要点まとめ
- コーヒーによる腹痛は、カフェインやクロロゲン酸による胃酸分泌促進、腸の運動活発化が主な原因です34。
- 胃に優しい選択として、胃酸分泌を刺激しにくい成分(N-MP)が多く含まれる「深煎り」の豆を、「ペーパーフィルター」で淹れることが推奨されます56。
- 胃食道逆流症(GERD)や過敏性腸症候群(IBS)の方は症状が悪化する可能性があり、注意が必要です78。また、日本人に多い乳糖不耐症の場合、コーヒーに加える牛乳が原因のこともあります9。
- 腹痛を防ぐには、空腹時を避け、1日の摂取量を守り(健康な成人で約4杯までが目安)、牛乳や甘味料などの添加物を見直すことが効果的です1011。
- 痛みが強い、吐血や黒色便、体重減少など他の症状を伴う場合は、自己判断せず速やかに消化器内科などの医療機関を受診してください12。
なぜ?コーヒーで腹痛が起こる主な原因
コーヒーを飲んだ後に感じる腹痛は、単一の原因によるものではなく、コーヒーに含まれる様々な成分、個人の体質や消化器系の状態、そして飲み方といった複数の要因が複雑に絡み合って生じます。主な原因としては、カフェインやクロロゲン酸類といったコーヒー特有の成分による消化器系への刺激、胃食道逆流症(GERD)や過敏性腸症候群(IBS)といった既存の消化器疾患の影響、乳糖不耐症のような体質的な要因、さらには空腹時の摂取やコーヒーに加える添加物などが挙げられます。これらの原因は一人ひとり異なるため、「これをすれば絶対に大丈夫」という万能な解決策は存在しません。しかし、それぞれの原因を理解することで、ご自身に合った予防策や対処法を見つけ出すことが可能になります。本記事では、これらの要因を一つひとつ詳しく解説し、皆様が腹痛の原因を特定し、適切な対策を講じるためのお手伝いをします。
コーヒーの成分と消化器系への影響
コーヒーには実に多くの化学物質が含まれており、その中には私たちの消化器系に様々な影響を与えるものがあります。代表的な成分と、それが腹痛にどう関わってくるのかを見ていきましょう。
カフェインの刺激作用:胃酸分泌と腸の動き
コーヒーの代表的な成分であるカフェインは、中枢神経系を刺激する作用があり、眠気覚ましや集中力向上に役立つことが知られています3。しかし、このカフェインの刺激作用が、消化器系にとっては時に負担となることがあります。まず、カフェインは胃酸の分泌を促進する働きがあります11。これは、カフェインが脳の迷走神経を刺激することによるものです11。適度な胃酸分泌は消化を助けますが、過剰になると胃の粘膜を刺激し、胃痛や胸やけの原因となることがあります。特に空腹時に濃いコーヒーを飲むと、食べ物による緩衝作用がないため、胃壁が直接胃酸にさらされ、荒れてしまう可能性があります11。実際に、カフェインやコーヒーに含まれるクロロゲン酸は、胃酸分泌に関わるプロトンポンプ(H+,K+-ATPase)の遺伝子発現を増加させることが報告されています13。さらに、カフェインは腸の蠕動(ぜんどう)運動を活発にする作用も持っています7。これにより、便通が促される効果がある一方で、敏感な人や過剰に摂取した場合には、腸が過剰に刺激されて腹痛や下痢を引き起こすことがあります3。厚生労働省も、カフェインの過剰摂取による健康被害として下痢や吐き気を挙げており、注意を促しています3。特に、コーヒー摂取後わずか4分で大腸の運動が活発になるという報告もあり4、この迅速な反応が、一部の人々がコーヒーを飲んで間もなくトイレに行きたくなる理由を説明しています。これは予期せぬタイミングでの便意につながる可能性があり、日常生活において不便を感じる一因となり得ます。また、カフェインは食道と胃のつなぎ目にある下部食道括約筋(LES)を弛緩させる作用も指摘されています7。LESが弛緩すると、胃酸が食道へ逆流しやすくなり、胸やけ(胃食道逆流症の症状)を引き起こす可能性があります。このように、カフェインは胃酸分泌の促進、腸の蠕動運動の亢進、LESの弛緩といった複数の作用を通じて、腹痛や消化器系の不快感に関与していると考えられます。その影響は摂取量や個人の感受性、そして摂取時の状況(空腹時か否かなど)によって大きく左右されるため、一概に「悪いもの」とは言えませんが、注意が必要な成分であることは間違いありません。
コーヒーの酸度とクロロゲン酸類:胃への負担は?
コーヒー豆自体が持つ酸性度や、豊富に含まれるポリフェノールの一種であるクロロゲン酸類も、胃への刺激となる可能性があります。コーヒーはpH値が5前後と、比較的酸性の強い飲み物です。この酸性度自体が、胃壁を直接刺激し、特に胃が敏感な人にとっては不快感の原因となることがあります。さらに重要なのが、コーヒーポリフェノールの主成分であるクロロゲン酸類(CGA)です14。クロロゲン酸類は強力な抗酸化作用を持ち、健康効果も期待される成分ですが、一方で胃酸の分泌を促進する作用も持っています4。カフェインと同様に、クロロゲン酸類も胃酸分泌に関わるH+,K+-ATPaseの遺伝子発現を高めることが示されています13。このため、クロロゲン酸類を多く含むコーヒーは、胃壁を刺激し、胃のむかつきや胃痛を引き起こす可能性があります5。興味深いことに、クロロゲン酸類の含有量はコーヒー豆の焙煎度合いによって変化します。一般的に、浅煎りのコーヒー豆の方が深煎りのものよりもクロロゲン酸類の含有量が多いとされています5。したがって、「苦味の強い深煎りコーヒーの方が胃に悪そう」というイメージとは裏腹に、酸味の強い浅煎りコーヒーの方が、クロロゲン酸類による胃酸分泌促進作用が強く、胃への負担が大きい可能性があるのです5。この点は、胃の不快感を避けたい場合にコーヒー豆を選ぶ上で重要なポイントとなります。実際に、深煎りコーヒー(クロロゲン酸類が少ない)は中煎りコーヒーに比べて胃酸分泌の刺激が少ないことが研究で示されています6。また、カフェインを取り除いたデカフェコーヒーでも胃酸分泌が刺激されるという報告があり7、これはカフェイン以外の成分、おそらくクロロゲン酸類などが胃酸分泌に関与していることを示唆しています。クロロゲン酸類の抗酸化作用というメリット14と、胃酸分泌促進というデメリットのバランスをどう考えるかは、個人の体質や健康状態によって異なります。胃がデリケートな方は、クロロゲン酸類の含有量が少ない深煎りのコーヒーを選ぶといった工夫が考えられますが、その場合はクロロゲン酸類による恩恵も少なくなる可能性があることを理解しておく必要があります。
コーヒーオイルとジテルペン類(カフェストール、カウェオール)、C-5HTs:胃腸への刺激とフィルターの役割
コーヒー豆には、コーヒーオイルと呼ばれる脂質成分が含まれており、その中にはカフェストールやカウェオールといったジテルペン類が存在します。これらの化合物は、フレンチプレスや北欧式の煮出しコーヒー(ボイルドコーヒー)など、ペーパーフィルターを使用しない方法で淹れたコーヒーに多く含まれます15。ジテルペン類には、抗がん作用や抗糖尿病作用といった健康効果の可能性が報告されている一方で16、血中コレステロール値(特にLDLコレステロール)を上昇させる作用があることも知られています17。消化器系への直接的な刺激については明確な情報が少ないものの、コーヒーオイル分が多いことで胃がもたれると感じる人もいるかもしれません。重要なのは、これらのジテルペン類はペーパーフィルターで淹れたコーヒーでは大部分が取り除かれるという点です17。ペーパーフィルターの繊維が油分を吸着するため、ドリップコーヒーではこれらの化合物の摂取量を大幅に減らすことができます。もう一つ注目すべき成分群として、βN-アルカノイル-5-ヒドロキシトリプタミド(C-5HTs)があります。これらはコーヒー豆の外側のワックス層に含まれる化合物で、一部の人において胃の不快感や刺激の原因となることが関連付けられています18。C-5HTsは抗炎症作用や精神安定作用など有益な生物活性も報告されていますが19、胃への刺激性は無視できません。コーヒー豆の処理方法(ワックス除去処理など)や、淹れ方によってもC-5HTsの量は変わる可能性があります。ペーパーフィルターは、コーヒーオイルや微粉末を捕捉することで、結果的にC-5HTsのような刺激物質のカップへの移行を減らす助けになるかもしれません20。したがって、コーヒーの淹れ方の選択は、胃への優しさという観点からも重要です。フレンチプレスなどの金属フィルターやフィルターレスの抽出方法を好む方もいますが、胃腸への刺激を抑えたい場合やコレステロール値が気になる場合は、ペーパーフィルターで淹れたコーヒーを選ぶことが一つの有効な手段と言えるでしょう。ただし、ジテルペン類やC-5HTsが持つ潜在的な健康効果と、胃への刺激やコレステロールへの影響とのバランスを考慮する必要があり、一概に「除去すれば良い」とは言えない複雑さも持ち合わせています。個々の健康状態や優先順位に応じて判断することが求められます。
N-メチルピリジニウムイオン(N-MP):深煎りコーヒーの可能性
コーヒー豆を焙煎する過程で生成される化合物の一つに、N-メチルピリジニウムイオン(N-MP)があります。このN-MPは、特に深煎りのコーヒーに多く含まれることが知られています6。興味深いことに、N-MPは胃酸分泌を促進するプロセクレトリーガストリン受容体の発現を抑制する作用があることが、ヒト胃がん細胞を用いた研究で示されています4。つまり、N-MPは胃酸の分泌を抑える方向に働く可能性があるのです。この知見は、前述のクロロゲン酸類(CGA)の挙動と合わせて考えると非常に示唆に富んでいます。浅煎りコーヒーはCGAが多くN-MPが少ないため胃酸分泌を刺激しやすいのに対し、深煎りコーヒーはCGAが分解されて少なくなり、代わりにN-MPが多く生成されます6。その結果、深煎りコーヒーは中煎りコーヒーと比較して、胃酸分泌をあまり刺激しないという研究結果が得られています6。これは、胃がデリケートな人が深煎りコーヒーを選ぶことの科学的な根拠の一つとなります。単にCGAが少ないというだけでなく、N-MPという胃酸分泌を抑える可能性のある成分が豊富であるという点が、深煎りコーヒーの胃への優しさにつながっているのかもしれません。このCGA(胃酸分泌促進、浅煎りで多い)とN-MP(胃酸分泌抑制の可能性、深煎りで多い)のバランスが、焙煎度による胃への負担の違いを生み出す重要な化学的要因と言えるでしょう。消費者はこの知識を持つことで、自身の胃の感受性に合わせてより意識的に焙煎度を選ぶことができます。
成分 | 主な消化器への作用 | 腹痛への関与 | 備考 |
---|---|---|---|
カフェイン | 胃酸分泌促進、腸管運動亢進、LES圧低下 | 高 | 空腹時で増悪 |
クロロゲン酸類 | 胃酸分泌促進 | 高 | 浅煎りで多く、深煎りで減少 |
コーヒーオイル/ジテルペン類 | 胃刺激の可能性、コレステロール上昇 | 中~高 (フィルターなしの場合) | ペーパーフィルターで大部分除去 |
C-5HTs (βN-アルカノイル-5-ヒドロキシトリプタミド) | 胃刺激 | 高 (敏感な場合) | コーヒー豆のワックス層に存在 |
N-メチルピリジニウムイオン (N-MP) | 胃酸分泌抑制の可能性 | 低/逆効果の可能性 | 深煎りで多く生成 |
コーヒーで腹痛が起こりやすい人の特徴と関連疾患
コーヒーを飲んでお腹が痛くなるかどうかは、コーヒー自体の特性だけでなく、飲む人の体質や健康状態にも大きく左右されます。ここでは、特にコーヒーによる腹痛を経験しやすい方の特徴や、関連する可能性のある消化器疾患について解説します。
胃腸がデリケートな方、胃食道逆流症(GERD)の懸念
もともと胃腸がデリケートな方、例えば慢性的な胃炎や胃潰瘍・十二指腸潰瘍の既往がある方、あるいは特定の疾患名はなくても胃腸が敏感な方は、コーヒーの刺激に対してより強く反応しやすい傾向があります。コーヒーに含まれるカフェインやクロロゲン酸類による胃酸分泌促進作用や、腸の蠕動運動亢進作用が、これらの人々にとっては不快な症状を引き起こす直接的な原因となり得ます。特に注意が必要なのが、胃食道逆流症(GERD)です。GERDは、胃酸を含む胃の内容物が食道へ逆流することによって、胸やけや呑酸(酸っぱいものが上がってくる感じ)などの症状が現れる疾患です。コーヒー(カフェイン入り、デカフェ双方)は、下部食道括約筋(LES)の圧力を低下させたり7、胃酸分泌を促進したりする作用があるため15、GERDの症状を悪化させる可能性があります。慶應義塾大学病院の情報サイトでも、コーヒーがGERDの症状を悪化させる可能性について言及されています21。ただし、GERDとコーヒーの関係については、摂取量が重要な要素となるようです。1日4杯未満の適度なコーヒー摂取であればGERDの発生に影響しないものの、1日4~5杯を超えるような多量摂取はGERDのリスクを高める可能性があるという研究結果があります7。この摂取量の閾値は、GERDの症状を持つ方やその傾向がある方にとって、コーヒーとの付き合い方を考える上で重要な情報となります。完全な禁止ではなく、摂取量を管理することで症状をコントロールできる可能性があるからです。一方で、適量のコーヒー摂取とGERDや胃潰瘍との間に有意な関連は認められなかったとするメタアナリシス(複数の研究を統合した分析)も存在します22。このように、研究結果に一部矛盾が見られるのは、対象者の背景、コーヒーの種類や淹れ方、摂取習慣、個人の感受性の違いなどが影響していると考えられます。びらん(ただれ)を伴わないタイプの逆流症(非びらん性胃食道逆流症:NERD)の患者さんでは、食道の知覚過敏により、わずかな胃酸の逆流でも強い症状を感じることがあるため23、コーヒーによるわずかな胃酸分泌促進でも症状が誘発される可能性があります。このように、GERDや胃潰瘍といった消化器疾患を持つ方、あるいは胃腸が敏感な方は、コーヒーの摂取に関して特に慎重であるべきです。自身の症状を注意深く観察し、もしコーヒーが不調の原因となっているようであれば、摂取を控えるか、医師に相談することが賢明です。
過敏性腸症候群(IBS)とコーヒー:敵か味方か?
過敏性腸症候群(IBS)は、腹痛や腹部不快感、便通異常(下痢や便秘、あるいはその両方を繰り返す)を主な症状とする機能性の消化管疾患です8。日本におけるIBSの有病率は、診断基準によって異なりますが、Rome IV基準では2.2%と報告されています。しかし、機能性便秘や機能性下痢など、関連する機能性消化管疾患全体で見ると、その割合はさらに高くなります24。日本の消化器内科を受診する患者のおよそ3割をIBSが占めるというデータもあり25、多くの方が悩んでいる疾患と言えます。IBSとコーヒーの関係については、長年議論があり、研究結果も一様ではありません。コーヒーに含まれるカフェインは、大腸の運動を刺激する作用があるため、特に下痢型IBS(IBS-D)の患者さんにとっては症状を誘発したり悪化させたりする可能性があります26。実際に、IBS患者を対象とした調査では、カフェイン入りコーヒーの摂取が食後1~2時間以内の下痢と強く関連していたという報告があります27。ところが、2023年に発表された系統的レビューとメタアナリシスでは、コーヒーを飲む習慣がある人は、飲まない人と比較してIBSを発症するリスクが低い(オッズ比0.84)という、むしろ保護的な関連性が示されました8。この研究では、インスタントコーヒーやグラウンドコーヒー(レギュラーコーヒー)が特にIBSのリスク低下と関連していたとされています8。このように、コーヒーがIBSの症状を誘発するという報告と、IBSの発症リスクを低減する可能性を示唆する報告が混在しているのが現状です。この一見矛盾する結果は、IBSが非常に多様な病態を持つ疾患であること、そして個人の感受性が大きく異なることを反映しているのかもしれません。「IBSの発症リスク」と「既存のIBS患者における症状誘発」は異なる側面であり、コーヒーがIBSの発症を予防する可能性があったとしても、既にIBSと診断されている人にとっては症状のトリガーになり得る、という解釈も成り立ちます。IBSの食事療法として知られる低FODMAP食では、コーヒーは一般的に低FODMAP食品とされており、適量であれば許容されることが多いです8。しかし、最終的には個人の反応が最も重要です。IBSの症状を持つ方は、食事日記などを活用して、コーヒー(種類、量、飲み方を含む)とご自身の症状との関連を注意深く観察し、もし悪影響があるようであれば摂取を調整する必要があります。医師や管理栄養士などの専門家に相談することも有効な手段です。
乳糖不耐症:牛乳やクリーム入りコーヒーが原因かも
コーヒーそのものではなく、コーヒーに加える牛乳やクリームが腹痛の原因となっているケースも少なくありません。これは乳糖不耐症が関係しています。乳糖不耐症とは、牛乳や乳製品に含まれる糖質「乳糖(ラクトース)」を消化する酵素「ラクターゼ」の活性が低いか、欠損しているために、乳糖をうまく分解・吸収できない状態を指します9。未消化の乳糖が大腸に達すると、腸内細菌によって発酵され、ガス、腹部膨満感、腹痛、下痢といった症状を引き起こします9。これらの症状は、乳製品を摂取してから30分~2時間程度で現れることが多いです28。重要なのは、乳糖不耐症はアジア人に非常に多い体質であるという点です9。日本人における乳糖不耐症の割合は非常に高く、過去の研究では成人の約80%以上に達するという報告もあります29。この高い有病率を考えると、コーヒーに牛乳やクリームを入れて飲んだ後に腹痛が起こる場合、乳糖不耐症が原因である可能性は非常に高いと言えます。本人はコーヒーが原因だと思っていても、実は一緒に摂取した乳製品中の乳糖が真犯人だった、というケースは珍しくありません。もし乳糖不耐症が疑われる場合は、コーヒーをブラックで飲んでみる、乳糖を含まないラクトースフリー牛乳や、豆乳、アーモンドミルク、オーツミルクといった植物性ミルクに切り替えるなどの対策が考えられます(ただし、植物性ミルクにも注意点があります。後述)。乳糖不耐症の症状が出ている時にコーヒー(カフェイン)を摂取すると、既に乳糖で刺激されている消化管がさらにカフェインで刺激され、症状が悪化する「ダブルパンチ」のような状態になる可能性も指摘されています28。
その他の要因:空腹時、体調、遺伝的感受性
上記以外にも、コーヒーで腹痛が起こりやすくなる要因はいくつか考えられます。まず、空腹時のコーヒー摂取です。胃の中に食べ物がない状態でコーヒーを飲むと、カフェインやクロロゲン酸類によって促進された胃酸が直接胃の粘膜を刺激しやすくなります11。これにより、胃痛や胃もたれ、胸やけといった症状が出やすくなります。これは非常に単純ながら影響の大きい要因であり、コーヒーを飲む前に何か少しでも食べ物を胃に入れておくことで、症状を軽減できる可能性があります。次に、全般的な体調も影響します。ストレスが溜まっている時、睡眠不足の時、あるいは風邪などで体調が優れない時は、消化器系も敏感になりがちです。普段は何ともない量のコーヒーでも、体調が悪い時には腹痛を引き起こすことがあります。さらに、カフェインに対する遺伝的な感受性の違いも無視できません。カフェインは主に肝臓のCYP1A2という酵素によって代謝されますが、この酵素の活性には遺伝的な個人差があります30。CYP1A2の活性が低いタイプ(いわゆる「スローメタボライザー」)の人は、カフェインの代謝が遅く、体内にカフェインが長時間留まるため、その影響を強く、また長く受けやすい傾向があります。これには消化器症状も含まれる可能性があります。マヨクリニックの情報でも、一部の人は他の人よりもカフェインに敏感で、少量でも不眠や落ち着きのなさといった望ましくない影響が出ることがあると指摘されています11。このような遺伝的背景は、なぜ同じ量のコーヒーを飲んでも人によって反応が全く異なるのかを説明する一助となり、感受性が高いことへの理解を深めます。これらの要因は、コーヒーの成分や既存疾患とは独立して、あるいはそれらと複合的に作用して、腹痛のリスクを高める可能性があります。
【実践編】腹痛を防ぐコーヒーの選び方・飲み方の工夫
コーヒーによる腹痛は、いくつかの点に注意してコーヒーを選んだり、飲み方を工夫したりすることで、ある程度予防することが可能です。ここでは、具体的な実践方法をご紹介します。
コーヒー豆の種類と焙煎度:浅煎り vs 深煎り
コーヒー豆の焙煎度は、胃への負担を左右する重要な要素です。前述の通り、浅煎りのコーヒー豆はクロロゲン酸類(CGA)を多く含み、これが胃酸分泌を促進して胃を刺激する可能性があります5。一方、深煎りのコーヒー豆は焙煎過程でCGAが分解されて量が減少し、代わりにN-メチルピリジニウムイオン(N-MP)という化合物が多く生成されます。N-MPには胃酸分泌を抑制する可能性が示唆されています4。これらの化学的背景から、胃酸過多や胃の不快感を感じやすい方は、深煎りのコーヒー豆を選ぶことが推奨されます5。深煎りコーヒーは、胃酸を刺激するCGAが少なく、かつ胃酸分泌を抑える可能性のあるN-MPが多いという二重のメリットが期待できるため、より胃に優しい選択肢となり得ます。これは、単に「酸味が少ないから」という理由だけでなく、含有成分の違いに基づいた合理的な選択と言えるでしょう。コーヒー豆の種類(アラビカ種、ロブスタ種など)によってもカフェイン含有量やその他の成分プロファイルが異なりますが、胃への優しさという観点では、焙煎度の影響の方がより直接的であると考えられます。
淹れ方で変わる?ペーパーフィルターのすすめと「胃に優しいコーヒー」
コーヒーの淹れ方も、胃への負担を軽減する上で重要です。特にペーパーフィルターの使用は、手軽で効果的な方法の一つです。ペーパーフィルターは、コーヒーオイルに含まれるジテルペン類(カフェストール、カウェオール)や、コーヒー豆の微粉末を効果的に取り除きます15。これらの成分は、一部の人にとっては胃への刺激となったり、血中コレステロール値に影響を与えたりする可能性があります。フレンチプレスや金属フィルター、あるいは煮出し式のコーヒーなど、フィルターレスまたは目の粗いフィルターで淹れた場合、これらの成分が多く抽出液に残ります。そのため、胃腸への刺激を抑えたい場合は、ペーパーフィルタードリップが推奨されます。この単純な器具の変更が、コーヒーの化学組成を大きく変え、刺激物を減らした一杯につながるのです。市場には「胃に優しいコーヒー」や「低酸度コーヒー」といった名称で販売されている製品もあります31。これらの中には、特殊な焙煎方法(例えば「水研ぎ焙煎」と呼ばれる、生豆を水で研ぎ洗いしてアクや雑味成分を取り除く処理31)や、豆の選定、ブレンドによって、刺激成分を低減したり、酸度を抑えたりする工夫がされているものがあります。科学的な観点から見ると、深煎りにすること(CGA低減、N-MP増加)や、特定の処理によって刺激物質を減らすことは、実際に胃への負担を軽減する効果が期待できます。これらの製品を選ぶ際には、どのような工夫がされているのかを確認してみるのも良いでしょう。近年人気のコールドブリュー(水出しコーヒー)は、一般的に酸味が少なくまろやかで胃に優しいと言われることがあります。しかし、ある研究では、コールドブリューとホットブリューで主要な酸の一つである3-クロロゲン酸(3-CGA)の濃度やpH値を比較したところ、大きな差は見られなかったと報告されています32。同研究では、コールドブリューの酸度の違いは、3-CGAやカフェイン濃度によるものではない可能性が示唆されており、そのまろやかさの理由は他の未測定の化合物や抽出速度の違いなど、より複雑な要因が関わっているのかもしれません。したがって、コールドブリューが必ずしも「低酸度」であるとは断言できず、その胃への優しさについては、さらなる研究が待たれます。
飲む量とタイミング:適量と空腹時を避ける工夫
コーヒーによる腹痛を避けるためには、飲む量とタイミングを適切に管理することが非常に重要です。まず、空腹時の摂取を避けることが基本です11。胃の中に何も入っていない状態でコーヒーを飲むと、刺激された胃酸が直接胃壁に作用し、痛みや不快感を引き起こしやすくなります。コーヒーを飲む前には、少量の食事やスナックを摂るなどして、胃を保護しましょう。次に、カフェインの摂取量です。厚生労働省や欧州食品安全機関(EFSA)などの専門機関は、健康な成人における1日あたりの安全なカフェイン摂取量の上限を設けています。一般的に、健康な成人で1日あたり400mgまで(コーヒー約3~4杯に相当)とされていますが、これはあくまで目安であり、感受性には個人差があります11。特にカフェインに敏感な方や、妊婦・授乳婦、子供や青少年は、より少ない量に留める必要があります(詳細は後述の表3を参照)。胃腸の不快感がある場合は、まず摂取量を減らしてみることが有効です。飲むタイミングも考慮すべき点です。睡眠への影響を避けるため、就寝前のコーヒー摂取は控えましょう11。カフェインの覚醒作用は数時間持続することがあります。鉄分の吸収を考慮する場合は、食事の前後30分~1時間程度はコーヒーの摂取を避けるのが望ましいとされています33。これは、コーヒーに含まれるタンニンやポリフェノールが鉄分の吸収を妨げる可能性があるためです(詳細は後述)。最近の研究では、コーヒーを午前中に飲むことが、健康効果を最大限に引き出し、睡眠パターンへの影響も少ない可能性が示唆されています34。これは、体内時計や炎症レベルの日内変動と関連していると考えられており、単に不快症状を避けるだけでなく、コーヒーのメリットを享受する上でも興味深い視点です。空腹時を避けることと、摂取量を適度に保つことは、多くの人にとって最も効果的で実践しやすい対策です。これらを意識するだけでも、コーヒーによる腹痛のリスクを大幅に減らすことができるでしょう。
添加物に注意:牛乳、砂糖、人工甘味料、植物性ミルクの影響
コーヒーそのものではなく、コーヒーに加えるものが腹痛の原因となることもあります。特に注意したい添加物について見ていきましょう。
牛乳・クリーム:日本人に非常に多い乳糖不耐症の方は、牛乳やクリームに含まれる乳糖によって腹痛、ガス、下痢などの症状が出ることがあります9。この場合、コーヒー自体が原因ではないため、ブラックで飲むか、ラクトースフリー牛乳、あるいは植物性ミルクへの切り替えを検討しましょう。
砂糖:大量の砂糖は、一部の人にとって消化不良の原因となったり、腸内細菌のバランスを崩してガスを発生させやすくしたりすることがあります。
人工甘味料:カロリーオフの飲料や食品に使われる一部の人工甘味料(ソルビトール、キシリトールなど)は、消化されにくく、過敏性腸症候群(IBS)の方などを中心に、下痢やガスの原因となることがあります26。特に、人工甘味料は摂取後24~72時間という遅延性の消化器症状と関連することが報告されています27。
植物性ミルク(豆乳、アーモンドミルク、オーツミルクなど):乳糖不耐症の方の代替品として人気ですが、これらにも注意点があります35。
– 豆乳:大豆アレルギーの方はもちろん、フィトエストロゲンの影響を気にする方もいます。
– アーモンドミルクなどのナッツミルク:ナッツアレルギーの方は避けなければなりません。
– オーツミルク:グルテンフリー認証がない場合、グルテンに敏感な方は注意が必要です35。また、オーツ麦由来の食物繊維(βグルカン)は一般的に健康に良いとされますが、急に多く摂るとガスや膨満感の原因になることがあります36。
多くの植物性ミルクには、増粘剤(カラギーナン、各種ガム類)や乳化剤、香料、甘味料などが添加されていることがあり、これらが消化器系の不快感を引き起こす可能性があります35。また、製品によってはFODMAP(発酵性の糖質)を多く含むものもあり、IBSの方は成分表示をよく確認する必要があります。オーツミルクは適量であれば低FODMAPとされています36。
このように、コーヒーに加えるものは「隠れた犯人」になり得ます。コーヒー豆や淹れ方に気を使っていても、これらの添加物が原因で腹痛が起きている可能性も考慮し、飲み物全体を見直すことが大切です。特に植物性ミルクは「ヘルシー」というイメージがありますが、消化器系の観点からは必ずしも万能ではなく、無添加でシンプルな製品を選ぶなどの注意が必要です。
項目 | 胃腸がデリケートな方向け推奨 |
---|---|
コーヒー豆の焙煎度 | 深煎りを試す |
淹れ方 | ペーパーフィルター使用 |
飲む量 | 少量から試す、1日の上限量を守る |
飲むタイミング | 午前中に、就寝前を避ける |
食事との関連 | 空腹時を避け、食後しばらくしてから |
添加物:乳製品 | 乳糖不耐症なら避ける/ラクトースフリー製品や植物性ミルクを試す |
添加物:甘味料 | 砂糖は控えめに、人工甘味料は避ける |
添加物:植物性ミルク | 成分表示を確認し、無添加・シンプルなものを選ぶ |
個人の体質・体調 | 自身の症状を記録し、パターンを把握する。体調が悪い時は控える。 |
それでもお腹が痛い…そんな時の対処法と受診の目安
様々な工夫をしてもコーヒーを飲むとお腹が痛くなってしまう場合や、痛みが強い場合には、適切な対処が必要です。また、単なるコーヒーによる一時的な不調ではなく、背景に何らかの消化器疾患が隠れている可能性も考慮し、医療機関を受診する目安を知っておくことも大切です。
ご自身でできる対処法(セルフケア):
- 一時的にコーヒーの摂取を中止する: まずは原因と思われるコーヒーを数日間やめてみて、症状が改善するかどうかを確認しましょう。
- 水分を摂取する: 白湯やお水などを飲んで、胃腸を落ち着かせましょう。
- 市販薬の利用: 胃酸が原因と思われる痛みには制酸剤、ガスによる膨満感にはガス除去薬などが一時的に役立つ場合があります。ただし、常用は避け、症状が続く場合は医師や薬剤師に相談しましょう。
- 消化の良い食事を摂る: 症状がある時は、おかゆやうどん、バナナ、リンゴのすりおろしなど、消化しやすく胃腸に負担の少ない食事を心がけましょう28。
- 安静にする、または軽く動く: 腹痛の性質にもよりますが、安静にしたり、逆に軽いウォーキングなどで腸の動きを促したりすることが有効な場合があります28。
- お腹を温める: 腹部に温湿布を当てる、カイロを使う(低温やけどに注意)、温かいお風呂に入るなどで、痛みが和らぐことがあります28。
健康に関する注意事項
- 医療機関を受診する目安: コーヒーによる一時的な腹痛と、治療が必要な消化器疾患の症状とを見分けることは非常に重要です。以下のような場合は、自己判断せずに医療機関を受診しましょう。
- 痛みが強い、または持続する。
- 腹痛以外の症状がある:
- 市販薬を使用しても症状が改善しない、または悪化する。
- 腹痛によって日常生活に支障が出ている。
- 胃食道逆流症(GERD)、胃・十二指腸潰瘍37、過敏性腸症候群(IBS)、食物不耐症(乳糖不耐症など)といった消化器系の疾患が疑われる場合。
特に、吐血や下血(黒色便)は消化管出血のサインであり、緊急の対応が必要です12。また、看護師が単純な胃腸炎ではないと判断し医師に報告した結果、別の原因が見つかったという事例もあり38、専門家による評価の重要性がうかがえます。
コーヒーとの上手な付き合い方:メリット・デメリットを理解する
コーヒーは、腹痛の原因となる可能性がある一方で、多くの健康効果も報告されています。コーヒーとのより良い関係を築くためには、これらのメリットとデメリットを総合的に理解し、ご自身の体質やライフスタイルに合わせて賢く摂取することが大切です。
コーヒーの健康効果をおさらい
コーヒーには1000種類以上の化学物質が含まれており、その中には私たちの健康に有益なものが数多く存在します。全日本コーヒー協会の研究でも、1日数杯のコーヒーが健康に役立つことが示されています14。
主な健康効果としては、以下のようなものが挙げられます。
- 生活習慣病リスクの低減:
- がん予防の可能性:
- 神経変性疾患リスクの低減:
- 精神面への好影響:
- うつ病リスクの低減: 適度なコーヒー摂取がうつ病のリスクを低下させるという関連が報告されています15。
- その他の効果:
これらの効果は、コーヒーに含まれるカフェインだけでなく、クロロゲン酸類やその他の多様な成分が複合的に作用することで得られると考えられています。腹痛というデメリットに焦点を当てがちですが、これらのメリットも理解しておくことで、コーヒーとの付き合い方をよりバランス良く考えることができます。
注意点:カフェインの過剰摂取、鉄分吸収への影響など
コーヒーの多くの健康効果が期待される一方で、摂取方法や量によっては注意すべき点も存在します。
- カフェインの過剰摂取: 消化器症状だけでなく、中枢神経系の過度な刺激によるめまい、心拍数の増加、興奮、不安、震え、不眠症といった様々な健康被害を引き起こす可能性があります3。日本では、食品安全委員会や厚生労働省などが、海外のリスク評価機関の情報を参考に、カフェインの安全な摂取目安量に関する情報提供を行っています42。健康な成人で1日400mg、妊婦や授乳婦では200mg~300mg(情報源により幅あり)、子供は体重1kgあたり3mgなどが目安とされています(詳細は下記の表3を参照)。
- 鉄分の吸収阻害: コーヒー(および紅茶)に含まれるタンニンやクロロゲン酸などのポリフェノールは、食事から摂取される非ヘム鉄(主に植物性食品に含まれる鉄分)と結合し、その吸収を妨げる作用があります33。ある研究では、ハンバーガーと一緒に1杯のコーヒーを飲むと鉄分の吸収が39%低下し、紅茶では64%も低下したと報告されています43。この影響は、食事と一緒にコーヒーを摂取した場合に特に顕著で、食事の1時間前または1時間後にコーヒーを飲んだ場合には、鉄分吸収への影響はほとんど見られなかったとされています43。鉄欠乏性貧血のリスクがある方(特に月経のある女性、菜食主義者など)は、食事とコーヒーのタイミングをずらす工夫が必要です。
- 睡眠への影響: カフェインの覚醒作用により、特に夕方以降に摂取すると入眠困難や睡眠の質の低下を招くことがあります11。
- 骨粗しょう症との関連: かつてはコーヒーの過剰摂取が骨密度を低下させる懸念も一部でありましたが15、2025年に発表されたメタアナリシスでは、コーヒー摂取(特に1日1杯以上)が骨粗しょう症のリスクをむしろ低減する(オッズ比0.79)という結果が示されています44。これは、コーヒーに関する科学的知見が常に更新されていることを示す好例です。
- 妊娠中の摂取: 胎児への影響を考慮し、妊娠中または妊娠を計画している女性のカフェイン摂取量は1日200mg未満に抑えることが推奨されています3。
これらの注意点を理解し、適切な量とタイミングでコーヒーを摂取することが、健康的なコーヒーライフを送るための鍵となります。
対象グループ | 1日当たりの最大摂取目安量 | コーヒー換算 | 備考 |
---|---|---|---|
健康な成人 | 400 mg | 約4杯まで | 感受性には個人差あり。1回摂取量は200mg(体重70kgの場合、約3mg/kg体重)以下が望ましい。 |
妊婦 | 200 mg (EFSA, WHO) / 300 mg (カナダ保健省など一部機関) | 約2杯まで / 約3杯まで | 胎児への影響を考慮。日本の食品安全委員会は特定の値を示さず、海外機関の値を提示。低めの200mgが無難。 |
授乳中の女性 | 200 mg (EFSA) | 約2杯まで | 乳児への影響を考慮。 |
子供・青少年 | 体重1kgあたり 3 mg (EFSA) | (例) 4-6歳: 45mg, 7-9歳: 62.5mg, 10-12歳: 85mg (カナダ保健省) | 年齢・体重により異なる。感受性が高いため注意。エナジードリンク等の摂取にも留意。 |
注:コーヒー1杯のカフェイン量は、豆の種類、淹れ方、カップの大きさによって大きく変動します。上記はあくまで目安です。ご自身の体調や感受性に合わせて調整してください。 |
よくある質問
なぜコーヒーを飲むとすぐにトイレ(特に便意)に行きたくなるのですか?
デカフェ(カフェインレス)コーヒーなら、お腹は痛くならないのでしょうか?
カフェインが原因で腹痛が起きている方にとっては、デカフェコーヒーに切り替えることで症状が改善する可能性があります。しかし、必ずしも「痛くならない」とは言い切れません。なぜなら、腹痛の原因はカフェインだけではないからです。コーヒーに含まれるクロロゲン酸類などの酸性物質も胃酸の分泌を促します45。実際に、デカフェコーヒーを飲んでも胃酸分泌が刺激されたという研究報告もあります7。また、コーヒー豆の焙煎度(浅煎りは酸が多い)や、乳糖不耐症の方が牛乳を入れて飲むなど、他の要因も考えられます。もしデカフェでも不快感がある場合は、深煎りの豆を選んだり、ブラックで飲んでみたりするなど、他の対策と組み合わせて試すことをお勧めします。
「胃に優しい」とされる低酸度コーヒーやコールドブリューは本当に効果がありますか?
効果が期待できる部分と、まだ科学的根拠が十分でない部分があります。「低酸度コーヒー」として販売されている製品は、胃酸分泌を促進しにくい深煎りの豆を使用したり6、刺激物質となりうる成分を特殊な処理で低減させたりしている場合が多く、これらは科学的にも胃への負担を軽減する可能性があります31。一方、コールドブリュー(水出しコーヒー)は、一般的に味がまろやかで酸味が少ないと感じられますが、実際のpH値や主要な酸の濃度はホットブリューと大差ないという研究報告もあります32。その胃への優しさの理由は、まだ完全には解明されていません。最終的には個人の体感によるところが大きいですが、胃が敏感な方は、どのような工夫がされているかを確認した上で、これらの製品を試してみる価値はあるでしょう。
コーヒーによる鉄分吸収への影響が心配です。どのように飲めば良いですか?
妊娠中や授乳中でもコーヒーを飲んで大丈夫ですか?安全な量はどのくらいですか?
妊娠中や授乳中のカフェイン摂取は、胎児や乳児への影響を考慮して、量を制限することが推奨されています。世界保健機関(WHO)や欧州食品安全機関(EFSA)などの多くの国際機関は、妊娠中のカフェイン摂取量を1日あたり200mg未満に抑えるよう推奨しています46。これは一般的なドリップコーヒーで約2杯に相当します。授乳中の女性に関しても、同様に1日200mgが目安とされています46。日本の食品安全委員会は特定の値を示していませんが、これらの国際的な基準を紹介しています42。カフェインは胎盤を通過し、母乳にも移行するため、過剰に摂取すると胎児の発育に影響を与えたり、乳児が興奮しやすくなったり、寝つきが悪くなったりする可能性があります。コーヒーだけでなく、紅茶、緑茶、エナジードリンク、一部の医薬品にもカフェインは含まれるため、合計の摂取量に注意することが重要です。
結論
コーヒーを飲むとお腹が痛くなる原因は、カフェインや酸、コーヒーオイルといった成分の刺激、個人の体質(胃腸の敏感さ、IBS、乳糖不耐症など)、そして飲み方(空腹時、量、添加物など)が複雑に関係しています。しかし、これらの要因を一つひとつ理解し、ご自身に合った対策を講じることで、多くの場合は腹痛を予防したり軽減したりすることが可能です。深煎りの豆を選んでみる、ペーパーフィルターで丁寧に淹れる、空腹時を避けて少量から試す、牛乳の代わりにラクトースフリー製品やシンプルな植物性ミルクを選ぶなど、本記事で紹介した様々な工夫を試してみてください。大切なのは、ご自身の体の声に耳を傾け、何が不快感を引き起こしているのかを見極めることです。食事日記などを活用して、コーヒーの種類や飲み方、その時の体調と症状の関連を記録することも役立つでしょう。コーヒーは、多くの健康効果も期待できる魅力的な飲み物です。上手に付き合えば、私たちの生活を豊かに彩ってくれます。この記事が、皆様にとって快適で健康的なコーヒーライフを見つけるための一助となれば幸いです。
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