この記事の科学的根拠
この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性を含むリストです。
- 世界トランスジェンダーヘルス専門家協会(WPATH): この記事における国際的な医療ケア基準に関するガイダンスは、WPATHが発行した「ケア基準第8版(SOC8)」に基づいており、これはトランスジェンダーおよび多様なジェンダーを持つ人々の健康に関する世界で最も権威ある指針です2。
- 日本精神神経学会(JSPN): 日本国内の診断と治療に関する記述は、JSPNが公表した「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版)」を基にしており、日本の医療現場における公式な見解を反映しています3。
- Plöderl, M., et al. (2024) によるメタ分析: ノンバイナリーの若者が直面する精神的健康問題の深刻さに関する記述は、21の科学的研究を統合したこのメタ分析の結果に基づいており、本稿がこのテーマを重要な公衆衛生課題として位置づける根拠となっています1。
- ヒューマン・ライツ・ウォッチ: 日本の法制度が抱える課題、特に性別認定に関する厳しい要件の分析は、この国際的人権団体による詳細な報告書に基づいています4。
要点まとめ
- ノンバイナリーとXジェンダー:ノンバイナリーは国際的な包括的用語であり、Xジェンダーは日本独自の文脈で生まれた概念です。両者は重なる部分もありますが、その成り立ちやニュアンスには違いがあります。
- 科学的根拠に基づく健康課題:最新の科学的研究は、ノンバイナリーの人々、特に若者が高い割合でうつや不安などの精神的健康問題を経験していることを明確に示しており、これは社会的な偏見や理解不足がもたらす深刻な影響を物語っています1。
- 日本の法的・社会的障壁:日本の「性同一性障害者特例法」は、性別認定のために診断書や不妊化手術などを要求しており、国際的な人権基準から見て厳しいと指摘されています4。戸籍制度も固有の課題を生んでいます5。
- 医療の選択肢と現状:国際基準(WPATH SOC8)では個人の意思を尊重した多様な医療が推奨されていますが2、日本の医療ガイドライン(JSPN第5版)は進展しつつも、まだ二元的な枠組みが色濃く残っています3。医療的介入はあくまで選択肢の一つであり、全ての人に必須なわけではありません。
- 支援の重要性:当事者が望む呼称や代名詞を尊重するなど、日常生活における支援的な態度は、当事者の精神的幸福感(ジェンダー・ユーフォリア)を高める上で極めて重要です。日本国内にも信頼できる支援団体が存在します。
第1部:基本概念の整理
「ノンバイナリー」や「Xジェンダー」という言葉を耳にする機会は増えましたが、その正確な意味や違いを理解することは、多くの人にとって依然として難しい課題です。このセクションでは、これらの基本的な概念を、国際的な定義と日本独自の文脈の両方から丁寧に解説します。
1.1. ノンバイナリー(Non-binary)とは?国際的な定義と多様なアイデンティティ
ノンバイナリーとは、自身の性自認が「男性」または「女性」という二つの枠組み(二元論)のどちらにも完全には当てはまらない人々を指す、国際的に広く使われている包括的な用語(アンブレラターム)です6。これは、単一の性別ではなく、多様なあり方を含む大きな概念です。世界トランスジェンダーヘルス専門家協会(WPATH)の「ケア基準第8版(SOC8)」をはじめとする多くの専門機関が、この多様性を認識し、尊重することの重要性を強調しています2。
ノンバイナリーの中には、さらに多様なアイデンティティが存在します。代表的なものとして、以下のような例が挙げられます。
- アジェンダー(Agender):特定の性別を自認しない。「無性」と訳されることもあります。
- バイジェンダー(Bigender):男性と女性、両方の性別を自認する。状況によって二つの性別を行き来することもあります。
- ジェンダーフルイド(Genderfluid):性自認が固定されておらず、流動的に変化する。ある時は男性、ある時は女性、またある時はそのどちらでもないと感じることがあります。
- デミジェンダー(Demigender):部分的に特定の性別を自認する。例えば、「デミボーイ」は部分的に男性と自認し、残りの部分は他の性別であると感じる状態を指します。
これらの例はごく一部であり、ノンバイナリーの人々の自己認識は非常に個人的で多様であることを理解することが重要です。
1.2. Xジェンダー(X-gender)とは?日本で生まれた独自の文脈
一方で、Xジェンダーは、主に日本国内で使用される、日本独自の文化的背景を持つ概念です。この言葉は1990年代から使われ始め、ノンバイナリーという国際的な用語が広まる以前から、男女の二元論に当てはまらない人々が自らを表現するために用いてきました7。Xジェンダーは、しばしば以下の4つのタイプに分類して説明されます8。
- 中性:男性と女性の「中間」であると自認する。
- 両性:男性と女性の「両方」の要素を持つと自認する。
- 無性:男性でも女性でも「ない」と自認する。
- 不定性:性自認が定まっていない、または流動的であると感じる。
質的心理学研究誌に掲載された山田苑幹氏の研究では、Xジェンダー当事者への詳細なインタビューを通じて、彼らが自身の性別違和の経験を理解し、表現するために「Xジェンダー」という言葉をどのように用いてきたかが明らかにされています9。この研究は、Xジェンダーが単なるラベルではなく、日本の社会文化的文脈の中で育まれた、当事者の生きた経験に根差した概念であることを示しています。
1.3.【比較表】ノンバイナリー、Xジェンダー、トランスジェンダーの違い
これらの用語は混同されがちですが、それぞれの意味合いには重要な違いがあります。以下の表は、その違いを明確にするための一助となるでしょう。
tiêu chí | Non-binary (ノンバイナリー) | X-gender (Xジェンダー) | Transgender (トランスジェンダー) |
---|---|---|---|
Nguồn gốc | 国際的に広く使われる用語。 | 主に日本国内で使われる、日本独自の用語。 | 国際的に広く使われる用語。 |
Trọng tâm chính | 性自認が男女の二元論の枠内にないこと。 | 性自認が男女どちらでもなく、主に4つのタイプで表現されること。 | 出生時に割り当てられた性別と性自認が異なること。 |
Mối quan hệ với nhị nguyên giới | 二元論の「外側」にある、または二元論自体を拒否する。 | 二元論との関係性(中間、両方、無、流動)で定義されることが多い。 | 二元論の枠内(男性/女性)を自認する場合も、枠外(ノンバイナリー)を自認する場合もある。 |
重要な点として、トランスジェンダーは「出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人」を指す非常に広いアンブレラタームです。この定義に基づけば、ノンバイナリーの人々もトランスジェンダーに含まれると解釈できます。しかし、ノンバイナリーの個人が自身をトランスジェンダーと見なすかどうかは、個人の自己認識に委ねられています2。
第2部:科学的根拠とメンタルヘルス
ノンバイナリーという性自認は、単なる「ライフスタイル」や「思想」ではなく、当事者の健康、特に精神的健康に深く関わる問題です。このセクションでは、なぜこのテーマが医学的に重要なのかを、最新の科学的データに基づいて明らかにします。
2.1. データが示す現実:ノンバイナリー当事者の精神的健康
近年の研究は、ノンバイナリーの人々が直面する精神的健康上の困難を、揺るぎないデータで示しています。特に注目すべきは、2024年に学術誌『Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health』に掲載された、21の先行研究を統合したメタ分析です。この研究は、ノンバイナリーの若者は、シスジェンダー(性自認が出生時の性別と一致する人)の若者だけでなく、トランスジェンダー(男性または女性と自認する)の若者と比較しても、うつや不安の症状が有意に多く、全体的な精神的健康度が低いという衝撃的な結論を導き出しました1。これは、社会的な孤立、差別、ジェンダー・アイデンティティの不承認といった「マイノリティ・ストレス」が、彼らの心身に深刻な影響を及ぼしていることを示唆しています。
米国のLGBTQ+若者を対象とした大規模な調査機関であるトレバー・プロジェクトの2019年の報告書は、この現実をさらに具体的な数値で裏付けています。その調査によると、米国のノンバイナリーおよびトランスジェンダーの若者のうち、実に54%が過去1年間に深刻に自殺を考えたことがあると回答しており、これはシスジェンダーの若者の数値をはるかに上回るものです10。これらのデータは、ノンバイナリーの人々の経験を個人の問題として片付けるのではなく、緊急性の高い公衆衛生上の課題として捉え、社会全体で支援策を講じる必要性を示しています。
2.2. ジェンダー・ユーフォリア(Gender Euphoria):肯定的な体験の重要性
困難な側面に光を当てる一方で、ポジティブな体験の重要性を理解することも不可欠です。ジェンダー・ユーフォリアとは、自身の性自認が他者から承認されたり、自分らしく表現できたりした時に感じる、強い喜びや幸福感、安堵感を指す言葉です11。これは、性別違和がもたらす苦痛(ジェンダー・ディスフォリア)の対極にある概念です。
ジェンダー・ユーフォリアは、例えば以下のような状況で生じます。
- 他者が正しい名前や代名詞(彼、彼女、または性別を特定しない呼び方)を使ってくれた時。
- 自分のジェンダー表現(服装、髪型など)が、内面の自己認識と一致し、心地よく感じられる時。
- 医師やカウンセラーなど、専門家から自身の性自認を尊重され、肯定的なケアを受けられた時。
ジェンダー・ユーフォリアを経験することは、自己肯定感を高め、精神的な回復力を育む上で極めて重要です。これは、家族、友人、同僚、医療従事者といった周囲の人々の理解と受容的な態度が、当事者の幸福に直接的に貢献することを示しています。社会が個人の多様な性自認を肯定的に受け入れる環境を整えることが、精神的健康を守るための最も効果的な「処方箋」の一つと言えるでしょう。
第3部:日本における法的・社会的障壁
科学的な理解が進む一方で、日本の社会制度はノンバイナリーを含む多様な性自認を持つ人々にとって、多くの障壁を依然として抱えています。このセクションでは、特に法律と日常生活における具体的な課題を掘り下げます。
3.1.「性同一性障害者特例法」の厳しい要件とその影響
日本において、法的な性別を変更するための手続きは、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(通称:性同一性障害者特例法)によって定められています。しかし、この法律が課す要件は、国際的な人権基準や最新の医学的知見から見て非常に厳しいものであると、国内外から強い批判を受けています4。ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書は、このプロセスを「著しく高いハードル」と評しています4。
法律が定める主な要件は以下の通りです。
- 精神医学的診断:2人以上の医師から「性同一性障害」という診断を受けること。
- 不妊化手術:「生殖腺がないこと、又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」という、事実上の不妊化手術の要求。
- 外科的手術:「他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること」という、性別適合手術の要求。
- 年齢と婚姻状況:18歳以上であること、現に婚姻をしていないこと、未成年の子がいないこと。
これらの要件は、WPATHが「ケア基準第8版(SOC8)」で強く非難している、身体的完全性や自己決定権を侵害する強制的な医療介入に他なりません2。特に、ノンバイナリーの人々にとっては、そもそも「他の性別(男性または女性)」への完全な移行を望んでいない場合が多いため、この法律の二元的な枠組み自体が適合しないという根本的な問題があります。
Tiêu chí | WPATH SOC8の推奨 | 日本の特例法の要件 |
---|---|---|
医学的診断 | 精神医学的診断を必須としない。 | 2名以上の医師による「性同一性障害」の診断が必須。 |
外科的手術 | 必須ではなく、個人の選択に委ねられる。 | 望む性別の外観に近似させる手術が必須。 |
不妊化 | 強制的な不妊化を強く非難。 | 生殖機能がないことが必須(事実上の不妊化要求)。 |
婚姻・子の状況 | 障壁としない。 | 現に婚姻しておらず、未成年の子がいないことが必須。 |
この厳しい法律は、多くの人々から法的な性別承認を受ける機会を奪い、社会生活における多大な困難を生み出しています。
3.2. 戸籍、身分証明書、日常生活での壁
法的な性別が自己認識と一致しないことは、日常生活のあらゆる場面で具体的な壁となります。特に日本特有の制度である戸籍(こせき)は、大きな課題の一つです。戸籍には「長男」「長女」といった形で性別が記載されるため、ノンバイナリー当事者にとって精神的な苦痛の原因となります。2024年には、京都でノンバイナリーの当事者が戸籍の記載を「長女」から性別を特定しない「第1子」へ変更することを求めて家庭裁判所に申し立てた事例が報じられました5。これは、法制度と個人のアイデンティティとの間の深い溝を象徴する出来事です。
その他にも、以下のような困難が報告されています。
- 就職活動と職場:履歴書の性別欄や、企業における服装規定、健康診断などが障壁となります。認定NPO法人「虹色ダイバーシティ」の調査では、多くのLGBTQ+当事者が職場で困難を経験していることが示されています12。
- 医療機関:保険証に記載された性別と自己認識が異なるため、受付でカミングアウトを強いられたり、不適切な対応を受けたりする懸念があります。
- 公衆トイレ:男女別のトイレしか利用できない場合、どちらを利用すればよいか悩み、外出をためらう原因にもなります。
これらの課題は、制度的な変革と共に、社会全体の意識改革が必要であることを示唆しています。
第4部:医療的選択肢とアプローチ
ノンバイナリー当事者の中には、自身の身体を性自認に近づけるために医療的介入を望む人もいます。しかし、そのニーズは非常に多様であり、画一的な治療法は存在しません。このセクションでは、国際基準と日本国内の実践を比較しながら、医療的な選択肢について解説します。
4.1. 国際基準:WPATH Standards of Care, Version 8 (SOC8) の推奨
WPATHが2022年に発表した「ケア基準第8版(SOC8)」は、ノンバイナリーのアイデンティティを明確に認識し、個人のニーズに合わせた柔軟なケアを推奨する点で画期的なものです2。SOC8が強調する重要な原則は以下の通りです。
- 個別化された目標:治療の目標は、必ずしも男性から女性へ、あるいは女性から男性へという二元的な移行である必要はありません。アンドロジナス(両性的)な外見を目指したり、特定の第二次性徴のみを変化させたりするなど、個々人が望む多様な目標を尊重します。
- インフォームド・コンセント:全ての医療的介入は、十分な情報提供に基づいた本人の同意(インフォームド・コンセント)を基本とします。医師は選択肢を提示し、その利益と危険性を説明しますが、最終的な決定権は当事者にあります。
- 継続的なケア:ホルモン療法や手術だけでなく、精神的サポートやプライマリケアを含む包括的で継続的な健康管理が重要であるとされています。あるシステマティック・レビューでは、プライマリケアにおけるノンバイナリー当事者の経験が、肯定的な医療関係を築く上で鍵となることが示されています13。
SOC8は、医療が個人のアイデンティティを肯定し、その人らしい生き方を支援するためのツールであるべきだという哲学に基づいています。
4.2. 日本国内の医療実践:JSPNガイドライン(第5版)の視点
日本精神神経学会(JSPN)などが2024年に改訂した「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版)」は、日本の医療における重要な指針です3。この第5版には、いくつかの重要な進展が見られます。
- ICD-11への準拠:世界保健機関(WHO)の最新の国際疾病分類(ICD-11)に準拠し、これまで「性同一性障害(GID)」という精神疾患として扱われてきた状態を、「性別不合(Gender Incongruence)」という「性の健康に関連する状態」として再定義しました。これは「病気」ではないという認識への大きな一歩です。
- ノンバイナリーの認識:ガイドラインの中で、性自認が男性でも女性でもない人々、すなわちノンバイナリーの存在を公式に認めています。
しかし、進展が見られる一方で、課題も残されています。ガイドラインにおける具体的な治療の枠組みは、依然として「FTM(Female-to-Male)」や「MTF(Male-to-Female)」といった二元的な移行を前提とした記述が中心であり、ノンバイナリー当事者の多様なニーズに完全に対応しきれているとは言えない側面もあります。国際基準であるWPATH SOC8との間には、依然としてギャップが存在するのが現状です。
4.3. 具体的な医療的選択肢(ホルモン療法、手術など)
医療的介入は、あくまで当事者の選択肢の一つです。全てのノンバイナリーの人々が医療を必要とするわけではありません。介入を望む場合、以下のような選択肢が考えられます1415。
- ホルモン療法:テストステロンやエストロゲンといったホルモン剤を使用し、声の変化、体毛の増減、筋肉量や脂肪分布の変化などを促します。ノンバイナリーの当事者は、二元的な移行を目指す人とは異なり、特定の変化のみを目的として低用量のホルモンを使用したり、一時的に使用したりするなど、様々な方法を選択することがあります。
- 外科的手術:
- 乳房切除術(胸オペ):ノンバイナリー当事者の間で比較的希望者が多い手術の一つです。胸を平坦にすることで、より中性的な外見を目指します。
- 性別適合手術(SRS):性器の形成手術ですが、これを望むノンバイナリー当事者は限定的です。
- その他の手術:子宮や卵巣の摘出術、顔の輪郭形成術なども選択肢となり得ます。
これらの医療的選択肢について検討する際は、専門知識を持つ医師と十分に相談し、自身が何を望んでいるのかを明確にした上で、慎重に決定することが極めて重要です。
第5部:支援とアライ(Ally)になるために
ノンバイナリーの人々が直面する困難を軽減し、誰もが尊重される社会を築くためには、一人ひとりの理解と支援的な行動、すなわち「アライ(Ally、支援者)」になることが不可欠です。
5.1. 日常でできること:呼称、代名詞、無意識の偏見への気づき
特別な知識や活動がなくとも、日常生活の中で実践できることは数多くあります。英国医師会(BMA)などが推奨する、誰でも始められる基本的なステップは以下の通りです16。
- 名前と代名詞を尊重する:本人が名乗る名前で呼び、使用してほしい代名詞(彼、彼女、または性別を特定しない呼び方)を尋ねて尊重しましょう。もし間違えてしまったら、素直に謝罪し、次から正しく使うよう努めれば大丈夫です。日本語では、相手を指す際に「〇〇さん」や、性別を特定しない「自分」「うち」といった言葉を選ぶこともできます。
- 外見で性別を判断しない:人の性別を服装や髪型などの外見から「こうだろう」と決めつけないようにしましょう。「男性/女性の皆さん」といった呼びかけではなく、「皆さん」「お客様」など、性別を特定しない言葉を選ぶことが有効です。
- 学ぶ姿勢を持つ:ノンバイナリーについて分からないことがあれば、本人に説明を求めるのではなく、まずはこの記事のような信頼できる情報源や支援団体のウェブサイトなどを通じて、自分で学ぶ努力をしましょう。当事者に説明の負担をかけないことも、大切な配慮です。
- 無意識の偏見に気づく:私たち誰もが、「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」といった無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)を持っています。自身の言動を振り返り、そうした偏見に気づき、改めていく意識が重要です。
5.2. 日本国内の支援団体とリソース
より詳しい情報を得たい、相談したい、またはコミュニティに参加したい場合、日本国内には多くの信頼できる支援団体が存在します。以下に代表的な団体をいくつか紹介します。
- 認定NPO法人 虹色ダイバーシティ:主に職場におけるLGBTQ+に関する課題に取り組み、企業向けの研修や調査、コンサルティングを行っています。ウェブサイトでは、職場環境に関する豊富なデータや資料が公開されています12。
- NPO法人 共生社会をつくる性的マイノリティ支援全国ネットワーク(共生ネット):日本全国の性的マイノリティ支援団体が加盟するネットワーク組織です。法律や制度の改正を求める政策提言活動などを行っており、各地域の支援団体を探す際にも役立ちます17。
これらの団体は、当事者だけでなく、家族や友人、企業の担当者など、様々な立場の人々にとって貴重な情報源となります。
よくある質問
質問:ノンバイナリーはトランスジェンダーの一種ですか?
回答:はい、多くの場合そのように考えられています。WPATHなどの国際機関の定義によると、「トランスジェンダー」とは「出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人」を指す広い概念です2。ノンバイナリーの人々は、出生時に男性または女性と割り当てられたものの、そのどちらでもないと自認しているため、この広い定義に含まれます。ただし、ノンバイナリーの個人が自身をトランスジェンダーと名乗るかどうかは、個人のアイデンティティの問題であり、人それぞれです。
質問:ノンバイナリーであるために、医療的な処置は必須ですか?
質問:Xジェンダーは日本だけの概念ですか?
質問:ノンバイナリーは最近の流行や若者文化ではないのですか?
回答:いいえ、そうではありません。男性でも女性でもない性別のあり方は、日本の歴史を遡っても見出すことができます。例えば、歴史社会学者の三橋順子氏の研究では、近代以前の日本社会における多様な性のあり方が示されています18。近年、ノンバイナリーという言葉が広く知られるようになったのは、インターネットの普及により情報へのアクセスが容易になり、当事者が声を上げやすくなったことが大きな要因です。これは「流行」ではなく、これまで不可視化されてきた人々の存在が「可視化」されてきた結果と捉えるべきです。
結論:多様性を尊重する社会の実現に向けて
本記事では、「ノンバイナリー」と「Xジェンダー」という概念を、科学的根拠、日本の法制度と医療、そして当事者が直面する社会的な課題という多角的な視点から深く掘り下げてきました。明らかになったのは、性自認の多様性を理解することは、単に新しい言葉を覚えることではなく、一人ひとりの人間の尊厳と健康に関わる根源的な問題であるということです。
科学的データは、社会の無理解や偏見が当事者、特に若者の精神的健康に深刻なダメージを与えている事実を突きつけています1。一方で、日本の法制度や医療体制は、国際的な基準から遅れをとり、依然として多くの人々を制度の狭間に置き去りにしています43。しかし、ジェンダー・ユーフォリアの概念が示すように、家族、友人、医療者、同僚といった周囲の人々の肯定的な関わりが、当事者の幸福感に大きく寄与することもまた事実です。
性自認の多様性を尊重する社会の実現は、一部の人のための特別な配慮ではありません。それは、私たち一人ひとりが持つ「自分らしさ」が当たり前に尊重される、より公正で、より人間らしい社会を築くための重要な一歩です。この課題は、私たち全員に関わるものです。性のあり方は、白か黒かの二択ではなく、無限の色彩を持つグラデーションであることを受け入れることから、変化は始まります。
性の多様性を理解する旅は、まず学び、そして耳を傾けることから始まります。ご自身の状況に合わせた、より個別具体的な情報や支援が必要な場合は、かかりつけの医師や、本記事で紹介したような専門の支援機関にご相談ください。
参考文献
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