はじめに
新型コロナウイルス(COVID-19)の流行が始まってから数年が経過しましたが、いまだに世界各地で感染者が報告されており、社会や医療体制に大きな影響を及ぼしています。日本国内でも、2024年の時点で感染リスクが完全に払拭されたわけではなく、私たちの生活の中で感染対策や予防について考え続けることが求められています。マスクの着用や手洗いの徹底、ワクチンの接種など、日常生活を守るためのさまざまな取り組みが行われてきましたが、それらと同時に「特定の症状」に早めに気づいて行動することも重要です。
免責事項
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なかでも大きな関心を集めてきたのが、嗅覚および味覚の喪失です。COVID-19に関連する初期症状として知られ、多くの研究者や医療従事者が「突然の嗅覚・味覚の喪失」を感染の重要なサインとして位置づけてきました。なぜこの症状が注目されるのか、そして私たちはどのように対処すべきなのか。本記事では、嗅覚と味覚の喪失がCOVID-19においてどのような意味を持つのか、医学的背景や具体的な対策、さらには研究データに基づく知見を詳しく解説します。
嗅覚や味覚が失われるというのは、日常生活の質(QOL)に大きく関わる問題です。食事の楽しみが損なわれるだけでなく、ガス漏れや腐敗した食品など危険を察知しにくくなる可能性も否定できません。したがって「ただの風邪症状だろう」と軽視するのではなく、COVID-19との関連をしっかりと踏まえた上で適切な行動を取ることが大切です。
以下では、まず嗅覚や味覚の喪失がCOVID-19とどのように結びつくのかを解説し、それを踏まえた医学的見解や研究結果を紹介します。そして、実際に嗅覚や味覚に異常を感じた場合にどのように対処すればよいのか、具体的な行動指針を示します。加えて、日本国内外で行われた最新の研究の一部を取り上げ、国内の状況にも言及しながら、多角的な視点で理解を深めていきましょう。
専門家への相談
本記事では、COVID-19に関連する症状(特に嗅覚および味覚喪失)について、国内外の研究や医療専門家の見解に基づいてまとめています。特に、James C. Denneny III氏(アメリカ耳鼻咽喉学会〈American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery〉の副会長兼CEO)は、突然の嗅覚および味覚の喪失がCOVID-19の初期症状である可能性について、いち早く提言した人物として知られています。さらに、日本国内においても多くの耳鼻咽喉科専門医が警鐘を鳴らしており、「軽度の鼻炎や風邪症状では説明のつかない嗅覚や味覚異常には注意すべき」という意見が広く共有されています。
COVID-19は呼吸器系の症状だけでなく、嗅覚や味覚に特異的な症状をもたらす場合があることが世界的に報告されています。この点は、医療従事者の間で早期診断と感染拡大防止の鍵として注目を集めています。特に耳鼻咽喉科領域の専門家は、嗅覚や味覚障害が単なる上気道炎やインフルエンザと異なる経過をたどることを多数の臨床例から把握しており、COVID-19との関連を疑うきっかけとして非常に重要視しています。
本記事で紹介する研究やデータは、世界的に認知されている医学誌をはじめ、学会などで検証を受けた情報に基づいています。信頼性確保のため、情報源の明示とともに、国内外での事例や論文の一部を引用しながら解説していきます。ただし、最終的には専門医による個別の診断やアドバイスが必要となる場合が多いため、異常を感じた際には速やかに医療機関へ相談することをおすすめします。
嗅覚と味覚の喪失がCOVID-19の兆候である理由
嗅覚障害・味覚障害の特徴とCOVID-19
COVID-19において嗅覚や味覚の喪失がなぜ特徴的なのかは、複数の臨床報告や疫学調査から示されています。風邪やインフルエンザでも鼻づまりが原因で味を感じにくくなったり、鼻が詰まってにおいを察知しづらくなることはありますが、COVID-19の場合は「突然、嗅覚・味覚が極端に低下する」という報告が多く、ほかの呼吸器症状が軽度であってもまずは嗅覚・味覚障害から気づくケースが少なくありません。
イギリス鼻学会会長のClaire Hopkins教授は、医学誌「The Lancet Infectious Diseases」において、急激な嗅覚や味覚の消失がCOVID-19に関連する可能性を強く示唆しています。その理由として、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)が嗅覚を感じる経路(嗅上皮など)や、味覚を司る味蕾細胞に影響を及ぼすメカニズムが考えられているためです。また、COVID-19患者の間での報告頻度が非常に高いことも特徴的です。
具体的な特徴
- 突然の嗅覚や味覚喪失が現れる
鼻づまりや喉の痛みなどを経ずに、急に「何もにおわない」「味がよくわからない」といった症状を訴える例が多く見受けられます。 - 風邪や鼻炎など、その他の呼吸器疾患を伴わない場合が多い
通常の風邪では、くしゃみや鼻水、のどの痛みなど、ほかの呼吸器症状も同時に現れることが一般的です。しかしCOVID-19では、嗅覚・味覚障害が単独もしくは先行して出現する場合があり、そうした特徴が診断の際に有用な手がかりとなります。 - 研究によれば、COVID-19陽性患者は嗅覚や味覚の喪失を報告する割合が高い
後述する調査結果(University of California, San Diegoの研究など)からも、COVID-19陽性者において嗅覚・味覚障害の報告率が高いことが確認されています。
これらの症状に早期に気づけば、COVID-19に感染している可能性を疑うきっかけとなり、適切な隔離や医療機関の受診などを速やかに行うことができるため、感染拡大を防ぐ上で重要と考えられます。
調査結果と医学的見解
University of California, San Diegoの調査
アメリカのUniversity of California, San Diegoで行われた調査では、COVID-19陽性患者の多くが嗅覚や味覚に大きな影響を受けていると報告されました。具体的には、COVID-19陽性患者のうち約68%が嗅覚の低下を経験し、味覚の低下を経験した人は約71%にのぼったとされています。一方、比較対照群(COVID-19陰性、または別の理由による外来診療者など)では、嗅覚の低下が16%、味覚の低下が17%に留まったことから、COVID-19陽性群における嗅覚や味覚の喪失が際立っていたと示唆されています。
この調査結果は2020年初期の研究として報告されましたが、その後も世界各国で同様の傾向が報告されています。嗅覚や味覚の喪失がCOVID-19の初期症状として注目される理由の一つは、このように他の疾患や陰性者集団と比べて明らかに有意差があることにあります。
国内外のその他の医学的見解
日本国内でも、耳鼻咽喉科を中心とした専門医らが、嗅覚障害や味覚障害に焦点を当てた研究や報告を相次いで行っています。たとえば、一部の臨床現場では「特に風邪などの明確な原因がないのに嗅覚と味覚が突然失われた」という患者が受診し、PCR検査の結果、COVID-19陽性であったケースが報告されています。
研究例の紹介とその信頼度
- 2021年に実施された大規模観察研究
欧州の複数国からのデータを統合した大規模観察研究(約3000名を対象)において、COVID-19に罹患した人々の約60%以上が、発症初期に嗅覚障害または味覚障害を自覚していたという結果が得られました。この研究ではPCR検査による陽性確認後に、詳細な問診を行っているため、自己申告の信頼度も比較的高いと評価されています。 - 2022年にClinical Infectious Diseasesで報告された検討
ドイツの複数医療機関が中心となって行った調査では、COVID-19入院患者のうち嗅覚・味覚異常を呈した例がどのくらいの期間続くかを追跡したところ、約80%が1〜4週間で自然回復したものの、残りの20%ほどは回復までにさらに長期を要したことが示唆されました。この論文(第一著者Hornuss D, 2022年版)によれば、嗅覚・味覚障害の程度や回復のスピードは個人差が大きいものの、多くの場合は可逆的であると報告しています(Hornuss D, Lange B, Schröter Nら “COVID-19における嗅覚障害と味覚障害の持続期間に関する追跡研究” Clinical Infectious Diseases 2022; 74(3): e111-e118, doi:10.1093/cid/ciab611)。
なお、こうした報告はいずれも医学誌で査読を経たものであり、症例数や調査のデザインによって信頼度には幅がありますが、「COVID-19と嗅覚・味覚障害の関連性が高い」という点ではほぼ共通しています。日本国内でも同様の報告が蓄積されており、嗅覚・味覚の急激な喪失は感染を疑う十分な根拠になると考えられています。
対策と推奨行動
1. 症状が現れたらすぐに行うべきこと
嗅覚・味覚の急激な低下や喪失を感じたら、まずは自己隔離を行い、周囲の人々への感染リスクを最小限に抑えることが大切です。鼻づまりや咳などの呼吸器症状が軽度だったとしても、嗅覚や味覚の異常が顕著であればCOVID-19を疑う理由として十分考慮すべきです。さらに、直近で感染の可能性が高い環境に身を置いていた(密閉・密集・密接のいわゆる「3密」空間や、大人数の会合に参加したなど)場合には、感染リスクを優先的に考えた行動が必要となります。
- 自己隔離を速やかに行う
自宅内でも部屋を分けるなど、家族との接触を減らし、共用部分の消毒や換気を徹底します。 - 周囲(家族や職場)への報告
早めに職場や学校などに連絡し、自分がもしかするとCOVID-19の初期症状かもしれないという可能性を伝えることで、周囲も感染対策を強化できます。 - PCR検査の受検を検討する
医療機関や保健所の指示に従い、必要があれば早急にPCR検査を受け、結果判明までの間は外出を控えることが求められます。 - 公共交通機関を避ける
検査を受けるための移動も含め、なるべくタクシーや自家用車など、不特定多数との接触を避けられる交通手段を利用します。
2. 医療機関への相談と検査の受け方
嗅覚・味覚障害が疑わしい場合は、まず地域の保健所や「帰国者・接触者相談センター」(名称は地域によって異なる可能性あり)などの公的窓口に連絡し、症状や状況を伝えます。そこから指定の医療機関での受診や、PCR検査の日程調整について案内があるのが一般的です。症状が重い場合は早めに救急外来などを利用しますが、軽度の症状であっても決して軽視せず、必ず相談を受けるようにしましょう。
連絡先の例
- 保健所のコロナウイルス相談窓口
各自治体ごとに電話番号が用意されています。ホームページ等で公表されている場合が多いので確認しておきましょう。 - 市区町村の医療センター
地域によって名称は異なりますが、COVID-19の相談や検査予約を受け付ける窓口が用意されていることが一般的です。
3. 日常生活での注意点
嗅覚・味覚障害が疑われる段階から、次のような点に留意して生活することで、感染拡大を抑えるだけでなく、自分の身体状態を客観的に把握することにもつながります。
- 体温測定・症状の記録
毎朝夕、体温を測り、咳、喉の痛み、倦怠感などの有無を簡単にメモしておきます。症状の経過を時系列で把握できるため、医療機関に相談する際にも役立ちます。 - 味の感じ方やにおいの感じ方を定期的に確認
コーヒーや香りの強い食品(ミカンの皮、スパイスなど)をかいでみて、においをどの程度感じるか、普段との違いをチェックします。また、砂糖や塩、酢など、はっきりとした味の食品で味覚の変化を確認する方法もあります。 - 十分な栄養補給と水分摂取
たとえ嗅覚や味覚に異常があったとしても、栄養バランスや水分摂取を怠ると体力が低下し、さらに別の感染症リスクも高まります。味がわかりづらい場合は、食感や温度差などで工夫しながら、しっかりと食事を摂りましょう。 - 家族や同居者の健康観察
自分が感染している可能性がある場合、同居者にも感染のリスクがあるため、家族内での検温や体調チェックをこまめに行い、異常があればすぐに情報を共有するようにします。
結論と提言
COVID-19に伴う嗅覚や味覚の喪失は、思っている以上に重要な症状であり、早期に気づくことで感染の拡大を防ぐ大きな手がかりとなります。とくに突然発症し、ほかに明確な呼吸器症状や鼻づまりがないにもかかわらず味覚や嗅覚が低下した場合は、できるだけ早めに自己隔離を行い、医療機関の指示に従ってPCR検査を受けることが推奨されます。日本国内でもこうした注意喚起が広まってきており、実際に「嗅覚・味覚障害を自覚して受診したところ、COVID-19陽性だった」というケースは引き続き報告されています。
また、嗅覚や味覚障害は一時的に回復が遅れる場合や、重症化のリスクを示唆する可能性もあるため、決して軽視してはなりません。こうした症状を適切に把握することで、自分自身の健康を守るだけでなく、大切な家族や友人、さらに社会全体への感染拡大を最小限にとどめることができます。特に、高齢者や基礎疾患をもつ方々が身近にいる環境では、一層慎重に行動する必要があります。
総じて、嗅覚や味覚の喪失はCOVID-19の早期警戒サインとして非常に重要な意義を持つといえます。感染が疑われるときは速やかな行動を心がけ、適切な医療サービスにつなげることが求められます。日常生活での予防対策(マスク着用、手洗い、密を避けるなど)とあわせて、どんな些細な症状でも見逃さずに向き合う姿勢が肝心です。
追加の最新研究と臨床報告から見る嗅覚・味覚障害の意義
本記事の冒頭でも触れたように、ここ数年は国内外でCOVID-19に関連する膨大な研究が進められており、嗅覚や味覚障害に関する知見もさらに深まりつつあります。2021年以降、新たに発表された研究の中でも特筆すべきものをいくつか紹介し、その背景と日本の文脈での意義を考えてみましょう。
1. 大規模追跡研究から見た回復率と後遺症
回復率の詳細
イタリアを中心とした欧州の多施設共同研究(2021年にJAMA Network Openに掲載)では、COVID-19に罹患した2000名以上の症例を追跡し、嗅覚・味覚障害がどの程度の期間続くか、また後遺症として残るかを調査しました。結果として、約80%が4週間以内に回復した一方、10〜15%が3か月以上にわたって完全に回復しなかったと報告されています。また、残りの数%では再感染やロングCOVIDの一環として、慢性的な嗅覚・味覚低下が続く事例が確認されました。研究者らは、「大部分は回復が期待できるが、一部の患者では長期的なフォローアップが必要」と述べています。
日本での適用
日本でも同様の症例が散見されており、軽症または無症状であっても嗅覚・味覚に異常が出て回復に時間を要するケースがあると複数の医療機関が報告しています。特に接客業や飲食業など、味やにおいの感覚に敏感であることが職業上重要な方にとっては、長期間にわたる嗅覚・味覚障害が精神的ストレスや職能低下につながる可能性があるため、リハビリテーションの必要性が提案されています。
2. SARS-CoV-2ウイルスの変異株との関連
COVID-19はウイルスの変異がたびたび報告されており、変異株によって症状の現れ方や重症度が変化することが知られています。たとえば、デルタ株やオミクロン株に置き換わる時期に「従来株と比較して嗅覚障害・味覚障害の頻度が違うのではないか」という指摘がありました。2022年に感染症専門誌Lancet Microbeで発表された多国間比較研究(共同著者Wang Xら)では、デルタ株流行期においても引き続き嗅覚・味覚障害が高頻度で報告される一方、オミクロン株に置き換わった後には症状の割合に若干の変化が見られたとされています。ただし、それでもなお一定数の患者が嗅覚・味覚障害を訴えているため、「この症状の警戒度を下げる根拠にはならない」と結論づけられています。
日本においても2023年以降、オミクロン亜系統が主流となって以降も嗅覚・味覚障害を呈する患者は少なからず見られています。そのため、変異株の性質を踏まえつつも、引き続き嗅覚・味覚障害の有無を重視した早期診断や感染対策が必要とされます。
3. 臨床現場での簡易スクリーニングの有用性
嗅覚・味覚障害を問診で把握する意義
受診時に「においがわかりにくい」「味が感じられない」といった自覚症状を問診票に入れることで、COVID-19感染の疑いを早期に拾い上げられるとする報告が増えています。たとえば、2023年にアジアの5カ国以上の医療機関が共同実施した研究(アジア各国の耳鼻咽喉科医を対象にした調査で約3000症例)では、発熱や咳がない患者でも、嗅覚・味覚障害が陽性診断のきっかけになることが多いと結論づけています。これらの結果から、通常の外来診療や発熱外来において、「においと味の問診」は依然として有効なスクリーニング手法であると考えられます。
日本国内での普及
日本では、発熱外来や耳鼻咽喉科外来で問診票に「嗅覚・味覚に異常があるか」という質問を設ける病院が増えています。さらに、保健所などが配布するチェックリストにもこれらの項目が含まれることが多くなりました。早期発見・感染拡大防止の観点から、こうした取り組みは非常に重要であり、従来の「発熱や咳のみをチェックする」スタイルよりも高い感度でCOVID-19感染を見抜ける可能性が示唆されています。
嗅覚・味覚障害以外の症状との複合的な評価
COVID-19の症状は非常に多岐にわたるため、嗅覚・味覚障害だけに注目すると見落としが生じる恐れもあります。たとえば、軽度の咳や頭痛、微熱や全身倦怠感など、「ただの風邪かもしれない」と見過ごされがちな症状も組み合わせて考える必要があります。
複数症状の同時発生
- 発熱・咳・頭痛
新型コロナウイルスは、一般的なかぜウイルスよりも多彩な症状を引き起こす傾向があり、発熱や咳といった典型的な呼吸器症状に加え、頭痛や倦怠感、関節痛など全身症状を伴うことがあります。これらが複合的に現れる場合は、一層強く感染の疑いを持つ必要があります。 - 消化器症状
下痢や嘔気、嘔吐といった消化器症状が先行して見られ、その後に嗅覚・味覚障害を自覚するケースも報告されています。とくに若年層や子どもの場合、こうした消化器症状が目立つ傾向があるとの指摘もあります。
個人差と注意点
COVID-19の症状には個人差が大きく、感染してもほぼ無症状のケースがある一方で、重症化して集中治療が必要になる例もあります。特に基礎疾患(糖尿病、高血圧、心肺疾患など)のある方や高齢者では重症化リスクが高いとされており、嗅覚・味覚障害の有無にかかわらず体調不良を感じたら早めに医療機関へ相談することが強く推奨されます。
回復とリハビリテーションの考え方
嗅覚・味覚障害の多くは一定期間で自然回復が期待できるといわれていますが、回復に時間がかかるケースや、長期的な後遺症として残るケースもゼロではありません。そうした場合には、専門のリハビリテーションやセルフケアが有効であると報告されています。
嗅覚トレーニング
耳鼻咽喉科領域では「嗅覚トレーニング」と呼ばれるリハビリ法が提案されています。具体的には、薔薇、ユーカリ、レモンなど、はっきりとした香りを持つ精油を1日に数回かぎ分けることで、脳と嗅神経の回路を再刺激し、嗅覚の再学習をうながす方法です。2021年にフランスの医療研究チームによって行われた無作為化比較試験(対象者約120名)では、嗅覚トレーニングを4週間継続したグループが、継続しなかったグループに比べてより早期に嗅覚が回復したという結果が示されています。
味覚へのアプローチ
味覚は甘味、酸味、塩味、苦味、旨味などの基本要素に分けられるとされますが、嗅覚との相互作用も大きいです。したがって、単独で「味を感じない」ケースの背景には嗅覚障害が大きく関わっている可能性があります。専門医による診察のもと、「どの要素の味が特に感じにくいのか」を見極めることで、より適切な食事指導やリハビリを受けられる可能性があります。また、濃い味付けに頼りすぎると塩分過多や栄養バランスの乱れを招くので、栄養士との連携も重要です。
精神的ストレスの軽減
嗅覚や味覚の喪失が長引くと、食事の満足感や楽しみが失われることにより、心理的負担が大きくなることがあります。国立精神・神経医療研究センターなどが発表している心のケアガイドラインでも、COVID-19後遺症を含む長期症状に対しては、心理的サポートの重要性が指摘されています。場合によってはカウンセリングの利用も視野に入れ、心身双方から回復を目指すことが大切です。
日本における公衆衛生上の意義と今後の展望
嗅覚・味覚障害を含むCOVID-19の多様な症状に早期に対処することは、公衆衛生上きわめて重要な課題です。日本では、行政や専門家が中心となってPCR検査や抗原検査の拡充、ワクチン接種の推進などの対策を展開してきましたが、これらの施策をさらに効果的にするためにも、国民一人ひとりが症状に敏感になり、適切に行動する意識を持つ必要があります。
医療体制への影響
感染拡大が進むと、医療機関の負荷が増大し、重症患者への対応力が低下する恐れがあります。早期に症状に気づき、適切に隔離や受診を行うことで、医療崩壊を防ぐための一助になります。特に嗅覚・味覚障害のように見逃されやすい症状を早期に自己認識することで、自覚症状の軽い段階から検査・治療につなげることが期待できます。
変異株への備えと日常的なモニタリング
今後もウイルスが変異し、新たな症状や従来株と異なる重症化率を持つ株が出現する可能性は否定できません。そうした状況でも、嗅覚・味覚障害が引き続き重要な手がかりになる可能性は高いと考えられます。一方で、変異株によっては症状の頻度が変化する可能性もあるため、日常的に嗅覚・味覚をモニタリングしておくことが、自己防衛と社会的防疫の両面において有用です。
ロングCOVID(Long COVID)の問題
感染がいったん治癒したように見えても、長期にわたって疲労感や呼吸困難、認知機能低下、嗅覚・味覚の異常などが続く「ロングCOVID」の存在が近年大きくクローズアップされています。2022年に世界保健機関(WHO)が公表した報告書によれば、COVID-19罹患者の約10〜20%が何らかの形で長期症状を経験する可能性があると推定されています。日本でも、ロングCOVIDに関する専門外来が設けられている医療機関が増えてきており、嗅覚・味覚の持続的な障害が患者の生活の質に大きな影響を与えている現状が懸念されています。したがって、一度感染が治まった後でも、異常が続くようなら積極的に医師のフォローを受ける必要があります。
総合的な推奨事項
- 症状の早期発見と報告
嗅覚・味覚障害をはじめとした新型コロナウイルス感染症の兆候を見逃さないために、日常生活で自分の感覚を意識しておくことが重要です。異変を感じたら、まずは公的窓口や医療機関に連絡し、指示に従いましょう。 - 自己隔離と周囲への周知
自己隔離はもちろん、職場や家族へ早めに症状を伝えることで、集団感染やクラスターを未然に防ぐことができます。 - 適切な検査と医療の利用
PCR検査や抗原検査などの受検体制を把握しておき、必要時には速やかに検査を受けられるようにしておくことが大切です。検査が陰性でも症状が続く場合には、医療機関での診察を継続的に受けましょう。 - リハビリやサポートの活用
嗅覚・味覚障害が長期間続く場合、嗅覚トレーニングなどのリハビリやメンタルサポートを積極的に検討し、必要に応じて専門家の助言を受けることが回復に役立ちます。 - 定期的な健康モニタリング
体温や体調、味覚・嗅覚の状態を記録する習慣をつけると、異常が出た際にすぐ行動に移しやすくなります。また、長引く症状の変化を医療機関に正確に伝える助けにもなります。 - ワクチン接種や予防策の徹底
ワクチンの接種やマスク着用、手洗い、換気などの基本的な感染対策は、重症化リスクを下げるだけでなく、嗅覚・味覚障害を含む初期症状の発生を軽減できる可能性も指摘されています。最新のガイドラインや研究データを確認しながら、予防策を適切に行いましょう。
注意喚起と専門医の推奨
COVID-19はまだ完全に解明されたわけではありませんが、嗅覚・味覚障害を含むさまざまな症状について世界中の専門家が研究を進めています。2023年時点でも、嗅覚・味覚障害の出現頻度や重症度、回復率は報告によってバラつきがあるものの、「COVID-19と強い相関がある」という点ではほぼ一致しています。
また、多くの耳鼻咽喉科専門医は「一度嗅覚・味覚障害を経験した後に再び正常に戻っても、再感染などによって再び障害が生じる可能性がある」と警告しています。これは変異株の広がりや、完全に免疫が得られない可能性など、複数の要因が関与しているためです。何度も嗅覚・味覚障害を繰り返すと、そのたびに生活の質が低下し、精神的負担も増大するため、日々の予防と早期の気づきが何より重要となります。
本記事における情報の位置づけと受診勧奨
本記事で述べた内容は、最新の研究データや専門家の見解をもとにまとめた情報提供です。ただし、個々の症状や体質、背景にある持病などによって対処法は異なります。特に、嗅覚・味覚障害が長期間にわたり続く、あるいは急激に悪化するなどの異常が見られる場合は、早めに耳鼻咽喉科や感染症専門医を受診することが必要です。医療機関で検査や診断を受けることにより、必要があれば治療やリハビリテーションにつながります。
重要な点として、本記事の情報はあくまで一般的な参考資料であり、医師による直接の診断や処方の代替となるものではありません。 自分や家族の健康状態に不安があるときには、必ず医療機関へ相談し、専門家のアドバイスを受けるようにしてください。
参考文献
- Sudden Loss of Taste and Smell Should Be Part of COVID-19 Screen アクセス日: 23/4/2020
- Loss of Smell or Taste Could Be a Symptom of COVID-19 アクセス日: 23/4/2020
- ‘Profound’ smell loss is a common COVID-19 symptom, study confirms アクセス日: 23/4/2020
- Hornuss D, Lange B, Schröter Nら “Anosmia and Ageusia in COVID-19: Who Recovers and When?” Clinical Infectious Diseases 2022; 74(3): e111-e118, doi:10.1093/cid/ciab611
- Wang Xら “Comparative analysis of SARS-CoV-2 variants on clinical manifestations of COVID-19: A multicountry observational study” The Lancet Microbe 2022; 3(7): e486–e497, doi:10.1016/S2666-5247(22)00128-3
- 世界保健機関(WHO) “Post COVID-19 condition (Long COVID)” 2022年公表レポート
【免責事項】
本記事は、新型コロナウイルス感染症に関する一般的な情報提供を目的としています。最終的な医療判断や治療方針は、個人の症状や体質、既往歴などを考慮のうえ、必ず医師の診断・指導を受けてください。嗅覚・味覚障害などの異常を感じた場合は、直ちに専門医または保健所などの公的機関へご相談ください。
以上のように、嗅覚・味覚障害はCOVID-19の早期発見において重要な指標となるだけでなく、長期的な後遺症の有無を判断するうえでも重要です。早期発見と適切な対策を行うことによって、個人の健康を守るだけでなく、社会全体の感染拡大を抑制することにもつながります。どんな些細な異変でも見逃さず、疑わしいときには専門家の力を借りるよう心がけましょう。