感染症から命を救う5つのステップ:敗血症を正しく知り、予防する方法
血液疾患

感染症から命を救う5つのステップ:敗血症を正しく知り、予防する方法

日本において、敗血症は年間推定10万人以上の命を奪う深刻な病態であると、世界敗血症デーに関連する活動の中で指摘されています12。この数字の重大性をさらに深く理解するために、日本の診断群分類包括評価(DPC)データを用いたJapan Sepsis Alliance(JaSA)の研究を参照すると、2017年には約36万人の入院患者が敗血症と診断され、そのうち約6万人が死亡したと報告されています3。この発生率は、心筋梗塞や脳卒中といった広く知られる疾患に匹敵する一方で、死亡率はそれらを上回る可能性が指摘されており、敗血症は決して稀な病気ではなく、公衆衛生上の大きな課題であることが示唆されています45。しかし、これほどまでに危険であるにもかかわらず、一般社会における敗血症の認知度は極めて低いのが現状です4。この「認知のギャップ」こそが、初期対応の遅れを招き、救えるはずの命を失う一因となっています。この深刻な課題に対応するため、日本集中治療医学会(JSICM)、日本救急医学会(JAAM)、日本感染症学会といった国内の主要な医学会が連携し、JaSAを設立しました。その主な目的は、一般市民や医療従事者への啓発活動を通じて、この危険なギャップを埋めることです4。本稿の目的は、この認知のギャップを埋め、読者一人ひとりが自らの健康を守るための具体的な行動指針を提供することにあります。まず、敗血症の正しい理解から始めます。敗血症とは、感染症そのものを指す言葉ではありません。国際的に合意され、日本の最新診療ガイドラインでも採用されている「Sepsis-3」の定義によれば、敗血症は「感染に対する生体の制御不能な反応に起因する、生命を脅かす臓器障害」とされています67。これを分かりやすく例えるなら、体内の免疫システムは普段、病原体という侵入者を攻撃する番犬のようなものです。しかし、敗血症の状態では、この番犬が暴走し、侵入者だけでなく家そのもの、つまり自分自身の臓器を攻撃し始めてしまうのです。この自己破壊的なプロセスが、多臓器不全を引き起こし、死に至らしめる原因となります8。幸いなことに、敗血症の根本原因である感染症は、多くの場合予防が可能です。本稿では、科学的根拠に基づいた「5つの基本的なステップ」を紹介します。これらのステップを理解し実践することは、敗血症という静かなる脅威から自身と大切な人の命を守るための、最も確実で力強い手段となるでしょう9

この記事の科学的根拠

この記事は、ご提供いただいた研究報告書に明記されている、最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下は、本稿で言及されている実際の情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性を示したものです。

  • Japan Sepsis Alliance (JaSA) / 日本敗血症連盟: 日本集中治療医学会、日本救急医学会、日本感染症学会が合同で設立したこの組織の報告に基づき、日本における敗血症の発生率、死亡者数、および認知度向上のための取り組みに関する記述を行っています。
  • 世界保健機関(WHO): 敗血症が世界的な公衆衛生上の課題であるとの認識、および国際的な定義や後遺症に関する情報は、WHOの公式報告書に基づいています。
  • 日本版敗血症診療ガイドライン2024 (J-SSCG 2024): 敗血症の定義、診断基準、治療、そして集中治療後症候群(PICS)に関する最新の医学的推奨事項は、日本の専門家によって作成されたこの最も権威ある診療指針に準拠しています。
  • 米国疾病予防管理センター(CDC): 感染予防策、敗血症の警告サイン、および医療機関での具体的な行動喚起に関する記述は、CDCが一般向けに提供している情報に基づいています。
  • 厚生労働省(MHLW): 高齢者施設における感染対策、標準予防策、ワクチン接種に関する指針など、日本の公衆衛生政策に関連する記述は、厚生労働省の公式文書に基づいています。

要点まとめ

  • 敗血症は感染症に対する体の過剰な反応であり、年間日本で10万人以上が死亡する可能性がある生命を脅かす状態です。
  • 予防の基本は「正しい手指衛生と傷の管理」であり、病原体の体内への侵入を防ぎます。
  • バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動といった「免疫力を支える生活習慣」が、体の防御力を正常に保ちます。
  • インフルエンザや肺炎球菌などの「ワクチン接種」は、敗血症の引き金となる感染症を直接予防する効果的な手段です。
  • 意識の変化や呼吸困難など、敗血症の「警告サイン」を早期に発見し、迅速に医療機関を受診することが救命率を大きく左右します。
  • 咳エチケットや換気など「周囲への配慮」は、社会全体で感染の拡大を防ぎ、ハイリスク者を守るために重要です。

第1のステップ:感染予防の原点「正しい手指衛生と傷の管理」

感染症予防のすべての基本は、病原体を体内に侵入させないことにあります。その最も効果的で基本的な行動が、正しい手指衛生と、皮膚のバリア機能を維持するための傷の管理です1011。これらは、専門的な医療現場で徹底されている原則であり、一般の日常生活においても同様に重要です。

手指衛生:感染対策の礎

日本の感染対策において、手洗い(てあらい)とうがい(うがい)は、古くから感染予防の基本とされてきました912。特に手洗いは、様々な場所に触れることで付着した病原微生物を物理的に除去する最も重要な手段です。効果的な手洗いのためには、石鹸と流水を用いて最低30秒間、指の間、爪の間、手首といった見落としがちな部分まで丁寧に洗うことが推奨されています13。洗浄後は、清潔なペーパータオルで水分を拭き取り、共用の布タオルの使用は避けるべきです。これは、湿ったタオルが細菌の温床となる可能性があるためです14。手が目に見えて汚れていない状況や、水道設備がない場所では、アルコールベースの手指消毒剤も有効な代替手段となります11。この手指衛生の重要性は、厚生労働省が介護施設等に示す感染対策の指針である「標準予防策(スタンダード・プリコーション)」においても中核をなしています151617。この予防策は、すべての人の血液や体液(汗を除く)は感染性があるものとみなし、接触前後には必ず手指衛生を行うという考え方です。このプロフェッショナルな基準の根底にある論理を一般市民が理解し、日常生活に取り入れることで、感染危険性を大幅に低減させることが可能です。

傷の管理:病原体の侵入経路を断つ

皮膚は、人体を外部環境から守る最大のバリアです。このバリアに綻びが生じると、そこが病原体の侵入経路となります。切り傷や擦り傷はもちろんのこと、肌荒れ、乾燥によるひび割れ、水ぶくれといった些細な皮膚の損傷でさえ、感染の危険性を高める要因となり得ます1018。したがって、皮膚のバリア機能を維持し、損傷した場合は適切に管理することが極めて重要です。傷ができた際は、速やかに清潔な水で十分に洗浄し、治癒するまで清潔な絆創膏やドレッシング材で覆う必要があります10。また、傷の周囲に赤み、熱感、痛みの増強、膿の排出といった感染の兆候が見られた場合は、速やかに医療機関を受診することが求められます1119。さらに、がん患者など特に危険性の高い人々に対しては、皮膚の乾燥やひび割れを防ぐために保湿ローションを使用することも推奨されており、これは皮膚バリアの完全性を維持するという包括的な戦略の一環です2021。このステップの根底にあるのは、「皮膚という防御壁を常に維持・補修する」という考え方です。手洗いは防御壁に病原体が付着するのを防ぎ、傷の管理は壁の破損箇所から侵入されるのを防ぎます。この統一された概念を理解することで、単なる作業のリストではなく、なぜそれが必要なのかという本質的な理由を把握し、より効果的に感染を予防することができます。

第2のステップ:体の防御力を高める「免疫力を支える生活習慣」

外部からの病原体の侵入を防ぐ第一のステップに加え、体内に侵入した病原体と戦うための内なる防御力、すなわち免疫システムを最適に保つことが第二の重要なステップです。敗血症は免疫システムの「機能不全」ではなく、「制御不能な暴走」によって引き起こされることを理解することが重要です6。したがって、目指すべきは単なる「免疫力の強化」ではなく、適切に反応し、適切に収束する「免疫システムの調整・制御」です。このバランスの取れた免疫機能は、日々の健全な生活習慣によって支えられます。

免疫を支える生活習慣の三本柱

国内外の多くの保健機関や専門家が、免疫機能を正常に保つための基本的な生活習慣として、以下の三点を一貫して推奨しています922

  • 栄養バランスの取れた食事: 免疫細胞の材料となるタンパク質や、免疫機能の維持に関わるビタミンCなどを十分に摂取することが重要です。特に高齢者は低栄養に陥りやすく、意識的な栄養管理が求められます13
  • 十分な睡眠: 睡眠不足は免疫機能の低下に直結することが科学的に示されています。規則正しい生活リズムを心がけ、質の良い睡眠を確保することは、免疫システムの調整に不可欠です13
  • 適度な運動: ウォーキングやストレッチといった無理のない範囲での定期的な運動は、免疫機能を活性化させる効果が期待できます。ただし、過度な運動は逆に免疫を抑制する可能性があるため、「適度」であることが重要です9。例えば、椅子につかまって行うかかとの上げ下ろし運動などは、高齢者でも安全に取り組める良い例です13

慢性疾患の管理:免疫機能維持の鍵

これらの生活習慣に加え、糖尿病、慢性肺疾患、腎臓病といった慢性疾患を適切に管理することも、敗血症予防の重要な要素です18。これらの疾患は、それ自体が免疫機能を低下させたり、血行を悪化させたりすることで、感染症にかかりやすく、また重症化しやすくなる原因となります。したがって、主治医の指示に従い、基礎疾患を良好な状態にコントロールすることは、間接的に免疫システムを支え、敗血症の危険性を低減させることに繋がります。このステップは、免疫システムを「暴走」させるのではなく、「よく訓練された」状態に保つための日々の努力と位置づけることができます。

第3のステップ:積極的な防御策「ワクチンによる感染症の予防」

敗血症は感染症の重篤な合併症であるため、その引き金となる感染症自体を予防することが、最も直接的かつ効果的な敗血症予防策となります923。ワクチンは、特定の病原体に対する体の防御力を事前に高める「積極的な防御策」であり、この戦略において中心的な役割を果たします。

敗血症予防に特に重要なワクチン

一般市民、特に敗血症のハイリスク群である高齢者にとって、以下のワクチンの接種が強く推奨されます。

  • インフルエンザワクチン: 毎年のインフルエンザ流行による感染と、それに伴う肺炎などの二次的な細菌感染、そして敗血症への進展を防ぎます。特に高齢者施設における研究では、発病阻止効果や死亡阻止効果が報告されており、その有効性は確立されています13
  • 肺炎球菌ワクチン: 肺炎球菌は、市中肺炎の最も一般的な原因菌であり、肺炎は敗血症の主要な先行感染症の一つです。このワクチンは、肺炎球菌による肺炎や、菌が血液中に侵入する侵襲性肺炎球菌感染症といった重篤な疾患を予防する上で極めて重要です132425

日本の現状と行動喚起

これらのワクチンの重要性にもかかわらず、日本における接種率は必ずしも十分ではありません。例えば、厚生労働省によると、高齢者の肺炎球菌ワクチンの定期接種率は、年度や対象者によって変動はあるものの、おおよそ40%から45%前後と報告されています26。これは、対象となる高齢者の半数以上が、この重要な予防手段による恩恵を受けていない可能性を示唆しており、個人および公衆衛生上の大きな課題です。このデータは、読者自身やその家族がワクチン接種の対象者であるかどうかを確認し、接種を検討する具体的な行動を促すものです。ワクチン接種は、個人の健康を守る行為であると同時に、社会全体、特に医療が脆弱な人々を守るための連帯行動でもあります。超高齢社会である日本において、健康な世代がワクチンを接種することは、自身が感染源となって高齢者などハイリスク群にウイルスを伝播させる危険性を低減させることに繋がります。これは、個人の選択がコミュニティ全体の「盾」となることを意味し、自分自身だけでなく、祖父母や地域社会を守るための重要な貢献と言えるでしょう。

第4のステップ:感染のサインを見逃さない「早期発見と迅速な受診」

敗血症の治療において、時間は最も重要な要素です27。病態の進行は非常に速く、対応が1時間遅れるごとに救命率が著しく低下することが知られています。したがって、感染症の初期兆候と、それが重症化し敗血症へと進展する警告サインを早期に認識し、躊躇なく医療機関を受診することが、自らの命を守る上で決定的に重要となります1828

知っておくべき警告サイン

まず、一般的な感染症の初期症状として、発熱、悪寒(おかん)、震え(戦慄)、発汗などが挙げられます18。これらの症状がある場合は、体を休め、注意深く経過を観察することが基本です。しかし、それに加えて以下の警告サインが一つでも見られる場合、それは単なる風邪ではなく、敗血症が進行している可能性を示す危険な兆候であり、直ちに救急医療を求めるべきです。これらのサインは、日本の最新診療ガイドライン(J-SSCG 2024)で専門家が用いる迅速評価項目とも関連しており、一般の方にも分かりやすい形で示すことができます2930

  • 意識の変化: 混乱している、時間や場所が分からなくなる、応答が鈍い2031
  • 呼吸の異常: 呼吸が異常に速い、息切れがする、呼吸が苦しい6
  • 循環の異常: 脈が非常に速い、または弱々しく触れる、血圧が普段より著しく低い6
  • 体温の異常: 悪寒を伴う高熱、または逆に体温が36度未満に低下する6
  • 皮膚の異常: 皮膚が冷たく湿っている、青白い、まだら模様が出現する6
  • 極度の痛み: これまでに経験したことのないような激しい痛みや不快感20

医療機関での的確な行動

これらの警告サインを認識した場合、ためらわずに救急車を要請するか、救急外来を受診してください。そして、医師や看護師に症状を伝える際には、米国疾病予防管理センター(CDC)が推奨する、非常に重要で力強い一言を付け加えることが推奨されます。それは、「この感染症は敗血症につながる可能性はありませんか?(Could this infection be leading to sepsis?)」と尋ねることです2032。この一言が、医療者に敗血症の可能性を想起させ、迅速な検査と治療の開始に繋がる可能性があります。以下の表は、一般的な風邪の症状と敗血症の警告サインを比較し、受診の判断を助けるためのものです。この比較は、多くの人が経験する「ただの風邪だろう」という自己判断の危険性を浮き彫りにし、致命的な遅れを防ぐための実用的なツールとなります。

表1:敗血症の警告サイン vs. 一般的な風邪の症状
特徴 一般的な風邪・インフルエンザ 敗血症の可能性を疑う警告サイン
意識 頭が少しぼーっとする程度 混乱している、時間や場所がわからない20
呼吸 鼻づまり、軽い咳 呼吸が速い、息が苦しい6
血圧・脈拍 正常範囲内 脈が非常に速い、または弱い、血圧が低い6
体温 発熱 高熱または異常な低体温6
皮膚 正常 冷たく湿っている、青白い、まだら模様6
痛み 喉の痛み、体の節々の痛み これまでに経験したことのないような激しい痛み20

第5のステップ:社会全体で防ぐ「周囲への配慮と環境整備」

これまでの4つのステップが主に個人の防御に焦点を当てていたのに対し、最後のステップは視点を広げ、社会の一員として感染症の拡大を防ぐための行動に焦点を当てます。感染症対策は個人の努力だけで完結するものではなく、コミュニティ全体の協力があって初めてその効果を最大化できます。特に、敗血症の危険性が高い高齢者や免疫不全者を守るためには、健康な人々が感染の媒介者とならないよう配慮することが不可欠です33。この考え方は、医療現場の「標準予防策(スタンダード・プリコーション)」の精神を社会全体に応用するものです。医療従事者が「すべての患者は感染の可能性がある」と想定して行動するように、一般市民も「自分自身が他者にとっての感染源になりうる」という意識を持つことが、脆弱な人々を守るための基盤となります。この「社会的な標準予防策」とも言える行動は、日本の文化に根差した他者への配慮や社会全体の調和を重んじる価値観とも合致し、より大きな実践へと繋がる可能性があります17

感染拡大を防ぐための具体的な公衆衛生的行動

厚生労働省などの公的機関が推奨する以下の行動は、個人の感染危険性を下げると同時に、周囲への感染拡大を防ぐための重要な実践です34

  • マスクの着用と咳エチケット: 咳やくしゃみなどの呼吸器症状がある場合は、マスクを着用することが基本です。マスクがない場合は、ティッシュや腕の内側で口と鼻を覆い、飛沫の拡散を防ぎます。これは他者への感染を防ぐための最も基本的な配慮です17
  • 定期的な換気: 閉鎖された空間では、ウイルスや細菌を含む可能性のある空気の濃度が高まります。定期的に窓を開けて空気を入れ替えることで、空気感染の危険性を低減させることができます13
  • 人混みを避ける: 自身が体調不良の時や、感染症の流行期には、不必要な人混みへの外出を控えることが、感染の機会を減らす上で有効です18

これらの行動は、自分自身を守るだけでなく、気づかないうちに感染を広げてしまい、結果として誰かが敗血症という深刻な事態に陥るのを防ぐための、社会的な責任ある行動です。介護施設などでは、病原体を「持ち込まない、拡げない、持ち出さない」という3原則が徹底されており、この原則は私たちの日常生活にも応用できる重要な指針です14

深掘り解説1:敗血症の危険性が高い人々

敗血症は誰にでも起こりうる病態ですが、特定の条件下ではその危険性が著しく高まります。自身や家族がこれらのリスクグループに該当するかを知り、その理由を理解することは、より的を絞った予防策を講じる上で非常に重要です。以下の表は、敗血症のハイリスク群、その生物学的な理由、そして特に注意すべき点をまとめたものです。この情報は、単なる危険性のリストアップに留まらず、なぜ注意が必要なのかという根本的な理解を促し、より効果的な自己管理と、医療者とのコミュニケーションを可能にします。

表2:敗血症の危険性が高い人々―その理由と特に注意すべきこと
リスクグループ なぜ危険性が高いのか 特に注意すべきこと
高齢者 加齢に伴う免疫機能の全般的な低下(免疫老化)と、複数の慢性疾患を合併していることが多い。 定期的なワクチン接種(インフルエンザ、肺炎球菌)の徹底、慢性疾患の厳格な管理、栄養状態の維持、些細な体調変化への注意。
乳幼児 免疫システムがまだ十分に成熟しておらず、特定の病原体に対する防御機能が未発達。 推奨される定期予防接種の完全な実施、保護者や周囲の大人の徹底した手指衛生、体調不良時の早期受診。
慢性疾患を持つ人々
(例:糖尿病、腎臓病、肝硬変、心臓病)
基礎疾患そのものや治療薬が免疫機能を低下させる。また、血行障害により感染部位への免疫細胞の到達が妨げられることがある。 基礎疾患の治療計画の遵守と良好なコントロール。特に糖尿病患者は、足の小さな傷など末梢の感染にも細心の注意を払う。
免疫抑制状態の人々
(例:がん化学療法中、ステロイド長期使用者、HIV感染者)
疾患や治療(抗がん剤、免疫抑制剤)によって、免疫システムが意図的または非意図的に抑制されている状態。 人混みを避ける、加熱不十分な食品(生肉、生卵など)を避ける、ペットの排泄物処理時の手袋着用など、徹底した衛生管理。
妊婦・産後の女性 妊娠に伴う免疫系の生理的な変化と、出産による身体的侵襲(帝王切開の創部や会陰切開など)が感染の危険性を高める35 産後の発熱、腹痛、悪露(おろ)の異常な匂いや色の変化など、産褥感染の兆候に注意し、異常があれば速やかに産科に相談する。

典拠: CDC20, MYメディカルクリニック18, WHO23, PAHO/WHO35

これらの情報を活用することで、ハイリスク群に属する人々やその介護者は、漠然とした不安ではなく、具体的な知識に基づいた予防行動を取ることができます。

深掘り解説2:敗血症からの回復と後遺症「PICS」を知る

敗血症との闘いは、退院をもって終わりではありません。集中治療室(ICU)での治療を乗り越えた後も、多くの生存者が身体的、認知的、精神的な後遺症に長期間苦しむことがあり、これは「集中治療後症候群(Post-Intensive Care Syndrome: PICS)」または「敗血症後症候群(Post-Sepsis Syndrome: PSS)」として知られています3637。この後遺症の存在を社会が広く認識することは、生存者とその家族への適切なサポートを提供し、彼らの生活の質(QOL)を改善するために不可欠です。このPICSへの対策は、近年の敗血症診療における重要なトピックであり、最新の国際的な診療ガイドラインである「Surviving Sepsis Campaign Guidelines」や、日本の「日本版敗血症診療ガイドライン2024」でも、その予防と管理の重要性が強調されています29383940。これは、敗血症診療のゴールが単なる救命から、後遺症を最小限に抑え、社会復帰を支援するという、より長期的で患者中心の視点へとシフトしていることを示しています。

PICSの三つの側面

PICSの症状は多岐にわたりますが、主に以下の三つの領域に分類されます27

  • 身体的問題: ICU後天性筋力低下(ICU-AW)による全身の著しい筋力低下や筋肉の萎縮、倦怠感、息切れ、関節痛、歩行困難、脱毛、腎機能や呼吸機能の長期的な障害。
  • 認知的問題: 新しいことを覚えられない記憶障害、注意・集中力の低下(いわゆる「ブレインフォグ」)、計画を立てて物事を実行することが困難になる遂行機能障害。
  • 精神的問題: 将来への不安や気分の落ち込みといった不安・抑うつ、ICUでの体験がフラッシュバックする心的外傷後ストレス障害(PTSD)、突然の強い恐怖感に襲われるパニック発作。

回復への道筋と希望

これらの後遺症は、決して本人の気力や努力不足が原因ではありません。敗血症という極めて重篤な疾患が身体と精神に与えた深刻なダメージの結果として認識することが重要です。回復には長い時間がかかることを本人と家族が理解し、焦らずに取り組む必要があります。最新の診療ガイドラインでは、PICSの予防と軽減のために、ICU入室中から可能な限り早期にリハビリテーションを開始すること(早期リハビリテーション)が推奨されています2938。また、退院後も、生存者と家族はこれらの後遺症の可能性について医療チームと話し合い、必要に応じてリハビリテーション科、精神科、または専門のフォローアップ外来など、継続的なサポートを求めることが、より良い回復への鍵となります。

結論

敗血症は、感染症をきっかけに誰の身にも起こりうる、生命を脅かす深刻な状態です。しかし、その多くは予防可能であり、その鍵は私たち一人ひとりの日々の行動の中にあります。本稿で詳述した5つのステップは、そのための具体的で実践的な行動指針です。

  1. 手指衛生と傷の管理を徹底する: 病原体の侵入を防ぐ最も基本的な防御です。
  2. 免疫力を支える生活習慣を維持する: バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動で、体の内なる防御力を整えます。
  3. ワクチンを積極的に接種する: 敗血症の引き金となる感染症そのものを予防します。
  4. 警告サインを見逃さず、迅速に受診する: 時間が命を左右します。意識の変化、呼吸の異常、極度の痛みなど、危険な兆候を知ることが重要です。
  5. 社会全体で感染拡大を防ぐ配慮をする: 咳エチケットやマスク着用は、自分だけでなく、社会の脆弱な人々を守る行動です。

これらのステップを日々の生活に取り入れることは、敗血症の危険性を大幅に低減させます。そして、もし自身や家族に敗血症を疑う警告サインが現れた際には、決してためらわないでください。自分の直感を信じ、速やかに医療機関を受診し、そして勇気をもって医師に「これは敗血症の可能性はありませんか?」と問いかけてください。その一言が、あなたやあなたの大切な人の命を救うきっかけになるかもしれません。

よくある質問

ワクチンを接種すれば、敗血症に絶対にならないのですか?

いいえ、絶対ではありません。ワクチンは、敗血症の一般的な原因となる特定の感染症(インフルエンザや肺炎球菌など)にかかる危険性や、重症化する危険性を大幅に減らすための非常に効果的な手段です13。しかし、ワクチンで防げない他の細菌やウイルスによる感染が原因で敗血症になる可能性は残ります。したがって、ワクチン接種は重要な予防策の一つですが、手指衛生や健康的な生活習慣など、他の予防策と組み合わせることが不可欠です。

敗血症は治りますか? また、どのような治療法がありますか?

早期に発見し、迅速に治療を開始すれば、敗血症は治癒する可能性があります。治療は時間との闘いであり、主に以下の方法が集中治療室(ICU)で行われます29

  • 抗菌薬の投与: 原因となっている細菌を殺すための薬を、できるだけ早く投与します。
  • 十分な輸液: 低下した血圧を安定させるために、大量の点滴を行います。
  • 昇圧薬の使用: 輸液だけでは血圧が維持できない場合、血圧を上げる薬を使用します。
  • 呼吸・臓器サポート: 呼吸が苦しい場合は人工呼吸器を、腎臓の機能が低下した場合は透析を行うなど、臓器の機能を補助する治療が行われます。
家族が敗血症からの回復期にありますが、どのような支援ができますか?

敗血症からの回復は、身体的にも精神的にも長い時間を要する場合があります。ご家族の支援は非常に重要です。まず、多くの生存者が集中治療後症候群(PICS)を経験する可能性があることを理解してください27。具体的な支援としては、以下の点が挙げられます。

  • 忍耐強い傾聴: ご本人の不安や恐怖、体験したことなどを、辛抱強く聞いてあげてください。
  • 医師やリハビリ専門家との連携: 治療計画やリハビリの目標を共有し、家庭でできることを相談しましょう。
  • 日常生活のサポート: 筋力低下や倦怠感があるため、家事や身の回りのことを手伝う必要があります。
  • 小さな進歩を共に喜ぶ: 回復は一進一退です。焦らず、昨日より少しでもできたことを認め、共に喜ぶ姿勢がご本人の励みになります。
敗血症は他の人にうつりますか?

敗血症そのものが人から人へうつることはありません。敗血症は、体の中の感染症に対する制御不能な反応であり、伝染病ではありません6。ただし、敗血症の原因となった感染症(例えば、インフルエンザウイルスや特定の細菌など)は、人から人へうつる可能性があります。したがって、感染症の予防策(手洗いや咳エチケットなど)を徹底することが、自分自身が感染症にかかるのを防ぎ、結果として敗血症の危険性を減らす上で重要です。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言を構成するものではありません。健康に関する懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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  31. 敗血症 と症状の関連性をAIで無料でチェック – ユビー. Available from: https://ubie.app/lp/search/sepsis-d455
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