【科学的根拠に基づく】帝王切開後の回復完全ガイド:傷跡ケア・痛み管理から産後うつ、公的支援まで専門家が徹底解説
産後ケア

【科学的根拠に基づく】帝王切開後の回復完全ガイド:傷跡ケア・痛み管理から産後うつ、公的支援まで専門家が徹底解説

ご出産、誠におめでとうございます。新しいご家族を迎えられた喜びに満ちていらっしゃることと存じます。帝王切開による出産は、経膣分娩とは異なる特別な回復の道のりをたどります。身体的な回復はもちろん、精神的なケアも非常に重要となります。多くの疑問やご不安を抱えていらっしゃるかもしれませんが、どうぞご安心ください。あなた一人ではありません。

この記事は、JapaneseHealth.org編集部が、産婦人科医療の専門的知見に基づき、帝王切開後の回復に関するあらゆる情報を網羅したものです。病院での過ごし方から、ご自宅での傷跡のケア、注意すべき医学的な兆候、そして日本で利用可能な公的支援制度に至るまで、あなたの心と身体が健やかに回復するための「信頼できる道しるべ」となることを目指しています。この情報を活用し、自信を持って穏やかな産褥期をお過ごしいただけるよう、心から願っております。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、提示されている医学的指導に直接関連する実際の情報源のリストです。

  • 公益社団法人 日本産科婦人科学会 (JSOG) および 公益社団法人 日本産婦人科医会: 本記事における静脈血栓塞栓症(VTE)の予防、術後感染予防、および産後の医学的管理に関する推奨事項は、主に「産婦人科診療ガイドライン―産科編 2023」に基づいています1
  • 国立成育医療研究センター (NCCHD): 授乳中の薬剤使用、特に鎮痛剤の安全性に関する記述は、NCCHDが公表している「授乳中に安全に使用できると考えられる薬」のリストを重要な根拠としています4
  • こども家庭庁および厚生労働省: 日本国内の公的支援制度である「産後ケア事業」に関する解説は、これらの機関が発行するガイドラインや報告書に基づいています1516
  • 日本環境感染学会および関連学術研究: 手術部位感染(SSI)の予防策に関する具体的な記述は、日本国内の学術団体が発行するガイドラインや臨床研究の結果を引用しています724

要点まとめ

  • 帝王切開後の回復は、血栓症予防のための「早期離床(術後早期に体を動かすこと)」が極めて重要です。
  • 傷跡をきれいに治すためには、術後3ヶ月以上の長期的な「テープによる保護」が推奨されます。これにより、皮膚への張力や摩擦を減らし、肥厚性瘢痕やケロイドのリスクを低減します。
  • 授乳中でも、医師の指示のもとであればアセトアミノフェンやロキソプロフェンなどの鎮痛剤を安全に使用できます。痛みを我慢せず、適切に管理することが回復を助けます。
  • 「産後うつ」は誰にでも起こりうる病気であり、帝王切開を経験した母親はリスクが高い傾向にあります。気分の落ち込みが2週間以上続く場合は、一人で抱え込まず専門家への相談が不可欠です。
  • 日本には「産後ケア事業」という公的な支援制度があります。利用率が低い現状がありますが、専門家による心身のケアを安価に受けられるため、お住まいの自治体の窓口に問い合わせて積極的に活用しましょう。
  • 発熱(38℃以上)、傷口の強い赤みや膿、片足の激しい痛みや腫れ、突然の息苦しさなどは、危険な合併症の兆候です。直ちに医療機関に連絡してください。

術後から退院まで:入院中の回復スケジュール

手術後の入院期間は、医療スタッフの管理のもとで回復の第一歩を踏み出す重要な時期です。多くの医療処置や体の変化が速いペースで進むため、戸惑うこともあるかもしれません。一般的な回復スケジュールを事前に知っておくことで、心の準備ができ、安心して回復に専念できます。このスケジュールは、日本の多くの病院で採用されている標準的な臨床経過に基づいています17

術後当日(0日目):安静と観察

手術が無事に終わると、回復室または病室へ移動します。まだ麻酔の効果が残っており、痛みは主に硬膜外カテーテルを通じて持続的に投与される鎮痛剤で管理されます。この日はベッド上で安静にし、バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸など)が注意深く監視されます。多くの場合、お母さんの休息を最優先するため、赤ちゃんは新生児室でケアされます17

術後1日目:大きな一歩「早期離床」

この日は、回復に向けた重要な節目がいくつもあります。尿道カテーテル、ドレーン(体液を排出する管)、そして硬膜外鎮痛カテーテルなどが抜かれます。そして、最も重要なイベントが「早期離床」です。医師や助産師の介助のもと、ベッドから起き上がり、座り、立ち、そして少し歩いてみます。この早期の運動は、血液の循環を促し、危険な血栓(静脈血栓塞栓症)の形成を防ぎ、腸の動きを活発にするために不可欠です1。食事も、消化機能の状態を確認しながら、水やお茶、スープなどの流動食から開始されます17

術後2〜3日目:赤ちゃんとの時間とセルフケアの開始

日中から赤ちゃんと同室で過ごす「母児同室」が始まることがあります。これにより、赤ちゃんのいる生活に慣れ、授乳の練習を開始できます。傷の状態が安定していれば、防水テープで保護した上でシャワー浴が許可されることもあります14。痛み止めは、飲み薬や坐薬に切り替わっていきます。

術後4〜6日目:退院に向けた準備

赤ちゃんの沐浴指導など、退院後の育児に向けた具体的な指導が行われます。医師による傷のチェックがあり、外側のガーゼが外され、新しい保護テープが貼られることもあります。この頃から、医療スタッフによる退院後の生活に関するカウンセリングも始まります17

以下の表は、一般的な入院スケジュールをまとめたものです。ただし、これはあくまで一例であり、病院の方針や個人の回復状況によって内容は変動します。

表1:帝王切開後の入院スケジュール(一般的な例)
術後日数 主な活動とケア
0日目(手術当日) ・ベッド上安静、バイタルサインのモニタリング
・硬膜外カテーテルによる持続的な鎮痛
・医師の指示に基づき飲水開始
・赤ちゃんは新生児室でケア
1日目 ・尿道カテーテル、鎮痛カテーテルの抜去
早期離床:座る、立つ、歩く練習
・流動食(スープなど)の開始
・赤ちゃんと面会
2日目 ・母児同室(日中)の開始
・授乳の練習
・鎮痛剤を内服薬・坐薬へ切り替え
3日目 ・シャワー浴の許可(医師の判断による)
・終日の母児同室を開始
・新生児ケアの指導を受ける
5日目 ・沐浴指導への参加
・医師による傷のチェック、テープ交換
6日目 ・医師による最終チェック
・自宅でのケア、傷跡テープについての指導
・退院手続きの準備

注:このスケジュールは一般的な例であり、病院や個人の回復状態によって異なります17

退院後1ヶ月:自宅でのセルフケアと回復の目安

退院後の1ヶ月は、医療者の常時監視がない環境で、自分自身と赤ちゃんのケアを両立させる大切な移行期間です。ここでは、自宅で安心して過ごすための実践的な知識を提供します。

産後の子宮からの出血「悪露(おろ)」

悪露は、出産後の子宮が妊娠前の状態に戻る過程で、内部の分泌物や血液が排出される正常な生理現象です。悪露の変化を観察することは、子宮の回復状態を知るための重要な手がかりとなります。通常、産後数日間は量が多く鮮やかな赤色ですが、1週間ほど経つと褐色やピンク色に変わり、その後徐々に黄色、そして白色の帯下となって、産後4〜6週間で完全になくなります19。ただし、悪臭がする、大きな血の塊が出る、一度量が減ったのに再び鮮血が増えるといった場合は、感染や回復不良の可能性があるため、速やかに病院に連絡してください。

痛みの管理:我慢は禁物

帝王切開後の痛みは、主に2種類あります。一つは子宮が収縮する際に生じる「後陣痛(こうじんつう)」、もう一つは手術の傷そのものの痛みです。これらの痛みは数週間続くことがあり、特に授乳中は後陣痛が強くなる傾向があります。痛みを我慢すると、体の回復が遅れるだけでなく、育児への意欲も削がれてしまいます。授乳中であっても、医師から処方された鎮痛剤は安全に使用できます。以下の表は、国立成育医療研究センター(NCCHD)が公表している、授乳中でも安全に使用できると考えられる代表的な鎮痛剤です4。これらの薬は安全とされていますが、必ず医師の指示通りの用法・用量を守り、自己判断で市販薬を追加することのないようにしてください3

表2:授乳中に安全に使用できると考えられる鎮痛剤(NCCHDの情報に基づく)
有効成分名 日本での代表的な商品名 授乳中の安全性
アセトアミノフェン (Acetaminophen) カロナール (Calonal) 安全性が高く、第一選択薬とされる。
ロキソプロフェン (Loxoprofen) ロキソニン (Loxonin) 医師の指示のもと、短期的な使用は安全とされる。
イブプロフェン (Ibuprofen) ブルフェン (Brufen) 医師の指示のもと、短期的な使用は安全とされる。
ジクロフェナク (Diclofenac) ボルタレン (Voltaren) 医師の指示のもと、短期的な使用は安全とされる。

出典:国立成育医療研究センター(NCCHD)「授乳中に安全に使用できると考えられる薬」420。必ず医師の処方に従って使用してください。

活動の制限:無理をしないことが回復への近道

産後1ヶ月の鉄則は「赤ちゃんより重いものを持たない」ことです。掃除機をかける、床を拭くといった、かがんだり力を入れたりする家事は避けましょう。車の運転も、痛みが完全になくなり、急なブレーキ操作などが問題なくできる状態になるまでは控えるべきです。周囲のサポートを積極的に活用し、ご自身の体の回復を最優先してください。

傷跡のケア:きれいに治すための秘訣

帝王切開の傷跡は、多くの母親にとって長期間にわたる大きな関心事です。科学的根拠に基づいた適切なケアを行うことで、傷跡の見た目を大きく改善することが可能です。これは単なる美容の問題ではなく、心の問題にも深く関わっています。

なぜ傷跡ケアが重要なのか?

手術による傷は、皮膚の表面だけでなく、その下の脂肪層や筋膜など、深い組織にまで及んでいます。これらの組織が治癒する過程は数ヶ月以上続きます。特に術後3ヶ月間は「増殖期」と呼ばれ、新しい細胞が活発に作られ傷を埋めていく時期です10。この時期、お腹の皮膚は、かがむ、ねじるなどの日常動作によって常に引っ張られる「張力」や、衣類との「摩擦」に晒されています。これらの物理的な刺激が過剰になると、体はコラーゲンを過剰に生成し、傷跡が赤く盛り上がる「肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)」や「ケロイド」を引き起こす原因となります21。したがって、傷跡ケアテープを貼る目的は、傷を隠すことではなく、これらの物理的刺激から傷跡を保護し、皮膚の湿度を保ち、治癒が整然と進むための最適な環境を作るという、積極的な医療行為なのです10

いつから、何を、どのくらいの期間使うのか?

  • 開始時期:傷口が完全に閉じ、浸出液などがなくなった時点から開始します。通常、産後1ヶ月健診などで医師の許可を得てから始めます。
  • 使用製品:日本の市場では、専用の医療用テープ(テープタイプ)やシリコーンジェルシートなどが広く利用可能です102223
  • 使用期間:これが最も重要です。最低でも3ヶ月間、理想的には半年から1年間、または傷跡が平らで柔らかくなり、周りの皮膚の色に近くなるまで、根気強く続けることが推奨されます11
  • 正しい貼り方:皮膚を清潔にし、完全に乾かします。立った姿勢で、お腹の皮膚がたるまない状態で貼ります。テープを引っ張らずに、傷跡が中央に来るように優しく貼り付けます10。交換頻度は製品によりますが、数日に1回が目安です。

知っておくべき医学的リスク:合併症の予防と早期発見

このセクションは、本記事の専門性と権威性(E-A-T)を支える柱です。情報は最新の臨床ガイドラインに基づき、なぜその予防策が重要なのかを科学的に解説します。

手術部位感染(SSI)の予防

手術部位感染(Surgical Site Infection, SSI)は、帝王切開を含むあらゆる外科手術後に起こりうる合併症で、術後30日以内に手術創またはその周辺で発生する感染症と定義されます24。SSIの予防は、手術室の中からすでに始まっています。日本の手術感染予防ガイドラインによると、最も重要な対策の一つが「予防的抗菌薬投与」です7。母親の皮膚を切開する1時間以内に、セファゾリン(CEZ)などの抗菌薬を点滴で投与します。このタイミングが極めて重要で、かつては胎児への影響を避けるため臍帯をクランプした後に投与されていましたが、研究の結果、術前投与の方が母親の血中および組織中の薬剤濃度が最適となり、細菌の侵入を最初から効果的に防ぐことが示されました。胎盤を通過する薬剤はごく微量で、新生児への安全性も確認されています725。その他、手術野の皮膚を徹底的に消毒することや、厳格な無菌操作の遵守も病院で行われる重要な対策です26。ご自宅では、傷を清潔で乾燥した状態に保ち、後述する感染の兆候に注意することが求められます。

静脈血栓塞栓症(VTE)の予防

静脈血栓塞栓症(Venous Thromboembolism, VTE)は、足の静脈に血栓ができる「深部静脈血栓症(DVT)」と、その血栓が肺に飛んで詰まる「肺血栓塞栓症(PTE)」の総称です。これは、産褥期における最も重篤で、時に生命を脅かす合併症の一つです。妊娠中は血液が固まりやすい状態にあり、さらに手術による不動状態が加わるため、リスクが高まります127。VTEの予防は、産後ケアにおける最優先事項です。日本産科婦人科学会(JSOG)のガイドライン(CQ004-2)に基づき、個々のリスク評価に応じて予防策が講じられます1

  • 早期離床:最もシンプルかつ効果的な予防法です。
  • 機械的予防法:弾性ストッキングの着用や、間欠的空気圧迫装置の使用により、足からの血流を補助します。
  • 薬物的予防法:高リスクの産婦(過去のVTE歴、高度肥満、長期臥床など)には、ヘパリンなどの抗凝固薬が予防的に投与されることがあります18

JSOGのガイドライン(CQ004-3)では、VTEが疑われる場合は直ちに診断と治療を開始する必要があると強調されています1。後述の「危険な兆候」を自身で知っておくことが、早期発見につながります。

日常生活のポイント:入浴・食事・運動

日々の生活に関する具体的な疑問に答えることで、お母さんが自信を持って社会生活に復帰できるよう支援します。

入浴・シャワー

  • シャワー:入院中、傷が安定し防水テープで保護された後、通常は術後3〜5日目頃から許可されます14
  • 湯船(浴槽入浴):これは非常によくある質問です。専門家の間でも若干見解が分かれることがありますが9、最も安全で一般的な推奨は「産後1ヶ月健診後」です。その理由は、出産によってまだ開いている子宮口から、浴槽水中の細菌が侵入し、子宮内感染を引き起こす危険性があるためです930。1ヶ月健診で、医師が子宮の回復と傷の治癒状態を確認し、最終的な許可を出します。必ず主治医の指示に従ってください29

栄養バランスの取れた食事

体の回復と母乳の生成をサポートするため、バランスの取れた食事が不可欠です。特に、組織の修復を助けるタンパク質(肉、魚、豆腐)、失われた血液を補う鉄分(赤身肉、緑黄色野菜)、コラーゲン生成を促すビタミンC(果物、野菜)、そしてカルシウムを意識的に摂取しましょう。また、特に授乳中は、十分な水分補給が極めて重要です。

段階的な運動の再開

回復の段階に応じた運動計画を立てることが大切です。術後1〜2週間は、室内での軽いウォーキングに留めましょう。2〜6週間経ったら、屋外でのウォーキング時間を徐々に増やしていきます。腹筋運動やプランクなど、腹部に直接的な負荷がかかる高強度のトレーニングは、少なくとも術後6〜8週間は避け、必ず医師の許可を得てから再開してください。

心の回復:産後うつと気持ちの波との向き合い方

身体の健康と同様に、心の健康も極めて重要です。このセクションは、産後の感情的な課題を正常なこととして受け止め、一人で悩みを抱え込まないよう、深い共感をもって解説します。

複数の研究で、帝王切開による出産と産後うつ(Postpartum Depression, PPD)のリスク上昇との関連が指摘されています12。このリスクは、手術そのものだけでなく、出産体験全体から生じます。特に、心理的な準備ができていない中での「緊急帝王切開」31、もともとメンタルヘルスの問題を抱えていた場合12、そして「出産に対する満足度が低い」場合3233にリスクが高まるとされています。望んでいた経膣分娩ができず、失望感や罪悪感を抱く女性は少なくありません。

「マタニティブルーズ」と「産後うつ」の違い

まず、産後1〜2週間に見られる一時的な気分の落ち込みや涙もろさ、不安感は「マタニティブルーズ」と呼ばれ、急激なホルモン変動による非常に一般的な現象です。これに対し、「産後うつ」は、これらの症状が2週間以上続き、日常生活や育児に支障をきたす、治療が必要な病的な状態を指します。

産後うつのサイン

以下の症状が2週間以上続く場合は、産後うつの可能性があります。

  • 持続的な悲しみ、空虚感
  • これまで楽しめていたことへの興味や喜びの喪失
  • 不眠または過眠
  • 食欲の著しい変化
  • 自分を無価値だと感じたり、過剰な罪悪感を抱いたりする
  • 集中力の低下
  • 自分自身や赤ちゃんを傷つけたいという考えが浮かぶ

助けを求めることは、強さの証

もしあなたがこれらの症状に苦しんでいるなら、まず知ってほしいのは「これはあなたのせいではない」ということです。産後うつは治療可能な病気です。助けを求めることは、勇気ある必要な行動です。パートナーや信頼できる家族に話すこと、そして必ず地域の助産師、かかりつけの産婦人科医、またはお住まいの地域の保健センターに相談してください。

日本の支援制度を活用する:産後ケア事業のご紹介

このセクションは、日本の社会的背景を深く理解した、他にはない独自の価値を提供します。現在、日本政府は少子化対策の一環として「産後ケア事業」の拡充を推進しています15。一方で、産後の母親の9割以上が何らかの不安を抱えているにもかかわらず34、この事業の利用率は2021年時点で約6%と非常に低いのが現状です35。利用の障壁として「利用方法がわからない」(20.5%)、「費用が高い」(17.8%)、「手続きが面倒」(14.3%)などが挙げられています34。この記事は、その「情報とアクセスの壁」を解消することを目指します。

産後ケア事業とは?

厚生労働省の定義によれば、この事業は、産後の母親と乳児に対し、心身の安定と回復、育児指導、健全な育児環境の構築を支援することを目的としています1636。対象期間は主に産後1年未満です。

どのようなサービスがあるのか?

主に3つの形態があり、ご自身の状況に合わせて選択できます16

表3:産後ケア事業のサービス種類と概要
サービス形態 内容と対象者
宿泊型 ・母子が病院や助産院などの施設に宿泊する。
対象:心身の休息が特に必要な方、家族の支援が得られない方、授乳や育児について集中的な指導を受けたい方。滞在は数日から最大7日間が一般的ですが、延長も可能です37
デイサービス型(日帰り型) ・日中に施設を訪れ、専門家の支援を受けたり、他の母親と交流したりする。
対象:育児のストレスを軽減したい方、孤立感を解消したい方、日中の休息場所が欲しい方。
アウトリーチ型(訪問型) ・助産師などの専門家が自宅を訪問し、相談や支援を行う。
対象:外出が困難な方、上の子がいる方、慣れた環境で支援を受けたい方。

どうすれば利用できるのか?

具体的なアクションプランは以下の通りです。まず、Googleなどの検索エンジンで「産後ケア事業 (あなたがお住まいの市区町村名)」と入力して検索してみてください。また、お住まいの地域の保健センターや、市役所・区役所のこども課(子育て支援担当部署)に直接電話で問い合わせるのが最も確実です。担当者が利用条件、費用、申請手続きについて詳しく教えてくれます。

費用について

費用は自治体や世帯の所得によって異なりますが、多くの自治体で助成制度が設けられています。特に、住民税非課税世帯などに対しては、大幅な減額や無料化の措置が取られている場合がありますので、諦めずにご確認ください16

健康に関する注意事項:危険な兆候を見逃さないために

以下の症状は、重篤な合併症のサインである可能性があります。ご自身やご家族がこれらの兆候に気づいた場合は、ためらわずに、すぐに病院に連絡するか、救急車を呼んでください。早期発見・早期治療が何よりも重要です。

表4:医療的警告サイン:直ちに医師に連絡すべき症状
考えられる問題 注意すべきサイン
手術部位感染 (SSI) ・38℃以上の高熱
・傷口の著しい腫れ、赤み、熱感、強い痛み
・傷口からの膿や悪臭のある液体の排出
産褥感染(悪露異常) ・悪露の強い悪臭
・一度減った後に再び増える多量の鮮血
・発熱を伴う下腹部痛
深部静脈血栓症 (DVT) ・片方のふくらはぎや太ももの腫れ、痛み、赤み、熱感
・足首を曲げると痛みが増す
肺血栓塞栓症 (PTE) ・突然の、原因不明の息切れや呼吸困難
・深呼吸をしたときの鋭い胸の痛み
・血の混じった咳、めまい、失神
産後うつ ・2週間以上続く絶望的な気分や深い悲しみ
・赤ちゃんを含め、何事にも興味が持てない
・自分自身や赤ちゃんを傷つけたいという考えが浮かぶ

よくある質問

帝王切開の傷跡ケアテープは、いつまで貼るべきですか?

傷跡ケアの成功の鍵は、継続することです。医学的には、傷の治癒過程で最も重要な「増殖期」をカバーするために、最低でも3ヶ月間の継続使用が推奨されています10。可能であれば、傷跡の状態が安定し、赤みが引き、柔らかくなるまでの半年から1年間続けるのが理想的です11。自己判断で中断せず、根気強くケアを続けることが、きれいな傷跡への近道です。

産後、湯船に浸かるのはいつから大丈夫ですか?

最も安全で一般的な推奨は、産後1ヶ月健診で医師の許可を得てからです9。出産後の子宮口はまだ完全に閉じておらず、浴槽水中の細菌が侵入して感染を起こすリスクがあるためです30。シャワーは、入院中に医師の許可が出れば可能になります。1ヶ月健診で子宮の回復と傷の治癒状態を診てもらい、医師の最終的な判断に従うことが大切です。

授乳中に痛み止めを飲んでも、本当に赤ちゃんに影響はありませんか?

はい、医師から処方された特定の種類の鎮痛剤は、用法・用量を守れば安全に使用できます。国立成育医療研究センター(NCCHD)は、アセトアミノフェン(カロナール®︎)やロキソプロフェン(ロキソニン®︎)などを、授乳中でも安全に使用できる薬として挙げています4。これらの薬が母乳に移行する量はごくわずかで、赤ちゃんへの影響は極めて低いと考えられています。痛みを我慢することは回復を妨げますので、医師に相談の上、適切に痛み止めを使用してください。

産後うつかもしれないと感じます。これは私の心が弱いせいでしょうか?

決してそうではありません。産後うつは、ホルモンの急激な変化、睡眠不足、育児のプレッシャーなどが複合的に絡み合って起こる治療可能な病気であり、個人の性格や意志の強さの問題ではありません12。助けを求めることは弱さではなく、ご自身と赤ちゃんのために必要な、賢明で勇気ある行動です。一人で抱え込まず、必ずかかりつけ医や地域の保健センターに相談してください。

結論

帝王切開後の回復は、決して平坦な道のりではないかもしれません。しかし、それはあなたが乗り越えてきた偉大な旅の一部です。本記事で提供した情報が、あなたの不安を和らげ、回復への道のりを自信を持って歩むための一助となれば幸いです。覚えておいていただきたい3つの大切なことがあります。

  1. あなたの身体の声を聞くこと:休息と回復のための時間を、自分自身に十分に与えてあげてください。
  2. 助けを求めることをためらわないこと:医学的なサポート、精神的なケア、あるいは日常の家事手伝いであれ、助けを求めることは強さの証です。
  3. 自分自身に忍耐強く、優しくあること:あなたは、一つの生命をこの世に誕生させるために、大きな手術を乗り越えたのです。

あなたの腹部にある傷跡は、決して欠点ではありません。それは、あなたの並外れた強さと、あなたが経験した奇跡的な旅の記憶です。あなたと、あなたの新しいご家族の未来が、健やかで喜びに満ちたものになることを心からお祈りしています。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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