的で重篤な精神障害と定義されています213。これは脳の機能的な障害であり、本人の性格や意志の弱さが原因ではありません。この病気は、現実との接触を失わせる可能性があり、日常生活や社会生活に大きな影響を及ぼすことがあります。しかし、最も重要なことは、これが治療可能な病気であるという点です。

1.2. 「精神分裂病」からの名称変更の背景

前述の通り、日本においてこの病名は2002年に「精神分裂病」から「統合失調症」へと変更されました1。この背景には、「分裂」という言葉が人格の分裂といった誤ったイメージを助長し、強い偏見(スティグマ)を生んでいるという社会的な認識がありました。厚生労働省や日本精神神経学会は、新しい名称である「統合失調症」が、思考や感情といった精神機能の「統合」が「失調」する状態、つまり脳内の様々なネットワークの連携がうまくいかなくなるという病気の本質をより正確に反映していると考えています。この名称変更は、患者さんやご家族が抱える社会的な不利益を軽減し、より早期の受診と適切な治療につなげることを目的とした、重要な社会改革でした。

1.3. 有病率:世界と日本のデータ

統合失調症は、文化や人種、社会経済的地位に関わらず、世界中で見られる病気です。世界保健機関(WHO)は、世界の成人人口のうち約2,400万人、つまりおよそ300人に1人がこの病気に罹患していると報告しています2。権威ある医学雑誌『The Lancet』に掲載された総説によれば、生涯有病率はおよそ100人に1人とする報告もあります5

日本国内に目を向けると、厚生労働省の患者調査などのデータから、約79万2千人の方々が統合失調症の治療を受けていると推計されています14。これは日本の人口に換算すると約120人に1人となり、決して稀な病気ではないことがわかります。これらのデータは、統合失調症が誰にとっても身近な健康問題であり、正しい知識を持つことが極めて重要であることを示しています。


統合失調症の症状:三つの主要なカテゴリー

統合失調症の症状は多様であり、個人差も大きいですが、大きく分けて「陽性症状」「陰性症状」「認知機能障害」の三つのカテゴリーに分類されます。これらの症状を正しく理解することは、ご本人と周囲の人々が病気と向き合うための第一歩となります。

2.1. 陽性症状(本来はないものが出現する症状)

陽性症状とは、健康な状態では見られないような体験が「付け加わる」形で現れる症状です。非常に目立ちやすく、周囲が病気に気づくきっかけとなることが多いです15

  • 幻覚(特に幻聴): 現実には存在しないものを感覚として知覚することです。最も多いのは、自分の悪口や噂、命令するような声が聞こえる「幻聴」です9。ご本人にとっては紛れもない現実であり、その声に返事をしたり、怯えたりすることがあります。
  • 妄想: 明らかに事実とは異なることを強い確信をもって信じ込むことです。「誰かに監視されている、狙われている」(被害妄想)、「テレビやネットが自分のことを言っている」(関係妄想)、「自分には特別な力がある」(誇大妄想)などが代表的です15。周囲が訂正しようとしても、本人の考えを変えることは非常に困難です。
  • 思考・会話の障害: 考えにまとまりがなくなり、話があちこちに飛んでしまい、会話のつじつまが合わなくなることがあります(連合弛緩)。また、話が支離滅裂になったり、独り言が増えたりすることもあります。

2.2. 陰性症状(本来あるべき機能が失われる症状)

陰性症状は、健康な時に持っていた感情や意欲などが「失われる」形で現れる症状です。陽性症状ほど目立たないため、周囲からは「怠けている」「やる気がない」と誤解されがちですが、これも病気の核となる症状の一つです16

  • 意欲の低下(無為): 何かをする気力が湧かず、一日中ぼんやりと過ごしたり、身の回りのこと(入浴、着替えなど)に関心がなくなったりします。
  • 感情の平板化: 喜怒哀楽といった感情の表現が乏しくなり、表情が硬く、声の抑揚も少なくなります。周囲で何が起きていても無関心に見えることがあります。
  • 社会的引きこもり: 人と関わることを避け、自室に閉じこもりがちになります。これは対人関係への不安や意欲の低下が原因です。

2.3. 認知機能障害

認知機能障害は、記憶力、注意力、計画を立てて実行する能力(実行機能)などが低下する症状です17。この障害は、陽性症状や陰性症状と並んで、社会生活や職業生活を送る上での大きな困難の原因となります。

  • 注意力・集中力の低下: ひとつのことに集中し続けるのが難しくなり、本を読んだり、人の話を最後まで聞いたりすることが困難になります。
  • 記憶力の問題: 新しいことを覚えたり、過去の出来事を思い出したりするのが苦手になります。
  • 実行機能の障害: 物事の段取りを考え、計画的に行動することが難しくなります。料理や買い物など、日常的な作業にも影響が出ることがあります。

統合失調症の原因:遺伝と環境の複雑な相互作用

「なぜ、統合失調症になるのか?」これは、多くの患者さんやご家族が抱く切実な問いです。現代医学では、統合失調症は単一の原因で発症するのではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています15

現在最も有力なのは、**「脆弱性ストレスモデル」**という考え方です18。これは、生まれ持った遺伝的な要因(脆弱性)に、人生の様々な段階で経験する環境的な要因(ストレス)が加わることで、発症の引き金が引かれるというモデルです。

遺伝的要因については、家族に統合失調症の方がいる場合、いない場合に比べて発症する可能性が高まることが知られています。しかし、これは運命を決定づけるものではありません。医学雑誌『The Lancet』に掲載された研究によれば、統合失調症は多くの遺伝子が関与する「多因子遺伝性疾患」であり、特定の遺伝子一つが原因ではないことが分かっています5。一卵性双生児(遺伝情報が100%同じ)の一方が発症した場合でも、もう一方が発症する確率は50%程度であり、遺伝だけでは説明できないことが明らかです。

環境的要因としては、周産期の合併症、都市部での生育、社会的な逆境、心理的なストレス、大麻などの薬物使用などが発症の危険性を高める可能性が指摘されています5

ここで極めて重要なことは、**「家族の育て方が原因ではない」**ということです16。かつては誤った説も存在しましたが、現在では明確に否定されています。ご家族が「自分のせいだ」と自らを責めることは、全く必要ありません。


統合失調症の治療:包括的アプローチの重要性

統合失調症の治療は、近年大きく進歩しています。適切な治療を受けることで、多くの人が症状をコントロールし、自分らしい生活を取り戻すことが可能です。治療の成功には、薬物療法と心理社会的療法を組み合わせた包括的なアプローチが不可欠です。

4.1. 治療の基本原則:薬物療法と心理社会的治療の組み合わせ

日本国内の治療指針である「統合失調症薬物治療ガイドライン2022」3や、米国のAPAガイドライン4、さらには国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の指針19など、国内外のすべての権威ある機関が、薬物療法と心理社会的療法(リハビリテーション)の組み合わせを治療の基本原則として推奨しています。薬物療法が症状の生物学的な側面に働きかける一方で、心理社会的療法は、ご本人が病気と上手につきあい、社会生活を送るためのスキルを身につける手助けをします。この二つの柱が揃って初めて、真の回復への道が開かれます。

4.2. 薬物療法:最新の知見と選択肢

薬物療法は、特に幻覚や妄想といった陽性症状を軽減する上で中心的な役割を果たします。

  • 抗精神病薬の役割と種類: 治療の主役となるのは「抗精神病薬」です。これは脳内の神経伝達物質(特にドパミン)のバランスを調整することで効果を発揮します。新しい世代の薬(非定型抗精神病薬)は、従来の薬に比べて副作用が少ないとされていますが、個々の患者さんに最適な薬を見つけるためには、医師との緊密な連携が不可欠です。
  • 最新の研究動向:ドーパミン仮説を超えて(ムスカリン作動薬など): 近年の研究は、従来の「ドパミン仮説」だけでは説明できない側面にも光を当てています。特に注目されているのが、ムスカリン受容体という別の神経伝達システムに作用する新しいタイプの薬剤です。『Psychiatric Times』や『JAMA Psychiatry』などの専門誌で報告されているように、キサノメリン(Xanomeline)などのムスカリン作動薬は、陽性症状だけでなく、従来の薬では改善が難しかった陰性症状や認知機能障害にも効果を示す可能性が期待されています106。さらに、体重増加や運動機能への副作用が少ない可能性もあり、治療の新たな選択肢として大きな希望が寄せられています。
  • 副作用とその管理: どんな薬にも副作用の可能性があります。抗精神病薬では、眠気、体重増加、血糖値の上昇、手の震えなどが起こることがあります20。大切なのは、副作用を感じたら自己判断で服薬を中断せず、すぐに主治医に相談することです。医師は、薬の量を調整したり、種類を変更したり、副作用を和らげる薬を追加したりすることで対応します。定期的な血液検査なども、副作用を早期に発見するために重要です。

4.3. 心理社会的療法(リハビリテーション)

薬で症状が安定した後は、失われた機能を取り戻し、社会生活への復帰を目指すためのリハビリテーションが重要になります13

  • 認知行動療法(CBT): 自分の考え方の癖に気づき、それをより柔軟で現実的なものに変えていくことで、妄想や幻聴などの症状による苦痛を和らげることを目指す治療法です。
  • ソーシャルスキルトレーニング(SST): 対人関係のスキル(会話の始め方、頼み事の仕方など)を、ロールプレイングなどの具体的な練習を通して学ぶプログラムです。自信を取り戻し、社会参加を促します。
  • 心理教育: 患者さん自身とご家族が、病気について正しく理解し、症状の管理方法や再発のサインへの対処法を学ぶためのプログラムです。病気への理解は、治療への主体的な参加を促す上で非常に重要です。

【日本在住者向け】家族のサポートと公的支援制度の活用法

統合失調症からの回復の道のりは、ご本人一人の力だけでは困難な場合があります。特に日本では、ご家族のサポートと、国や自治体が提供する公的支援制度を最大限に活用することが、安定した生活と社会復帰への鍵となります。このセクションは、日本の制度に特化した、非常に実用的な情報です。

5.1. 家族ができること:回復を支える8つのコミュニケーション術

ご家族は、ご本人にとって最も身近な支援者です。しかし、どう接すればよいか分からず、途方に暮れてしまうことも少なくありません。大塚製薬が運営する情報サイト「すまいるナビゲーター」などの専門機関は、以下のような具体的なコミュニケーションのヒントを提唱しています11

  1. まずは休養を促す:心と体が疲弊している状態です。無理に励まさず、安心して休める環境を整えましょう。
  2. 病気について理解する:症状や本人の辛さを正しく知ることが、適切なサポートの第一歩です。
  3. 本人の話に耳を傾ける:たとえ話の内容が非現実的でも、否定せずに「そう感じているんだね」と受け止める姿勢が大切です。
  4. 肯定的な言葉で伝える:本人の良い点やできたことに目を向け、具体的に褒めることで自信を育みます。
  5. 感情的な対応を避ける:驚いたり、腹を立てたりせず、冷静に対応することが本人の安心につながります。
  6. プライバシーを尊重する:本人の部屋に無断で入ったり、持ち物を勝手に見たりすることは信頼関係を損ないます。
  7. 本人の力を信じる:過保護になりすぎず、本人ができることは任せ、自立を促す視点を持ちましょう。
  8. 家族自身も相談する:家族だけで抱え込まず、主治医や地域の相談窓口、家族会などを利用し、悩みを分かち合いましょう。

5.2. 医療費の負担を軽減する「自立支援医療制度」

統合失調症の治療は長期間にわたることが多いため、医療費は大きな負担となり得ます。「自立支援医療(精神通院医療)」は、その負担を大幅に軽減するための公的な制度です21

  • 制度の概要とメリット: この制度を利用すると、統合失調症の治療にかかる通院医療費(診察代、薬代、デイケアなど)の自己負担額が、通常3割のところ**原則1割**に軽減されます22。さらに、所得に応じて月間の自己負担上限額が設定されるため、安心して治療を継続できます。
  • 対象者と申請方法: 統合失調症を含む精神疾患により、通院による治療を継続的に必要とする方が対象です。申請には、申請書、医師の診断書、健康保険証、所得を確認できる書類などが必要です。申請窓口はお住まいの市区町村の障害福祉担当課となります23。手続きの詳細は、自治体のウェブサイトや窓口で確認することが重要です。

5.3. 生活を支える「精神障害者保健福祉手帳」

「精神障害者保健福祉手帳」は、一定程度の精神障害の状態にあることを認定するもので、様々な福祉サービスを受けるために必要となります8。この手帳を持つことで、ご本人が障害と共存しながら、より安定した生活を送るためのサポートを得られます。

  • 等級と受けられるサービス: 障害の程度に応じて1級(重度)から3級(軽度)までの等級があります24。受けられるサービスは等級や自治体によって異なりますが、主に以下のようなものがあります。
    • 所得税・住民税などの税金の優遇措置
    • 公共交通機関の運賃割引
    • 公共施設の入場料割引・免除
    • 障害者雇用枠での就職活動

この手帳は、ご本人の希望に基づいて申請するものであり、取得を強制されるものではありません。申請窓口は、自立支援医療と同じく、お住まいの市区町村の担当課です。

5.4. 社会復帰を目指す「就労移行支援」

働く意欲があるものの、すぐに一般企業で働くことに不安がある方のために、「就労移行支援」という福祉サービスがあります12。これは、就職に必要な知識やスキルを身につけるためのトレーニングや、就職活動のサポート、就職後の定着支援などを行う事業所です。

  • サービスの役割と選び方: 就労移行支援事業所では、ビジネスマナー、パソコンスキルなどの職業訓練だけでなく、自身の障害特性の理解やストレス対処法なども学ぶことができます25。統合失調症に特化したプログラムを持つ事業所もあり26、自分に合った事業所を見つけることが重要です。見学や体験利用を通して、事業所の雰囲気や支援内容を確認することをお勧めします。

5.5. 孤独を防ぐ「家族会」と当事者グループ

同じ悩みや経験を持つ人々とつながることは、ご本人にとってもご家族にとっても大きな力になります。「家族会」や「当事者グループ」は、情報交換をしたり、悩みを分かchi合ったり、お互いを支え合ったりする貴重な場です27。全国組織である「みんなねっと(公益社団法人全国精神保健福祉会連合会)」28や、各地域にある家族会、最近ではオンラインのグループなど、様々な形態のコミュニティが存在します。一人で、あるいは家族だけで抱え込まず、こうした社会資源とつながることは、孤立を防ぎ、回復への長い道のりを歩む上での大きな助けとなります。


よくある質問

Q1: 統合失調症は完治しますか?

A1: これは非常によくある質問ですが、医学的には「完治(cure)」という言葉は慎重に使われます。統合失調症は高血圧や糖尿病のように、長くつきあっていく必要のある慢性的な疾患と捉えられています。しかし、これは決して絶望を意味するものではありません。WHOも指摘するように、適切な治療と支援を継続することで、症状が安定した状態(寛解)を維持し、多くの人が学業や仕事、家庭生活など、自分らしい有意義な人生を送ることが可能です2。大切なのは「完治」に固執するのではなく、「回復(recovery)」を目指すことです。回復とは、症状がありながらも、ご本人が希望や目標を持ち、主体的に人生を歩んでいくプロセスそのものを指します。

Q2: 遺伝する可能性はどのくらいですか?

A2: 遺伝的要因が関与することは事実ですが、その影響は決定的なものではありません。一般人口における生涯有病率が約1%であるのに対し、親が統合失調症の場合、子どもが発症する確率は10%程度、兄弟姉妹の場合は約8%と報告されています5。これはリスクが高まることを示していますが、大多数(90%以上)は発症しないことも意味します。前述の通り、統合失調症は多くの遺伝子と環境要因が複雑に絡み合って発症する多因子疾患です。遺伝はあくまで一つの「なりやすさ(脆弱性)」であり、遺伝的素因があるからといって必ず発症するわけではありません。

Q3: 薬を一生飲み続けなければなりませんか?

A3: 統合失調症の治療において、再発予防のために薬物療法を継続することは非常に重要です。自己判断で服薬を中断すると、再発のリスクが大幅に高まることが知られています。しかし、「一生」飲み続けなければならないかどうかは、個々の状態によって異なります。「統合失調症薬物治療ガイドライン2022」などの専門的な指針によれば、症状が十分に安定した状態が長期間(例えば2〜5年)続いた場合には、医師の厳密な監督のもとで、慎重に薬の減量や中止を検討することもあります20。ただし、これはすべてのケースに当てはまるわけではなく、リスクとベネフィットを主治医と十分に話し合った上で決定されるべきです。最も重要なのは、服薬に関するいかなる変更も、必ず主治医に相談して行うことです。

結論

統合失調症は、かつての不治の病というイメージとは異なり、今日では治療可能で、十分に管理できる病気です。本記事で見てきたように、その鍵は、薬物療法と心理社会的療法を組み合わせた包括的な治療アプローチにあります。特に、ムスカリン作動薬のような新しい治療薬の研究は、より効果的で副作用の少ない治療への希望を与えてくれます。

しかし、治療の成功は医療専門家だけの努力では成し遂げられません。ご家族の温かい理解と根気強いサポート、そして日本が誇る手厚い公的支援制度(自立支援医療、精神障害者保健福祉手帳、就労移行支援など)を最大限に活用することが、ご本人が自信を取り戻し、社会の一員として再び輝くための不可欠な要素です。

統合失調症と診断されることは、ご本人にとってもご家族にとっても、大きな衝撃かもしれません。しかし、正しい知識を武器に、利用できるすべてのサポートとつながり、希望を持って一歩ずつ前に進むことで、回復への道は必ず開かれます。この記事が、その長くとも確かな道のりを歩むための、信頼できる一助となることを心から願っています。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言を構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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