メタンフェタミン(通称:覚醒剤、シャブ、アイス)は、極めて強力な中枢神経興奮作用を持つ合成薬物であり、その依存性の高さと心身への深刻な破壊的影響から、世界中で最も危険な薬物の一つとして知られています。日本では「覚醒剤取締法」により厳しく規制されていますが、依然として乱用とそれに伴う健康問題、社会問題が後を絶ちません。この記事は、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の精神保健研究所薬物依存研究部長である松本俊彦医師をはじめとする国内外のトップレベルの専門家、および米国国立薬物乱用研究所(NIDA)や厚生労働省などの権威ある機関の最新の研究成果とガイドラインに基づき、メタンフェタミンの科学的真実を包括的かつ深く解説するものです。本稿の目的は、薬物問題に直面しているご本人、ご家族、そして一般の方々が、正確な知識を得て、絶望から希望への一歩を踏み出すための信頼できる羅針盤となることです。
この記事の要点
- メタンフェタミンは、脳の報酬系に作用しドパミンを過剰放出させることで、強力な多幸感と覚醒効果をもたらす、極めて依存性の高い薬物です。1
- 短期的には快感をもたらしますが、長期的には幻覚、妄想、うつ病などの深刻な精神障害、そして心臓、脳、歯への不可逆的な身体的ダメージを引き起こす可能性があります。2
- 日本の最新の全国調査によると、生涯経験率は0.5%(推定約47万人)と推定され、依然として深刻な公衆衛生上の課題です。3
- 依存症は意志の弱さではなく、薬物によって脳の機能が変化する「脳の病気」です。治療には、認知行動療法(CBT)やSMARPP(スマープ)などの心理社会的アプローチが有効であり、新たな薬物療法の研究も進んでいます。45
- 依存症からの回復は可能です。罰だけでなく、適切な治療と支援、そして社会全体の理解が不可欠です。一人で悩まず、地域の精神保健福祉センターやダルク(DARC)などの専門機関に相談することが、回復への最初の、そして最も重要な一歩となります。6
【医学的免責事項と受診勧奨】本記事は、信頼できる科学的根拠に基づき、一般的な情報提供を目的としています。個別の診断や治療に代わるものではありません。薬物に関する問題や心身の不調については、必ず医師や精神保健福祉センター等の専門家にご相談ください。
1. メタンフェタミン(覚醒剤)とは何か?
メタンフェタミンは、アンフェタミン類に属する強力な合成興奮薬です。その純粋な形は「d-メタンフェタミン」として知られ、医療現場で極めて限定的に使用されることがありますが、一般に乱用されるのは、密造された違法なメタンフェタミンです。
1.1. 化学的性質と作用機序
米国国立薬物乱用研究所(NIDA)によると、メタンフェタミンは脳内の神経伝達物質、特に「快感ホルモン」とも呼ばれるドパミンの濃度を劇的に増加させます。1 通常、ドパミンは神経細胞から放出された後、速やかに再吸収(再取り込み)され、その作用は制御されます。しかし、メタンフェタミンはこの再取り込みを阻害し、さらにドパミンの放出を強制的に促進します。この「過剰なドパミンの洪水」が、強烈な多幸感(ユーフォリア)や覚醒効果、活動性の亢進といった作用を引き起こすのです。カナダ保健省の報告によれば、この脳の報酬系への直接的かつ強力な介入が、メタンフェタミンの極めて高い依存性を生み出す根本的な原因です。2
1.2. 形状と俗称
日本において、メタンフェタミンは一般的に「覚醒剤」として知られています。警察庁や各都道府県警察の広報資料によると、その形状は主に無色透明または白色の結晶性粉末であり、注射や吸引(あぶり)によって使用されます。78 俗称としては、「シャブ」「S(エス)」「スピード」などが古くから使われていますが、結晶状のものはその見た目から「アイス」「氷」などとも呼ばれます。8 これらの俗称を知ることは、身近に潜む薬物の危険を認識する上で重要です。
2. 日本および世界におけるメタンフェタミン乱用の現状
メタンフェタミン乱用は、日本だけでなく世界的な公衆衛生上の課題です。その実態を正確なデータに基づいて理解することは、問題の深刻さを認識し、適切な対策を考える上で不可欠です。
2.1. 日本の最新統計データ
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)が2024年に発表した「令和5年薬物使用に関する全国住民調査」は、日本の薬物乱用実態を最も正確に反映するデータの一つです。3 この調査によると、15歳から64歳の国民における覚醒剤の生涯経験率(これまでに一度でも使用したことがある人の割合)は0.5%、過去1年間経験率は0.12%と推定されています。これは、それぞれ約47万人、約11万人の日本国民が覚醒剤を使用した経験があることを示唆しており、決して他人事ではない問題であることがわかります。3
法執行機関のデータもこの深刻さを裏付けています。警察庁の統計によると、令和5年(2023年)中に覚醒剤事犯で検挙された人員は5,914人にのぼります。7 また、財務省関税局の発表では、同年の税関における覚醒剤の押収量は約1,978kgに達し、前年から大幅に増加しています。9 これは、大規模な密輸が依然として活発に行われている証拠であり、国内に相当量の覚醒剤が流入していることを示しています。
2.2. 世界(特に米国)の動向と比較
世界的に見ると、メタンフェタミン乱用の問題はさらに深刻な様相を呈しています。特に米国では、過剰摂取(オーバードーズ)による死亡者数が急増しており、大きな社会問題となっています。米国疾病予防管理センター(CDC)のデータに基づいたJAMA Psychiatry誌の2021年の研究報告によれば、メタンフェタミンが関与する過剰摂取死亡者数は2015年から2019年の間に約3倍に増加しました。10
この背景には、より強力なオピオイドであるフェンタニルとの同時使用の増加があります。フェンタニルが混入されていることを知らずにメタンフェタミンを使用し、致死的な過剰摂取に至るケースが多発しているのです。10 この米国の動向は、将来日本でも起こりうる危険性を示唆しており、国際的な薬物情勢を注視することの重要性を物語っています。
3. 身体と精神への影響:短期・長期リスクの科学的解明
メタンフェタミンの使用は、心身に破壊的な影響を及ぼします。その効果は使用直後の「快」とは裏腹に、長期的には使用者を深刻な健康被害へと導きます。
3.1. 短期的な影響
NIDAおよびカナダ保健省の報告によると、使用直後に現れる短期的な影響は以下の通りです。12
精神的な影響
- 強烈な多幸感、爽快感
- 覚醒度の向上、眠気の消失
- 集中力や注意力の増大(本人の主観)
- 食欲の著しい減退
- 性欲の亢進
- 多弁、気分の高揚
身体的な影響
- 心拍数と血圧の急上昇
- 体温の上昇(高体温症)
- 呼吸数の増加
- 瞳孔の拡大
- 発汗
- 口の渇き、歯ぎしり
これらの作用は一時的なものであり、効果が切れると激しい疲労感や抑うつ状態(クラッシュ)に襲われます。
3.2. 長期的な影響
メタンフェタミンの慢性的な乱用は、身体と精神の両方に深刻かつ永続的なダメージを与えます。その影響は多岐にわたります。
- 精神障害:長期乱用者の多くが、不安、混乱、不眠、気分の激しい変動、暴力的な行動といった問題を抱えます。さらに、統合失調症に類似した幻覚(特に幻聴)や、「誰かに追われている」「監視されている」といった妄想を特徴とする「覚醒剤精神病」を発症するリスクが非常に高くなります。2 これは、ドパミン神経系の過剰な刺激が脳機能に異常をきたすためと考えられています。また、薬物からの離脱期には重度のうつ病を発症することもあります。11
- 身体的合併症:極端な体重減少や栄養失調は一般的な症状です。心臓への負担も大きく、不整脈、心筋梗塞、高血圧、大動脈解離などの循環器系疾患のリスクが著しく増加します。1 脳血管障害(脳卒中)や肝臓・腎臓の損傷も報告されています。
- メス・マウス(Meth Mouth):覚醒剤乱用者に特有の深刻な歯科疾患です。唾液分泌の減少、糖分の多い飲み物の多飲、歯ぎしり、そして劣悪な口腔衛生状態が複合的に作用し、急速に重度の虫歯や歯周病が進行します。1
- 皮膚症状:「皮膚の下を虫が這っている」という体感幻覚(蟻走感)により、皮膚を激しく掻きむしってしまい、全身に掻き傷や潰瘍ができることがあります。2
- 神経学的影響:長期使用は、記憶や学習、運動機能に関わる脳の領域にダメージを与え、認知機能の低下を引き起こす可能性があります。パーキンソン病の発症リスクを高めることも示唆されています。1
3.3. 特有の危険性:「フラッシュバック」現象
文部科学省や警察庁が警告するように、メタンフェタミン乱用の最も恐ろしい後遺症の一つが「フラッシュバック(再燃現象)」です。127 これは、薬物の使用を完全にやめてから数ヶ月、あるいは数年が経過した後でも、飲酒やストレスなどをきっかけに、幻覚や妄想といった精神病症状が突然再発する現象です。この予測不可能な再発のリスクは、本人の社会復帰を著しく困難にし、生涯にわたって苦しめられる可能性があります。
4. メタンフェタミン使用障害(依存症)とは
メタンフェタミン依存症は、単なる「悪い癖」や「意志の弱さ」の問題ではありません。これは、薬物の反復使用によって脳の構造と機能が物理的に変化してしまう、治療を必要とする慢性的な医学的疾患です。
4.1. 「依存」のメカニズム:脳の変化
この分野の日本の第一人者である松本俊彦医師は、依存症が「脳の病気」であることを一貫して強調しています。13 メタンフェタミンの強力な作用に脳が適応しようとする結果、薬物なしでは正常な精神状態を保てなくなります。脳の報酬系が乗っ取られ、薬物を求める強迫的な欲求(渇望)が本人の意思を凌駕してしまうのです。この状態になると、健康、仕事、家族関係といった大切なものを失うとわかっていても、薬物の使用をやめることができなくなります。この「コントロールの喪失」こそが、依存症という病気の本質です。
4.2. 診断基準(DSM-5)とセルフチェック
精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)では、「物質使用障害」として正式な診断基準が定められています。厚生労働省の診断治療ガイドラインもこれに準拠しています。14 以下は、その11項目を基にしたセルフチェックリストです。過去12ヶ月間にこれらのうち2つ以上が当てはまる場合、専門家への相談が推奨されます。
- 意図したよりも多くの量や長い期間、薬物を使ってしまう。
- 薬物をやめたい、減らしたいと思っても、それができない。
- 薬物を手に入れたり、使ったり、その効果から回復するために多くの時間を費やす。
- 薬物を使いたいという強い欲求(渇望)がある。
- 薬物の使用が原因で、職場、学校、家庭での役割を果たせなくなる。
- 薬物が原因で対人関係の問題が起きているにもかかわらず、使用を続ける。
- 薬物の使用のために、重要な社会的、職業的、娯楽的活動をあきらめる。
- 身体的に危険な状況(運転中など)でも、薬物使用を繰り返す。
- 身体的または精神的な問題が悪化すると知っていても、使用を続ける。
- 耐性:(a)望む効果を得るためにより多くの量が必要になる、または(b)同じ量では効果が著しく減少する。
- 離脱:(a)特有の離脱症状が現れる、または(b)離脱症状を和らげるために薬物を使用する。
5. 治療への道:科学的根拠に基づくアプローチ
メタンフェタミン依存症は困難な病気ですが、決して不治の病ではありません。科学的根拠に基づいた適切な治療と支援によって、回復は十分に可能です。
5.1. 治療の原則:「罰」から「治療と支援」へ
松本俊彦医師は、日本の薬物政策における「罰」偏重のアプローチの限界を指摘し、「ハームリダクション(Harm Reduction)」の理念に基づく「治療と支援」への転換の重要性を訴えています。15 依存症者を犯罪者として社会から排除するのではなく、病気を持つ一人の人間として、必要な医療と福祉サービスにつなげることが、本人と社会全体の利益になるという考え方です。回復への第一歩は、本人が安心して助けを求められる環境を整えることから始まります。
5.2. 心理社会的療法
現在、メタンフェタミン依存症治療の中核をなすのは、心理社会的なアプローチです。NIDAはいくつかの有効な治療法を推奨しています。1
- 認知行動療法(CBT):薬物使用につながる不健康な思考パターンや行動を特定し、それらをより建設的なものに変えるためのスキルを学ぶ治療法です。ストレスへの対処法や問題解決技法を身につけることで、再使用のリスクを低減させます。
- SMARPP(スマープ):Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Programの略で、松本俊彦医師らが開発した日本発の認知行動療法プログラムです。516 ワークブックを用いた構造化されたグループ療法で、参加者が互いに支え合いながら、渇望への対処法や危険な状況を回避するスキルを学びます。日本国内の多くの医療機関や精神保健福祉センターで導入されており、その有効性が実証されています。
- 動機づけ面接:本人が自らの矛盾した気持ち(「やめたい、でも使いたい」)を探求し、変化への動機を高めるのを支援するカウンセリング技法です。
- コンティンジェンシー・マネジメント(報酬療法):薬物を使用しなかったこと(例:尿検査陰性)に対して、金券などの具体的な報酬を与えることで、禁断を維持する動機づけを強化する行動療法です。NIDAは、メタンフェタミン使用障害に対して最も効果的な治療法の一つとして挙げています。1
5.3. 薬物療法:世界の最新動向と日本の現状
心理社会的療法を補完するものとして、薬物療法の開発が世界的に進められています。
- 世界の最新動向:2021年に権威ある医学雑誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された画期的な臨床試験では、注射用徐放性ナルトレキソン(オピオイド拮抗薬)と経口ブプロピオン(抗うつ薬)の併用療法が、プラセボと比較してメタンフェタミンの使用を有意に減少させることが示されました。17 これは、メタンフェタミン依存症に対する効果的な薬物療法の可能性を示す重要な一歩として注目されています。
- 日本の現状:残念ながら、2024年現在、日本国内でメタンフェタミン使用障害そのものを適応症として承認された治療薬は存在しません。14 治療は、不眠、不安、抑うつ、精神病症状といった併存する症状に対して、対症療法的に向精神薬を使用することが中心となります。上記の併用療法のような新しい治療選択肢が、日本の患者にも利用可能になることが期待されています。
5.4. ハームリダクションという考え方
ハームリダクション(Harm Reduction)とは、薬物使用の根絶を性急に目指すのではなく、まずその使用に伴う様々な害(ハーム)を低減させることを目的とした、現実的かつ人道的な公衆衛生戦略です。15 具体的には、清潔な注射器の交換プログラムによるHIVやC型肝炎の感染予防、過剰摂取時の救命薬であるナロキソンの配布、安全な使用に関する情報提供などが含まれます。このアプローチは、薬物使用をやめられない人々を見捨てず、彼らの健康と命を守り、治療や支援サービスへの「橋渡し」をすることを重視します。
6. 日本における社会的課題:スティグマと法制度
日本においてメタンフェタミン依存症からの回復を困難にしている大きな要因として、根強い社会的スティグマ(偏見・差別)と、治療よりも処罰を優先する法制度の存在が挙げられます。
6.1. 「病気」と「犯罪」の二重のスティグマ
NCNPが2022年に実施した調査では、日本の社会における薬物依存症者への強いスティグマが明らかにされました。18 多くの人々が依存症を「意志の弱さ」や「道徳的な欠陥」とみなし、本人を非難する傾向があります。このため、依存症者は「病気の患者」であると同時に「犯罪者」という二重のレッテルを貼られ、社会から孤立しがちです。この強いスティグマは、本人や家族が助けを求めることを躊躇させ、問題を深刻化させる最大の障壁となっています。
6.2. 覚醒剤取締法と「処罰より治療を」という潮流
日本の覚醒剤取締法は、所持や使用に対して非常に厳しい罰則を科しています。しかし、法務省の犯罪白書が示すように、覚醒剤事犯の再犯者率は依然として高く、処罰だけでは問題の根本解決に至らないことが示されています。19 このような状況を受け、近年では「処罰より治療を」という考え方が少しずつ広まりつつあります。2016年に導入された「刑の一部執行猶予制度」は、薬物事犯者に対して、刑期の一部を猶予し、その期間中に保護観察下で専門的な治療プログラムを受けることを義務付けるもので、司法と医療が連携して回復を支援する象徴的な制度と言えます。13
7. 家族と支援者のためのガイド
家族の中に薬物問題を抱える人がいる場合、その影響は家族全員に及びます。しかし、家族もまた、適切な知識と支援を得ることで、状況を改善し、本人と共に回復の道を歩むことができます。
7.1. 家族が経験する困難と孤立
厚生労働省が発行した家族向けの読本や、当事者の手記には、家族が経験する過酷な現実が綴られています。2021 本人の気分の浮き沈みに振り回される精神的疲労、嘘や盗難による経済的困窮と人間不信、そして「世間に知られたらどうしよう」という恐怖と孤立感。これらの絶え間ないストレスは、家族自身の心身の健康をも蝕んでいきます。
7.2. 家族ができること、してはいけないこと
家族が良かれと思ってとる行動が、かえって本人の依存を助長してしまうことがあります。これを「イネーブリング(enabling)」と呼びます。例えば、本人の借金を肩代わりしたり、問題行動の後始末をしたりすることです。家族がまずやるべきことは、問題を一人で抱え込まず、専門機関に相談することです。そこで、病気について正しく学び、本人との適切な距離の取り方(境界線を引くこと)を身につけ、まずは家族自身が心身の健康を取り戻すことが重要です。
7.3. 相談窓口と支援団体
日本には、薬物問題に悩む本人と家族のための相談窓口や支援団体が数多く存在します。6
- 公的機関:各都道府県・政令指定都市に設置されている「精神保健福祉センター」や地域の「保健所」が、無料で専門的な相談に応じています。
- 民間リハビリ施設:「ダルク(DARC)」は、薬物依存症からの回復を目指す人々が共同生活を送る、日本で最も大規模な民間リハビリ施設です。6
- 自助グループ:「ナルコティクス・アノニマス(NA)」は、同じ問題を抱える仲間と分かち合うことで回復を目指す当事者のためのグループです。「ナラノン(Nar-Anon)」は、薬物依存症者の家族と友人のための自助グループです。
これらの機関に連絡を取ることが、回復への具体的な第一歩となります。
よくある質問(FAQ)
Q1: メタンフェタミン(覚醒剤)は1回使っただけでも依存症になりますか?
A1: 1回の使用で必ず依存症になるわけではありませんが、メタンフェタミンは極めて強い精神的依存を形成する薬物です。1 初回の使用で得られる強烈な快感が忘れられず、再び使用したいという強い欲求(渇望)が生まれ、そこから使用のコントロールを失っていくケースは少なくありません。たった1回の使用が、深刻な依存症への入り口になる危険性は十分にあります。
Q2: 依存症の治療に健康保険は適用されますか?
A2: はい、メタンフェタミン使用障害(覚醒剤依存症)は精神疾患の一つであり、医療機関で行われる診断や治療(カウンセリング、薬物療法など)は健康保険の適用対象となります。14 経済的な理由で治療を諦める必要はありません。詳しくは受診を検討している医療機関にお問い合わせください。
Q3: 家族が薬物を使っているようです。どう接すればよいですか?
A3: まず、本人を問い詰めたり、非難したりすることは逆効果になることが多いです。重要なのは、ご家族自身が一人で抱え込まず、精神保健福祉センターや保健所、ナラノンなどの専門機関や自助グループに相談することです。20 そこで専門家から正しい知識と対応方法を学び、冷静に対応することが、本人を治療につなげるための最善の方法です。
Q4: 治療をやめたら、また使ってしまうのではないかと心配です。
A4: 依存症は再発しやすい慢性疾患であり、回復の過程で再使用(スリップ)を経験することは珍しくありません。しかし、それは失敗ではありません。SMARPPなどの治療プログラムでは、再発を回復の過程の一部と捉え、再発から何を学び、次にどう活かすかを考えます。16 治療や自助グループとのつながりを持ち続けることが、長期的な回復を維持するために最も重要です。
結論:絶望から希望へ
メタンフェタミン依存症は、本人だけでなく、家族や社会全体に深刻な影響を及ぼす破壊的な病気です。しかし、この記事で詳しく解説してきたように、それは決して乗り越えられない壁ではありません。科学的根拠に基づいた正しい知識を持ち、依存症を「罰せられるべき悪」ではなく「治療可能な病気」として捉え直すことが、社会全体の課題です。最も重要なメッセージは、「回復は可能である」ということ、そして「助けを求めることをためらわないでほしい」ということです。もしあなたやあなたの大切な人が薬物問題で苦しんでいるなら、どうか一人で悩まないでください。地域の専門機関への一本の電話が、絶望を希望に変える最初の、そして最も力強い一歩となるのです。
免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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